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2018年4月22日 (日)

第393回:著作権保護期間延長を含むTPP11協定関連法改正案他

 著作権ブロッキングの問題を先に取り上げたが、今回は第390回の続きで今国会に提出されている知的財産法改正案のことである。

(1)TPP11協定関連法改正案
 先月、3月27日に、11カ国でのTPP協定(正式名称は「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」)の妥結に伴い、TPP11協定関連法改正案が閣議決定され、国会に提出されている。(TPP等政府対策本部のHP概要(pdf)要綱(pdf)法律案・理由(pdf)新旧対照表(pdf)参照条文(pdf)参照。)

 概要(pdf)の別紙に、主な改正内容として、

○TPP整備法のうち、現状未施行となっている以下の10本の法律の改正規定について、施行期日を環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11協定)の発効日に改正する(TPP整備法附則第1条)

①関税暫定措置法(※1)
②経済上の連携に関する日本国とオーストラリアとの間の協定に基づく申告原産品に係る情報の提供等に関する法律
③著作権法(※2)
④特許法(※2)
⑤商標法
⑥医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律
⑦私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律
⑧畜産物の価格安定に関する法律
⑨砂糖及びでん粉の価格調整に関する法律
⑩独立行政法人農畜産業振興機構法

※1 牛肉の関税緊急措置の廃止に係る規定の施行期日は、TPP12協定の発効日のままとする(TPP11協定の発効時点では、当該措置は存続)(TPP整備法第4条、第4条の2(新設)及び附則第1条)
※2 TPP11協定上の凍結項目(「著作物等の保護期間の延長」、「技術的保護手段」、「衛星・ケーブル信号の保護」及び「審査遅延に基づく特許権の存続期間の延長」)を含む(TPP整備法附則第1条)
*なお、TPP12協定を引用した箇所については、TPP11協定に対応できるよう規定を整備する。

と書かれているが、この「※2」に書かれている通り、この法改正案は、TPP11協定において凍結されている著作物等の保護期間の延長などの知財関連項目に対応する法改正の施行日を、元の12カ国でのTPP協定ではなく、TPP11協定の発効日にする内容になっている。

 条文上は、未施行の元のTPP12協定のための法律(正式名称は「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律」)を法改正するという形を取り、附則の第1条で以下のように著作権法などの改正が含まれる全体の施行日をTPP11協定の発効日に変えている。(下線部が追加部分。)

第一条 この法律は、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定環太平洋パートナーシップ協定が日本国について効力を生ずる日(第三号において「発効日」という。)から施行する。ただし、次の各号に掲げる規定は、当該各号に定める日から施行する。
 附則第九条の規定 公布の日
 第三条中商標法第二十六条第三項第一号の改正規定及び第十条の規定 公布の日から起算して二月を超えない範囲内において政令で定める日
二の二 附則第十八条の規定畜産経営の安定に関する法律及び独立行政法人農畜産業振興機構法の一部を改正する法律(平成二十九年法律第六十号) 附則第一条第二号に掲げる規定の施行の日
 第四条中関税暫定措置法別表第一の三第〇四〇四・一〇号の改正規定(「九九円」の下に「(発効日の前日以後に輸入されるものにあつては、三五%及び一キログラムにつき一二○円)」を加える部分に限る。)及び附則第三条第一項の規定 発効日の前日
 附則第十九条の規定 環太平洋パートナーシップ協定が日本国について効力を生ずる日の前日
 第四条の二の規定及び附則第三条第三項の規定 環太平洋パートナーシップ協定が日本国について効力を生ずる日

 このように、この法改正案は、凍結項目とされた著作権の保護期間延長の施行までTPP11協定の発効で行おうとする内容のものとなっているのだが(凍結項目については第384回参照)、12カ国の全GDPの内85%を占める6カ国が国内手続きを完了しない限り発効せず、アメリカが脱退した時点で発効は絶望的となった元のTPP12協定と異なり、TPP11協定は、GDPにかかわらず6カ国の国内手続きの完了で済み、発効のハードルが相当下げられていることを考えると、凍結項目まで含めたこのような関連法改正案の作りは卑劣かつ姑息なものと言わざるを得ない。

