第400回:イギリス知的財産庁の違法ネットTV機器・チューナーの問題に関する意見募集結果報告(著作権ブロッキングの検討に関する事項を含む)
先月は、知財本部で著作権ブロッキングの検討を行っていたインターネット上の海賊版対策に関する検討会議は、10月15日に第9回が開かれたが、やはり取りまとめはできず、その後、10月30日に上位の検証・評価・企画委員会の第1回が開かれて検討が止まった状況についての報告がされた状況で、それは良いとしても、その間に、静止画ダウンロードの違法化・犯罪化やリーチサイト規制(リンク規制)の検討が取沙汰され(これらの法改正を検討しているあるいは検討しようとしているのは文化庁の著作権分科会・法制・基本問題小委員会である。)、TPP11の6カ国の批准・国内手続き完了によって改正法の施行が今年の12月30日に決まり、自動的に著作権の保護期間が延長されることとなるなど(文化庁が対応する法改正の内容についての解説をHPで公開しているが、この著作権法改正の最大の問題点は、第396回で書いた通り、TPP11において保護期間延長は凍結されていたにもかかわらず国内関連法改正で入れられたという前代未聞の非道さにある。第386回で書いた通り、日欧EPAにも著作権の保護期間延長は入っており、残念な事ながら、いずれにせよいつかこうなる事は想定されたが、日欧EPAでもこのような国民をバカにした譲歩は本来するべきではなかったものである。)、およそロクなことがない月だった。
日本における知財政策の検討と決定に関する問題は山積みだが、取りまとめが止まったとは言え、政府が著作権ブロッキングの法制化の検討を本当に諦めたとはまだ思えず、ちょうど先月10月22日に、イギリス知的財産庁が、違法ネットTV機器・チューナーの問題に関する意見募集の結果報告を出している(イギリス知的財産庁のリリース参照)。この報告は、違法ネットTV機器・チューナーの話を主としているので、日本における検討とはまた少し視点が違うが、著作権ブロッキングに関する事項を含むでおり、前回書いた事の良い補足となると思うので、今回はこの話を取り上げ、次回以降他の話について書いて行く事としたい。
その報告、違法IPTVストリーミング機器に関する意見募集に対するイギリス政府の回答(pdf)は、その概要に、30くらいの組織(案の定権利者側の意見が多い)から出された意見を踏まえたものとして、意見の概要について以下のように書かれている。
Over half of the responses were supportive of making a change to the current legislative framework. It is argued that changes are required to provide the necessary tools to take action against those who sell and distribute illicit streaming devices or produce apps that facilitate access to infringing material.
Other responses however disagree and argue that the current framework is already flexible enough to deal with the threat posed by illicit devices and apps as evidenced by the successful use of a wide range of offences to prosecute offenders.
返答の半分以上は現行法制に改正を加える事を主張するものだった。これは、その改正は違法ストリーミング機器を販売及び頒布する又は侵害マテリアルへのアクセスを容易化するアプリを製造する者に対する行動を取るのに必要なツールを提供するために必要とされると主張する。
しかしながら他の返答はこれに同意せず、現行の制度は、違法な機器及びアプリによる脅威を扱うのに十分柔軟であり、この事は様々な攻撃手段を使って侵害者を追及する事に成功している事によって証明されていると主張している。
この部分を見ただけでも、イギリスの意見募集でも現行法で十分対応可能という意見がそれなりに出ていた事が見て取れるが、その後、次のステップとして何をするかという事についてまず以下の様に書かれている。
Given the polarised opinions received in response to this Call for Views, the Government sought independent legal advice regarding a range of potential amendments to legislation in this area. Counsel advised that in their view the existing legislative framework is sufficient to capture the supply and use of ISDs. In particular, section 11 of the Fraud Act 2006 and section 44 of the Serious Crime Act 2007 in combination cover the criminality that arises in relation to ISDs, and these Acts also provide sufficient sentencing powers for those offences.
Counsel further commented that the number of successful prosecutions to date supports the view that the existing legal framework is sufficient at this time.
Following this advice, and in light of the successful prosecutions subsequently secured through the Courts, the Government is not proposing to make legislative changes at this time.
The Government does however continue to believe that the infringement of IP rights through illicit TV streaming is a significant and pressing threat in the UK. In light of this we have continued to push forward with a range of work to tackle this criminality.
