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2022年2月 6日 (日)

第452回:新秘密特許制度に関する政府有識者会議の提言

 2月1日に経済安全保障法制に関する有識者会議の第4回が開かれ、経済安全保障法制に関する提言(pdf)が公開された。(なお、1月21日に開催されていたらしい第3回の特許非公開に関する検討会合の議事要旨(pdf)も同時に公開されており、また、この提言は総理大臣を議長とする経済安全保障推進会議の第2回、2月4日の資料としても提示されている。)

 この提言の第43~53ページに、以下の通り、「Ⅴ 特許出願の非公開化」として新秘密特許制度の概要が書かれているが、前回取り上げた骨子の内容に毛が生えた程度の薄い内容であって、残念ながら、制度の本質的な疑問や懸念に関する点が明らかになっているという事はほぼない。

Ⅴ 特許出願の非公開化

1 現状・課題

 政府は、「統合イノベーション戦略2020」(令和2年7月17日閣議決定)において、「研究開発成果のうち特許に関する取扱いについては、論文、学会発表、HP掲載等の他の媒体を通じた技術流出への対処方策との整合性・バランスや各国の特許制度の在り方も念頭に置いた上で、利用者の負担にも配慮しつつ、イノベーションの促進と技術流出防止の観点との両立が図られるよう、特許出願公開や特許公表に関して、制度面も含めた検討を推進」することを決定し、その後、「統合イノベーション戦略2021」(令和3年6月18日閣議決定)及び「経済財政運営と改革の基本方針2021」(令和3年6月18日閣議決定)において、「特許の公開制度について、各国の特許制度の在り方も念頭に置いた上で、イノベーションの促進と両立させつつ、安全保障の観点から非公開化を行うための所要の措置を講ずるべく検討を進める」と決定した。

 我が国の現行の特許制度では、出願された発明は、一定期間後に一律に公開されることとなる。このため、機微な発明が出願されていても、その公開を止めるすべがないことが国会等で指摘されている。

 もとより、論文等の研究成果の公表は自由であり、こうした形態による公表については自律的な研究倫理、契約等に委ねることが大前提である。その一方で、発明者が特許制度によって権利を確保しようとした場合に、公になれば我が国の安全保障が著しく損なわれる発明であっても国の制度を通じて一律かつ自動的に公開されてしまうという事態は看過できない。

 そもそも特許制度は、自己の発明した新しい技術を公開することの代償として、一定期間特許権という独占的な権利を与える制度であり、その趣旨は、特許権というインセンティブを与えることで、発明及びその公開を促し、もって産業の発達を図るというものであって、出願の公開が特許権付与の前提である。

 このような特許制度が、公開すべきでない発明、すなわち、公になれば我が国の安全保障が著しく損なわれるおそれがある発明の場合、特段の例外規定のない現状では、たとえ公開すべきでないとわかっていても、特許権を得るためには公開に供するほかないという好ましくないインセンティブを与えてしまっている状況にある。

 例えば、平成27年の報道で日本のレーザーウラン濃縮技術に関する特許公報やこの特許技術に基づく機器がIAEAの査察を受けた他国の極秘研究施設で発見されていた旨報じられ、機微な技術の特許制度を通じた公開の問題が注目されたが、このような事態を生じ得る我が国の特許制度の在り方は検討を要するといわざるを得ない。

 諸外国の多くは、特許制度の例外措置として機微な発明の特許出願について出願を非公開とするとともに、流出防止措置を講じ、もって、当該発明が外部からの脅威に利用されることを未然に防ぐ制度を有しており、G20諸国の中でこうした制度を有していないのは、日本、メキシコ及びアルゼンチンのみである。

 このように諸外国の多くが、インターネットが発達し、発明情報の公表が容易になった現在にあっても特許非公開制度を存続させていることは、今もなおこうした制度が必要とされていることを物語っている。

2 政策対応の基本的な考え方

(1)新しい制度の必要性

 上記の問題に対処するため、特許出願のうち、我が国の安全保障上極めて機微な発明であって公にするべきではないものについて、そうした状況が解消するまでの間、出願公開の手続を留保するとともに、機微な発明の流出を防ぐための措置を講ずる制度を整備する必要がある。

