2024年3月31日 (日)

第494回:閣議決定されたプロバイダー責任制限法改正条文案

 今年はしばらくぶりに主要知財法の改正案はなく、これもどちらかと言えば誹謗中傷対策から来ているものだが、プロバイダー責任制限法の改正案が閣議決定され、国会提出されているので、今回は関連法の1つとしてその条文案を見ておく。

 この法改正案の概要としては、総務省の国会提出法案ページ概要(pdf)の通り(下線部と太字は元と同様)、

大規模プラットフォーム事業者※1に対して、以下の措置を義務づける。
※1 迅速化及び透明化を図る必要性が特に高い者として、権利侵害が発生するおそれが少なくない一定規模以上等の者

(1)対応の迅速化(権利侵害情報)
〇削除申出窓口・手続の整備・公表
〇削除申出への対応体制の整備(十分な知識経験を有する者の選任等)
削除申出に対する判断・通知(原則、一定期間内)

(2)運用状況の透明化
〇削除基準の策定・公表(運用状況の公表を含む)
削除した場合、発信者への通知

上記規律を加えるため、法律※2の題名を「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」に改める
※2 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ等の免責要件の明確化、発信者情報開示請求を規定)

施行期日:公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日

というものであり、定義に関するテクニカルな改正もあるが、ここでは法律案(pdf)(または新旧対照条文(pdf)参照)から上記の改正のポイントに対応するものとして追加される第5章と第6章を以下に抜粋する。

第五章 大規模特定電気通信役務提供者の義務

(大規模特定電気通信役務提供者の指定)
第二十条 総務大臣は、次の各号のいずれにも該当する特定電気通信役務であって、その利用に係る特定電気通信による情報の流通について侵害情報送信防止措置の実施手続の迅速化及び送信防止措置の実施状況の透明化を図る必要性が特に高いと認められるもの(以下「大規模特定電気通信役務」という。)を提供する特定電気通信役務提供者を、大規模特定電気通信役務提供者として指定することができる。
 当該特定電気通信役務が次のいずれかに該当すること。
 当該特定電気通信役務を利用して一月間に発信者となった者(日本国外にあると推定される者を除く。ロにおいて同じ。)及びこれに準ずる者として総務省令で定める者の数の総務省令で定める期間における平均(以下この条及び第二十四条第二項において「平均月間発信者数」という。)が特定電気通信役務の種類に応じて総務省令で定める数を超えること。
 当該特定電気通信役務を利用して一月間に発信者となった者の延べ数の総務省令で定める期間における平均(以下この条及び第二十四条第二項において「平均月間延べ発信者数」という。)が特定電気通信役務の種類に応じて総務省令で定める数を超えること。
 当該特定電気通信役務の一般的な性質に照らして侵害情報送信防止措置(侵害情報の不特定の者に対する送信を防止するために必要な限度において行われるものに限る。以下同じ。)を講ずることが技術的に可能であること。
 当該特定電気通信役務が、その利用に係る特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害が発生するおそれの少ない特定電気通信役務として総務省令で定めるもの以外のものであること。

 総務大臣は、大規模特定電気通信役務提供者について前項の規定による指定の理由がなくなったと認めるときは、遅滞なく、その指定を解除しなければならない。

 総務大臣は、第一項の規定による指定及び前項の規定による指定の解除に必要な限度において、総務省令で定めるところにより、特定電気通信役務提供者に対し、その提供する特定電気通信役務の平均月間発信者数及び平均月間延べ発信者数を報告させることができる。

 総務大臣は、前項の規定による報告の徴収によっては特定電気通信役務提供者の提供する特定電気通信役務の平均月間発信者数又は平均月間延べ発信者数を把握することが困難であると認めるときは、当該平均月間発信者数又は平均月間延べ発信者数を総務省令で定める合理的な方法により推計して、第一項の規定による指定及び第二項の規定による指定の解除を行うことができる。

(大規模特定電気通信役務提供者による届出)
第二十一条 大規模特定電気通信役務提供者は、前条第一項の規定による指定を受けた日から三月以内に、総務省令で定めるところにより、次に掲げる事項を総務大臣に届け出なければならない。
 氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名
 外国の法人若しくは団体又は外国に住所を有する個人にあっては、国内における代表者又は国内における代理人の氏名又は名称及び国内の住所
 前二号に掲げる事項のほか、総務省令で定める事項

 大規模特定電気通信役務提供者は、前項各号に掲げる事項に変更があったときは、遅滞なく、その旨を総務大臣に届け出なければならない。

(被侵害者からの申出を受け付ける方法の公表)
第二十二条 大規模特定電気通信役務提供者(前条第一項の規定による届出をした者に限る。以下同じ。)は、総務省令で定めるところにより、その提供する大規模特定電気通信役務を利用して行われる特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者(次条において「被侵害者」という。)が侵害情報等を示して当該大規模特定電気通信役務提供者に対し侵害情報送信防止措置を講ずるよう申出を行うための方法を定め、これを公表しなければならない。

 前項の方法は、次の各号のいずれにも適合するものでなければならない。
 電子情報処理組織を使用する方法による申出を行うことができるものであること。
 申出を行おうとする者に過重な負担を課するものでないこと。
 当該大規模特定電気通信役務提供者が申出を受けた日時が当該申出を行った者(第二十五条において「申出者」という。)に明らかとなるものであること。

(侵害情報に係る調査の実施)
第二十三条 大規模特定電気通信役務提供者は、被侵害者から前条第一項の方法に従って侵害情報送信防止措置を講ずるよう申出があったときは、当該申出に係る侵害情報の流通によって当該被侵害者の権利が不当に侵害されているかどうかについて、遅滞なく必要な調査を行わなければならない。

(侵害情報調査専門員)
第二十四条 大規模特定電気通信役務提供者は、前条の調査のうち専門的な知識経験を必要とするものを適正に行わせるため、特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害への対処に関して十分な知識経験を有する者のうちから、侵害情報調査専門員(以下この条及び次条第二項第二号において「専門員」という。)を選任しなければならない。

 大規模特定電気通信役務提供者の専門員の数は、当該大規模特定電気通信役務提供者の提供する大規模特定電気通信役務の平均月間発信者数又は平均月間延べ発信者数及び種別に応じて総務省令で定める数(当該大規模特定電気通信役務提供者が複数の大規模特定電気通信役務を提供している場合にあっては、それぞれの大規模特定電気通信役務の平均月間発信者数又は平均月間延べ発信者数及び種別に応じて総務省令で定める数を合算した数)以上でなければならない。

 大規模特定電気通信役務提供者は、専門員を選任したときは、総務省令で定めるところにより、遅滞なく、その旨及び総務省令で定める事項を総務大臣に届け出なければならない。これらを変更したときも、同様とする。

(申出者に対する通知)
第二十五条 大規模特定電気通信役務提供者は、第二十三条の申出があったときは、同条の調査の結果に基づき侵害情報送信防止措置を講ずるかどうかを判断し、当該申出を受けた日から十四日以内の総務省令で定める期間内に、次の各号に掲げる区分に応じ、当該各号に定める事項を申出者に通知しなければならない。ただし、申出者から過去に同一の内容の申出が行われていたときその他の通知しないことについて正当な理由があるときは、この限りでない。
 当該申出に応じて侵害情報送信防止措置を講じたとき その旨
 当該申出に応じた侵害情報送信防止措置を講じなかったとき その旨及びその理由

 前項本文の規定にかかわらず、大規模特定電気通信役務提供者は、次の各号のいずれかに該当するときは、第二十三条の調査の結果に基づき侵害情報送信防止措置を講ずるかどうかを判断した後、遅滞なく、同項各号に掲げる区分に応じ、当該各号に定める事項を申出者に通知すれば足りる。この場合においては、同項の総務省令で定める期間内に、次の各号のいずれに該当するか(第三号に該当する場合にあっては、その旨及びやむを得ない理由の内容)を申出者に通知しなければならない。
 第二十三条の調査のため侵害情報の発信者の意見を聴くこととしたとき。
 第二十三条の調査を専門員に行わせることとしたとき。
 前二号に掲げる場合のほか、やむを得ない理由があるとき。

(送信防止措置の実施に関する基準等の公表)
第二十六条 大規模特定電気通信役務提供者は、その提供する大規模特定電気通信役務を利用して行われる特定電気通信による情報の流通については、次の各号のいずれかに該当する場合のほか、自ら定め、公表している基準に従う場合に限り、送信防止措置を講ずることができる。この場合において、当該基準は、当該送信防止措置を講ずる日の総務省令で定める一定の期間前までに公表されていなければならない。
 当該大規模特定電気通信役務提供者が送信防止措置を講じようとする情報の発信者であるとき。
 他人の権利を不当に侵害する情報の送信を防止する義務がある場合その他送信防止措置を講ずる法令上の義務(努力義務を除く。)がある場合において、当該義務に基づき送信防止措置を講ずるとき。
 緊急の必要により送信防止措置を講ずる場合であって、当該送信防止措置を講ずる情報の種類が、通常予測することができないものであるため、当該基準における送信防止措置の対象として明示されていないとき。

 大規模特定電気通信役務提供者は、前項の基準を定めるに当たっては、当該基準の内容が次の各号のいずれにも適合したものとなるよう努めなければならない。
 送信防止措置の対象となる情報の種類が、当該大規模特定電気通信役務提供者が当該情報の流通を知ることとなった原因の別に応じて、できる限り具体的に定められていること。
 役務提供停止措置を講ずることがある場合においては、役務提供停止措置の実施に関する基準ができる限り具体的に定められていること。
 発信者その他の関係者が容易に理解することのできる表現を用いて記載されていること。
 送信防止措置の実施に関する努力義務を定める法令との整合性に配慮されていること。

 大規模特定電気通信役務提供者は、第一項第三号に該当することを理由に送信防止措置を講じたときは、速やかに、当該送信防止措置を講じた情報の種類が送信防止措置の対象となることが明らかになるよう同項の基準を変更しなければならない。

 第一項の基準を公表している大規模特定電気通信役務提供者は、おおむね一年に一回、当該基準に従って送信防止措置を講じた情報の事例のうち発信者その他の関係者に参考となるべきものを情報の種類ごとに整理した資料を作成し、公表するよう努めなければならない。

(発信者に対する通知等の措置)
第二十七条 大規模特定電気通信役務提供者は、その提供する大規模特定電気通信役務を利用して行われる特定電気通信による情報の流通について送信防止措置を講じたときは、次の各号のいずれかに該当する場合を除き、遅滞なく、その旨及びその理由を当該送信防止措置により送信を防止された情報の発信者に通知し、又は当該情報の発信者が容易に知り得る状態に置く措置(第二号及び次条第三号において「通知等の措置」という。)を講じなければならない。この場合において、当該送信防止措置が前条第一項の基準に従って講じられたものであるときは、当該理由において、当該送信防止措置と当該基準との関係を明らかにしなければならない。
一 当該大規模特定電気通信役務提供者が送信防止措置を講じた情報の発信者であるとき。
二 過去に同一の発信者に対して同様の情報の送信を同様の理由により防止したことについて通知等の措置を講じていたときその他の通知等の措置を講じないことについて正当な理由があるとき。

(措置の実施状況等の公表)
第二十八条 大規模特定電気通信役務提供者は、毎年一回、総務省令で定めるところにより、次に掲げる事項を公表しなければならない。
 第二十三条の申出の受付の状況
 第二十五条の規定による通知の実施状況
 前条の規定による通知等の措置の実施状況
 前三号に掲げる事項のほか、大規模特定電気通信役務提供者がこの章の規定に基づき講ずべき措置の実施状況を明らかにするために必要な事項として総務省令で定める事項

(報告の徴収)
第二十九条 総務大臣は、第二十二条、第二十四条、第二十五条、第二十六条第一項若しくは第三項、第二十七条又は前条の規定の施行に必要な限度において、大規模特定電気通信役務提供者に対し、その業務に関し報告をさせることができる。

(勧告及び命令)
第三十条 総務大臣は、大規模特定電気通信役務提供者が第二十二条、第二十四条、第二十五条、第二十六条第一項若しくは第三項、第二十七条又は第二十八条の規定に違反していると認めるときは、当該大規模特定電気通信役務提供者に対し、その違反を是正するために必要な措置を講ずべきことを勧告することができる。

 総務大臣は、前項の規定による勧告を受けた大規模特定電気通信役務提供者が、正当な理由がなく当該勧告に係る措置を講じなかったときは、当該大規模特定電気通信役務提供者に対し、当該勧告に係る措置を講ずべきことを命ずることができる。

(略:第31~34条、書類の送達や電子情報処理組織の使用に関する規定)

第六章 罰則

第三十五条 第三十条第二項の規定による命令に違反した場合には、当該違反行為をした者は、一年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。

第三十六条 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、五十万円以下の罰金に処する。
 第二十一条の規定による届出をせず、又は虚偽の届出をしたとき。
 第二十九条の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をしたとき。

第三十七条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。
 第三十五条又は前条第一号 一億円以下の罰金刑
 前条第二号 同条の罰金刑

第三十八条 次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の過料に処する。
 正当な理由がなく、第二十条第三項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者
 第二十四条第三項の規定による届出をせず、又は虚偽の届出をした者

 この条文案の内容としては概要の通りだが、その第20条で総務大臣が省令で定められる規模以上の者を大規模特定電気通信役務提供者として指定できるとした上で、指定を受けた者に対し、第21条で氏名・住所等の届出、第22条で被侵害者からの侵害情報送信防止措置のための申出を受け付ける方法の公表、第23条で申出を受けた後の調査、第24条で侵害情報調査専門員の選任、第25条で調査結果に基づく申出者への通知、第26条で侵害情報送信防止措置の実施に関する基準の公表、第27条で発信者に対する通知、第28条で措置の実施状況の公表に関する義務をそれぞれ規定するものである。

 また、その第29条で総務大臣は大規模特定電気通信役務提供者にその義務に関する報告をさせる事ができるとし、また、第30条第1項で総務大臣は義務違反に対する是正勧告、同条第2項で是正勧告に従わないときの措置命令を出す事ができるとしている。

 そして、罰則がついているのは第30条第2項の是正勧告に従わないときの措置命令に違反した場合、第21条の氏名・住所等の届出や第29条の義務に関する報告、第20条第3項の大規模特定電気通信役務提供者の指定のために必要な平均月間発信者数に関する届出と第24条第3項の侵害情報調査専門員に関する届出について届出や報告をしないか虚偽の届出や報告をした場合場合である。

 要するに、このプロバイダー責任制限法の改正案は、基本的に一定の規模以上のプラットフォーマーによる取組に関する一般的な報告と届出の義務に対する違反のみに罰則を設けており、あくまでその自主的な取組として、一週間程度以内に速やかに必要な削除が行われるよう、削除手続きに関する運用の整備とその透明化を促すものとなっている。

 前回載せた知財計画パブコメでも少し書いたが、私自身は、プロバイダー責任制限法はあらゆるインターネットサービスプロバイダーの責任の制限と裁判手続きを通じた発信者情報の開示をそもそもの目的とするものであるから、大手プラットフォーマーに対する取組の促進は新法による事が望ましかったと思っているが、上の様に、総務省が憲法で禁止されている検閲か、表現の自由に関する過度の制約となる恐れの極めて強い、新しい強力な法規制による網羅的な情報の監視や削除の強制に慎重な姿勢を示しつつ、誹謗中傷対策に関し、このプロバイダー責任制限法改正案を基本的に自主的な取組を促すものとした事は賛同できるものと考えている。

 ただし、以前の法改正同様、この法改正についても成立したらその後の運用について注視が必要であるのは無論の事であって、今後、違憲なものとならざるを得ないこれ以上に強力な法規制が導入されないよう見て行く必要もあるだろう。

 後は一般ユーザに関係する事はほぼないので、最後に簡単に触れるだけにしておくが、知財関連という事では、既にこの3月28日に参議院でも可決され成立している税制関連法改正により、所謂イノベーションボックス税制が来年度から7年間の時限措置だが導入される事になる。これは、「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律案」の閣議決定に関する経産省のリリースにある通り、産業競争力強化法改正案に含まれる知的財産の活用状況等の調査規定を根拠として、財務省の国会提出法案提出ページの「所得税法等の一部を改正する法律案」の概要(pdf)にある通り、国内で自ら研究開発した特許権等から生ずる一定の所得について30%の所得控除をするものであり、租税特別措置法改正案(法律案全体(pdf)対応新旧対象条文(pdf)または法律案要綱(pdf)参照)の第59条の3に非常に細かく条件が定められている。

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2023年12月28日 (木)

第488回:2023年の終わりに(文化庁のAIと著作権に関する考え方の素案、新秘密特許(特許非公開)制度に関するQ&A他)

 今年は大きな法改正をしたばかりの所為か、特に年末年始に掛けて知財法改正パブコメがこぞって出されるという状況にはなっていないが、1年の終わりに各省庁の動きについてまとめて取り上げておきたいと思う。

(1)文化庁のAIと著作権に関する考え方の素案
 文化庁では文化審議会・著作権分科会の下で小委員会または部会として、法制度小委員会政策小委員会使用料部会の3つが動いている。

 使用料部会では権利者不明の場合の補償金額の決定などが行われている。まだ関係者ヒアリングの段階だが、私的録音録画補償金問題も含めた対価還元のあり方について議論するらしい政策小委員会の検討についても私は要注意だと思っているが、今年最大の検討事項は法制度小委員会で検討されているAIと著作権の関係の整理と言って間違いないだろう。

 その骨子案について前回取り上げたが、12月20日の法制度小委員会の第5回で、より具体的な内容を含むAIと著作権に関する考え方について(素案)(pdf)が示された。

 長くなるが、この素案の5.から特に重要な部分を以下に抜粋する。

5.各論点について

○ 著作権法の基本的な考え方と技術的な背景を踏まえ、生成AIに関する懸念点について、以下のとおり論点が整理できるのではないか。〔〕内は骨子案の項目との対応関係

(1)学習・開発段階
(中略:「ア 検討の前提」)

イ「情報解析の用に供する場合」と享受目的が併存する場合について〔骨子案:(1)イ、キ〕
(ア)「情報解析の用に供する場合」の位置づけについて
○ 法第30条の4柱書では、「次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には」と規定し、その上で、第2号において「情報解析(……)の用に供する場合」を挙げている。

○ そのため、AI学習のために行われるものを含め、情報解析の用に供する場合は、法第30条の4に規定する「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に該当すると考えられる。

(イ)非享受目的と享受目的が併存する場合について
○ 他方で、一個の利用行為には複数の目的が併存する場合もあり得るところ、法第30条の4は、「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には」と規定していることから、この複数の目的の内にひとつでも「享受」の目的が含まれていれば、同条の要件を欠くこととなる。

○ そのため、ある利用行為が、情報解析の用に供する場合等の非享受目的で行われる場合であっても、この非享受目的と併存して、享受目的があると評価される場合は、法第30条の4は適用されない。

○ 生成AIに関して、享受目的が併存すると評価される場合について、具体的には以下のような場合が想定される。
≫ ファインチューニングのうち、意図的に、学習データをそのまま出力させることを目的としたものを行うため、著作物の複製等を行う場合。
(例)いわゆる「過学習」(overfitting)を意図的に行う場合
≫ AI学習のために用いた学習データを出力させる意図は有していないが、既存のデータベースやWeb上に掲載されたデータの全部又は一部を、生成AIを用いて出力させることを目的として、著作物の内容をベクトルに変換したデータベースを作成する等の、著作物の複製等を行う場合。
(例)以下のような検索拡張生成(RAG)のうち、生成に際して著作物の一部を出力させることを目的としたもの(なお、RAGについては後掲(1)ウも参照)
≫ インターネット検索エンジンであって、単語や文章の形で入力された検索クエリをもとにインターネット上の情報を検索し、その結果をもとに文章の形で回答を生成するもの
≫ 企業・団体等が、単語や文章の形で入力された検索クエリをもとに企業・団体等の内部で蓄積されたデータを検索できるシステムを構築し、当該システムが、検索の結果をもとに文章の形で回答を生成するもの

○ これに対して、「学習データをそのまま出力させる意図までは有していないが、少量の学習データを用いて、学習データの影響を強く受けた生成物が出力されるようなファインチューニングを行うため、著作物の複製等を行う場合」に関しては、具体的事案に応じて、学習データの著作物の表現上の本質的特徴を直接感得できる生成物を出力することが目的であると評価される場合は、享受目的が併存すると考えられる。

○ 近時は、特定のクリエイターの作品である著作物のみを学習データとしてファインチューニングを行うことで、当該作品群の影響を強く受けた生成物を生成することを可能とする行為が行われており、このような行為によって特定のクリエイターの、いわゆる「作風」を容易に模倣できてしまうといった点に対する懸念も示されている。このような場合、当該作品群は、表現に至らないアイデアのレベルにおいて、当該クリエイターのいわゆる「作風」を共通して有しているにとどまらず表現のレベルにおいても、当該作品群には、これに共通する表現上の本質的特徴があると評価できる場合もあると考えられることに配意すべきである。

○ なお、生成・利用段階において、AIが学習した著作物に類似した生成物が生成される事例があったとしても、通常、このような事実のみをもって開発・学習段階における享受目的の存在を推認することまではできず、法第30条の4の適用は直ちに否定されるものではないと考えられる。他方で、生成・利用段階において、学習された著作物に類似した生成物の生成が頻発するといった事情は、開発・学習段階における享受目的の存在を推認する上での一要素となり得ると考えられる。

ウ 検索拡張生成(RAG)等について〔骨子案:(1)ウ、(2)コ〕
○ 検索拡張生成(RAG)その他の、生成AIによって著作物を含む対象データを検索し、その結果の要約等を行って回答を生成するもの(以下「RAG等」という。)については、生成に際して既存の著作物の一部を出力するものであることから、その開発のために行う著作物の複製等は、非享受目的の利用行為とはいえず、法第30条の4は適用されないと考えられる。

○ 他方で、RAG等による回答の生成に際して既存の著作物を利用することについては、法第47条の5第1項第1号又は第2号の適用があることが考えられる。ただし、この点に関しては、法第47条の5第1項に基づく既存の著作物の利用は、当該著作物の「利用に供される部分の占める割合、その利用に供される部分の量、その利用に供される際の表示の精度その他の要素に照らし軽微なもの」(軽微利用)に限って認められることに留意する必要がある。RAG等による生成に際して、この「軽微利用」の程度を超えて既存の著作物を利用する場合は、法第47条の5第1項は適用されず、原則として著作権者の許諾を得て利用する必要があると考えられる。

○ また、RAG等のために行うベクトルに変換したデータベースの作成等に伴う、既存の著作物の複製又は公衆送信については、同条第2項に定める準備行為として、権利制限規定の適用を受けることが考えられる。

【著作権者の利益を不当に害することとなる場合について】
エ 著作権者の利益を不当に害することとなる場合の具体例について〔骨子案:(1)エ〕
(ア)法第30条の4ただし書の解釈に関する考え方について
○ 法第30条の4においては、そのただし書において「当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。」と規定し、これに該当する場合は同条が適用されないこととされている。

○ この点に関して、本ただし書は、法第30条の4本文に規定する「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に該当する場合にその適用可否が問題となるものであることを前提に、その該当性を検討することが必要と考えられる。

○ また、本ただし書への該当性を検討するに当たっては、著作権者の著作物の利用市場と衝突するか、あるいは将来における著作物の潜在的販路を阻害するかという観点から検討することが必要と考えられる。

(イ)アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることについて
○ 本ただし書において「当該著作物の」と規定されているように、著作権者の利益を不当に害することとなるか否かは、法第30条の4に基づいて利用される当該著作物について判断されるべきものと考えられる。
(例)AI学習のための学習データとして複製等された著作物

○ 作風や画風といったアイデア等が類似するにとどまり、既存の著作物との類似性が認められない生成物は、これを生成・利用したとしても、既存の著作物との関係で著作権侵害とはならない。また、既存の著作物とアイデア等が類似するが、表現として異なる生成物が市場において取引されたとしても、これによって直ちに当該既存の著作物の取引機会が失われるなど、市場において競合する関係とはならないと考えられる。

○ そのため、著作権法が保護する利益でないアイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることにより、自らの市場が圧迫されるかもしれないという抽象的なおそれのみでは、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないと考えられる。

○ なお、この点に関しては、上記イ(イ)のとおり、特定のクリエイターの作品である著作物のみを学習データとしてファインチューニングを行う場合、当該作品群が、当該クリエイターの作風を共通して有している場合については、これにとどまらず、表現のレベルにおいても、当該作品群には、これに共通する表現上の本質的特徴があると評価できる場合もあると考えられることに配意すべきである。

(中略:「(ウ)情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物の例について」)

(エ)学習のための複製等を防止する技術的な措置を回避した複製について〔骨子案:(1)コ〕
○ AI学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置としては、現時点において既に広く行われているものが見受けられる。こうした措置をとることについては、著作権法上、特段の制限は設けられておらず、権利者やウェブサイトの管理者の判断によって自由に行うことが可能である。
(例)ウェブサイト内のファイル"robots.txt"への記述によって、AI学習のための複製を行うクローラによるウェブサイト内へのアクセスを制限する措置
(例)ID・パスワード等を用いた認証によって、ウェブサイト内へのアクセスを制限する措置

○ このような技術的な措置は、あるウェブサイト内に掲載されている多数のデータを集積して、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物として販売する際に、当該データベースの販売市場との競合を生じさせないために講じられている例がある(データベースの販売に伴う措置、又は販売の準備行為としての措置)。

○ そのため、このような技術的な措置が講じられており、当該ウェブサイト内のデータを含み、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が将来販売される予定があることが推認される場合、この措置を回避して行うAI学習のための複製等は、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為として、通常、法第30条の4ただし書に該当し、同条による権利制限の対象とはならないと考えられる。

○ なお、このような技術的な措置が、著作権法に規定する「技術的保護手段」又は「技術的利用制限手段」に該当するか否かは、現時点において行われている技術的な措置が、従来、「技術的保護手段」又は「技術的利用制限手段」に該当すると考えられてきたものとは異なることから、今後の技術の動向も踏まえ検討すべきものと考えられる。

