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2022年1月23日 (日)

第451回:新秘密特許制度に関する政府有識者会議の提言骨子

 今回も秘密特許制度検討の話の続きである。

 1月19日の経済安全保障法制に関する有識者会議で、1月11日の第2回特許非公開に関する検討会合の検討資料(pdf)議事要旨(pdf)議事のポイント(pdf)とともに、以下の内容の特許出願の非公開化に関する提言骨子(pdf)が公表された。

1 政策対応の基本的な考え方
(1)新しい制度の必要性
(a)特許出願のうち、我が国の安全保障上極めて機微な発明であって公にするべきではないものについて、そうした状況が解消するまでの間、出願公開の手続を留保するとともに、機微な発明の流出を防ぐための措置を講ずる制度を整備する必要がある。
(b)非公開の決定をした発明については、諸外国の制度のように、出願人等に情報保全を求め、発明の実施制限等を行う枠組みが必要である。
(c)さらに、このような制度を設ける以上、非公開の審査対象となる発明について我が国への第一国出願義務を定めることが必要である。

(2)対象発明を選定する際の視点
非公開の対象となる発明の選定に当たっては、公になれば我が国の安全保障が著しく損なわれるおそれがある発明に限定することに加え、経済活動やイノベーションに及ぼす影響を十分考慮するべきである。

2 新しい立法措置の基本的な枠組み
(1)非公開の対象となる発明
① 審査対象となる技術分野
審査対象となる技術分野は、先端技術が日進月歩で変わるものであることに鑑み、変化に応じて機動的に定められる枠組みとするべきである。

② 具体的な対象発明のイメージ
(a)非公開の対象となる発明については、核兵器の開発につながる技術及び武器のみに用いられるシングルユース技術のうち我が国の安全保障上極めて機微な発明を基本として選定するべきである。これらの技術は、機微性が比較的明確であることに加え、開発者自身が機微性を認識し、情報管理を徹底しているのが通常であり、かつ、一般市場に製品が広く出回るような性質のものでもないと考えられる。
(b)他方、デュアルユース技術については、これらの技術を広く対象とした場合、我が国の産業界の経済活動や当該技術の研究開発を阻害し、かえって我が国の経済力や技術的優位性を損ないかねないおそれがある。このため、国費による委託事業の成果である技術や、防衛等の用途で開発された技術、あるいは出願人自身が了解している場合などを念頭に、支障が少ないケースに限定するべきである。
(c)制度開始当初は審査対象となる技術分野を限定したスモールスタートとし、その後の運用状況等を見極めながら、審査対象となる技術分野の在り方を検討することが適当である。

(2)発明の選定プロセス
① 二段階審査制
全出願について逐一本格的な審査を行うことは、経済活動等への影響に鑑みれば現実的でなく効率的でもないことから、特許庁において技術分野等により件数を絞り込んだ上で、専門的な審査部門が本審査を行う二段階審査制とするべきである。

② 審査体制
ア 第一次審査
特許庁による第一次審査は、非公開の審査対象となる技術分野に該当するか否かといった点を中心に、定型的な審査を、パリ条約による優先権を用いた外国出願の準備が開始できるように、短期間で行うことが考えられる。

イ 第二次審査
(a)新たな制度の所管部署を設置し、防衛省や特許庁その他関係省庁が協力する形で審査を行う枠組みを構築することが考えられる。
(b)審査に当たっては、最先端技術の評価など、政府機関の知見だけでは不十分な場合も想定されるため、必要に応じて外部の専門家の助力を得ることができる枠組みとする必要がある。その際、当該専門家には公務員と同様の守秘義務を課すべきである。

ウ 審査体制の整備
二段階審査の仕組みを機能させるためには、人員やシステムの整備が不可欠であり、そのための費用が通常の特許の手数料に転嫁されないよう、しっかりと手当する必要がある。

