第435回:中国新著作権法の権利制限関係規定
最近の海外著作権法改正動向の1つとして、去年2020年11月11日に中国全人代常務委を通過して決定により成立し、主席令により公布され、2021年6月1日施行予定の中国の著作権法改正がある。(中国全人代HPの常務委決定(中国語)、主席令(中国語)参照。)
中国の前回の著作権法改正が2010年であるから、これは実に10年ぶりの法改正で、twitterで何度か触れた通り、非常に長い時間を掛けて検討が行われ、法改正案について何度も意見募集が行われるなどしていたものである。(中国全人代HPの司法部副部長法改正案説明(中国語)参照。全体として見るとかなり不透明なので中国の法改正プロセスが良いとは全く思わないが、条文案を明確に示して繰り返し意見募集をしている点だけは是非日本政府にも見習ってもらいたいと思う点である。)
今回の中国の著作権法の最大のポイントは、5倍までの懲罰的賠償の導入、50万元から500万元への法定賠償額の上限の引き上げと500元という下限の設定といった権利保護強化にあるだろうが(私はこの様な単純な損害賠償額の引き上げの様な保護強化は全く正しいものではないと思っているが)、今回は、この法改正に含まれている権利制限関係の改正部分について特に取り上げたいと思う。
中国新著作権法(中国全人代HPの条文(中国語)から、今回の法改正に絡む、権利制限関係の条文を抜き出して改正部分が分かる様に翻訳すると、以下の様になる。(下線部が追加部分。以下、翻訳は全て拙訳。)
第二十二条第二十四条 以下の場合における著作物の利用は、著作権者の許可なくでき、対価を支払う事もないが、作者の姓名又は名称、著作物の名称を示さなくてはならず、かつ、著作権者が本法により有するその他の権利を侵害するものであってはならないその著作物の通常の利用に影響を与えてはならず、著作権者の正当な利益を不当に害するものであってはならない:
(一)個人の学習、研究又は鑑賞のための、既に公表された他人の著作物の利用;
(二)ある著作物の紹介、評論、ある問題の説明のための、著作物における既に公表された他人の著作物の適切な引用;
(三)時事ニュースの報道のための、新聞、定期刊行物、放送局、テレビ局等の媒体における既に公表された著作物の不可避の再現又は引用;
(四)新聞、定期刊行物、放送局、テレビ局等の媒体による、他の新聞、定期刊行物、放送局、テレビ局等の媒体が既に公表した政治、経済、宗教問題に関する時事的文章の刊行又は放送、ただし、著作者著作権者が刊行、放送の不許可を宣言した場合はその限りでない;
(五)新聞、定期刊行物、放送局、テレビ局等の媒体による、公の集会で公表された演説の刊行又は放送、ただし、著作者が刊行、放送の不許可を宣言した場合はその限りでない;
(六)学校教室における教育又は科学研究のための、既に公表された著作物の翻訳、翻案、編集、放送又は少量の複製、これは教育者又は研究者に利用されるものであり、出版発行はできない;
(七)国家機関の公務執行のための、合理的な範囲内での、既に公表された著作物の利用
(八)図書館、文書館、記念館、博物館、美術館、文化館等の陳列又は版本の保存の必要性のための、その館に収蔵された著作物の複製;
(九)既に公表された著作物の無償での実演、この実演は公衆から費用を取らないものであり、実演者に対価が支払われるものでなく、かつ、営利目的ではないものである;
(十)室外の公共の場所に設置又は陳列された芸術著作物の模写、描画、撮影、録画;
(十一)中国公民、法人又はその他組織非法人組織により既に公表されたー中国語ー「国家通用言語」で創作された著作物の中国内出版発行向けの少数民族言語への翻訳;
(十二)既に公表された著作物の点字に変更しての出版。既に公表された著作物の、視聴覚障害者に知覚可能な障害とならない方式にしての提供;
(十三)法律、行政法規の規定によるその他の場合。
前段の規定は、出版者、実演者、レコード製作者、放送局、テレビ局の権利の制限にも適用される。前段の規定は、著作隣接権の制限にも適用される。
