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2020年11月25日 (水)

第432回:総務省・発信者情報開示の在り方に関する研究会最終とりまとめ(案)に対する提出パブコメ

 12月4日〆切でパブコメにかかっている、総務省の発信者情報開示の在り方に関する研究会最終とりまとめ(案)(pdf)に対して意見を出したのでここに載せておく(意見募集について、総務省のHP、電子政府のHP参照)。非訟手続きに基づく新たな裁判手続きの問題については前のパブコメで指摘した事と全く同じ事が当てはまるので、提出パブコメの内容は中間とりまとめ案に出した意見(第428回参照)を最終とりまとめ案の記載に合わせて組み替えたものである。

(以下、提出パブコメ)

<第1章 発信者情報開示に関する検討の背景及び基本的な考え方について>
○3.検討に当たっての基本的な考え方
(該当箇所)第5ページ「3.検討に当たっての基本的な考え方」全体
(御意見)
 ここで、権利侵害に対する救済が必要なのは無論の事とは言え、制度改正が逆に行き過ぎれば、その濫用や悪用によって発信行為・表現が萎縮し、表現の自由の抑圧に繋がる危険性があるということをきちんと認識し、その間でバランスを取る事を基本的な考え方としている事は高く評価できる。この基本的な考え方を通して守るべきであり、以下第3章についての項目で述べる通り、原則非公開とできる新たな非訟手続きに基づく裁判手続きの創設のような、この基本的な考え方に合わない事は不適切なものであって、するべきではない。

<第2章 発信者情報の開示対象の拡大>
○2.ログイン時情報
○2-(1)発信者の同一性
(該当箇所)第8ページ「2-(1)発信者の同一性」全体
(御意見)
 ここで、「権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが、同一の発信者によるものである場合に限り、開示できることとする必要がある」としている点は賛同できるが、アカウントの共有や乗っ取りの場合を一絡げに例外として、「同一のアカウントのログイン時の通信と権利侵害投稿通信は基本的に同一の発信者から行われたものと捉えることができると考えられる」としている事は適切ではない。特にアカウント保持者への嫌がらせのために他の者がアカウントを乗っ取り書き込み等を行う事は十分に考えられるのであって、この様な場合にまでアカウント保持者の情報が開示され第一に責任を負うべきとする事は適切ではない。ログイン時情報の開示においては、「2-(2)開示の対象とすべきログイン時情報の範囲」に書かれている補充性要件に加え、権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが、同一の発信者によるものである場合に限るという条件を明示的に加え、ログイン時の通信の内容等からアカウント保持者以外の書き込みであると判断される場合は開示しない事とするべきである。

○2-(2)開示の対象とすべきログイン時情報の範囲
(該当箇所)第9~11ページ「2-(1)発信者の同一性」全体
(御意見)
 ここで、第9ページに、「侵害投稿時の通信経路を辿って発信者を特定することができない場合に限定すること(補充性要件)が適当」としている事に賛同する。

 そして、上記の「2-(1)発信者の同一性」の項目で書いた通り、この様な補充性要件に加えて、同一の発信者によるものである場合に限るという条件を明示的に加えるべきである。

 その限りにおいて、SMS認証に関する情報を追加しても良いと考えるが、上記の通りの限定がなされない限り、開示の対象は拡大するべきではない。


○2-(3)開示請求を受けるプロバイダの範囲
(該当箇所)第11ページ「2-(3)開示請求を受けるプロバイダの範囲」全体
(御意見)
 ここで、「ログイン時情報等を開示対象とした場合、当該情報に係る権利侵害投稿通信以外の通信(ログイン時の通信やSMS認証に係る通信等)を媒介したアクセスプロバイダや電話会社に対して、侵害投稿通信の発信者かつ権利侵害投稿通信以外の通信の発信者でもある者の住所・氏名の開示を請求することとなるが、当該開示請求を受けるプロバイダは、プロバイダ責任制限法第4条第1項に規定する『開示関係役務提供者』の範囲に含まれない場合もあり得る」と記載され、脚注17に「『開示関係役務提供者』は、プロバイダ責任制限法第4条第1項において『当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者』と規定されている。コンテンツプロバイダが投稿時のログを保有しておらず、発信者が複数の通信経路からログインを行っている場合、実際にどの通信経路から権利侵害投稿を行ったかわからないため、開示請求を受けたアクセスプロバイダが『『当該特定電気通信』の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者』に該当するか不明確となる場合があり得る」と記載されている。