③ 保全指定前の意思確認
保全の対象として指定する前に出願人に意思確認を行い、出願手続からの離脱の機会を設ける枠組みを採り入れることも検討するべきである。

④ 予見可能性の確保
(a)出願人にとっては、自己の出願が保全の対象とされることへの予見可能性が確保されることが重要である。
(b)他方で、政府の判断基準を細かく示すことは、それ自体が安全保障に悪影響を及ぼしかねないことに留意するべきである。
(c)このため、審査対象となる技術分野を明示した上で、個別の審査の過程で出願人とコミュニケーションを取りながら審査を進め、出願手続からの離脱の機会を設けるなど、予見可能性を確保するべきである。

(3)対象発明の選定後の手続と情報保全措置
① 情報保全の期間
保全期間の上限を設けることは適切でないが、例えば1年ごとにレビューし、必要がなくなれば直ちに保全措置を終了させる枠組みとするべきである。

② 漏えい防止のための措置
(a)保全指定の対象となった発明については、出願人等による発明の実施を制限する必要がある。
(b)ただし、発明の実施については、一律の禁止ではなく、製品から発明内容を解析されてしまうなど情報拡散のおそれのある実施のみ禁止しそれ以外の場合は実施が許可される枠組みとするべきである。
(c)保全措置がとられている間は、外国出願は、二国間協定等がある場合を除き、禁止するべきである。
(d)発明内容の他者への開示は原則禁止とするものの、業務上の正当な理由がある場合には開示が許可される枠組みとするべきである。
(e)保全指定が行われた後は、出願人に対し、特許出願の取下げ等による出願手続からの離脱を認めることは適当でない

③ 情報の適正管理措置
保全指定の対象となった発明の情報は、出願人において営業秘密として厳格に管理するなど、適正な管理措置を講じる枠組みとするべきである。

④ 実効性の確保
情報保全措置の実効性を確保するため、違反行為については罰則を定めるべきである。

(4)外国出願の制限
① 第一国出願義務の在り方
(a)安全保障上極めて機微な発明の流出を防止する制度を設けながら外国出願を自由としたのでは意味がないことから、非公開の審査対象となる発明については我が国への第一国出願義務を定める必要がある。
(b)その範囲は、経済活動等への影響も考慮し、十分に限定された範囲とすることが適当である。
(c)第一国出願義務に実効性を持たせるため、違反行為については罰則を定めるべきである。
(d)パリ条約による優先権(12か月)が失われないよう、外国出願の禁止は、我が国での特許出願後最大10か月で解除されるべきである。

② 第一国出願義務に関する事前相談制度
初めから外国に出願したい者のために、第一国出願義務の対象に当たるかどうかを事前に国に相談できる枠組みを設けるべきである。

(5)補償の在り方
国として出願人等に実施制限等の制約を課す以上、その代償として損失補償をする枠組みを設けるべきである。

 この骨子の線が引かれている箇所を中心にポイントをさらにまとめると以下の様になるだろう。

  • 非公開の対象となる発明について:
    「核兵器の開発につながる技術及び武器のみに用いられるシングルユース技術のうち我が国の安全保障上極めて機微な発明を基本として選定するべき」
    「デュアルユース技術については・・・国費による委託事業の成果である技術や、防衛等の用途で開発された技術、あるいは出願人自身が了解している場合などを念頭に、支障が少ないケースに限定するべき」

  • 発明の選定プロセスについて:
    「特許庁による第一次審査は、非公開の審査対象となる技術分野に該当するか否かといった点を中心に、定型的な審査を、パリ条約による優先権を用いた外国出願の準備が開始できるように、短期間で行う」
    (第二次審査のため)「新たな制度の所管部署を設置し、防衛省や特許庁その他関係省庁が協力する形で審査を行う枠組みを構築する」
    「審査対象となる技術分野を明示した上で、個別の審査の過程で出願人とコミュニケーションを取りながら審査を進め、出願手続からの離脱の機会を設けるなど、予見可能性を確保するべき」