 すなわち、非公開の決定をした発明については、諸外国の制度のように、出願人等に情報保全を求め、発明の実施制限等を行う枠組みが必要である。

 さらに、このような制度を設ける以上、これと一体のものとして、後述する第二次審査の対象となる発明について我が国への第一国出願義務を定める必要がある。

 このような制度を新設することにより、公になれば我が国の安全保障が著しく損なわれるおそれがある発明について、そうしたおそれが解消するまでの間、出願公開による拡散や不用意な流出を防止することができる。

 さらに、これまで安全保障上の観点から特許出願を諦めざるを得なかった発明者に、特許法上の権利を得る途を開き、新たな出願ニーズや職務発明のニーズを掘り起こすことができるという効果も期待できる。

(2)対象発明を選定する際の視点

 非公開の対象となる発明の選定に当たっては、公になれば我が国の安全保障が著しく損なわれるおそれがある発明に限定することに加え、経済活動やイノベーションに及ぼす影響を十分考慮するべきである。

 機微性の程度としては安全保障上の機微性が極めて高いものを想定すべきである一方、我が国の安全保障に影響を及ぼし得る機微な発明であっても、それを一律に非公開とすることは、必ずしも最適とは限らない。例えば、いわゆるデュアルユース技術を幅広く新制度による非公開の対象とした場合には、経済活動が制約され、当該分野の研究開発も抑制されるほか、最悪の場合、我が国において発明を非公開としている間に、海外において外国企業にその発明の特許を取得されてしまうおそれもある。

 したがって、新制度においては、発明の機微性だけでなく、経済活動やイノベーションにどのような影響を及ぼすかも考慮して、非公開とする対象を十分に絞り込む仕組みとするべきであり、かつ、経済活動の予見可能性を確保するため、保全の対象となり得る発明の技術分野等を予見可能な形で示すべきである。

 ただし、要件や基準を細目化しすぎると、政府の問題意識を外部にさらすことになり、それを探ろうとする悪意の出願が行われるおそれもあるため、予見可能性の確保については、安全保障とのバランスを取ることも念頭に置く必要がある。

3 新しい立法措置の基本的な枠組み

(1)制度の骨格

 特許出願を非公開にする制度としては、アメリカ、イギリス、フランス等が採用する特許付与の手続を留保する制度(いわゆる審査凍結型)と、ドイツや中国が採用する非公開のまま特許権を付与する制度(いわゆる特許付与型)があるが、公開の代償として独占的な権利を付与するという我が国特許制度の本質に鑑みても、実務的な使いやすさという観点からも、手続を留保する制度を導入するべきである。

 すなわち、我が国の安全保障上極めて機微な発明であって公にすべきではないものが記載されている特許出願については、出願人としての先願の地位を確保しつつ、出願公開等の特許手続を留保するとともに、そのような発明の流出を防止する措置を講じ、機微性が低下した段階で通常の特許制度のプロセスに戻すということを可能にする制度を導入するべきである。

 非公開とする発明の選定手続は、年間30万件前後に及ぶ全出願について逐一本格的な審査を行うのはおよそ現実的でなく、特許手続全体の遅延を生じかねないことから、後述するように、あらかじめ第二次審査の対象とする技術分野を定め、まず特許庁においてこれに該当するか否かといった点を中心とする定型的な審査、すなわち第一次審査を行い、対象件数を極力絞り込んだ上で、新たな制度の所管部署が機微性や産業への影響等を総合的に検討する第二次審査を行うという、二段階審査制を採用するべきである。

 第二次審査において非公開の決定をした場合、諸外国の制度のように、出願人等に機微発明の情報保全措置を求め、発明の実施制限等を課す枠組みが必要である。また、国としてそのような制約を課す以上、その代償として損失補償をする仕組みも設けるべきである。

 さらに、このような制度を設けながら外国への出願を自由とすることは適切でないため、第二次審査の対象となる発明について我が国への第一国出願義務を定める必要がある。

(2)非公開の対象となる発明

① 審査対象となる技術分野

 第二次審査の対象となる技術分野を定めるに当たっても、前記2(2)のとおり、公になれば我が国の安全保障が著しく損なわれるおそれがある発明という観点に加え、経済活動やイノベーションに及ぼす影響を十分考慮するべきである。

