第497回:日本においても人口知能(AI)は発明者たり得ない事を確認する2024年5月16日の東京地裁判決
このブログでは個別の事件の判決を取り上げる事はあまりしていないのだが、先週5月16日に東京地裁が出した人工知能(AI)を用いた特許出願に関する判決は、非常にタイムリーかつ今後のAIと知的財産に関する政策的議論にもある程度の影響を及ぼし得る内容を含んでいると思うので、ここで取り上げておきたいと思う。
東京地裁の判決(pdf)に事件の経緯が書かれているが、問題となったのはDABUS(ダバス)というAIシステムを発明者としてあげた国際特許出願に対応する日本国内の特許出願であり、特許庁はこれを発明者に自然人が記載されていない事を理由として却下したのに対し、出願人側がその取消しを求めて出訴したものであり、単純明快に「特許法にいう『発明』とは、自然人によるものに限られるかどうか」が争点になっている。
この争点について、裁判所は判決の「第4 当裁判所の判断」で以下の様に書き、日本においても、発明者は自然人に限られ、AIは発明者たり得ない事を明確に確認している。
1 我が国における「発明者」という概念
知的財産基本法2条1項は、「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいうと規定している。
上記の規定によれば、同法に規定する「発明」とは、人間の創造的活動により生み出されるものの例示として定義されていることからすると、知的財産基本法は、特許その他の知的財産の創造等に関する基本となる事項として、発明とは、自然人により生み出されるものと規定していると解するのが相当である。
そして、特許法についてみると、発明者の表示については、同法36条1項2号が、発明者の氏名を記載しなければならない旨規定するのに対し、特許出願人の表示については、同項1号が、特許出願人の氏名又は名称を記載しなければならない旨規定していることからすれば、上記にいう氏名とは、文字どおり、自然人の氏名をいうものであり、上記の規定は、発明者が自然人であることを当然の前提とするものといえる。また、特許法66条は、特許権は設定の登録により発生する旨規定しているところ、同法29条1項は、発明をした者は、その発明について特許を受けることができる旨規定している。そうすると、AIは、法人格を有するものではないから、上記にいう「発明をした者」は、特許を受ける権利の帰属主体にはなり得ないAIではなく、自然人をいうものと解するのが相当である。
他方、特許法に規定する「発明者」にAIが含まれると解した場合には、AI発明をしたAI又はAI発明のソースコードその他のソフトウェアに関する権利者、AI発明を出力等するハードウェアに関する権利者又はこれを排他的に管理する者その他のAI発明に関係している者のうち、いずれの者を発明者とすべきかという点につき、およそ法令上の根拠を欠くことになる。のみならず、特許法29条2項は、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、進歩性を欠くものとして、その発明については特許を受けることができない旨規定する。しかしながら、自然人の創作能力と、今後更に進化するAIの自律的創作能力が、直ちに同一であると判断するのは困難であるから、自然人が想定されていた「当業者」という概念を、直ちにAIにも適用するのは相当ではない。さらに、AIの自律的創作能力と、自然人の創作能力との相違に鑑みると、AI発明に係る権利の存続期間は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえた産業政策上の観点から、現行特許法による存続期間とは異なるものと制度設計する余地も、十分にあり得るものといえる。
このような観点からすれば、AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みの在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方とみるのが相当である。グローバルな観点からみても、発明概念に係る各国の法制度及び具体的規定の相違はあるものの、各国の特許法にいう「発明者」に直ちにAIが含まれると解するに慎重な国が多いことは、当審提出に係る証拠及び弁論の全趣旨によれば、明らかである。
これらの事情を総合考慮すれば、特許法に規定する「発明者」は、自然人に限られるものと解するのが相当である。
したがって、特許法184条の5第1項2号の規定にかかわらず、原告が発明者として「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載して、発明者の氏名を記載しなかったことにつき、原処分庁が同条の5第2項3号に基づき補正を命じた上、同条の5第3項の規定に基づき本件処分をしたことは、適法であると認めるのが相当である。
