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2024年9月29日 (日)

第502回:人工知能(AI)は発明者たり得ないとする2024年6月11日のドイツ最高裁判決

 2024年6月11日に、ドイツ最高裁でもAIは発明者たり得ないとする判決が出されているので、人口知能(AI)と知的財産の関係について今まで紹介して来た国際動向の補足として今回はこの判決について取り上げておきたい。

 これはAIによる発明であるという主張が行われているDABUSを発明者とする特許出願の可否が各国で裁判事件にまでなっているものの1つで、東京地裁判決について取り上げた第497回やアメリカ特許庁のガイダンスについて取り上げた第491回で書いた通り、世界の主要各国で否定されている中、これで同じくドイツでもAIが発明者となれない事が確定した事になる。

 ここで、まず、このドイツ最高裁の判決(ドイツ語)から最初の概要の部分を以下に訳出する。(以下、翻訳はいつも通り拙訳。)

a) Erfinder im Sinne von § 37 Abs. 1 PatG kann nur eine naturliche Person sein. Ein maschinelles, aus Hard- oder Software bestehendes System kann auch dann nicht als Erfinder benannt werden, wenn es uber Funktionen kunstlicher Intelligenz verfugt.

b) Die Benennung einer naturlichen Person als Erfinder ist auch dann moglich und erforderlich, wenn zum Auffinden der beanspruchten technischen Lehre ein System mit kunstlicher Intelligenz eingesetzt worden ist.

c) Die Benennung einer naturlichen Person als Erfinder im dafur vorgesehenen amtlichen Formular genugt nicht den Anforderungen aus § 37 Abs. 1 PatG, wenn zugleich beantragt wird, die Beschreibung um den Hinweis zu erganzen, die Erfindung sei durch eine kunstliche Intelligenz generiert oder geschaffen worden.

d) Die Erganzung einer hinreichend deutlichen Erfinderbenennung um die Angabe, der Erfinder habe eine naher bezeichnete kunstliche Intelligenz zur Generierung der Erfindung veranlasst, ist rechtlich unerheblich und rechtfertigt nicht die Zuruckweisung der Anmeldung nach § 42 Abs. 3 PatG.

a)ドイツ特許法第37条第1項(訳注:特許出願において発明者の名を記載しなくてはならないとする条項)の意味における発明者は自然人のみである。機械的なハードウェアまたはソフトウェアからなるシステムは、その機能として人工知能を有する場合でも、発明者として記載される事はできない。

b)自然人の発明者としての記載は、請求の技術的思想を見出す事に人工知能を備えたシステムが利用された場合でも、可能であり、必要である。

c)そのために定められた書式において自然人を発明者の1人として記載する事は、発明が人工知能により生成されたか作り出されたという注記を明細書において追加する事を同時に求める場合、ドイツ特許法第37条第1項の要件を満たすのに十分でない。

d)十分明確な発明者の記載への、発明者がそこで示された人工知能に発明の生成を促したという記載の追加は法的に取るに足らないものであり、ドイツ特許法第42条第3項(訳注:書式等の要件に違反する特許出願の拒絶に関する条項)による特許出願の拒絶の根拠とならない。

 判決の概要としてはこの部分で書かれている事で十分だと思うが、念のため書いておくと、ドイツ最高裁も、その前のドイツ特許裁判所の結論を維持し、DABUSを発明者とした儘の特許出願が認められる事はなく、最後の予備的請求として求められていた、

S. ,
der die kunstliche Intelligenz DABUS dazu veranlasst hat, die Erfindung zu generieren.

S. 、
この者が人工知能DABUSに発明を生成する事を促した。

という発明者の記載について、そこに自然人の名が書かれているのは明確で、人工知能について書かれている追記に法的な意味はないため許されるとしたのである。

 また、このドイツ最高裁の判決はその理由で、文献や他国の判決などを引用しながら、特許法における発明者は自然人のみと解されるべき事、この様な解釈は発明者がまず特許に関する権利を有する事という事と合致するという事を述べている。そして、発明に関する技術的思想を見出すためにAIが利用された場合でも自然人を発明者とする事が可能である事を述べる中で、発明における人の寄与について以下の様に書いている。

(2) Eine solche Zuordnung setzt keinen Beitrag voraus, dem eigenstandiger erfinderischer Gehalt zukommt.

