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2019年3月31日 (日)

第406回:閣議決定されなかった、ダウンロード違法化・犯罪化の対象範囲の拡大とリーチサイト規制(リンク規制)を含む著作権法改正案条文

 ダウンロード違法化・犯罪化の対象範囲の拡大を含む著作権法改正案は、2月から3月にかけての法案の与党・自民党への説明プロセスの中で差し戻され、閣議決定及び今国会への提出が見送られる事となった。

 この事自体は去年の著作権ブロッキング導入検討の中止と並んで喜ばしい事だが、著作権法も含め知財に関する法案の閣議決定がこの様に与党への根回しの過程で見送られるのは極めて異例であり、文化庁と一部の団体が、また、一部の国会議員が、なお法案の次期(臨時)国会への提出を目指し、これからも表裏で活発な動きを続けて行くだろう事は間違いなく、全く気の抜ける状況ではない。

 今後の議論では、今国会への提出は見送られたものの、政府内プロセスはほぼ終了していたであろう、自民党の部会・調査会に出された説明資料の条文案が軸となると思うので、ここでもその内容を見ておく。

 弁護士ドットコムの記事中の説明資料(pdf)に書かれている法案の概要は、以下のようなものである。

著作物等を巡る近時の社会状況の変化等に適切に対応するため、インターネット上の海賊版対策をはじめとした著作権等の適切な保護を図るための措置や、著作物等の利用の円滑化を図るための措置を講するもの【平成32年1月1日から施行(7.の一部は、「公布日から起算して1年を超えない範囲内で政令で定める日」から施行)】

【著作権等の適切な保護を図るための措置】
1.リーチサイト等を通じた侵害コンテンツへの誘導行為への対応【第113条第2項~第4項、第119条第2項第4号・第5号、第120条の2第3号等】
2.ダウンロード違法化の対象範囲の拡大【第30条第1項第3号・第2項、第119条第3項・第4項等】
3.アクセスコントロール等に関する保護の強化【第2条第1項第20号・第21号、第113条第7項、第120条の2第4号等】
4.著作権等侵害訴訟における証拠収集手続の強化【第114条の3】

【著作物等の利用の円滑化を図るための措置】
5.著作物等の利用許諾に係る権利の対抗制度の導入【第63条の2等】
6.行政手続に係る権利制限規定の整備(地理的表示法・種苗法関係)【第42条第2項】

【その他】
7.プログラムの著作物に係る登録制度の整備(プログラム特例法)【プログラム特例法第4条、第26条等】

 私は自分の提出パブコメ(第402回参照)でも書いた通り、上の法案概要中の「3.アクセスコントロール等に関する保護の強化」にも反対の立場だが、これについては提出パブコメの内容を見て頂くとして、今回は、やはり最も大きな問題を含む「2.ダウンロード違法化の対象範囲の拡大」と、それに次ぐ「1.リーチサイト等を通じた侵害コンテンツへの誘導行為への対応」を順に取り上げる。

(1)ダウンロード違法化・犯罪化の対象範囲の拡大
 上でリンクを張った文化庁作成の説明資料は、吹き出しの説明つきでかなりごちゃごちゃしているが、書かれている条文案を抜き出して現行条文と突き合わせて改正条文を作ると以下の様になる。(下線が追加部分。)

(私的使用のための複製)
第三十条 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準する限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。
(略)
 著作権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画複製(以下この号及び次項において「特定侵害複製」という。)を、その事実特定侵害複製であることを知りながら行う場合

 前項第三号の規定は、特定侵害複製であることを重大な過失により知らないで行う場合を含むものと解釈してはならない。

第百十九条(略)
(略)
 第三十条第一項に定める私的使用の目的をもつて、録音録画有償著作物等(録音され、又は録画された著作物又は実演等(著作権又は著作隣接権の対象となつているものに限る。)であつて有償で公衆に提供され、又は提示されているもの(その提供又は提示が著作権又は著作隣接権を侵害しないものに限る。)をいう。)著作権又は著作隣接権を侵害する自動公衆送信著作権(第二十八条に規定する権利を除く。以下この条において同じ。)を侵害する自動公衆送信又は著作隣接権を侵害する送信可能化に係る自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権又は著作隣接権の侵害となるべきもの著作権の侵害となるべきもの又は著作隣接権の侵害となるべき送信可能化に係るものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画複製(以下この条において「有償著作物等特定侵害複製」という。)を、自らその事実有償著作物等特定侵害複製であることを知りながら行つて著作権又は著作隣接権を侵害した侵害する行為を継続的に又は反復して行つた者は、二年以下の懲役若しくは二百万以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

