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2018年10月 8日 (月)

第399回:イギリスにおける著作権ブロッキングを巡る状況

 知財本部のインターネット上の海賊版対策に関する検討会議は9月19日に第8回が開かれ、取りまとめが一旦中断された後、次の開催案内はまだなく、今後の検討スケジュールは不明だが、この間に各国における著作権ブロッキングを巡る状況についてさらに補足を書いて行きたいと思う。

 上の検討会議の第4回で明治大学の今村准教授が資料1として提出した英国におけるサイトブロッキング法制とその運用状況について(pdf)で書かれている事と多く重なるが、まず、今回はイギリスについてである。

 前回も少し書いた通り、以下のイギリス著作権法第97A条を根拠に今までブロッキングを認めた判例があるというのはその通りである。

97A Injunctions against service providers

(1)The High Court (in Scotland, the Court of Session) shall have power to grant an injunction against a service provider, where that service provider has actual knowledge of another person using their service to infringe copyright.

(2)In determining whether a service provider has actual knowledge for the purpose of this section, a court shall take into account all matters which appear to it in the particular circumstances to be relevant and, amongst other things, shall have regard to-
(a)whether a service provider has received a notice through a means of contact made available in accordance with regulation 6(1)(c) of the Electronic Commerce (EC Directive) Regulations 2002 (SI 2002/2013); and

(b)the extent to which any notice includes-
(i)the full name and address of the sender of the notice;
(ii)details of the infringement in question.

(3) In this section "service provider" has the meaning given to it by regulation 2 of the Electronic Commerce (EC Directive) Regulations 2002.

第97A条 サービスプロバイダーに対する差し止め

第1項 高等裁判所(スコットランドにおいては、控訴院)は、サービスプロバイダーが他の者がそのサービスを著作権を侵害する事に使っている事を実際に知った場合、サービスプロバイダーに対する差し止めを認める権限を有する。

第2項 本条の目的のためにサービスプロバイダーが実際に知ったかどうかを決めるにあたり、裁判所は関係する個別の状況においてそこに現れるあらゆる事を考慮に入れなければならず、特に次の事に注意しなければならない-
(a)サービスプロバイダーが、電子商取引(EC指令)規則2002(SI 2002/2013)の規則6(1)(c)に沿って提供する連絡手段を通じて通知を受け取っているかどうか;そして

(b)通知が以下の事をどれだけ含んでいるか-
(ⅰ)通知の送信者の氏名及び住所
(ⅱ)問題となる侵害の詳細

(c)本条において「サービスプロバイダー」は、電子商取引(EC指令)規則2002(SI 2002/2013)の規則2によって与えられる意味である。

 この著作権法第97A条に基づいて最初にブロッキングを認容したのは、イギリス高裁の2011年7月28日の20世紀フォックス対ブリティッシュテレコム(「Newzbin2」)事件の判決だが、このNewzbin2事件は、その前の2010年3月29日の20世紀フォックス対Newzbin(「Newzbin1」)事件の判決でNewzbinの運営者に対して差し止めが認められ(この最初の事件自体特にテイクダウンのための通知もなくいきなり裁判で差し止めを認めており全く問題がないとは思えないが)、このサイトの提供が止まった後に、未知の者によって同様のサイトの提供が始まった事から起こされたものである。(ここで、イギリスの「High Court」の訳に「高裁」を当てたがこれらは第一審判決である。以下全て同じ。)

 上のイギリス著作権法第97A条は、欧州著作権指令に対応する2003年法改正で導入されたもので、法改正当時インターネットアクセスプロバイダーに対するサイトブロッキング命令まで想定していたとは到底思えないものだが、このNewzbin2事件の判決では、通常のサービスプロバイダーに対する既存の判例をインターネットアクセスプロバイダーに対しても乱暴に適用し、他の者が提供するサイトについて著作権侵害に関する通知を受けているからブリティシュテレコムは著作権侵害について知っていたとして、差し止めとしてのブロッキングをあっさり認めているのである。

 この判決の事件概要を読むと、この事件では、セイシェルに新会社を登録し、スウェーデンにサーバーを移したというサイト運営者側のブログか何かの記載があっただけで、権利者側(20世紀フォックス)は矛先をすぐにイギリス国内のインターネットアクセスプロバイダーに変えて著作権侵害通知を行いイギリスで裁判を起こしているようだが、はっきり言ってこの様な権利者側の訴訟行動こそ本来非難されて然るべきものだったろう。

