第394回:意匠の保護範囲・対象拡大の提言を含む経産省・特許庁の産業競争力とデザインを考える研究会の報告書
今国会で、5月18日に権利制限の拡充を中心とする著作権法改正(第389回参照)が成立したのはいいとしても、5月23日に問題の多い不正競争防止法改正(第390回参照)についても何ら本質的な議論がされることなく成立したのは残念であり、また、5月18日に11カ国版のTPP協定承認案が衆議院を通過して成立が確実になり、5月24日に著作権の保護期間延長を含むTPP11関連法案(前回参照)まで衆議院を通過して成立する恐れが強いのは痛恨の極みという他ない。
今一番気掛かりなのは無論TPP11関連法の行方だが、先週5月23日には、経産省・特許庁から、産業競争力とデザインを考える研究会の報告書が取りまとめられ、公表されているので、今回はこの報告書の事を取り上げる。(経産省のリリース参照。)
この報告書の本体や別冊には政策的におよそどうでもいいことしか書かれていないが、別紙の産業競争力の強化に資する今後の意匠制度の在り方(pdf)において意匠法の改正が提言されているのは見逃せない。
例によって1ページ目には意味不明のお題目が書かれているが、2ページ目以降の「2.各課題における問題の所在と今後の検討の必要性」では、以下の様な意匠法改正の方向性が打ち出されているのである。
2.1 意匠権の保護対象
2.1.1 画像デザインの保護
(略)
② 検討の方向性
例えば、画像デザイン等、新技術の特性を活かした新たな製品やサービスのために創作されたデザインを適切に保護できるよう、意匠法における意匠の定義を見直すなど、意匠法の保護対象について検討を進めるべきではないか。2.1.2 空間デザインの保護
(略)
② 検討の方向性
一部の空間デザインを適切に保護できるよう、意匠法の保護対象の範囲について検討を進めるべきではないか。2.2 ブランド形成に資するデザインの保護
2.2.1 一貫したコンセプトに基づく製品群のデザインの保護
(略)
② 検討の方向性
一貫したデザインコンセプトによって創作された後発のデザインについて、最初に出願されたデザインが公開された後であっても意匠登録をすることができるよう、諸外国に先駆けて検討を行ってはどうか。2.2.2 意匠権の存続期間
(略)
② 検討の方向性
デザインによるブランド形成、及びブランドの維持に資するよう、意匠権の存続期間について検討を行うべきではないか。2.3 意匠権を取得するための手続要件の簡素化
2.3.1 一意匠一出願制度
(略)
② 検討の方向性
一つの出願に複数の意匠を含むことができるよう、組物の意匠の規定との調整をはかりつつ検討を行うべきではないか。2.3.2 意匠に係る物品
(略)
② 検討の方向性
願書の「意匠に係る物品」の欄の記載の要件について、検討を行うべきではないか。2.3.3 図面等の記載要件
(略)
② 検討の方向性
国際意匠登録制度や外国の意匠登録制度との調和を意識しつつ、図面要件の緩和について、部分意匠の取り扱いも含めて検討を進めるべきではないか。
これをまとめると、要するに、経産省・特許庁として、
(1)意匠の定義の見直しによる画像デザイン一般の保護
(2)意匠法の保護対象の範囲の拡大による店舗デザインなどの空間デザインの保護
(3)最初の出願公開後の同様のデザインコンセプトによる後発デザインの登録の可能化
(4)意匠権の保護期間の延長
(5)多意匠一出願制度
(6)願書の「意匠に係る物品」欄の記載要件の緩和もしくは撤廃
(7)図面要件の緩和
という提言をしているということである。
このうち、(1)、(2)、(5)~(7)は意匠の定義又は保護範囲・対象の拡大の話として関連しているのだろうが、現行の意匠法第2条第2項で規定されている、物品と一体の操作画面を超えて何をどこまで保護しようとするのか良く分からず、意匠の保護範囲・対象を曖昧な形で一気に広げようとする検討が行われるのではないかと、かなり不安である。
大体意匠の保護範囲・対象の拡大の議論は今に始まった話ではなく、特許庁の産業構造審議会・知的財産分科会・意匠小委員会の平成28年2月報告書の際の議論(特許庁のリリース参照)でも、それこそ、操作画面の保護を導入した平成18年法改正当時(特許庁の法改正案の解説及び平成18年2月の報告書(pdf)参照)から延々賛否両論があって見送られ続けている経緯があると思うが、特許庁が何をどこまで考えて今回このような大胆な提言をしているのかは不明である。
(3)の最初の出願公開後の同様のデザインコンセプトによる後発デザインの登録の可能化も、新規な意匠を登録することで創作を保護するというそもそもの意匠法の目的に背馳するものであるし、(4)の意匠権の保護期間の延長も法目的に照らして現行の20年より長い保護期間が本当に必要とされるのか甚だ疑問である。
何にせよ、今後、特許庁の意匠小委員会で意匠の保護強化のための本格的な検討が始まるのだろうが、元となる研究会の提言はかなり大胆なものであり、今後の検討は要注意だろう。
また、上でも書いた通り、今一番気掛かりなのは著作権の保護期間延長を含むTPP11関連法案の行方だが、このような悪辣極まる法案が参議院を通らないことを私は切に願っている。
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