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2022年12月 4日 (日)

番外その39:アップロードフィルタに関する欧州司法裁判決の翻訳と公正利用の権利

 今回は特に新しい事を言うものではないので番外とするが、第459回で取り上げた2022年4月26日のアップロードフィルタに関する欧州司法裁判決の翻訳について少し補足を書いておきたいと思う。

 私はこの欧州司法裁判決の第87段落を以下の様に訳出した。

87 第2に、著作物または他の保護対象の利用者に権利を与え、利用者と権利者の間の公正なバランスを確保しようとするものである、著作権に対する例外及び制限に関し(この事について、2019年7月29日のリーク文書事件判決、C-469/17、段落70及び引用判例参照)、各加盟国において利用者が引用、批判、批評、カリカチュア、パロディ又はパスティーシュという特定の目的のために自ら作成したコンテンツをアップロードし、入手可能とする事が認められる事を確保する事を、欧州指令第2019/790号の第17条第7項の第2サブパラグラフが加盟国に求めている事が注意されるべきである。この指令の前文70から明らかな通り、EUの立法は、表現及び情報の自由並びに芸術の自由のため、また、つまり、上記の公正なバランスのために、これらの例外及び制限が特に重要である事に鑑み、利用者この点で欧州連合に渡る統一的な保護を受けられる事を確保するため、欧州指令第2001/29号の第5条において選択的基礎の上に規定されていたものの中にある、この様な例外及び制限を必須のものとする事が必要と考えたのである。

 これは、判決文英語訳の以下の文章を訳したものである。

87 Secondly, as regards the exceptions and limitations to copyright, which confer rights on the users of works or of other protected subject matter and which seek to ensure a fair balance between the fundamental rights of those users and of rightholders (see, to that effect, judgment of 29 July 2019, Funke Medien NRW, C-469/17, EU:C:2019:623, paragraph 70 and the case-law cited), it should be noted that the second subparagraph of Article 17(7) of Directive 2019/790 requires Member States to ensure that users in each Member State are authorised to upload and make available content generated by themselves for the specific purposes of quotation, criticism, review, caricature, parody or pastiche. As is apparent from recital 70 of that directive, the EU legislature considered that, in view of the particular importance of those exceptions and limitations for freedom of expression and freedom of the arts and, therefore, for the abovementioned fair balance, it was necessary to make such exceptions and limitations, which are among those provided for on an optional basis in Article 5 of Directive 2001/29, mandatory, in order to ensure that users receive uniform protection in that regard across the European Union.

 比べてもらえれば分かると思うが、私はここの、

  • 英訳:「confer rights on the users」

という記載に、

  • 日本語訳(拙訳):「利用者に権利を与え」

という訳をあてた。

 ただ、裁判手続きの言語であるポーランド語版で同じ段落を見てみると、

87 Po drugie, w odniesieniu do wyjatkow i ograniczen prawa autorskiego, ktore zawiaduja prawami na rzecz uzytkownikow utworow lub innych przedmiotow objetych ochrona i ktore maja na celu zapewnienie sprawiedliwej rownowagi miedzy prawami podstawowymi tych uzytkownikow i podmiotow uprawnionych (zob. podobnie wyrok z dnia 29 lipca 2019 r., Funke Medien NRW, C-469/17, EU:C:2019:623, pkt 70 i przytoczone tam orzecznictwo), nalezy zauwazyc, ze art. 17 ust. 7 akapit drugi dyrektywy 2019/790 zobowiazuje panstwa czlonkowskie do zapewnienia, aby uzytkownicy w kazdym panstwie czlonkowskim posiadali prawo do zamieszczania i udostepniania tresci generowanych przez siebie do szczegolnych celow, takich jak cytowanie, krytykowanie, recenzowanie, karykaturowanie, parodiowanie lub pastisz. Jak wynika zatem z motywu 70 tej dyrektywy, prawodawca Unii uznal, ze ze wzgledu na ich szczegolne znaczenie dla wolnosci slowa i wolnosci sztuki, a w konsekwencji dla zachowania rzeczonej sprawiedliwej rownowagi, konieczne jest, aby te wyjatki i ograniczenia, ktore naleza do wyjatkow i ograniczen przewidzianych fakultatywnie w art. 5 dyrektywy 2001/29, staly sie obowiazkowe w celu zapewnienia uzytkownikom jednolitej ochrony w tym zakresie w calej Unii.

となっており、ここの、

  • ポーランド語:「zawiaduja prawami na rzecz uzytkownikow」

は、英語の様に「confer rights on the users」と訳すよりは、例えば他の欧州主要言語の1つ、

の様に、

  • 日本語訳(拙訳):「利用者のために権利を調整し」

と訳した方がニュアンス的には適切だろうと思えるものである。

 一応他言語訳でもこの抜き出した記載に対応する部分だけ見て行くと、ほとんどニュアンスの違いだけだが、元のポーランド語に近い様に見えるのは、

である。

 これらに対して英語訳に近いと見えるのは、

である。

 欧州連合(EU)の24の全公用語に通じた翻訳者がいるとも思えないので、お互いにチェックはしているだろうが、欧州司法裁の内部では英語の様な主要言語を通じた重訳もされており、訳によって上の様な微妙なニュアンスの違いが出て来ているのだろうと思う。

 それは兎も角、上で書いた様に英語訳では「利用者に権利を与え」と言っているものの、結論としては、元のポーランド語まで見ると、第459回でも書いた通り、この欧州司法裁判決は、表現の自由との関係で、引用、批判、批評、カリカチュア、パロディ又はパスティーシュに関する権利制限が必須の強行規定である事を再確認している点で重要という事にとどまり、利用者に公正利用の権利があるとまでは読めないという事になる。

 しかし、ニュアンスの違いだけとは言え、ポーランドから英語への翻訳にあたって、ここで欧州司法裁の翻訳官が「confer rights on the users」すなわち「利用者に権利を与え」ると比較的強めの用語を選んだ事に私は共感を覚える。

 上書き不可能な強行規定の権利制限でもその意味をきちんと理解した上で司法判断がされる様であれば問題はないのだが、世界的に見ても、権利と権利制限の間では権利の方に天秤は傾きがちであり、かなり長い時間がかかるとしても、利用者と権利者の間で正しくバランスを取るために、ここで今一歩踏み込んで利用者に公正利用の権利を認めて行くべきと、私的録音録画補償金の拡大の様な野放図なバカバカしい議論に終止符を打つためにも、私的複製の中で取り扱われているものもその中に位置づけて行くべきと私は考えている。この欧州司法裁判決の一部の翻訳はその方向性を示すものとして非常に興味深いと思ったのである。

 第444回で書いた様に、今の所、この事を正しく認識して利用者・ユーザーの権利としてフェアディーリングの権利を明確に位置づけたのは世界でもカナダだけではないかと思うが、翻訳を通じてでも、著作権の権利制限の持つ極めて大きな意義を正しく把握し、これを公正利用の権利として位置づける事について、欧州でも、ひいては日本でも、多少なりとも議論が深められる事を私は期待している。

(2022年12月5日夜の追記:見易さを考えて翻訳の対応する部分の記載を箇条書きの形に改めた。)

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