 また、この事件の中で、オーバーブロッキングやブロッキングの有効性(回避可能性)、ブロッキング費用の問題なども既に持ち出されているのだが、この判決は、これらの争点についてほとんど論理とも言えない論理でブロッキングを認めるという極めて残念な内容のものである。ブロッキング費用に至っては、インターネット監視機構(IWF)による自主規制としての児童ポルノブロッキングがあるから著作権ブロッキングも簡単だろうと言いたいのだろうか、「ブリティシュテレコムにおける実施の費用は低廉で均衡の取れたものだろう」と非常に簡単な記載で済ませているほどである。同じ事件での2010年11月26日にブロッキング命令の執行方法に関する判決も出されており、ここでも費用が問題になっているが、5千ポンド+αという費用は先の判決の記載を支持するものでブリティシュテレコムが支払うべきとしているが、これも裁判官がブロッキングに関する技術的な事柄をどこまで理解していたか怪しい判決である。(このように乱暴な議論をされる可能性が極めて高いために私は自主規制としての児童ポルノブロッキングにも反対しているのだが。)

 このNewzbin2事件判決において極めて乱暴な議論によってイギリスでは著作権サイトブロッキングが認められてしまったがために、イギリスではその後インターネットアクセスプロバイダーに対するブロッキング訴訟が続く事になる。

 2012年から2017年の著作権ブロッキング裁判事件には、ドラマティコ他対ブリティシュテレコム他(「The Pirate Bay」)事件(2012年2月20日の判決、同年5月2日の判決)、EMI他対ブリティシュスカイ他(「KAT」)事件(2013年2月28日の判決)、フットボール連盟対ブリティシュスカイ他(「FirstRow」)事件(2013年7月16日の判決)、パラマウント他対ブリティシュスカイ他(「SolarMovie」)事件(2013年11月13日の判決)、同(「Viooz」)事件(2014年2月18日の判決)、1967他対ブリティシュスカイ他(「bittorrent.am」)事件(2014年10月23日の判決)、20世紀フォックス他対スカイUK他(「Afdah」)事件(2015年4月28日の判決)、フットボール連盟対ブリティシュテレコム他事件(2017年3月13日の判決)などがあるが、これらの事件はほぼ全て最初のNewzbin2事件と同じアーノルド判事が判決を書いているので自分の判例をそのまま適用してブロッキングを認めているに過ぎない。(2014年5月16日にはNewzbinの関係者と見られる人物に対する判決も出されているが、ブロッキングとは直接関係ないのでここではおく。)

(なお、アイルランドの裁判所は、最初比較的妥当な判断をしてブロッキングを認めていなかったのが、上の判決の影響からブロッキング認容に転じ、似たような状況になっている(アイルランド高裁のEMI他対EIRCOM(「Pirate Bay」)事件(2009年7月24日の判決、2010年4月16日の判決)、EMI他対UPC(「Pirate Bay」)事件(2010年10月11日の判決))、EMI対UPC(「Pirate Bay」)事件(2013年5月3日の判決)、EMI他対UPC他(「Pirate Bay」)事件(2013年6月12日の判決)。)

 その間に、これなら商標でも行けるだろうと思ったのだろうカルティエがインターネットアクセスプロバイダーを訴える事件が出て来る。このカルティエ他対ブリティシュスカイ他(「cartierloveonline」)事件の第一審の判決では、同じアーノルド判事が商標ブロッキングも可能であることをくどくどと書き、商標ブロッキングを初めて認めている。しかし、商標法には上の著作権法の第97A条に相当する条文がないので、根拠となる成文の法律は以下の1981年の上級裁判所法第37条第1項で、ブロッキングを正当化するために相当無理な理屈を捏ね回しているのは間違いなく、その最大の根拠は自ら認めた著作権ブロッキング判例と言っていいだろう。

37 Powers of High Court with respect to injunctions and receivers

(1) The High Court may by order (whether interlocutory or final) grant an injunction or appoint a receiver in all cases in which it appears to the court to be just and convenient to do so.

