第363回:知財計画2016の文章の確認
今日5月9日に知財本部で知財計画2016(pdf)(概要(pdf))が決定された。前回書いた通りで、特に想定外のことが書かれているということもなく、例によってもはや何のために作っているのか良く分からない施策項目集に過ぎないが、政府の現在の方針が書かれているには違いないので、ここで、法改正事項を中心にざっとその内容を確認しておきたいと思う。(知財計画2015年の文章については第338回参照)
ほとんどどうでもいいお題目の部分を全て飛ばして、まず第11〜12ページで、柔軟性のある権利制限等について、
(イノベーション促進に向けた権利制限規定等の検討)
・デジタル・ネットワーク時代の著作物の利用への対応の必要性に鑑み、新たなイノベーションへの柔軟な対応と日本発の魅力的なコンテンツの継続的創出に資する観点から、柔軟性のある権利制限規定について、次期通常国会への法案提出を視野に、その効果と影響を含め具体的に検討し、必要な措置を講ずる。また、柔軟性のある権利制限規定に関連して、予見可能性の向上等の観点から、対象とする行為等に関するガイドラインの策定等を含め、法の適切な運用を図るための方策について検討を行う。(短期・中期)(文部科学省)
・サイバーセキュリティに関連する産業の発展に向け、著作権法におけるセキュリティ目的のリバースエンジニアリングに関する適法性の明確化について、制度的な対応の可能性も含め具体的な検討を行う。(短期・中期)(文部科学省)(著作権者不明等の場合の裁定制度の更なる改善)
・権利者不明著作物等の利用を円滑化するため、著作権者不明等の場合の裁定制度における補償金供託について、一定の場合に後払いを可能とすること等の見直しについて内容を検討し、次期通常国会への法案提出を視野に、必要な措置を講ずる。また、利用者による権利者探索コスト低減のための民間団体の取組に対する支援の在り方について2016年度中に検討を行い、必要な措置を講ずる。(短期・中期)(文部科学省)(円滑なライセンシング体制の整備・構築)
・権利者不明著作物等のほか、著作権管理団体が管理していない著作物を含めて、大量に著作物を利用する場合への対応の観点から、拡大集中許諾制度の導入について、我が国における集中管理の状況や実施ニーズ、法的正当性、実施する団体及び対価の在り方等に係る課題を踏まえ、検討を進める。(短期・中期)(文部科学省)
・権利処理手続を円滑化し、コンテンツの活用を促進するため、コンテンツ等の権利情報を集約化したデータベースの整備を官民が連携して分野ごとに進めていく。(短期・中期)(文部科学省、経済産業省)
・集中管理による契約スキームやワンストップ窓口となる「音楽集中管理センター」(仮称)等、民間におけるライセンシングのための環境の整備・構築に係る取組に対して、その具体化に向け必要な支援を行う。(短期・中期)(文部科学省)(持続的なコンテンツ再生産につなげるための環境整備)
・クリエーターへ適切に対価が還元され、コンテンツの再生産につながるよう、私的録音録画補償金制度の見直しや当該制度に代わる新たな仕組みの導入について、文化審議会において検討を進め、結論を得て、必要な措置を講ずる。(短期・中期)(文部科学省、経済産業省)(教育の情報化の推進)
・デジタル化した教材の円滑な利活用やオンデマンド講座等のインターネットを活用した教育における著作権制度及びライセンシング体制に関する課題について検討し、必要な措置を講ずる。(短期・中期)(文部科学省)
・デジタル教科書・教材の位置付け及びこれらに関連する教科書検定制度の在り方について、2016年中に導入に向けた検討を行い、結論を得て、必要な措置を講ずる。当該検討を踏まえつつ、関連する著作権制度等の在り方についても併せて検討を行い、速やかに結論を得る。(短期・中期)(文部科学省)
・教育現場においてICTを利用するに当たり、学校間、学校・家庭が連携した新たな学びを推進するための指導方法の開発、端末やシステムの設置に係るコスト、教材・学習履歴の保存・活用の在り方等の課題の解決に資するため、クラウド技術等を活用した実証研究を引き続き実施する。(短期・中期)(文部科学省、総務省)