 また、条約でわざわざ凍結項目とされた部分についてまで国内法を改正しようとすることは国際的に自ら墓穴を掘る最大級の愚行と言っても過言ではないが、もはや今の日本の政府与党にまともな判断力は全く期待できないのだろう。今現在国会が混乱しており、条約や法改正案の審議の目処が立たない状況なのは良いことである。このままこのTPP11協定の批准も関連法案の可決もされないことを私は心から願っている。

第386回で書いた通り、著作権保護期間延長を含む日欧EPAに合わせて法改正案を出して来るのだろうと思っていたが、私の見通しは甘かった。)

(2)特許法等の改正案
 後は、第390回で取り上げた不正競争防止法等の改正案(経産省のHP概要1(pdf)概要2(pdf)参考資料(pdf)要綱(pdf)法律案・理由(pdf)新旧対照表(pdf)参照条文(pdf)参照)には、特許法なども含まれている。

 この概要1(pdf)に書かれている特許法等の一部改正の項目に改正条文の番号を追加すると以下のようになる。

①これまで一部の中小企業が対象だった特許料等の軽減措置を、全ての中小企業に拡充する。(特許法第109条の2)
②裁判所が書類提出命令を出すに際して非公開(インカメラ)で書類の必要性を判断できる手続を創設するとともに、技術専門家(専門委員)がインカメラ手続に関与できるようにする。(特許法第105条)
③判定制度の関係書類に営業秘密が記載されている場合、その閲覧を制限する。(特許法第186条、意匠法第63条、商標法第72条)
④特許出願等における新規性喪失の例外期間を6月から1年に延長する。(特許法第30条、意匠法第4条)
⑤特許料等のクレジットカード払いを認める。(工業所有権に関する手続等の特例に関する法律第15条の3)
⑥最初に意匠出願した国への出願日を他の国でも出願日とすることができる制度について、必要書類のオンラインでの交換を認める。(意匠法第15条、第60条の10)
⑦商標出願手続を適正化する。(商標法第10条)

 基本的には地道な制度ユーザーのための改正でそれほど問題がある訳ではないので細かな説明は省略するが、第390回で書いたように不正競争防止法の改正案はやはり問題が多いと思っている。

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2018年4月15日 (日)

第392回:政府与党による海賊版対策とは名ばかりのネット検閲推進策の決定

 報道されていた通り、先週4月13日に知的財産推進本部・犯罪対策閣僚会議の合同会合が開かれ、インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(pdf)概要(pdf)も参照)とインターネット上の海賊版対策に関する進め方について(pdf)が決定された。この著作権ブロッキングを求める政府の緊急対策と対策の進め方は、既に様々なところで批判されているが、徹頭徹尾その理屈は良く分からず、到底まともな議論に耐え得るものではない。

 まず、緊急対策の第1ページに「昨今運営管理者の特定が困難であり、侵害コンテンツの削除要請すらできない海賊版サイト」云々と書かれているが、運営管理者の特定が本当に民事救済におけるボトルネックとなっているのであれば、著作権法やプロバイダー責任制限法をどのようにすればこのような問題を解消できるかという話をすればいいだけである。また、刑事の話をするならば、名指しで挙げられているサイトはリーチサイトですらなく、これらのサイトの提供・運営は明らかに違法なので、刑事訴追できない理由もない。それなりの規模の違法サイトを運営できるだけのサーバーを置ける国で著作権法やプロバイダー責任制限法に相当する法律が整備されていないということも考え難く、サーバーが外国にあることやクラウドサービスであることなどもサイト運営者が免責される理由になる訳がない。必要であれば、その国の弁護士を使って民事裁判をすることができるだろうし、刑事における捜査協力もできるだろう。(前回も書いたが、政府与党にブロッキングを求める前に権利者としてこれらのサイトに対してどこまで権利行使をしようとしたのか甚だ疑わしいと私は思っている。)

 第1~2、4~6ページに、特に悪質な海賊版サイトのブロッキングに関する考え方の整理が書かれているが、ここで書かれていることも法的整理としてはほとんど与太話の域を出ない。今までの官民の整理で著作権ブロッキングが認められる余地がないのは前回も書いた通りである。これでブロッキングをしろと言われてもインターネットサービスプロバイダー(ISP)としては対応に困るだろう。(これも前回の繰り返しになるが、緊急避難かどうかは個々の事案に応じて個別具体的に判断されるべきものであって、産業界、行政、立法の懈怠を誤魔化すために緊急避難が使われることは断じてあってはならないことである。)

