第492回:文化庁の2月29日時点版「AIと著作権に関する考え方について」の文章の確認
先週2月29日に文化庁で文化審議会・著作権分科会・法制度小委員会の第7回が開かれ、その報告書である「AIと著作権に関する考え方について」が取りまとめられた。
今後、3月中に上位の著作権分科会で報告がされる予定になっているが、後はほぼ修正が入る事はなく、AIと著作権の問題に関する今年度の検討としてはこれで一区切りという事になるだろう(第7回小委資料の審議の経過等について(案)(pdf)、開催実績及び今後の進め方(予定)(pdf)参照)。
私は第490回で載せた自分の意見で書いた通り、現行の著作権法の明確化のみを行っており、かえって社会的混乱を招き、技術の発展を阻害する恐れの強い、法改正によって新たな規制を行う事や補償金請求権を含め新しい権利を付与する事を提言していない点で私はこの報告書を高く評価しているが、この点で何か本質的な修正が加えられたという事はない。
しかし、補足の説明などが加えられた点もそれなりにあり、細かな事となるが、以下、特に私がミスリードを含むのではないかと意見を出した所について最終的にどの様な記載となったかをAIと著作権に関する考え方について(素案)令和6年2月29日時点版(見え消し)(pdf)を使って見て行く。(なお、第7回小委資料としては溶け込み版(pdf)も用意されている。)
まず、第25~26ページ、5.各論点について、(1)開発・学習段階、エ 著作権者の利益を不当に害することとなる場合の具体例について、(イ)アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることについての中の記載では以下の様な説明が追加された。(以下、見え消し版に倣い、下線部が追加箇所。)
○ 著作権法が保護する利益でないアイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることにより、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI生成物によって代替されてしまうような事態が生じることは想定しうるものの、当該生成物が学習元著作物の創作的表現と共通しない場合には、著作権法上の「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないと考えられる。他方で、この点に関しては、本ただし書に規定する「著作権者の利益」と、著作権侵害が生じることによる損害とは必ずしも同一ではなく別個に検討し得るといった見解から、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI生成物によって代替されてしまうような事態が生じる場合、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し得ると考える余地があるとする意見が一定数みられた。また、アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されること等の事情が、法第30条の4との関係で「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないとしても、当該生成行為が、故意又は過失によって第三者の営業上の利益や、人格的利益等を侵害するものである場合は、因果関係その他の不法行為責任及び人格権侵害に伴う責任の要件を満たす限りにおいて、当該生成行為を行う者が不法行為責任や人格権侵害に伴う責任を負う場合はあり得ると考えられる(後掲(3)ウも参照)。
後の方の説明の追加は注釈を本文の記載に格上げしたものでこの事を強調しておくのは悪い事ではないが、前の方の追加は、文化庁でも、この意見が著作権法から考えて苦しいものである事を理解して追加したものではないかと思える。
法制度小委員会でこの様な意見があった事は事実であろうが、この部分の意見の記載が本報告書において最も大きなミスリードを含むものと私はやはり考えている。
そもそも、ここで問題としているのは、「著作権法が保護する利益でないアイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成される」ことである。これは、権利制限の有無に関わらず、著作権侵害による損害との関係が問題になるような場合ではなく、著作権の保護する利益、著作権の保護法益ではないものを著作権によって保護しようとするものであって、法解釈として不適切な意見と言わざるを得ない。
さらに言っておくと、この意見は、2月29日時点版では、第6ページで追加された、