  • 対象発明の選定後の手続と情報保全措置について:
    「例えば1年ごとにレビューし、必要がなくなれば直ちに保全措置を終了させる枠組みとするべき」
    「保全指定の対象となった発明の情報は、出願人において営業秘密として厳格に管理するなど、適正な管理措置を講じる枠組みとするべき」
    「違反行為については罰則を定めるべき」

  • 外国出願の制限について:
    「非公開の審査対象となる発明については我が国への第一国出願義務を定める必要がある」、「違反行為については罰則を定めるべき」
    「パリ条約による優先権(12か月)が失われないよう、外国出願の禁止は、我が国での特許出願後最大10か月で解除されるべき」
    「初めから外国に出願したい者のために、第一国出願義務の対象に当たるかどうかを事前に国に相談できる枠組みを設けるべき」

  • 補償の在り方について:
    「その代償として損失補償をする枠組みを設けるべき」

 これによると、この新秘密特許制度の骨子は、対象となる技術分野を明示した上で、特許庁がその技術分野に該当するかどうかの第一次審査を行い、新設の審査部署が関係省庁と協力して秘密として指定するかどうかの第二次審査を行い、この第二次審査の結果、秘密指定をされたら補償を受ける事はできるが、出願人には厳格な管理が求められ、義務に違反して公開や外国出願をした時の罰則まであるというものであり、かなり大掛かりかつ厳しいものになる事が想定される。

 この骨子でも、出願人から見た時の予見可能性の確保の点で、技術分野の限定と明示、事前相談や出願手続からの離脱の機会などについて書かれている事について一定の評価はできる。

 しかし、ある技術について特許出願さえしなければ自ら公開する事に何ら問題はない中で、違反に対する罰則まで設ける事が果たして妥当か甚だ疑問である。特許庁による第一次審査の結果はいつどの様にして分かるのか、事前相談はどこまでできるのか、外国出願の禁止は最大10か月で解除されるとされているが、パリ条約による優先権が12か月である事を考えると、10か月も外国に出願できるかどうか分からない状態が続くのは非常に辛い。

 また、技術分野の限定と明示はこの新秘密特許制度の肝と言ってもいい部分だろうが、対象となるシングルユース技術のうち、「我が国の安全保障上極めて機微な発明」とは何か、果たして今の日本でその様なものが特許出願される事があり得るのかは良く考える必要があるだろう。

 デュアルユース技術についても、支障が少ないケースに限定するとは書かれているが、「国費による委託事業の成果である技術や、防衛等の用途で開発された技術、あるいは出願人自身が了解している場合など」とは非常に漠然としていて広汎に過ぎる。国の委託事業の成果を全て秘密にできたり、防衛等として一般的な関連技術まで広く秘密指定ができたり、出願人が希望したら特許出願を秘密にできたりする制度は極めて乱暴なものであって、出願の公開を原則とする特許制度の根幹を揺るがすものとなりかねない。ここも、本当にどの様なケースで本当に秘密指定が必要なのか、より具体的に検討がされなくてはならない点である。

 新設の審査部署はどの様に第二次審査をするのか、補償金の額をどの様にして決めるのかといった点もなお不明である。

 政府は2月下旬にも法案を国会に提出する予定との報道もあったが、この骨子を見る限り、さらに丁寧に検討すべき点はまだ多いと私には思える。

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目次15

 単なる目次のエントリその15である。

(以下、目次)

第421回:閣議決定された著作権法改正案のダウンロード違法化・犯罪化の対象範囲拡大関連条文(2020年3月11日)

第422回:閣議決定されたその他の知的財産関連法案(種苗法改正案と家畜遺伝資源保護法案)(2020年3月29日)

第423回:2018年著作権法改正のオンライン教育著作物利用補償金制度の早期施行(4月28日施行・2020年度無償)(2020年4月12日)

第424回:ダウンロード違法化・犯罪化の対象範囲拡大を含む著作権法改正案に関する私家版Q&A(2020年5月18日)

第425回:ダウンロード違法化・犯罪化の対象範囲拡大を含む著作権法改正案の可決・成立(2020年6月 7日)

第426回:知財計画2020の文章の確認(2020年6月21日)