 第2ページで結論のように、「当面の対応としては、法制度整備が行われるまでの間の臨時的かつ緊急的な措置として、下記類型の考え方に基づき、民間事業者による自主的な取組として、『漫画村』、『Anitube』、『Miomio』の3サイト及びこれと同一とみなされるサイトに限定してブロッキングを行うことが適当」、「ブロッキングの実施は、以下類型に沿って、あくまで民間事業者による自主的な取組として、民間主導による適切な管理体制の下で実施されることが必要」、「新たに特に悪質な海賊版サイトが登場した際に、速やかに以下類型の考え方に基づいたブロッキングを実施するため知的財産戦略本部の下で、関係事業者、有識者を交えた協議体を設置し、早急に必要とされる体制整備を行う」と書かれているが、民間の自主的な取組という言葉で僅かに取り繕っているものの、政府がどのような基準で選んだのかすら良く分からない特定サイトを名指ししてブロッキングを求めること自体異常極まることという他ない。これがネット検閲命令でなくて何だというのか。これが通るなら、政府与党の指導であらゆるサイトはブロッキングされる危険に晒されることになるし、今後確実に政府与党は自分たちにとって都合の悪い情報を載せたサイトを隠すためにこのようなネット検閲を濫用して来るだろう。(毎日新聞の記事などによると、政府はブロッキングの要請を民間の自主的な取組を促すという言葉に急遽差し替えたらしいが、私には質の悪い言葉遊びとしか思えない。ここでは、単にこれらの3サイトがブロッキングされて然るべきかどうかということが問題なのではない。言うまでもないことだが、さらに念のために書いておくと、一旦可能となったら、このようなネット検閲は著作権の問題に留まらず、あらゆることに拡大解釈されて適用されて行くことになるだろう。)

(なお、そもそも緊急避難は被害の多寡だけの問題ではないが、第4ページの注釈には、「サイトへの訪問者が、『漫画村』では、約1億6000万人(96%が日本からのアクセス)」等とコンテンツ業界がロビー活動の際に使ったと思われる数字がそのまま垂れ流されているが、単純計算で日本に約1億5000万人の利用者がいることになるになるなど、政府としてこのペーパーを書くにあたり内容をまともに検証したとは到底思えない。)

 第2ページで、「インターネット上の海賊版に効果的に対応していくためには、著作権者等による侵害コンテンツの削除要請等の地道な取組や広告出稿抑止等侵害者の資金源を断つための取組のほか、そもそもインターネット上の海賊版の流通・閲覧防止のため、学校関係者、事業者、関係団体等と連携しながら、学校、地域における著作権教育に取り組んでいく必要があり」と書かれているが、本来であれば、この点で今まで何をどうしていたのかということこそ問われるべきであるのに、この部分は最後に取ってつけた様に書かれており、その具体的な内容が全くない。

 次に、インターネット上の海賊版対策に関する進め方について(pdf)だが、上の緊急対策で書かれたネット検閲命令に加えて、こちらでは、次期通常国会を目指す法改正事項として、別紙に以下のような3つの項目が書かれている。

1.海賊版サイトへのブロッキングに関する法制度整備
○一定の要件の下でISP事業者に対してブロッキングの請求を行うことができる規定の整備等、海賊版サイトへのブロッキングが実効性のあるものとするための制度の整備。なお、法制度整備にあたっては、「2.」の措置を踏まえて、リーチサイトの取扱いについても併せて検討を行う。
[→ 対象とするサイト選定の基準、最適な手続手法(司法手続又は行政手続)等が主な論点。]

2.リーチサイト関係の法制度整備
○リーチサイトを通じた侵害コンテンツへの誘導行為について著作権法上「みなし侵害行為」等として法的措置が可能である事を明確にするための手当。
[→ 差止請求の対象として特に対応する必要性が高い行為類型の定義が主な論点。]

