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2022年6月 5日 (日)

第460回:知財計画2022の文章の確認

 この6月3日に知的財産戦略本部会合が開かれ、今年の知的財産推進計画2022(pdf)概要(pdf))が決定された。(なお、本部会合での修正はないと思うが、案がついた資料は正式版が公表され次第リンクを入れ替えるつもりである。)

 相変わらず何のために作っているのか良く分からないものではあるのだが、この知財計画は、政策検討項目集として各省庁の知財に関する施策検討を一覧で見るためには便利なので、今年も法改正に関わる項目をざっと見て行きたいと思う。

 まず、第27ページに、

・スタートアップの事業化に向けて大学等の保有する知的財産を最大限活用できる環境を整備するため、大学等と企業との共有特許について、企業が一定期間不実施の場合に、大学等が第三者にライセンスすることが可能となるよう、共有特許の取扱いルールの整備に向け、法改正を含め検討し、2022年内に結論を得る。併せて、大学等と企業の共同研究の成果を大学等が活用しやすくするため、大学等が過度に企業側に知財関連コストを負担させなくても済むよう、大学等の知財関連財源の充実を含め大学等への支援の在り方について検討する。その際、大学等の知財マネジメント能力の向上や知財マネジメント人材を擁する外部組織との連携、インセンティブ設計等についても検討する。(短期)(内閣府、文部科学省、経済産業省)

と、共有特許のライセンスの問題について法改正も含め検討すると書かれている。昔からあるこの共有特許の問題はどちらかと言えば契約に関する問題であって、法改正に結びつくとはあまり思えないのだが、この検討は特許庁で行われるのだろうか。

 第56ページには、

・不正競争防止法における営業秘密・限定提供データに係る規律について、証拠収集手続の強化、管轄・準拠法、ライセンシーの保護などの観点から、時代の要請に応じた適切な制度の在り方を検討するとともに、データ利活用等に取り組む上で前提となる腐敗防止の規律についてあわせて検討を行い、必要な施策を講じる。(短期、中期)(経済産業省)

と、不正競争防止法の検討について書かれているが、これは経済産業省の産業構造審議会・知的財産分科会・不正競争防止小委員会での検討を書いたものだろう。この不正競争防止法小委員会の検討については、5月17日に中間報告も出されているが、それぞれの論点について継続検討となっていて、現時点で大きな方向性が出されているという事はない。また、最近の6月2~6日の小委員会(書面審議)で、外国公務員贈賄に関するワーキンググループの設置が行われている。

 行政が明確な方針もなく単に目新しいだけの流行のキーワードに飛びつき政策検討が振り回されるのは望ましい事ではないと私は常々思っているが、第66、68ページの以下の項目から、メタバースやNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)、eスポーツについて政府として何か検討を進めるつもりらしい事が見て取れる。

・コンテンツ等をめぐりメタバース等がもたらす新たな法的課題等に対応するよう、有識者等による検討の場を設置し、課題把握や論点整理を行うとともに、関係省庁・民間事業者が一体となって、ソフトローによる対応も含め、必要なルール整備について検討する。(短期、中期)(内閣府、経済産業省、文部科学省、関係省庁)

・コンテンツ分野におけるNFTの活用について、コンテンツホルダーの権利保護や利用者保護等の課題に対応するよう、官民一体となって必要な施策を検討する。(短期、中期)(経済産業省、文部科学省、内閣府)

・eスポーツ産業の健全な発展のため、関連する制度・政策分野における位置づけに関して関係府省において検討を進めるなど、必要な環境整備を図る。
(短期、中期)(経済産業省、関係府省)

 なお、法改正と直接関係する点ではないが、この様な何をしたいのか良く分からない検討より、同じ第66ページの、

・ソーシャルメディアの普及等により、全ての国民が日常的に著作権に関わる状況が生じていることから、SNS等の利用頻度が高い若年層に対する意識啓発・教育に取り組むとともに、著作権に関する普及啓発・教育の更なる充実に向け、適切な利用の事例集の作成や、著作権に関する研修の機会の充実、幅広い年代に対する日常的な著作物等の利活用場面での普及啓発などについて検討する。