Nach der standigen Rechtsprechung des Bundesgerichtshofs ist es fur die Beurteilung der Frage, ob ein die Stellung als (Mit-)Erfinder begrundender schopferischer Beitrag vorliegt, nicht erforderlich, dass dieser Beitrag einen eigenstandigen erfinderischen Gehalt aufweist. Auch ist es verfehlt, die einzelnen Merkmale des Anspruchs darauf zu untersuchen, ob sie fur sich genommen im Stand der Technik bekannt sind. Auszuscheiden sind nur solche Beitrage, die den Gesamterfolg nicht beeinflusst haben, also unwesentlich in Bezug auf die Losung sind, ferner solche, die auf Weisung eines Erfinders oder eines Dritten geschaffen wurden (vgl. nur BGH, Urteil vom 4. August 2020 - X ZR 38/19, GRUR 2020, 1186 Rn. 114 - Mitralklappenprothese).

(3) Ausgehend von diesen Grundsatzen genugt fur die Stellung als Erfinder bei einer technischen Lehre, die mit Hilfe eines Systems der kunstlichen Intelligenz aufgefunden wurde, ein menschlicher Beitrag, der den Gesamterfolg wesentlich beeinflusst hat.

Dabei kommt der im Detail umstrittenen Frage, welche Art oder Intensitat ein menschlicher Beitrag aufweisen muss, um eine solche Zuordnung zu rechtfertigen, keine ausschlaggebende Bedeutung zu. Insbesondere bedarf es keiner abschliessenden Festlegung, ob die Stellung als Hersteller, Eigentumer oder Besitzer eines solchen Systems ausreicht oder ob Handlungen mit einem engeren Bezug zu der aufgefundenen technischen Lehre erforderlich sind, etwa spezielle Masnahmen der Programmierung oder des Datentrainings, das Initiieren des Suchvorgangs, der die beanspruchte Lehre zu Tage gefordert hat, die Uberprufung und Auswahl unter mehreren vom System vorgeschlagenen Ergebnissen oder andere Tatigkeiten (vgl. zu diesen Fragen Nagerl/Neuburger/Steinbach, GRUR 2019, 336, 341; Staehelin, GRUR 2022, 1569, 1571; Kollner, Mitt. 2022, 193, 199 ff.; Meitinger, Mitt. 2020, 49, 50; Mes, PatG, 5. Aufl. 2020, § 6 Rn. 10; vgl. ferner Konertz/Schonhof, ZGE 2018, 379, 410; Hetmank/Lauber-Ronsberg, GRUR 2018, 574, 581; Meitinger, Mitt. 2017, 149 ff.; Kim, GRUR Int 2020, 443, 455; Gajeck/Scheibe, RDI 2023, 408, 413 f.).

Unabhangig davon, wie diese Fragen zu beurteilen sind, bleibt es auch beim Einsatz von Systemen mit kunstlicher Intelligenz moglich, solche menschlichen Beitrage zu identifizieren und hieraus durch rechtliche Bewertung die Stellung als Erfinder abzuleiten. Ein System, das ohne jede menschliche Vorbereitung oder Einflussnahme nach technischen Lehren sucht, gibt es nach derzeitigem wissenschaftlichem Erkenntnisstand nicht (Gajeck/Scheibe, RDI 2023, 408, 410; Dornis, GRUR Patent 2023, 14 Rn. 12 f.; Gartner, GRUR 2022, 207; Shemtov, A study on inventorship in inventions involving AI activity, Februar 2019, S. 9 f., abrufbar unter https://beck-link.de/zv4nb).

...