 前項に規定する者には、有償著作物等特定侵害複製を、自ら有償著作物等特定侵害複製であることを重大な過失により知らないで行つて著作権又は著作隣接権を侵害する行為を継続的に又は反復して行つた者を含むものと解釈してはならない。

 ここの条文は、私的複製の例外の例外という形で作られているので元から分かりにくいのだが、その最大のポイントは、第30条第1項第3号と第119条第3項中の「録音又は録画」を「複製」とし、ダウンロード違法化・犯罪化の範囲を録音録画のみからあらゆる著作物の複製に拡大する事にある。

 これらの条文において、民事に関する第30条の方で、「その事実を知りながら行う場合」を「特定侵害複製であることを知りながら行う場合」に変え、「特定侵害複製であることを重大な過失により知らないで行う場合を含むものと解釈してはならない」といった条件をつけ加える事で、文化庁としては限定を加えたつもりなのだろうが、これらはともに主観要件であって、はっきり言って、これで現行条文との間で解釈上本当に違いが出て来るかどうか疑問であり、一個人しか絡まないダウンロードにおける要件の立証・反証の問題に対する解決になるものでは全くない。

 刑事に関する第119条の方では、対象者について、第30条と同様の、「有償著作物等特定侵害複製であることを知りながら行」った者という条件と「自ら有償著作物等特定侵害複製であることを重大な過失により知らないで行」った者は含まれないという条件に加えて、「継続的に又は反復して行つた」者という条件もつくが、「継続」や「反復」とはどの程度の継続や反復なのか不明であり、ネット利用者に対するセーフハーバーになっていると言えるものでは到底ない。なお、刑事罰規定において、著作権法第28条の2次著作物についての原著作者の権利が除かれているが、この事はこの問題の本質とは関係がない。(昨今のウィルス(不正指令電磁的記録関連)罪の摘発の状況を見ても、親告罪とされるだろうとはいえ、今後警察や検察が著作権法の違法ダウンロード罪について無茶な摘発をしようとして来る可能性は常にあり、その時、現行法だろうが、改正条文案だろうが、無罪の立証にはかなりの労力を要するであろうし、場合によっては、恣意的に摘発されたネット利用者の生活と安全が一気に危険に晒される事になる。)

 このダウンロード違法化・犯罪化の拡大については、国際日本文化研究センターの山田奨治教授がそのブログ記事でまとめられている様に、以下の団体から反対や懸念の意見が出されている。

・日本マンガ学会・声明(1月23日)
・情報法制研究所・表明(pdf)(2月8日)
・中山信弘東京大学名誉教授他の呼びかけによる・声明(pdf)(2月19日)
・出版広報センター・意見(pdf)(2月21日)
・アジアインターネット日本連盟・意見(pdf)(2月21日)
・日本独立作家同盟・意見(2月25日)
・日本知的財産協会・意見(2月26日)
・日本漫画家協会・意見(2月27日)
・マンガジャパン・声明(3月1日)
・全国同人誌即売会連絡会・意見(3月10日)
・エンターテイメント表現の自由の会 (AFEE)・声明(3月10日)
・日本建築学会・声明(3月11日)
・日本グラフィックデザイナー協会・声明(3月13日)
・弁護士有志・声明(3月13日)
・日本学術会議有志・意見(3月13日)

 文化庁は相変わらず誤解が広まったと言って回っている様だが、専門家や研究者のレベルで誤解して反対や懸念を述べている様な者がいる訳がない。文化庁の言い分は相変わらず意味不明と言う他ないが、ダウンロード違法化・犯罪化の対象範囲をあらゆる著作物に広げようとする話で、スクリーンショットのみに問題を矮小化する事ほど危険な事はないだろう。