 また、先端技術が日進月歩で変わるものであることに鑑み、変化に応じて機動的に定められる枠組みとするべきである。

② 具体的な対象発明のイメージ

 非公開の対象となる発明については、核兵器の開発につながる技術及び武器のみに用いられるシングルユース技術のうち我が国の安全保障上極めて機微な発明を基本として選定するべきである。これらの技術は、機微性が比較的明確であることに加え、開発者自身が機微性を認識し、情報管理を徹底していることが通常であり、かつ、一般市場に製品が広く出回るような性質のものでもないと考えられる。

 他方、いわゆるデュアルユース技術については、これらの技術を広く対象とした場合、我が国の産業界の経済活動や当該技術の研究開発を阻害し、かえって我が国の経済力や技術的優位性を損ないかねないおそれがある。また、発展が期待されるいわゆる新興技術を対象に取り込むことは、諸外国でも慎重な扱いがなされていると考えられ、国際的な研究協力にも支障を生じかねない。このため、いわゆるデュアルユース技術を対象とする場合には、技術分野を絞るとともに、例えば、国費による委託事業の成果である技術や、防衛等の用途で開発された技術、あるいは出願人自身が了解している場合などを念頭に、支障が少ないケースに限定するべきである。

 制度開始当初は第二次審査の対象となる技術分野を限定したスモールスタートとし、その後の運用状況等を見極めながら、対象技術分野の在り方を検討することが適当である。

(3)発明の選定プロセス

① 二段階審査制

 前記(1)で述べたとおり、まず特許庁において技術分野等の観点から件数を極力絞り込んだ上で、新たな制度の所管部署が機微性や産業への影響等を総合的に検討する第二次審査を行う、二段階審査制とするべきである。

② 審査体制

ア 第一次審査

 第一次審査は、全ての特許出願の受理官署である特許庁において行うべきである。

 特許庁による第一次審査は、できる限り件数を絞り込む必要がある一方で、迅速に処理することが必要であることも踏まえると、機微性の大小の判断には踏み込まず、前記(1)のとおり第二次審査の対象となる技術分野に該当するか否かといった点を中心に、定型的な審査を行うことが考えられる。

 大半の特許出願については、この第一次審査の段階で特許非公開の手続から外れ、通常の特許手続が進められるようにするべきである。

 後述するように、出願人の予見性を高めるため、第二次審査の対象とする技術分野については明示するべきであるが、その上で、出願人の予見性を更に高めるためにも、特許庁による第一次審査は短時間で遂げられるべきであり、通常の特許手続における分類等の作業を念頭に置くと、概ね特許出願日から3か月程度で第一次審査を終えるようにするべきである。

 なお、特許の出願書類には、特許を受けようとする発明、すなわちクレーム(特許請求の範囲)に掲げる発明以外に、添付された明細書に複数の発明が記載されることも少なくないところ、出願公開の際はこうした明細書も一律に公開されることを踏まえると、特許庁が行う第一次審査においては、特許を受けようとする発明だけでなく、明細書から把握される発明について、あらかじめ定める技術分野に該当するものがないかを確認する必要がある。

イ 第二次審査

 第二次審査を行う機関については、諸外国では国防機関が担うこととしている国もあるが、我が国では、前記2(2)のとおり、産業への影響も踏まえた総合考慮を要することを踏まえ、例えば内閣府に新たな制度の所管部署を設置し、防衛省や特許庁その他関係省庁がこれに協力する形で審査を行う仕組みを構築することが考えられる。

 第二次審査に当たっては、最先端技術の評価など、政府機関の知見だけでは不十分な場合も想定されるため、必要に応じて外部の専門家の助力を得ることができる枠組みとする必要がある。その際、当該専門家には公務員と同様の守秘義務を課すべきである。

 また、第二次審査により、非公開の対象とすべきではないと判断した場合には、速やかに出願人に通知し、外国出願制限を解除するとともに、通常の特許手続に戻すべきである。

 なお、第二次審査の判断については、安全保障に関わる機微な判断が含まれることから、一般的な行政処分の手続に従って処分理由が開示される制度とならないよう留意する必要がある。