3.その他論点となり得るもの
○ 静止画(書籍)のダウンロードの違法化等

 要するに、これは、行政指導によって無理矢理なし崩しの内に入れさせようとしているネット検閲を立法によって合法化しようとするものであり、ここで書かれていることはさらに危険である。

 上の緊急対策ではあくまで民間主導と言いながら、こちらでは法制化によるブロッキングの強制を狙っているなど、児童ポルノ対策においてすら喧々諤々の議論の末にブロッキングの法制化は見送られ民間の自主的な取組としてされていることを忘れているなど、ブロッキングの基準を論点にしており、良く分からない基準で3サイトを選びブロッキングを求めていることを政府自ら認めているなど、ここでの論理破綻は覆い隠すべくもない。

 また、この対策の進め方では、緊急対策では具体的内容がないながら一応書かれていた「削除要請等」や「広告出稿抑止等」の本来取り組むべき地道な海賊版対策の言及すらなくなり、やはりネット検閲に繋がるものでしかない画像のダウンロード違法化(今の著作権法の構成で静止画のダウンロード違法化を追加すると刑事罰付与(犯罪化)も同時にされることになるのではないか)を検討項目として挙げるなど、著作権侵害にかこつけて、海賊版対策そっちのけで、とにかく国民の情報の自由を圧殺してネット検閲を実現したいとする政府与党の犯罪宣言に等しいものとなっている。

 この政府のペーパーの内容が海賊版対策に全くならないことを私は確信しているが、もはや海賊版対策とは名ばかりで、ネット検閲こそが今の政府与党の真の狙いなのだろうと私は見る。曲がりなりにも表現の自由や検閲の禁止、通信の秘密の保護などの情報の自由に関する国民の権利を含む民主主義的な憲法を擁し、法治国家を唱える日本政府において、最初から最後までネット検閲を実現したいということしか書かれていない方針ペーパーが決定されたことを私は極めて深く憂慮する。

 既に報道等もされているが、先週から今週にかけての、政府の著作権ブロッキング推進方針に対する団体などの声明等へのリンクを最後に張っておくが、まず、反対・懸念を表明するものとしては、

  • インターネットユーザー協会と主婦連合会の共同声明(主婦連サイトの共同声明(内容は同じ))(4月11日)
  • モバイルコンテンツ審査・運用監視機構の意見(pdf)(4月11日)
  • インターネットコンテンツセーフティ協会の声明(4月11日)
  • 情報法制研究所の緊急提言(pdf)(4月11日)
  • 日本インターネットプロバイダー協会の声明(pdf)(4月12日)
  • 日本ネットワークインフォメーションセンターの見解(4月12日)
  • 安心ネットづくり推進協議会の意見書(pdf)(4月12日)
  • Internet Society日本支部の意見表明(4月12日)
  • 全国地域婦人団体連絡協議会の意見書(pdf)(4月12日)

があり、歓迎・賛成するものとしては、

  • 集英社の緊急声明(4月13日)
  • 講談社の緊急声明(pdf)(4月13日)
  • KADOKAWAの緊急声明(pdf)(4月13日)
  • 出版広報センターの声明(pdf)(4月13日)
  • コンテンツ海外流通促進機構の声明(4月13日)
  • 日本映像ソフト協会の声明(pdf)(4月13日)
  • 日本映画製作者連盟の声明(4月13日)
  • コミック出版社の会の緊急声明(pdf)(4月20日)
  • 日本弁理士会の声明(4月20日)

がある。

(2018年4月22日夜の追記:コミック出版社の会の緊急声明へのリンクを追加した。)

(2018年4月23日夜の追記:案の取れた資料が知財本部のHPに掲載されていたのでリンクを入れ替え、「(なお、リンク先の資料は案がついたままだが、そのまま決定されて案が取れている。)」という括弧書きを削除し、日本弁理士会の声明へのリンクを追加した。また、具体的にいつ何をどうするのかは不明だが、今日4月23日にNTTグループが著作権ブロッキングを実施する予定と公表したので、ここにリンクを張っておく。)

(2018年4月30日夜の追記:情報法制研究所が、4月27日に、NTTグループのブロッキング実施予定方針について懸念を示す意見(pdf)を出したので、ここにリンクを張っておく。)

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2018年4月 8日 (日)

