第405回:閣議決定された特許法・意匠法等改正案
今最も気になっているのは、文化庁が国会提出を目論んでいるダウンロード違法化・犯罪化の対象拡大を含む著作権法改正案の行方だが、先週3月1日に特許法・意匠法等の改正案が先に閣議決定され、国会に提出されているので、先にその条文を見ておきたい。
その内容は、経産省のリリースに掲載されている概要(pdf)に、
(1)特許法の一部改正
①中立な技術専門家が現地調査を行う制度(査証)の創設
特許権の侵害の可能性がある場合、中立な技術専門家が、被疑侵害者の工場等に立ち入り、特許権の侵害立証に必要な調査を行い、裁判所に報告書を提出する制度を創設する。②損害賠償額算定方法の見直し
(ⅰ)侵害者が得た利益のうち、特許権者の生産能力等を超えるとして賠償が否定されていた部分について、侵害者にライセンスしたとみなして、損害賠償を請求できることとする。
(ⅱ)ライセンス料相当額による損害賠償額の算定に当たり、特許権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できる旨を明記する。※②については実用新案法、意匠法及び商標法において同旨の改正を実施。
(2)意匠法の一部改正
①保護対象の拡充
物品に記録・表示されていない画像や、建築物の外観・内装のデザインを、新たに意匠法の保護対象とする。②関連意匠制度※の見直し
※自己の出願した意匠又は自己の登録意匠(本意匠)に類似する意匠の登録を認める制度
一貫したコンセプトに基づき開発されたデザインを保護可能とするため、
(ⅰ)関連意匠の出願可能期間を、本意匠の登録の公表日まで(8か月程度)から、本意匠の出願日から10年以内までに延長する。
(ⅱ)関連意匠にのみ類似する意匠の登録を認める。③意匠権の存続期間の変更
「登録日から20年」から「出願日から25年」に変更する。④意匠登録出願手続の簡素化
(ⅰ)複数の意匠の一括出願を認める。
(ⅱ)物品の名称を柔軟に記載できることとするため、物品の区分を廃止する。⑤ 間接侵害※規定の拡充
※侵害を誘発する蓋然性が極めて高い予備的・幇助的行為を侵害とみなす制度
「その物品等がその意匠の実施に用いられることを知っていること」等の主観的要素を規定することにより、取り締まりを回避する目的で侵害品を構成部品に分割して製造・輸入等する行為を取り締まれるようにする。
と書かれているとおり、ほぼ制度ユーザーにしか関係しない話で、今年度の審議会報告書から予想された内容であるが(特許庁のHP1、HP2の産業構造審議会・知的財産分科会・特許制度小委員会の報告書(pdf)、意匠小委員会の報告書(pdf)参照)、今回の特許法、意匠法の改正もかなり大きな改正事項を含んでいる。
その条文案(新旧対照条文(pdf)、法律案・理由(pdf)参照)を見ると、このうち、(1)①の「中立な技術専門家が現地調査を行う制度(査証)の創設」については、この法改正が通ると、特許法の第105条の2以下に以下のような条文が追加される事になる。
(査証人に対する査証の命令)
第百五条の二 裁判所は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟においては、当事者の申立てにより、立証されるべき事実の有無を判断するため、相手方が所持し、又は管理する書類又は装置その他の物(以下「書類等」という。)について、確認、作動、計測、実験その他の措置をとることによる証拠の収集が必要であると認められる場合において、特許権又は専用実施権を相手方が侵害したことを疑うに足りる相当な理由があると認められ、かつ、申立人が自ら又は他の手段によつては、当該証拠の収集を行うことができないと見込まれるときは、相手方の意見を聴いて、査証人に対し、査証を命ずることができる。ただし、当該証拠の収集に要すべき時間又は査証を受けるべき当事者の負担が不相当なものとなることその他の事情により、相当でないと認めるときは、この限りでない。
(第2項以下:略)
(査証人の指定等)
第百五条の二の二 査証は、査証人がする。
2 査証人は、裁判所が指定する。
3 裁判所は、円滑に査証をするために必要と認められるときは、当事者の申立てにより、執行官に対し、査証人が査証をするに際して必要な援助をすることを命ずることができる。(第百五条の二の三以下:略)
ここで細かな内容まで踏み込むことはしないが、これは、以前から議論になっていた、ドイツにあるような中立的な専門家による査察制度を日本でも特許侵害訴訟において導入しようとするもので、どこまで使われるかは法改正後の実際の運用次第ではあるが、去年の法改正同様、証拠調べの手段をさらに拡充するものである。
今回の法改正案では、意匠法の改正事項の方がより大きなものであるといえるだろうが、そのうち、(2)①の「保護対象の拡充」と③の「意匠権の存続期間の変更」を見ておくと、主に以下のように、意匠法第2条の定義を変え、第8条の2に内装の意匠を追加し、第21条の存続期間を変えるとしている。
第二条 この法律で「意匠」とは、物品(物品の部分を含む。