 私自身はそもそも現行の条文にも問題があり、この問題はそもそも解決不能であって、著作権法第30条第1項第3号及び第119条第3項は削除するべきと思っている事に変わりはない。ただ、それでも、明治大学知的財産法政策研究所の高倉成男明治大学教授・中山信弘東京大学名誉教授・金子敏哉明治大学准教授の3氏が出された意見(pdf)要旨(pdf))の通り、「原作のまま」という条件と「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」という条件を追加すればかなりましになるとも思っているが、この様な限定すら文化庁が嫌がっていると見えるので、ダウンロード違法化・犯罪化問題について今後も危うい状況が続くだろう。

(2)リーチサイト規制(リンク規制)
 リーチサイト規制部分も文化庁の資料は説明が前後していて分かりにくいのだが、順番を直して書き起こすと以下の様になる。

(侵害とみなす行為)
第百十三条(略)
 送信元識別符号又は送信元識別符号以外の符号その他の情報であつてその提供が送信元識別符号の提供と同一若しくは類似の効果を有するもの(以下この項及び次項において「送信元識別符号等」という。)の提供により侵害著作物等(著作権(第二十八条に規定する権利を除く。以下この項及び次項において同じ。)、出版権又は著作隣接権を侵害して送信可能化が行われた著作物等をいい、国外で行われる送信可能化であつて国内で行われたとしたならばこれらの権利の侵害となるべきものが行われた著作物等を含む。以下この項及び次項において同じ。)の他人による利用を容易にする行為(同項において「侵害著作物等利用容易化」という。)であつて、第一号に掲げるウェブサイト等(同項及び第百十九条第二項第四号において「侵害著作物等利用容易化ウェブサイト等」という。)において又は第二号に掲げるプログラム(次項及び同条第二項第五号において「侵害著作物等利用容易化プログラム」という。)を用いて行う行為は、当該行為に係る著作物等が侵害著作物等であることを知つていた場合又は知ることができたと認めるに足る相当の理由がある場合には、当該侵害著作物等に係る著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。
 次に掲げるウェブサイト等
 当該ウェブサイト等において、侵害著作物等に係る送信元識別符号等(以下この項において「侵害送信元識別符号等」という。)の利用を促す文言が表示されていること、侵害送信元識別符号等が強調されていることその他の当該ウェブサイト等における侵害送信元識別符号等の提供の態様に照らし、公衆を侵害著作物等に殊更に誘導するものであると認められるウェブサイト等
 イに掲げるもののほか、当該ウェブサイト等において提供される侵害送信元識別符号等の数、当該数が当該ウェブサイト等において提供される送信元識別符号等の総数に占める割合、当該侵害送信元識別符号等の利用に資する分類又は整理の状況その他の当該ウェブサイト等における侵害送信元識別符等の提供の状況に照らし、主として公衆による侵害著作物等の利用のために用いられるものであると認められるウェブサイト等
 次に掲げるプログラム
(略)(注:リーチサイトと同様にプログラムについて規定している模様。)

 侵害著作物等利用容易化ウェブサイト等に該当するウェブサイト等の公衆への提示を行つている者又は侵害著作物等利用容易化プログラムに該当するプログラムの公衆への提供又は提示を行つている者が、当該ウェブサイト等において又は当該プログラムを用いて他人による侵害著作物等利用容易化に係る送信元識別符号等の提供が行われていることを知つている場合であつて、かつ、当該送信元識別符号等に係る著作物等が侵害著作物等であることを知つている場合又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由がある場合において、当該侵害著作物等利用容易化を防止する措置を講ずることが技術的に可能であるにもかかわらず当該措置を講じない行為は、当該侵害著作物等に係る著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。

 前二項に規定するウェブサイト等とは、識別するために用いられる部分が共通するウェブページ(インターネットを利用した情報の閲覧の用に供される電磁的記録で文部科学省令で定めるものをいう。)の集合物の全部又は一部であつて、同一の者が公衆への提示を行つているものとして政令で定めるものをいう。

第百十九条(略)
 次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
(略)
 侵害著作物等利用容易化ウェブサイト等の公衆への提示を行つた者
 侵害著作物等利用容易化プログラムの公衆への提供又は提示を行つた者

第百二十条の二 次の各号のいすれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、文はこれを併科する。
(略)
 第百十三条第二項の規定により、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者
(略)