第391回:政府与党の行政指導による著作権ブロッキングという最低最悪のネット検閲へと突き進む日本

 先週毎日新聞の記事で、政府が著作権ブロッキングを要請するということが報道された。この記事は、月内に犯罪対策閣僚会議を開催して決定するということまで具体的に書いており、政府がこのような方針で動いていることは間違いないのだろう。

 既にブロッキングの問題については、heatwave_p2p氏がP2Pとかその辺のお話Rで「滅びゆくのはマンガ文化か、出版社か、それとも表現の自由か」という長文の記事を書かれており、また、弁護士ドットコムがその記事で東大の宍戸教授の批判を取り上げており、そう追加で書くこともないのだが、ここでももう一度その問題点を指摘しておきたい。

 このような動きの背景には無論権利者団体のロビー活動もあるだろうが、海賊版サイトの問題は今に始まった話ではないので、この期に及んで著作権ブロッキングが導入されようとしていることは不合理極まるとしか言いようがない。2016年と2017年の知財計画でもサイトブロッキングに対する言及はあるが(第363回及び第378回参照)、政府として何をどのように検討して今回の方針を採用するに至ったのかは全く不透明である。

 今年2月16日の第3回知的財産戦略本部・検証・評価・企画委員会・コンテンツ分野会合(議事次第参照)で、インターネット上の海賊版対策について議論がされているが、この会合だけ非公開とされ、具体的に何がどう議論されたのかさっぱり分からない。(非公開にしたということはそれだけ政府として議論の内容に疚しいところがあったのだろう。)

 この知財本部の会合は資料だけは見られるが、知財事務局作成の資料1(pdf)の第5ページに

サイトブロッキング導入可能性の検討
・対象サイトへの対策として、代替手段がなく、かつ、適合した手段といえるか
・財産権侵害の特性を考慮した運用体制の在り方
(人格権侵害との差異(判断主体、費用負担))
・どのような制度上の対応が考えられるか
(諸外国においては、42カ国において導入され、著作権法等の規定に基づき、行政命令、または、裁判所命令により運用している(但し、今後、詳細な運用状況の把握が必要))
※なお、次世代知財システム検討委員会報告書(平成28年4月)において、ネットの基本理念と相容れない点、表現の自由との関係、無効化される術があるという実効性の限界のほか、運用体制、名誉棄損・プライバシー侵害など他の法益侵害とのバランスなどが課題として指摘されている。

と書かれ、第7ページに、諸外国におけるサイトブロッキングの運用状況として「2017年9月現在、世界42カ国で導入されている」と一覧表が載せられているが、この表は裁判所の差し止め命令としてのサイトブロッキングと行政機関によるサイトブロッキングをごちゃ混ぜにして、欧州を中心として裁判所によりインターネットサービスプロバイダー(ISP)に対して差し止め命令が出されている国があるからと言って行政機関によるサイトブロッキングまで正当化されるような悪辣な印象操作を含むものになっている。

 同ページにも書かれている、2001年5月22日の情報社会における著作権及び著作隣接権のある観点の調和に関する欧州議会及び理事会指令第2001/29号の第8条第3項は、

Member States shall ensure that rightholders are in a position to apply for an injunction against intermediaries whose services are used by a third party to infringe a copyright or related right.

加盟国は、第三者により著作権又は著作隣接権を侵害するためにそのサービスが使われる仲介者への差し止めを求めることを権利者に可能とすることを確保しなければならない。

という、裁判による仲介者に対する差し止めを可能とするだけのものであって、サイトブロッキングをまるごと合法化するようなものでは全くない。これは、日本でも著作権の間接侵害とプロバイダー責任制限法で対応可能な範囲を規定しているに過ぎない。(日本の間接侵害とプロバイダー責任制限法にも問題はあると思っているが、ここでは直接関係ないのでひとまずおく。)

 この点に関しては同じ会合に出されている文化庁国際課の資料7(pdf)の方が、サイトブロッキングについて、裁判所による差し止め命令を可能としている国があるが、効果について権利者、通信事業者双方から疑念が示されているということを書いているだけましである。