第八条を除き、以下同じ。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合若しくはこれらの結合(以下「形状等」という。)、建築物(建築物の部分を含む。以下同じ。)の形状等又は画像(機器の操作の用に供されるもの又は機器がその機能を発揮した結果として表示されるものに限り、画像の部分を含む。次条第二項、第三十七条第二項、第三十八条第七号及び第八号、第四十四条の三第二項第六号並びに第五十五条第二項第六号を除き、以下同じ。)であつて、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう。
2 前項において、物品の部分の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合には、物品の操作(当該物品がその機能を発揮できる状態にするために行われるものに限る。)の用に供される画像であつて、当該物品又はこれと一体として用いられる物品に表示されるものが含まれるものとする。
2 この法律で意匠について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
一 意匠に係る物品の製造、使用、譲渡、貸渡し、輸出若しくは輸入又は譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む。以下同じ。)をする行為
二 意匠に係る建築物の建築、使用、譲渡若しくは貸渡し又は譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為
三 意匠に係る画像(その画像を表示する機能を有するプログラム等(特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)第二条第四項に規定するプログラム等をいう。以下同じ。)を含む。以下この号において同じ。)について行う次のいずれかに該当する行為
イ 意匠に係る画像の作成、使用又は電気通信回線を通じた提供若しくはその申出(提供のための展示を含む。以下同じ。)をする行為
ロ 意匠に係る画像を記録した記録媒体又は内蔵する機器(以下「画像記録媒体等」という。)の譲渡、貸渡し、輸出若しくは輸入又は譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為
3 この法律で意匠について「実施」とは、意匠に係る物品を製造し、使用し、譲渡し、貸し渡し、輸出し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む。以下同じ。)をする行為をいう。
(第3項以下:略)(内装の意匠)
第八条の二 店舗、事務所その他の施設の内部の設備及び装飾(以下「内装」という。)を構成する物品、建築物又は画像に係る意匠は、内装全体として統一的な美感を起こさせるときは、一意匠として出願をし、意匠登録を受けることができる。(存続期間)
第二十一条 意匠権(関連意匠の意匠権を除く。)の存続期間は、設定の登録意匠登録出願の日から二十年二十五年をもつて終了する。2 関連意匠の意匠権の存続期間は、その
本意匠の意匠権の設定の登録基礎意匠の意匠登録出願の日から二十年二十五年をもつて終了する。
この法改正案について、本当に二十五年の保護期間が必要なのか私は今も疑問に思っているが、前にも書いたとおり、意匠権は、審査登録を前提として、業として登録意匠の実施をする権利なので、著作権法の様に一般ユーザーまで巻き込んで大きな問題が発生するということはないだろうとも思っている。
ただし、この法改正で、意匠の保護対象として、元から追加されていた機器の操作画像に加えて、機器が機能を発揮した結果としての画像が追加されるとともに、登録意匠の画像を表示する機能を有するプログラム等の電気通信回線を通じた提供やこれを記録した記録媒体の譲渡等が権利範囲に含まれることとなるのはかなりの拡大と言って良い。ここで、条文上、保護対象は「機器がその機能を発揮した結果として表示されるもの」とされていることから、一般的なコンテンツ画像は除外されているものと思われるが、これがどのように解釈されて運用されて行くのか、今後作られるのだろう特許庁の審査基準等に気をつけた方がいいだろう。
あとはさらにマニアックな話になるので、条文案をここで引き写すことはしないが、全体としてほぼ制度ユーザーにしか関わらない話で別に大きな問題があるというものではないものの、今回の特許法や意匠法の改正案もやはり保護強化・プロパテント方向のものであって、今の日本でこの流れが止まる事はなかなかないのだろうと思わせるものである。
著作権法改正案については、自民党の総務会で了承が一時見送られているが(朝日新聞の記事参照)、文化庁としては引き続き今国会での提出を狙っていると思うので、何ら予断はできない。これは一部の関係者への説明不足というような話ではないが、問題の根幹、一番本質的なことが理解されていないのではないかという懸念は拭えず、この著作権法改正案の問題が今現在最も危険であり、要注意である。(弁護士ドットコムの記事で取り上げられている自民党の総務会前の部会時点の資料については、明治大学知的財産法政策研究所のHPで詳細な検証レポートが公開されているので、是非リンク先のレポートを御覧頂ければと思う。)
(2019年3月21日夜の追記:誤記を修正した。)
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