第495回:知財本部・AI時代の知的財産権検討会の中間とりまとめ案(著作権以外の知的財産権と人工知能(AI)の関係について)
先週4月22日に知財本部でAI時代の知的財産権検討会の第7回が開かれ、中間とりまとめ案が公開された。この後はもう大きな修正は入らないだろうと思うので、このタイミングでその内容を見ておきたいと思う。
この中間とりまとめ案(pdf)は一応著作権も含むが、著作権に関する部分は実質的に文化庁の著作権分科会・法制度小委員会の報告書「AIと著作権に関する考え方について」をそのまま引いたものとなっているので、ここではその部分は省略し、それ以外の知的財産権と人工知能(AI)の関係について書かれた結論の部分を取り上げる。(文化庁の報告書については第492回参照。)
著作権以外の知的財産権との関係をまとめているのは「Ⅲ.生成AIと知財をめぐる懸念・リスクへの対応等について」の「2.法的ルール②(著作権法以外の知的財産法との関係)」であり、その「(3)生成AIと意匠法(意匠権)との関係」(第21ページ~)のイで、まず、意匠との関係について以下の様に書かれている。
イ 生成AIに係る各段階における意匠法の適用
生成AIと意匠権について、現行の制度を踏まえると、以下の帰結や検討課題が考えられる。
(ア)学習段階
他人の登録意匠またはそれと類似する意匠(以下「登録意匠等」という。)が含まれるデータをAIに学習させる行為(学習段階)については、登録意匠等に係る画像であっても、AI学習用データとしての利用は、「意匠に係る画像」の作成や使用等には当たらず、意匠法2条2項に定める「実施」に該当しないと考えられるため、意匠権の効力が及ぶ行為に該当しないと考えられる。そもそも意匠法は設定登録により一定期間独占的に権利を実施することができる代わりに、登録公報にその内容を掲載し、広く参照されることで更なる意匠の創作を奨励し、産業の発達に寄与することを目的としているため、更なる意匠の創作に向けて登録意匠等をAIに学習させることに意匠権の効力が及ばないことは、当該目的とも整合的である。
(イ)生成・利用段階
AI生成物に他人の登録意匠等が含まれ、それを利用する行為(生成・利用段階)については、権利侵害の要件として依拠性は不要であり、また、類似性判断について、AI特有の考慮要素は想定し難いため、AI生成物に関する権利侵害の判断は、従来の意匠権侵害の判断と同様であると考えられる。すなわち、登録意匠とAI生成物との比較を行い、物品の用途及び機能の共通性を基準として物品が同一又は類似と評価でき、かつ、取引者・需要者の注意を最も惹きやすい部分において構成態様を共通にしており、形態が同一又は類似と評価できるか否かで判断を行うことになると考えられる。
(ウ)AI生成物の意匠法による保護
意匠法3条1項1号は「工業上利用することができる意匠の創作をした者は、・・・その意匠について意匠登録を受けることができる。」と規定しており、意匠法6条1項2号は「意匠の創作をした者の氏名及び住所又は居所」を願書に記載することを求めている。意匠法6条1項1号が「出願人」について「氏名又は名称及び住所又は居所」と規定していることと対比すれば、意匠法は、工業上利用することができる意匠を自然人が創作することを前提としていると考えられる。また、意匠法15条2項では特許法33条1項を準用し、意匠登録を受ける権利は移転することができる旨規定されており、出願前であっても権利移転することができる権利能力を有する自然人であることを予定しているものである。
また、裁判例によれば、意匠登録を受ける権利を有する創作者とは、「意匠の創作に実質的に関与した者」をいうとされており、したがって、自然人がAIを道具として用いて意匠の創作に実質的に関与をしたと認められる場合には、AIを使って生成した物であっても保護され得ると考えられる。いかなる場合に「自然人が意匠の創作に実質的に関与」したと言えるかどうかについては、関連の裁判例のほか、上述した著作権法におけるAI生成物の保護に関する議論(具体的には、上記「1.法的ルール①(著作権法との関係)」(3)ウ)が参考になるものと思われる。(以下略)
次に、「(4)生成AIと商標法(商標権)との関係」(第26ページ~)のイで、商標との関係について以下の様にまとめられている。
イ 生成AIに係る各段階における商標法の適用
生成AIと商標権について、現行の制度を踏まえると、以下の帰結が考えられる。