 このリーチサイト規制の条文案も、法律用語を用いて書かれているので、分かりにくいが、第113条第2項は、「公衆を侵害著作物等に殊更に誘導するものであると認められるウェブサイト等」又は「主として公衆による侵害著作物等の利用のために用いられるものであると認められるウェブサイト等」における、「送信元識別符号」の「提供」により「侵害著作物等の他人による利用を容易にする行為」を、「当該行為に係る著作物等が侵害著作物等であることを知つていた場合又は知ることができたと認めるに足る相当の理由がある場合」に、著作権侵害とみなすというものであって、要するに、著作権侵害のために公衆に利用されるウェブサイト等で、リンク先の著作物が侵害著作物である事を知りながら又は知る事ができたとする相当の理由がありながら、リンクを提供する事を規制し、さらに、第120条の2で、刑事罰(3年以下の懲役又は300万円以下の罰金)もつけて犯罪化するというものである。(プログラム(アプリ)を用いる場合も同様とされている。)

 また、第113条第3項では、ウェブサイト等の運営者には放置に関する責任があるとし、第4項で、ウェブサイト等の範囲は政令で定められるものとし、第119条で、ウェブサイト等の運営者をリンク提供者より厳罰(5年以下の懲役又は500万円以下の罰金)に処すとしている。

 リーチサイト規制(リンク規制)についても、以前書いた事と重なるのだが(第401回で書いた文化庁の報告書案の内容や第402回の提出パブコメ参照)、一応もっともらしく限定されている様に読めるものの、これは、著作権侵害ウェブサイト等における、侵害とされ得るあらゆる著作物への単なるリンク提供行為を規制するものである。しかも、ウェブサイト等の範囲は文化庁主導の政令で定められるので、当初の範囲がどうあれ、今後、検索やSNSなど様々なサービスにおける細かなリンクの提供あるいはサービス自体の提供まで法改正抜きで広範な規制が可能となる様に作られているのは悪質である。さらに、ダウンロード犯罪化と同様リンク提供行為については非親告罪とされる様だが、サイト運営者については非親告罪とされる様である点も問題だろう。

 このリーチサイト規制(リンク規制)の条文案は、予想通り、みなし侵害規定の追加だけで、特にこの部分でセーフハーバー規定は入らないと見えるので、この条文案で本当に法律ができれば、リンクの提供がインターネット上で非常にカジュアルに行われている事を考えると、まず間違いなく、国内のネットサービス提供者や利用者のリンク提供行為に対する脅しや嫌がらせが増え、インターネット利用における民事・刑事のリスクが無意味に高まる事になるだろうと私は思っている。

 このリーチサイト規制(リンク規制)の問題については、高木浩光氏がそのブログ記事で的確に批判されている事を除くとまだあまり広まっていない様であるが、この部分についても問題点が広く知られ、規定の削除あるいは条文修正の議論が進められる事を私も願う。

 3月29日の知財本部の評価・企画委員会コンテンツ分野会合の事務局資料(pdf)の第2ページで、

・著作権を侵害する静止画(書籍)のダウンロードの違法化のための法制度整備を速やかに行う【文化庁】
・インターネットユーザーを侵害コンテンツへ誘導するウェブサイト(リーチサイト)に対応するための法制度整備を速やかに行う【文化庁】

と書かれている通り、文化庁としては修正なしの法案提出をなお狙っているだろうし、さらに、同ページに、

(アクセス警告方式について)・法制度の変更を前提とせずにユーザーのアクセス抑止効果を最大限高める方式を検討し、海賊版サイトへの対策として実効的な枠組みを提示した上で、速やかに導入する(関係者と協議しながら検討・導入)【総務省】
・ブロッキングに係る法制度整備については、他の取組の効果や被害状況等を見ながら検討【内閣府及び関係省庁】

とある通り、ブロッキングについては抑え気味になっているものの、政府は、今度は代わりにアクセス警告方式を前面に押し出して来ているので、4月以降半年から1年くらいの間で検討・議論が進められる喫緊かつ危険な知財政策上の問題は、ダウンロード違法化・犯罪化の対象範囲の拡大、リーチサイト規制(リンク規制)、アクセス警告方式の検討の3つという事になるのだろう。

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2019年3月18日 (月)

番外その38:児童ポルノ規制に関する国連のガイドライン案に関する意見募集(3月31日〆切)