 知財本部の印象操作で使われている42カ国の内28カ国が欧州域内の国だが、これらの国では、実際には、第379回で書いたとおり、全体として見れば、欧州司法裁判所が「パイレートベイ」のようなサイトの提供・管理が著作権侵害であり得ると判断を示しているに留まり、本当に各国で差し止めとしてのサイトブロッキングが認められるかどうかすらまだ分からず、オーストリアではいたちごっこが続きその効果は疑問とせざるを得ない結果に終わっており、ドイツの最高裁は、権利者はISPに対してサイトブロッキングを求める前に、まずサイトを自ら直接提供している者に対して合理的な努力に取り組むべきであり、このようなことに失敗した場合に限り差し止めとしてのサイトブロッキングは考慮され得るという判断を既に示しており、ドイツで実質的に著作権侵害に対する差し止めとしてのサイトブロッキングが認められたケースはないというのが欧州域内における現在の状況である。

 なお、イギリスやフランスでも裁判所からサイトブロッキング命令が出されているのはその通りだが、IPKatのブログ記事やNEXTINPACTのネット記事(フランス語)にも書かれているように、これらも、あくまで公開される裁判の場で各法益の比較衡量の結果著作権侵害に対する差し止め命令として出されているものであり、しかもこれらの国でも具体的な効果が上がっているという話は全く聞かず、その効果はやはり疑問である。(サイトブロッキングをすればそのサイトに対するアクセスが減ること自体は当たり前のことに過ぎない。本当に問題とするべきは海賊版対策としての効果であるが、この点でサイトブロッキングが本当に効果を上げたという話を私は全く聞いたことがない。)

 カナダでも著作権サイトブロッキングの提案があるが、これには表現の自由から見て問題があるとの国連特別報告官の意見が出されている(P2Pとかその辺のお話Rの別記事参照)。

 要するに、世界的に見て、中国のようなイデオロギー・専制国家を別とすれば、日本政府が良く例として持ち出す欧米先進国で、政府与党の不透明な行政指導による著作権ブロッキングを実施している例は皆無である。上の42カ国云々というのは知財本部の今年のパブコメで日本国際映画著作権協会が同様の内容の意見を出していることからも分かるように(知財本部のパブコメ結果法人・団体からの意見(pdf)参照)、アメリカ映画協会(MPA)の主張をほぼそのまま取り入れたものだろうが、本当にこのようなコンテンツ業界ロビーの言うが儘に今の方針で著作権ブロッキングを導入したら日本はまた非民主主義的な国であることを自ら世界に発信して大いに恥を晒すことになるだろう。

 また、上の弁護士ドットコムの記事で東大の宍戸教授が批判している通り、日本国内の法的整理としても、著作権ブロッキングに緊急避難を持ち出すのが無理筋であるのは間違いない。

 児童ポルノブロッキングの際の検討の経緯は、上の2月の知財事務局作成の資料1(pdf)の第9ページに書かれているが、総務省の利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会の2010年5月18日の第6回会合で検討されており、その議事要旨(pdf)に以下のように書かれている取りまとめで、児童ポルノブロッキングの著作権ブロッキングへの濫用を戒めている。

<1  法的整理について>
 ブロッキングは、電気通信事業法第4条に規定する通信の秘密を形式的には侵害する行為であるが、ブロッキングは、①児童の権利等を侵害する児童ポルノ画像がアップロードされた状況において、②削除や検挙など他の方法では児童の権利等を十分保護することができず、③その手法及び運用が正当な表現行為を不当に侵害するものでなく、④当該児童ポルノ画像の児童の権利等への侵害が著しい場合には、その違法性は阻却されるものと考えられる。
 ただ、ブロッキングは、通信の秘密や表現の自由への影響が極めて大きいことや、技術的にはあらゆるコンテンツの閲覧を利用者の意思にかかわらず一律防止可能とするものであり、ブロッキングが児童ポルノ以外の違法・有害情報に決して濫用されないようにすべきであると考えられる。
 また、ブロッキングを実施するに当たっては、このほかにも、取り組むべき重要な課題があると考えられる。