(オ)海賊版等の権利侵害複製物をAI学習のため複製することについて
○ インターネット上のデータが海賊版等の権利侵害複製物であるか否かは、究極的には当該複製物に係る著作物の著作権者でなければ判断は難しく、AI学習のため学習データの収集を行おうとする者にこの点の判断を求めることは、現実的に難しい場合が多いと考えられる。加えて、権利侵害複製物という場合には、漫画等を原作のまま許諾なく多数アップロードした海賊版サイトに掲載されているようなものから、SNS等において個人のユーザーが投稿する際に、引用等の権利制限規定の要件を満たさなかったもの等まで様々なものが含まれる。

○ このため、AI学習のため、インターネット上において学習データを収集する場合、収集対象のデータに、海賊版等の、著作権を侵害してアップロードされた複製物が含まれている場合もあり得る。

○ 他方で、海賊版により我が国のコンテンツ産業が受ける被害は甚大であり、リーチサイト規制を含めた海賊版対策を進めるべきことは論を待たない。文化庁においては、権利者及び関係機関による海賊版に対する権利行使の促進に向けた環境整備等、引き続き実効的かつ強力に海賊版対策に取り組むことが期待される。

○ AI開発事業者やAIサービス提供事業者においては、学習データの収集を行うに際して、海賊版を掲載しているウェブサイトから学習データを収集することで当該ウェブサイトの運営を行う者に広告収入その他の金銭的利益を生じさせるなど、当該行為が新たな海賊版の増加といった権利侵害を助長するものとならないよう十分配慮した上でこれを行うことが求められる。

○ また、後掲(2)キのとおり、生成・利用段階で既存の著作物の著作権侵害が生じた場合、AI開発事業者又はAIサービス提供事業者も、当該侵害行為の主体として責任を負う場合があり得る。ウェブサイトが海賊版等の権利侵害複製物を掲載していることを知りながら、当該ウェブサイトから学習データの収集を行うといった行為は、厳にこれを慎むべきものであり、仮にこのような行為があった場合は、当該AI開発事業者やAIサービス提供事業者が、これにより開発された生成AIにより生じる著作権侵害について、その関与の程度に照らして、規範的な行為主体として侵害の責任を問われる可能性が高まるものと考えられる(AI開発事業者又はAIサービス提供事業者の行為主体性について、後掲(2)キも参照)。

(中略:【侵害に対する措置について】「オ AI学習に際して著作権侵害が生じた際に、学習を行った事業者が受け得る措置について」、「カ AI学習に際して著作権侵害が生じた際に、権利者による差止請求等が認められ得る範囲について」)

【その他の論点について】
キ AI学習における、法第30条の4に規定する「必要と認められる限度」について〔骨子案:(1)ク〕
○ 法第30条の4では、「その必要と認められる限度において」といえることが、同条に基づく権利制限の要件とされている。

○ この点に関して、大量のデータを必要とする機械学習(深層学習)の性質を踏まえると、AI学習のために複製等を行う著作物の量が大量であることをもって、「必要と認められる限度」を超えると評価されるものではないと考えられる。

ク AI学習を拒絶する著作権者の意思表示について〔骨子案:(1)ケ〕
○ 著作権法上の権利制限規定は、①著作物利用の性質からして著作権が及ぶものとすることが妥当でないもの、②公益上の理由から著作権を制限することが必要と認められるもの、③他の権利との調整のため著作権を制限する必要のあるもの、④社会慣行として行われており著作権を制限しても著作権者の経済的利益を不当に害しないと認められるものなどについて、文化的所産の公正な利用に配慮して、著作権者の許諾なく著作物を利用できることとするものである。

○ このような権利制限規定の立法趣旨からすると、著作権者が反対の意思を示していることそれ自体をもって、権利制限規定の対象から除外されると解釈することは困難である。また、AI学習のための学習データの収集は、クローラ等のプログラムによって機械的に行われる例が多いことからすると、当該プログラムにおいて機械的に判別できない方法による意思表示があることをもって権利制限規定の対象から除外してしまうと、学習データの収集を行う者にとって不測の著作権侵害を生じさせる懸念がある。そのため、こうした意思表示があることのみをもって、法第30条の4ただし書に該当するとは考えられない。

○ 他方で、このようなAI学習を拒絶する著作権者の意思表示が、機械可読な方法で表示されている場合、上記の不測の著作権侵害を生じさせる懸念は低減される。また、このような場合、上記エ(エ)のとおり、AI学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置が講じられており、当該ウェブサイト内のデータを含み、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が将来販売される予定があることが推認される場合、この措置を回避して行うAI学習のための複製等は、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為として、通常、法第30条の4ただし書に該当し、同条による権利制限の対象とはならないと考えられる。

(中略:「ケ 法30条の4以外の権利制限規定の適用について」)

(2)生成・利用段階
(中略:「ア 検討の前提」)

【著作権侵害の有無の考え方について】
イ 著作権侵害の有無の考え方について
○ 従前の裁判例では、ある作品に、既存の著作物との類似性と依拠性の両者が認められる際に、著作権侵害となるとされており、生成AIを利用した場合にこれらが認められる場合については、以下のように考えられる。

(ア)類似性の考え方について〔骨子案:(2)ク〕
○ AI生成物と既存の著作物との類似性の判断については、生成AIをどのように利用したかといった制作過程ではなく、生成物そのものが既存の著作物に類似していると認められるかのみを判断すれば良いものであることから、原則として、人間がAIを使わずに創作したものと同様に考えられる。

(イ)依拠性の考え方について〔骨子案:(2)ア、イ〕
○ 依拠性の判断については、従来の裁判例では、ある作品が、既存の著作物に類似していると認められるときに、当該作品を制作した者が、既存の著作物の表現内容を認識していたことや、同一性の程度の高さなどによりその有無が判断されてきた。特に、人間の創作活動においては、既存の著作物の表現内容を認識しえたことについて、その創作者が既存の著作物に接する機会があったかどうかなどにより推認されてきた。

○ 一方、生成AIの場合、その開発のために利用された著作物を、生成AIの利用者が認識していないが、当該著作物に類似したものが生成される場合も想定され、このような事情は、従来の依拠性の判断に影響しうると考えられる。

○ そこで、従来の人間が創作する場合における依拠性の考え方も踏まえ、生成AIによる生成行為について、依拠性が認められるのはどのような場合か、整理することとする。
① AI利用者が既存の著作物を認識していたと認められる場合
▽ 生成AIをした場合であっても、AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識しており、生成AIを利用してこれと類似したものを生成させた場合は、依拠性が認められ、AI利用者による著作権侵害が成立すると考えられる。
(例)ImagetoImage(画像を生成AIに指示として入力し、生成物として画像を得る行為)のように、既存の著作物そのものや、その題号などの特定の固有名詞を入力する場合
▽ この点に関して、従来の裁判例においては、被疑侵害者の既存著作物へのアクセス可能性、すなわち既存の著作物に接する機会があったことや、類似性の程度の高さ等の間接事実により、既存の著作物の表現内容を知っていたことが推認されてきた。
▽ このような従来の裁判例を踏まえると、生成AIが利用された場合であっても、権利者としては、被疑侵害者において既存著作物へのアクセス可能性や、既存著作物への高度な類似性があること等を立証すれば、依拠性があると推認されることとなる。
②AI利用者が既存の著作物を認識していなかったが、AI学習用データに当該著作物が含まれる場合
▽ AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識しておらず、かつ、当該生成AIの開発・学習段階で、当該著作物を学習していなかった場合は、当該生成AIを利用し、当該著作物に類似した生成物が生成されたとしても、これは偶然の一致に過ぎないものとして、依拠性は認められず、著作権侵害は成立しないと考えられる。
▽ 一方、AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識していなかったが、当該生成AIの開発・学習段階で当該著作物を学習していた場合については、客観的に当該著作物へのアクセスがあったと認められることから、当該生成AIを利用し、当該著作物に類似した生成物が生成された場合は、通常、依拠性があったと認められ、著作権侵害になりうると考えられる。
▽ ただし、このような場合であっても、当該生成AIについて、開発・学習段階において学習に用いられた著作物が、生成・利用段階において生成されないような技術的な措置が講じられているといえること等、当該生成AIが、学習に用いられた著作物をそのまま生成する状態になっていないといえる事情がある場合には、AI利用者において当該事情を反証することにより、依拠性がないと判断される場合はあり得ると考えられる。
▽ なお、生成AIの開発・学習段階で既存の著作物を学習していた場合において、AI利用者が著作権侵害を問われた場合、後掲(2)キのとおり、当該生成AIを開発した事業者においても、著作権侵害の規範的な主体として責任を負う場合があることについては留意が必要である。

ウ 依拠性に関するAI利用者の反証と学習データについて〔骨子案:(2)イ〕
○ 上記の場合は、被疑侵害者の側で依拠性がないことの反証の必要が生じることとなるが、上記のイ②で確認したように、生成AIを利用し生成された生成物が既存の著作物に類似していた場合であって、当該生成AIの開発に当該著作物を用いていた場合は、依拠性が認められる可能性が高いと考えれることから、被疑侵害者の側が依拠性を否定するためには、当該既存著作物が学習データに含まれていないこと等を反証する必要がある。

【侵害に対する措置について】
(中略:「エ 侵害に対する措置について」、「オ 利用行為が行われた場面ごとの判断について」)

カ 差止請求として取り得る措置について〔骨子案:(2)エ〕
○ 生成AIによる生成・利用段階において著作権侵害があった場合、侵害の行為に係る著作物等の権利者は、生成AIを利用し著作権侵害をした者に対して、新たな侵害物の生成及び、すでに生成された侵害物の利用行為に対する差止請求が可能と考えられる。この他、侵害行為による生成物の廃棄の請求は可能と考えられる。

○ また、生成AIの開発事業者に対しては、著作権侵害の予防に必要な措置として、侵害物を生成した生成AIの開発に用いられたデータセットがその後もAI開発に用いられる蓋然性が高い場合には、当該データセットから、当該侵害の行為に係る著作物等の廃棄を請求することは可能と考えられる。

○ また、侵害物を生成した生成AIについて、当該生成AIによる生成によって更なる著作権侵害が生じる蓋然性が高いといえる場合には、生成AIの開発事業者に対して、当該生成AIによる著作権侵害の予防に必要な措置を請求することができると考えられる。

○ この点に関して、侵害の予防に必要な措置としては、当該侵害の行為に係る著作物等の類似物が生成されないよう、例えば、①特定のプロンプト入力については、生成をしないといった措置、あるいは、②当該生成AIの学習に用いられた著作物の類似物を生成しないといった措置等の、生成AIに対する技術的な制限を付す方法などが考えられる。

【侵害行為の責任主体について】
キ 侵害行為の責任主体について〔骨子案:(2)オ〕
○ 従来の裁判例上、著作権侵害の主体としては、物理的に侵害行為を行った者が主体となる場合のほか、一定の場合に、物理的な行為主体以外の者が、規範的な行為主体として著作権侵害の責任を負う場合がある(いわゆる規範的責任論)。

○ そこで、AI生成物の生成・利用が著作権侵害となる場合の侵害の主体の判断に
おいても、物理的な行為主体であるAI利用者のみならず、生成AIの開発や、生成AIを用いたサービス提供を行う事業者が、著作権侵害の行為主体として責任を負う場合があると考えられる。

○ この点に関して、具体的には、以下のように考えられる。
①ある特定の生成AIを用いた場合、侵害物が高頻度で生成される場合は、事業者が侵害主体と評価される可能性が高まるものと考えられる。
②事業者が、生成AIの開発・提供に当たり、当該生成AIが既存の著作物の類似物を生成する可能性を認識しているにも関わらず、当該類似物の生成を抑止する技術的な手段を施していない場合、事業者が侵害主体と評価される可能性が高まるものと考えられる。
③事業者が、生成AIの開発・提供に当たり、当該生成AIが既存の著作物の類似物を生成することを防止する技術的な手段を施している場合、事業者が侵害主体と評価される可能性は低くなるものと考えられる。
④当該生成AIが、事業者により上記の(2)キ③の手段を施されたものであるなど侵害物が高頻度で生成されるようなものでない場合においては、たとえ、AI利用者が既存の著作物の類似物の生成を意図して生成AIにプロンプト入力するなどの指示を行い、侵害物が生成されたとしても、事業者が侵害主体と評価される可能性は低くなるものと考えられる。

(中略:【その他の論点】「ク 生成指示のための生成AIへの著作物の入力について」、「ケ 権利制限規定の適用について」、「コ 学習に用いた著作物等の開示が求められる場合について」)

(3)生成物の著作物性について
(中略:「ア 整理することの意義・実益について」)

イ 生成AIに対する指示の具体性とAI生成物の著作物性との関係について〔骨子案:(3)イ〕
○ 著作権法上の従来の解釈における著作者の認定と同様に考えられ、共同著作物に関する裁判例等に照らせば、生成AIに対する指示が表現に至らないアイデアにとどまるような場合には、当該AI生成物に著作物性は認められないと考えられる。

○ また、AI生成物の著作物性は、個々のAI生成物について個別具体的な事例に応じて判断されるものであり、単なる労力にとどまらず、創作的寄与があるといえるものがどの程度積み重なっているか等を総合的に考慮して判断されるものと考えられる。例として、著作物性の判断するに当たっては、以下の①~④に示すような要素があると考えられる。
①指示・入力(プロンプト等)の分量・内容
▽ AI生成物を生成するに当たって、表現と同程度の詳細な指示は、創作的寄与があると評価される可能性を高めると考えられる。他方で、長大な指示であったとしても表現に至らない指示は、創作的寄与の判断に影響しないと考えられる。
②生成の試行回数
▽ 試行回数が多いこと自体は、創作的寄与の判断に影響しないと考えられる。他方で、①と組み合わせた試行、すなわち生成物を確認し指示・入力を修正しつつ試行を繰り返すといった場合には、著作物性が認められることも考えられる。
③複数の生成物からの選択
▽ 単なる選択行為自体は創作的寄与の判断に影響しないと考えられる。他方で、通常創作性があると考えられる行為であっても、その要素として選択行為があるものもあることから、そうした行為との関係についても考慮する必要がある。
④生成後の加筆・修正
▽ 人間が、創作的表現といえる加筆・修正を加えた部分については、通常、著作物性が認められると考えられる。もっとも、それ以外の部分についての著作物性には影響しないと考えられる。

ウ 著作物性がないものに対する保護〔骨子案:(3)ウ〕
○ 著作物性がないものであったとしても、判例上、その複製や利用が、営業上の利益を侵害するといえるような場合には、民法上の不法行為として損害賠償請求が認められ得ると考えられる。

(4)その他の論点について
○ 学習済みモデルから、学習に用いられたデータを取り除くように、学習に用いられたデータに含まれる著作物の著作権者等が求め得るか否かについては、現状ではその実現可能性に課題があることから、将来的な技術の動向も踏まえて見極める必要がある。

○ また、著作権者等への対価還元という観点からは、法第30条の4の趣旨を踏まえると、AI開発に向けた情報解析の用に供するために著作物を利用することにより、著作権法で保護される著作権者等の利益が通常害されるものではないため、対価還元の手段として、著作権法において補償金制度を導入することは理論的な説明が困難であると考えられる。

○ 他方、コンテンツ創作の好循環の実現を考えた場合に、著作権法の枠内にとどまらない議論として、技術面や考え方の整理等を通じて、市場における対価還元を促進することについても検討が必要であると考えられる。

○ なお、著作物に当たらないものについて著作物であると称して流通させるという行為については、著作物のライセンス契約のような取引の場面においてこれを行った場合、契約上の債務不履行責任を生じさせるほか、取引の相手方を欺いて利用の対価等の財物を交付させた詐欺行為として、民法上の不法行為責任を問われることや、刑法上の詐欺罪に該当する可能性が考えられる。この点に関して、著作権法による保護が適切かどうかなど、著作権との関係については、引き続き議論が必要であると考えられる。

 上は抜粋と言ってもかなり長いので、ここで、私なりの概要を以下に作っておく。

(1)学習・開発段階

  • AI学習のための著作物の利用は原則として著作権法第30条の4の非享受目的利用の権利制限の対象となるが、意図的に、元の学習データの全部または一部をそのまま出力させる事を目的とする様な場合や、特別なファインチューニングによって学習データの元の著作物の表現上の本質的特徴を直接感得できる生成物を出力する事を目的とする様な場合や、機械可読な方法によって複製の禁止が示されている場合に複製をして学習データを作成する様な場合は対象とならない。
  • AIを用いた検索であって結果の一部を表示する様な場合は、著作権法第47条の5の軽微利用目的の権利制限の範囲内で許諾なく可能。
  • 海賊版サイトである事を知りながら、そこから学習データの収集を行って生成AIを開発した様な場合、その生成AIにより生じる著作権侵害について、その関与の程度に照らして、規範的な行為主体として侵害の責任を問われる可能性が高まる。

(2)生成・利用段階

  • AI生成物と既存の著作物との類似性の判断については、原則として、人間がAIを使わずに創作したものと同様。
  • 生成AIを用いた場合でも、AI利用者が既存の著作物を認識しており、既存の著作物の名称の様な特定の固有名詞を入力して出力を生成させるなど、既存の著作物と類似したものを生成させた場合や、利用者が認識していなかったとしても、AI学習用データに当該著作物が含まれ、類似した生成物が得られた場合などは、通常、依拠性が認められ、著作権侵害となり得る。
  • 利用者に対する差し止め等に加え、生成AIによって更なる著作権侵害が生じる蓋然性が高いといえる場合には、生成AIの開発事業者に対して、著作権侵害の予防に必要な措置として、特定のプロンプト入力による生成を禁止する、学習に用いられた著作物の類似物を生成しない措置の様な技術的な制限を求める事も考えられる。
  • その生成AIによって侵害物が高頻度で生成される場合や、既存の著作物の類似物を生成する可能性を認識しているにも関わらず、当該類似物の生成を抑止する技術的な手段を施していない場合などは、事業者が侵害主体と評価される可能性が高まる。

(3)生成物の著作物性

  • 著作権法上の従来の解釈における著作者の認定と同様に考えられ、生成AIに対する指示が表現に至らないアイデアにとどまるような場合には、当該AI生成物に著作物性は認められない。
  • 創作的寄与の判断要素としては、指示・入力(プロンプト等)の分量・内容、生成の試行回数、複数の生成物からの選択、生成後の加筆・修正が考えられる。

(4)その他

  • 今の所、著作権法において補償金制度を導入することは理論的な説明が困難。

 この素案に示されている考え方は現行法の解釈としておよそ妥当と言っていいものだが、細かな点で釘を刺しておきたい所もあるので、さらに来月の最終案を見た上でパブコメで意見を出す事を考えたいと思っている。

 前に書いた事の繰り返しになるが、ここで最も重要な事はAIの問題に絡めて権利者寄り・規制寄りに歪んだ著作権法改正をしようとしている様子が見られない事だろう。

(2)新秘密特許(特許制度)に関するQ&Aと管理ガイドライン
 第486回で取り上げた新秘密特許(特許制度)に関する府省令案について案が取れて12月18日に公布された事に合わせ(特許庁のHP1官報号外第265号参照)、内閣府の特許出願の非公開に関する制度のページ経済安全保障推進法の特許出願の非公開に関する制度のQ&A(pdf)損失の補償に関するQ&A(pdf)特許出願の非公開に関する制度における適正管理措置に関するガイドライン(第1版)(pdf)が公開された。

 これらの内、制度全体に関するQ&Aや適正管理措置に関するガイドラインは法令をそのままなぞって説明しているだけで新しい事が書かれているという事はほぼないので、ここでは、損失の補償に関するQ&Aから、特許出願を秘密とする保全指定を受けた場合の補償について各論として多少なりとも詳細化を試みているQ7~Q17を以下に抜き出しておく。

各論:補償対象・範囲について

Q7.保全指定期間中に、第三者が保全対象発明と同一の発明を国内出願せずに国内で実施している場合において、自身の特許権が留保されているため、特許権に基づく実施許諾料相当額の請求や損害賠償請求ができないことによる損失は補償の対象となりますか。

A7.例えば、第三者と特許権に基づく実施許諾契約を結んでいれば得られたはずであるが得られなかったであろう実施許諾料相当額や、損害賠償請求により得られたはずであるが得られなかったであろう第三者が実施により得た利益相当額について、保全指定を受けたことに起因し、かつ、保全指定を受けたことにより生ずることが社会通念上相当といえる損失であると認められる範囲で、補償の対象となり得ます。
 なお、一般的には、第三者の実施が判明した時点で保全指定の解除が検討される場合が多く、保全指定が解除されれば、特許手続が進み、出願公開されることとなります。その場合、特許法上、出願公開後は、保全対象発明と同一の発明を特許出願せずに国内で実施している第三者に対して、特許権の登録前の行為については、出願公開後、第三者に警告を発すれば、特許権の登録を待って、第三者に対して警告時に遡り補償金を請求することができますし(特許法第65条)、特許権の登録後の行為については、特許権を侵害するものとして、差止めや損害賠償請求ができます(特許法第100条・102条)。

Q8.保全指定期間中に、第三者が保全対象発明と同一の発明に関する特許権を外国で取得してしまい、外国で実施している場合において、外国出願が禁止されているために発生した損失は補償の対象となりますか。

A8.例えば、保全指定を受けなければ、当該国で特許出願をして当該第三者よりも先に特許権を取得していたと推認される場合にあっては、保全指定以後に、当該第三者より差止請求を受けて当該国における製品販売ができなくなったことによる逸失利益や、当該第三者が特許権を保有する状況下で当該国における製品販売を行うに当たり支払わなければならない実施許諾料相当額又は自身が当該国で特許権を取得していれば当該第三者に請求できたはずの実施許諾料相当額等から算定される逸失利益については、保全指定を受けたことに起因し、かつ、保全指定を受けたことにより生ずることが社会通念上相当といえる損失であると認められる範囲で、補償の対象となり得ます。

Q9.特許権に基づき発明の実施をすれば、市場独占や競合品との競争上の優位性により、通常より高い利益率の設定が見込まれるところ、保全対象発明について、実施は許可されたものの、特許権の留保により保全指定期間中における保全対象発明と同一の発明を特許出願せずに実施する第三者の市場参入に対抗できず、保全指定の解除後に当該第三者に対して権利行使をして競合品を排除するまでの間、通常より高い利益率を確保することができませんでした。結果、当初の計画では得られるはずだった利益が減少することになりましたが、この場合における利益の減少分は補償の対象となりますか。

A9.一般的には、第三者の実施が判明した時点で保全指定の解除が検討される場合が多いと考えられますが、競合品を排除するまでの間にかかる状況が生じた際、例えば、第三者が実施している状況下において確保できる利益率に基づく利益と、保全対象発明の実施が独占的であった場合に見込まれる利益率に基づく利益との間に差額が発生する場合には、その差額について、保全指定を受けたことに起因し、かつ、保全指定を受けたことにより生ずることが社会通念上相当といえる損失であると認められる範囲で、補償の対象となり得ます。

Q10.実施の許可で付された条件を満たすために、ブラックボックス化のための設計変更が必要になりました。設計変更により利益に差額が発生したことによる損失は補償の対象となりますか。

A10.設計変更により増加した経費の販売価格への反映状況等も踏まえながら、設計変更した後に得られる利益と、設計変更しなければ得られたであろう利益との間に差額が発生する場合には、その差額について、保全指定を受けたことに起因し、かつ、保全指定を受けたことにより生ずることが社会通念上相当といえる損失であると認められる範囲で、補償の対象となり得ます。

Q11.保全指定前に多額の開発・設備費用を投資して保全対象発明を生み出しましたが、発明の実施の不許可により製品販売をすることができず、あるいは、保全指定により特許権に基づく実施許諾料相当額の請求もできなくなったため、保全指定期間中、当該開発・設備投資費用を回収することができなくなりました。この場合において、保全指定期間中に回収不能となった開発・設備投資費用は補償の対象となりますか。

A11.開発・設備投資は、本来、製品販売や特許権に基づく実施許諾料等で利益をあげることによって回収が図られるものであり、回収できるだけの利益につながるかどうかは、製品の価値やその時々の需要、競合状況等に応じケースバイケースです。したがって、たとえ発明の実施が不許可とされたために、保全指定期間中に製品販売をすることができず、あるいは、保全指定を受けたために特許権に基づく実施許諾料相当額の請求ができなくなったとしても、開発・設備投資の額が直ちに「保全指定を受けたことによる損失」といえるものではありません。
 すなわち、補償の対象は、A2で述べたとおり、あくまで、保全指定を受けずに製造、販売できていた場合に比して失われた利益に係る損失や特許権に基づく実施許諾料相当額等を請求できないことにより失われた利益に係る損失であり、これらの額により開発・設備投資費用の一部又は全部が補償されることとなります。

Q12.競業者による特許出願(先願)が保全指定を受けて出願公開されていなかったため、先願の存在を知らずに偶々同じ技術を開発し、同一の発明を出願して保全指定を受けた場合、自ら(後願者)が当該技術の発明に要した開発・設備投資費用は補償の対象となりますか。

A12.先願が公開されていれば後願者が保全対象発明に費やすことがなかった開発・設備投資費用は、後願者が保全指定を受けたことに起因する損失ではないため、補償の対象とはなりません。
 なお、先願と同じ発明について保全指定を受けた後願者に対しては、以下の要件を満たせば、所定の範囲内において有償の通常実施権が認められます(法第81条)。
・法第66条第7項の規定により出願公開が行われなかったために、保全指定された先願の存在を認識せず、自己の発明が特許法第 29 条の2の規定により特許を受けることができないものであることを知らないで、先願の出願公開前に、日本国内において発明の実施である事業をし、又はその事業の準備をしていること
・自らの特許出願について拒絶査定又は拒絶の審決が確定したこと

Q13.外国出願をすることを前提に保全審査中に翻訳を発注していたところ、保全指定を受けたために、優先日を確保した状態での外国出願が出来なくなりました。この場合における翻訳費用は補償の対象となりますか。

A13.例えば、保全審査が終了するまでに翻訳の発注をせざるを得なかった事情や当該翻訳文の活用状況等を踏まえ、保全指定を受けたことに起因し、かつ、保全指定を受けたことにより生ずることが社会通念上相当といえる損失であると認められる範囲で、補償の対象となり得ます。