第427回:総務省・発信者情報開示の在り方に関する研究会中間とりまとめ(案)に対するパブコメ募集(8月14日〆切)(2020年7月19日)

第428回:総務省・発信者情報開示の在り方に関する研究会中間とりまとめ(案)に対する提出パブコメ(2020年8月 2日)

第429回:情報・表現の自由と著作権に関する2020年4月30日のドイツ最高裁の3つの判決(2020年8月31日)

第430回:パロディに関する権利制限を含むドイツ著作権法改正案(2020年9月27日)

第431回:3ストライク法の一部を違憲無効とするフランス憲法裁判所の判決(2020年10月25日)

第432回:総務省・発信者情報開示の在り方に関する研究会最終とりまとめ(案)に対する提出パブコメ(2020年11月25日)

第433回:文化庁の図書館関係権利制限の拡充に関するパブコメ募集(12月21日〆切)と放送の再配信関係法改正に関するパブコメ募集(1月6日〆切)(2020年12月16日)

第434回:2020年の終わりに(2020年12月29日)

第435回:中国新著作権法の権利制限関係規定(2021年1月31日)

第436回:「知的財産推進計画2021」の策定に向けた意見募集(3月3日〆切)への提出パブコメ(2021年2月21日)

第437回:閣議決定されたプロバイダー責任制限法改正案の条文(2021年3月21日)

第438回:閣議決定された特許法等改正案の概要(2021年4月11日)

第439回:閣議決定された著作権法改正案の条文(2021年4月25日)

第440回:JavaのAPI利用に関するアメリカ最高裁フェアユース判決(2021年5月23日)

第441回:可決・成立したドイツ著作権法改正におけるパロディに関する権利制限の条文の変遷(2021年6月26日)

第442回:知財計画2021の文章の確認(2021年7月18日)

第443回:ドイツのインターネットサービスプロバイダー著作権責任法と拡大集中ライセンス(2021年8月 9日)

第444回:利用者のフェアディーリングの権利と著作者の権利の間のバランスを言うカナダ最高裁の判決(2021年9月 5日)

第445回:フランスの3ストライク機関の組織変更法改正案(両院可決版)(2021年10月 3日)

第446回:主要政党の2021年衆院選公約案比較(知財政策・情報・表現規制関連)(2021年10月17日)

第447回:フランスの3ストライク機関の組織変更法改正に対する憲法裁判所の判決(2021年11月14日)

第448回:技術と著作権の問題に関する国際動向2つ(DRM回避の例外を拡張するアメリカ著作権規則改正とエラー修正のためのプログラムの逆コンパイルは可能とする欧州司法裁の判決)(2021年12月12日)

第449回:2021年の終わりに(2021年12月29日)

第450回:日本の秘密特許制度(戦前の秘密特許制度と戦後の日米防衛特許協定出願制度)(2022年1月 9日)

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2022年1月 9日 (日)

第450回:日本の秘密特許制度(戦前の秘密特許制度と戦後の日米防衛特許協定出願制度)

 前回も書いた通り、今年の知財政策の最大の焦点は秘密特許制度の検討だろう。政府内の検討が今どうなっているのか良く分からないが、秘密特許制度に関してネット上の参考情報はそれほど多くはないので、ここでも、少し調べた事をまとめておく。

(1)戦前の秘密特許制度
 12月28日に公開された12月8日の第1回検討会合の資料(pdf)で、全く触れられていないが、日本でも戦前に秘密特許制度が存在していた事がある。

 この戦前の秘密特許制度の廃止までの経緯については、特許庁が1984-1985年に発行した工業所有権制度百年史が公式なものとして良くまとまっていると思うので、まず、そこから要点だけ引用する。

(上巻、第425~427ページ)
4 特許の収用及び秘密特許制度
・・・

(1)明治18年の専売特許条例における取扱い
・・・

(2)明治21年の特許条例における取扱い
 特許条例の規定は、「軍事上必要なるもの若しくは秘密を要するものと認めた発明」については制限を付して特許を与え又は特許を与えず、また既に与えた特許を制限し若しくは取り消すことができること並びにその場合には発明者などに相当の報酬を与える旨を規定した(第7条)。