 しかし、ログイン時情報の開示については、権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが同一の発信者によるものである場合に限るといった条件が付加されるべきであるから、ログイン時情報による開示請求を受けるプロバイダーは、プロバイダー責任制限法第4条第1項の、権利の侵害に係る「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」と言えるのであって、ログイン時情報等の開示請求で法律上の「開示関係役務提供者」の範囲に含まれない場合もあり得るとする解釈は厳格に過ぎ、この点で法改正は不要であると考える。

 また、コンテンツプロバイダが投稿時のログを保有していない場合であっても、脚注17の様に、投稿より前の複数の通信経路からの複数のログイン時情報を開示対象として想定する事は不適切である。権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが同一の発信者によるものである場合に限るといった条件の付加によって、基本的に投稿直前のログイン時情報のみを開示対象とするべきである。この様な法改正をしたいがためだけの理屈は全く納得の行くものではない。

○3.まとめ
(該当箇所)第11ページ「3.まとめ」全体
(御意見)
 上記の通り、同一の発信者によるものである場合に限るという条件を明示的に加え、省令改正によるログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプ等の追加に賛同するが、これは省令改正で十分であり、それに留めるべきである。

<第3章 新たな裁判手続の創設及び特定の通信ログの早期保全>
○1.非訟手続の創設の利点と課題の整理
(該当箇所)第12~14ページ「1.非訟手続の創設の利点と課題の整理」全体
(御意見)
 ここで、第13~14ページに、発信者情報開示のための新しい原則非公開の非訟手続きについて、適法な情報発信を行う発信者の保護が十分に図られなくなり、手続が濫用される恐れが強く、判断の透明性の確保が図られなくなるとの問題が書かれている。

 これは全くその通りであって、この様な事から、引いては表現の自由の保護が十分に図られなくなる事になると考えられる。

 以下でも述べる通り、これは制度設計によっては解消できない極めて本質的な問題であり、この新たな裁判手続きの創設は不適切であって、なされるべきものではないものである。

○2.実体法上の開示請求権と非訟手続の関係について
(該当箇所)第14~17ページ「2.実体法上の開示請求権と非訟手続の関係について」全体
(御意見)
 ここで、現行の発信者情報開示訴訟における課題の整理・検討をなおざりに、一方的に結論ありきで、現行の請求権に「加えて」新たな非訟手続きを創設することが適当としていることは極めて不適切である。

 この点について、第16ページに書かれている、「表現の自由やプライバシーといった発信者の権利利益の保護に鑑み、開示判断については、非訟手続を創設するのではなく、現行法と同様に訴訟手続とする」べきという指摘は極めて妥当なものであって、この指摘の通り非訟手続きを創設するべきではない。

 今回のプロバイダー責任制限法に関する検討は、2011年の「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」における検討(その「プロバイダ責任制限法検証に関する提言」https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_01000037.html参照)及び2015年の「ICT サービス安心・安全研究会」における検討(その報告書「インターネット上の個人情報・利用者情報等の流通への対応について」https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_02000184.html参照)以来のものであって、本格的な検討としては2011年の研究会以来のものであると思うが、この研究会の提言の第41ページ(第3の4(8))で、第三者機関の創設等について、「取り扱う対象が通信の秘密といった重要な権利に関連することからすると、発信者情報の開示の当否は、通信の秘密といった重要な国民の権利に関するものであるから、このような実体的な権利を終局的に確定させる判断は(公開の法廷における対審及び判決という)訴訟手続によらなければならないと考えられ」るとしている。この研究会の提言の整理は今なお妥当するものであって、今般の検討においてもこの整理を守るべきである。

 新たな非訟手続きの本質的な問題点については以下でも述べ、この様な手続きはそもそも創設されるべきものではないと考えるが、仮に本とりまとめ案の様に、原則として何かしらの手続きを追加し、異議等により現行同様の訴訟に移行するものとしたら、さらに開示までの段階が増えてさらに手続きが煩雑になる事も考えられるであろう。

