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2023年12月10日 (日)

第487回:文化庁のAIと著作権に関する考え方の骨子案と総務省のインターネット上の誹謗中傷対策とりまとめ案

 今回は私が注目している2つの政府検討の動向について取り上げる。

(1)文化庁のAIと著作権に関する考え方の骨子案
 文化庁では、11月20日に、文化審議会・著作権分科会・法制度小委員会の第4回が開かれ、AIと著作権に関する考え方について(骨子案)(pdf)が示された。

 まだ具体的な検討結果が記載されているということはないが、この骨子案の「5.各論点について」で、以下の様に多くの論点があげられており、AIと著作権の問題に関して現時点で考えられる論点についてかなり網羅的な検討を行おうとしている事が分かる。

(1)学習・開発段階
【前提の確認】
ア 法第30条の4の要件については、技術革新により大量の情報を収集し利用することが可能となる中で、イノベーション創出等の促進に資するものとして、著作物の市場に大きな影響を与えないものについて個々の許諾を不要とすることが、平成30年改正の趣旨としてあったことを踏まえて解釈すべきものと考えてよいか。

【「非享受目的」に該当する場合について】
イ AI学習のために行われるものを含め、情報解析の用に供する場合は、非享受目的であると考えてよいのではないか。また、ある利用行為に、非享受目的と併存して、享受目的があるといえるのはどのような場合か。例えば、以下の場合についてどのように考えるか。
①ファインチューニングのうち、意図的に、学習データをそのまま出力させることを目的としたものを行うため、著作物の複製等を行う場合。
②学習データをそのまま出力させる意図までは有していないが、少量の学習データを用いて、学習データの影響を強く受けた生成物が出力されるようなファインチューニングを行うため、著作物の複製等を行う場合。
③AI学習のために用いた学習データを出力させる意図は有していないが、既存のデータベースやWeb上に掲載されたデータの全部又は一部を、生成AIを用いて出力させることを目的として、著作物の内容をベクトルに変換したデータベースを作成する等の、著作物の複製等を行う場合。
ウ 検索拡張生成(RAG)等の、生成AIによって検索結果の要約等を行い回答を生成するものについては、法第30条の4の適用の余地はあるか。あるいは同条以外の規定(法第47条の5等)が適用され得ると考えるべきか。

【著作権者の利益を不当に害することとなる場合について】
エ 法第30条の4ただし書「当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」について、どのような場合が該当すると考えられるか。以下の点についてはどのように考えるか。
①本ただし書は、同条本文の非享受目的に該当することを前提としてその適用可否が検討されるものであることを踏まえると、既に示している情報解析用のデータベースの著作物の例以外に、ただし書に該当するものとして現状考えられるものはあるか。また、例えば、必ずしも侵害物に当たらないものが大量に出回ることで、自らの著作物の市場が圧迫されることによる著作権者への不利益が生じることは、「著作権者の利益を不当に害する場合」に該当し得るか。
②本ただし書に該当する例としては、情報解析用のデータベースの著作物が販売されている場合に、これを情報解析用途で複製等する場合を示しているが、これについて、より具体的には、どのようなものを、どのような態様で利用する場合が該当するか(例えば、オンラインで提供されているデータ等については、どのような場合が該当し得るか)。
③学習のための複製を防止する技術的な措置が講じられているにも関わらず、これを回避して著作物をAI学習のため複製することは、本ただし書に該当するか。
④海賊版のような権利侵害複製物をAI学習のため複製することは、本ただし書に該当するか。

【侵害に対する措置について】
オ 享受目的が併存する、又はただし書に該当する等の理由で法第30条の4が適用されず、他の権利制限規定も適用されないことにより、AI学習のための複製が著作権侵害となった場合、AI学習のための複製を行った事業者が受けうる措置はどのようなものが考えられるか。故意又は過失の有無によって、受けうる措置(刑事罰、損害賠償、差止め)はどのように異なるか。
カ 学習のための複製が著作権侵害となる場合、権利者による差止請求はどの範囲で認められるか。以下の点についてはどのように考えるか。
①将来のAI学習に用いられる学習用データセットからの当該著作物の除去の請求は、法第112条第2項に基づき認められ得ると考えてよいか。
②作成された学習済みモデルは、通常、学習に用いられた著作物の複製物(「侵害の行為によって作成された物」等)に当たらず、又は必要性が認められず、廃棄請求(法第112条第2項)は原則として認められないと考えてよいか。他方で、当該学習済みモデルの性質(学習データをそのまま出力させることを目的としたものであるか等)によっては、「侵害の行為によって作成された物」等に該当し、例外的に、学習済みモデルの廃棄請求が認められる場合もあり得るか。