(ア)学習段階
他人の登録商標またはそれと類似する商標(以下「登録商標等」という。)が含まれるデータをAIに学習させる行為(学習段階)については、登録商標等であっても、AI学習用データとしての利用は、商標権の効力が及ぶ指定商品・役務についての使用に該当しないとして、商標権の効力が及ぶ行為に該当しないと考えられる。
(イ)生成・利用段階
AI生成物に他人の登録商標等が含まれ、それを利用する行為(生成・利用段階)については、権利侵害の要件として依拠性は不要であり、また、類似性判断について、AI特有の考慮要素は想定し難いため、AI生成物に関する権利侵害の判断は、従来の商標権侵害の判断と同様に、商品・役務の同一・類似性及び商標の同一・類似性により判断を行うことになると考えられる。すなわち、商品・役務の類似性については、それぞれの商品・役務について同一・類似の商標が使用された場合に同一営業主の製造、販売又は提供に係る商品・役務と誤認されるおそれがあるか否かで判断を行い、商標の類似性については、登録商標とAI生成物が同一又は類似の商品・役務に使用された場合に、両者の外観、称呼又は観念等によって需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察し、具体的な取引状況に基づいて、需要者に出所混同のおそれを生ずるか否かで判断を行うことになると考えられる。
(ウ)AI生成物の商標法による保護
商標法は、商標を使用する者の業務上の信用の維持と需要者の利益の保護を目的としており、自然人の創作物の保護を目的とするものではない。そのため、当該商標が自然人により創作されたものか、AIにより生成されたものかに関わらず、商標法3条及び4条等に規定された拒絶理由に該当しない限り商標登録を受けることができる。したがって、AI生成物であっても商標法で保護され得ると考えられる。
また、「(5)生成AIと不正競争防止法との関係」(第28ページ~)で、不正競争防止法(不競法)により規制される商品等表示、形態模倣、営業秘密等との関係について以下の様に書かれている。
(5-1)商品等表示規制との関係
(中略)
イ 生成AIに係る各段階における商品等表示規制の適用
生成AIと不正競争防止法における商品等表示規制について、現行の制度を踏まえると、以下の帰結が考えられる。
(ア)学習段階
他人の商品等表示が含まれるデータをAIに学習させる行為については、AI学習用データとしての利用は、周知な商品等表示について「混同」を生じさせるものではなく、また、著名な商品等表示を自己の商品・営業の表示として使用する行為ともいえないため、不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号及び2号)に該当しないと考えられる。
(イ)生成・利用段階
AI生成物に他人の商品等表示が含まれ、それを利用する行為(生成・利用段階)については、不正競争の要件として依拠性は不要であり、また、類似性判断について、AI特有の考慮要素は想定し難いため、AI生成物に関する不正競争(不正競争防止法2条1項1号及び同項2号)か否かの判断は、一般的な違法性の判断と同様である。すなわち、他人の周知な商品等表示と同一・類似のものを使用等することにより、他人の商品・営業と混同を生じさせる行為(同項1号)、又は自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一・類似のものを使用等する行為(同項2号)か否かにより判断することになると考えられる。
(ウ)AI生成物の不正競争防止法(商品等表示規制)による保護
不正競争防止法は、商品等表示規制について、「他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているもの」(不正競争防止法2条1項1号)や「他人の著名な商品等表示」(同項2号)と同一又は類似の商品等表示を使用等することを不正競争行為として規定しており、当該商品等表示が自然人により創作されたものか、AIにより生成されたものかを問わない。
したがって、AI生成物であっても商品等表示として不正競争防止法で保護され得ると考えられる。(5-2)商品形態模倣品提供規制との関係
(中略)
イ 生成AIに係る各段階における商品形態模倣品提供規制の適用
生成AIと不正競争防止法における商品形態模倣品提供規制について、現行の制度を踏まえると、以下の帰結や検討課題が考えられる。