○3.新たな裁判手続(非訟手続)について
○3-(1)裁判所による命令の創設(ログの保存に関する取扱いを含む)
(該当箇所)第17~21ページ「3-(1)裁判所による命令の創設(ログの保存に関する取扱いを含む)」全体
(御意見)
 ここで、当事者構造などの問題をなおざりに、①コンテンツプロバイダ及びアクセスプロバイダ等に対する発信者情報の開示命令、②コンテンツプロバイダが保有する発信者情報のアクセスプロバイダへの提供命令、③アクセスプロバイダに対するコンテンツプロバイダから提供された情報を踏まえた発信者情報の消去禁止命令という、3つの命令についての手続きを創設する事が適当としているが、これも全く適切なものではない。

 インターネットの仕組みを考えれば、どうやっても、コンテンツプロバイダーに対する削除要求・情報開示・ログ保全、アクセスプロバイダーに対する情報開示・ログ保全、開示侵害者に対する損害賠償請求等という様に、情報流通経路を逆に辿って行くしかないので、侵害者の情報が被侵害者にあらかじめ分かっている場合や、コンテンツプロバイダーが侵害者の情報を直接保有している様な場合を除き、何をどうやろうが、一足飛びに、前もって分かり得ない後の手続きの当事者を前の手続きに巻き込むべきではなく、非訟手続きによればいいなどという事も無論ない。

 例えば、第18ページに、「具体的な手続の流れとしては、コンテンツプロバイダに対する開示命令のプロセスと、アクセスプロバイダの特定及びログの保全手続(提供命令・消去禁止命令)のプロセスは、同時並行で進められることが想定される。提供命令によりアクセスプロバイダを特定することができた場合、アクセスプロバイダ名の通知を受けた被害者がアクセスプロバイダに対する開示命令の申立てを行った場合には、速やかに当該アクセスプロバイダがコンテンツプロバイダに対する開示命令のプロセスに加わり、コンテンツプロバイダ・アクセスプロバイダが一体として開示命令を受けるという流れが想定される」と書かれているが、具体的にどの様な手続きが想定されるのか全く理解不能である。

 情報流通経路を逆に辿って行かなければならない事を考えれば、コンテンツプロバイダ及びアクセスプロバイダへの開示命令をまとめて出す事は考えられない。そして、発信者情報開示とは、コンテンツプロバイダ、アクセスプロバイダという別のプロバイダがそれぞれ自身が保持するものであって開示するべき情報をそれぞれの責任において開示するという事であって、それ以上でもそれ以下でもないにも関わらず、コンテンツプロバイダからの発信者情報のアクセスプロバイダへの提供によってアクセスプロバイダが手続きに加わりコンテンツプロバイダ・アクセスプロバイダが一体として開示命令を受けるとしている事など全く意味不明である。

 ここで、消去禁止命令、すなわちログの保存命令についても、それぞれの段階で、各プロバイダーに発信者情報消去禁止の仮処分の申立てをするしかない筈であり、新たな裁判手続きとの関係でどうこうという問題では全くない。現行の手続きにおいて、ログ保存に関して、何が問題で、具体的に何をどうするべきかという検討をなおざりにして、新たな裁判手続きの中で消去禁止命令についての手続きを創設するべきとしている事は全く適切な事ではない。

 開示要件については対応する項目で述べるが、第21ページで、さらに「これらの命令の発令要件については、現在の開示要件よりも一定程度緩やかな基準とすることが適当である」としている事など不適切の上塗りと言わざるを得ない。

 念のため、さらに指摘しておくと、第20~21ページに、「裁判所が特定作業を行うと想定した場合、専門委員や裁判所調査官等の活用など様々な方法が考えられるものの、現行法上の制度を活用する場合にはそれらの職員の職責上の制約がある一方、新たな制度を創設する場合には選任や確保を含む体制整備に時間がかかり、案件数の増加や地域特性により、必要とされる人材を確保できない等課題が多いと考えられる。したがって、アクセスプロバイダの特定作業は、コンテンツプロバイダが行うこととすることが適当である」としているが、単に裁判所の能力不足を理由にコンテンツプロバイダに新たな責務を負わせようとしている事も全く不当な事である。もし本当にそれほど裁判所の能力が不足しているとしたならば、現行の発信者情報開示訴訟における判断の妥当性にすら疑義が生じると言わざるを得ないだろう。