【その他の論点】
キ 生成・利用段階において、AIが学習した著作物に類似・依拠した生成物が生成されたとしても、学習・開発段階での法第30条の4の適用が直ちに否定されるものではなく、あくまで、享受目的の併存の有無等、同条の要件に基づいて判断すべきものと考えてよいか。
ク AI学習の場合、法第30条の4の規定にある「必要と認められる限度において」との要件をどのように考えるか。大量のデータを必要とする機械学習(深層学習)の性質を踏まえると、AI学習のために複製等を行う著作物の量が大量であることのみをもって、「必要と認められる限度」を超えるものではないと考えてよいか。
ケ 学習されたくないという著作権者の意思表示をどのようにとらえるか。当該意思表示が機械可読な方法で示されているか否かといった事情は考え方に影響するか。
コ 学習のための複製を防止する技術的な措置をとることは、著作権法上妨げられないと考えてよいか。また、こうした措置と、著作権法上の技術的保護手段との関係については、現状で取ることが可能な技術的な措置の内容も考慮しつつ、現段階において、どのように考えることが可能か。
サ 法第30条の4の適用がない場合であっても、他の権利制限規定(私的使用目的の複製、学校その他の教育機関における複製等)が適用される場合は、学習・開発段階において、許諾なく著作物を利用できると考えてよいか。適用され得る権利制限規定はどのようなものが考えられるか。

(2)生成・利用段階
【依拠性の考え方について】
ア AI生成物が既存の著作物に類似していた時に、生成AIの利用の態様(プロンプトで既存の著作物や特定の固有名詞を入力する場合など)によって、依拠性はどのように判断されるのか。例えば、以下のような場合はどのように考えられるか。
①AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識しており、生成AIを利用してこれと創作的表現が共通したものを生成させた場合(例えば、AI利用者がImage to Image (i2i)で既存著作物を生成AIに入力し、これと創作的表現が共通したものを生成させた場合)。
②生成AIが既存の著作物に類似したものを生成したが、AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を知らなかった場合(当該AIが当該既存の著作物を学習に用いていたか否かはどのように影響するか。当該AIが既存の著作物をそのまま生成するような状態になっていたか否かはどのように影響するか。)。
イ 依拠性の有無は従来の裁判例上、どのような事実に基づき、どのような過程で判断されているか。権利者はどの程度の立証負担を負っているか。

【侵害に対する措置について】
ウ AI利用者が既存の著作物を知らなかったが、著作権侵害が認められたという場合、侵害に関する故意又は過失の有無はどのように判断されるか。また、故意又は過失の有無によって、受けうる措置(刑事罰、損害賠償、差止め)はどのように異なるか。
エ 生成AIによる生成・利用段階において著作権侵害があった場合、権利者による差止請求等はどの範囲で認められ得るか。生成・利用行為に対する直接の差止請求のほか、例えば、AIサービス提供事業者に対する、侵害物の新たな生成を防止する措置の請求(法第112条第2項に基づく侵害の予防に必要な措置の請求)は認められ得るか。

【侵害行為の責任主体について】
オ 事業者はどのような場合に侵害の主体となりうるか。生成AIによる生成・利用段階において、以下のような要素は著作権侵害の責任主体(AI利用者か、AI開発事業者又はAIサービス提供事業者か)の考え方に影響するか。
①侵害物がどの程度の確率・頻度で生成され得るか
②プロンプトで既存の著作物や特定の固有名詞を入力する場合など、どのような場合に侵害物が生成されるか
③事業者が侵害物の生成を抑止するための技術的な手段を施しているか(特に、侵害物が生成される可能性を事業者が認識している場合はどうか)