○ このように、著作権法は、著作物に該当する創作的表現を保護し、思想、学説、作風等のアイデアは保護しない(いわゆる「表現・アイデア二分論」)[注9:我が国が加盟する「著作権に関する世界知的所有権機関条約」第2条においても、「著作権の保護は、表現されたものに及ぶものとし、思想、手続、運用方法又は数学的概念自体に及ぶものではない。」とされている。]。この理由としては、アイデアを著作権法において保護することとした場合、アイデアが共通する表現活動が制限されてしまい表現の自由や学問の自由と抵触し得ること、また、アイデアは保護せず自由に利用できるものとした方が、社会における具体的な作品や情報の豊富化に繋がり、文化の発展という著作権法の目的に資すること等が挙げられる。
という表現・アイデア二分論に関する説明とも矛盾している。
実例をあげる事まではしないが、別にAIによらずとも、ある著作物に含まれるアイデアが世の中で流行し、他の者がそのアイデアを真似て他の表現、著作物を多く作り出す事は間々ある事である。しかし、そこで何か元の著作権者の利益が不当に害されているとは、心情的にはどうあれ、著作権法的には言うべき事ではないだろう。
次に、第30ページ、同じく5.(1)エの(オ)海賊版等の権利侵害複製物をAI学習のため複製することについての中の記載では、以下の様な説明が追加された。
○ AI開発事業者やAIサービス提供事業者においては、学習データの収集を行うに際して、海賊版を掲載しているウェブサイトから学習データを収集することで、当該ウェブサイトへのアクセスを容易化したり、当該ウェブサイトの運営を行う者に広告収入その他の金銭的利益を生じさせるなど、当該行為が新たな海賊版の増加といった権利侵害を助長するものとならないよう十分配慮した上でこれを行うことが求められる。この点に関しては、権利者が、これらの事業者等の関係者に対して、海賊版を掲載している既知のウェブサイトに関する情報をあらかじめ適切な範囲で提供することで、事業者においても海賊版を掲載しているウェブサイトを認識し、これを学習データの収集対象から除外する等の取り組みを可能とするなど、海賊版による権利侵害を助長することのない状態が実現されることが望ましい。
この部分について、ここで技術的に現実的でないウェブサイトの事前確認を求めるものではない事を明確化するべきと私は意見を出した。文化庁としては、そう明記する事まではしたくなかったのではないかと思うが、一応、権利者側から海賊版サイトに対する情報を提供する事が望ましいとは書かれ、その様な情報提供があったものは海賊版サイトと分かるだろうと、裏を返せば、事前に全てのサイトの確認が求められる訳ではない事が暗に読めなくはない記載となっている。
私は、また、5.(2)生成段階中の依拠性に関する部分について、依拠性の証明においてAI学習用データに依拠元の著作物が含まれる事をまず権利者が主張・立証するべきものである事を明記するべき、AI利用者が学習データに著作物が含まれていない事を主張・立証するの現実的でないといった意見も出した。ここについては、文化庁は、立証とまで言う事は難しいと思ったのか、以下の様に、第38ページのウで、
ウ 依拠性に関するAI利用者の主張・立証と学習データについて
○ 依拠性が推認された場合は、被疑侵害者の側で依拠性がないことの主張・立証の必要が生じることとなるが、上記のイ②で確認したことの反面として、当該生成AIの開発・学習段階で当該既存の著作物を学習に用いていなかった場合、これは、依拠性が認められる可能性を低減させる事情と考えられる。
そのため、AI生成物と既存の著作物との類似性の高さ等の間接事実により依拠性が推認される場合、被疑侵害者の側が依拠性を否定する上では、当該生成AIの開発に用いられた学習データに当該著作物が含まれていないこと等の事情が、依拠性を否定する間接事実となるため、被疑侵害者の側でこれを主張・立証することが考えられる。
と、立証という記載を削除している。ただし、以下の様に、第41ページのコの追加部分で反証という言葉を使っているのは上のウの記載と異なる事を言おうとしているのではないだろうが、いまいちなものと思える。また、同じコで高度の類似性とは既存の著作物との間の高度の類似性である事が明記された。
コ 学習に用いた著作物等の開示が求められる場合について
○ 生成AIの生成物の侵害の有無の判断に当たって必要な要件である依拠性の有無については、上記イ(イ)のとおり、当該生成AIの開発・学習段階で侵害の行為に係る著作物を学習していた場合には認められると考える。また、上記ウのとおり、AI利用者においては、依拠性に関して、開発・学習段階で侵害の行為に係る著作物を学習していないとの反証を行うことが想定される。