○3-(2)新たな手続における当事者構造
(該当箇所)第21~22ページ「3-(2)新たな手続における当事者構造」全体
(御意見)
 関わるプロバイダとしては、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダという複数のプロバイダがいるにも関わらず、ここで、単にプロバイダとだけ書いて、プロバイダが複数いる事をうやむやにしているのは、極めて悪質な言葉のごまかしであり、このごまかしを私は強く非難する。

 上記「3-(1)裁判所による命令の創設(ログの保存に関する取扱いを含む)」の項目についてで書いた通り、インターネットの仕組みを考えれば、どうやっても、コンテンツプロバイダーに対する削除要求・情報開示・ログ保全、アクセスプロバイダーに対する情報開示・ログ保全、開示侵害者に対する損害賠償請求等という様に、情報流通経路を逆に辿って行くしかないので、何をどうやろうが、それぞれコンテンツプロバイダー、アクセスプロバイダー、開示侵害者を順次相手方当事者として当事者構造は作られなければならない。

 さらに書いておくと、権利侵害を受けた者にとって1回の裁判手続きが望ましいのはその通りであろうが、望ましい事すなわち技術的、実務的に可能でああるという事ではない。1回の手続きで、各プロバイダーの情報開示を可能とし、権利回復を可能とするという事は、実質的に当事者不明の匿名裁判手続きを可能とするという事に等しいが、この事については、上で触れた2011年の研究会の提言の第41ページ(第3の4(9))で、匿名訴訟について、「民事訴訟法をはじめとする現行の民事手続法はそのような訴訟制度を前提としておらず、また、当該制度は訴えの提起から判決の効力までといった民事訴訟全般に関連するものであることからすると、当該訴訟制度の創設の是非に関しては、プロバイダ責任制限法においてのみ検討することができる問題ではなく、様々な立場の意見を広く検討し、訴訟制度全体の問題として検討されるべき」とされていた通り、また、中間とりまとめ案の脚注23にも記載されていた通り、法制的に多くの検討すべき課題があるのであって、日本におけるその導入は極めて困難である。

○3-(3)発信者の権利利益の保護
(該当箇所)第22~28ページ「3-(3)発信者の権利利益の保護」全体
(御意見)
 通信の秘密等の国民の基本的な権利に関わるものである事から、このような実体的な権利を終局的に確定させる判断は公開の法廷における対審及び判決という訴訟手続によらなければならないと考えられるのであり、原則非公開とされ、一般的なチェックが効かない非訟手続きによって開示を可能とする事自体、国民の基本的な権利の保護が図られなくなる恐れが極めて強く、この事は発信者の権利利益の保護に関する制度設計で解消されるものではない。

 これは制度設計でどうにかなる話ではないが、念のためさらに書いておくと、例えば、異議申し立てについて、第27ページで、「プロバイダは可能な限り発信者の意向を尊重した上で、個別の事案に応じた総合的な判断により異議申立ての要否を検討することが望ましい」としている事は、プロバイダとはどのプロバイダなのかという事についての記載のごまかしがある事に加え、原則非公開の非訟手続きの中だけでプロバイダの判断により訴訟に移行せずに開示請求を受け入れる事もあり得るとしている点で極めて不適切である。情報は一旦開示されてしまえば、取り返しがつかない性質のものであるという事を十分に踏まえる必要があるのであって、これが国民の基本的な権利に関わるものである事から、この様な新たな非訟手続きは創設されるべきではないものである。

○3-(4)開示要件
(該当箇所)第28~30ページ「3-(4)開示要件」全体
(御意見)
 ここで、第28ページに、「非訟手続の場合、原則として非公開で行われるため、裁判手続の判断に記載される理由の程度によっては、開示可否に関する事例の蓄積や判断の透明性の確保が図られない可能性がある」との指摘が記載されているが、これも本質的な指摘であって、訴訟への移行があり得るから良い、当事者だけで事例を蓄積できるから良いという問題ではなく、制度設計で解消されるものでもなく、原則非公開の非訟手続きを取る限り解消する事はできないものである。

 国民の基本的な権利に関わる事案においては一般にチェック可能な形で判断の透明性が確保されていなければならない。

○3-(5)手続の濫用の防止
(該当箇所)第30~31ページ「3-(5)手続の濫用の防止」全体
(御意見)
 手続きの濫用防止についても、単に当事者間の既判力による蒸し返しの防止が図られれば良いというものではない。一般にチェック可能な形で判断の透明性が確保され、裁判所による判断が公衆に分かる形で蓄積されない限り、濫用の懸念は常にあり得る事であろう。