【その他の論点】
カ 生成指示のため生成AIに著作物を入力(複製等)する行為について、法第30条の4の適用はどのように考えられるか。
キ 法第30条の4の適用がない場合であっても、他の権利制限規定(私的使用目的の複製、検討過程における利用、学校その他の教育機関における複製等)が適用される場合は、生成・利用段階において、許諾なく著作物を利用できると考えてよいか。適用され得る権利制限規定はどのようなものが考えられるか。
ク 類似性の判断に関して、AI生成物について人間が制作した物と異なる考え方をとるべき要素はあるか。
ケ 事業者が有しているデータ(学習用データとして用いた著作物の内容等)は、依拠性の立証に際して、どのような場面で、どの程度必要となるか。また、事業者に対してデータの開示を求める法的根拠はどのようなものが考えられるか。
コ 検索拡張生成(RAG)等の、生成AIによって検索結果の要約等を行い、回答を生成するものについては、法第30条の4の適用の余地はあるか。あるいは同条以外の規定(法第47条の5等)が適用され得ると考えるべきか。【再掲・(1)ウ】

(3)生成物の著作物性について
ア AI生成物の著作物性について整理することの意義・実益はどのようなものがあるか。AI生成物を利用する際、著作物性の有無はどの程度問題となるか。
イ 生成の際に、生成AIに対してどの程度具体的な指示を与えれば、生成物に著作物性が認められるのか。以下のような要素は著作物性の有無に関して、生成物のどの範囲に、どの程度影響するか。他に影響が考えられる要素はあるか。
①指示・入力(プロンプト等)の分量・内容
②生成の試行回数
③複数の生成物からの選択
④生成後の加筆・修正
ウ 著作物性がないものについて、不法行為(民法)による保護はどのような範囲・程度で及ぶか。

(4)その他の論点について
ア 学習済みモデルから、学習に用いられたデータを取り除くよう権利者が求めうるか否かについては、現状ではその実現可能性に課題があることから、将来的な技術の動向を見極める必要があるのではないか。
イ 対価還元の手段として補償金制度を創設することについてどのように考えるか。法第30条の4の趣旨を踏まえると、AI開発に向けた情報解析の用に供するために著作物を利用することについては、これにより著作権法で保護される著作権者の利益が害されるものではないため、著作権法において補償金制度を導入することの理論的な説明が困難ではないか。
ウ コンテンツ創作の好循環の実現を考えると、著作権法の枠内にとどまらない議論として、対価還元についても検討が必要ではないか。
エ 著作物に当たらないものについて著作物であると称して流通させるという行為について、著作権との関係をどのように考えるか。著作権法による保護が適切か。

 同じ日の資料の中にある今後の予定(pdf)によれば、12月と1月にもそれぞれ委員会を開催して検討し、さらに1月中旬から2月上旬でパブリックコメントを実施する予定の様だが、これだけの論点について後2回の委員会で議論を尽くせるのかどうかは良く分からない。

 ここで、最も重要な事は、今の所、文化庁でAIの問題に絡めて権利者寄り・規制寄りに歪んだ著作権法改正をしようとしている様子が見られない事であるが、この文化庁の法制度小委員会における議論は今の著作権法の法解釈・運用に大きな影響を持つものであり、その報告書がバランスを欠いたものとならないよう今後も注視が必要なのは間違いないだろう。

 その他のAIに関する政府の動向についても合わせて少し紹介しておくと、屋上屋の感はどうにも否めないが、AI戦略会議に加え、知財本部のAI時代の知的財産権検討会も引き続き急ピッチで開催されている。そして、内容は各国で共通する事をまとめたらそうなるだろうというもので特に規制寄りになっているという事はないが、10月30日のG7首脳声明(外務省のリリース1参照)、12月1日のG7デジタル・技術大臣会合(総務省のリリース参照)、12月6日のG7首脳会合(外務省のリリース2参照)により、G7各国の間でAIに関する国際指針の合意がなされている。

 また、欧州連合(EU)に関して、12月9日に、第481回で取り上げたAI法案について欧州理事会と欧州議会の間で合意に達したとの発表もあり(欧州議会のリリース、欧州委員会のリリース参照)、詳細が分かり次第、最終的な条文がどうなったかについて紹介したいと思っている。

(2)総務省のインターネット上の誹謗中傷対策とりまとめ案
 総務省では、11月28日に、プラットフォームサービスに関する研究会・誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループの第12回が開かれ、とりまとめ(案)(pdf)が示された。

 このワーキンググループは、第469回で書いた様に、総務省のプラットフォームサービスに関する研究会の下に設けられ、特にインターネット上の誹謗中傷対策について検討している有識者会議であるが、この研究会のページにも書かれている通り、日本にしては珍しく、去年12月から今年の8月まで計3回ものパブコメを行った上で、最終的な取りまとめの案が示されたものである。