第37条 差し止めと管財人に関する高等裁判所の権限

第1項 高等裁判所は、裁判所にとって正しいと思え、そうする事が適切と思える場合、あらゆるケースにおいて(中間的にであれ最終的にであれ)差し止め又は管財人の指定を認める事ができる。

 別の事件としてカルティエ他対ブリティシュテレコム他(「perfectwatches」)事件(2016年2月23日の判決)もあるが、この商標ブロッキング事件でさすがにこれ以上滅多やたらにブロッキング訴訟を起こされては堪らないとプロバイダー側も覚悟を決めたのだろう、最初のカルティエ事件判決は控訴され、2016年7月6日に控訴棄却の判決が出された後、さらに上告されてこの2018年6月13日に最高裁の判決が出されるに至っている。

 この最高裁の判決も、ブロッキング費用に関する部分の上告理由のみを取り上げており、今までの裁判所による著作権ブロッキング命令をほぼ無批判に追認しているという点では非常に残念なのだが、以下の通り、キャッシングやホスティングの場合と明確に区別し、単なる導管として法的に無実のインターネットアクセスプロバイダーがブロッキング費用を負担する事はないと判示し、実質的にブロッキング訴訟の濫発に一定の歯止めをかけようとしている点は注目に値する。

33. In English law, the starting point is the intermediary's legal innocence. An ISP would not incur liability for trade mark infringement under English law, even in the absence of the safe harbour provisions of the E-Commerce Directive. National law could not attach liability to the intermediary's involvement consistently with those provisions. An ISP serving as a "mere conduit" has no means of knowing what use is being made of his network by third parties to distribute illegal content. Even when it is informed of this, it does not have the limited duty to take proactive steps to stop access to illegal content which is implicit in the conditions governing the immunities for caching and hosting. Its only duty is to comply with an order of the Court. There is no legal basis for requiring a party to shoulder the burden of remedying an injustice if he has no legal responsibility for the infringement and is not a volunteer but is acting under the compulsion of an order of the court.

33 イギリス法においては、出発点は仲介者は法的に無実だという事である。ISPは、電子商取引指令のセーフハーバー規定の欠如にかかわらず、イギリス法の下で著作権侵害の責任を負う事はない。国内法は、その規定と合致するように仲介者の関与に責任を付与することはできない。「単なる導管」として機能するISPは第三者がそのネットワークをどう使用して違法なコンテンツを頒布しているかを知る手段を持たない。その事を知らされた場合であっても、キャッシングやホスティングについての免責を規律する条件に暗黙に含まれる、違法なコンテンツへのアクセスを止めるという積極的な措置を取る限定的な義務を負う事はない。その唯一の義務は裁判所の命令に従う事である。ある者が権利侵害について法的責任を負わず、自主的にではなく裁判所の命令によって強制されて行動する場合に、不正を救済するための負担を負う事をその者に求める法的根拠はない。

 新しい著作権ブロッキング事件で明確な判決が出ていないので何とも言えないところもあるが、この最高裁の判示は、商標侵害に限られるものではなく、今後著作権事件においてもイギリス司法の判断に影響を与え、イギリスで濫発されていた著作権ブロッキング訴訟が一定程度抑止されるのではないかと私は見ている。(なお、この最高裁判決直後の、2018年7月18日のフットボール連盟対ブリティシュテレコム他事件の判決や2018年9月20日のマッチルームボクシング他対ブリティシュテレコム他事件の判決は、他でもないアーノルド判事がまた判決を書いているが、費用に関しては命令に入れずにこの部分の判断をわざと避けている。)

 さらに、2012年から今までそれなりの数のサイトが裁判所の命令によってブロッキングされた事からイギリスにおける著作権侵害は減ったのかと言えば、全くそんな事はなく、そのレベルにほとんど変化はないというお寒い状況である事は、イギリス知的財産庁の2018年版の海賊版調査からも明らかである。さらに、イギリスの著作権ブロッキングが不透明でまともに運用されているとは言い難い事は、TorrentFreakの記事にもなっている通りで、イギリスの状況は悲惨という他ない。

 イギリスの現状をまとめると、一部の裁判官が著作権ブロッキングを判例として安易に認めた事からブロッキング訴訟の濫発を招き、これに対して最近最高裁の判決による揺り戻しがあったところで、かつ、今までのブロッキング命令すら著作権侵害対策としてはほとんど役に立っていないという事になるだろう。またぞろ知財本部ではイギリスでは裁判所によってブロッキングが認められているのでどうこうと言った事を言い出しかねないが、前回も書いた通り、外国の状況は全く日本の手本とするに足らないと私は思っている。

(2018年10月9日夜の追記:誤記を幾つか直し、イギリスの法律についてリンクを追加するとともに翻訳を少し整えた。)

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