 先週ダウンロード違法化・犯罪化の対象範囲の拡大を含む著作権法改正案が今国会への提出を見送られたところで、それ自体は良いこととしても、今後、似た様な法改正案の次の国会提出に向けた動きが強まるのは間違いない。そのため、この著作権法改正問題についてもまだ要注意な状況が続くと思うが、今回は、番外として全く別の話である。

 児童ポルノ規制に関する国連のガイドライン案意見募集が3月31日〆切でかかっていて、これについては、他のブログや団体、すちゃもく雑記2ndうぐいすリボンAFEEなどで既に取り上げられているので、どうしようかと思っていたが、私も関心を持つ個人として意見を出したので、このブログでも念のため、書いておく事にする。

 このガイドライン案は、児童の権利条約児童ポルノ等に関する選択議定書の実施のための、国連の児童の権利委員会によるガイドライン案で、法的拘束力のあるものではないが、案の段階でかなり広範な規制を推奨するものとなっており、この案がそのまま通ると、またぞろ国内外の規制団体が鬼の首でも取ったかの様に国内外で訳の分からない圧力を強める可能性が強く、また、日本政府も国連のガイドラインである事から無視する事が難しくなり、今後国内でも大きな影響が出て来る可能性も否定できない。

 このガイドライン案は、児童の保護の強化を目的とするもので、その限りにおいて大いに賛同できる内容なのだが、私が特に問題視するのは次のような記載である。(以下、全て拙訳。)

第11ページ、第43段落:

43. Considering that child sexual abuse material, such as images and videos, can circulate indefinitely online, the Committee alerts States parties to the fact that the continuous circulation of such material, in addition to perpetuating the harm done to child victims, contributes to the promotion of a subculture in which children are perceived as sexual objects, and risks strengthening the belief among persons with a sexual interest in children that it is "normal" since many others share the same interest. The Committee therefore urges States parties to ensure that internet service providers control, block and, ultimately, remove such content as soon as possible as part of their prevention policies.

43.画像や映像の様な児童の性的虐待マテリアルが、いつまでもオンラインで流通し得る事を考え、委員会は、その様なマテリアルの継続的な流通が、児童の犠牲者に与える害を継続的にする事に加えて、児童が性的な対象と見る下位文化の促進に繋がり、他の多くの者が同じ関心を持っている事から、児童に性的関心を持つ者の間にそれは普通であると思わせる事を強める恐れがあるという事実について加盟国に警告する。したがって、委員会は、加盟国に、その抑止政策の一部として可能な限り早く、インターネットサービスプロバイダーが、その様なコンテンツをコントロール、ブロックし、最終的に削除する事を確保する事を強く求める。

第13、14ページ、第61、62段落:

61. Child pornography is defined in article 2 OPSC as "any representation of a child engaged in real or simulated explicit sexual activities, regardless of the means used, or any representation of the sexual parts of a child for primarily sexual purposes". The qualification "by whatever means" reflects the broad range of material available in a variety of media, online and offline. It includes, inter alia: visual material such as photographs, movies, drawings and cartoons; audio representations; any digital media representation; live performances; written materials in print or online; and physical objects such as sculptures, toys, or ornaments.

62. The Committee urges States parties to prohibit, by law, child sexual abuse material in any form. The Committee notes that such material is increasingly circulating online, and strongly recommends States parties to ensure that relevant provisions of their Criminal Codes cover all forms of material, including when the acts listed in article 3.1(c) are committed online and including when such material represents realistic representations of non-existing children.

61.児童ポルノは、選択議定書の第2条において、「用いる手段によらず、実際の又は真似の明らかな性的行為を行う子供を写したあらゆるもの、又は主に性的な目的のための児童の性的な部位を写したあらゆるもの」と定義されている。「あらゆる手段による」という条件は、オンライン及びオフラインの様々な媒体において手に入る広い範囲のマテリアルを反映するものである。それは、特に次のものを含む:写真、映画、絵及び漫画の様な視覚に関するマテリアル;あらゆるデジタルメディアにおける写されたもの;ライブパフォーマンス;印刷された又はオンラインの書かれたマテリアル;及び彫刻、玩具又は装飾の様な物理的な対象。