(ア)学習段階
他人の商品の形態が含まれるデータをAIに学習させる行為については、AI学習用データとしての利用は、他人の商品の形態を模倣した商品の譲渡等に該当せず、「使用」は規制の対象外であるため、不正競争行為に該当しないと考えられる。
(イ)生成・利用段階
AI生成物に他人の商品の形態が含まれ、それを利用する行為(生成・利用段階)については、実質的に同一の形態の商品といえるかどうかの判断において、AI特有の考慮要素は想定し難い。ただし、依拠性については、上述した著作権法の検討を応用できる面も多いとも考えられる。
(ウ)AI生成物の保護
不正競争防止法は、商品形態模倣品提供規制について、「他人の商品の形態」(不正競争防止法2条1項3号)を模倣した商品を譲渡等することを不正競争行為として規定しており、当該商品の形態が自然人により創作されたものか、AIにより生成されたものかを問わない。
したがって、AI生成物であっても商品形態として不正競争防止法で保護され得ると考えられる。(5-3)営業秘密・限定提供データとの関係
(中略)
イ 生成AIに係る各段階における営業秘密・限定提供データ規制の適用
生成AIと不正競争防止法における営業秘密・限定提供データ規制について、現行の制度を踏まえると、次の帰結や検討課題が考えられる。
(ア)学習段階
他人の営業秘密や限定提供データが含まれるデータをAIに学習させる行為については、AI学習用データとしての利用であるかどうかに関わらず、不正競争防止法が対象とするデータの保護の必要性は変わらないため、学習段階における営業秘密や限定提供データの収集や使用が不正競争行為に該当するかどうかの判断は、一般的な不正競争行為の判断と同様と考えられる。
すなわち、営業秘密を含む学習用データの収集手段が正当なものか否か、当該取得に係る営業秘密を含む学習用データを加工し、学習用プログラムに入力する行為が「使用」(営業秘密の本来の目的に沿って行われ、当該営業秘密に基づいて行われる行為)や「開示」(営業秘密を公然と知られたものとすること及び非公知性を失わない状態で営業秘密を特定の者に示すこと)に該当するか否か、技術上の秘密の不正使用行為により生じた物の譲渡等に該当するか否か等によって、不正競争行為該当性を判断することになると考えられる。
また、限定提供データを含む学習用データについても、上記と同様に限定提供データを含む学習用データの収集手段が正当なものか否か、当該取得に係る限定提供データを含む学習用データを加工し、学習用プログラムに入力する行為が「使用」や「開示」に該当するか否か等によって、不正競争行為該当性を判断することになると考えられる。
いずれについても、判断基準について生成AI特有の問題はないと考えられる。(中略)
(イ)生成・利用段階
営業秘密や限定提供データを使用して得られた学習済みモデルや当該モデルの出力(AI生成物)については、学習済みモデルやAI生成物に、元の営業秘密や限定提供データ(なお、それらと実質的に等しいものを含む。)が含まれている場合には、その使用・開示が元の営業秘密・限定提供データの使用・開示に該当し、そうでない場合には該当しないと考えられる。
(中略)
(ウ)AI生成物の保護
既に述べたとおり、不正競争防止法は、事業者の公正な競争の確保を目的としており、営業秘密・限定提供データ規制との関係で当該情報が自然人により創作されたものか、AIにより生成されたものかを問わない。
したがって、AI生成物であっても、営業秘密の要件(秘密管理性、有用性、非公知性)や限定提供データの要件(限定提供性、相当蓄積性、電磁的管理性)を満たす限り、不正競争防止法で保護され得ると考えられる。
そして、「(6)生成AIとその他の権利(肖像権・パブリシティ権)の関係」(第33ページ~)のウで、肖像権・パブリシティ権との関係について以下の様に書かれている。
ウ 生成AIに係る各段階における肖像権及びパブリシティ権の適用
学習段階、生成・利用段階において、他人の肖像が使用される場合に、それが肖像権を侵害するものと言えるかどうかは、「被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうか」という肖像権侵害に関する一般的な判断と同様に考えるべきであり、その判断基準について生成AIに特有の問題はないと考えられる。