Wie oben dargelegt wurde, steht der Umstand, dass ein System der kunstlichen Intelligenz einen wesentlichen Beitrag zum Auffinden einer technischen Lehre erbracht hat, nicht in Widerspruch zu der Annahme, dass es mindestens eine naturliche Person gibt, die aufgrund des von ihr geleisteten Beitrags als Erfinder anzusehen ist. Vor diesem Hintergrund ist dem Anmelder moglich und zuzumuten, (mindestens) einen Erfinder auch dann zu benennen, wenn aus seiner Sicht ein System der kunstlichen Intelligenz den hauptsachlichen Beitrag geleistet hat.

(2)この様な帰属は独立した発明の形となっている寄与を前提としていない。

確立されているドイツ最高裁の判例において、(共同)発明者の地位の根拠となる創作的寄与があるかという事の判断に対し、この寄与が独立した発明の形を備えている事は必要とされない。請求項の個々の特徴について、それが従来技術から取られたものかどうかを追求する事もない。その寄与が全体的な成功に影響していないか、その解決との関係で本質的でないものである時に、それは除かれ、さらに、ある発明者又は第三者の指示によって作りだされたものである時にもそうである(2020年8月4日のドイツ最高裁人工僧帽弁事件判決参照)。

(3)この原理から、人工知能システムの助けを受けて見出した技術的思想において発明者の地位を認めるには、全体的な成功に影響する人の寄与があれば十分である。

ここで、様々に議論されている論点、人の寄与がどのようなやり方又は大きさを備えていなければならないかという事は、この様な帰属を認める上で、決定的な重要性を持たない。特に、この様なシステムの製造者又は所有者の地位で十分であるかについてや、プログラム又はデータの学習における何か特別な手段、請求の思想を明るみに出す探求プロセスの起動、システムが提案する複数の結果の下での調査及び選択又は他の行動など、見出された技術的思想と緊密な関係を有する行いが必要であるかについて最終的な認定が必要となる事はない(この論点について各文献参照(訳注:上記原文参照))。

これらの論点についてどの様に判断するかとは無関係に、人工知能を有するシステムの利用においても、この様な人の寄与を特定し、そこから法的な評価によって発明者としての地位を導き出す事は変わらず可能である。如何なる人の準備又は影響もなく技術的思想を探求するシステムは、現時点の研究の知見において存在していない(各文献参照(訳注:上記原文参照))。

(略)

上記の通り、人工知能システムが技術的思想を見出す事において重要な寄与をしたという状況は、その者がなした寄与に基づいて発明者と見られるべき自然人が少なくともいるという事を認める事に反するものではない。この様な事に基づき、出願人において、その視点から見て人工知能システムが主要な寄与をなした場合であっても、推定し、(少なくとも)発明者を記載する事は可能である。

 ここで書かれている事は特許法における既存の(共同)発明者の寄与に関する判断のやり方を人工知能を利用した場合にも適用するというものであって、他の国と軌を一にしており、このドイツ判決において際立って何か新しい事が示されているという事はない。

 しかし、今現在のAI技術を考える限り、現実に存在している何らかの技術的課題を解決するために行われる、技術的思想の創作である発明においては、その様な発明を全体として成り立たせる自然人の寄与は必ず存在しており、その自然人が発明者となり得るという考えをはっきり示している点は興味深い。発明に対する寄与を考える時に発明の個々の要素のみに拘泥するのが間違いであるのはその通りであって、人工知能とされる技術が発展しているとしても、なお完全に自律的に発明をする機械が現時点で存在してない以上、この様に、今現在の全ての特許出願において自然人の発明者の存在を導く事が可能と見るのは妥当な事だろう。

 第497回で書いた通り、私自身は、AIを利用した場合の発明について、自然人による創作と言えるほど人が十分寄与した時に特許を受けられるとする現行特許法の解釈による対応で十分だろうと今も考えている。このドイツ最高裁の判決でも言われている様に、現在のAI技術の水準では、実際の発明を対象とする特許出願において人の発明者が全くいない様な場合は考え難く、実務的には出願書類にその者を発明者として書けば良いと思えるのである。