○ このような立証のため、事業者に対し、法第114条の3(書類の提出等)や、民事訴訟法上の文書提出命令(同法第223条第1項)、文書送付嘱託(同法第226条)等に基づき、当該生成AIの開発・学習段階で用いたデータの開示を求めることができる場合もあるが。もっとも、上記イのとおり、依拠性の立証においてついては、データの開示を求めるまでもなく、既存の著作物との高度の類似性があることなどでも認められ得る。
私は、5.(3)のイ 生成AIに対する指示の具体性とAI生成物の著作物性との関係についてでも、今のAI技術における生成のランダム性などを考慮して記載の明確化を行うべきとの意見を出したが、この部分の記載における3つの考慮要素、①指示・入力(プロンプト等)の分量・内容、②生成の試行回数、③複数の生成物からの選択に関する記載はそのまま維持された。
第7回小委資料のパブリックコメントの結果について(pdf)を見ると、、主な意見としては73件の出された法人・団体の意見から多く抜き出されているが、個人の件数は24938件-73件で24865件、約2万5千件となり、これは2007年のダウンロード違法化問題の時の約8千件を超えて、著作権問題に関するパブコメでは過去最多ではないかと、このAIと著作権の問題に関する注目度の高さを窺わせる結果になっている。この個人からの意見も今後全文公開する事を予定しているとの事であり、公開され次第見てみたいと思っている。
最後に、参考として、第490回で載せた私の作ったこの文化庁報告書の概要を以下に再掲しておくが、この概要レベルで修正が入ったという事はない。
(1)学習・開発段階
- AI学習のための著作物の利用は原則として著作権法第30条の4の非享受目的利用の権利制限の対象となるが、意図的に、学習データの元の著作物の創作的表現の全部または一部をそのまま出力させる事を目的とする様な場合や、特別な追加学習によって学習データの元の著作物の創作的表現を直接感得できる生成物を出力する事を目的とする様な場合や、機械可読な方法によって複製の禁止が示されている場合に複製をして学習データを作成する様な場合は対象とならない。
- AIを用いた検索であって結果の一部を表示する様な場合は、著作権法第47条の5の軽微利用目的の権利制限の範囲内で許諾なく可能。
- 海賊版サイトである事を知りながら、そこから学習データの収集を行って生成AIを開発した様な場合、その事はその生成AIにより生じる著作権侵害における総合的な考慮の一要素となり得、規範的な行為主体として侵害の責任を問われる可能性が高まる。
(2)生成・利用段階
- AI生成物と既存の著作物との類似性の判断については、原則として、人間がAIを使わずに創作したものと同様。
- 生成AIを用いた場合でも、AI利用者が既存の著作物を認識しており、既存の著作物の名称の様な特定の固有名詞を入力して出力を生成させるなど、既存の著作物と類似したものを生成させた場合や、利用者が認識していなかったとしても、AI学習用データに当該著作物が含まれ、類似した生成物が得られた場合などは、通常、依拠性が認められ、著作権侵害となり得る。
- 利用者に対する差し止め等に加え、生成AIによって更なる著作権侵害が生じる蓋然性が高いといえる場合には、生成AIの開発事業者に対して、著作権侵害の予防に必要な措置として、特定のプロンプト入力による生成を禁止する、学習に用いられた著作物の類似物を生成しない措置の様な技術的な制限を求める事も考えられる。
- その生成AIによって侵害物が高頻度で生成される場合や、既存の著作物の類似物を生成する可能性を認識しているにも関わらず、当該類似物の生成を抑止する技術的な手段を施していない場合などは、事業者が侵害主体と評価される可能性が高まる。
(3)生成物の著作物性
- 著作権法上の従来の解釈における著作者の認定と同様に考えられ、生成AIに対する指示が表現に至らないアイデアにとどまるような場合には、当該AI生成物に著作物性は認められない。
- 創作的寄与の判断要素としては、指示・入力(プロンプト等)の分量・内容、生成の試行回数、複数の生成物からの選択が考えられる。
(4)その他
- 今の所、著作権法において補償金制度を導入することは理論的な説明が困難。
繰り返しになるが、概要レベルで見ても分かる通り、この報告書は、全体として、かえって社会的混乱を招く様な立法論に踏み込む事なく、現行の著作権法の解釈としてバランスの取れた明確化のみを行っており、高く評価できるものである。今後、ミスリードを含む部分を針小棒大に取り上げる様な事をせず、この報告書の本筋の内容について地道な周知がなされる事を私としても期待している。
(2024年3月24日の追記:明確化のため少し文章を修正した(「元の著作者」→「元の著作権者」、「法律的」→「著作権法的」)。)
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