62.委員会は、加盟国に、法によってあらゆる形式の児童の性的虐待マテリアルを禁止する事を強く求める。委員会は、そのようなマテリアルのオンラインにおける流通が増加している事に注意しており、加盟国に、その刑法の関連規定が、第3条第1項(c)に列挙されている行為がオンラインでされている場合及びそのようなマテリアルが非実在児童のリアリスティックな表現を表したものである場合を含め、全ての形式のマテリアルをカバーする事を強く推奨する。

第14ページ、第68段落:

68. Article 3.1(c) OPSC obliges Sates Parties to criminalise the acts of producing, distributing, disseminating, importing, exporting, offering, selling or possessing, for specific purposes, "child pornography". The Committee strongly recommends States Parties to criminalise the mere possession of such material, while granting due consideration to potential exceptions to this prohibition, for instance where professional requirements justify the possession of such material. Exceptions should be clearly framed by law and accompanied by procedures that establish when such material can be possessed and by whom.

68.選択議定書の第3条第1項(c)は、加盟国に、「児童ポルノ」の製造、配布、頒布、輸入、輸出、提供、販売又は特定の目的のための所持の行為を犯罪化する事を義務づけている。委員会は、加盟国が、例えば職業的な要請からその様なマテリアルの所持が正当化される場合の様な、禁止のあり得る例外について検討の上、その様なマテリアルの単純所持まで犯罪化する事を強く推奨する。例外は、その様なマテリアルがどの時に及び誰によって所持可能であるのかを確立するよう、明確に、法律によって枠が作られ、手続きが伴っていなければならない。

 全体的にあくまでガイドラインとして曖昧な書き方に終始しているものの、要するに、この案は、前後の脈絡から考えて意味不明の形で、児童ポルノのブロッキング(第43段落)や単純所持(第68段落)、漫画等(第61段落)や非実在児童の性的表現(第62段落)の規制を各国に求めるものとなっているのである。

 「児童ポルノ」という用語を「児童の性的虐待マテリアル」にする事を始めとして、実在の児童の保護を強化するという観点から多く書かれている、このガイドライン案の他の部分は賛同できるものである。しかし、児童ポルノに関する部分だけ表現の自由などの他の基本的な権利を侵害するものとならざるを得ない広範な規制を求めているのは、例によっていつもの有害無益な規制団体連のロビー活動の所為だろうか。はっきり言って、実在の児童の保護に向けられるべき各国政府の限りあるリソースを、この様な表現の自由に対する明らかな侵害によって、非実在児童に振り向けようとする事は、実在の児童の保護に真面目に取り組んでいる多くの人や団体に対する侮辱に他ならないだろう。

 アメリカの児童保護団体の1つPROSTASIAがそのHPで提出意見を募っているなど、国内外でこの話はそれなりに知れ渡っている様であり、世界中からかなり多くの意見が集まるのではないかと思っており、私が出した意見はいつも国内のパブコメで書いている児童ポルノを理由としたブロッキングや単純所持、一般表現規制についての意見を英語に訳して出しただけなので省略するが、このガイドライン案については、その募集案内にある通り、英語(日本だとフランス語やスペイン語で出す方はほとんどいないと思うので)で書いたワードファイル(5ページ以内)で、3月31日までにメールで国連の児童の権利保護委員会に出す必要があり、ハードルは少し高いかも知れないが、国内でも、児童保護や各種表現の関係者やこの様な問題に関心のある方々には是非その内容に注意して意見を出す事を検討してもらいたいと思うものである。

(2019年3月18日夜の追記:リンク先を見れば分かる話だが、念のため、この意見募集は5ページ以内とされている事を括弧書きで追記した。)

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2019年3月 3日 (日)

第405回:閣議決定された特許法・意匠法等改正案

 今最も気になっているのは、文化庁が国会提出を目論んでいるダウンロード違法化・犯罪化の対象拡大を含む著作権法改正案の行方だが、先週3月1日に特許法・意匠法等の改正案が先に閣議決定され、国会に提出されているので、先にその条文を見ておきたい。

 その内容は、経産省のリリースに掲載されている概要(pdf)に、

(1)特許法の一部改正
①中立な技術専門家が現地調査を行う制度(査証)の創設
 特許権の侵害の可能性がある場合、中立な技術専門家が、被疑侵害者の工場等に立ち入り、特許権の侵害立証に必要な調査を行い、裁判所に報告書を提出する制度を創設する。