ウ 審査体制の整備

 二段階審査の仕組みを機能させるためには、人員やシステムの整備が不可欠であり、そのための費用が通常の特許の手数料に転嫁されないよう、手当する必要がある。また、こうした体制整備は時間を要するものであることから、新制度の施行時期は、システム整備等に要する期間を考慮して決める必要がある。

③ 保全指定前の意思確認

 第二次審査において、発明情報の保全を決定するに当たっては、諸外国の制度のように、国が一方的に保全命令を発するという形も考えられるが、そのような方法は、出願人にとって処分の予見性が低く、産業界への影響が大きい。加えて、元々特許出願をしなければ利用も開示も自由であった発明が、決定後は後述のとおり、利用制限、開示禁止等の制約を受け、制度からの離脱も認められなくなる。これらの点を踏まえると、保全を決定する前に出願人に意思確認を行い、出願手続からの離脱の機会を設ける枠組みを採り入れることも検討するべきである。

④ 予見可能性の確保

 出願人にとっては、自己の出願が保全の対象とされることへの予見可能性が確保されることが重要である。

 他方で、政府の判断基準を細かく示すことは、それ自体が安全保障に悪影響を及ぼしかねないことに留意するべきである。

 このため、第二次審査の対象となる技術分野を明示した上で、個別の審査の過程で出願人とコミュニケーションを取りながら審査を進め、出願手続からの離脱の機会を設けるなど、予見可能性を確保するべきである。

⑤ その他留意事項

 前記②アのとおり、特許出願の提出書類に複数の発明が記載される場合も少なくないところ、その一部のみが高度の機微性を有すると判断される場合には、特許出願自体は全体として非公開としつつ、出願人の負担や産業界への影響を必要最小限にするため、保全の対象は当該機微な発明に限定するべきである。

 その上で、保全の対象とならなかった発明については、これを切り分けて分割出願することにより、その限度で通常どおり特許を受けられる道を残すべきである。

 なお、保全期間中は通常の特許手続が中断するというのが審査凍結型であるが、出願人の中には、保全措置が解除されたときに速やかに特許権を取得して権利行使したいと考える者もいると想定されるため、通常の特許手続を完全に中断するのではなく、保全期間中に審査請求をして査定の手前まで手続を進めるという選択肢も残すべきである。

(4)対象発明の選定後の手続と情報保全措置

① 情報保全の期間

 保全期間の上限を設けることは適切でないが、例えば1年ごとにレビューし、必要がなくなれば直ちに保全措置を終了させる枠組みとするべきである。

② 漏えい防止のための措置

 保全の対象となった発明については、出願人等による発明の実施を制限する必要がある。

 ただし、発明の実施については、一律の禁止ではなく、製品から発明内容を解析されてしまうなど情報拡散のおそれのある実施のみ禁止し、それ以外の場合は実施が許可される枠組みとするべきである。

 保全措置がとられている間は、外国出願は、二国間協定等がある場合を除き、禁止するべきである。

 発明内容の他者への開示は原則禁止とするものの、業務上の正当な理由がある場合には開示が許可される枠組みとするべきである。

 保全措置の決定後は、特許出願の取下げ等による保全措置からの離脱を認めることは適当でない。

③ 情報の適正管理措置

 保全の対象となった発明の情報は、出願人において営業秘密として厳格に管理するなど、適正な管理措置を講じる枠組みとするべきである。

④ 実効性の確保

 情報保全措置の実効性を確保するため、違反行為については罰則を定めるべきである。

(5)外国出願の制限

① 第一国出願義務の在り方

 安全保障上極めて機微な発明の流出を防止する制度を設けながら外国出願を自由とすることは適切でないため、第二次審査の対象となる発明については、何人も、外国に出願する前にまず我が国に出願しなければならないこととする我が国への第一国出願義務を定める必要がある。