 以前から書いている通りだが、完全に自律的に発明をするAIが本当に現実のものとなったら、その時必要となるのはもはや、AIによる発明を立法により短期間保護すべきかどうかといった些末な議論ではなく、人間の創作の保護を通じたその促進を中心として発展して来た知的財産法全体のあり方に関し、その存否そのものを問う大議論であろうと私は考えている。

 なお、DABUSプロジェクトを主導する出願人のS.ターラー氏が自身(判決上は一応匿名処理がされているが同氏なのは自明だろう)を発明者とする予備的請求をドイツで提出した理由は良く分からないが、AI自体を発明者として認めさせる事、そのための議論を惹起する事を主たる目的として各国に出願をして裁判までしているだろう事を考えると、発明者欄におけるAIを使ったとの追記は法的に取るに足らず実質的に無視できるとドイツ最高裁に言われた事は同氏にとっては不本意なものだったのかも知れない。ただ、特許出願においてこの様に実質的に発明をしたと見られる自然人を発明者として書けば、その後の審査等の手続きは通常通り行われるのであって、今の所実務的にそれで困る事はない筈である。

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2024年9月 1日 (日)

第501回:人口知能(AI)によるデジタルレプリカ(ディープフェイク)に関するアメリカ著作権局の報告書

 先月末、7月31日にアメリカ著作権局が人口知能(AI)による報告書の第1部として、デジタルレプリカに関する報告書を出しているので、今回はこの報告書について取り上げる。

 この報告書第1部(pdf)は、米著作権局のリリースに、幾つかのパートに分かれて出されるものの第1部であって、AIと著作権法の関係に関する主たる問題である、生成AIによって生成されたマテリアルの著作物性、著作物に基づいて行われるAI学習の法的評価、ライセンスの考慮、あり得る責任の所在といった事項は全て次のパート以降に持ち越しとなっている。

 日本ではそれほど使われていない様に思うが、この報告書で言う所のデジタルレプリカとは、「Ⅰ イントロダクション」の第2ページで、

This Report uses the term "digital replica" to refer to a video, image, or audio recording that has been digitally created or manipulated to realistically but falsely depict an individual. A "digital replica" may be authorized or unauthorized and can be produced by any type of digital technology, not just AI. The terms "digital replicas" and "deepfakes" are used here interchangeably.

本報告書では、「デジタルレプリカ」という用語は、リアルだが偽って個人を描き出す様にデジタル的に作られたか操作されたものである動画、画像又は音声レコーディングの事を指す。「デジタルレプリカ」は許諾を受けている事もあれば許諾を受けていない事もあり、AIだけでなくあらゆるタイプのデジタル技術によって作り出され得る。デジタル用語の「デジタルレプリカ」と「ディープフェイク」はここで交換可能なものとして使われる。

と書かれている通り、実質的に個人を対象としてリアルに作られた偽情報を意味しており、日本でもそのまま使われている語としてはディープフェイクとほぼ同じ意味と考えて良いものである。

 話としては少し前後するが、この様にディープフェイク、偽情報対策を主眼に置いている事から、この報告書と著作権法との関係は必然的に薄くなっている。この点については、各法との関係を記載している部分の第17ページで、

Copyright protects original works of authorship, including the material - photographs or audio or video recordings - from which a digital replica might be constructed. The Copyright Act provides copyright owners with a bundle of exclusive rights, including the rights to reproduce a work and to prepare derivative works.

Digital replicas that are produced by ingesting copies of preexisting copyrighted works, or by altering them - such as superimposing someone's face onto an audiovisual work or simulating their voice singing the lyrics of a musical work - may implicate those exclusive rights. If the depicted individual is an owner of the copyrighted work, he or she could have a copyright claim for infringement of the work as a whole. Copyright does not, however, protect an individual's identity in itself, even when incorporated into a work of authorship. A replica of their image or voice alone would not constitute copyright infringement.