と書かれ、確かに予想通り、柔軟性のある権利制限規定について、「次期通常国会への法案提出を視野に、その効果と影響を含め具体的に検討し、必要な措置を講ずる」と、法改正に対する言及も入った記載になっているが、案の定検討するのは文部科学省すなわち文化庁なので大して期待は持てない。また、リバースエンジニアリングや私的録音録画補償金制度の見直しに関する記載も残っている。
(なお、アーカイブと著作権法の関係では、第50ページに、
(アーカイブの構築と利活用の促進のための著作権制度の整備)
・美術館等が所蔵する著作物に関し、解説・紹介のために当該著作物のデジタルデータの利用を可能とすることについて具体的な制度の検討を行い、必要な措置を講ずる。(短期・中期)(文部科学省)
という、美術館の所蔵品の解説・紹介のための利用に関する検討項目も残されている。)
そして、第12ページで、人口知能や3Dデータと知財の関係について、
(人工知能によって自律的に生成される創作物・3Dデータ・ビッグデータ時代のデータベース等に対応した知財システムの検討)
・AI創作物や3Dデータ、創作性を認めにくいデータベース等の新しい情報財について、例えば市場に提供されることで生じた価値などに注目しつつ、知財保護の必要性や在り方について、具体的な検討を行う。(短期・中期)(経済産業省、内閣府、関係府省)
・現行の知財制度では権利の対象となっていないAI創作物など新しい情報財と知財制度の関係について、国際的な議論を惹起する観点から、我が国における検討状況の海外発信に努める。(短期・中期)(内閣府)
と書かれているが、これも予想通りで、検討するというだけで特に方向性は出されていない。
第13ページの、ネットにおける知財侵害対策検討に関する部分、
<<デジタル・ネットワーク時代の知財侵害対策>>
・リーチサイトを通じた侵害コンテンツへの誘導行為への対応に関して、権利保護と表現の自由のバランスに留意しつつ、対応すべき行為の範囲等、法制面での対応を含め具体的な検討を進める。(短期・中期)(文部科学省)
・オンライン広告対策に関し実態調査を行うとともに、それを踏まえつつ、悪質な知財侵害サイトに対するオンライン広告への対応方策について具体的な検討を進める。(短期・中期)(経済産業省)
・インターネット上の知財侵害に対する諸外国におけるサイトブロッキングの運用状況の把握等を通じ、その効果や影響を含めて引き続き検討を行う。(内閣府、関係府省)
・ネットワーク関連発明について、海外に置かれたサーバーから我が国ユーザーを対象にサービスが提供される場合等の国境を跨いで構成される侵害行為における知財の適切な保護の在り方について、調査研究を行う。(短期)(経済産業省)
・インターネット上の知財侵害対策の実効性を高めるため、プラットフォーマーとの連携の促進に取り組む。(短期・中期)(総務省)
・インターネット上の著作権侵害への対応に関する具体的な事例に即した実践的な権利者向けセミナーを新たに開始する。また、海賊版対策のための普及・啓発活動や権利行使に資する情報の整理・提供に引き続き取り組む。(短期・中期)(文部科学省)
は前回取り上げた報告書の内容通りで、表現の自由に関する言及もあり、現時点でサイトブロッキングを導入する方針であるとまでは読めないが、ここで書かれている、文化庁や知財本部で続けられるのだろうリーチサイトやサイトブロッキングに関する検討が引き続き要注意なのは間違いないだろう。
特許関係では、第55〜56ページで、
(適切かつ公平な証拠収集手続の実現)
・訴え提起後の証拠収集手続に関して、現行の書類提出命令を発令しやすくするよう、具体的態様の明示義務が十分に履行されなかった場合に同命令が発令されやすくする方策や同命令と秘密保持命令を組み合わせて発令できるようにすることや、中立的な第三者が被疑侵害者に対して査察を行う制度(提訴後査察)について、産業界を始めとした関係者の意見を踏まえつつ、具体的に検討を進め、2016年度中に法制度の在り方に関する一定の結論を得る。(短期)(経済産業省)
・訴え提起前の証拠収集手続に関して、現行制度の利用例の共有等を進めるとともに、現行制度が活用されていない要因の分析及びその具体的改善策の可能性について検討する。(短期・中期)(経済産業省)(ビジネスの実態やニーズを反映した適切な損害賠償額の実現)