Q14.外国出願をすることを前提に保全審査中に外国代理人に手続を依頼していたところ、保全指定を受けたために、優先日を確保した状態での外国出願ができなくなりました。この場合における、外国代理人との手続に係る費用は補償の対象となりますか。

A14.例えば、保全審査が終了するまでに外国代理人に手続を依頼せざるを得なかった事情や手続費用の精算状況等を踏まえ、保全指定を受けたことに起因し、かつ、保全指定を受けたことにより生ずることが社会通念上相当といえる損失であると認められる範囲で、補償の対象となり得ます。

Q15.保全指定を受けたため、指定特許出願人が適正管理措置を講じるために要した経費は補償の対象となりますか。

A15.適正管理措置は、事業者が元来営業秘密等の社内秘の管理のために講じている措置の範囲内で対応できる場合が多いと考えられますが、例えば、事業者が元来講じている情報保全の措置では、適正管理措置には足りず、このために新たに機器の購入等を要した場合には、当該機器の保全対象発明以外への利用状況等も踏まえ、保全指定を受けたことに起因し、かつ、保全指定を受けたことにより生ずることが社会通念上相当といえる損失であると認められる範囲で、これに要した経費が補償の対象となり得ます。

各論:補償条件について

Q16.第三者から得られたであろう特許権に基づく実施許諾料相当額等を補償の対象として請求する場合には、保全指定の解除後に特許権を取得するのを待つ必要がありますか。

A16.保全指定を受けなければ特許権を取得していたであろうと認められれば、保全指定の解除前であっても請求は可能です。
 なお、保全指定期間中であっても、出願公開、特許査定及び拒絶査定以外の特許手続は留保されず(法第66条第7項)、審査請求(特許出願についての出願審査の請求)をして、特許査定の直前まで手続を進めることができるので、このような場合は、特許権を取得していたであろうと認められる確度が高まると考えられます。

各論:その他

Q17.保全指定前の事前意思確認の際に、補償金額を算定してくれますか。

A17.国による補償金額の算定は、損失が発生し、補償の請求を受けた後に行うものなので、国において、保全指定前にあらかじめ算定して提示することは難しいと考えています。

 この補償に関するQ&Aもかなり長く抜粋したが、概要としてまとめると、特許ライセンス料や損害賠償の請求ができない場合、第三者が保全対象発明と同一の発明に関する特許権を外国で取得した場合、第三者が特許出願をせずに同一の発明を実施した場合、保全対象発明のブラックボックス化のために設計変更をした場合、外国出願を準備していた場合などについて、保全指定と相当因果関係が認められる範囲内で逸失利益・損失・経費を補償すると言っているに過ぎない。

 また、保全指定を受けた後でも特許査定の直前まで手続きを進める事ができるといっても、あくまで直前までなので、出願が最終的に特許を受けられるかは制度上分かりようがないのだが、上の回答を見ると、特許権を取得していたであろうと認められる確度が何かしら補償金額の算定に関係して来るのかというさらなる疑問も湧く。

 そして、保全指定を実際に受けるより前に補償金額を示すのは困難という回答も予想通りだが、事前の意思確認の際に示してくれないと出願人としては指定を受けるかどうかの判断に困るのではないかと思え、本当にこの制度がまともに機能するのか甚だ怪しいように思える。

 結局、この新秘密特許制度では、特許権の付与によって権利の存在と範囲が確定する前に秘密とするべき保全指定がされてしまうので、その状態でどうやってどうやって保全指定と逸失利益との間の相当因果関係を示して具体的な額について決定するのか謎としか言い様がないが、これで予定されていたQ&Aなどは一通り出されたと見えるので、政府としてはこの点についてこれ以上説明をする事なく、2024年5月1日の施行まで突っ走るつもりなのだろう。

 もはや後は施行後の運用を見て行くしかないという状況にありながら、この制度ではその運用すら秘密になってしまうのでどうしようもないが、本当にこの制度が必要だったのか、今の形でまともに運用できるのか、私はいまだに大いに疑問に思っている。

(3)その他知財本部等における検討
 前回でも少し書いたが、他の省庁における検討についても取り上げておく。

 まず、知財本部では、かなり急ピッチで開催されているAI時代の知的財産権検討会に加え、知財計画2024に向けた検討を行う構想委員会の下に、コンテンツやクールジャパン戦略関連の検討を行うらしい、コンテンツ戦略ワーキンググループとCreate Japanワーキンググループという2つのワーキンググループが置かれ、12月22日に第1回の合同会議が開催されている。

 AIに関する政府検討という事では、AI戦略会議第7回が12月21日に開かれており、G7での国際指針の取りまとめの後、同じく特に規制的なものとなっているという事はないが、詳細なAI事業者ガイドライン案(pdf)概要(pdf)も参照)が示されている。なお、この新AIガイドライン案は、何故か経産省と総務省でともに会議が非公開とされているので詳細不明だが、経産省の方のAI事業者ガイドライン検討会と総務省の方のAIネットワーク社会推進会議で以前のそれぞれのAIガイドラインに基づき検討されていたものだろう。

 経済産業省・特許庁の産業構造審議会・知的財産分科会については、今年は各小委員会で制度改正の議論がされているという事はなく、不正競争防止小委員会で今回の法改正などを受けた限定提供データに関する指針や秘密情報の保護ハンドブックや外国公務員贈賄防止指針の改訂について、特許の審査基準専門委員会ワーキンググループでAI関連技術に関する事例の追加について、意匠審査基準ワーキンググループ商標審査基準ワーキンググループのそれぞれで今回の法改正などを受けた意匠審査基準の改訂について検討がされている。

 なお、各ガイドラインの改訂案は、内容としては特に問題なく法改正を反映したものなので、ここではその内容を細かく取り上げる事はしないが、丁度今現在、「限定提供データに関する指針(改訂案)」及び「秘密情報の保護ハンドブック(改訂案)」に対する意見募集が1月15日〆切で(電子政府のHP1参照)、「外国公務員贈賄防止指針(改訂案)」に対する意見募集が同じく1月15日〆切で(電子政府のHP2)、「商標審査基準」改訂案に対する意見募集が1月24日〆切で行われているので(電子政府のHP3参照)、ここで念のため紹介しておく。

 総務省では、前回取り上げた誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループの上位検討会であるプラットフォームサービスに関する研究会も開かれており、12月12日の第51回で、ワーキンググループの報告書を取り込み、偽情報対策と利用者情報の取り扱いに関するモニタリング結果も含め、第三次とりまとめ(案)(pdf)が示されているが、これも特に問題がある内容が含まれているという事はない。なお、この取りまとめ案についても1月17日〆切で意見募集が行われている(電子政府のHP4参照)。

 また、どのように検討事項が切り分けられているのか、何か意味のある結果が出て来るのかいまいち不明だが、最近始まった総務省の有識者会議には、安心・安全なメタバースの実現に関する研究会デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会もある。

 そして、農水省では、新しい政策検討が行われている様子は見られないが、例年通り、地道に農業資材審議会・種苗分科会での種苗法における重要な形質の指定に関する諮問や地理的表示の申請登録などが行われている。

 知財政策に関して、生成AIの発展にともなう著作権法に関する議論と新秘密特許制度の施行準備が進められたという事が大きな動きとしてあり、今年はかなり慌ただしい一年だったと言えるだろう。

 最後に、いつもの口上となるが、政官業に巣食う全ての利権屋に悪い年を、そして、このブログを読んで下さっている方々に心からの感謝を。

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2023年12月10日 (日)

第487回:文化庁のAIと著作権に関する考え方の骨子案と総務省のインターネット上の誹謗中傷対策とりまとめ案

 今回は私が注目している2つの政府検討の動向について取り上げる。

(1)文化庁のAIと著作権に関する考え方の骨子案
 文化庁では、11月20日に、文化審議会・著作権分科会・法制度小委員会の第4回が開かれ、AIと著作権に関する考え方について(骨子案)(pdf)が示された。

 まだ具体的な検討結果が記載されているということはないが、この骨子案の「5.各論点について」で、以下の様に多くの論点があげられており、AIと著作権の問題に関して現時点で考えられる論点についてかなり網羅的な検討を行おうとしている事が分かる。

(1)学習・開発段階
【前提の確認】
ア 法第30条の4の要件については、技術革新により大量の情報を収集し利用することが可能となる中で、イノベーション創出等の促進に資するものとして、著作物の市場に大きな影響を与えないものについて個々の許諾を不要とすることが、平成30年改正の趣旨としてあったことを踏まえて解釈すべきものと考えてよいか。

【「非享受目的」に該当する場合について】
イ AI学習のために行われるものを含め、情報解析の用に供する場合は、非享受目的であると考えてよいのではないか。また、ある利用行為に、非享受目的と併存して、享受目的があるといえるのはどのような場合か。例えば、以下の場合についてどのように考えるか。
①ファインチューニングのうち、意図的に、学習データをそのまま出力させることを目的としたものを行うため、著作物の複製等を行う場合。
②学習データをそのまま出力させる意図までは有していないが、少量の学習データを用いて、学習データの影響を強く受けた生成物が出力されるようなファインチューニングを行うため、著作物の複製等を行う場合。
③AI学習のために用いた学習データを出力させる意図は有していないが、既存のデータベースやWeb上に掲載されたデータの全部又は一部を、生成AIを用いて出力させることを目的として、著作物の内容をベクトルに変換したデータベースを作成する等の、著作物の複製等を行う場合。
ウ 検索拡張生成(RAG)等の、生成AIによって検索結果の要約等を行い回答を生成するものについては、法第30条の4の適用の余地はあるか。あるいは同条以外の規定(法第47条の5等)が適用され得ると考えるべきか。

【著作権者の利益を不当に害することとなる場合について】
エ 法第30条の4ただし書「当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」について、どのような場合が該当すると考えられるか。以下の点についてはどのように考えるか。
①本ただし書は、同条本文の非享受目的に該当することを前提としてその適用可否が検討されるものであることを踏まえると、既に示している情報解析用のデータベースの著作物の例以外に、ただし書に該当するものとして現状考えられるものはあるか。また、例えば、必ずしも侵害物に当たらないものが大量に出回ることで、自らの著作物の市場が圧迫されることによる著作権者への不利益が生じることは、「著作権者の利益を不当に害する場合」に該当し得るか。
②本ただし書に該当する例としては、情報解析用のデータベースの著作物が販売されている場合に、これを情報解析用途で複製等する場合を示しているが、これについて、より具体的には、どのようなものを、どのような態様で利用する場合が該当するか(例えば、オンラインで提供されているデータ等については、どのような場合が該当し得るか)。
③学習のための複製を防止する技術的な措置が講じられているにも関わらず、これを回避して著作物をAI学習のため複製することは、本ただし書に該当するか。
④海賊版のような権利侵害複製物をAI学習のため複製することは、本ただし書に該当するか。

【侵害に対する措置について】
オ 享受目的が併存する、又はただし書に該当する等の理由で法第30条の4が適用されず、他の権利制限規定も適用されないことにより、AI学習のための複製が著作権侵害となった場合、AI学習のための複製を行った事業者が受けうる措置はどのようなものが考えられるか。故意又は過失の有無によって、受けうる措置(刑事罰、損害賠償、差止め)はどのように異なるか。
カ 学習のための複製が著作権侵害となる場合、権利者による差止請求はどの範囲で認められるか。以下の点についてはどのように考えるか。
①将来のAI学習に用いられる学習用データセットからの当該著作物の除去の請求は、法第112条第2項に基づき認められ得ると考えてよいか。
②作成された学習済みモデルは、通常、学習に用いられた著作物の複製物(「侵害の行為によって作成された物」等)に当たらず、又は必要性が認められず、廃棄請求(法第112条第2項)は原則として認められないと考えてよいか。他方で、当該学習済みモデルの性質(学習データをそのまま出力させることを目的としたものであるか等)によっては、「侵害の行為によって作成された物」等に該当し、例外的に、学習済みモデルの廃棄請求が認められる場合もあり得るか。

【その他の論点】
キ 生成・利用段階において、AIが学習した著作物に類似・依拠した生成物が生成されたとしても、学習・開発段階での法第30条の4の適用が直ちに否定されるものではなく、あくまで、享受目的の併存の有無等、同条の要件に基づいて判断すべきものと考えてよいか。
ク AI学習の場合、法第30条の4の規定にある「必要と認められる限度において」との要件をどのように考えるか。大量のデータを必要とする機械学習(深層学習)の性質を踏まえると、AI学習のために複製等を行う著作物の量が大量であることのみをもって、「必要と認められる限度」を超えるものではないと考えてよいか。
ケ 学習されたくないという著作権者の意思表示をどのようにとらえるか。当該意思表示が機械可読な方法で示されているか否かといった事情は考え方に影響するか。
コ 学習のための複製を防止する技術的な措置をとることは、著作権法上妨げられないと考えてよいか。また、こうした措置と、著作権法上の技術的保護手段との関係については、現状で取ることが可能な技術的な措置の内容も考慮しつつ、現段階において、どのように考えることが可能か。
サ 法第30条の4の適用がない場合であっても、他の権利制限規定(私的使用目的の複製、学校その他の教育機関における複製等)が適用される場合は、学習・開発段階において、許諾なく著作物を利用できると考えてよいか。適用され得る権利制限規定はどのようなものが考えられるか。

(2)生成・利用段階
【依拠性の考え方について】
ア AI生成物が既存の著作物に類似していた時に、生成AIの利用の態様(プロンプトで既存の著作物や特定の固有名詞を入力する場合など)によって、依拠性はどのように判断されるのか。例えば、以下のような場合はどのように考えられるか。
①AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識しており、生成AIを利用してこれと創作的表現が共通したものを生成させた場合(例えば、AI利用者がImage to Image (i2i)で既存著作物を生成AIに入力し、これと創作的表現が共通したものを生成させた場合)。
②生成AIが既存の著作物に類似したものを生成したが、AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を知らなかった場合(当該AIが当該既存の著作物を学習に用いていたか否かはどのように影響するか。当該AIが既存の著作物をそのまま生成するような状態になっていたか否かはどのように影響するか。)。
イ 依拠性の有無は従来の裁判例上、どのような事実に基づき、どのような過程で判断されているか。権利者はどの程度の立証負担を負っているか。

【侵害に対する措置について】
ウ AI利用者が既存の著作物を知らなかったが、著作権侵害が認められたという場合、侵害に関する故意又は過失の有無はどのように判断されるか。また、故意又は過失の有無によって、受けうる措置(刑事罰、損害賠償、差止め)はどのように異なるか。
エ 生成AIによる生成・利用段階において著作権侵害があった場合、権利者による差止請求等はどの範囲で認められ得るか。生成・利用行為に対する直接の差止請求のほか、例えば、AIサービス提供事業者に対する、侵害物の新たな生成を防止する措置の請求(法第112条第2項に基づく侵害の予防に必要な措置の請求)は認められ得るか。

【侵害行為の責任主体について】
オ 事業者はどのような場合に侵害の主体となりうるか。生成AIによる生成・利用段階において、以下のような要素は著作権侵害の責任主体(AI利用者か、AI開発事業者又はAIサービス提供事業者か)の考え方に影響するか。
①侵害物がどの程度の確率・頻度で生成され得るか
②プロンプトで既存の著作物や特定の固有名詞を入力する場合など、どのような場合に侵害物が生成されるか
③事業者が侵害物の生成を抑止するための技術的な手段を施しているか(特に、侵害物が生成される可能性を事業者が認識している場合はどうか)

【その他の論点】
カ 生成指示のため生成AIに著作物を入力(複製等)する行為について、法第30条の4の適用はどのように考えられるか。
キ 法第30条の4の適用がない場合であっても、他の権利制限規定(私的使用目的の複製、検討過程における利用、学校その他の教育機関における複製等)が適用される場合は、生成・利用段階において、許諾なく著作物を利用できると考えてよいか。適用され得る権利制限規定はどのようなものが考えられるか。
ク 類似性の判断に関して、AI生成物について人間が制作した物と異なる考え方をとるべき要素はあるか。
ケ 事業者が有しているデータ(学習用データとして用いた著作物の内容等)は、依拠性の立証に際して、どのような場面で、どの程度必要となるか。また、事業者に対してデータの開示を求める法的根拠はどのようなものが考えられるか。
コ 検索拡張生成(RAG)等の、生成AIによって検索結果の要約等を行い、回答を生成するものについては、法第30条の4の適用の余地はあるか。あるいは同条以外の規定(法第47条の5等)が適用され得ると考えるべきか。【再掲・(1)ウ】

(3)生成物の著作物性について
ア AI生成物の著作物性について整理することの意義・実益はどのようなものがあるか。AI生成物を利用する際、著作物性の有無はどの程度問題となるか。
イ 生成の際に、生成AIに対してどの程度具体的な指示を与えれば、生成物に著作物性が認められるのか。以下のような要素は著作物性の有無に関して、生成物のどの範囲に、どの程度影響するか。他に影響が考えられる要素はあるか。
①指示・入力(プロンプト等)の分量・内容
②生成の試行回数
③複数の生成物からの選択
④生成後の加筆・修正
ウ 著作物性がないものについて、不法行為(民法)による保護はどのような範囲・程度で及ぶか。

(4)その他の論点について
ア 学習済みモデルから、学習に用いられたデータを取り除くよう権利者が求めうるか否かについては、現状ではその実現可能性に課題があることから、将来的な技術の動向を見極める必要があるのではないか。
イ 対価還元の手段として補償金制度を創設することについてどのように考えるか。法第30条の4の趣旨を踏まえると、AI開発に向けた情報解析の用に供するために著作物を利用することについては、これにより著作権法で保護される著作権者の利益が害されるものではないため、著作権法において補償金制度を導入することの理論的な説明が困難ではないか。
ウ コンテンツ創作の好循環の実現を考えると、著作権法の枠内にとどまらない議論として、対価還元についても検討が必要ではないか。
エ 著作物に当たらないものについて著作物であると称して流通させるという行為について、著作権との関係をどのように考えるか。著作権法による保護が適切か。

 同じ日の資料の中にある今後の予定(pdf)によれば、12月と1月にもそれぞれ委員会を開催して検討し、さらに1月中旬から2月上旬でパブリックコメントを実施する予定の様だが、これだけの論点について後2回の委員会で議論を尽くせるのかどうかは良く分からない。

 ここで、最も重要な事は、今の所、文化庁でAIの問題に絡めて権利者寄り・規制寄りに歪んだ著作権法改正をしようとしている様子が見られない事であるが、この文化庁の法制度小委員会における議論は今の著作権法の法解釈・運用に大きな影響を持つものであり、その報告書がバランスを欠いたものとならないよう今後も注視が必要なのは間違いないだろう。

 その他のAIに関する政府の動向についても合わせて少し紹介しておくと、屋上屋の感はどうにも否めないが、AI戦略会議に加え、知財本部のAI時代の知的財産権検討会も引き続き急ピッチで開催されている。そして、内容は各国で共通する事をまとめたらそうなるだろうというもので特に規制寄りになっているという事はないが、10月30日のG7首脳声明(外務省のリリース1参照)、12月1日のG7デジタル・技術大臣会合(総務省のリリース参照)、12月6日のG7首脳会合(外務省のリリース2参照)により、G7各国の間でAIに関する国際指針の合意がなされている。

 また、欧州連合(EU)に関して、12月9日に、第481回で取り上げたAI法案について欧州理事会と欧州議会の間で合意に達したとの発表もあり(欧州議会のリリース、欧州委員会のリリース参照)、詳細が分かり次第、最終的な条文がどうなったかについて紹介したいと思っている。

(2)総務省のインターネット上の誹謗中傷対策とりまとめ案
 総務省では、11月28日に、プラットフォームサービスに関する研究会・誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループの第12回が開かれ、とりまとめ(案)(pdf)が示された。

 このワーキンググループは、第469回で書いた様に、総務省のプラットフォームサービスに関する研究会の下に設けられ、特にインターネット上の誹謗中傷対策について検討している有識者会議であるが、この研究会のページにも書かれている通り、日本にしては珍しく、去年12月から今年の8月まで計3回ものパブコメを行った上で、最終的な取りまとめの案が示されたものである。

 少し長くなるが、このとりまとめ案から、ポイントとなる下線が引かれた部分を中心に方向性を示す主な部分の抜粋を作ると以下の様になる。(下線は原文の通りである。)

Ⅰ.誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループの開催
(略)

Ⅱ.本WGの検討の背景
(略)
 このため、誹謗中傷等の情報の流通による被害の発生の低減や早期回復を可能とするためには、事業者による判断が可能な情報であれば、裁判上の法的な手続と比較して簡易・迅速な対応が期待できるという観点からも、プラットフォーム事業者の利用規約に基づく自主的な削除が迅速かつ適切に行われるようにすることが必要である。
(略)

Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律
(略)
 このような課題に対し、プラットフォーム事業者の誹謗中傷等を含む情報の流通の低減に係る責務を踏まえ、法制上の手当てを含め、プラットフォーム事業者に対して以下の具体的措置を求めることが適当である。

1.措置申請窓口の明示
(略)
 このため、プラットフォーム事業者に、削除申請の窓口や手続の整備を求めることが適当である。その際、被害者等が削除の申請等を行うに当たって、日本語で受け付けられるようにすること(申請等の理由を十分に説明できるようにすることを含む。)や、申請等の窓口の所在を明確かつ分かりやすく示すこと等、申請方法が申請者に過重な負担を課するものとならないようにすることが適当である。

2.受付に係る通知
(略)
 このようなことから、プラットフォーム事業者が申請等を受けた場合には、申請者に対して受付通知を行うことが適当である。その際、「4. 申請の処理に関する期間の定め」において、原則として一定の期間内に対応が求められることを踏まえ、プラットフォーム事業者が当該申請等を受け付けた日時が申請者に対して明らかとなるようにすることが適当である。

3.運用体制の整備
 プラットフォーム事業者における削除の実施に係る運用体制について、日本の文化・社会的背景を踏まえた対応がなされるよう整備を求めるべきとの指摘がある。これを踏まえて、プラットフォーム事業者は、自身が提供するサービスの特性を踏まえつつ、我が国の文化・社会的背景に明るい人材を配置することが適当である。
他方、運用体制については法律において詳細を定めるべきではなく、各事業者の自主的な判断に任せるべきとの意見もある。こうした意見に鑑みれば、プラットフォーム事業者の自主性や負担に配慮し、前述の人材配置は、日本の文化・社会的背景を踏まえた対応がなされるために必要最低限のもののみを求めることが適当である。

4.申請の処理に関する期間の定め
(略)
 このため、基本的には、プラットフォーム事業者に対し、一定の期間内に、削除した事実又はしなかった事実及びその理由の通知を求めることが適当である。その際、事業者による的確な判断の機会を損なわないよう、発信者に対して意見等の照会を行う場合や専門的な検討を行う場合、その他やむを得ない理由がある場合には、一定の期間内に検討中である旨及びその理由を通知した上で、一定の期間を超えての検討を認めることが適当である。なお、以下「5.判断結果及び理由に係る通知」のとおり、プラットフォーム事業者が一定の期間を超えた検討の後に判断を行った際にも、申請者に対して対応結果を通知し、削除が行われなかった場合にはその理由をあわせて説明することが適当である。
 「一定の期間」の具体的な日数については、アンケート結果によれば、プラットフォーム事業者による不対応が一週間より長い期間続いた場合に許容できないとする人の割合が8割超に上ること、誹謗中傷等の権利侵害について事業者が認識した事案においては実務上一週間程度での削除が合理的であると考えられること、等を踏まえれば、一週間程度とすることが適当である。ただし、刻々と変化する情報通信の技術状況に鑑みれば、期間を定めるに当たっては、一定の余裕を持った期間設定が行われることが適当である。

5.判断結果及び理由に係る通知
(略)
 このようなことから、プラットフォーム事業者が判断を行った場合には、申請者に対して対応結果を通知し、削除を行わなかった場合にはその理由をあわせて説明することが適当である。その際、申請件数が膨大となり得ることも踏まえ、過去に同一の申請が行われていた場合等の正当な理由がある場合には、判断結果及び理由の通知を求めないことが適当である。

6.対象範囲
(1)対象とする事業者
 「Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」の対象とする事業者の範囲については、違法・有害情報が流通した場合の被害の大きさ(拡散の速度や到達する範囲、被害回復の困難さ等)、事業者の経済的活動(特に新興サービスや中小サービスに生じる経済的負担の問題)や表現の自由に与える影響、削除の社会への影響等を踏まえ、権利侵害情報の流通が生じやすい不特定者間の交流を目的とするサービスのうち、一定規模以上のものに対象を限定することが適当である。
 定性的な要件については、権利侵害情報の流通の生じやすさから、不特定者間の交流を目的とすることに加えて、他のサービスに付随して提供されるサービスではないことも考慮することが適当である。
 規模については、サービスによっては必ずしも利用者登録を要しないことを踏まえて、アクティブユーザ数や投稿数といった複数の指標を並列的に用いて捕捉することが適当である。このような指標の具体的なデータの取得に当たっては、第一次的には事業者から直接報告を求めることが適当である。しかしながら、事業者からの報告が望めない場合等においては、他の情報を基に数値を推計することが適当である。
 また、内外無差別の原則を徹底する観点から、エンフォースメントも含め、海外事業者に対しても国内事業者と等しく規律が適用されるようにすることが適当である。

(2) 対象とする情報
(略)
 これらを踏まえ、「Ⅲ. プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」については、その対象となる情報の範囲を誹謗中傷等の権利侵害情報に限定することが適当である。

Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律
 「Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」と同様に、「Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」についても、プラットフォーム事業者の誹謗中傷等を含む情報の流通の低減に係る責務を踏まえ、法制上の手当てを含め、プラットフォーム事業者に対して以下の具体的措置を求めることが適当である。