また、学習段階、生成・利用段階において、著名人等の顧客吸引力を有する肖像等が使用される場合があり、それがパブリシティ権を侵害するものと言えるかどうかは、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえるか否かというパブリシティ権侵害に関する一般的な場合と同様に考えられ、その判断基準について、生成AIに特有の問題はないと考えられる。なお、判例は専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合の例として「①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」を挙げている。
これに加え、特にパブリシティ権等と声の関係について、「5.個別課題」(第50ページ~)の「(2)声の保護」のイで、以下の様に書かれている。
イ 肖像権・パブリシティ権による保護の有無
(ア)肖像権による保護の有無
肖像権の概要については、既に上記「2.法的ルール②(著作権法以外の知的財産法との関係)」「(6)生成AIとその他の権利(肖像権・パブリシティ権)の関係」において整理したとおりである。
現在、我が国には、肖像権を明文化した法令は存在しないが、判例は「人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有」していると判示し、撮影によって当該人格的利益が侵害され、当該侵害の程度が社会生活上受忍の限度を超える場合には、肖像権の侵害となると判示している。
もっとも、上述のいずれの判例においても「容ぼう等」とは「容ぼう」及び「姿態」であると定義されているところ、これを更に抽象化・一般化して、「容ぼう等」に「声」が含まれると解することは文言上困難と考えられ、「声」が上記判例でいうところの肖像権により保護される可能性は高いとは言えないと考えられる。(イ)パブリシティ権による保護の有無
パブリシティ権の概要についても、既に上記2(6)において整理したとおりである。
現在、我が国には、パブリシティ権を明文化した法令は存在しないが、判例は、「人の氏名、肖像等……は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有すると解される……。そして、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成する」と述べて、パブリシティ権を認めている。
そして、同判決の調査官解説では、パブリシティ権の客体である「肖像等」については、本人の人物識別情報を指し、「声」は「肖像」そのものではないとしても、「肖像等」には、「声」が含まれると明示されている。
したがって、同判例においてパブリシティ権が及ぶ場合として例示した「①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」に該当する場合、すなわち、①声自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合、②商品等の差別化のために声を商品等に付している場合、③声を商品等の広告として使用している場合には、「声」についてパブリシティ権に基づく保護が可能と考えられる。
なお、同判例が示したパブリシティ権が及ぶ3つの場合は、あくまで例示にすぎず、パブリシティ権により「声」が保護される場合が、上述した3つの場合に限定されることを示すものではないことには留意する必要がある。パブリシティ権は、顧客吸引力を排他的に利用する権利であるため、具体的な利用態様や状況に鑑み、「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」であれば、「声」に対するパブリシティ権による保護は及ぶと考えられる。
最後に、特許だけは別にして「Ⅳ.AI技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方について」(第80ページ~)が立てられ、考え方として以下の様な事が書かれている。
1.AIを利用した発明の取扱いの在り方
(中略)
(2)考え方