意見募集への返答として受け取った対立する意見から、政府はこの分野における可能な法改正の幅について独立した法的助言を求めた。法律顧問は、その見解として現行法制は違法ストリーミング機器の提供及び使用を捕捉するのに十分であると助言した。特に、2006年の違法行為対策法第11条及び2007年の深刻犯罪対策法の第44条の組み合わせにより違法ストリーミング機器との関係で生じる犯罪をカバーしており、これらの法律はまたその侵害に対して十分な訴追力を提供しているとした。
法律顧問はさらに、現在の多数の訴追の成功は現行法制は現時点で十分であるという見解を支持するものであるとコメントした。
この助言に従い、裁判所によって続けて確かめられている訴追の成功に照らし、政府は現時点で法改正をする事を提案しない。
しかしながら政府は違法なTVストリーミングによる知財権の侵害がイギリスにおける重大な脅威となっていると信じる。この事に照らして我々はこの犯罪に取り組む幅広い仕事を推し進め続けて来た。
この部分で既に、イギリス政府が現行法制は現時点で十分に機能しており法改正を提案する事はないと言い切っている事に注意しておくべきだろうが、その上で、公的な教育キャンペーンやオンラインマーケットでの違法機器の販売を減らすための自主的な取り組みの促進、違法機器の販売者の追及に関する様々な活動への支援、海外政府や国際機関との連携、法執行機関との協力などを既に行っていると述べ、それに付け加える形で以下の様に書いている。
In addition to this ongoing work, we plan to:
・ As outlined in the Creative Industries Sector Deal, we will consider the evidence for and potential impact of administrative site blocking (as opposed to requiring a High Court injunction in every case), as well as identifying the mechanisms through which administrative site blocking could be introduced.
・ Work to identify disruptions that may be applied at other points in the supply chain, for example App developers, and further develop our understanding of the effect of new generation smart TVs on how this infringement occurs.
・ Undertake research into consumer attitudes/motivations towards use of ISDs in order to develop more effective strategies for reducing levels of use.
・ Deliver up to date training to Trading Standards officers via the established IP in Practice courses.
・ The Police Intellectual Property Crime Unit (PIPCU) will continue to prioritise resources in this area, taking appropriate action against those traders who seek to encourage copyright infringement through the sale of IPTV boxes.これらの進行中の仕事に加えて我々は以下の事を計画する:
・クリエイティブ産業部門ディールにおいて概要を示した通り、我々は行政サイトブロッキング(高裁による差し止めをあらゆるケースで要求する事に対置される)の潜在的インパクトに関する証拠並びに行政サイトブロッキングの導入が可能と思われる仕組みを見つける事について今後検討する。
・例えばアプリ開発者の様にサプライチェーンの他の点に適用できるであろう破壊を見つける事に取り組み、この侵害の生じ方において新たしい世代のスマートTVの影響についてさらに我々の理解を深める。
・その使用の程度を減らす、より有効な戦略を立案するため、違法ストリーミング機器に対する消費者の態度/動機に関する調査を行う。
・確立されている知財実務コースを通じてトレーディングスタンダード担当官に最新の訓練を提供する。
・警察知財犯罪ユニットはこの分野に優先的にリソースを振り向ける事を続け、IPTVボックスの販売により著作権侵害を助長しようとする取引者に対して適切な行動を取る。
ここで確かに行政サイトブロッキングの検討に関する記載が出て来るのだが、上の翻訳部分に出て来ている通り、この記載は2018年3月に同じくイギリス政府から出されたクリエイティブ産業部門ディール(イギリス政府のリリースも参照)の記載をそのままなぞっているものに過ぎない。
おそらくイギリスでも、権利者団体が政府に対するロビー活動を強め、この様な政府文書に行政ブロッキングの検討をごり押し書き込ませたのだろうが、その前で現行法制は現時点で十分に機能しており法改正を提案する事はないと言い切っている事と矛盾している上、半年経って同じ記載である事を見ても、イギリスで行政サイトブロッキングについてまともに検討が進んでいるとは思えない。
大体、イギリスは、前回書いた通り、裁判所・司法による差し止め命令としてのブロッキングを巡る混乱の中にあるので、幾ら権利者団体がごり押しで政府文書にその記載を数行入れたところで、本当に検討が進められるとなれば、行政主導の著作権サイトブロッキングはイギリスでも検閲として反対されるだろうし(無論わざとだろうが、権利者団体の主張は、イギリスでも児童ポルノのためのブロッキングは民間の自主的な取り組みとされている事を完全に無視している)、前回紹介した様な既存の法制や判例との整理がつけられるとも思えない。
また、著作権サイトブロッキング範囲の拡大の検討は、電子フロンティア財団(EFF)の記事やboingboing.netの記事で紹介されている通り、オーストラリアにもあるが、両記事で批判されている通り、オーストラリアでも、2015年の著作権法改正による司法ブロッキング法制の導入は実質的に失敗しており、権利者団体は要求を募らせ、この様なさらなるネット検閲推進策が取られていると見ていいだろう。
この様なイギリスの例も、オーストラリアの例も、著作権ブロッキングの推進が確実に失敗を約束された政策であって、どの様な形を取ろうが、権利者団体がさらに要求を募らせるだけで、どこまでもネット検閲を突き進める事になりかねない極めて危険な政策である事を示している。これらの様な国の後を追う事なく日本における著作権ブロッキングの検討が止まった事は良い事と私は断言する。検討が再開されれば、またぞろ一部の利害関係者や利害をともにする役人がインターネットの敵と言って差し支えない一部の国の動向を偏った形で取り上げて意味不明の理屈で著作権ブロッキング導入を強硬に主張しかねないと危惧しているが、日本において著作権ブロッキングありきの歪んだ検討が二度と再開されない事を切に願う。
(2018年11月12日夜の追記:幾つか誤記を直すとともに訳文を少し整えた。また上で書き忘れたが、いつも通り翻訳は全て拙訳である。)
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