1.削除指針
(略)
 このため、利用者にとっての透明性、実効性の観点から、削除等の基準について、海外事業者、国内事業者を問わず、投稿の削除等に関する判断基準や手続に関する「削除指針」を策定し、公表させることが適当である。また、新しい指針や改訂した指針の運用開始に当たっては、事前に一定の周知期間を設けることが適当である。
 「削除指針」の策定、公表に当たっては、日本語で、利用者にとって、明確かつ分かりやすい表現が用いられるようにするとともに、日本語の投稿に適切に対応できるものとすることが適当である。また、プラットフォーム事業者が自ら探知した場合や特定の者からの申出があった場合等、削除等の対象となった情報をプラットフォーム事業者が認知するに至る端緒の別に応じて、できる限り具体的に、投稿の削除等に関する判断基準や手続が記載されていることが適当である。
 その際、削除指針をあまりに詳細に定め公表することにより、悪意ある投稿者によって、削除指針を参考に削除等の対象となることを避けながら投稿するという悪用が行われうるという指摘がある。これを踏まえ、過度に詳細な記載までは求めないことが適当である。ただし、個人情報の保護等に配慮した上で、実際に削除指針に基づき行われた削除等の具体例を公表することで、利用者に対する透明性を確保することが適当である。

2.発信者に対する説明
 プラットフォーム事業者が投稿の削除等を講ずるとき、対象となる情報の発信者に対して、投稿の削除等を講じた事実及びその理由を説明することが、異議申立ての機会の確保等の観点から重要との指摘がある。
 このため、プラットフォーム事業者が投稿の削除等を講ずるときには、対象となる情報の発信者に対して、投稿の削除等を講じた事実及びその理由を説明することが適当である。理由の粒度については、削除指針におけるどの条項等に抵触したことを理由に削除等の措置が講じられたのか、削除指針との関係を明らかにすることが適当である。また、過去に同一の発信者に対して同様の通知等の措置を講じていた場合や、被害者の二次的被害を惹起する蓋然性が高い場合等の正当な理由がある場合には、発信者に対する説明を求めないことが適当である。

3.運用状況の公表
(略)
 このため、プラットフォーム事業者の説明責任を確保する観点から、諸外国の取組も踏まえつつ、事業者の取組や削除指針に基づく削除等の状況、を含む運用状況の公表を求めることが適当である。
 公表の対象とする事項については、上記の「Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」並びに「Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」のうち「1.削除指針」及び「2.発信者に対する説明」が利用者にとって重要性が高い事項について一定の措置を求めていることを踏まえ、これらの運用状況の公表を求めることが適当である。

4.運用結果に対する評価
(略)

5.取組状況の共有
(略)

6.対象範囲
(1)対象とする事業者
 「Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」についても、上記「Ⅲ. プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」の「6.(1)対象とする事業者」における整理が妥当することから、その対象事業者の範囲は「Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」と同じ範囲に限定することが適当である。

(2) 対象とする情報
 本WGでは誹謗中傷等を念頭に議論が進められてきたことを踏まえれば、「Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」の対象となる情報の範囲には、誹謗中傷等の権利侵害情報を含めることが適当である。
 加えて、利用者のサービス選択や利用に当たっての安定性及び予見性を確保する観点からは、情報の種類如何に関わらず、プラットフォーム事業者が削除等の措置を行う対象となる情報について、プラットフォーム事業者の措置内容を明らかにすることが適当である。
 以上を踏まえて、「Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」において対象とする情報の範囲については、削除等の対象となる全ての情報とすることが適当である。

Ⅴ. プラットフォーム事業者に関するその他の規律
1.個別の違法・有害情報に関する罰則付の削除義務
 違法・有害情報の流通の低減のために、プラットフォーム事業者に対して、大量に流通する全ての情報について、包括的・一般的に監視をさせ、個別の違法・有害情報について削除等の措置を講じなかったことを理由に、罰則等を適用することを前提とする削除義務を設けることも考えられる。
 しかしながら、このような個別の情報に関する罰則付の削除義務を課すことは、この義務を背景として、罰則を適用されることを回避しようとするプラットフォーム事業者によって、実際には違法・有害情報ではない疑わしい情報が全て削除されるなど、投稿の過度な削除等が行われるおそれがあることや、行政がプラットフォーム事業者に対して検閲に近い行為を強いることとなり、利用者の表現の自由に対する制約をもたらすおそれがあること等から、慎重であるべきである。

2.個別の違法・有害情報に関する公的機関等からの削除要請
 現状、法務省の人権擁護機関や警察庁の委託事業であるインターネット・ホットラインセンター等の公的機関等から、プラットフォーム事業者に対して、違法・有害情報の削除要請が行われており、また、かかる要請を受けたプラットフォーム事業者は、自らが定めるポリシーの条項への該当性や違法性の判断に基づき投稿の削除等の対応を行っており、これには一定の実効性が認められると考えられる。
 しかしながら、この要請に応じて自動的・機械的に削除することをプラットフォーム事業者に義務付けることについては、公的機関等からの要請があれば内容を確認せず削除されることにより、利用者の表現の自由を実質的に制約するおそれがあるため、慎重であるべきである。
 なお、プラットフォーム事業者が、法的な位置付けを伴わない自主的な取組として、通報に実績のある機関からの違法・有害情報の削除要請や通報を優先的に審査する手続等を設け、公的機関等からの要請をこの手続の中で取り扱うことは考えられる。その場合でも、違法・有害情報に関する公的機関等からの削除要請に関しては、その要請に強制力は伴わないとしても、事後的に要請の適正性を検証可能とするために、公的機関等及びプラットフォーム事業者双方においてその透明性を確保することが求められる。

3.違法情報の流通の監視
(1)違法情報の流通の網羅的な監視
 プラットフォーム事業者に対し、違法情報の流通に関する網羅的な監視を法的に義務付けることは、違法情報の流通の低減を図る上で有効とも考えられる。
 しかしながら、行政がプラットフォーム事業者に対して検閲に近い行為を強いることとなり、また、事業者によっては、実際には違法情報ではない疑わしい情報も全て削除するなど、投稿の過度な削除等が行われ、利用者の表現の自由に対する実質的な制約をもたらすおそれがあるため、慎重であるべきである。

(2)繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの監視
 インターネット上の権利侵害は、スポット的な投稿によってなされるケースも多い一方で、そのような投稿を繰り返し行う者によってなされているケースも多く、違法情報の流通の低減のために有効との指摘がある。
 しかしながら、プラットフォーム事業者に対し、特定のアカウントを監視するよう法的に義務付けることは、「(1)違法情報の流通の網羅的な監視」と同様の懸念があるため、慎重であるべきである。

(3) 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの停止・凍結等
 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントへの対応として、アカウントの停止・凍結等を行うことを法的に義務付けることも考えられるが、このような義務付けは、ひとたびアカウントの停止・凍結等が行われると将来にわたって表現の機会が奪われる表現の事前抑制の性質を有しているため、慎重であるべきである。

4.権利侵害情報に係る送信防止措置請求権の明文化
 人格権を侵害する投稿の削除を求める権利は、判例法理によって認められているため、一定の要件の下で、権利侵害情報の送信防止措置を請求する権利を明文化することも考えられる。
 当該権利の明文化によるメリットとしては、①被害者が削除を請求できると広く認知され、請求により救済される被害者が増えること、②特に海外事業者に対して、削除請求に応じる義務の存在が明確化され、対応の促進が図られること、③人格権以外の権利利益(例:営業上の利益)が違法に侵害された場合であっても請求が可能であることが明確化されることが指摘されている。
 一方で、デメリットとして、①裁判例によれば、特定電気通信役務提供者が送信防止措置の作為義務を負う要件は、被侵害利益やサービス提供の態様などにより異なるため、請求権を明文化するとしても抽象的な規定とならざるを得ず、期待される効果は生じないのではないか、②安易な削除請求の乱発を招き、表現の自由に影響を与えるのではないか、③安易な削除請求の乱発の結果、削除請求の裁判の実務に混乱が生じるのではないか、④著作権法第112条や不正競争防止法第3条などの個別法における差止請求の規定との整合性に課題があるのではないかといった点が指摘されている。
 なお、かかるメリット及びデメリットを示した上で実施したアンケートによれば、法律での明文化に対する考え方として、全体の半数弱(47.7%)は「メリット・デメリットがそれぞれに複数あることから、慎重な議論が必要である」との回答であった。
 上記メリット及びデメリット並びにアンケート結果を踏まえて、権利侵害情報の送信防止措置を請求する権利を明文化することについては、引き続き慎重に議論を行うことが適当である。

5.権利侵害性の有無の判断の支援
(1)権利侵害性の有無の判断を伴わない削除(いわゆるノーティスアンドテイクダウン)
 プラットフォーム事業者において権利侵害性の有無の判断が困難であることを理由に、外形的な判断基準を満たしている場合、例えば、プラットフォーム事業者において、被害を受けたとする者から申請があった場合には、原則として一旦削除する、いわゆるノーティスアンドテイクダウンを導入することが考えられる。
 しかしながら、既に、プロバイダ責任制限法3条2項2号の規定により発信者から7日以内に返答がないという外形的な基準で、権利侵害性の有無の判断にかかわらず、責任を負うことなく送信防止措置を実施できることや、内容にかかわらない自動的な削除が表現の自由に与える影響等を踏まえれば、ノーティスアンドテイクダウンの導入については、慎重であるべきである。

(2)プラットフォーム事業者を支援する第三者機関
 プラットフォーム事業者の判断を支援するため、公平中立な立場からの削除要請を行う機関やプラットフォーム事業者が違法性の判断に迷った場合にその判断を支援するような第三者機関を法的に整備することが考えられる。
 これらの機関が法的拘束力や強制力を持つ要請を行うとした場合、これらの機関は慎重な判断を行うことが想定されることや、その判断については最終的に裁判上争うことが保障されていることを踏まえれば、必ずしも、裁判手続(仮処分命令申立事件)と比べて迅速になるとも言いがたいこと等から、上述のような第三者機関を法的に整備することについては、慎重であるべきである。

(3)裁判外紛争解決手続(ADR)
 裁判外紛争解決手続(ADR)については、憲法上保障される裁判を受ける権利との関係や、裁判所以外の判断には従わない事業者も存在することも踏まえれば、実効性や有効性が乏しいこと等から、ADRを法的に整備することについては、慎重であるべきである。

6.その他
(略)

 要するに、このとりまとめ案のポイントは、憲法で禁止されている検閲か、表現の自由に関する過度の制約となる恐れの極めて強い、新しい強力な法規制による網羅的な情報の監視や削除の強制には慎重であるべきとしている事にあると言っていいだろう。「法制上の手当てを含め、プラットフォーム事業者に対して以下の具体的措置を求める」とも書いているので、これを受けて、何かしら法律を作るか法改正をするつもりなのかも知れないが、基本的には、誹謗中傷に対する自主的な取組として、一週間程度以内に速やかに必要な削除が行われるよう、削除手続に関する運用の整備とその透明化を一定の規模以上のプラットフォーマーに促すとしているのである。

 これは当然の結論だとは思うが、誹謗中傷対策に関し、このとりまとめ案が、この様に憲法で保障されている表現の自由や検閲の禁止を十分に考慮し、基本的に自主的な取組として、削除に関する運用の整備と透明化をプラットフォーマーに促すとした事を私は高く評価する。

 今後、この取りまとめを受けて、総務省がどの様に動くのかを引き続き見て行きたいと私は思っている。

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2023年2月 5日 (日)

第471回:知財本部メタバース検討論点整理案他

 今回は、先週の知財本部のメタバース検討会の論点整理案についてと、合わせて私が出した2つのパブコメを載せておく。

(1)知財本部のメタバース検討会の論点整理案
 知財本部では、新しく設置されたメタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題への対応に関する官民連携会議の下、知財権に関する第一分科会、アバター肖像に関する第二分科会、アバター行為に関する第三分科会がその下に作られ、この1月から2月にかけてかなり急ピッチで検討が進められている。

 第一分科会は1月13日に第1回が、2月1日に第2回が開かれており、この第2回で示された、現実空間と仮想空間を交錯する知財利用、仮想オブジェクトのデザイン等に関する権利の取扱いに関する論点の整理(たたき台)(pdf)は、たたき台とあるのでさらに検討を重ねるつもりなのだろうが、以下の様に、既にある程度の方向性が書かれている。

Ⅰ.仮想空間における知財利用と権利者の権利保護

(略)

課題1-1;現実空間のデザインの仮想空間における模倣、現実空間と仮想空間を横断した実用品デザインの活用

(略)

2.対応の方向性

①意匠法による対応については、クリエイターの創作活動に対する萎縮効果を生じさせる等の懸念もあることから、中長期的課題として慎重に検討することが適当である。

②現実空間の商品のデザインが仮想空間で模倣される事案への対応や、リアルとバーチャル双方で用いる実用品のデザイン保護への対応としては、まずは、不正競争防止法において、ネットワーク上の商品形態模倣行為を規制できるようにしていくことが適当である。

③仮想空間おいてアバターが使用する実用品等のデザインに対し、著作権による保護がどこまで及び得るかについては、応用美術の著作物性等に関する裁判例の一般的な傾向や実務の積み重ねを踏まえ、まずは考え方を整理し、その上で適切に周知を図っていくことが望ましい。

課題1-2;現実空間の標識の仮想空間における無断使用

(略)

2.対応の方向性

①仮想空間における商標の無断使用に対し、権利者側が講じることのできる実務上の対応策や、その際の留意事項等について、適切な周知を図っていくことが望まれる。

②政府においても、現実空間と仮想空間を通じた商品展開に適切に対応するよう、世界知的所有権機関(WIPO)における商品・サービスの国際分類の整備動向等を踏まえつつ、バーチャル版の商品表示に係る運用面の整備を進めることが期待される。

課題1-3;現実環境の外観の仮想空間における再現

(略)

2.対応の方向性

①現実環境の外観を仮想空間に再現しようとする場合の著作権・商標権の処理について、事業者が利用を希望する著作物・商標や利用形態について整理した上で、事業者が許諾の要否を判断する上での判断材料となるよう、現行法上の考え方等を周知していくことが求められる。

②特に、付随対象著作物の利用については、メタバース内では対象物に接近すると大写しになることとの関係や、現実環境の外観をディフォルメを伴って再現する場合の取扱いなどについて、実務や実態を踏まえつつ、まずは考え方を整理し、その上で、適切に周知を図っていくことが望ましい。

Ⅱ.メタバース上の著作物利用等に係る権利処理

(略)

課題2-1;メタバース上のイベント等における著作物のライセンス利用

(略)

2.対応の方向性

①メタバースユーザーによる著作物等の侵害利用の防止や適切な事後対応について、プラットフォーマーに求められる対応や、有効な方策等を整理し、わかりやすく示していくことが求められる。

②著作物の適切な利用について、メタバースユーザーの理解の増進を図るよう、現実空間で著作物を利用する場合との違い等も含め、留意すべき事項や必要となる手続き等について、周知・啓発等の取組を進めていくことが求められる。

③既存の仕組みがメタバースの実態に合わす、利用しづらいなど、メタバース空間内における著作物の利用や、その円滑な権利処理に関し、隘路となっている事項等がある場合において、これに適切に対応できるよう、関係者間の対話・協議の促進が図られることが望ましい。

課題2-2;仮想空間におけるユーザーの創作活動

(略)

2.対応の方向性

①クリエイティブコモンズライセンス等と同様に、メタバース内におけるUGCの利用についても、二次利用を認めるユーザーの意思表示を、当該UGCの利用条件と併せて、簡易にわかりやすく示せるような仕組みが整備され、普及されていくことが望ましい。

②著作権侵害防止化等のためにプラットフォーマーその他の事業者等が留意すべき事項や、UGCの創作活動の活性化を図る上で有効な方策(例えば、二次利用の可否をはじめ、プラットフォーム内におけるUGCの創作・利用に関するルールを利用規約で定めるなど)等について、周知を図っていくことが適当である。

課題2-3;NFT等を活用した仮想オブジェクトの取引

①仮想オブジェクトの「保有」

(略)

2.対応の方向性

①仮想オブジェクトをめぐる権利について、一般的な考え方の整理とともに、どのような法的位置付けの下に、誰が、どのような権利をもつのかを契約上明確化するなど、契約等に当たり特に留意すべき事項等について、ユーザーや事業者等へ周知していくことが求められる。

②将来的に、プラットフォームを超えた相互運用が実現した際には、仮想オブジェクトの取引をめぐるユーザー間のトラブル保護等について、プラットフォームの利用規約のみで対応できない問題等が生じ得ることも考えられることから、それらの問題への可能な対応方策(例えば、複数プラットフォーマーによる共通ルールの整備、複数プラットフォームを横断して利用されるサービスを介した対応措置など)について、相互運用性の実現に向けた国際的な議論の動向にも留意しつつ、検討していくことが必要である。

②NFT等を活用した仮想オブジェクトの二次流通等

(略)

2.検討の方向性

①UGCの利用条件を個々のクリエイター(一次創作者)に設定させるプラットフォームにおいては、その利用条件が二次流通以降の購入者に対し適切に伝わるようにするためにも、創作活動を行うユーザーに対し、例えば、クリエイティブコモンズライセンスやその他の意思表示の仕組みと連携する等により、著作物の利用条件の表示を簡易に行えるサービスを提供していくことが期待される。

②プラットフォームを超えた相互運用が実現した際に、複数プラットフォームを横断して起こる問題にどのように対応するかが課題となることから。相互運用性の実現を目指した民間事業者等による国際的フォーラムにおける議論の動向を適切にフォローするとともに、必要に応じ、我が国からも適切なルールの提案等を行っていく必要がある。

③一次創作者へのロイヤリティについては、プラットフォーム横断的なロイヤリティ収受には限界があること等を含め、クリエイター等に正しく理解されるよう、周知を行っていくことが求められる。

 ここで書かれている事は、要するに、新たな法改正による対応は不正競争防止法の改正により商品形態模倣規制をネットワーク上の仮想オブジェクトにも適用されるようにして行き、他の点については既存の法規制の周知などによるとするものである。

 この不正競争防止法の改正ポイントは、第469回で取り上げた、経産省の不正競争防止小委員会の報告書案で既に書かれていたものであり、想定通りと言えるものである。そして、この知財本部の論点整理案の注釈にも書かれている通り、1月30日に開かれた不正競争防止小委員会の第22回でほぼ原案通りのデジタル化に伴うビジネスの多様化を踏まえた不正競争防止法の在り方(案)(変更履歴有版)(pdf)が示され、とりまとめられている。

(不正競争防止法の改正については、この小委員会の下の外国公務員贈賄に関するワーキンググループも1月26日の第5回でほぼ原案通り外国公務員贈賄罪に係る規律強化に関する報告書(案)(変更履歴有版)(pdf)もとりまとめられている。)

 つまり、今年のメタバースに関する法改正による対応はこの不正競争防止法の改正に留まる事が想定されるが、知財本部のこの論点整理案にも書かれている通り、「著作権による保護は、著作物と認められるものであれば、基本的に、現実空間か仮想空間かの別を問わずに保護が及ぶこととなる」のであって、別に仮想空間におけるオブジェクトの利用は完全に自由で何をしても良いという事ではない事に注意すべきなのは無論の事である。

 この議論は、あくまで応用美術の実用品について著作物性が認められるかどうかについて微妙なケースが存在している事を前提としている。同じく、商標法においてもコンピュータプログラムの様なバーチャルな商品について指定が可能であり、商標権の保護も及び得る。これらの著作権法や商標法における例外・適用除外についても整理して良く周知して行くべきというのもその通りだろう。

 仮想オブジェクトの利用について現時点で契約に委ねるとしているのも妥当であり、ここでNFTについてどうこう言うつもりは全くないが、この論点整理案で以下の様に書かれている事は重要であり、この点の理解はもっと広められて良いと私も思う。

○仮想オブジェクトの「保有者」が持つ権利については、実態として捉えれば、
・当該仮想オブジェクトのデジタルデータにアクセスし、利用することのできる利用権が、その内容となるとともに、
・当該仮想オブジェクトのデザイン等が著作権の対象となる場合には、当該デザイン等を一定の条件内で利用できるライセンス(場合によっては、その著作権自体)が紐付けられている
ものと考えられ、仮想オブジェクトの取引等により、これらの権利が「保有者」に付与されているものと解される。なお、データの利用権は、契約に基づく債権であり、その効力は契約当事者間のみに止まる。

 他2つの分科会について、第二分科会は1月26日に第1回が開かれた所で方向性を含む論点整理案はまだ示されていないが、第三分科会の方は1月30日に第2回が開かれ、その仮想オブジェクトやアバターに対する行為、アバター間の行為をめぐるルール形成、規制措置等に関する論点の整理(たたき台)(pdf)たたき台の構成(pdf)も参照)では、対応の方向性について以下の様に書かれている。ここでは、知財との関係は薄いので以下を抜粋するに留めるが、現時点で、この様に新たな法規制を作る事はせず各プラットフォームにおける自主ルールに任せるとしているのも妥当だろう。

Ⅳ.問題事案への対応の方向性

〇以上を踏まえ、メタバースにおける問題事案への対応を効果的に推進していくために、今後さらに、プラットフォーマーが、メタバースの特性や、自らのサービスの特性に応じて、効果的な取組を自律的な創意工夫により実施することが必要であると考えられる。その際、次のような取組みを進めていくことが期待される。

1.自由と安全・安心の両立

(略)

<対応の方向性>

①ワールドごとのローカルルールの設定

〇各プラットフォームにおいて、多様なコミュニティによる多様な文化の展開を図っていく上では、利用規約によるプラットフォーム内共通のルールに加え、ワールドごとのローカルルールを設定できるようにしていくことが、有効な方策の1つとなり得ると考えられる。各ワールドに適用されるローカルルールについては、当該ワールドを訪れようとするユーザーに対し、わかりやすく表示することが望ましいと考えられる。

(略)

②子ども・未成年者の安全・安心の確保

〇ワールドごとのローカルルールは、例えば、子どもに相応しくないコンテンツを持込み不可としているワールドが明示的に示されるなど、子どもや未成年者が安心・安全に過ごせるワールドを選択的に訪問できるようにする上でも、意義が大きいものと考えられる。

〇これらに加え、各プラットフォームにおいて、それぞれの特質を踏まえつつ、子ども・未成年の保護の観点からユーザーが遵守すべき事項の明確化など、必要な対応を検討していくことが重要である。今後さらに、メタバースにおける子ども・未成年者の経済活動の取扱いなど、将来的な課題を見据えた議論が、関係者間で積み重ねられることにも期待したい。

2.プラットフォーマーの利用規約等による適切なルール形成と実効性の確保・向上

(略)

<対応の方向性>

③各プラットフォームにおけるコミュニティ基準等の整備

〇ユーザーが遵守すべき事項や、違反者への対応方針について、利用規約本文とは
別に、これと紐づくコミュニティ基準等として、具体的に、わかりやすく示していくことは有効と考えられる。これらの基準整備の事例等について、情報共有を促進していくことが求められる。

④問題発生防止・事後対応のノウハウ共有

〇メタバース事業に新規参入する事業者のために、違反事案への対処など、ルールの実効性確保を図る上で共通に必要となる事項を整理し、ガイドライン等として示していくことが求められる。

〇特に、メタバース内で起こる様々な問題事案について、当該事案のタイプやそれが生じた場合の対応措置について一定の類型化を行い、関係事業者間で事例の集積・共有を図っていくことが有効である。ここでは、例えば、通報の仕組み等をはじめ、問題事案への対応の仕組み・措置について、各プラットフォーマーが、自己のプラットフォームに適した仕組み・措置の導入を検討していけるよう、有効な方策等の情報を整理することが考えられる。

〇さらに、メタバースの事業環境を整える上では、例えば、被害者からの通報を受け被害拡大防止の措置を行うなど、問題事案への対処を適切に行ったプラットフォーマーが、プロバイダ責任制限法に基づき、生じていた問題(権利侵害)に対する損害賠償責任を免責され得ること等について、明確化が図られることが望ましい。
※プロバイダ責任制限法上の送信防止措置に該当するかの検討には、サービスの提供の態様や講じる措置に関する一定の類型化を図り、分析することが有効であると考えられる。

3.被害ユーザー自身による対抗措置や法的請求を可能とするための対応

(略)

<対応の方向性>

⑤発信者情報開示制度の運用の明確化

〇メタバース内における権利侵害事案に関しても、発信者情報開示請求制度を活用した加害者の特定を円滑に行えるよう、サービス提供の態様に応じて、どのような行為が権利の侵害といえるか、また、どのような情報の送信が権利侵害情報の送信に当たるかの検討が求められる。

〇そのためには、メタバース以外の領域で積み重ねられてきた既存の事案に関する多数の裁判例も十分に参考にした上で、サービスの提供の態様やメタバース特有の問題事案に関する事例の収集・蓄積と類型化を図ることが有効であると考えられる。

⑥海外プラットフォーマーに係る国内代表等の明確化

○日本のユーザーが海外のプラットフォーマーに対して法的な請求を行う場合や、日本の捜査当局が海外のプラットフォーマーに対して捜査の協力を求める場合に、これが円滑に行われるために必要な仕組みを設けることが有効であると考えられる。

4.国際的な動向への対応

(略)

<対応の方向性>

⑦国内議論から国際的な議論への接続

〇メタバースにおけるルール形成の在り方等に関する国内議論を進めるに当たり、国際的な議論の動向に対する情報収集の機能を高めるとともに、我が国発メタバースの発展等を期する観点から、それらの議論の成果を国際的なルール形成の中へと積極的に反映していけるよう、国際的なフォーラムへの参画その他のコミットメント体制の強化を図っていくことが必要である。

(2023年2月12日夜の追記:2月10日に第二分科会の第2回も開催され、アバターの肖像等に関する取扱いに関する論点の整理(たたき台)(pdf)が示されたので、同様に方向性の部分を抜粋してここに追記しておく。これも新たな法改正を必要とするものではないが、この論点整理案に書かれている通り、アバターを介するからと言って著作権侵害や誹謗中傷が成立しないなどという事はあり得ず、他の場合と同様の注意が必要なのは無論の事である。以下、追記の抜粋。)

Ⅰ.メタバース外の人物の肖像の無断使用への対応

(略)

課題1-1 実在の人物の肖像の写り込み

(略)