といった、SNS利用のための著作権に関する普及啓発の取り組みの方が現時点ではより重要だろうと、インターネットにおける日常的な著作物の利用の中にこそ真に政策的解決を検討すべき今の著作権問題の本質があるだろうと私は思っている。

 第70~71ページで、今回の知財計画の目玉の1つなのだろう、拡大集中ライセンス制度に基づく一元的な権利処理窓口のための著作権法改正に関する項目が以下の様に並んでいる。

・デジタル時代における著作権制度の確立に向けた工程表を作成する。
(短期、中期)(内閣府、デジタル庁、総務省、文部科学省、経済産業省)

・文化庁は、著作物の利用円滑化と権利者への適切な対価還元の両立を図るため、過去コンテンツ、UGC、権利者不明著作物を始め、著作権等管理事業者が集中管理していないものを含めた、膨大かつ多種多様な著作物等について、拡大集中許諾制度等を基に、様々な利用場面を想定した、簡素で一元的な権利処理が可能となるような制度を実現する。その際、内閣府、経済産業省、総務省、デジタル庁の協力を得ながら、デジタル時代のスピードの要請に対応した、デジタルで一元的に完結する手続を目指して、①いわゆる拡大集中許諾制度等を基にした、分野を横断する一元的な窓口組織による新しい権利処理の仕組みの実現、②分野横断権利情報データベースの構築の検討、③集中管理の促進、④現行の著作権者不明等の著作物に係る裁定制度の改善(手続の迅速化・簡素化)、⑤UGC等のデジタルコンテンツの利用促進を実現すべく、具体的な措置を検討し、2023年通常国会に著作権法の改正法案を提出し、所要の措置を講ずる。(短期、中期)(文部科学省、内閣府、経済産業省、総務省、デジタル庁)

・文化庁は、分野横断権利情報データベースについては、内閣府、経済産業省、総務省、デジタル庁の協力を得て、持続的に存続するためのビジネスモデルを検討した上で、ニーズのある全ての分野のデータベースとの接続を行うことに加え、ネットクリエーターやネット配信のみのコンテンツ、集中管理されていない著作物等の既存のデータベースに登録されていないコンテンツの登録が円滑に行われるものにしつつ、ニーズのあるあらゆる分野の著作物等を対象として、権利情報の確認や利用許諾に係る意思表示(利用方法の提示を含む)ができる機能の確立方策について検討し、2022年内に結論を得る。その際、関係府省庁は、府省庁横断的な検討体制の下、各分野のデータベースとの連携に加え、UGCに係るプラットフォーマーが管理するデータベースとの連携についても検討する。さらに、既存のデータベースの充実、権利者情報の統一やフォーマットの標準化、データベースの紐付けに必要なIDやコードに関するルール等を検討し、2023年内に結論を得る。(短期、中期)(文部科学省、経済産業省、内閣府、総務省、デジタル庁)

・分野を横断する一元的な窓口組織又は特定の管理事業者による新しい権利処理の具体的な仕組みを、デジタルで一元的に完結する手続を目指して、検討し、2022年内に結論を得る。その際、著作権者等による①利用許諾の可否とその条件、②オプトアウトなどの意思表示、③利用・対価還元状況の把握及び④個々の許諾手続、並びに⑤データベースに権利情報がなく、集中管理がされておらず、窓口組織による探索等においても著作権者等が不明の場合、意思表示がされておらず、連絡が取れない場合、又は連絡を試みても返答がない場合等における著作者不明等の著作物等に係る拡大集中許諾や裁定制度を含めて検討する。(短期、中期)(文部科学省)

・分野を横断する一元的な窓口組織による新しい権利処理の仕組みを含めた、簡素で一元的な権利処理が可能となるような制度の実現を促進するために、欧米の制度も参考にしつつ、通信関係事業者の協力体制及び役割分担の枠組みについて検討し、2022年内に結論を得る。(短期、中期)(総務省)