現時点では、AI自身が、人間の関与を離れ、自律的に創作活動を行っている事実は確認できておらず、依然として自然人による発明創作過程で、その支援のためにAIが利用されることが一般的であると考えられる。このような場合については、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者を発明者とするこれまでの考え方に従って自然人の発明者を認定すべきと考えられる。すなわち、AIを利用した発明についても、モデルや学習データの選択、学習済みモデルへの入力等において、自然人が関与することが想定されており、そのような関与をした者も含め、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したと認められる者を発明者と認定すべきと考えられる。
他方で、今後、AI技術等のさらなる進展により、AIが自律的に発明の特徴的部分を完成させることが可能となった場合の取扱いについては、技術の進展や国際動向等を踏まえながら、引き続き必要に応じた検討を進めることが望ましいと考えられる。
また、AI自体の権利能力(AI自体が特許を受ける権利や特許権の権利主体になれるか)についても、発明(特許権)に限られる問題ではないところ、国際動向等も踏まえながら、引き続き必要に応じて検討を進めることが望ましいと考えられる。2.AIの利活用拡大を見据えた進歩性等の特許審査実務上の課題
(中略)
(2)考え方
現時点では、発明創作過程におけるAIの利活用の影響によりこれまでの特許審査実務の運用を変更すべき事情があるとは認められない。したがって、進歩性の判断に当たっては、幅広い技術分野における発明創作過程でのAIの利活用を含め、技術常識や技術水準を的確に把握した上で、これまでの運用に従い、当該技術常識や技術水準を考慮し、進歩性のレベルを適切に設定して判断を行うべきと考えられる。
また、実施可能要件及びサポート要件に関しても、AIの利活用を踏まえた技術常識や技術水準把握した上で、これまでの運用に従って判断を行うべきと考えられる。
なお、例えば、AIを用いた機能・性質の推定等の技術がより発展した場合には、これまでの進歩性や記載要件の考え方ではイノベーションの成果を適切に保護することができなくなる可能性もあるが、そのような場合の発明の保護の在り方については、今後のAI技術等の進展を見据えつつ、必要に応じて適切な発明の保護の在り方を検討すべきと考えられる。
また、特許審査プロセスにおけるAIの積極的な活用による審査の効率化や質の向上に加え、発明等の創造・保護・活用の各過程におけるAI技術の活用(例えば、特許性の検討等の出願や権利化をサポートするAIサービスの開発・利用等)を通じたイノベーションの創出についても、AI技術の進展の状況を踏まえて検討が必要である(なお、意匠についても同様である)。
ここで、少し補足をしつつ、上で書かれている事から各知的財産権とAIの関係について主要なポイントとそのまとめの表を私なりに作っておくと、以下の様になる。
・特許権
(1)学習段階:関連記載なし(ただし、通常の特許権侵害と同様で、特許請求の範囲によるものと思われる)
(2)生成・利用段階:関連記載なし(ただし、通常の特許権侵害と同様で、特許請求の範囲によるものと思われる)
(3)AI生成物の保護:自然人の創作が前提、自然人がAIを道具として用いた場合は発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したかどうかによる・意匠権
(1)学習段階:AI学習に意匠権の効力は及ばない
(2)生成・利用段階:意匠権侵害に依拠性は不要、類似性判断について通常の侵害の場合と同様
(3)AI生成物の保護:自然人の創作が前提、自然人がAIを道具として用いた場合は創作に実質的に関与をしたかどうかによる・商標権
(1)学習段階:AI学習に商標権の効力は及ばない
(2)生成・利用段階:商標権侵害に依拠性は不要、類似性判断について通常の侵害の場合と同様
(3)AI生成物の保護:AI生成物であっても登録により保護を受ける事は可能・商品等表示(不正競争防止法)
(1)学習段階:不正競争に該当しない
(2)生成・利用段階:不正競争に依拠性は不要、類似性判断について通常の商品等表示の場合と同様
(3)AI生成物の保護:AI生成物であっても保護を受ける事は可能・形態模倣(不正競争防止法)
(1)学習段階:不正競争に該当しない
(2)生成・利用段階:不正競争における依拠性について著作権法の検討を応用可、実質的同一性の判断について通常の形態模倣の場合と同様
(3)AI生成物の保護:AI生成物であっても保護を受ける事は可能・営業秘密(不正競争防止法)