2.対応の方向性

<プラットフォーマー、関係事業者等に向けた対応>
〇メタバース空間の構築の際に付随して写り込んだ・取り込んだ肖像の扱いについて、肖像権・パブリシティ権との関係や、権利処理の要否等に関する考え方、侵害を回避するための方策等の整理を行うとともに、現場がより安心して正しく判断できるよう、メタバースプラットフォーマーや関係事業者等へ向け、ガイドライン等を通じた必要な周知を行っていくことが求められる。

(略)

課題1-2;実在する他者の肖像を模したアバター等の無断作成・無断使用

(略)

2.対応の方向性

<プラットフォーマー、関係事業者、ユーザー等に向けた対応>
〇実在の人物の容ぼうを模したアバター・NPCの無断作成・無断使用により、当該人物の権利を侵害する等の事案を防止するよう、基本的な考え方や、留意すべき事項、必要となる手続き等について整理するとともに、ガイドライン等を通じ、メタバースのプラットフォーマーや、アバター作成等のサービス事業者、ユーザーなどに向け、必要な周知を行っていくことが求められる。

<継続的な把握・検討>
〇さらに、肖像権の侵害等に当たる可能性について、著名人の肖像を用いる場合、パロディとして用いる場合など、より具体的な事案に即した考え方の整理が進められるとともに、本人の承諾なしに使用する場合の法的リスクについて現場が適切に判断できるよう、それらの考え方が示されていくことが望ましい。

(略)

Ⅱ.他者のアバターの肖像等の無断使用その他の権利侵害への対応

(略)

課題2-1;他者のアバターの肖像・デザインの無断使用

①他者のアバターのデザインを盗用したアバターの作成・使用

(略)

2.対応の方向性

<プラットフォーマー等に向けた対応>
〇アバターの肖像の第三者による不適正な利用を防ぐ上で、プラットフォーマー等において特に留意すべき事項や、講じうる対策等について、ガイドライン等を通じ、必要な周知を行っていくことが求められる。

(略)

<ユーザーに向けた対応>
〇自己のアバターのデザインを盗用したアバターの無断作成・無断使用に対し、ユーザーがとり得る対応策等について、ガイドライン等を通じ、必要な周知を行っていくことが必要である。

(略)

<アバターのライセンスモデル等における対応>
〇著作権の移転を受けず、ライセンスによりアバターを使用するユーザーが、デザイン盗用等への対抗策を自ら講じていく上では、ライセンス契約時の利用条件の設定に際しても、これを可能とするような設定としておくことが重要となる。関係団体等が作成するライセンス契約のひな型には、それらの条件設定を可能とするオプションが盛り込まれるとともに、各ひな型の解説書、又はライセンスモデル作成に関する共通的な参照文書(ガイダンス)において、それらの条件設定の意義について適切な説明がなされることが望ましい。

<継続的な把握・検討>
〇さらに、オリジナルのデザインで創作されたアバターの肖像権・パブリシティ権の取扱いについては、関連する裁判例の動向等を注視しつつ、関係者によるさらなる議論が積み重ねられ、その考え方の整理・明確化が図られることが期待される。

②アバターの肖像の無断撮影・公開

(略)

2.対応の方向性

<プラットフォーマー、ユーザー等に向けた対応>
〇実在の人物の容ぼうや創作デザインによるアバターの容ぼうが、スクリーンショットやカメラで撮影された場合においても、他者のアバターの肖像に写しとられた場合(課題1-2、課題2-1①)と同様に、肖像権・パブリシティ権、著作権等との関係をめぐる課題を生じることとなる。それらの課題と合わせ、メタバースのプラットフォーマーやユーザー等が留意すべき事項、有効な対応方策等について、ガイドライン等を通じ、必要な周知を行っていくことが求められる。

課題2ー2 他者のアバターへのなりすまし、他者のアバターののっとり等

(略)

2.対応の方向性

<プラットフォーマー等に向けた対応>
〇アバターによる他者へのなりすまし、他者のアバターののっとり等の問題事案を防ぐ上で、プラットフォーマー等において留意すべき事項や講ずべき方策等について整理し、ガイドライン等を通じ、必要な周知を行っていくことが求められる。

<継続的な把握・検討>
〇さらに、他者のアバターへのなりすまし等をはじめ、様々な問題事例の実情に即し、既存の確立した法理論のみでは十分な救済を図れていないケース等について把握するとともに、それらを踏まえ、アバターをめぐる人格的権利利益の保護のこれからの在り方について、さらなる議論が積み重ねられることが望ましい。

(略)

課題2-3 アバターに対する誹謗中傷等

(略)

2.対応の方向性
<プラットフォーマー等に向けた対応>
〇アバターに向けた誹謗中傷等の問題事案を防ぐ上で、プラットフォーマー等において留意すべき事項、講ずべき方策等について整理し、ガイドライン等を通じ、必要な周知を行っていくことが求められる。

<ユーザー等に向けた対応>
〇アバターに向けた誹謗中傷等に対し、被害者側はどのような対処が可能か、加害者側はどのような法的責任を問われる可能性があるか等の基本的な考え方について、ガイドライン等を通じ、ユーザー等向けた必要な周知を行っていくことが必要である。

<継続的な把握・検討>
〇さらに、アバターのキャラクターや容ぼう等に向けた誹謗中傷等について、名誉毀損や名誉感情侵害がどこまで成立し得るか、どのような場合であれば成立し得るかについて、引き続き裁判例の動向等を注視しつつ、考え方の整理が進められることが望まれる。

Ⅲ.アバターの実演に関する取扱い

(略)

課題3 アバターの実演に係る著作隣接権の権利処理

(略)

2.対応の方向性

<関係事業者、ユーザー等に向けた対応>
〇アバターの実演に係る権利処理が適切に行われるよう、例えば、以下のような事項について、整理ができたものから、関係事業者やユーザー等向けに周知していくことが必要である。
・自分以外のアバターの実演を配信したり、保存したりする等の活動を行う事業者やユーザー等において、特に留意すべき事項、権利侵害の防止等のために講ずべき措置等としてどのようなことがあるか。
・実演家の権利の権利者たるアバター操作者において、特に留意(理解)しておくべき事項等はあるか。

<継続的な把握・検討>
〇さらに、モーションデータの記録に実演家の録画権が及ぶかを含め、アバターの実演等に関する権利の取扱いについては、関係者による議論が積み重ねられ、その法的考え方等が明確化されることを期待したい。

(2023年3月19日の追記:3月16日に上位会議のメタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題への対応に関する官民連携会議の第2回が開かれ(議事次第・資料参照)、各分科会の論点整理案を全てまとめた「論点整理」素案(pdf)が示されているので、ここにリンクを張っておく。)

(2023年4月29日の追記:上のメタバースに関する論点整理案について知財本部が5月7日〆切でパブコメを行っているので(知財本部の意見募集ペーパー(pdf)参照)、念のため知財計画パブコメ(第475回参照)と同じく不正競争防止法改正案による形態模倣規制のデジタル空間への適用に賛同するがそれ以上の法改正には慎重であるべきと意見を出した。)

(2023年6月11日の追記:5月23日に知財本部のHPで最終版の論点整理(pdf)が公開されたので、ここにリンクを張っておく。)

(2)文化庁・著作権分科会・法制度小委員会報告書案に対する提出パブコメ
 文化庁では、1月30日に第9回の法制度小委員会が開かれ、多少注釈などが追加されていると思うが、ほぼ原案通り報告書(pdf)概要(pdf)も参照)がとりまとめられている。

 この小委員会で出された意見募集の結果(pdf)に個人の意見も省略される事なく掲載されており、私の提出意見は前回書いた事を提出意見として整理したものだが、後で参照したくなる事もあるかも知れないと思ったので、念のためここに載せておく。

 今後は、2月7日に開催される予定の上の文化審議会・著作権分科会で(開催案内参照)、答申としてとりまとめられて、著作権法改正案が閣議決定の上国会に提出されるという流れになるだろう。また、他の小委員会の内、国際小委員会の方は1月13日の第3回報告書案(pdf)に基づいて審議経過の報告がされるのだろうが、基本政策小委員会の方はどうするつもりなのか良く分からない。

(2023年2月12日夜の追記:2月7日に文化庁で文化審議会・著作権分科会の第66回が開かれ、「デジタルトランスフォーメーション(DX)時代に対応した著作権制度・政策の在り方について」第一次答申(pdf)が原案通り了承されているので、念のためここにリンクを張っておく。基本政策小委員会については結局審議経過の報告すらなかった様である。)

(以下、文化庁提出パブコメ。)

(1)「簡素で一元的な権利処理方策と対価還元について」について
 本項目で記載されている通り、著作権者等の意思が確認できない著作物等について著作権者等からの申出があるまでの時限的な利用を認める新しい制度を創設する事に賛同する。

 法律の条文レベルではなく政省令又は運用において注意すべき事であろうが、そのDX時代への対応という目的が没却されないよう、また、制度利用の促進を図るため、新制度においては、少なくとも相談・申請から利用許可までの全手続きがネットだけで完結する様にするべきである。

 また、同様に制度利用の促進を図るため、公的な支援や授業目的公衆送信補償金制度の共通目的事業等の活用によりなるべく手数料の低廉化を図るべきである。

 そして、将来的に、利用許諾に関する公的制度が全てネットだけで完結する様に裁定制度も合理化し、裁定制度と新制度の統合を検討して行くべきである。

(2)「立法・行政・司法のデジタル化に対応した著作物等の公衆送信等について」について
 本項目で記載されている通り、立法、行政、民事・家事事件手続き等の目的のために作物等の公衆送信や公の伝達を可能とする事に賛同する。

 民事・家事事件手続等のための対応は民訴法改正の施行に合わせる事もあり得るが、その他の立法・行政目的のための公衆送信等の可能化はそれに引き擦られる事なくなるべく早く施行するべきである。

 また、刑事訴訟の電子化への対応も見越し、この機会に民事手続きのみならず裁判手続き一般のための公衆送信等を認める様にしておいた方が良いと考える。

(3)「損害賠償額の算定方法の見直しについて」について
 本項目で記載されている通り、損害賠償額の算定方法について特許法等同様の見直しを行うことに賛同する。

 損害賠償については、今後も、本報告書案の第26ページに書かれている様に、あくまで既存の填補賠償の枠内で権利者の実効的な救済を図るに留め、その限度を超える莫大な損害賠償によって創作活動を委縮させる事がないよう今後も常に留意して行くべきである。

(4)「研究目的に係る権利制限規定の検討について」について
 本項目において、上記の「簡素で一元的な権利処理方策と対価還元について」において提言されている新制度の導入を待ち、これによっても解決されない支障や新たなニーズがある場合に研究目的の権利制限についてさらに検討を行うとされている方針に賛同しない。

 確かに、研究目的という事では、現行の著作権法の各権利制限によって拾える部分もかなりあるだろうが、この問題はこれらの既存の権利制限の周知により解決されるものではないし、上記の新制度の導入により解決されるものでもない。

 その事は2019年度から2021年度の調査研究の結果によっても明らかであると考えるが、新たな知見を創造する事で文化の発展に寄与するものである研究のためであるにも関わらず、そもそも既存の権利制限に含まれない形の利用もあり得る事、そのために申請等の手続きが必要な事自体が問題なのであって、本来、この様な文化の発展に寄与する事が明らかな目的に対しては、著作権者の利益を不当に害する場合を除き、申請の様な手続きを必要とせずに利用が認められて然るべきである。

 本項目は全面的に書き改め、新制度の導入を待つ事なく、今次の法改正により速やかに欧米主要国並の一般的な研究目的の権利制限を設けるとするべきである。その際、特にアメリカ型の一般フェアユース条項による事が望ましいと考える。

(5)その他
 文化庁は、意見募集の結果について極めて恣意的にまとめた回答を出しただけで、実質的にブルーレイを私的録音録画補償金の対象とする著作権法施行令改正の閣議決定を2022年10月21日に強行した。今まで積み重ねられてきた、判例、保護利用小委員会などの審議会における議論、様々な関係者の意見の全てを愚弄する、この不当な政令改正は到底納得できるものではない。ブルーレイレコーダーとディスクを私的録音録画補償金の対象とする事について今に至るも妥当な根拠は何一つ見出せない。

 以前提出した意見の通り、私は一国民、一個人、一消費者、一利用者・ユーザーとして到底納得の行かない私的録音録画補償金の対象拡大になお断固反対する。

 集まった2406件の意見の全文を速やかに公表するとともに、自身の過ちを認め、政令を元に戻す閣議決定を行う事を私は求める。その上で、中立的な第三者による調査により、前提となっていた旧来の形の私的録音録画自体もはや時代遅れになり少なくなっているという事を示し、全関係者が参加する公開の場で議論し、私的録音録画補償金制度は歴史的役割を終えたものとして廃止するとの結論を出すべきである。

(3)総務省・プラットフォーム事業者による対応の在り方についての意見募集に対する提出パブコメ
 他に、第469回でまとめて取り上げたパブコメの内、総務省のプラットフォームサービスに関する研究会の下の誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループの12月26日の第1回誹謗中傷等の違法・有害情報に対するプラットフォーム事業者による対応のあり方について(意見募集)(案)(pdf)によりなされていたパブコメは、必ずしも知財に関するものではないが、表現の自由との関係で重要なものであり、私も少し長めの意見を出した。これもいつも書いている事とそれほど違いはないが、念のため合わせてここに載せておく。

 この意見募集用ペーパーは表現の自由に重きを置く視点も網羅しており、特に危険な方向性が出ているとは言えないが、パブコメも終わり、じきに始まるだろうこのワーキンググループでの検討は引き続き注意して行った方が良いだろう。

(以下、総務省提出パブコメ。)

(1)1の1コンテンツモデレーションに関する透明性・アカウンタビリティの確保について
 総論について、去年の「第二次とりまとめ」に対する意見募集で提出した意見のとおりであるが、以下の意見を提出する。

 表現の自由の重要性に鑑み、ユーザの情報モラル・リテラシー向上のための活動及びプラットフォーム事業者の自主的な取組の支援を中心とした施策の推進に賛同する。

 プラットフォーム事業者の透明性・アカウンタビリティ確保のための検討をさらに進めることについても賛同するが、ここでなされるべきことはあくまで個々のユーザに自ら対処するために必要な情報と手段が与えられることであって、それを超える行政の関与はなされるべきでないことに十分留意していただきたい。

 表現の自由及び検閲の禁止の観点から、行政や政治が個々のコンテンツの内容に介入することは断じてあってはならないことである。

(2)1の2プラットフォーム事業者に求められる積極的な役割について
 上で書いた通りであるが、透明性・アカウンタビリティの確保のための方策に関する検討に加えて、プラットフォーム事業者の積極的な役割を検討することには基本的に慎重であるべきである。

 何かしらの強制力を伴う法規制によりプラットフォーム事業者の積極的な役割を義務化する事は、プラットフォーム事業者による行き過ぎた対応を招く恐れがあり、この様な手段によってはかえって表現の自由を危うくするおそれがある事を考慮するべきである。

 原則として、透明性・アカウンタビリティの確保のための取組により、プラットフォーム事業者の自主的な対応を促すべきである。

(3)2.全体の検討を通じて留意すべき事項について
 この2の項目で書かれている各点、被害者の救済、発信者の表現の自由、インターネット及びプラットフォームサービスの特性とその表現の自由との関係、自主的な取組が原則である事について十分に留意し、検討は進められるべきである。

(4)3.透明性・アカウンタビリティの確保方策の在り方について
 この3の項目で書かれている様に、特定の要件を満たすプラットフォーム事業者に対し、コンテンツモデレーションに関する運用方針の策定・公表、運用結果の公表、自己評価の実施・公表、運用方針の改定を促し、申請窓口等透明化や実施又は不実施の判断に係る理由の説明等の一定の措置を求める事について問題はないと考える。

 3の2の各項目、3の4の項目、3の5(1)、(3)の項目、3の6の項目についても同じ意見を提出する。

(5)3の1透明性・アカウンタビリティの確保が求められる事業者について
 この3の1の項目に書かれている様に、透明性・アカウンタビリティの確保は、その負担及び影響力を考えまず大規模なサービス事業者のみに求めるべきである。

(6)3の3プラットフォーム事業者による評価、運用方針の改善について
 上で書いた通り、プラットフォーム事業者による自己評価の実施・公表、運用方針の改定を促す事について問題はないと考えるが、表現の自由に与える影響などの観点から、その評価に対して一定の関与を行う公的機関を設ける事などはするべきではない。あくまで問題のある場合に明確に権限及び義務を有する行政庁の監査を可能とするに留めるべきである。

(7)3の5(2)個別のコンテンツモデレーションの実施又は不実施に関する理由について
 上で書いた通り、実施又は不実施の判断に係る理由の説明等について求める事自体に問題はないと考えるが、アカウントの停止・凍結やアカウントの再作成の制限等については、影響が大きいと考えられる事から、慎重であるべきであり、非常に悪質な場合を除き求められない事を明確化するべきである。

(8)4の1(1)権利侵害情報の流通の網羅的なモニタリングについて
 この4の1の項目で書かれている通り、プラットフォーム事業者に対し権利侵害情報の流通を網羅的にモニタリングする事を法的に義務づける事は、検閲に近い行為を強いる事となり、表現の自由や検閲の禁止の観点から問題が生じ、事業者による過度の情報削除を招く恐れが強く、表現の自由に著しい萎縮効果をもたらす恐れがある事から、決してあってはならない事である。

(9)4の1(2)繰り返し多数の権利侵害情報を投稿するアカウントのモニタリングについて
 上で書いた通り、表現の自由や検閲の禁止等の観点から、プラットフォーム事業者に対し権利侵害情報の流通をモニタリングする事を求めるべきではなく、権利侵害情報の削除等については、原則として被侵害者からの申請によるべきである。ただし、同じアカウントについて申請が繰り返しなされた場合、申請の時点で多数の権利侵害投稿がなされている場合、申請の内容を考慮すると別アカウントの投稿であるが同じ者からの同様の内容の投稿である可能性が高い場合など、非常に悪質な場合についてアカウントの停止・凍結やアカウントの再作成の制限等の対応があり得る事を明確化する事はあって良いと考えるが、これも法規制によるべきではなく、あくまでプラットフォーム事業者の透明性・アカウンタビリティを確保して行く上での自主的な取組の中での明確化に留めるべきである。

 また、プロバイダ責任制限法の解釈の余地はあるが、行政による一方的な拡大解釈は慎むべきである。

(10)4の2(1)削除請求権について
 この4の2(1)の項目で書かれている様に、一般的な投稿の削除を求める権利は、実務上あるいは学説上も明らかではなく、この様な一般的な権利の創設には慎重であるべきであり、個別には違法性がない投稿の削除を可能とする事も非常に問題が大きい事である。判例法理によって既に認められている事を明文化する事自体には反対しないが、基本的に新たな対応が必要な類型が生じているという事はなく、今のところ法改正などは必要なく、判例法理のまとめ及び事業者に対する周知で十分であると考える。

(11)4の2(2)プラットフォーム事業者による権利侵害性の有無の判断の支援について
 この4の2(2)の項目で書かれている様に、プラットフォーム事業者による権利侵害性の有無の判断を支援するための環境を整備する事自体に問題はないと考えるが、下でインターネット・ホットラインセンターなどについて書く事と同様に、新しい天下り機関の創設などは決してされるべき事ではなく、個別の投稿の内容に踏み込む事もあってはならず、基本的に慎重であるべきである。支援をする場合、権限及び義務を有する行政庁からの一般的な支援とするべきである。

 また、民事保全手続よりも簡易・迅速な、削除に特化した裁判外紛争解決手続の検討自体について反対はしないが、これは2021年のプロバイダー責任制限法改正と重なるものであり、その施行からまだほどない事から、まず2021年のプロバイダー責任制限法改正の有効性を確認するべきであり、その結果を踏まえて検討するべきである。

(12)4の2(3)行政庁からの削除要請を受けたプラットフォーム事業者の対応の明確化について
 この4の2(3)の項目で書かれている事について、インターネット・ホットラインセンターは委託先事業者であっても行政庁ではない事が留意されるべきである。相談を受ける事や事業者に自主的な対応を促す事自体に違法性があるとまでは言わないが、この半官半民の機関位置づけの明確化を検討する事自体問題である。この様な位置づけの曖昧な機関は解散されるべきであり、ある投稿について真に権利侵害があるというのであれば、警察・検察による検証可能な明確な法執行によるべきである。ここで書かれている様に、検閲の禁止や表現の自由などの観点を踏まえ、インターネット・ホットラインセンターの要請に応じる事を義務づける事などは、困難であるのは無論の事、そもそもあってはならない事である。

(13)4の3(1)プラットフォーム事業者による削除等の義務付けについて
 この4の3(1)の項目で書かれている様に、過度な削除等による表現の自由への著しい萎縮効果をもたらす恐れがある事に鑑み、投稿の削除等の措置を行うことを公法上義務付けることには、極めて慎重であるべきである。

(14)4の3(2)裁判外の請求への誠実な対応について
 上の項目に書かれている各留意点を十分に考慮し、裁判外の請求への誠実な対応についても、原則として、プラットフォーム事業者の透明性・アカウンタビリティ確保により促すべきである。

(15)5の1検討対象となる情報の範囲について
 この5の1の項目で書かれている様に、表現の自由や検閲の禁止等の基本的な権利に関する観点から、各種情報について、行政庁からの強制力を伴う削除要請等によって対応することには、極めて慎重であるべきなのは無論の事、決してあってはならない事である。

(16)5の2行政の体制や手続
 上及び下で書く通りであるが、この様な検討に乗じて新たな天下り機関を創設する事などあってはならない事である。

(17)5の3相談対応の充実について
 この5の3の項目に書かれている通り、インターネット上の違法・有害情報に関する相談対応の充実を図ることが重要であるが、この様な相談窓口の強化にあたり天下りを前提とする事があってはならない。

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2022年7月18日 (月)

第463回:総務省、特許庁、経産省、農水省それぞれの知財関係報告書

 7月10日の選挙で自民党が勝ち、本来であればこれで当面自公安定政権となるはずだが、国内外の情勢を見るにつけ、政治的に不安定な状況が続く様に思えてならない。

 それはさておき、この選挙日程に合わせたのかどうか良く分からないが、今年はこのタイミングで各省庁から知財関係の報告書が案も含め多く公表されているので、一通り内容をざっと見ておきたいと思う。ただし、内容としては、いずれも、明確な法改正の方針を示すものというより、継続検討項目の多い中間報告といった位置づけのものばかりである。

(1)総務省・インターネット上の海賊版サイトへのアクセス抑止方策に関する検討会・現状とりまとめ案
 まず、総務省から、インターネット上の海賊版サイトへのアクセス抑止方策に関する検討会で作られた現状取りまとめ案に関する意見募集が8月18日で掛かっている(総務省HPの意見募集ページ1、電子政府HPの意見募集ページ1参照)

 この現状とりまとめ案(pdf)の内容について、7月13日の検討会資料概要(pdf)の方から、今後の取組の方向性の記載を抜き出すと以下の通りである。(下線部は元の資料による。)

≪総論≫
引き続き、海賊版サイトへのアクセスの抑止を図るため、政策メニューに記載された業界をまたぐ関係者間の協議や普及啓発の取組、端末側での警告表示の取組等を継続・改善する必要がある。
・今後、本検討会において定期的にフォローアップを行い、各主体の取組の効果検証を行うことが必要。
表現の自由や通信の秘密の保護、検閲の禁止の規定に留意して進める必要がある。

≪1.ユーザに対する情報モラル及びICTリテラシーの向上のための啓発活動≫
・より多くのユーザが海賊版サイトにアクセスすることを思いとどまるよう、普及啓発を継続する必要がある。その際、例えば違法にアップロードされたサイトを閲覧することが犯罪行為の助長につながるということなども併せて周知することが有効。
・特定サイトのアクセスを防止するだけでなく、著作権侵害を行う海賊版サイト全体へのアクセスを思いとどまらせる観点からの普及啓発が必要

≪2.セキュリティ対策ソフトによるアクセス抑止方策の促進≫
・主にライトユーザがアクセスしようとするサイトが海賊版サイトであると自覚せずにアクセスすることを防ぐ観点から、引き続き、関係者によるリスト作成・共有とセキュリティソフトによる警告表示の取組を行うことが必要。
アクセス抑止機能未導入のセキュリティ対策ソフト事業者への同機能の導入を働きかけることが重要。例えば、有料のセキュリティ対策ソフト事業者に加え、無料のセキュリティ対策ソフト事業者への同機能の導入に向けた働きかけを行うことが求められる。
・セキュリティ対策ソフトによる海賊版サイトへのアクセス時の警告に関するユーザの受容度に関する意識調査や警告表示が
ユーザが海賊版サイトへのアクセスを思いとどまるのに貢献した程度などについて引き続き効果検証を行う必要がある。

≪3.発信者情報開示に関する取組≫
・2022年10月1日に施行される改正プロバイダ責任制限法について、関係機関との連携や周知などを行うことが必要。

≪4.海賊版対策に向けた国際連携の推進≫
ドメインの不正利用への方策を検討していくため、国際的な場(ICANN等)への働きかけを継続して行う必要がある。
・特定のサイトの運営者がドメインホッピングなどを行いインターネット資源を悪用していることや、特定のサイトの運営者の登録情報をレジストラが正確に把握することの必要性の認識共有を図り、ICANNにおける実効的な対策を促すことが重要
・引き続き二国間協議やマルチの国際会合の場などを捉えて協議を行う必要がある。

≪政策メニュー以外の取組≫
・以下に掲げるような、検索結果を通じた新興海賊版サイトへの流入の防止、CDNサービスによる海賊版サイトの設備投資の軽減と急成長への寄与の防止、ドメインなどのインターネット資源が海賊版サイトに悪用されることの防止など、海賊版サイトの運営に関連するエコシステム全体へのアプローチを強化することが求められる。

○広告
・海賊版サイトの運営目的を失わせる観点から、引き続き、関係者によるリスト作成・共有と、業界団体を通じた出稿枠の提供、広告出稿の停止の取組を行う必要がある。
・海賊版サイトに現在も表示され続けている、いわゆるアングラな広告について、海外の出稿事業者への働きかけなどの必要な取組を検討するために、実態把握を行う必要がある。