わざわざ知的財産基本法まで持ち出さなくても良かったのではないかと思うが、ここで書かれている特許法の解釈にほとんどつけ加える事はなく、この様に、日本の司法判断でも、発明者は自然人に限られ、AIは発明者たり得ない事が初めて明確に示された事は1つ大きな意味を持つだろう。
そして、もう1つ、判決の上の部分に加えて最後の部分でも「まずは我が国で立法論としてAI発明に関する検討を行って可及的速やかにその結論を得ることが、AI発明に関する産業政策上の重要性に鑑み、特に期待されているものであることを、最後に改めて付言する」と書かれている通り、裁判所が立法論の期待にまで踏み込んだ付言をしているという事も、今後の政策的議論に微妙な影響を与えて行くのではないかと思える。
確かに、この様にAIと特許法の関係に関する国民的議論を促す事が間違っているという事はなく、法改正を含む今後の議論を頭から否定するべきでもないだろうが、この判決の、「AIの自律的創作能力」と「自然人の創作能力」を別に観念し、進歩性判断における当業者概念も別に考え、AI発明に期間等の異なる保護を与えるという案は書き過ぎではないかと私は思う。ここで今まで書いて来た事の繰り返しになるが、現時点のAI技術のレベルを考えた時に、AIを利用した場合の発明について、自然人による創作と言えるほど人が十分寄与した時に特許を受けられるとする現行法の解釈による対応で十分であって、創作保護法の面からAI生成物に何らかの保護を与える事については、余計な社会的混乱をもたらすだけではないかと、私自身は極めて懐疑的かつ否定的である。(現行法の解釈については、第495回で取り上げた知財本部の報告書案とその説明参照。)
現時点のAI技術のレベルから考えて私は非常に懐疑的だが、将来的に技術がどこまで発展するかは分からない。ただ、本当に自然人と同レベルで保護に値する独創性を有する創作がAIによって自発的になされる未来が来るとしたら、その時なされるべきは、AI発明に短期間の保護を与えるべきかどうかといった様な枝葉末節の議論ではなく、人間の創作の保護を通じたその促進を中心として発展して来た知的財産法全体のあり方に関し、その存否そのものを問う大議論だろう。
最後に、第491回のAIは発明者たり得ないとするアメリカ特許庁のガイダンスの紹介のついでに書いた通りだが、DABUSを用いた国際的な特許出願を巡る状況について補足しておくと、実質的に特許の審査をしていない南アフリカにおける特許登録を唯一の例外として、アメリカ、イギリス、欧州特許庁、ドイツ、オーストラリア、韓国などあらゆるほぼ全ての国又は機関の裁判所レベルで拒絶が支持されているという状況に何ら変わりはない。
この地裁判決に書かれている事によれば、原告が欧州特許庁の審決の記載の一部を抜き出して自身の主張に使った様だが、欧州特許条約(EPC)の様な日本が加盟していない条約における判断が日本の国内法の解釈に関係しないのは判決の通りである事に加え、その事を措くとしても、2つの対応欧州特許出願に対する2021年12月21日の欧州特許庁の審決1と審決2で言われている事は、その要旨又は主請求に対する答えとして以下の様に書かれている通り、あくまで欧州条約における発明者は自然人に限られるという事であり、この審決で欧州特許庁における最高裁に相当する拡大審判廷への質問付託も否定されているので、AI発明が欧州特許庁で特許され得る余地はないと言って良いのである。(以下、いつも通り翻訳は拙訳。)
4.3.1 The main request is not allowable because the designation of the inventor does not comply with Article 81, first sentence, EPC. Under the EPC the designated inventor has to be a person with legal capacity. This is not merely an assumption on which the EPC was drafted. It is the ordinary meaning of the term inventor (see, for instance, Oxford Dictionary of English: "a person who invented a particular process or device or who invents things as an occupation"; Collins Dictionary of the English language: "a person who invents, esp. as a profession").
...