(3)明治32年の特許法における取扱い
 「軍事上必要なるもの若しくは秘密を要するものに係る発明については」特許局長が必要と認めた場合だけでなく、主務官庁が請求した場合にも「特許に制限を付し若しくは特許を与えず又は既に与えた特許を制限し若しくは取り消すことができる」こととした(第16条第1項)。
・・・

(4)明治42年の特許法における取扱い
・・・
 明治42年(1909)10月23日、改正特許法26条に基づき、勅令第299号「軍事上秘密ヲ要スル発明特許ニ関スル件」が公布され、軍事上秘密を要する発明の出願の審査、手続等について定め、また、同日公布された勅令第298号「特許権ノ存続期間延長ニ関スル件」の秘密特許関係条項(「国に属する秘密特許に係る特許権の存続期間は、主務大臣が必要と認めれば<自動的に>延長する」とする第1条第2項の規定)と合わせて、我が国の秘密特許制度はその完成を見たのである。
・・・

(5)大正10年の特許法における取扱い
・・・
 昭和13年(1938)1月29日、勅令52号をもって「特許収用令」が公布され即日施行された。
・・・
 特許収用令は時代的要請に基づいて誕生し、戦時生産に必要な特許園などを国家の管理下に置くことにより、国家総動員法を補完する極めて重要な役割を果たしたのである。
・・・

(上巻、第486~491ページ)
13 秘密特許
 軍事上必要な発明について特許権に制限などを加える規定は専売特許条例以来存在していたが、秘密特許の規定ができたのは明治32年法においてであり、最初の秘密特許は明治36年に与えられている。秘密特許は、明治年間に24件、大正年間に116件が、圧倒的に増加するのは昭和になってからである。
 これらの秘密特許は、第二次世界大戦後GHQの命令で公開が指示され、昭和23年10月1日に50件、同11月1日に1,210件、31年7月に312件の合計1,572件の明細書が発行された。その内容をみると、初期には武器など軍事に直接関係あるものが多かったが、その後中心は合成化学や電気通信に移行していく。
・・・

(下巻、第28~35ページ)
2 秘密特許の解除と国有特許
(1)軍事的特許等の保全
・・・

(2)国有特許、秘密特許等の処分の制限
・・・

(3)秘密特許の解除と国有特許の制限の廃止
・・・

(4)秘密特許の公表
・・・

(5)国有特許の実施許諾
・・・
 一方、秘密特許が解除され、他の国有特許と同様に実質許諾されることとなったが、秘密特許のほとんどは旧陸軍及び海軍の所有であった。そのため、秘密特許の解除と前後して旧陸海軍などが所有していた秘密特許を含む特許権などの各政府機関への配分が行われ、第5-14表のように昭和23年(1948)9月16日現在で1,414件の特許及び実用新案権が純兵器関係を除いて各政府機関に配分された。
・・・

4 戦時的工業所有権法令の廃止
(1)工業所有権法戦時特例等の廃止と工業所有権制度の正常化
・・・

(2)秘密特許に関する法令の廃止
 昭和23年(1948)7月15日法律第172号により「特許法等の一部改正」が行われ、審決への不服の訴の東京高等裁判所専属管轄及び弁理士の訴訟代理権の確立などの改正と併せて秘密特許制度が廃止された。またこの特許法の改正に伴い、同日付政令第162号により「特許収用令」(昭和13年勅令第52号)からも秘密特許関係条項が削除された。
・・・

 これらをまとめると、戦前、日本にも秘密特許制度があり、旧陸海軍の主導で、昭和以降、戦争の拡大とともに一般的な化学や通信分野も含む形で利用されていたが(同百年史の第427ページの表によると、昭和18年の特許出願203件、実用新案出願18件、計221件が最大件数)、戦後、GHQの指示によって、秘密特許は公開、分配され、制度自体も廃止され、それで何の問題もなく、70年以上にも渡って日本の特許制度は運用されて来たという事になるだろう。