○CDNサービス
・利用規約違反が明らかになった場合のキャッシュの削除やサービス停止などの仕組みの確実な実施など、CDNサービス事業者による自社サービスが著作権侵害サイトに悪用されることを防止するための取組が着実に図られるように促すことが必要
・海賊版サイトのうち2021年12月の月間アクセス数トップ10のうち9サイトがクラウドフレア社のサービスを利用しているという指摘を踏まえ、クラウドフレア社に対して、自社サービスが海賊版サイトに悪用されることが明らかになった場合のキャッシュの削除やアカウント停止の仕組み、権利侵害を行った者に関する適切な情報開示といった対応を促す必要がある。また、同社による海賊版サイトによる不正利用への対応が不十分であるという指摘を踏まえ、同社は、利用規約に基づく対応が適切に行われているか、例えば、権利者や第三者からの削除要請等の違反申告受付態勢、運用とその結果について、適切な説明を行う必要がある。

○検索サービス
・検索サービスからの流入を抑止する観点から、検索事業者と出版権利者間の協議などにより事前に定められた手続きに従って海賊版サイトの検索結果から非表示にする取組を継続・改善する必要がある。
・検索事業者と出版権利者間の検索結果からの非表示に関する協議を継続するとともに、一定の条件を満たす場合の海賊版サイトのドメインごと検索結果から削除する取組について、特に、特定の海賊版サイトがドメインホッピングをした結果設立される後継サイトや新興サイトへの対応が十分機能しているか、効果検証を継続的に行うことが重要

○その他
・ユーザが海賊版サイトにアクセスするインセンティブを失わせる観点や、海賊版サイトのユーザは潜在的な正規版のユーザであるという観点からも、正規版の流通について一層促すことが有用
・サイトブロッキングは通信の秘密や表現の自由を脅かす可能性があるという指摘も踏まえ、引き続き、表現の自由や通信の秘密の保護、検閲の禁止の規定に十分留意する必要がある。

 この概要の通り、このとりまとめ案は、表現の自由や通信の秘密と検閲の禁止への配慮も明記され、危険な方向性が出ているといった事はないが、今の方向性を堅持する様にとの意見を私も出しておきたいと思っている。

(2)総務省・プラットフォームサービスに関する研究会・第二次とりまとめ案
 このタイミングで、総務省からは、プラットフォームサービスに関する研究会の第二次とりまとめ案も8月3日〆切でパブコメに掛かっているので、知財とは少し観点が異なるが、大きな意味でのネット規制に関係するものとして合わせて紹介しておく(総務省HPの意見募集ページ2、電子政府HPの意見募集ページ2参照)。

 この第二次とりまとめ案(pdf)プラットフォーム検討会によるもので、誹謗中傷や偽情報を含む違法有害情報への対応と、利用者情報の取扱いについて、国内のみならず各国のプラットフォーム規制の動向の調査も含むかなり大部のものである。

 同様に6月30日の研究会資料概要(pdf)から、違法有害情報対策全般に関する今後の取組の方向性の部分を以下に抜き出しておく。(下線部は元の資料による。偽情報対策や利用者情報の取扱いに関する方向性も重要である事に変わりはないが、ここでは省略する。)

≪0.前提となる実態の継続的な把握≫
・違法有害情報対策の前提として、プラットフォーム事業者は、自社サービス上の違法・有害情報の流通に関する実態把握とリスク評価を行うことが必要
・総務省も、相談機関等における相談件数や内容の傾向、目撃経験や被害経験に関するユーザ調査等を通じた継続的なマクロな実態把握が必要。

≪1.ユーザに対する情報モラル及びICTリテラシーの向上のための啓発活≫
・実態把握や分析結果に基づき、産学官民が連携し、引き続きICTリテラシー向上施策が効果的となるよう、青少年に加え大人も含め幅広い対象に対してICTリテラシー向上のための取組を実施することを検討していくことが必要。普及啓発の実施にあたっては、目標の設定と効果分析の実施が重要。
・総務省や各ステークホルダーによるICTリテラシー向上の取組状況を把握し、ベストプラクティスの共有や更なる効果的な啓発を行うことが必要

≪2.プラットフォーム事業者の自主的取組の支援と透明性・アカウンタビリティの向上≫
<プラットフォーム事業者の自主的取組の支援>
・プラットフォーム事業者が自らのサービス上での違法・有害情報の流通状況について実態把握とリスク分析・評価を行うことが必要
・トラステッドフラッガーの仕組みの導入・推進にむけて検討を行うことが望ましい。法務省の人権擁護機関からの削除要請に関し、削除に関する違法性の判断基準・判断方法や個別の事業者における削除実績等について関係者間で共有し、円滑な削除対応を促進することが必要
・プラットフォーム事業者は、一定の短期間の間に大量の誹謗中傷が集まった場合へのアーキテクチャ上の工夫について、既存の機能や取組の検証や新たな対応の検討を行うことが望ましい
<プラットフォーム事業者による取組の透明性・アカウンタビリティの向上と枠組みの必要性>
・プラットフォーム事業者は、投稿の削除等に関して透明性・アカウンタビリティの確保を国際的な議論も踏まえて果たすことが必要。前回ヒアリング状況から一部進展が見られるものの、一部項目において、依然、透明性・アカウンタビリティの確保が十分とは言えない状況であった。

・我が国におけるプラットフォーム事業者による投稿削除等に係る体制確保や運用状況等の透明性・アカウンタビリティ確保に向けて、総務省は、行動規範の策定及び遵守の求めや法的枠組みの導入等の行政からの一定の関与について、速やかに具体化することが必要。
・具体化にあたっては、①リスクベースアプローチ、②リスク分析・評価と結果公表、③適切な対応の実施と効果の公表、④継続的モニタリング、⑤データ提供、といったといった大枠としての共同規制的枠組みの構築を前提に検討を進めることが適当。対応状況の分析・評価を継続的に行うことが必要。

≪3.発信者情報開示に関する取組≫
・2022年10月の法施行に向け、関係事業者及び総務省の間で新制度の具体的な運用に関する協議を進めることが必要
・プラットフォーム事業者・行政側の双方で、発信者情報開示に関する申請や開示件数等について集計・公開することが求められる

≪4.相談対応の充実に向けた連携と体制整備≫
違法有害情報相談センターにおいて、相談機関間の連携と窓口の周知の強化とともに、引き続き着実な相談対応を実施することが必要

 これも特に危険な方向性が出ているといった事はないが、ネットにおける一般的な違法有害情報対策に関するものとしてこの研究会での今後の検討も注意しておいていいだろう。

(3)特許庁・政策推進懇談会・報告書
 特許庁からはこの4月から6月までに開催されていた政策推進懇談会の報告書知財活用促進に向けた知的財産制度の在り方~とりまとめ~(pdf)が6月30日にとりまとめられている。

 その概要は、最後の第72~73ページのまとめに以下のようにまとめられている。

・AI、IoT時代に対応した特許の「実施」定義見直しについては、プログラムに関する発明を特許により適切に保護できるよう、サービスの提供形態、属地主義の観点等を考慮し、現行制度の解釈の限界にも留意しつつ、具体的な法改正の在り方について検討を深める必要がある。
・意匠特有の問題に対応すべく、出願人の負担軽減と第三者の不利益のバランスを考慮しつつ、意匠の新規性喪失の例外適用手続を緩和する方向で法改正の具体的内容について検討を深める必要がある。
・メタバース内の画像の保護に関しては、関係する法令に基づき、模倣行為に対して取り得る方策やその限界についての議論の整理を進め、クリエイターの創作活動に対する萎縮的効果を生じさせないよう十分考慮しつつ、意匠権等による保護の在り方について、中長期的視野で検討を深める必要がある。
・コンセント制度の導入について、需要者の保護の観点から、審査において出所混同のおそれを判断する「留保型コンセント」を前提に、事後的に出所混同を生じた場合の手当も含めて、法改正の具体的内容について検討を深める必要がある。
・他人の氏名を含む商標の登録要件緩和について、当該他人に一定の知名度を要求する方向で法改正の具体的内容について検討を深めるとともに、その場合に生じる論点・課題として、求める知名度の程度、無関係の者による出願の対応等についても検討する必要がある。
・懲罰的損害賠償/利益吐き出し型損害賠償については、今後の国内外の裁判例等を引き続き注視する必要がある。
・過失推定規定における「過失」については、事例の類型化を行い、特許権者と被疑侵害者双方のバランスに留意しつつ、「過失」を推定することが酷といえる場合があるか、諸外国の事例等についてさらに分析を進める必要がある。
・ライセンス促進策については、制度の趣旨を明確にした上で、中小企業・大学等の実務を踏まえ、ライセンス許諾条件や特許料等の軽減策の是非を含め、検討を深める必要がある。
・共有特許の考え方の見直しについて、大学固有の課題に関する知的財産推進計画2022の提言「大学等における共同研究成果の活用促進」に則りつつ、中小企業等も含めた共有特許全体の考え方については、適切な契約が行われるよう、モデル契約書の周知等の取組を続ける必要がある。
・新技術、デジタル化、グローバル化の動きに中小企業等が取り残されることがないよう、特許庁、INPIT及び関係機関等の連携の在り方について検討を深める必要がある。
・一事不再理の考え方については、現行の条文でも裁判所の運用である程度の対応がなされているという意見や、「同一事実・同一証拠」という極めて限局的なケース以外は、再度の無効審判請求が許されているのは一回的解決や行政コストの面から問題があるという意見を踏まえつつ、特許権者側と請求人側のバランスに留意しながら、現行運用の評価も踏まえつつ、法改正の在り方について検討を深める必要がある。
・減免制度の見直しについては、申請者・特許庁双方の手続・事務の簡素化を図ってきた経緯や制度利用者への影響を留意しながら、審査請求料の減免申請の年間の適用件数に上限を設けることを早急に検討する必要がある。
・審判関係料金等の見直しについては、産業界をはじめとするユーザーの皆様の御意見を踏まえ、実費や欧米の料金水準との比較に基づき裁定・判定請求手数料額の見直しの必要性を慎重に検討する必要がある。
・特許庁と出願人との手続を原則オンライン可能とし、手続デジタル化をより一層促進する必要がある。

 明確な方向性が出ている項目はあまりないが、比較的法改正に向けて踏み込んだ記載となっている、海外サーバーや複数事業者による特許侵害に対応するための実施規定の見直し、意匠の新規性喪失の例外適用手続の緩和、商標コンセント制度の導入、他人の氏名を含む商標の登録要件の緩和などを中心としてさらに検討が続けられるのだろう。

(4)経産省・不正競争防止小委員会・中間報告書
 経産省からは産業構造審議会・知的財産分科会・不正競争防止小委員会の中間報告書デジタル社会における不正競争防止法の将来課題に関する中間整理報告(pdf)が5月17日に公表されている。

 これも個別の各論点から検討の方向性の記載を抜粋して概要をまとめておくと以下の様になる。(括弧内のページ数は記載を抜粋したページ数。)

第2章:

≪1.限定提供データに係る規律の制度・運用上の課題の見直し≫
「第一に、制度創設時に措置を見送った事項については、引き続き、実務の動向を注視しつつ継続的に検討を行う。第二に、『秘密として管理されているものを除く』要件に関する課題については、直近の手当てとして『限定提供データに関する指針』の改訂を検討しつつ、本小委員会での意見も踏まえ制度的手当の検討を進める。第三に、『善意取得者保護に係る適用除外規定の善意の判断基準時』に関する課題については、限定提供データの転得者の取引の安全、元の限定提供データ保有者の保護のバランスを踏まえ、制度実装を行っている事業者によるニーズ・個別事案等の状況も踏まえ、適切な制度の在り方について検討を進める。」(p.10)

≪2.立証負担の軽減≫
「引き続き、営業秘密侵害訴訟における立証(証拠収集)の困難性を解決するための制度的手当について検討を行う。使用等の推定規定の拡充について(中略)引き続き、制度拡充の方向性について迅速に検討を進める。(中略)査証制度の導入については、海外での実施の可能性も含め、引き続き中長期的な視点で検討を継続することとする。限定提供データ侵害に係る立証(証拠収集)の困難性を解決する措置については、引き続き実務の動向を注視しつつ、将来、適切なタイミングで検討を行う。」(p.21~22)

≪3.損害賠償額算定規定の見直し≫
「不競法第5条第1項に関する制度的課題については、現行制度では、『技術上の秘密』が侵害された場合に適用場面が限定されているところ、データ侵害の場合にも本項を活用できるよう『営業秘密』全般に拡充を行う方向で検討を進める。また、現行制度では、『物を譲渡』している場合にしか適用できないところ、『データを提供』している場合や『サービス(役務)を提供』している場合等にも拡充を行う方向で検討を進める。不競法第5条第3項に関する制度的課題については、現行制度では、営業秘密等が『使用』されている場合に適用場面が限定されている点について、『使用』に限らず営業秘密等が利用されている場合も適用対象に含むことができるよう制度的手当を実施する方向で検討を進める。特許法等で先行して手当がされている、『権利者の生産・販売能力等を超える部分の損害の認定規定』(特許法第102条第1項改正部分)、『相当使用料額の増額規定』(特許法第102条第4項改正部分)については、不競法の特質を考慮しつつ、同様の制度的手当を行う方向で検討を進める。」(p.28)

≪4.ライセンシーの保護制度≫
「営業秘密や限定提供データを対象とするライセンス契約のライセンシーの保護制度については、その制度整備に肯定的な意見が多く、今後具体的な検討を進める。」(p.32)

≪5.国際裁判管轄・準拠法≫
「今後、企業の訴訟戦略を妨げないとの視点、制度整備による他国法令への影響、他国の法制化動向等を加味しながら、制度整備の是非について継続検討していく。」(p.37)

第3章:

≪1.ブランド・デザイン保護規律に関する課題の検討≫
「デジタル時代における不競法第2条第1項第3号の規律のあり方についても、将来課題の1つとして、今後継続議論を行っていく。」(p.39)

≪2.外国公務員贈賄罪の規律の強化≫
「将来の制度的手当に向けて、本小委員会において継続的に議論を進めることとする。」(p.40)

 これも各論点について引き続き検討されるのだろうが、既に他の知財法改正で導入されている事との関係で、損害賠償額算定規定の見直しやライセンシーの保護制度の導入などの検討が比較的早く進むだろうか。

(5)農水省・海外流出防止に向けた農産物の知的財産管理に関する検討会・中間論点整理
 最後に農水省からは海外流出防止に向けた農産物の知的財産管理に関する検討会中間論点整理(pdf)が7月8日に公表されている。

 この中間論点整理は、海外への流出の防止のため、「育成者権者の意向を踏まえ育成者権の信託や利用権の設定等を受け、専任的に知的財産権の管理、国内外での侵害の監視・対応、海外ライセンスを行うことができる育成者権管理機関を設置すべき」と書いているが、育成者権管理機関の具体的な管理の方法や業務についてはさらに検討な課題であるとしており、具体的にどうするつもりなのかはまだ良く分からない。

(2022年7月24日夜の追記:重複してコピーしていた記載を削除するとともに、報告書の概要について読み易さを考慮して項目名に≪≫をつけたり、元の資料の下線をつけるなどした。)

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2021年12月29日 (水)

第449回:2021年の終わりに

 今年もあまり取り上げて来なかった話を中心にざっとまとめを書いておきたいと思う。

 まず、文化庁の文化審議会・著作権分科会では、基本政策小委員会で拡大集中ライセンス制度が、法制度小委員会とその下の著作物等のライセンス契約に係る制度の在り方に関するワーキングチームで独占的ライセンスに関する差止請求権付与・対抗制度と裁判手続きの電子化に伴う権利制限への公衆送信等の追加が検討され、国際小委員会も開催されている。

 これらの検討はどれも実務的には重要だが、特に問題がある訳ではないので、ここでは以下内容を簡単に紹介するに留める。

 拡大集中ライセンス制度を含む新しい権利処理の仕組みについては、12月22日の著作権分科会(議事次第・資料参照)で中間まとめ1(pdf)概要(pdf)も参照)が取りまとめられ、「新しい権利処理の仕組みの実現に当たっては、これまでの審議においても意見があったように、法制的課題や国内法制・条約との関係など、詳細な議論が必要(中略)その実現に向けての法制的課題を、引き続き議論すべき」と引き続き検討とされた。

 同じく国際小委員会の検討に対応する中間まとめ2(pdf)もあるが、コンテンツの海外展開に関する現状のまとめだけで法改正に関する事項は含まれていない。

 法制度小委員会の検討については、12月26日まで意見募集がされていた独占的ライセンスの対抗制度及び独占的ライセンシーに対し差止請求権を付与する制度の導入に関する報告書(案)民事訴訟法の改正に伴う著作権制度に関する論点整理(案)とがある(文化庁のHP、電子政府のHP1参照)。前者は「登録対抗制度」により「独占的ライセンスの対抗制度及び独占的ライセンシーに対し差止請求権を付与する制度を導入することが適当」とするもの、後者は「著作権法第42条について、今般の民事裁判手続のオンライン化に対応するため、公衆送信等についても権利制限の対象とすることが必要」とするもので、特に問題はなく、賛同できる内容である。

 次に、特許庁の産業構造審議会・知的財産分科会では、6月28日に知的財産分科会が開催され(議事次第・資料参照)、財政点検小委員会が3回開催されているが、いつも法改正検討をしている各小委員会は開かれていない。

 ワーキンググループとして、唯一、特許制度小委員会の下の審査基準専門委員会ワーキンググループが12月15日に開催され(議事次第・資料参照)、特許の実務にそれなりに大きな影響がある話として、マルチマルチクレーム制限について(pdf)で書かれている通り、「マルチクレーム(2以上のクレームを択一的に引用するクレーム)が、他のマルチクレームの基礎となることを制限する」規則改正が提案されて了承されている。制度ユーザにしか関係しないのでここで詳しい説明はしないが、この規則改正については、1月21日〆切で意見募集も掛かっている(特許庁のHP1、電子政府のHP2参照)。

 なお、実務的な細かな話なので説明を省略するが、特許庁からは、料金値上げに関する政令の公布や(特許庁のHP2HP3参照)、その他細かな意見募集などもされている(特許庁のHP4参照)。

 産業構造審議会・知的財産分科会の不正競争防止小委員会は、12月9日に久しぶりの会合が開催されている(議事次第・資料参照)。その検討事項について(pdf)という資料によると、制度検討としては、「立証負担の軽減手法」、「損害賠償額算定規定の見直し」、「ライセンシー保護制度」、「国際裁判管轄・準拠法」といった論点について議論した上で、3月に中間整理報告書案をまとめるつもりらしいが、既存の他の知財法の検討結果を取り入れるだけならまだしも、これらの多様な論点について、3月までに報告書案を取りまとめられるのかは良く分からない。

 総務省では、インターネット上の海賊版サイトへのアクセス抑止方策に関する検討会が、これも久しぶりに、11月29日に開催されている(議事次第・資料参照)。今の所、初回のヒアリングが終わっただけで、今までの方針を踏襲して地道な取り組みをして行くのではないかと思えるが、来年5~6月頃までの検討について少し注視しておいてもいい様に思う。

 農水省では、4月30日に農林水産省知的財産戦略2025(pdf)がまとめられ、例年通り、農業資材審議会・種苗分科会で重要な形質の指定に関する諮問がされるなどしているが(12月9日の議事次第・資料参照)、特に新しい法改正の検討がされている様子はない。

 知財本部では、プラットフォームにおけるデータ取扱いルールの実装に関する検討会(これは新しくできたデジタル庁のサブワーキンググループになったらしい)と知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会が開催されていて、それぞれ、害はないと思うが、わざわざ作る意味がどこにあるのか良く分からないガイドラインの検討を続けている。読む価値はあまりないと思うが、前者に対応するガイドライン案について意見募集がされていたという事があり(電子政府のHP3参照)、後者に対応するガイドラインが今現在パブコメに掛かっている状況である(電子政府のHP4参照)。

 私の見た所、各省庁での検討は以上の通りだが、今までとは少し毛色の違った話として、秘密特許制度の検討がある。これは11月19日に第1回が開催された大臣を構成員とする経済安全保障推進会議の後、内閣官房の経済安全保障法制に関する有識者会議で11月26日から検討が始まったと見えるものである。

 そして、つい昨日、12月28日の第2回経済安全保障法制に関する有識者会議の資料として、12月6日に開かれていた第1回の特許非公開に関する検討会合の資料(pdf)議事要旨(pdf)議事のポイント(pdf)が公表された。

 これらの資料には、

論点①:制度新設の必要性・どのような制度の枠組みとすべきか
論点②:対象にすべき発明のイメージ
論点③:機微発明の選定プロセスの在り方
論点④:機微発明の選定後の手続と漏えい防止措置
論点⑤:外国出願制限の在り方
論点⑥:補償の在り方

という6つの論点が書かれていて、具体的な制度設計はなお不明だが、報道されていた通り、政府が安全保障上重要だと判断した場合に特許を非公開として、公開すれば得られたはずの特許収入を補償金という形で国が拠出する制度を検討している様である。

 外国の制度の形をどうにか真似て日本でも何かしらの秘密特許制度を導入できなくもないだろうが、誰がどの様にある特許を安全保障上重要だと判断するのか、今の日本で果たしてその様な事ができるのか相当疑問であり、よほど注意して制度を作らないと、特許制度全体の予見可能性・安定性を損ない、かえって真に必要な先端技術の国際的な保護ができなくなる懸念もある。

 今の日本の特許制度の考え方からするとかなり異質な制度を導入しようとしていると見えるこの秘密特許制度の検討が、来年の知財政策検討の中で最大の焦点となるのだろう。

 今年もこれで最後になるが、政官業に巣食う全ての利権屋に悪い年を、このブログを読んで下さっている方々に心からの感謝を。

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2021年3月21日 (日)

第437回:閣議決定されたプロバイダー責任制限法改正案の条文

 今年の知財関連法改正案として、プロバイダー責任制限法改正案、著作権法改正案、特許法等改正案が閣議決定され、国会に提出されているので、その条文について順番に見ていきたいと思う。

 今回は、まず、私が一番問題が大きいと思っているプロバイダー責任制限法改正案の条文についてである。

 この法改正案の主なポイントは、総務省のHP概要(pdf)にも書かれているように、

  • 発信者の特定に必要となる場合のログイン時情報の開示の可能化
  • 発信者に対して行う意見照会において開示に応じない場合の理由もあわせて照会
  • 新たな裁判・非訟手続きによる開示命令、提供命令及び消去禁止命令の創設

という3点である。

 その条文(法律案(pdf)新旧対照条文(pdf)参照、要綱(pdf)も参照)には、第二条の定義条項において、「特定電気通信役務提供者」を「特定電気通信役務(特定電気通信設備を用いて提供する電気通信役務(中略)を提供する者」にし、「侵害情報」や「発信者情報」もここで定義した上で、「開示関係役務提供者」を「第五条第一項に規定する特定電気通信役務提供者及び同条第二項に規定する関連電気通信役務提供者」とするといったテクニカルな改正も含まれているが、ここでは、ポイントとなる部分である通常の発信者情報開示に関する部分と新しい裁判手続きの部分を取り上げる。

 法改正案の通常の発信者情報についての条文は以下の様なものである。(以下、下線部は追加部分。)

第三章 発信者情報の開示請求等

(発信者情報の開示請求
第四条第五条 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し、当該開示関係役務提供者当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)ののうち、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるものをいう。以下この項及び第十五条第二項において同じ。)以外の発信者情報については第一号及び第二号のいずれにも該当するとき、特定発信者情報については次の各号のいずれにも該当するときは、それぞれその開示を請求することができる。
 侵害情報当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。
 次のイからハまでのいずれかに該当するとき。
 当該特定電気通信役務提供者が当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報を保有していないと認めるとき。
 当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報が次に掲げる発信者情報以外の発信者情報であって総務省令で定めるもののみであると認めるとき。
(1)当該開示の請求に係る侵害情報の発信者の氏名及び住所
(2)当該権利の侵害に係る他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報
 当該開示の請求をする者がこの項の規定により開示を受けた発信者情報(特定発信者情報を除く。)によっては当該開示の請求に係る侵害情報の発信者を特定することができないと認めるとき。

 開示関係役務提供者は、前項の規定による開示の請求を受けたときは、当該開示の請求に係る侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合を除き、開示するかどうかについて当該発信者の意見を聴かなければならない。
 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときは、当該特定電気通信に係る侵害関連通信の用に供される電気通信設備を用いて電気通信役務を提供した者(当該特定電気通信に係る前項に規定する特定電気通信役務提供者である者を除く。以下この項において「関連電気通信役務提供者」という。)に対し、当該関連電気通信役務提供者が保有する当該侵害関連通信に係る発信者情報の開示を請求することができる。
 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。

 第一項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。
 前二項に規定する「侵害関連通信」とは、侵害情報の発信者が当該侵害情報の送信に係る特定電気通信役務を利用し、又はその利用を終了するために行った当該特定電気通信役務に係る識別符号(特定電気通信役務提供者が特定電気通信役務の提供に際して当該特定電気通信役務の提供を受けることができる者を他の者と区別して識別するために用いる文字、番号、記号その他の符号をいう。)その他の符号の電気通信による送信であって、当該侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるものをいう。

 開示関係役務提供者は、第一項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該開示関係役務提供者が当該開示の請求に係る侵害情報の発信者である場合は、この限りでない。

(開示関係役務提供者の義務等)
第六条 開示関係役務提供者は、前条第一項又は第二項の規定による開示の請求を受けたときは、当該開示の請求に係る侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合を除き、当該開示の請求に応じるかどうかについて当該発信者の意見(当該開示の請求に応じるべきでない旨の意見である場合には、その理由を含む。)を聴かなければならない。

 開示関係役務提供者は、発信者情報開示命令を受けたときは、前項の規定による意見の聴取(当該発信者情報開示命令に係るものに限る。)において前条第一項又は第二項の規定による開示の請求に応じるべきでない旨の意見を述べた当該発信者情報開示命令に係る侵害情報の発信者に対し、遅滞なくその旨を通知しなければならない。ただし、当該発信者に対し通知することが困難であるときは、この限りでない。