4.3.1 本件における発明者の指定はEPC第81条第一文(訳注:欧州特許出願は発明者を指定しなければならないとする規定)に合致しないから、主請求は認められない。EPCの下で、指定された発明者は法的能力を持つ人である。この事はEPCが起草された時の想定のみによるものではない。これは発明者という用語の通常の意味である(例えば、オックスフォード英語辞典参照:「特定のプロセス又は機器を発明したか、職業として発明する人」;コリンズ英語辞書「発明する人、特に職業として発明する人」)。
(略)
欧州特許庁の審決は、副請求と反論に対する答えの部分でも、以下の通り、発明の定義のない欧州特許条約において発明のプロセスそのものが問題とならない事から、AIによる発明に関して一部の条文の解釈に議論の余地が多少あり得るとしても、結局、特許を受ける権利の承継はあり得ず、特許は受けられないと明確に述べている。世界の判決で他に拠り所はなかったのだろうが、ここから一部だけを抜き出してAI発明が欧州特許庁で特許され得る考えがあるかの様に敷衍するのは非常に恣意的かつ偏った見方ではないかと思う。
4.4.1 The auxiliary request relies on the argument that Article 81, first sentence, EPC does not apply where the application does not relate to a human-made invention. The Board agrees with this approach. The provisions concerning the designation were drafted to confer specific rights on the inventor. It is arguable that where no human inventor can be identified, then the ratio legis of Article 81, first sentence, EPC does not apply.
Where inventor and applicant differ, however, a statement on the origin of the right to the European patent is necessary under Article 81, second sentence, EPC. This provision remains applicable whether an invention was made by a person or by a device.
4.4.2 According to the statement accompanying the auxiliary request, the appellant has derived the right to the European patent as owner and creator of the machine. This statement does not bring the appellant within the scope of Article 60(1) EPC. Indeed, it does not refer to a legal situation or transaction which would have made him successor in title of an inventor within the meaning of the EPC. For this reason, the auxiliary request does not comply with Article 81, second
sentence, EPC in conjunction with Article 60(1) EPC, and is not allowable....
4. 6. 2 Firstly, under Article 52(1) EPC any invention which is novel, industrially applicable and involves an inventive step is patentable. The appellant has argued that the scope of this provision is not limited to human-made inventions. The Board agrees. How the invention was made apparently plays no role in the
European patent system. ... Therefore, it is arguable that AI-generated inventions too are patentable under Article 52(1) EPC. If national courts were to follow this interpretation, the scope of Article 52(1) EPC and Article 60(1) EPC would not be coextensive: there would be inventions patentable under Article 52(1) EPC, for which no right to a patent is provided under Article 60(1) EPC....
4.4.1 副請求は、EPC第81条の第一文は出願が人間により作られた発明に関係しない場合に適用されないとする主張に基づいている。審判廷はこのアプローチに同意する。指定に関する規定は特別な権利を発明者に与えるよう起草された。人間の発明者が特定できない場合に、EPC第81条第一文の法の趣旨が適用されないとする事は議論の余地がある。しかしながら、発明者と出願人が異なる場合、欧州特許を受ける権利の由来に関する文書がEPC第81条第2文により必要とされる。この規定は発明が人間によりなされたものであるか機器によってなされたものであるかのいずれでも適用の余地がある。
4.4.2 副請求に伴う文書によれば、請求人は機械の所有者又は創造者として欧州特許に対する権利をそこから受けたという。この文書は請求人をEPC第60条第1項(訳注:職務発明の場合に各国法に基づき特許を受ける権利を雇用者に承継させる事ができるとする規定)の対象とするものではない。実際、それはEPCの意味における発明者の名において請求人を承継者とする様な法的状況又は取引を述べていない。この理由により、EPC第60条第1項と合わせて考えた時、副請求はEPC第81条第2文と合致するものではなく、認められない。
(略)
4.6.2 第一に、EPC第52条第1項の下で、新規で、産業的利用可能性があり、進歩性を有する発明は特許を受ける事ができる。請求人にはこの規定の範囲は人間によりなされた発明に限定されないと主張する。審判廷は同意する。発明がどの様になされたかは明らかに欧州特許制度の中で何の役割も持たない。(略)したがって、AI生成発明がEPC第52条第1項の下で特許を受けられる事は議論の余地がある。たとえ各国裁判所がこの解釈によったとしても、EPC第52条第1項及びEPC第60条第1項はともに成り立つものではないであろう。つまり、EPC第52条第1項の下で特許を受けられる発明があったとしても、それに対してEPC第60条第1項の下で特許を受ける権利が与えられる事はない。
(略)
今回の地裁判決を受けてAIと知的財産の関係について様々な観点から日本国内でもさらに議論が深められるのは悪い事ではない。報道によると、今回の東京地裁の判決に対して原告側はさらに控訴を考えている様であり、控訴されたら知財高裁がどの様な判断を示すのかまた注目して行きたいと思っている。
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