②損害賠償額算定方法の見直し
(ⅰ)侵害者が得た利益のうち、特許権者の生産能力等を超えるとして賠償が否定されていた部分について、侵害者にライセンスしたとみなして、損害賠償を請求できることとする。
(ⅱ)ライセンス料相当額による損害賠償額の算定に当たり、特許権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できる旨を明記する。

※②については実用新案法、意匠法及び商標法において同旨の改正を実施。

(2)意匠法の一部改正
①保護対象の拡充
 物品に記録・表示されていない画像や、建築物の外観・内装のデザインを、新たに意匠法の保護対象とする。

②関連意匠制度※の見直し
※自己の出願した意匠又は自己の登録意匠(本意匠)に類似する意匠の登録を認める制度
 一貫したコンセプトに基づき開発されたデザインを保護可能とするため、
(ⅰ)関連意匠の出願可能期間を、本意匠の登録の公表日まで(8か月程度)から、本意匠の出願日から10年以内までに延長する。
(ⅱ)関連意匠にのみ類似する意匠の登録を認める。

③意匠権の存続期間の変更
「登録日から20年」から「出願日から25年」に変更する。

④意匠登録出願手続の簡素化
(ⅰ)複数の意匠の一括出願を認める。
(ⅱ)物品の名称を柔軟に記載できることとするため、物品の区分を廃止する。

⑤ 間接侵害※規定の拡充
※侵害を誘発する蓋然性が極めて高い予備的・幇助的行為を侵害とみなす制度
「その物品等がその意匠の実施に用いられることを知っていること」等の主観的要素を規定することにより、取り締まりを回避する目的で侵害品を構成部品に分割して製造・輸入等する行為を取り締まれるようにする。

と書かれているとおり、ほぼ制度ユーザーにしか関係しない話で、今年度の審議会報告書から予想された内容であるが(特許庁のHP1HP2の産業構造審議会・知的財産分科会・特許制度小委員会の報告書(pdf)、意匠小委員会の報告書(pdf)参照)、今回の特許法、意匠法の改正もかなり大きな改正事項を含んでいる。

 その条文案(新旧対照条文(pdf)法律案・理由(pdf)参照)を見ると、このうち、(1)①の「中立な技術専門家が現地調査を行う制度(査証)の創設」については、この法改正が通ると、特許法の第105条の2以下に以下のような条文が追加される事になる。

(査証人に対する査証の命令)
第百五条の二 裁判所は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟においては、当事者の申立てにより、立証されるべき事実の有無を判断するため、相手方が所持し、又は管理する書類又は装置その他の物(以下「書類等」という。)について、確認、作動、計測、実験その他の措置をとることによる証拠の収集が必要であると認められる場合において、特許権又は専用実施権を相手方が侵害したことを疑うに足りる相当な理由があると認められ、かつ、申立人が自ら又は他の手段によつては、当該証拠の収集を行うことができないと見込まれるときは、相手方の意見を聴いて、査証人に対し、査証を命ずることができる。ただし、当該証拠の収集に要すべき時間又は査証を受けるべき当事者の負担が不相当なものとなることその他の事情により、相当でないと認めるときは、この限りでない。

(第2項以下:略)

(査証人の指定等)
第百五条の二の二 査証は、査証人がする。
 査証人は、裁判所が指定する。
 裁判所は、円滑に査証をするために必要と認められるときは、当事者の申立てにより、執行官に対し、査証人が査証をするに際して必要な援助をすることを命ずることができる。

(第百五条の二の三以下:略)

 ここで細かな内容まで踏み込むことはしないが、これは、以前から議論になっていた、ドイツにあるような中立的な専門家による査察制度を日本でも特許侵害訴訟において導入しようとするもので、どこまで使われるかは法改正後の実際の運用次第ではあるが、去年の法改正同様、証拠調べの手段をさらに拡充するものである。

 今回の法改正案では、意匠法の改正事項の方がより大きなものであるといえるだろうが、そのうち、(2)①の「保護対象の拡充」と③の「意匠権の存続期間の変更」を見ておくと、主に以下のように、意匠法第2条の定義を変え、第8条の2に内装の意匠を追加し、第21条の存続期間を変えるとしている。