 少し長くなるが、このとりまとめ案から、ポイントとなる下線が引かれた部分を中心に方向性を示す主な部分の抜粋を作ると以下の様になる。(下線は原文の通りである。)

Ⅰ.誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループの開催
(略)

Ⅱ.本WGの検討の背景
(略)
 このため、誹謗中傷等の情報の流通による被害の発生の低減や早期回復を可能とするためには、事業者による判断が可能な情報であれば、裁判上の法的な手続と比較して簡易・迅速な対応が期待できるという観点からも、プラットフォーム事業者の利用規約に基づく自主的な削除が迅速かつ適切に行われるようにすることが必要である。
(略)

Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律
(略)
 このような課題に対し、プラットフォーム事業者の誹謗中傷等を含む情報の流通の低減に係る責務を踏まえ、法制上の手当てを含め、プラットフォーム事業者に対して以下の具体的措置を求めることが適当である。

1.措置申請窓口の明示
(略)
 このため、プラットフォーム事業者に、削除申請の窓口や手続の整備を求めることが適当である。その際、被害者等が削除の申請等を行うに当たって、日本語で受け付けられるようにすること(申請等の理由を十分に説明できるようにすることを含む。)や、申請等の窓口の所在を明確かつ分かりやすく示すこと等、申請方法が申請者に過重な負担を課するものとならないようにすることが適当である。

2.受付に係る通知
(略)
 このようなことから、プラットフォーム事業者が申請等を受けた場合には、申請者に対して受付通知を行うことが適当である。その際、「4. 申請の処理に関する期間の定め」において、原則として一定の期間内に対応が求められることを踏まえ、プラットフォーム事業者が当該申請等を受け付けた日時が申請者に対して明らかとなるようにすることが適当である。

3.運用体制の整備
 プラットフォーム事業者における削除の実施に係る運用体制について、日本の文化・社会的背景を踏まえた対応がなされるよう整備を求めるべきとの指摘がある。これを踏まえて、プラットフォーム事業者は、自身が提供するサービスの特性を踏まえつつ、我が国の文化・社会的背景に明るい人材を配置することが適当である。
他方、運用体制については法律において詳細を定めるべきではなく、各事業者の自主的な判断に任せるべきとの意見もある。こうした意見に鑑みれば、プラットフォーム事業者の自主性や負担に配慮し、前述の人材配置は、日本の文化・社会的背景を踏まえた対応がなされるために必要最低限のもののみを求めることが適当である。

4.申請の処理に関する期間の定め
(略)
 このため、基本的には、プラットフォーム事業者に対し、一定の期間内に、削除した事実又はしなかった事実及びその理由の通知を求めることが適当である。その際、事業者による的確な判断の機会を損なわないよう、発信者に対して意見等の照会を行う場合や専門的な検討を行う場合、その他やむを得ない理由がある場合には、一定の期間内に検討中である旨及びその理由を通知した上で、一定の期間を超えての検討を認めることが適当である。なお、以下「5.判断結果及び理由に係る通知」のとおり、プラットフォーム事業者が一定の期間を超えた検討の後に判断を行った際にも、申請者に対して対応結果を通知し、削除が行われなかった場合にはその理由をあわせて説明することが適当である。
 「一定の期間」の具体的な日数については、アンケート結果によれば、プラットフォーム事業者による不対応が一週間より長い期間続いた場合に許容できないとする人の割合が8割超に上ること、誹謗中傷等の権利侵害について事業者が認識した事案においては実務上一週間程度での削除が合理的であると考えられること、等を踏まえれば、一週間程度とすることが適当である。ただし、刻々と変化する情報通信の技術状況に鑑みれば、期間を定めるに当たっては、一定の余裕を持った期間設定が行われることが適当である。

5.判断結果及び理由に係る通知
(略)
 このようなことから、プラットフォーム事業者が判断を行った場合には、申請者に対して対応結果を通知し、削除を行わなかった場合にはその理由をあわせて説明することが適当である。その際、申請件数が膨大となり得ることも踏まえ、過去に同一の申請が行われていた場合等の正当な理由がある場合には、判断結果及び理由の通知を求めないことが適当である。