○3-(6)海外事業者への対応
(該当箇所)第31~32ページ「3-(6)海外事業者への対応」全体
(御意見)
 発信者情報開示に関する諸外国の状況について、以前のパブコメで以下の様に書いた通り、また、発信者情報開示の在り方に関する研究会の第6回でも報告されている通りである。

 アメリカでは仮名(John Doe)裁判とそのディスカバリー手続きにおいて裁判所の強制令状(subpoena)に基づく情報開示が可能であるが、ディスカバリーなどのアメリカの特異な裁判手続きはその負担や濫用についての批判も非常に強いものであって、日本に持ち込むべきではないものである。欧州では、欧州司法裁判所が、2020年7月9日に、知的財産権執行指令の下で違法アップロードが行われたオンラインプラットフォーム運営者に権利者が要求できるのは関係するユーザの住所のみであってメールや電話番号は含まれないとする判決を出した所である事からも分かる様に、欧州全体でも、発信者情報開示については、このレベルでしか統一されておらず、今も基本的に各国法制による部分が多い。イギリスでは、裁判所のNorwich Pharmacal orderによる情報開示が可能であるが、これはそれぞれ情報を持っている者に対して訴えを提起して求めるものであって、1回の非訟手続きで各プロバイダーの情報開示を可能とする様なものではない。ドイツでは上記の欧州司法裁のケースで問題となった著作権法などとは別に2017年のネットワーク執行法(Netzwerkdurchsetzungsgesetz)によって通信メディア法(Telemediengesetz)第14条に扇動や中傷による権利侵害の場合の情報開示が規定されたが、この様なドイツの法制については今なおナチス思想を強力に取り締まっているドイツの特殊事情を考慮する必要がある事に加え、これも、裁判所への訴えにより、必要に応じて各プロバイダーに順次開示請求をする必要があるのであって、1回の非訟手続きで各プロバイダーの情報開示を可能とする様なものではない。フランスでは、2004年のデジタル経済信用法(Loi pour la confiance dans l'economie numerique)第6条等に基づき、仮処分に相当するレフェレ(refere)などにより、発信者情報開示を要求する事ができるが、これも同様に、必要に応じて順次開示請求をする必要があるのであって、1回の非訟手続きで各プロバイダーの情報開示を可能とする様なものではない。

 本とりまとめ案で、民事訴訟に関する2つの条約で申立書の直接送付などが認められていると書かれているが、これらの条約で単に文書を送付しても良いと書かれている事と、それに執行力が伴い海外プロバイダが従うかどうかは別の話である。外国における民事執行は基本的に相互主義であって、日本国内の手続きと同じ文書を一方的に直接送り付ければ良いという様な単純なものではない。非訟手続きによる新たな裁判手続きは、何をどう検討しようが、国際的にも極めて特異かつ異質な制度とならざるを得ないものであり、海外のプロバイダーがこの様な制度に基づく命令などに従う可能性は万に一つもない。

 ここでも、必要なのは、各国の法制に基づく訴え・申し立ての支援や訴状の送達の迅速化など、実効性のある方策の検討である。

 なお、念のため繰り返し書いておくと、7月24日〆切で意見募集がされていた「インターネット上の誹謗中傷への対応の在り方について(案)」にも記載されていた様に、フランスで、憲法裁判所が、2020年6月18日に、オンラインヘイトスピーチ規制法の主要部分を否定している事が典型的に示しているが、欧米においては、プライバシー・個人データ、情報・表現の自由をきちんと保護しようとする動きがある事も注目されてしかるべきである。

○4.まとめ
(該当箇所)第32ページ「4.まとめ」全体
(御意見)
 上記の通り、手続が濫用され、適法な情報発信を行う発信者の保護や表現の自由の確保が十分に図られなくなる恐れが強く、その点で完全にバランスを失しているものであり、国際的にも極めて特異かつ異質な制度とならざるを得ないものである、この非訟手続きによる新たな裁判手続きの創設に反対する。

 今後プロバイダー責任制限法について検討を進める場合には、基本的な考え方に沿い、現行のプロバイダー責任制限法の手続きの拡充や迅速化など実務的に実効性のある検討のみがなされる事を期待する。

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