 開示関係役務提供者は、第十五条第一項(第二号に係る部分に限る。)の規定による命令を受けた他の開示関係役務提供者から当該命令による発信者情報の提供を受けたときは、当該発信者情報を、その保有する発信者情報(当該提供に係る侵害情報に係るものに限る。)を特定する目的以外に使用してはならない。

 開示関係役務提供者は、前条第一項又は第二項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該開示関係役務提供者が当該開示の請求に係る侵害情報の発信者である場合は、この限りでない。

(発信者情報の開示を受けた者の義務)
第七条 第五条第一項又は第二項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者情報に係る発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。

 条文はややこしいが、特定電気通信役務提供者が通常のアクセスプロバイダー又はコンテンツプロバイダーで、関連電気通信役務提供者がその他ログイン時通信に関係するプロバイダーで、合わせて開示関係役務提供者として、ログイン時情報に相当する特定発信者情報とその他発信者情報に分けて、発信者の特定に必要となる場合のログイン時情報の開示の可能化を規定しようとするとこうなるだろうというものである。

 総務省令で特定発信者情報がどの様に規定されるのかが少し気に掛かるが、基本的にその他の発信者情報を有していない場合にのみ特定発信者情報を開示するという条文構成になっているので、この部分について大きな問題はないと思える。開示に応じない場合の理由もあわせて発信者に照会するという事も悪い事ではない。(上の条文は煩雑に過ぎ、今でも私は法改正ではなく解釈・運用と総務省令改正による対応で十分ではなかったかと思っているが。)

 次に、長くなるので途中を少し省略するが、発信者情報開示命令事件に関する裁判手続についての条文は以下の様になっている。

第四章 発信者情報開示命令事件に関する裁判手続

(発信者情報開示命令)
第八条 裁判所は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者の申立てにより、決定で、当該権利の侵害に係る開示関係役務提供者に対し、第五条第一項又は第二項の規定による請求に基づく発信者情報の開示を命ずることができる。

(日本の裁判所の管轄権)
第九条 裁判所は、発信者情報開示命令の申立てについて、次の各号のいずれかに該当するときは、管轄権を有する。
 人を相手方とする場合において、次のイからハまでのいずれかに該当するとき。
 相手方の住所又は居所が日本国内にあるとき。
 相手方の住所及び居所が日本国内にない場合又はその住所及び居所が知れない場合において、当該相手方が申立て前に日本国内に住所を有していたとき(日本国内に最後に住所を有していた後に外国に住所を有していたときを除く。)。
 大使、公使その他外国に在ってその国の裁判権からの免除を享有する日本人を相手方とするとき。
 法人その他の社団又は財団を相手方とする場合において、次のイ又はロのいずれかに該当するとき。
 相手方の主たる事務所又は営業所が日本国内にあるとき。
 相手方の主たる事務所又は営業所が日本国内にない場合において、次の(1)又は(2)のいずれかに該当するとき。
(1)当該相手方の事務所又は営業所が日本国内にある場合において、申立てが当該事務所又は営業所における業務に関するものであるとき。
(2)当該相手方の事務所若しくは営業所が日本国内にない場合又はその事務所若しくは営業所の所在地が知れない場合において、代表者その他の主たる業務担当者の住所が日本国内にあるとき。
 前二号に掲げるもののほか、日本において事業を行う者(日本において取引を継続してする外国会社(会社法(平成十七年法律第八十六号)第二条第二号に規定する外国会社をいう。)を含む。)を相手方とする場合において、申立てが当該相手方の日本における業務に関するものであるとき。

 前項の規定にかかわらず、当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に発信者情報開示命令の申立てをすることができるかについて定めることができる。

(略:第九条第3~7項(合意の形式、特別の事情による却下、管轄権の標準時等))

(管轄)
第十条 発信者情報開示命令の申立ては、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、それぞれ当該各号に定める地を管轄する地方裁判所の管轄に属する。
 人を相手方とする場合相手方の住所の所在地(相手方の住所が日本国内にないとき又はその住所が知れないときはその居所の所在地とし、その居所が日本国内にないとき又はその居所が知れないときはその最後の住所の所在地とする。)
 大使、公使その他外国に在ってその国の裁判権からの免除を享有する日本人を相手方とする場合において、この項(前号に係る部分に限る。)の規定により管轄が定まらないとき最高裁判所規則で定める地
 法人その他の社団又は財団を相手方とする場合次のイ又はロに掲げる事務所又は営業所の所在地(当該事務所又は営業所が日本国内にないときは、代表者その他の主たる業務担当者の住所の所在地とする。)
 相手方の主たる事務所又は営業所
 申立てが相手方の事務所又は営業所(イに掲げるものを除く。)における業務に関するものであるときは、当該事務所又は営業所

(略:第十条第2~7項(その他専属管轄等))

(発信者情報開示命令の申立書の写しの送付等)
第十一条 裁判所は、発信者情報開示命令の申立てがあった場合には、当該申立てが不適法であるとき又は当該申立てに理由がないことが明らかなときを除き、当該発信者情報開示命令の申立書の写しを相手方に送付しなければならない。

 非訟事件手続法(平成二十三年法律第五十一号)第四十三条第四項から第六項までの規定は、発信者情報開示命令の申立書の写しを送付することができない場合(当該申立書の写しの送付に必要な費用を予納しない場合を含む。)について準用する。

 裁判所は、発信者情報開示命令の申立てについての決定をする場合には、当事者の陳述を聴かなければならない。ただし、不適法又は理由がないことが明らかであるとして当該申立てを却下する決定をするときは、この限りでない。

(略:第十二条(発信者情報開示命令事件の記録の閲覧等)、第十三条(発信者情報開示命令の申立ての取下げ))

(発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴え)
第十四条 発信者情報開示命令の申立てについての決定(当該申立てを不適法として却下する決定を除く。)に不服がある当事者は、当該決定の告知を受けた日から一月の不変期間内に、異議の訴えを提起することができる。

(略:第十四条第二~六項(管轄、決定の効力等))

(提供命令)
第十五条 本案の発信者情報開示命令事件が係属する裁判所は、発信者情報開示命令の申立てに係る侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要があると認めるときは、当該発信者情報開示命令の申立てをした者(以下この項において「申立人」という。)の申立てにより、決定で、当該発信者情報開示命令の申立ての相手方である開示関係役務提供者に対し、次に掲げる事項を命ずることができる。
 当該申立人に対し、次のイ又はロに掲げる場合の区分に応じそれぞれ当該イ又はロに定める事項(イに掲げる場合に該当すると認めるときは、イに定める事項)を書面又は電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であって総務省令で定めるものをいう。次号において同じ。)により提供すること。
 当該開示関係役務提供者がその保有する発信者情報(当該発信者情報開示命令の申立てに係るものに限る。以下この項において同じ。)により当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者(当該侵害情報の発信者であると認めるものを除く。ロにおいて同じ。)の氏名又は名称及び住所(以下この項及び第三項において「他の開示関係役務提供者の氏名等情報」という。)の特定をすることができる場合 当該他の開示関係役務提供者の氏名等情報
 当該開示関係役務提供者が当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報として総務省令で定めるものを保有していない場合又は当該開示関係役務提供者がその保有する当該発信者情報によりイに規定する特定をすることができない場合 その旨
 この項の規定による命令(以下この条において「提供命令」といい、前号に係る部分に限る。)により他の開示関係役務提供者の氏名等情報の提供を受けた当該申立人から、当該他の開示関係役務提供者を相手方として当該侵害情報についての発信者情報開示命令の申立てをした旨の書面又は電磁的方法による通知を受けたときは、当該他の開示関係役務提供者に対し、当該開示関係役務提供者が保有する発信者情報を書面又は電磁的方法により提供すること。

 前項(各号列記以外の部分に限る。)に規定する発信者情報開示命令の申立ての相手方が第五条第一項に規定する特定電気通信役務提供者であって、かつ、当該申立てをした者が当該申立てにおいて特定発信者情報を含む発信者情報の開示を請求している場合における前項の規定の適用については、同項第一号イの規定中「に係るもの」とあるのは、次の表の上欄に掲げる場合の区分に応じ、それぞれ同表の下欄に掲げる字句とする。
|当該特定発信者情報の開示の請求について第五条第一項第三号に該当すると認められる場合|に係る第五条第一項に規定する特定発信者情報|
|当該特定発信者情報の開示の請求について第五条第一項第三号に該当すると認められない場合|に係る第五条第一項に規定する特定発信者情報以外の発信者情報|

 次の各号のいずれかに該当するときは、提供命令(提供命令により二以上の他の開示関係役務提供者の氏名等情報の提供を受けた者が、当該他の開示関係役務提供者のうちの一部の者について第一項第二号に規定する通知をしないことにより第二号に該当することとなるときは、当該一部の者に係る部分に限る。)は、その効力を失う。
一 当該提供命令の本案である発信者情報開示命令事件(当該発信者情報開示命令事件についての前条第一項に規定する決定に対して同項に規定する訴えが提起されたときは、その訴訟)が終了したとき。
二 当該提供命令により他の開示関係役務提供者の氏名等情報の提供を受けた者が、当該提供を受けた日から二月以内に、当該提供命令を受けた開示関係役務提供者に対し、第一項第二号に規定する通知をしなかったとき。

 提供命令の申立ては、当該提供命令があった後であっても、その全部又は一部を取り下げることができる。

 提供命令を受けた開示関係役務提供者は、当該提供命令に対し、即時抗告をすることができる。

(消去禁止命令)
第十六条 本案の発信者情報開示命令事件が係属する裁判所は、発信者情報開示命令の申立てに係る侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要があると認めるときは、当該発信者情報開示命令の申立てをした者の申立てにより、決定で、当該発信者情報開示命令の申立ての相手方である開示関係役務提供者に対し、当該発信者情報開示命令事件(当該発信者情報開示命令事件についての第十四条第一項に規定する決定に対して同項に規定する訴えが提起されたときは、その訴訟)が終了するまでの間、当該開示関係役務提供者が保有する発信者情報(当該発信者情報開示命令の申立てに係るものに限る。)を消去してはならない旨を命ずることができる。

 前項の規定による命令(以下この条において「消去禁止命令」という。)の申立ては、当該消去禁止命令があった後であっても、その全部又は一部を取り下げることができる。

 消去禁止命令を受けた開示関係役務提供者は、当該消去禁止命令に対し、即時抗告をすることができる。

(非訟事件手続法の適用除外)
第十七条 発信者情報開示命令事件に関する裁判手続については、非訟事件手続法第二十二条第一項ただし書、第二十七条及び第四十条の規定は、適用しない。

(最高裁判所規則)
第十八条 この法律に定めるもののほか、発信者情報開示命令事件に関する裁判手続に関し必要な事項は、最高裁判所規則で定める。

 この部分について、この様な条文に至るまで、政府内でどの様な検討がされたのかは不明だが、その点がよほど問題となったのか、裁判管轄に関する事項を第9~10条に書き込んでいる。日本の裁判管轄に関する原則から考えれば当たり前の話だが、申立てが裁判所に取り上げられるのは、基本的に、法人を相手方とする場合であれば、その主たる事務所又は営業所が日本国内にある場合に限られ、かつ、その主たる事務所又は営業所の所在地の地方裁判所に申し立てる必要があるという事である。

 そして、裁判・非訟手続きの原則から考えて、これも当たり前の話だが、相手方を記載して申立てを行う必要があるので(第11条参照、記載しないと却下となる)、コンテンツプロバイダーに対する申立てだけで、その後自動的に良く分からない立場でアクセスプロバイダーが同じ事件に巻き込まれる様な事もない。

 第15条のコンテンツプロバイダーからアクセスプロバイダーへの情報提供命令も、発信者情報開示命令事件が係属する場合であって、他の開示関係役務提供者としてアクセスプロバイダーに関する開示を受けた申立人がアクセスプロバイダーを相手方として発信者情報開示命令の申立てをした場合に裁判所が出す事ができるとされている。

 必要であれば裁判所は裁量によりさらにコンテンツプロバイダーに対する事件とアクセスプロバイダーに対する事件を併合して処理するかも知れないが、開示においてコンテンツプロバイダーとアクセスプロバイダーの両方が関係し、かつ、アクセスプロバイダーに対する発信者情報開示まで必要とされる場合は、今まで同様、両方に対して順次申立てが必要になるのであって、本当に1つの手続きでできる訳ではない。総務省が、法改正の概要(pdf)で、これについて発信者情報開示を1つの手続きで可能とすると言っているのは酷いミスリードである。

 また、第16条の消去禁止命令も現行でも可能なログ保全ための仮処分命令と何が違うのか良く分からない。

 さらに、第17条で、非訟事件手続法の第22条第1項ただし書の弁護士でない者による手続代理、事実の調査等の国庫による立て替え、第40条の検察官の関与の適用は明示的に除外されているので、実質的に通常の訴訟より手続き費用が安く済むといった事もない。

 この新たな裁判手続きにおける発信者の意見の照会や異議の訴え等について、その具体的な運用に関する事が非常に気になるが、これは第18条に書かれている最高裁判所規則に委ねられているという事なのだろう。裁判所が今までの通常の裁判による発信者情報開示事件と比べて偏った運用をする事はないだろうとは思うが、この様な重要な事項が裁判所の規則・裁量・運用に委ねられているという事はあまり良い事とは思えない。

 結局、この法改正案の新しい裁判手続きによる発信者情報開示は、今までの通常の裁判による発信者情報開示とほぼ同様の手続きを原則非公開の非訟手続きとして規定しただけのものであって、手続きの迅速化や合理化に資するものとは到底言い難いものである。この様な法改正が通れば、かえって発信者情報開示に関する手続きの不透明性や複雑性が増し、いたずらに今の状況を混乱させるだけで、発信者の保護はおろか権利侵害の救済にも繋がらないのではないかと私は懸念する。過去のパブコメ(第432回参照)でも書いたが、発信者情報の開示は、通信の秘密といった重要な国民の権利に関するものであるから、原則公開の訴訟手続によらなければならないものである。今後、国会でこの問題の本質にまで踏み込んだ議論がなされる事を私は期待する。

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2020年12月29日 (火)

第434回:2020年の終わりに

 今年は新型コロナウィルスの感染拡大が知財政策にも影響を与えるという類を見ない年だったと思うが、例によって、この年末に今まであまり取り上げて来なかった主に著作権関連以外の話をまとめて書いておきたいと思う。

 まず、特許法について、特許庁から、産業構造審議会・知的財産分科会・特許制度小委員会の報告書「ウィズコロナ/ポストコロナ時代における特許制度の在り方(案)」(pdf)が1月25日〆切でパブコメにかかっている(特許庁のHP1、電子政府のHP1参照)。ほぼ制度ユーザにしか関係しないので詳細は省略するが、この報告書案に含まれている法改正事項は、特許侵害訴訟における第三者意見募集制度(アミカス・ブリーフ制度)の導入、訂正審判等における通常実施権者の許諾の不要化、審判の口頭審理のオンライン化、災害の発生等権利者の責めに帰することができない理由による期間途過の場合の割増特許料等の免除、権利回復の判断基準の故意でない基準への緩和及びその場合の回復手数料の賦課である。

 商標法について、商標制度小委員会の報告書「ウィズコロナ/ポストコロナ時代における商標制度の在り方について(案)」(pdf)が1月18日〆切でパブコメにかかっている(特許庁のHP2、電子政府のHP2参照)。こちらの報告書案に含まれている主な法改正事項は、商標と意匠について海外の事業者を侵害主体として海外から国内に模倣品を直接送付する場合を新たに権利侵害とする事である。

 弁理士法について、弁理士制度小委員会の報告書「弁理士制度の見直しの方向性について(案)」(pdf)も1月21日〆切でパブコメにかかっており(特許庁のHP3、電子政府のHP3参照)、農林水産知財や第三者意見提出の相談業務等を弁理士法に規定する事や一人法人制度の導入などについて書かれている。

 特許庁では、それぞれの委員会の下のワーキンググループ、審査基準専門委員会ワーキンググループで特許関連の審査基準の修正が、意匠審査基準ワーキンググループで意匠関連の審査基準の修正が議論されているが、今年はさらに基本問題小委員会という委員会も立ち上げられている。

 この基本問題小委員会について、委員会ホームページで書かれている通り、「ウィズコロナ/ポストコロナ時代における産業財産権行政の在り方 とりまとめ骨子(案)」(pdf)が公表され、1月13日目途で意見募集がされている様だが、この骨子案を見てもどうにも漠然としていて今後具体的に何をどうして行くつもりなのかまだ良く分からない状況である。

 なお、経産省で、6月3日に不正競争防止章委員会も開かれているが(経産省のHP参照)、最近の取り組みの紹介のみで、不正競争防止法関連ですぐに法改正が提出されそうな様子はない。

 次に、総務省からは、12月22日に発信者情報開示の在り方に関する研究会「最終とりまとめ」(pdf)が公表され(総務省のHP1参照)、12月25日に「インターネット上の海賊版対策に係る総務省の政策メニュー」(pdf)が公表されている(総務省のHP2参照)。後者でのセキュリティ対策ソフトにおけるアクセス抑止は、多少注意すべき点はあるだろうが、事業者と協力が可能であればして良い事と思うが、前者の最終とりまとめでは、結局新たな裁判手続きについて最後までほぼ修正される事なく導入すべきとされてしまった。総務省としてはこのまま法改正案を提出するつもりなのだろうが、この発信者情報開示に関する新たな裁判手続きがまともに機能するのか、かえって危ない制度となりはしないか、今なお私は大きな懸念を抱いている。

 農水省関連では、この12月に種苗法改正が成立している(農水省のHP1参照、このブログでは第422回で取り上げた)が、他に大きな動きはない。なお、知財本部の知財戦略と別に出す意味が良く分からないが、2020年5月に「農林水産省知的財産戦略2020」(pdf)(農水省のHP2参照)なるものも公表されている。

 最後に、知財本部では、構想委員会の下で価値デザイン経営ワーキンググループやコンテンツ小委員会、デジタル時代における著作権制度・関連政策の在り方検討タスクフォースといった検討会が開かれている。知財本部のこれらの検討会の内容はほとんど意味不明としか言いようがないが、またじきに知財計画2021に向けたパブコメが開始されたら意見を出すつもりである。

 来年1月1日からダウンロード違法化・犯罪化の対象範囲の拡大が施行されるなど、今年も良い年をと言う気にはあまりならないが、別に私は諦めるつもりもない。今年もこれで最後になるが、政官業に巣食う全ての利権屋に悪い年を、このブログを読んで下さっている方々に心からの感謝を。

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2020年11月25日 (水)

第432回:総務省・発信者情報開示の在り方に関する研究会最終とりまとめ(案)に対する提出パブコメ

 12月4日〆切でパブコメにかかっている、総務省の発信者情報開示の在り方に関する研究会最終とりまとめ(案)(pdf)に対して意見を出したのでここに載せておく(意見募集について、総務省のHP、電子政府のHP参照)。非訟手続きに基づく新たな裁判手続きの問題については前のパブコメで指摘した事と全く同じ事が当てはまるので、提出パブコメの内容は中間とりまとめ案に出した意見(第428回参照)を最終とりまとめ案の記載に合わせて組み替えたものである。

(以下、提出パブコメ)

<第1章 発信者情報開示に関する検討の背景及び基本的な考え方について>
○3.検討に当たっての基本的な考え方
(該当箇所)第5ページ「3.検討に当たっての基本的な考え方」全体
(御意見)
 ここで、権利侵害に対する救済が必要なのは無論の事とは言え、制度改正が逆に行き過ぎれば、その濫用や悪用によって発信行為・表現が萎縮し、表現の自由の抑圧に繋がる危険性があるということをきちんと認識し、その間でバランスを取る事を基本的な考え方としている事は高く評価できる。この基本的な考え方を通して守るべきであり、以下第3章についての項目で述べる通り、原則非公開とできる新たな非訟手続きに基づく裁判手続きの創設のような、この基本的な考え方に合わない事は不適切なものであって、するべきではない。

<第2章 発信者情報の開示対象の拡大>
○2.ログイン時情報
○2-(1)発信者の同一性
(該当箇所)第8ページ「2-(1)発信者の同一性」全体
(御意見)
 ここで、「権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが、同一の発信者によるものである場合に限り、開示できることとする必要がある」としている点は賛同できるが、アカウントの共有や乗っ取りの場合を一絡げに例外として、「同一のアカウントのログイン時の通信と権利侵害投稿通信は基本的に同一の発信者から行われたものと捉えることができると考えられる」としている事は適切ではない。特にアカウント保持者への嫌がらせのために他の者がアカウントを乗っ取り書き込み等を行う事は十分に考えられるのであって、この様な場合にまでアカウント保持者の情報が開示され第一に責任を負うべきとする事は適切ではない。ログイン時情報の開示においては、「2-(2)開示の対象とすべきログイン時情報の範囲」に書かれている補充性要件に加え、権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが、同一の発信者によるものである場合に限るという条件を明示的に加え、ログイン時の通信の内容等からアカウント保持者以外の書き込みであると判断される場合は開示しない事とするべきである。

○2-(2)開示の対象とすべきログイン時情報の範囲
(該当箇所)第9~11ページ「2-(1)発信者の同一性」全体
(御意見)
 ここで、第9ページに、「侵害投稿時の通信経路を辿って発信者を特定することができない場合に限定すること(補充性要件)が適当」としている事に賛同する。

 そして、上記の「2-(1)発信者の同一性」の項目で書いた通り、この様な補充性要件に加えて、同一の発信者によるものである場合に限るという条件を明示的に加えるべきである。

 その限りにおいて、SMS認証に関する情報を追加しても良いと考えるが、上記の通りの限定がなされない限り、開示の対象は拡大するべきではない。


○2-(3)開示請求を受けるプロバイダの範囲
(該当箇所)第11ページ「2-(3)開示請求を受けるプロバイダの範囲」全体
(御意見)
 ここで、「ログイン時情報等を開示対象とした場合、当該情報に係る権利侵害投稿通信以外の通信(ログイン時の通信やSMS認証に係る通信等)を媒介したアクセスプロバイダや電話会社に対して、侵害投稿通信の発信者かつ権利侵害投稿通信以外の通信の発信者でもある者の住所・氏名の開示を請求することとなるが、当該開示請求を受けるプロバイダは、プロバイダ責任制限法第4条第1項に規定する『開示関係役務提供者』の範囲に含まれない場合もあり得る」と記載され、脚注17に「『開示関係役務提供者』は、プロバイダ責任制限法第4条第1項において『当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者』と規定されている。コンテンツプロバイダが投稿時のログを保有しておらず、発信者が複数の通信経路からログインを行っている場合、実際にどの通信経路から権利侵害投稿を行ったかわからないため、開示請求を受けたアクセスプロバイダが『『当該特定電気通信』の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者』に該当するか不明確となる場合があり得る」と記載されている。

 しかし、ログイン時情報の開示については、権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが同一の発信者によるものである場合に限るといった条件が付加されるべきであるから、ログイン時情報による開示請求を受けるプロバイダーは、プロバイダー責任制限法第4条第1項の、権利の侵害に係る「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」と言えるのであって、ログイン時情報等の開示請求で法律上の「開示関係役務提供者」の範囲に含まれない場合もあり得るとする解釈は厳格に過ぎ、この点で法改正は不要であると考える。

 また、コンテンツプロバイダが投稿時のログを保有していない場合であっても、脚注17の様に、投稿より前の複数の通信経路からの複数のログイン時情報を開示対象として想定する事は不適切である。権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが同一の発信者によるものである場合に限るといった条件の付加によって、基本的に投稿直前のログイン時情報のみを開示対象とするべきである。この様な法改正をしたいがためだけの理屈は全く納得の行くものではない。

○3.まとめ
(該当箇所)第11ページ「3.まとめ」全体
(御意見)
 上記の通り、同一の発信者によるものである場合に限るという条件を明示的に加え、省令改正によるログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプ等の追加に賛同するが、これは省令改正で十分であり、それに留めるべきである。

<第3章 新たな裁判手続の創設及び特定の通信ログの早期保全>
○1.非訟手続の創設の利点と課題の整理
(該当箇所)第12~14ページ「1.非訟手続の創設の利点と課題の整理」全体
(御意見)
 ここで、第13~14ページに、発信者情報開示のための新しい原則非公開の非訟手続きについて、適法な情報発信を行う発信者の保護が十分に図られなくなり、手続が濫用される恐れが強く、判断の透明性の確保が図られなくなるとの問題が書かれている。

 これは全くその通りであって、この様な事から、引いては表現の自由の保護が十分に図られなくなる事になると考えられる。

 以下でも述べる通り、これは制度設計によっては解消できない極めて本質的な問題であり、この新たな裁判手続きの創設は不適切であって、なされるべきものではないものである。

○2.実体法上の開示請求権と非訟手続の関係について
(該当箇所)第14~17ページ「2.実体法上の開示請求権と非訟手続の関係について」全体
(御意見)
 ここで、現行の発信者情報開示訴訟における課題の整理・検討をなおざりに、一方的に結論ありきで、現行の請求権に「加えて」新たな非訟手続きを創設することが適当としていることは極めて不適切である。

 この点について、第16ページに書かれている、「表現の自由やプライバシーといった発信者の権利利益の保護に鑑み、開示判断については、非訟手続を創設するのではなく、現行法と同様に訴訟手続とする」べきという指摘は極めて妥当なものであって、この指摘の通り非訟手続きを創設するべきではない。

 今回のプロバイダー責任制限法に関する検討は、2011年の「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」における検討(その「プロバイダ責任制限法検証に関する提言」https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_01000037.html参照)及び2015年の「ICT サービス安心・安全研究会」における検討(その報告書「インターネット上の個人情報・利用者情報等の流通への対応について」https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_02000184.html参照)以来のものであって、本格的な検討としては2011年の研究会以来のものであると思うが、この研究会の提言の第41ページ(第3の4(8))で、第三者機関の創設等について、「取り扱う対象が通信の秘密といった重要な権利に関連することからすると、発信者情報の開示の当否は、通信の秘密といった重要な国民の権利に関するものであるから、このような実体的な権利を終局的に確定させる判断は(公開の法廷における対審及び判決という)訴訟手続によらなければならないと考えられ」るとしている。この研究会の提言の整理は今なお妥当するものであって、今般の検討においてもこの整理を守るべきである。