6.対象範囲
(1)対象とする事業者
 「Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」の対象とする事業者の範囲については、違法・有害情報が流通した場合の被害の大きさ(拡散の速度や到達する範囲、被害回復の困難さ等)、事業者の経済的活動(特に新興サービスや中小サービスに生じる経済的負担の問題)や表現の自由に与える影響、削除の社会への影響等を踏まえ、権利侵害情報の流通が生じやすい不特定者間の交流を目的とするサービスのうち、一定規模以上のものに対象を限定することが適当である。
 定性的な要件については、権利侵害情報の流通の生じやすさから、不特定者間の交流を目的とすることに加えて、他のサービスに付随して提供されるサービスではないことも考慮することが適当である。
 規模については、サービスによっては必ずしも利用者登録を要しないことを踏まえて、アクティブユーザ数や投稿数といった複数の指標を並列的に用いて捕捉することが適当である。このような指標の具体的なデータの取得に当たっては、第一次的には事業者から直接報告を求めることが適当である。しかしながら、事業者からの報告が望めない場合等においては、他の情報を基に数値を推計することが適当である。
 また、内外無差別の原則を徹底する観点から、エンフォースメントも含め、海外事業者に対しても国内事業者と等しく規律が適用されるようにすることが適当である。

(2) 対象とする情報
(略)
 これらを踏まえ、「Ⅲ. プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」については、その対象となる情報の範囲を誹謗中傷等の権利侵害情報に限定することが適当である。

Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律
 「Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」と同様に、「Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」についても、プラットフォーム事業者の誹謗中傷等を含む情報の流通の低減に係る責務を踏まえ、法制上の手当てを含め、プラットフォーム事業者に対して以下の具体的措置を求めることが適当である。

1.削除指針
(略)
 このため、利用者にとっての透明性、実効性の観点から、削除等の基準について、海外事業者、国内事業者を問わず、投稿の削除等に関する判断基準や手続に関する「削除指針」を策定し、公表させることが適当である。また、新しい指針や改訂した指針の運用開始に当たっては、事前に一定の周知期間を設けることが適当である。
 「削除指針」の策定、公表に当たっては、日本語で、利用者にとって、明確かつ分かりやすい表現が用いられるようにするとともに、日本語の投稿に適切に対応できるものとすることが適当である。また、プラットフォーム事業者が自ら探知した場合や特定の者からの申出があった場合等、削除等の対象となった情報をプラットフォーム事業者が認知するに至る端緒の別に応じて、できる限り具体的に、投稿の削除等に関する判断基準や手続が記載されていることが適当である。
 その際、削除指針をあまりに詳細に定め公表することにより、悪意ある投稿者によって、削除指針を参考に削除等の対象となることを避けながら投稿するという悪用が行われうるという指摘がある。これを踏まえ、過度に詳細な記載までは求めないことが適当である。ただし、個人情報の保護等に配慮した上で、実際に削除指針に基づき行われた削除等の具体例を公表することで、利用者に対する透明性を確保することが適当である。

2.発信者に対する説明
 プラットフォーム事業者が投稿の削除等を講ずるとき、対象となる情報の発信者に対して、投稿の削除等を講じた事実及びその理由を説明することが、異議申立ての機会の確保等の観点から重要との指摘がある。
 このため、プラットフォーム事業者が投稿の削除等を講ずるときには、対象となる情報の発信者に対して、投稿の削除等を講じた事実及びその理由を説明することが適当である。理由の粒度については、削除指針におけるどの条項等に抵触したことを理由に削除等の措置が講じられたのか、削除指針との関係を明らかにすることが適当である。また、過去に同一の発信者に対して同様の通知等の措置を講じていた場合や、被害者の二次的被害を惹起する蓋然性が高い場合等の正当な理由がある場合には、発信者に対する説明を求めないことが適当である。

3.運用状況の公表
(略)
 このため、プラットフォーム事業者の説明責任を確保する観点から、諸外国の取組も踏まえつつ、事業者の取組や削除指針に基づく削除等の状況、を含む運用状況の公表を求めることが適当である。
 公表の対象とする事項については、上記の「Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」並びに「Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」のうち「1.削除指針」及び「2.発信者に対する説明」が利用者にとって重要性が高い事項について一定の措置を求めていることを踏まえ、これらの運用状況の公表を求めることが適当である。

4.運用結果に対する評価
(略)

5.取組状況の共有
(略)

6.対象範囲
(1)対象とする事業者
 「Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」についても、上記「Ⅲ. プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」の「6.(1)対象とする事業者」における整理が妥当することから、その対象事業者の範囲は「Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」と同じ範囲に限定することが適当である。