 そのすぐ後、第71~72ページに、

・クリエーターに適切に対価が還元され、コンテンツの再生産につながるよう、デジタル時代に対応した新たな対価還元策やクリエーターの支援・育成策等について、コンテンツ配信プラットフォームや投稿サイト等における著作物等の利用状況や権利者の利益保護に関する実態把握も踏まえ、検討を進める。私的録音録画補償金制度については、新たな対価還元策が実現されるまでの過渡的な措置として、私的録音録画の実態等に応じた具体的な対象機器等の特定について、関係省庁による検討の結論を踏まえ、可能な限り早期に必要な措置を構ずる。(短期、中期)(文部科学省、内閣府、総務省、経済産業省)

と、プラットフォームや投稿サイトに関する記載が追加されているが、いつも通り、私的録音録画問題に関する検討の項目もある。

 第74ページには、

・図書館関係の権利制限規定の見直しに関する2021年改正著作権法の公布後2年以内の施行を踏まえ、詳細な運用に関する当事者間協議やガイドラインの作成など、円滑な施行に向けた準備を着実に進める。また、研究目的の権利制限規定の創設については、国内の研究者における著作物の利用実態や利用ニーズなどに関する調査研究の結果も踏まえ、権利者の利益保護に十分に配慮しつつ、必要な検討を進める。
(短期、中期)(文部科学省、国立国会図書館)

という、2021年著作権法改正の施行に向けた検討の項目がある。

 そして、第76~77ページに、以下の通り、海賊版対策に関する項目が並んでいる。

・インターネット上の海賊版による被害拡大を防ぐため、2021年4月に更新したインターネット上の海賊版に対する総合的な対策メニュー及び工程表に基づき、関係府省が連携しながら、必要な取組を進めるとともに、被害状況や対策の効果について逐次検証を行い、更なる取組の推進を図る。(短期、中期)(内閣府、警察庁、総務省、法務省、外務省、文部科学省、経済産業省)

・二国間協議や国際会議等の場を活用し、海賊版対策の強化に向けた働きかけを行うとともに、海外海賊版サイトの運営者摘発等に向け、国際的な捜査協力を推進するほか、民間事業者との協力の下、デジタルフォレンジック調査の実施等の取組を進めるなど、国際連携・国際執行の強化を図る。さらに、国境を超えた著作権侵害等に対し国内権利者が行う権利行使への支援の拡充など、更なる支援策について検討する。(短期、中期)(内閣府、警察庁、総務省、法務省、外務省、文部科学省、経済産業省)

・CDNサービス事業者における海賊版サイトへのサービス提供の停止や、検索サイト事業者における海賊版に係る検索結果表示の削除又は抑制など、海賊版サイトの運営やこれへのアクセスに利用される各種民間事業者のサービスについて必要な対策措置が講じられるよう、それらの民間事業者と権利者との協力等を促進する。(短期、中期)(内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省)

・海賊版・模倣品を購入しないことはもとより、特に、侵害コンテンツについては、視聴者は無意識にそれを視聴し侵害者に利益をもたらすことから、侵害コンテンツを含む海賊版・模倣品を容認しないということが国民の規範意識に根差すよう、関係省庁・関係機関による啓発活動を推進する。(短期、中期)(警察庁、消費者庁、総務省、財務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省)

・越境電子商取引の進展に伴う模倣品・海賊版の流入増加へ対応するため、個人使用目的を仮装して輸入される模倣品・海賊版を引き続き厳正に取り締まる。また、改正商標法・意匠法・関税法により、海外事業者が郵送等により国内に持ち込む模倣品が税関による取締りの対象となることから、当該改正法の2022年秋までの施行に向けて、善意の輸入者に不測の損害を与えることがないよう十分な広報等に努めるとともに、実効性のある水際取締りを実施できるよう必要な措置を講じる。他の知的財産権についても、必要に応じて、検討を行う。(短期、中期)(財務省、経済産業省、文部科学省)

 海賊版対策としては、2021年商標法等改正の施行に向けた話も含まれているが、インターネット海賊版対策については、引き続き総務省のインターネット上の海賊版サイトへのアクセス抑止方策に関する検討会が中心となって検討をして行くのではないかと思える。その5月31日の検討会で示された、現状とりまとめ骨子(pdf)に書かれている事も、今の所、知財計画の項目の記載の通り、クラウド・CDNや検索サービス事業者との連携強化といった地道な取り組みが中心であって、危険な方向性が出ているといった事はない。