 新たな非訟手続きの本質的な問題点については以下でも述べ、この様な手続きはそもそも創設されるべきものではないと考えるが、仮に本とりまとめ案の様に、原則として何かしらの手続きを追加し、異議等により現行同様の訴訟に移行するものとしたら、さらに開示までの段階が増えてさらに手続きが煩雑になる事も考えられるであろう。

○3.新たな裁判手続(非訟手続)について
○3-(1)裁判所による命令の創設(ログの保存に関する取扱いを含む)
(該当箇所)第17~21ページ「3-(1)裁判所による命令の創設(ログの保存に関する取扱いを含む)」全体
(御意見)
 ここで、当事者構造などの問題をなおざりに、①コンテンツプロバイダ及びアクセスプロバイダ等に対する発信者情報の開示命令、②コンテンツプロバイダが保有する発信者情報のアクセスプロバイダへの提供命令、③アクセスプロバイダに対するコンテンツプロバイダから提供された情報を踏まえた発信者情報の消去禁止命令という、3つの命令についての手続きを創設する事が適当としているが、これも全く適切なものではない。

 インターネットの仕組みを考えれば、どうやっても、コンテンツプロバイダーに対する削除要求・情報開示・ログ保全、アクセスプロバイダーに対する情報開示・ログ保全、開示侵害者に対する損害賠償請求等という様に、情報流通経路を逆に辿って行くしかないので、侵害者の情報が被侵害者にあらかじめ分かっている場合や、コンテンツプロバイダーが侵害者の情報を直接保有している様な場合を除き、何をどうやろうが、一足飛びに、前もって分かり得ない後の手続きの当事者を前の手続きに巻き込むべきではなく、非訟手続きによればいいなどという事も無論ない。

 例えば、第18ページに、「具体的な手続の流れとしては、コンテンツプロバイダに対する開示命令のプロセスと、アクセスプロバイダの特定及びログの保全手続(提供命令・消去禁止命令)のプロセスは、同時並行で進められることが想定される。提供命令によりアクセスプロバイダを特定することができた場合、アクセスプロバイダ名の通知を受けた被害者がアクセスプロバイダに対する開示命令の申立てを行った場合には、速やかに当該アクセスプロバイダがコンテンツプロバイダに対する開示命令のプロセスに加わり、コンテンツプロバイダ・アクセスプロバイダが一体として開示命令を受けるという流れが想定される」と書かれているが、具体的にどの様な手続きが想定されるのか全く理解不能である。

 情報流通経路を逆に辿って行かなければならない事を考えれば、コンテンツプロバイダ及びアクセスプロバイダへの開示命令をまとめて出す事は考えられない。そして、発信者情報開示とは、コンテンツプロバイダ、アクセスプロバイダという別のプロバイダがそれぞれ自身が保持するものであって開示するべき情報をそれぞれの責任において開示するという事であって、それ以上でもそれ以下でもないにも関わらず、コンテンツプロバイダからの発信者情報のアクセスプロバイダへの提供によってアクセスプロバイダが手続きに加わりコンテンツプロバイダ・アクセスプロバイダが一体として開示命令を受けるとしている事など全く意味不明である。

 ここで、消去禁止命令、すなわちログの保存命令についても、それぞれの段階で、各プロバイダーに発信者情報消去禁止の仮処分の申立てをするしかない筈であり、新たな裁判手続きとの関係でどうこうという問題では全くない。現行の手続きにおいて、ログ保存に関して、何が問題で、具体的に何をどうするべきかという検討をなおざりにして、新たな裁判手続きの中で消去禁止命令についての手続きを創設するべきとしている事は全く適切な事ではない。

 開示要件については対応する項目で述べるが、第21ページで、さらに「これらの命令の発令要件については、現在の開示要件よりも一定程度緩やかな基準とすることが適当である」としている事など不適切の上塗りと言わざるを得ない。

 念のため、さらに指摘しておくと、第20~21ページに、「裁判所が特定作業を行うと想定した場合、専門委員や裁判所調査官等の活用など様々な方法が考えられるものの、現行法上の制度を活用する場合にはそれらの職員の職責上の制約がある一方、新たな制度を創設する場合には選任や確保を含む体制整備に時間がかかり、案件数の増加や地域特性により、必要とされる人材を確保できない等課題が多いと考えられる。したがって、アクセスプロバイダの特定作業は、コンテンツプロバイダが行うこととすることが適当である」としているが、単に裁判所の能力不足を理由にコンテンツプロバイダに新たな責務を負わせようとしている事も全く不当な事である。もし本当にそれほど裁判所の能力が不足しているとしたならば、現行の発信者情報開示訴訟における判断の妥当性にすら疑義が生じると言わざるを得ないだろう。

○3-(2)新たな手続における当事者構造
(該当箇所)第21~22ページ「3-(2)新たな手続における当事者構造」全体
(御意見)
 関わるプロバイダとしては、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダという複数のプロバイダがいるにも関わらず、ここで、単にプロバイダとだけ書いて、プロバイダが複数いる事をうやむやにしているのは、極めて悪質な言葉のごまかしであり、このごまかしを私は強く非難する。

 上記「3-(1)裁判所による命令の創設(ログの保存に関する取扱いを含む)」の項目についてで書いた通り、インターネットの仕組みを考えれば、どうやっても、コンテンツプロバイダーに対する削除要求・情報開示・ログ保全、アクセスプロバイダーに対する情報開示・ログ保全、開示侵害者に対する損害賠償請求等という様に、情報流通経路を逆に辿って行くしかないので、何をどうやろうが、それぞれコンテンツプロバイダー、アクセスプロバイダー、開示侵害者を順次相手方当事者として当事者構造は作られなければならない。

 さらに書いておくと、権利侵害を受けた者にとって1回の裁判手続きが望ましいのはその通りであろうが、望ましい事すなわち技術的、実務的に可能でああるという事ではない。1回の手続きで、各プロバイダーの情報開示を可能とし、権利回復を可能とするという事は、実質的に当事者不明の匿名裁判手続きを可能とするという事に等しいが、この事については、上で触れた2011年の研究会の提言の第41ページ(第3の4(9))で、匿名訴訟について、「民事訴訟法をはじめとする現行の民事手続法はそのような訴訟制度を前提としておらず、また、当該制度は訴えの提起から判決の効力までといった民事訴訟全般に関連するものであることからすると、当該訴訟制度の創設の是非に関しては、プロバイダ責任制限法においてのみ検討することができる問題ではなく、様々な立場の意見を広く検討し、訴訟制度全体の問題として検討されるべき」とされていた通り、また、中間とりまとめ案の脚注23にも記載されていた通り、法制的に多くの検討すべき課題があるのであって、日本におけるその導入は極めて困難である。

○3-(3)発信者の権利利益の保護
(該当箇所)第22~28ページ「3-(3)発信者の権利利益の保護」全体
(御意見)
 通信の秘密等の国民の基本的な権利に関わるものである事から、このような実体的な権利を終局的に確定させる判断は公開の法廷における対審及び判決という訴訟手続によらなければならないと考えられるのであり、原則非公開とされ、一般的なチェックが効かない非訟手続きによって開示を可能とする事自体、国民の基本的な権利の保護が図られなくなる恐れが極めて強く、この事は発信者の権利利益の保護に関する制度設計で解消されるものではない。

 これは制度設計でどうにかなる話ではないが、念のためさらに書いておくと、例えば、異議申し立てについて、第27ページで、「プロバイダは可能な限り発信者の意向を尊重した上で、個別の事案に応じた総合的な判断により異議申立ての要否を検討することが望ましい」としている事は、プロバイダとはどのプロバイダなのかという事についての記載のごまかしがある事に加え、原則非公開の非訟手続きの中だけでプロバイダの判断により訴訟に移行せずに開示請求を受け入れる事もあり得るとしている点で極めて不適切である。情報は一旦開示されてしまえば、取り返しがつかない性質のものであるという事を十分に踏まえる必要があるのであって、これが国民の基本的な権利に関わるものである事から、この様な新たな非訟手続きは創設されるべきではないものである。

○3-(4)開示要件
(該当箇所)第28~30ページ「3-(4)開示要件」全体
(御意見)
 ここで、第28ページに、「非訟手続の場合、原則として非公開で行われるため、裁判手続の判断に記載される理由の程度によっては、開示可否に関する事例の蓄積や判断の透明性の確保が図られない可能性がある」との指摘が記載されているが、これも本質的な指摘であって、訴訟への移行があり得るから良い、当事者だけで事例を蓄積できるから良いという問題ではなく、制度設計で解消されるものでもなく、原則非公開の非訟手続きを取る限り解消する事はできないものである。

 国民の基本的な権利に関わる事案においては一般にチェック可能な形で判断の透明性が確保されていなければならない。

○3-(5)手続の濫用の防止
(該当箇所)第30~31ページ「3-(5)手続の濫用の防止」全体
(御意見)
 手続きの濫用防止についても、単に当事者間の既判力による蒸し返しの防止が図られれば良いというものではない。一般にチェック可能な形で判断の透明性が確保され、裁判所による判断が公衆に分かる形で蓄積されない限り、濫用の懸念は常にあり得る事であろう。

○3-(6)海外事業者への対応
(該当箇所)第31~32ページ「3-(6)海外事業者への対応」全体
(御意見)
 発信者情報開示に関する諸外国の状況について、以前のパブコメで以下の様に書いた通り、また、発信者情報開示の在り方に関する研究会の第6回でも報告されている通りである。

 アメリカでは仮名(John Doe)裁判とそのディスカバリー手続きにおいて裁判所の強制令状(subpoena)に基づく情報開示が可能であるが、ディスカバリーなどのアメリカの特異な裁判手続きはその負担や濫用についての批判も非常に強いものであって、日本に持ち込むべきではないものである。欧州では、欧州司法裁判所が、2020年7月9日に、知的財産権執行指令の下で違法アップロードが行われたオンラインプラットフォーム運営者に権利者が要求できるのは関係するユーザの住所のみであってメールや電話番号は含まれないとする判決を出した所である事からも分かる様に、欧州全体でも、発信者情報開示については、このレベルでしか統一されておらず、今も基本的に各国法制による部分が多い。イギリスでは、裁判所のNorwich Pharmacal orderによる情報開示が可能であるが、これはそれぞれ情報を持っている者に対して訴えを提起して求めるものであって、1回の非訟手続きで各プロバイダーの情報開示を可能とする様なものではない。ドイツでは上記の欧州司法裁のケースで問題となった著作権法などとは別に2017年のネットワーク執行法(Netzwerkdurchsetzungsgesetz)によって通信メディア法(Telemediengesetz)第14条に扇動や中傷による権利侵害の場合の情報開示が規定されたが、この様なドイツの法制については今なおナチス思想を強力に取り締まっているドイツの特殊事情を考慮する必要がある事に加え、これも、裁判所への訴えにより、必要に応じて各プロバイダーに順次開示請求をする必要があるのであって、1回の非訟手続きで各プロバイダーの情報開示を可能とする様なものではない。フランスでは、2004年のデジタル経済信用法(Loi pour la confiance dans l'economie numerique)第6条等に基づき、仮処分に相当するレフェレ(refere)などにより、発信者情報開示を要求する事ができるが、これも同様に、必要に応じて順次開示請求をする必要があるのであって、1回の非訟手続きで各プロバイダーの情報開示を可能とする様なものではない。

 本とりまとめ案で、民事訴訟に関する2つの条約で申立書の直接送付などが認められていると書かれているが、これらの条約で単に文書を送付しても良いと書かれている事と、それに執行力が伴い海外プロバイダが従うかどうかは別の話である。外国における民事執行は基本的に相互主義であって、日本国内の手続きと同じ文書を一方的に直接送り付ければ良いという様な単純なものではない。非訟手続きによる新たな裁判手続きは、何をどう検討しようが、国際的にも極めて特異かつ異質な制度とならざるを得ないものであり、海外のプロバイダーがこの様な制度に基づく命令などに従う可能性は万に一つもない。

 ここでも、必要なのは、各国の法制に基づく訴え・申し立ての支援や訴状の送達の迅速化など、実効性のある方策の検討である。

 なお、念のため繰り返し書いておくと、7月24日〆切で意見募集がされていた「インターネット上の誹謗中傷への対応の在り方について(案)」にも記載されていた様に、フランスで、憲法裁判所が、2020年6月18日に、オンラインヘイトスピーチ規制法の主要部分を否定している事が典型的に示しているが、欧米においては、プライバシー・個人データ、情報・表現の自由をきちんと保護しようとする動きがある事も注目されてしかるべきである。

○4.まとめ
(該当箇所)第32ページ「4.まとめ」全体
(御意見)
 上記の通り、手続が濫用され、適法な情報発信を行う発信者の保護や表現の自由の確保が十分に図られなくなる恐れが強く、その点で完全にバランスを失しているものであり、国際的にも極めて特異かつ異質な制度とならざるを得ないものである、この非訟手続きによる新たな裁判手続きの創設に反対する。

 今後プロバイダー責任制限法について検討を進める場合には、基本的な考え方に沿い、現行のプロバイダー責任制限法の手続きの拡充や迅速化など実務的に実効性のある検討のみがなされる事を期待する。

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2020年8月 2日 (日)

第428回:総務省・発信者情報開示の在り方に関する研究会中間とりまとめ(案)に対する提出パブコメ

 前回取り上げた、8月14日〆切でパブコメにかかっている、総務省の発信者情報開示の在り方に関する研究会中間とりまとめ(案)に対して意見を提出したので、ここに載せておく。内容は前回書いた事を中間とりまとめ案の項目毎に分けて少し補足の説明を加えたものである。

(以下、提出パブコメ)

<第1章 発信者情報開示に関する検討の背景及び基本的な考え方について>
○3.検討に当たっての基本的な考え方
(該当箇所)第5~6ページ「3.検討に当たっての基本的な考え方」全体
(意見)
 ここで、権利侵害に対する救済が必要なのは無論の事とは言え、制度改正が逆に行き過ぎれば、その濫用や悪用によって発信行為・表現が萎縮し、表現の自由の抑圧に繋がる危険性があるということをきちんと認識し、その間でバランスを取る事を基本的な考え方としている事は高く評価できる。今後の検討においてもこの基本的な考え方を通して守るべきである。以下第2章2.についての項目で述べる通り、原則非公開とできる新たな非訟手続きに基づく裁判手続きの創設のような、この基本的な考え方に合わない検討は不適切なものであって、進めるべきではない。

<第2章 具体的な検討事項>
○1.発信者情報の開示対象の拡大
○1-(2)電話番号
(該当箇所)第8~11ページ「1-(2)電話番号」全体
(意見)
 現状の課題を踏まえ、現行の手続きにおいて、発信者情報の開示対象に電話番号を追加する事は問題なく、省令改正による電話番号の追加に賛同する。

○1-(3)ログイン時情報
(該当箇所)第11~15ページ「1-(3)ログイン時情報」全体
(意見)
 現状の課題を踏まえ、現行の手続きにおいて、権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが同一の発信者によるものである場合に限るといった条件を付加しつつ、発信者情報の開示対象として、投稿時だけでなくログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプ(ログイン時情報)も含まれる事を明確化する事は問題なく、省令改正によるログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプの追加に賛同する。

 ここで、第15ページに、「ログイン時情報をもとに特定されたアクセスプロバイダに対して、ログイン時の通信の発信者の住所・氏名の開示を請求することとなるが、当該開示請求を受けるプロバイダは、プロバイダ責任制限法第4条第1項に規定する『開示関係役務提供者』の範囲に含まれない場合もあり得ることから、請求の相手方となる『開示関係役務提供者』の範囲を明確化する観点から、必要に応じて、法改正によって対応を図ることを視野に入れ、具体化に向けた整理を進めていくことが適当である」と記載されているが、ログイン時情報の開示については、権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが同一の発信者によるものである場合に限るといった条件が付加されるのであるから、ログイン時情報による開示請求を受けるプロバイダーは、プロバイダー責任制限法第4条第1項の、権利の侵害に係る「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」と言えるのであって、ログイン時のIPアドレスとタイムスタンプによる開示請求で法律上の「開示関係役務提供者」の範囲に含まれない場合もあり得るとする解釈は厳格に過ぎ、この点で法改正は不要であると考える。

 また、第15ページには、「後述の新たな裁判手続の創設に関して具体的にどのような仕組みが設けられるのかといった点や、それに伴いログイン時情報に関してどのようなニーズの変化が生じるのかという点も踏まえつつ、その具体化に向けて引き続き検討を深め」とも記載されているが、どの様な手続きによろうと、発信者の特定のために必要となる情報自体に違いが出る訳はなく、この意味不明の記載は削除するべきである。

 上記の通り、省令改正によるログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプの追加に賛同するが、これは省令改正で十分であり、それに留めるべきである。

○1-(4)その他の情報
(該当箇所)第15~16ページ「1-(4)その他の情報」全体
(意見)
 現状の課題を踏まえ、現行の手続きにおいて、発信者情報の開示対象に接続先URLを追加する事は問題なく、省令改正による接続先URLの追加に賛同する。また、接続先IPアドレスが現行省令で含まれているという解釈も問題はないと考える。

○2.新たな裁判手続の創設について
○2-(1)新たな裁判手続の必要性
(該当箇所)第16~17ページ「2-(1)新たな裁判手続の必要性」
(意見)
 ここで、一般的に、損害賠償まで、コンテンツプロバイダに対する発信者情報開示、アクセスプロバイダに対する発信者情報開示請求、特定された発信者への損害賠償請求訴訟を行うという、3段階の手続きを経る必要がある事から、裁判所が発信者情報の開示の適否を判断する非訟手続きによる新たな裁判手続きの創設の検討を進める事が適当であるとしているが、これは全く不適切である。

 インターネットの仕組みを考えれば、どうやっても、コンテンツプロバイダーに対する削除要求・情報開示・ログ保全、アクセスプロバイダーに対する情報開示・ログ保全、開示侵害者に対する損害賠償請求等という様に、情報流通経路を逆に辿って行くしかないので、侵害者の情報が被侵害者にあらかじめ分かっている場合や、コンテンツプロバイダーが侵害者の情報を直接保有している様な場合を除き、何をどうやろうが、一足飛びに、前もって分かり得ない後の手続きの当事者を前の手続きに巻き込む事はできず、もしそれができたら、それは不当と言う他ない。非訟手続きによればいいなどという事も無論ない。

 権利侵害を受けた者にとって1回の裁判手続きが望ましいのはその通りであろうが、望ましい事すなわち技術的、実務的に可能であり、検討の余地があるという事ではない。その事をきちんと認識してこの部分の記載は全面的に改め、非訟手続きによる新たな裁判手続きの創設の検討を進める事は適当ではないとするべきである。

○2-(2)新たな裁判手続の制度設計における論点
(該当箇所)第17~21ページ「2-(2)新たな裁判手続の制度設計における論点」全体
(意見)
 上記2-(1)についての項目で述べた通り、この新たな裁判手続きはおよそ実現可能とは思えないが、本当に発信者情報開示のために何かしらの新しい非公開の非訟手続きを定め、一般的なチェックが効かない中で開示要件を緩めたとしたら、第18ページに記載されている様に、適法な情報発信を行う発信者の保護が十分に図られなくなり、手続が濫用される恐れが強く、第21ページに記載されている様に、発信者の保護や表現の自由の確保が十分に図られなくなる恐れが強い。この点でも、この新たな裁判手続きの検討は不適切なものであって、完全にバランスを失しているものである。

 さらに書いておくと、1回の手続きで、各プロバイダーの情報開示を可能とし、権利回復を可能とするという事は、実質的に当事者不明の匿名裁判手続きを可能とするという事に等しいが、この事については脚注23に記載されている通り、法制的に多くの検討すべき課題があるのであって、日本におけるその導入は極めて困難である。

 今回のプロバイダー責任制限法に関する検討は、2011年の「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」における検討(その「プロバイダ責任制限法検証に関する提言」https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_01000037.html参照)及び2015年の「ICT サービス安心・安全研究会」における検討(その報告書「インターネット上の個人情報・利用者情報等の流通への対応について」https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_02000184.html参照)以来のものであって、本格的な検討としては2011年の研究会以来のものであると思うが、この研究会の提言の第41ページ(第3の4(8)及び(9))で、第三者機関の創設等について、「取り扱う対象が通信の秘密といった重要な権利に関連することからすると、発信者情報の開示の当否は、通信の秘密といった重要な国民の権利に関するものであるから、このような実体的な権利を終局的に確定させる判断は(公開の法廷における対審及び判決という)訴訟手続によらなければならないと考えられ」る、匿名訴訟について、「民事訴訟法をはじめとする現行の民事手続法はそのような訴訟制度を前提としておらず、また、当該制度は訴えの提起から判決の効力までといった民事訴訟全般に関連するものであることからすると、当該訴訟制度の創設の是非に関しては、プロバイダ責任制限法においてのみ検討することができる問題ではなく、様々な立場の意見を広く検討し、訴訟制度全体の問題として検討されるべき」としている。この研究会の提言の整理は今なお妥当するものであって、今般の検討においてもこの整理を守るべきである。

 発信者情報開示に関する諸外国の状況も、この研究会の提言に記載された2011年当時のものと大きく変わるものではない。アメリカでは仮名(John Doe)裁判とそのディスカバリー手続きにおいて裁判所の強制令状(subpoena)に基づく情報開示が可能であるが、ディスカバリーなどのアメリカの特異な裁判手続きはその負担や濫用についての批判も非常に強いものであって、日本に持ち込むべきではないものである。欧州では、欧州司法裁判所が、2020年7月9日に、知的財産権執行指令の下で違法アップロードが行われたオンラインプラットフォーム運営者に権利者が要求できるのは関係するユーザの住所のみであってメールや電話番号は含まれないとする判決を出した所である事からも分かる様に、欧州全体でも、発信者情報開示については、このレベルでしか統一されておらず、今も基本的に各国法制による部分が多い。イギリスでは、裁判所のNorwich Pharmacal orderによる情報開示が可能であるが、これはそれぞれ情報を持っている者に対して訴えを提起して求めるものであって、1回の非訟手続きで各プロバイダーの情報開示を可能とする様なものではない。ドイツでは上記の欧州司法裁のケースで問題となった著作権法などとは別に2017年のネットワーク執行法(Netzwerkdurchsetzungsgesetz)によって通信メディア法(Telemediengesetz)第14条に扇動や中傷による権利侵害の場合の情報開示が規定されたが、この様なドイツの法制については今なおナチス思想を強力に取り締まっているドイツの特殊事情を考慮する必要がある事に加え、これも、裁判所への訴えにより、必要に応じて各プロバイダーに順次開示請求をする必要があるのであって、1回の非訟手続きで各プロバイダーの情報開示を可能とする様なものではない。フランスでは、2004年のデジタル経済信用法(Loi pour la confiance dans l'economie numerique)第6条等に基づき、仮処分に相当するレフェレ(refere)などにより、発信者情報開示を要求する事ができるが、これも同様に、必要に応じて順次開示請求をする必要があるのであって、1回の非訟手続きで各プロバイダーの情報開示を可能とする様なものではない。

 また、7月24日〆切で意見募集がされていた「インターネット上の誹謗中傷への対応の在り方について(案)」にも記載されていた様に、フランスで、憲法裁判所が、2020年6月18日に、オンラインヘイトスピーチ規制法の主要部分を否定している事が典型的に示しているが、欧米においては、プライバシー・個人データ、情報・表現の自由をきちんと保護しようとする動きがある事も注目されてしかるべきである。

 上記の通り、手続が濫用され、適法な情報発信を行う発信者の保護や表現の自由の確保が十分に図られなくなる恐れが強く、国際的にも極めて特異かつ異質な制度とならざるを得ないものである、この非訟手続きによる新たな裁判手続きの創設に反対する。この部分の記載は全面的に改め、非訟手続きによる新たな裁判手続きの創設の検討を進める事は適当ではないとするべきである。

○3.ログの保存に関する取扱い
(該当箇所)第21~23ページ「3.ログの保存に関する取扱い」全体
(意見)
 ここで、権利侵害か否かが争われている個々の事案に関連する特定のログを迅速に保全できるようにする仕組みの検討について記載されているが、ログの保存についても、それぞれの段階で、各プロバイダーに発信者情報消去禁止の仮処分の申立てをするしかない筈であり、これは新たな仕組みを設けるかどうかという問題でも、上記の通りバランスを欠くものとなるだろう新たな裁判手続きとの関係でどうこうという問題でもない。

 現行の手続きにおいて、ログ保存に関して、何が問題で、具体的に何をどうしようとしているのか、全く理解する事ができないこの部分の記載は全面的に改めるべきであり、ログの保存についても現行の手続きを前提に問題点を洗い直し、その迅速化に資する検討に注力するべきである。

○4.海外事業者への発信者情報開示に関する課題
(該当箇所)第23ページ「4.海外事業者への発信者情報開示に関する課題」全体
(意見)
 上記2-(2)についての項目で述べた通り、非訟手続きによる新たな裁判手続きは、何をどう検討しようが、国際的にも極めて特異かつ異質な制度とならざるを得ないものであり、海外のプロバイダーがこの様な制度に基づく決定や命令に従う可能性は万に一つもない。ここでも、新たな裁判手続の創設に関する記載は削除するべきであり、各国の法制に基づく訴え・申し立ての支援や訴状の送達の迅速化など、実効性のある方策のみを検討するとするべきである。

<第3章 今後の検討の進め方>
(該当箇所)第25~26ページ「第3章 今後の検討の進め方」全体
(意見)
 上記の通り、現行の手続きにおいて、省令改正により、発信者情報の開示対象に電話番号と接続先URLを追加し、条件つきでログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプを追加する事に賛同するが、今のところは省令改正よる改善に留めるべきであって、法改正のための法改正としか言いようがなく、濫用の恐れが非常に強く、その点で完全にバランスを失しているものである、非訟手続きに基づく新たな裁判手続きや仕組みの創設に反対する。

 今後の検討においては基本的な考え方に合った、現行のプロバイダー責任制限法の手続きの拡充や迅速化など実務的に実効性のある検討のみがなされる事を期待する。

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