第二条 この法律で「意匠」とは、物品(物品の部分を含む。第八条を除き、以下同じ。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合若しくはこれらの結合(以下「形状等」という。)、建築物(建築物の部分を含む。以下同じ。)の形状等又は画像(機器の操作の用に供されるもの又は機器がその機能を発揮した結果として表示されるものに限り、画像の部分を含む。次条第二項、第三十七条第二項、第三十八条第七号及び第八号、第四十四条の三第二項第六号並びに第五十五条第二項第六号を除き、以下同じ。)であつて、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう。

 前項において、物品の部分の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合には、物品の操作(当該物品がその機能を発揮できる状態にするために行われるものに限る。)の用に供される画像であつて、当該物品又はこれと一体として用いられる物品に表示されるものが含まれるものとする。
 この法律で意匠について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
 意匠に係る物品の製造、使用、譲渡、貸渡し、輸出若しくは輸入又は譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む。以下同じ。)をする行為
 意匠に係る建築物の建築、使用、譲渡若しくは貸渡し又は譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為
 意匠に係る画像(その画像を表示する機能を有するプログラム等(特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)第二条第四項に規定するプログラム等をいう。以下同じ。)を含む。以下この号において同じ。)について行う次のいずれかに該当する行為
 意匠に係る画像の作成、使用又は電気通信回線を通じた提供若しくはその申出(提供のための展示を含む。以下同じ。)をする行為
 意匠に係る画像を記録した記録媒体又は内蔵する機器(以下「画像記録媒体等」という。)の譲渡、貸渡し、輸出若しくは輸入又は譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為

  この法律で意匠について「実施」とは、意匠に係る物品を製造し、使用し、譲渡し、貸し渡し、輸出し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む。以下同じ。)をする行為をいう。
(第3項以下:略)

(内装の意匠)
第八条の二 店舗、事務所その他の施設の内部の設備及び装飾(以下「内装」という。)を構成する物品、建築物又は画像に係る意匠は、内装全体として統一的な美感を起こさせるときは、一意匠として出願をし、意匠登録を受けることができる。

(存続期間)
第二十一条 意匠権(関連意匠の意匠権を除く。)の存続期間は、設定の登録意匠登録出願の日から二十年二十五年をもつて終了する。

 関連意匠の意匠権の存続期間は、その本意匠の意匠権の設定の登録基礎意匠の意匠登録出願の日から二十年二十五年をもつて終了する。

 この法改正案について、本当に二十五年の保護期間が必要なのか私は今も疑問に思っているが、前にも書いたとおり、意匠権は、審査登録を前提として、業として登録意匠の実施をする権利なので、著作権法の様に一般ユーザーまで巻き込んで大きな問題が発生するということはないだろうとも思っている。

 ただし、この法改正で、意匠の保護対象として、元から追加されていた機器の操作画像に加えて、機器が機能を発揮した結果としての画像が追加されるとともに、登録意匠の画像を表示する機能を有するプログラム等の電気通信回線を通じた提供やこれを記録した記録媒体の譲渡等が権利範囲に含まれることとなるのはかなりの拡大と言って良い。ここで、条文上、保護対象は「機器がその機能を発揮した結果として表示されるもの」とされていることから、一般的なコンテンツ画像は除外されているものと思われるが、これがどのように解釈されて運用されて行くのか、今後作られるのだろう特許庁の審査基準等に気をつけた方がいいだろう。

 あとはさらにマニアックな話になるので、条文案をここで引き写すことはしないが、全体としてほぼ制度ユーザーにしか関わらない話で別に大きな問題があるというものではないものの、今回の特許法や意匠法の改正案もやはり保護強化・プロパテント方向のものであって、今の日本でこの流れが止まる事はなかなかないのだろうと思わせるものである。

 著作権法改正案については、自民党の総務会で了承が一時見送られているが(朝日新聞の記事参照)、文化庁としては引き続き今国会での提出を狙っていると思うので、何ら予断はできない。これは一部の関係者への説明不足というような話ではないが、問題の根幹、一番本質的なことが理解されていないのではないかという懸念は拭えず、この著作権法改正案の問題が今現在最も危険であり、要注意である。(弁護士ドットコムの記事で取り上げられている自民党の総務会前の部会時点の資料については、明治大学知的財産法政策研究所のHPで詳細な検証レポートが公開されているので、是非リンク先のレポートを御覧頂ければと思う。)

(2019年3月21日夜の追記:誤記を修正した。)

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