<2  リスト作成・管理の在り方>
 アドレスリストにアドレスが掲載されると、インターネット利用者は当該画像等にアクセスすることができなくなる。また、インターネット利用者がインターネットを利用して自己の思想や信条などを表現する場合にも、アドレスリストに掲載されると、その人の表現行為が事実上阻害されることになる。このように、アドレスリストに掲載されるか否かは国民のインターネット利用に直接関係するものであり、アドレスリストは、透明かつ公正な基準によって作成されることが適当であると整理される。
 そして、ブロッキングの実施は、民間事業者による自主的な取組であり、アドレスリストの作成・管理は、「民間主導」による適切な管理体制の下で実施されることが必要である。

<3  技術的課題の検証>
 ブロッキングは我が国において前例のない取組みであり、実施に当たっては、オーバーブロッキングやネットワークへの負荷など、様々な問題が生じるおそれもある。従って、法的・技術的な問題を回避するためには、ブロッキングの手法に関する技術的な検証が必要である。ブロッキングを実施するISP側においては、実証実験や仮運用を行い、表現の自由への影響やネットワークへの負荷等を検証する必要があると思われる。また、実際にインターネットを利用する顧客への対応の在り方についても検討が必要と思われる。

 著作権ブロッキングについては、上の弁護士ドットコムで引用されている、民間側の安心ネットづくり促進協議会の法的問題検討ワーキンググループの当時の報告書(pdf)でも、

著作権侵害との関係では、著作権という財産に対する現在の危難が認められる可能性はあるものの、児童ポルノと同様に当該サイトを閲覧され得る状態に置かれることによって直ちに重大かつ深刻な人格権侵害の蓋然性を生じるとは言い難いこと、補充性との関係でも、基本的に削除(差止め請求)や検挙の可能性があり、削除までの間に生じる損害も損害賠償によって填補可能であること、法益権衡の要件との関係でも財産権であり被害回復の可能性のある著作権を一度インターネット上で流通すれば被害回復が不可能となる児童の権利等と同様に考えることはできないことなどから、本構成を応用することは不可能である。

とされており、上の今年2月の知財本部の会合の森弁護士の資料3(pdf)や木下准教授の資料4(pdf)でも同様の懸念が示されている。

 刑法第37条の緊急避難についても幾つかの学説があるものの、条文上、「現在の危難」「を避けるため、」「やむを得ずにした行為」(補充性)であって、「生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合」(法益権衡)に成立するものであり、今までの官民の法的整理において、特に補充性と法益権衡の観点から緊急避難としての著作権サイトブロッキングが認められる余地はないのである。そもそも緊急避難かどうかは個々の事案に応じて個別具体的に判断されるべきものであって、犯罪対策閣僚会議のような不透明な政府会議で緊急避難かどうかを決定してブロッキングを要請(この場合の要請はほぼ政府の命令に等しい)するなど論外と言う他ない。(私自身はインターネットコンテンツセーフティ協会による今の児童ポルノブロッキングですら不透明であり、問題があると思っているが。また、毎日新聞の記事によると、ブロッキング要請予定の3つのサイトの内2つは他国で行政指導や捜査当局の摘発を受けたとしているが、日本国内からアクセスすると閲覧できる状況が続いているのでは、どこまでまともに権利行使をしたか良く分からず、残りの1つのサイトに至ってはその言及すらないことからすると権利行使以前にいきなりサイトブロッキングを求めているのではないかという疑念が拭えない。このような状況では、これが欧州域内の話であるとして、訴えたとしても裁判所から差し止めとしてのサイトブロッキング命令すら得られるかどうか怪しいと私は見ている。)

 このように著作権ブロッキングと称して不透明かつ不合理極まるネット検閲を導入することは日本における憲法と民主主義に対する愚弄に他ならない。政府与党としては今月の犯罪対策閣僚会議で著作権ブロッキング要請という名のネット検閲命令を出すつもりのようだが、これは断じて許し難い暴挙である。

 最後に念のため書いておくと、私は決して海賊版サイトを守るべきなどということを言っている訳ではない。海賊版サイトの提供・運営はサーバーの場所に関わらずどこの国であろうが今でも著作権侵害で違法なのは間違いないので、現行法で民事・刑事の両方から地道に速やかに対処するべきであって、それ以上に良い対策はなく、ブロッキングのようなネット検閲にしかならない最低最悪の手段を取るべきではないと思っているだけである。本来であれば表現の自由や通信の秘密に最も気を使うべきコンテンツ業界が政府与党に対するロビーでブロッキングの導入に安易に乗ったことは行く行く自分たち自身の首を締めることにも繋がるだろう。