(1)学習段階:学習における営業秘密の取得が不正かどうか等により、通常の営業秘密の判断と同様
(2)生成・利用段階:AI生成物の使用についてそのAI生成物に元の営業秘密が含まれているかどうか等により、通常の営業秘密の判断と同様
(3)AI生成物の保護:AI生成物であっても保護を受ける事は可能・パブリシティ権(最高裁判例により人格権に由来)
(1)学習段階:通常のパブリシティ権侵害の場合と同様で、声も保護可
(2)生成・利用段階:通常のパブリシティ権侵害の場合と同様で、声も保護可
(3)AI生成物の保護:関連記載なし(ただし、自然人でないAIの生成物に人格権に由来するパブリシティ権がないのは自明だろう)
画像の表の方が分かりやすいかと思うが、これは基本的に著作権の場合と同様であって、AIの学習段階における利用において知的財産権が問題になる事はそれほど多くないが、生成・利用段階において、AI生成物であるからと言ってその利用が既存の知的財産権の侵害とならないなどという事はあり得ず、いずれの知的財産権との関係でも、AI生成物が本当に既存の他人の権利と抵触していないか十分注意する必要があるという事である。
そして、これもほぼ明らかな事と思うが、自然人でないAIの生成物が各法で保護を受けられるかどうかは、それが自然人の創作を保護するための創作保護法か、それとも社会における競争秩序を維持するための競業秩序法あるいは標識保護法であるかというそれぞれの法律の根本原則から来ているものである。
この中では人格権に由来するパブリシティ権はその性質がかなり異なるが、場合によってパブリシティ権等を考える必要があるのも当然の事であり、パブリシティ権により声が保護され得る事を明記したのは政府として一歩踏み込んだものと思える。
また、上の表とは別の事として、この中間とりまとめ案は、特許の審査では進歩性、実施可能要件、サポート要件についてこれまでの運用に従ってレベルを適切に設定して判断を行うべきとしており、今現在のAI技術のレベルを考えた時にはこれも妥当なものと言って良いのではないかと思う。
なお、ここで細かく取り上げる事はしないが、この中間とりまとめ案は、ディープフェイクと知的財産権の関係についても記載しており、Ⅲ.5の「(4)ディープフェイクについての知的財産法の視点からの課題整理」(第60ページ~)のオで、
オ ディープフェイクに関する基本的な考え方
以上がディープフェイクに対する知的財産法等による対応可否についての概観であるところ、ディープフェイクへの対応に係る海外における法規制動向(ポルノや選挙活動等の特定目的下での規制の動きや、偽情報対応全般を目的とした規制の動き)を踏まえると、ディープフェイクの諸問題は、知的財産権法とは切り離して議論すべき要請が強いと評価できる。
この点については、意見募集でも、ディープフェイクによる悪用事例は人権侵害であり、知的財産以前の問題であるという意見や、名誉毀損罪、偽計業務妨害罪、詐欺罪などの刑事罰による法的措置の発動を求める意見があったところである。
と、ディープフェイクの諸問題は知的財産権法とは切り離して議論すべきもので、悪質なディープフェイクに対しては名誉毀損罪、偽計業務妨害罪、詐欺罪などの刑事罰の適用が考えられると言っているのも極めて妥当な事である。
全体として、この中間とりまとめ案は、危うい法改正や規制強化に踏み込む事なく、生成AIについて既存の法律とその運用の整理によって対応可能である事を政府として明確に示したものとして評価できるものである。また、生成AI技術の動向や、考えられる技術や契約による対応、デジタルアーカイブ整備の促進なども含め、AIと知的財産の関係について現時点で可能な限り網羅的に書かれ、一読に値するものとなっていると言って良いだろう。(ほぼこの中間とりまとめ案の内容と同様だが、私自身の生成AIと知的財産に関する考えについては第485回に載せた去年の知財本部提出パブコメ参照。)
次回は、今回の補足、また、第491回で取り上げたAIは発明者たり得ないとするアメリカ特許庁のガイダンスに続く話として、最近出されたアメリカ特許庁の実務AI利用ガイダンスの事を取り上げたいと思っている。
(2024年5月6日の追記:ついでに文化庁のこの前のAI報告書の内容も一緒にまとめた表も作ったのでここに載せておく。
)
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