 今現在具体的な制度設計はなお不明であるものの、政府が安全保障上重要だと判断した場合に特許を非公開として、公開すれば得られたはずの特許収入を補償金という形で国が拠出する制度を検討している様であって、これは戦前の制度と似た制度を作ろうとしているとも見える。

 しかし、強力な陸海軍があらゆる分野にその権限を伸ばし、産官学に渡る協力体制を構築していた戦前ならいざ知らず、防衛省の研究開発費もその関係会社も限られている今の日本で、一般的な研究であれば論文による公表も可能な中(論文による研究成果の公表まで止める事は学問と表現の自由から許されないだろう)、個々の特許出願について政府が安全保障上重要かどうかを判断して非公開とするコストを掛ける事にどこまで意味があるのかかなり疑問であり、また、そもそもその様な判断ができる者が政府にいるのか、補償金額を正しく決められるのかも良く分からない。(戦前の秘密特許も最終的に公開、分配されて何の問題もなかったのであるから、戦前ですら秘密特許制度が安全保障上役に立っていたかどうかも怪しいだろう。)

(2)戦後の日米防衛特許協定出願制度
 上でリンクを張った政府検討資料で明示的に言及されているので、これは政府内の検討においても参考にされているのだろうと思うが、日本で秘密にされている特許出願として、もう1つ、日米防衛特許協定(昭和31年条約第12号)による出願もある様である。

 これは、そのWikiにも書かれている様に、1956年の協定締結後、長らく協定に基づく出願はされていなかったが、アメリカ政府の要請により、1988年にようやく手続細則が整備され、実施に移されたものらしい。

 そして、この協定による出願については、上でリンクを張った政府検討資料中に

1 協定出願の手続
(3)アメリカ合衆国政府は、同国政府が発行する協定出願たることを証明する書面を出願の代理を行う弁理士を通じ日本国政府に提出する。
2 秘密の保持の解除
(1)アメリカ合衆国政府は、秘密の保持を解除したときは、その旨を直ちに日本国政府に連絡する
(2)秘密の保持が解除されたときは、当該出願は、日本国の適用可能な特許関係法令の規定に従いその処理が再開される

という手続細則抜粋が載っているので、この手続細則に従って、アメリカの対応出願について秘密の解除がされた時はその事が日本政府に知らされて、この協定による出願も通常の特許出願と同じ様に公開が行われているのだろう。

 これも詳細は不明なので、私の推測が外れている可能性も大いにあるが、この日米防衛特許協定出願制度は、幾つかの教科書などで歴史的な事柄として触れられている事はあるが、今回の秘密特許制度の検討まで大してクローズアップされた事はなく、実施当初の1988年当時ならともかく、情報のやり取りの手段や形態も多様化している今となっては、わざわざ秘密の特許出願として技術情報を他国とやり取りする意義は薄れて来ているのではないだろうか。

 政府内でどの様な検討がされているのか分からないが、この様な秘密特許協定の現在における意義についても今一度見直す必要があるのではないかと、日本でも秘密特許制度を導入すれば、この協定により日本の秘密特許出願に基づき出されたアメリカの特許出願も秘密にされる事となるのだろうが、今現在果たしてその様なニーズがあるのか、あったとして最近の技術協力から具体的にどの様な技術が対象として想定されるのかについてきちんと検討されるべきではないかと私は思う。

 前回でも書いた様に、外国の制度の形をどうにか真似て日本でも何かしらの秘密特許制度を導入できなくもないだろうが、今後、今の日本で本当に必要とされている事は何なのかを明らかにした上で、戦前の制度の様に対象が曖昧な儘一般的な技術まで拡大されて恣意的に特許の公開が停止され、国民の特許を受ける権利がいたずらに制限されたり、先端技術の国際的な保護がかえってできなくなったりしないよう、さらに丁寧に議論がされる事を期待している。

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