(2) 対象とする情報
 本WGでは誹謗中傷等を念頭に議論が進められてきたことを踏まえれば、「Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」の対象となる情報の範囲には、誹謗中傷等の権利侵害情報を含めることが適当である。
 加えて、利用者のサービス選択や利用に当たっての安定性及び予見性を確保する観点からは、情報の種類如何に関わらず、プラットフォーム事業者が削除等の措置を行う対象となる情報について、プラットフォーム事業者の措置内容を明らかにすることが適当である。
 以上を踏まえて、「Ⅳ.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」において対象とする情報の範囲については、削除等の対象となる全ての情報とすることが適当である。

Ⅴ. プラットフォーム事業者に関するその他の規律
1.個別の違法・有害情報に関する罰則付の削除義務
 違法・有害情報の流通の低減のために、プラットフォーム事業者に対して、大量に流通する全ての情報について、包括的・一般的に監視をさせ、個別の違法・有害情報について削除等の措置を講じなかったことを理由に、罰則等を適用することを前提とする削除義務を設けることも考えられる。
 しかしながら、このような個別の情報に関する罰則付の削除義務を課すことは、この義務を背景として、罰則を適用されることを回避しようとするプラットフォーム事業者によって、実際には違法・有害情報ではない疑わしい情報が全て削除されるなど、投稿の過度な削除等が行われるおそれがあることや、行政がプラットフォーム事業者に対して検閲に近い行為を強いることとなり、利用者の表現の自由に対する制約をもたらすおそれがあること等から、慎重であるべきである。

2.個別の違法・有害情報に関する公的機関等からの削除要請
 現状、法務省の人権擁護機関や警察庁の委託事業であるインターネット・ホットラインセンター等の公的機関等から、プラットフォーム事業者に対して、違法・有害情報の削除要請が行われており、また、かかる要請を受けたプラットフォーム事業者は、自らが定めるポリシーの条項への該当性や違法性の判断に基づき投稿の削除等の対応を行っており、これには一定の実効性が認められると考えられる。
 しかしながら、この要請に応じて自動的・機械的に削除することをプラットフォーム事業者に義務付けることについては、公的機関等からの要請があれば内容を確認せず削除されることにより、利用者の表現の自由を実質的に制約するおそれがあるため、慎重であるべきである。
 なお、プラットフォーム事業者が、法的な位置付けを伴わない自主的な取組として、通報に実績のある機関からの違法・有害情報の削除要請や通報を優先的に審査する手続等を設け、公的機関等からの要請をこの手続の中で取り扱うことは考えられる。その場合でも、違法・有害情報に関する公的機関等からの削除要請に関しては、その要請に強制力は伴わないとしても、事後的に要請の適正性を検証可能とするために、公的機関等及びプラットフォーム事業者双方においてその透明性を確保することが求められる。

3.違法情報の流通の監視
(1)違法情報の流通の網羅的な監視
 プラットフォーム事業者に対し、違法情報の流通に関する網羅的な監視を法的に義務付けることは、違法情報の流通の低減を図る上で有効とも考えられる。
 しかしながら、行政がプラットフォーム事業者に対して検閲に近い行為を強いることとなり、また、事業者によっては、実際には違法情報ではない疑わしい情報も全て削除するなど、投稿の過度な削除等が行われ、利用者の表現の自由に対する実質的な制約をもたらすおそれがあるため、慎重であるべきである。

(2)繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの監視
 インターネット上の権利侵害は、スポット的な投稿によってなされるケースも多い一方で、そのような投稿を繰り返し行う者によってなされているケースも多く、違法情報の流通の低減のために有効との指摘がある。
 しかしながら、プラットフォーム事業者に対し、特定のアカウントを監視するよう法的に義務付けることは、「(1)違法情報の流通の網羅的な監視」と同様の懸念があるため、慎重であるべきである。

(3) 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの停止・凍結等
 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントへの対応として、アカウントの停止・凍結等を行うことを法的に義務付けることも考えられるが、このような義務付けは、ひとたびアカウントの停止・凍結等が行われると将来にわたって表現の機会が奪われる表現の事前抑制の性質を有しているため、慎重であるべきである。