 その範囲は、経済活動等への影響も考慮し、十分に限定された範囲とするべきである。

 また、特許出願の実務を踏まえ、第一国出願義務が掛かる発明は、発明地主義によるべきである。

 第一国出願義務に実効性を持たせるため、違反行為については罰則を定めるべきである。

 我が国で最初に特許出願をした場合、パリ条約により、当該出願から12か月以内に外国で出願をすれば、最初の特許出願の日を基準とする優先権を主張できることとされていることから、外国出願の禁止は、その優先権が失われる前、具体的には最大でも我が国での特許出願後10か月で解除されるべきである。

 なお、企業の実務上、12か月以内に外国で出願をするには、国内出願後概ね6か月程度で明細書の翻訳等を発注しなければならないことから、その時点で第二次審査の結論が出ていない場合、最終的に保全措置の対象となれば、外国出願が実現せず費用のロスを生ずることになる。こうしたロスが頻繁に生ずることのないようにするためにも、手続の迅速化や対象件数の絞り込みに留意するべきである。

② 第一国出願義務に関する相談制度

 我が国で出願せずに初めから外国出願しようとする場合もあり得るところ、そのような者が、第一国出願義務に抵触するリスクを冒さなくても済むように、第一国出願義務の対象に当たるかどうかを事前に国に相談できる枠組みを設けるべきである。

(6)補償の在り方

 国として出願人等に実施制限等の制約を課す以上、その代償として損失補償をする枠組みを設けるべきである。

 前回でも書いたが、要するに、この新秘密特許制度の骨子は、対象となる技術分野を明示した上で、特許庁がその技術分野に該当するかどうかの第一次審査を行い、新設の審査部署が関係省庁と協力して秘密として指定するかどうかの第二次審査を行い、この第二次審査の結果、秘密指定をされたら補償を受ける事はできるが、出願人には厳格な管理が求められ、義務に違反して公開や外国出願をした時の罰則まであるというものであり、かなり大掛かりかつ厳しいものになる事が想定されるのである。

 上で書いた通り、この提言はその前の骨子をほぼなぞっただけの薄い内容のものだが、骨子と比べて僅かながら加えられた情報を強いて抜き出すなら、第49~51ページに書かれている以下の点となるだろう。

  • 「特許庁による第一次審査は短時間で遂げられるべきであり、通常の特許手続における分類等の作業を念頭に置くと、概ね特許出願日から3か月程度で第一次審査を終えるようにするべき」
  • 「第二次審査により、非公開の対象とすべきではないと判断した場合には、速やかに出願人に通知し、外国出願制限を解除するとともに、通常の特許手続に戻すべき」
  • 「第二次審査の判断については、安全保障に関わる機微な判断が含まれることから、一般的な行政処分の手続に従って処分理由が開示される制度とならないよう留意する必要がある」
  • 「その一部のみが高度の機微性を有すると判断される場合には、特許出願自体は全体として非公開としつつ、出願人の負担や産業界への影響を必要最小限にするため、保全の対象は当該機微な発明に限定するべき」、「保全の対象とならなかった発明については、これを切り分けて分割出願することにより、その限度で通常どおり特許を受けられる道を残すべき」
  • 「通常の特許手続を完全に中断するのではなく、保全期間中に審査請求をして査定の手前まで手続を進めるという選択肢も残すべき」

 これらの点だけでも、特許庁による第一次審査が「概ね特許出願日から3か月程度」と言っても、程度というのがどの程度の期間まであり得るのか、この第一次審査の結果は何らかの通知によって分かるのか、また、新設の審査部署による第二次審査で「非公開の対象とすべきではないと判断した場合には、速やかに出願人に通知」と言っても、対象とするという判断がされた場合はどうなるのか、「一般的な行政処分の手続に従って処分理由が開示される制度とならない」とすると、出願人本人にとってすら特許出願を秘密とする行政処分の理由が分からず、理由に基づき不服を申し立てる事すらできなくなりかねないが、本当にその様な不適切としか思えない制度を作ろうとしているのか、保全対象となった出願や分割された後の出願の特許審査は具体的にどの様に進められるのか、どの様な制度設計を考えているのか、良く分からない点が多い。