 第83~84ページには、以下の様に、2020年の種苗法改正と家畜遺伝資源法についての項目がある。

・改正種苗法の周知や、税関当局との連携による、海外への育成者権侵害種苗の持ち出し防止を図るとともに、改正種苗法を活用した育成者権者による登録品種の適切な管理を進める。(短期、中期)(農林水産省)

・家畜改良増殖法の一部を改正する法律及び家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律(2020年10月1日施行)に基づき以下の取組を推進する。
(1)家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律の運用に関するガイドライン(2021年3月公表)の徹底を図るとともに、和牛遺伝資源の譲渡の際に締結すべき契約のひな形の普及を通じた契約の促進等により不正競争防止の取組を推進する。
(2)家畜人工授精師等に対する研修会の開催等により、家畜改良増殖法の徹底を図るとともに、2021年度までに実施した全国の家畜人工授精所への立入検査及び法令の遵守状況に係る調査結果等を踏まえ、2022年度中に、立入検査の実施等により法令遵守の徹底を図り、更なる流通管理の適正化を推進する。また、家畜人工授精所からの報告等に伴う都道府県の事務の軽減、情報集約のための全国システムの運用(2021年4月開始)及び機能強化を図り電子化を推進する。(短期、中期)(農林水産省)

 第87ページでは、別に知的財産だけに関する事ではないと思うが、以下の様な仲裁法改正検討や今年の民事訴訟法改正についても触れられている。

・東京虎ノ門の国際仲裁専用施設の更なるICT化を含めたサービス向上を進めるとともに、学生・司法修習生・若手弁護士等の幅広い世代に対する研修の提供等を通した人材育成並びに業界団体別及び国別セミナー等の実施を通した広報・意識啓発等を進める。また、法制度の整備として、最新の国際水準に対応した仲裁法改正及び調停に関する要綱が法制審議会において取りまとめられたことを受けて、早期の法案提出に向けた準備を進める。(短期、中期)(法務省、関係府省)

・知財訴訟の更なる迅速化、効率化を実現するため、民事訴訟において提訴から判決までの手続きを全面的にIT化する民事訴訟法等の一部を改正する法律の施行の準備を進める。(短期、中期)(法務省)

 以上、ざっと見て来たが、これらは今までの法改正の施行や周知に関する項目ばかりで、今後の法改正に関して明確な方向性が示されている点は、拡大集中ライセンス制度に基づく一元的な権利処理窓口のための著作権法改正くらいであるが、これも重要であって実務的に検討すべき事が多いとは言え、検討の方向性として大きな問題があるというものではない。引き続きインターネット海賊版対策について総務省の検討が地道な方向に向かう事を注視して行く必要はあるだろうが、今年の知財計画の内容も去年同様政策的に大した事は何も書かれていないに等しく、危険な事が書かれていないだけましなのかも知れないが、残念ながら、今後も知財政策を巡る迷走は続く事だろう。(私の提出したパブコメについては第455回参照、去年の知財計画の記載については第442回参照。)

 最後に少し書いておくと、今年私が最も気になっていたのは新しい秘密特許制度(特許非公開制度)についてどう書かれるかだったのだが、経済安保法については国際標準化との関係で触れられているだけで、施策項目としても、第46ページに、

・経済安全保障の観点も踏まえて、「標準活用推進タスクフォース」を司令塔として量子技術等の重要分野を新たに幅広く特定し、標準の開発の加速化支援等、国際標準の形成に必要な個別具体的な活動への支援を行う。経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律に基づく官民の協議会においても、個別のプロジェクトの状況等を踏まえ、必要に応じ国際標準化及びその支援方策の検討を図る。また、こうした取組を進めていくにあたり、基本的価値を共有する同志国との連携を強化する。(短期、中期)(内閣府、内閣官房、総務省、外務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省)

というものがあるだけである。特許法の原則と実務に大きな影響を与える法改正であるにも関わらず、新しい秘密特許制度の導入についてこの様に全く言及されていない理由は良く分からない。

(2023年3月26日夜の追記:知財計画についてリンクを張り替えるのをすっかり忘れていたが、上で書いた通り正式版にリンクを入れ替えた。)

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