著作権は、デジタルレプリカががそこから作られ得るであろうマテリアル-写真、音声又は動画のレコーディングなど-を含む、著作者による独創的な著作物を保護するものである。著作権法は、著作権者が著作物を複製し、派生著作物を用意する権利を含む権利の束を持つ事を規定している。

既存の著作物のコピーを取り込むか、-ある者の顔を映像作品に入れ込む、その声に音楽作品の歌詞を歌わせる様にシミュレートするなど-それを作り変えるかする事によって事によって作り出されるデジタルレプリカは、この排他的権利と関係し得るものである。もし描き出された個人が著作物の権利者であれば、彼又は彼女はその著作物全体の侵害に対して著作権に基づく主張をし得るであろう。しかしながら、著作権は、それが著作者による著作物に化体している場合でも、個人のアイデンティティそれ自体を守るものではない。その画像又は声のレプリカだけでは著作権侵害を構成しないであろう。

と書かれている通りであって、著作権はあくまで創作的表現を守るものであって個人のアイデンティティそれ自体を守るものではないのである。

 さらに、著作権との関係については、第53ページからの「Ⅲ 芸術的スタイルの保護」で書かれている事もあるが、ここでも、その後半の第54~55ページで、

The Office acknowledges the seriousness of these concerns and believes that appropriate remedies should be available for this type of harm.

Copyright law's application in this area is limited, as it does not protect artistic style as a separate element of a work. As noted by several commenters, copyright protection for style would be inconsistent with section 102(b)'s idea/expression dichotomy. Moreover, in most cases the elements of an artist's style cannot easily be delineated and defined separately from a particular underlying work. Google and EFF both stressed that, as a policy matter, stylistic aspects of expressive content should remain freely available for later creators to develop and build on.

The Copyright Act may, however, provide a remedy where the output of an "in the style of" request ends up replicating not just the artist's style but protectible elements of a particular work. Additionally, as future Parts of this Report will discuss, there may be situations where the use of an artist's own works to train AI systems to produce material imitating their style can support an infringement claim.

Numerous commenters pointed out that meaningful protections against imitations of style may be found in other legal frameworks, including the Lanham Act's prohibitions on passing off and unfair competition. In its comments, the FTC stated:

[M]imicking the creator's writing style ... may also constitute an unfair method of competition or an unfair or deceptive practice, especially when the copyright violation deceives consumers, exploits a creator's reputation or diminishes the value of her existing or future works, reveals private information, or otherwise causes substantial injury to consumers.

著作権局は、これらの懸念の深刻さを認め、その適切な救済措置がこの種の害に対して入手可能とされるべきであると考える。

それが芸術的なスタイルを著作物から分離される要素として保護をしていない以上、この分野における著作権法の適用は限られている。何人かの意見で言われている通り、スタイルに対する著作権の保護は、アメリカ著作権法第102条(b)のアイデア/表現二分論と合致しないであろう。さらに、ほとんどの場合において、芸術家のスタイルの要素は、元の特定の著作物から分けて簡単に線引きし、分離する事はできない。グーグルとEFFはともに、政策的事項として、表現物のスタイル的な面は後の創作者が発展させ、積み上げていけるよう自由に利用可能な儘とされるべきと強調している。

しかしながら、著作権法はスタイルにおける要求の結果が芸術家のスタイルだけではなく特定の著作物の保護され得る要素も複製するに至った場合の救済措置を提供している。また、この報告書の将来の部分で検討する予定であるが、そのスタイルを真似るマテリアルを作り出すためにAIシステムを訓練するための芸術家の自身の著作物の利用が、侵害主張の支えとなる状況はあり得るであろう。

多くの意見で、スタイルの模倣に対する有意な保護は、パッシングオフ(詐称通用)及び不正競争に対するランハム法の禁止を含む他の法的枠組みに見つかると指摘されている。その意見において、連邦取引委員会は以下の様に述べている:

創作者の文体の真似も…特に、著作権侵害が消費者を騙すか、創作者の評判を利用するか、その既存の又は将来の著作物の価値を損なうか、個人情報を晒すか、その他消費者に対して実質的な害をなすかする場合に、競争における不公正な方法、不公正な又は欺瞞的な行為を構成し得る。

と、アイデア表現二分論から、表現とは分離された要素としてのスタイル(画風や文体など)に著作権法の保護は原則及ばないという極当たり前の事が書かれ、表現として保護され得る様な状況については今後の報告書で書く予定としているのである。

(ここで詳細に論じる事はしないが、アイデア表現二分論とは、著作権法で守られるのは著作物における表現であって、そこに含まれるアイデアには著作権法の保護は及ばないとする考え方の事である。アメリカ著作権法第102条(b)の様にわざわざそのための明文の規定があるといった事はないが、これは著作権法の世界における基本的な考え方の1つであって、日本の著作権法でも同様に通用する。なお、日本におけるAIと著作権法の関係整理については第492回参照。)

 それでは何が書かれているかというと、上で翻訳した部分でも他の法律について少し書かれているが、要するに、第8ページからの「Ⅱ 許諾を得ていないデジタルレプリカに対する保護」の「A.既存の法的枠組み」で、以下の様に、アメリカのコモンロー、州法、連邦法でデジタルレプリカ又はディープフェイクに適用可能なものをあげ、全て一長一短ある事から、統一的な連邦法の制定による対応が望ましいという事が言われているのである。

  1. 各州のコモンロー及び州法(第8ページ~)
    a)プライバシーの権利(第8ページ~、日本では通常個人がその私生活に干渉されない事を言うと思うが、アメリカでは偽情報の流布による個人の評判に対する重大な危害に対する保護も含まれる)
    b)パブリシティの権利(第10ページ~、日本と同様、アメリカでもパブリシティ権は著名な者に対してその名称等の商業的な利用を保護する)
    c)デジタルレプリカに対する州による新規制(第15ページ~、テネシー州、ルイジアナ州、ニューヨーク州の新法を紹介)
  2. 連邦法(第16ページ~)
    a)著作権法(第17ページ~、ただし、上で訳出した通り、デジタルレプリカと著作権法の関係は薄い)
    b)連邦取引委員会法(第17ページ~、当然の事だが、AI技術の反競争的な利用に対しては競争法の適用が考えられる)
    c)ランハム法(第19ページ~、ランハム法とは商標法の事だが、これは一部日本で言う所の不正競争防止法的側面を含み、登録商標に基づく商標権侵害だけでなく一般的に偽の表示による出所の混同なども規制している)
    d)通信法(第20ページ~、消費者を対象とする電話を規制している電話消費者保護法の適用が考えられる)
  3. 私的取り決め(第21ページ~、私人間のその名前等の利用に関する契約もあり得る)

 そして、その後の「B.連邦立法の必要性」で、各州のコモンローや州法の規定や解釈にはばらつきがある事、アメリカの国会でも幾つかの法案が提出される等しているが、その内容にかなりの差異があり、議論はまだ煮詰まっていない事、新しい法律における権利の考慮要素としてa)規制対象、b)保護を受ける者、c)保護期間、d)侵害となる行為((i)商業的利用に限られるか、(ⅱ)知っている事を必要とするか、(ⅲ)2次的責任(間接侵害)についてどの様に整理するか)、e)ライセンスや譲渡についてどうするか((ⅰ)期間について、(ⅱ)インフォームドコンセントについて(ⅲ)未成年との契約について)、f)アメリカ憲法修正第1条(表現の自由)に基づく懸念についてどの様に整理するか、g)救済措置、f)連邦法の優先(連邦法と矛盾する州法を無効とする法理)がある事をあげ、最後に第57ページの結論で、以下の通り締め括っている。

The Copyright Office agrees with the numerous commenters that have asserted an urgent need for new protection at the federal level. The widespread availability of generative AI tools that make it easy to create digital replicas of individuals' images and voices has highlighted gaps in existing laws and raised concerns about the harms that can be inflicted by unauthorized uses.