(2018年4月9日夜の追記:幾つか誤記を直した(「今月の」→「月内に」等)。)

(2018年4月10日夜の追記:1箇所誤記を直した(「とう」→「という」)。)

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目次13

 単なる目次のエントリその13である。(この変わり映えのしないブログを読んでくださっている方々に感謝。)

(以下、目次)

第361回:TPP協定交渉主要事項年表(2016年4月 8日)

第362回:知財本部委員会報告書(2016年4月18日)

第363回:知財計画2016の文章の確認(2016年5月 9日)

第364回:フェアユース導入を求めるオーストラリア政府生産性委員会報告書案(2016年5月29日)

第365回:主要政党の2016年参院選公約案比較(知財政策・情報・表現規制関連)(2016年6月19日)

第366回:著作権に対して表現の自由が優越し得ることを認めたドイツ憲法裁判所の判決(2016年7月18日)

第367回:東アジア地域包括経済連携協定(RCEP)の2015年10月版知財章リーク条文案(2016年8月14日)

第368回:欧州の著作権法改正リーク条文案と司法裁ハイパーリンク判決(2016年9月11日)

第369回:無線LANの提供者はその利用者による著作権違反の責を負わないとする欧州司法裁の判決(2016年10月10日)

第370回:TPP協定・関連法案の衆議院委員会可決とアメリカ大統領選挙の結果(2016年11月 9日)

第371回:TPP協定・関連法案の参議院可決・成立と今後のこと(2016年12月 9日)

第372回:2016年の終わりに(2016年12月28日)

第373回:「知的財産推進計画2017」の策定に向けた意見募集(2月17日〆切)への提出パブコメ(2017年1月29日)

第374回:特許庁の報告書案から予想される今後の特許法改正(2017年2月27日)

第375回:一般フェアユース条項の導入を否定する文化庁の法制・基本問題小委員会中間まとめ(3月29日パブコメ募集〆切)(2017年3月 9日)

第376回:文化庁・法制・基本問題小委員会の中間まとめに関する意見募集(3月29日〆切)への提出パブコメ(2017年3月22日)

第377回:経産省の2つの知財関係の報告書(ADR制度導入や不競法上のDRM規制強化などを含む)(2017年4月21日)

第378回:知財計画2017の文章の確認(2017年5月17日)

第379回:「パイレートベイ」の提供・管理は著作権侵害であり得るとする欧州司法裁の判決(2017年6月18日)

第380回:インターネット著作権侵害に関するドイツ最高裁のいくつかの判例(2017年7月23日)

第381回:著作権と情報・表現・言論・報道の自由の問題に関するドイツ最高裁の欧州司法裁への幾つかの質問付託決定(2017年8月20日)

第382回:教育・研究目的の権利制限の拡充を含むドイツの著作権法改正(2017年9月20日)

第383回:主要政党の2017年衆院選公約案比較(知財政策・情報・表現規制関連)(2017年10月 9日)

第384回:アメリカ抜きTPP大筋合意の凍結項目(知財関連)(2017年11月11日)

第385回:経産省・不正競争防止小委員会の中間報告案(不競法による限定公開データ保護の導入及びDRM規制強化を含む)に対する意見募集(12月25日〆切)への提出パブコメ(2017年12月10日)

第386回:著作権保護期間延長を含む日EU経済連携協定(EPA)の妥結条文(2017年12月17日)

第387回:2017年の終わりに(2017年12月29日)

第388回:「知的財産推進計画2018」・「知的財産戦略ビジョン」の策定に向けた意見募集(2月16日〆切)への提出パブコメ(2018年1月28日)

第389回:閣議決定された著作権法改正案の条文(リバースエンジニアリング、所在検索・情報解析サービスのための権利制限の拡充他)(2018年3月 4日)

第390回:閣議決定された不正競争防止法案の条文(限定提供データ規制の追加とDRM規制の強化)(2018年3月25日)

(2023年5月2日の追記:1箇所リンクの下線の引き方がおかしかった所を直した。)

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