・現行特許法第102条第3項に関して、通常の実施料相当額を上回る損害額の算定がより容易にできるようにするための考慮要素の明確化について、産業界を始めとした関係者の意見を踏まえつつ、具体的に検討を進め、2016年度中に法制度の在り方に関する一定の結論を得る。(短期)(経済産業省)
・最低保障額としての通常の実施料相当額の認定の基礎として活用できるようにするため、通常の実施料のデータベース等の作成について、その可否も含めて具体的に検討を進める。(短期・中期)(経済産業省、関係府省)
・権利者が実態に基づき弁護士費用等を請求する際の基礎として活用できるようにするため、知財訴訟に必要な費用のデータベース等の作成について、その可否も含めて具体的に検討を進める。(短期・中期)(内閣府、関係府省)(権利付与から紛争処理プロセスを通じての権利の安定性の向上)
・専門官庁によるレビュー機会の拡大としての侵害訴訟における特許庁に対する求意見制度や権利の逐次安定化を図るための特許庁における有効性確認手続、侵害訴訟における訂正審判請求等を要件としない訂正の再抗弁について、産業界を始めとした関係者の意見を踏まえつつ、具体的に検討を進め、2016年度中に法制度の在り方に関する一定の結論を得る。(短期)(経済産業省)
・侵害訴訟における技術的専門性を更に高める観点から、公平性、中立性、透明性等の課題を解消した上で、裁判所における更なる技術的専門性の向上や裁判所と特許庁との連携強化に取り組む。(短期・中期)(経済産業省)
・侵害訴訟等において権利の有効性が推定されることを確認的に規定するための明らか要件の導入の是非及び訂正審判等の要件緩和等の是非等について、産業界を始めとした関係者の意見を踏まえつつ、具体的に検討を進め、2016年度中に法制度の在り方に関する一定の結論を得る。(短期)(経済産業省)
・安定した質の高い特許を増やしていく観点から、弁理士や出願人といった特許の出願側に一層の対応を促すとともに、特許庁における審査品質向上のためのこれまでの取組を更に進める。(短期・中期)(経済産業省)
といったことが書かれているが、これも前回取り上げた報告書の内容をそのまま書いているだけである。
最後に、第62ページで、TPP協定について、
(通商関連協定等を活用した知財保護と執行強化)
・TPP協定の実施のために必要な知財制度の整備を行うとともに、今後の自由貿易協定(FTA)/経済連携協定(EPA)等の二国間・多国間協定交渉において、知的財産の保護強化、模倣品・海賊版対策を積極的に取り上げ、ACTA(偽造品の取引の防止に関する協定)やTPP協定等の高いレベルの国際協定の規定を規律強化の基礎として有効に活用しつつ、国際的に調和した知財制度の整備と実効的な法執行の確保に努める。(短期・中期)(外務省、財務省、経済産業省、文部科学省、農林水産省、総務省、法務省)
と書かれており、この文章を読む限り、政府としてはTPP協定の法整備・批准を既定路線のように考えているようだが、アメリカを中心としてTPP協定を巡る国際動向はかなり流動的であり、秋に向けて情勢はどんどん厳しくなって行くのではないかと私は予想している。(なお、海賊版対策条約(ACTA)についてはTPP協定と項目が一緒にされて働きかけに関する記載すらなくなり、単に規律強化の基礎として活用するとだけの書き方になっているので、日本政府としてもさすがにACTA発効はほぼ諦めたのかも知れない。そもそも日本しか批准しておらず、他の国に見向きもされていないACTAを規律強化の基礎として活用できるとも思えないが。)
残念ながら今年の知財計画も全体を通してあまり期待の持てることは書かれていない。知財政策における今年の最大の問題は問答無用でTPP協定とそのための法改正案の行方ということになるだろう。
(2016年5月24日の追記:内容に変更はないが、知財本部のHPに案の取れた正式版の知財計画(pdf)(概要(pdf))が掲載されているので、念のためにここにリンクを張っておく。)
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