We recommend that Congress establish a federal right that protects all individuals during their lifetimes from the knowing distribution of unauthorized digital replicas. The right should be licensable, subject to guardrails, but not assignable, with effective remedies including monetary damages and injunctive relief. Traditional rules of secondary liability should apply, but with an appropriately conditioned safe harbor for OSPs. The law should contain explicit First Amendment accommodations. Finally, in recognition of well-developed state rights of publicity, we recommend against full preemption of state laws.

The Office remains available as a resource to Congress, the courts, and the executive branch in considering the recommendations in this Report and future developments.

著作権局は、連邦レベルでの新たな保護が喫緊で必要である事を主張する多くの意見提出者に同意する。広く利用可能となっている、個人の画像と動画のデジタルレプリカを容易に作る事ができる生成AIツールは、既存の法律と許諾を得ていない利用によって加えられ得る害について持ち上がっている懸念の間のギャップを浮き彫りにしている。

私たちは、許諾を得ていないデジタルレプリカのそうと知っての頒布から全ての個人をその生涯を通じて守る権利を議会が確立する事を推奨する。この権利はガードレール内でライセンス可能であるが、譲渡不可能であり、金銭的損害賠償と差し止めを含む有効な救済措置を伴うべきでる。2次的責任に関する伝統的な規則が適用されるべきであるが、オンラインサービスプロバイダーに対する適切に条件が設けられたセーフハーバーを伴うべきである。法は憲法修正第1条との明文の調整規定を含むべきである。最後に、十分発展している各州のパブリシティの権利を認め、私たちは州法に対する連邦法の完全な優先に反対の立場を取る事を勧める。

著作権局は、本報告書における推奨及び将来的な展開を考慮するに際し、議会、裁判所、行政機関に対してリソースとしてさらに利用可能である。

 上でも書いた通り、この米著作権局の報告書は、著作権法との関係は薄く、各州におけるコモンローや州法といったものがなくパブリシティ権等も最高裁の判例によって認めらている日本との関係で直ちに参考になるといったものではないが、デジタルレプリカ(ディープフェイク)に対する個人の保護に関するアメリカにおける現在の議論を簡潔に分かり易くにまとめたものとして非常に興味深いものである。この様な著作権法以外の法律を中心として立法に関してもかなり踏み込んだ見解が報告書が先にまとめられた背景には、米著作権局のパブリックコメントで著作権法以外の法律との関係が主として問題となるデジタルレプリカに対する懸念が多く提起されていた事、著作権局が議会の付属機関である事もあるだろう。

 また、最近のアメリカにおけるAI規制に関する動きとしては、日本でも報道されている様に(時事通信の記事や、朝日新聞の記事参照)、8月末にカリフォルニア州の議会を通過し、今現在州知事の署名を待つ状態になっている、1億ドル以上の開発費のAIモデルに対して安全対策を課すものであるカリフォルニア州法の先端人口知能モデルのための安全安心なイノベーション法がある。

 この儘知事の署名を得て成立し、IT企業が集中するカリフォルニア州の州法として一定の影響を与えて行く事になるかも知れないが、この州法のレベルでも賛否両論が吹き出している事には大いに留意すべきだろう。

 どこの国においてもAIに関する問題として本当に中心として議論すべきは、なぜか真っ先に取沙汰されがちな知的財産法、著作権法との関係ではなく、この様な偽情報対策だろうと私は常に思っている。ただ、上の米著作権局の報告書からも連邦レベルでの議論はアメリカでもまだ十分に煮詰まってない事が見て取れ、今年はアメリカの選挙年でもあり、本当の意味で国としてのアメリカのAI規制論の方向性がはっきりと出て来るのはもう少し先の事になるのではないかと私は見ている。

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