 大体、骨子の時もそうだったが、この提言でも、新制度に関する現状と課題や必要性の記載に説得力はあまりない。

 この新秘密特許制度自体が「論文等の研究成果の公表は自由」という前提と矛盾を来しているのだが、この点に対する説明は説明になっていない。研究を特許出願に出さずに論文として公開される事があり得るにも関わらず、特許出願として公開されると途端に国の安全保障が著しく損なわれるというのは理解不能である。論文等による公表については自律的な研究倫理、契約等に委ねるべきというなら、公表手段としてはその内の1つに過ぎない特許出願による公開についても研究倫理、契約等に委ねるべきであって、それ以上でもそれ以下でもないだろう。

 「公になれば我が国の安全保障が著しく損なわれるおそれがある発明」あるいは「我が国の安全保障上極めて機微な発明であって公にするべきではないもの」というものが、今の日本で本当に出願されているのか、出願され得るのかも不明の儘である。

 例として、平成27年に、IAEAの査察で日本のレーザーウラン濃縮技術に関する特許公報やこの特許技術に基づく機器が他国の極秘研究施設で発見されたという報道があったと書かれているが、レーザーウラン濃縮技術自体はウラン濃縮のWikipedia英語版)に書かれているほど一般的なもので、この分野で日本の研究者が核兵器の容易な製造に直結するほど画期的な技術を開発したという話は聞かない。原子力技術の利用を考えるなら、どこの国であれ、研究者は可能な限り多くの公開情報を集めて試験や実験をするだろうし、この報道の話は、他の数多くの論文などの中に1つ日本の特許公報もあったというだけで、その特許技術自体は別に秘密とするほどのものではなかったのではないかと私には思える。(逆に、それほど画期的な技術を日本の研究者がおそらく国の研究予算を使って実現していたとしたら、なぜその様な技術を特許出願に出したのかという事から問題にするべきだろう。)

 政府の会議の提言として、この程度の報道についてその儘書くしかなく、他に大した例もなく、その例すらきちんと分析されているかどうか怪しいというのでは、新秘密特許制度の必要性からしてそもそも大いに疑問であると言わざるを得ない。もしかしたら、政府内ではより詳細に分析がされているのかも知れないが、技術情報に対して本当にこの提言レベルでしか情報分析力がないとすると、新制度が実際に導入された場合に、「我が国の安全保障上極めて機微な発明」に関する判断がまともにできるのか、非常に危ういとすら私には思える。

 諸外国の事も書かれているが、当たり前の話として、制度が存在する事はその制度自体を正当化しない。他の国についても、それぞれ秘密特許制度はどれほど利用されているのか、どれくらい本当に安全保障上役に立っているのかを見るべきだろう。秘密指定がされると特許が秘密になってしまうので調べるのが難しい事は確かだが、他の国でも批判はあるだろうし、かなり前に導入している国も多く、インターネットが発達し、情報流通手段が多様化している現在において、どの国であれ秘密特許制度の意義は今一度見直されなくてはならない筈である。

 他は、大体前回でも書いた通りだが、対象となるシングルユース技術のうち、「我が国の安全保障上極めて機微な発明」とは何か、デュアルユース技術について、どの様に技術分野を絞るのか、国の委託事業の成果を全て秘密にできたり、防衛等として一般的な関連技術まで広く秘密指定ができたり、出願人が希望したら特許出願を秘密にできたりする様な乱暴な制度は出願の公開を原則とする特許制度の根幹を揺るがすものとなりかねないが、どうなるのか、違反に対する罰則まで設ける事が果たして妥当か、事前相談はどこまでできるのか、場合によって10か月も外国に出願できるかどうか分からない状態が続くのは非常に辛いが、どう対処したらいいのか、新設の審査部署はどの様に第二次審査をするのか、補償金の額をどの様にして決めるのかなど、本質的な疑問や懸念に関する点で新たに明らかになった事はほぼない。

 政府は2月下旬にも法案を国会に提出する予定との報道もあったが、この提言を見ても、かなり拙速に準備が進められている様であり、さらに時間を掛けて検討すべき点はなお多いと私には思える。

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コメント

大変勉強になりました。ありがとうございました。

投稿: 佐田洋一郎 | 2022年3月 6日 (日) 16時20分

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