4.権利侵害情報に係る送信防止措置請求権の明文化
 人格権を侵害する投稿の削除を求める権利は、判例法理によって認められているため、一定の要件の下で、権利侵害情報の送信防止措置を請求する権利を明文化することも考えられる。
 当該権利の明文化によるメリットとしては、①被害者が削除を請求できると広く認知され、請求により救済される被害者が増えること、②特に海外事業者に対して、削除請求に応じる義務の存在が明確化され、対応の促進が図られること、③人格権以外の権利利益(例:営業上の利益)が違法に侵害された場合であっても請求が可能であることが明確化されることが指摘されている。
 一方で、デメリットとして、①裁判例によれば、特定電気通信役務提供者が送信防止措置の作為義務を負う要件は、被侵害利益やサービス提供の態様などにより異なるため、請求権を明文化するとしても抽象的な規定とならざるを得ず、期待される効果は生じないのではないか、②安易な削除請求の乱発を招き、表現の自由に影響を与えるのではないか、③安易な削除請求の乱発の結果、削除請求の裁判の実務に混乱が生じるのではないか、④著作権法第112条や不正競争防止法第3条などの個別法における差止請求の規定との整合性に課題があるのではないかといった点が指摘されている。
 なお、かかるメリット及びデメリットを示した上で実施したアンケートによれば、法律での明文化に対する考え方として、全体の半数弱(47.7%)は「メリット・デメリットがそれぞれに複数あることから、慎重な議論が必要である」との回答であった。
 上記メリット及びデメリット並びにアンケート結果を踏まえて、権利侵害情報の送信防止措置を請求する権利を明文化することについては、引き続き慎重に議論を行うことが適当である。

5.権利侵害性の有無の判断の支援
(1)権利侵害性の有無の判断を伴わない削除(いわゆるノーティスアンドテイクダウン)
 プラットフォーム事業者において権利侵害性の有無の判断が困難であることを理由に、外形的な判断基準を満たしている場合、例えば、プラットフォーム事業者において、被害を受けたとする者から申請があった場合には、原則として一旦削除する、いわゆるノーティスアンドテイクダウンを導入することが考えられる。
 しかしながら、既に、プロバイダ責任制限法3条2項2号の規定により発信者から7日以内に返答がないという外形的な基準で、権利侵害性の有無の判断にかかわらず、責任を負うことなく送信防止措置を実施できることや、内容にかかわらない自動的な削除が表現の自由に与える影響等を踏まえれば、ノーティスアンドテイクダウンの導入については、慎重であるべきである。

(2)プラットフォーム事業者を支援する第三者機関
 プラットフォーム事業者の判断を支援するため、公平中立な立場からの削除要請を行う機関やプラットフォーム事業者が違法性の判断に迷った場合にその判断を支援するような第三者機関を法的に整備することが考えられる。
 これらの機関が法的拘束力や強制力を持つ要請を行うとした場合、これらの機関は慎重な判断を行うことが想定されることや、その判断については最終的に裁判上争うことが保障されていることを踏まえれば、必ずしも、裁判手続(仮処分命令申立事件)と比べて迅速になるとも言いがたいこと等から、上述のような第三者機関を法的に整備することについては、慎重であるべきである。

(3)裁判外紛争解決手続(ADR)
 裁判外紛争解決手続(ADR)については、憲法上保障される裁判を受ける権利との関係や、裁判所以外の判断には従わない事業者も存在することも踏まえれば、実効性や有効性が乏しいこと等から、ADRを法的に整備することについては、慎重であるべきである。

6.その他
(略)

 要するに、このとりまとめ案のポイントは、憲法で禁止されている検閲か、表現の自由に関する過度の制約となる恐れの極めて強い、新しい強力な法規制による網羅的な情報の監視や削除の強制には慎重であるべきとしている事にあると言っていいだろう。「法制上の手当てを含め、プラットフォーム事業者に対して以下の具体的措置を求める」とも書いているので、これを受けて、何かしら法律を作るか法改正をするつもりなのかも知れないが、基本的には、誹謗中傷に対する自主的な取組として、一週間程度以内に速やかに必要な削除が行われるよう、削除手続に関する運用の整備とその透明化を一定の規模以上のプラットフォーマーに促すとしているのである。

 これは当然の結論だとは思うが、誹謗中傷対策に関し、このとりまとめ案が、この様に憲法で保障されている表現の自由や検閲の禁止を十分に考慮し、基本的に自主的な取組として、削除に関する運用の整備と透明化をプラットフォーマーに促すとした事を私は高く評価する。

 今後、この取りまとめを受けて、総務省がどの様に動くのかを引き続き見て行きたいと私は思っている。

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