ここで、言葉の明確化と多少の拡充が図られている事もあるが、追加された3ステップテストの文言だけが掛かる形で、第13号に「法律、行政法規の規定によるその他の場合」と、法改正によらずとも行政法規で権利制限が追加できる様になった事は、今後の中国政府の運用次第で大きな意味を持って来るのではないかと思える。(中国には本当の意味での三権分立はないのでどこまで意味を持つのか分からない所も無論あるが。)
この第13号は全人代での検討による第2案で入って来たもので、中国全人代HPの憲法及び法律委員会修正説明(中国語)に、
二、改正案第三条は、著作権者及び著作隣接権者の権利行使は権利濫用により著作物の通常の流通に影響を与えてはならないと規定しており;第二十四条は、著作権及び著作隣接権の濫用の法的責任を規定していた。ある常務委委員及び幾つかの地方、部門、単位、専門家及び社会公衆は、ここで、著作権の主要問題は著作権の保護不足であり、今次の法改正は著作権保護の立法方針を堅持するべきであり、著作権の濫用行為については民法典、独占禁止法等の法律の規定を規範とする事ができると提案し;その他に「権利濫用により著作物の通常の流通に影響を与えてはならない」と記載する事は広範に過ぎ、実施における執行業務に好ましいものではなく、この記載及び関連する法的責任の規定を削除する事を建議している。憲法及び法律委員会は検討を経て、この意見を採用する事を建議する。同時に著作権の保護と公共の利益をさらにより良くバランスさせるために、法定の著作権者の許可なく対価の支払いもない合理的利用の範囲を適度に拡大し、改正案の著作権の合理的利用の場合に、「(十三)法律、行政法規の規定によるその他の場合」という最終規定を増やす案を作成する。
と、書かれている通り、元の改正案(案の著作権法条文番号で書くと四条と五十条)に入っていた権利濫用に関する記載、違法所得没収・罰金規定の代わりに入ったものである。
いくら中国の事とは言え、知的財産権の行使について権利濫用と見られる場合に行政が介入して罰金などを課すのはやり過ぎだと思うので、この様な形になった事はある意味妥当だと思うが、結果的に中国の行政が権利制限について非常に広範な権限を有する事となったため、今後の運用がどうなるかは気になる所である。(中国政府も国際的に知財保護についてどう見られるかという事は気にしている筈なので、そこまで無茶苦茶な事はして来ないのではないかと思うが、場合によってかなり特殊な運用をして来ないとも限らない。)
また、比較の意味で、第49条として加えられた技術的保護手段に関する詳細規定の後の、以下の第50条の技術的保護手段(DRM)回避に対する明文の制限・例外規定も興味深いものである。
第五十条 以下の場合には技術的措置を回避できる、ただし、他人に技術的措置の回避の技術、装置又は部品の提供はできず、権利者が本法により有するその他の権利を侵害するものであってもならない:
(一)学校教室における教育又は科学研究のための、既に公表された著作物の少量の提供、これは教育者又は研究者により利用されるものであり、かつ、その著作物は通常の経路によって手に入らないものである事;
(二)非営利目的での、既に公表された著作物の、視聴覚障害者に知覚可能な障害とならない方式にしての提供、その著作物は通常の経路によって手に入らないものである事;
(三)国家機関の行政、監察、司法手続きによる公務執行;
(四)計算機及びそのシステム又はネットワークの安全性能テスト
(五)暗号化研究又は計算機ソフトウェアのリバースエンジニアリング研究。
前段の規定は、著作隣接権の制限にも適用される。
中国の知財法は中国独自の発展の形を示す様になって来ており、単純な保護強化や行政権限拡大型のアプローチ自体正しい事ではなく、他の国にそのまま適用できる様なものでもないので、この様な法改正が日本に影響を与えるとはあまり思っていないが、中国においても権利行使との間でバランスを取って権利制限の範囲を拡充・拡大するという考えがあるという事は覚えておいても良いのではないかと思う。
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