第362回:知財本部委員会報告書
幾つか既に報道がなされているが、今日4月18日に知財本部で検証・評価・企画委員会が開催され、知的財産推進計画2016の素案の検討がされている。
知財計画2016の素案構成(pdf)は目次レベルのものしか公開されていないが、知財計画の中身は、その下の委員会である次世代知財システム検討委員会報告書(pdf)、知財紛争処理システム検討委員会報告書(pdf)、知財教育タスクフォース議論の整理(pdf)の内容を踏まえたものになると思われるので、ここでは、特に法改正に関わる前の2つの報告書についてどのようなことが書かれているかを見ておきたいと思う。
(1)次世代知財システム検討委員会報告書の内容
この報告書(pdf)は、その目次に書かれている通り、「2.デジタル・ネットワーク時代の知財システム」において柔軟性のある権利制限規定とライセンスの円滑化の話を、「3.新たな情報財の創出と知財システム」において人工知能、3Dプリンタ、データベースと知財制度の話を、「4.デジタル・ネットワーク時代の国境を越える知財侵害への対応」においてリーチサイトやサイトブロッキングの話を取り上げている。
まず、2.の中の柔軟性のある権利制限規定とライセンスの円滑化について、今後具体的な取組を進めていくことが必要とされている事項は第20ページに以下のように書かれている。
○新たなイノベーションに柔軟に対応するとともに、日本発の魅力的なコンテンツの継続的創出を図る観点から、デジタル・ネットワーク時代の著作物の利用の特徴を踏まえた対応の必要性に鑑み、一定の柔軟性のある権利制限規定について検討を進める。併せて、著作権を制限することが正当化される視点を総合的に考慮することを含むより一層柔軟な権利制限規定について、その効果と影響を含め検討を行う。以上の検討を踏まえ、早期の法改正の提案に向け、柔軟性のある権利制限規定についてその内容の具体化を図る。
○新たな柔軟性のある権利制限規定の導入に当たっては、予見可能性の向上等の観点から、対象とする行為等に関するガイドラインの策定を含め具体的な検討を行う。
○孤児著作物に係る裁定制度についてより活用しやすいものとなるよう、利用者の探索コスト軽減の仕組みや、一定の場合について裁定に係る補償金の後払いを可能とすることについて、具体的な検討を行い、早期に所要の制度等整備を実施する。
○孤児著作物を含め団体が管理していない著作物を含め網羅的に利用する場合への対応の観点から、実施ニーズや中核となりうる団体が存在する分野などを念頭に、拡大集中許諾の導入可能性について、法的正当性、実施する団体・対価等のあり方を含め検討を進める。
○裁定制度や集中管理を含めた円滑な権利処理の基盤として重要な権利情報を集約化したデータベースの整備を、官民が連携して分野ごとに進めていく。
ここで、柔軟性のある権利制限についてかなり踏み込んだ記載をしており、知財計画にもまたそれなりに書き込まれるのではないかとも思うが、残念ながら、今後検討を進めて行くのは文化庁だろうし、前の日本版フェアユースの議論の体たらくを考えても大して期待は持てないだろう。
次に、3.の中の人工知能関係については、第30ページで以下の様なことが当面具体的に進めていくこととして書かれている。
○例えば市場に提供されることで生じた価値などに着目しつつ、一定の「価値の高い」AI創作物について、それに関与する者の投資保護と促進の観点から、知財保護のあり方について具体的な検討を行う。
○制作ができるような人工知能の構築において重要なビッグデータの収集・活用に優位性を有するプラットフォーマーについて、ビジネスモデルの実態把握等を含め、その影響力について調査分析を行う。併せて、ビッグデータの蓄積・利活用の促進に向け、データ共有に関する先行事例の創出や、データ共有に係る契約の在り方について検討を進める。
○AI創作物など新しい情報財と知財制度の関係について、国際的な議論を惹起する観点から、我が国における検討状況の海外発信に努める。
人工知能と知財の関係の整理は難しく、実際には継続検討ということが書かれているだけであり、知財計画にも大体このまま書かれるのではないかと思う。
3.の中の3Dデータやデータベースとの関係では、当面進めていくべきとされている事項は、第34ページと第38ページでそれぞれ以下のように書かれているが、これも継続検討ということで具体的な検討の方向性は大して書かれていない。
○知的財産権で保護されていない物の3Dデータについて、投資保護と促進の観点から、例えば3Dデータの制作過程において生じた付加価値に注目しつつ、一定の「価値の高い」3Dデータに関する知財保護のあり方について具体的な検討を行う。
○創作性を認めにくいデータベースについて、欧州等の動向や、実質面も含めた保護の実態等に照らしつつ、保護の要否や方法について具体的な検討を行う。
○公的研究資金による研究成果のうち、論文のエビデンスとしての研究データ及び当該データを格納しているデータベースの取扱いについて、オープンサイエンスに係る我が国の取組や国際的な動向等を踏まえつつ、実態面での保護の可能性を含め、引き続き検討を行う。
そして、私が一番問題視していた4.の中のリーチサイトやサイトブロッキングに関する検討について、今後具体的に取組及び検討を進めていくことが適当とされている事項は、第44ページで以下のように書かれている。
○リーチサイトへの対応に関して、一定の行為について法的措置が可能であることを明確にすることを含め、法制面での対応など具体的な検討を進める。その際、知的財産権の保護と表現の自由等とのバランスに留意しつつ、対応すべき行為の範囲の在り方についても検討を行う。
○オンライン広告対策に関し、実態調査を行うとともに、それを踏まえつつ、悪質な知財侵害サイトに対するオンライン広告への対応方策について、具体的な検討を進める。
○インターネット上の知財侵害に対する諸外国におけるサイトブロッキングの運用状況の把握等を通じ、その効果や影響を含めて引き続き検討を行う。
○海外サーバー上での侵害行為に関し、一部または全部の発信元が海外にあるが、ネットワークを通じて我が国ユーザーを対象とするサービスの提供における知財の適切な保護のあり方について調査研究を行う。
○インターネット上の知財侵害対策の実効性を高めるため、プラットフォーマーとの連携の促進や、プラットフォーマーの影響力に関する調査分析を行う。
これらも引き続き検討とされており、サイトブロッキングについて反対の結論がでなかったのは残念だが、この記載を読む限り、表現の自由に関する言及などもあり無理にサイトブロッキングなどの非人道的な対応を進めて行くという方向性はまだ出されていないと見て良いだろう。恐らく知財計画にもこのように書かれた上で、リーチサイトやサイトブロッキングに関する検討は続くと思われ、この点は今後も要注意である。
(2)知財紛争処理システム検討委員会報告書の内容
こちらの報告書(pdf)はどちらかと言えば特許の話を扱っているので一般ユーザにはあまり関係ないが、重要でないということもないので、その内容を見ておきたい。
この報告書が取り扱っている内容は、その目次にある通り、主に「第1.証拠収集手続」、「第2.損害賠償額」、「第3.権利の安定性」、「第4.差止請求権」の4点である。
最初の「第1.証拠収集手続」についてその方向性は第17ページに以下のように書かれている。
訴え提起前の証拠収集手続については、現行制度の周知、利用例の共有などを進めつつ、現行制度が活用されない要因の分析及びその具体的改善策の可能性の検討を行っていくことが適当である。また、訴え提起前に中立的な第三者が被疑侵害者に対して査察を行う制度(提訴前査察)について、その是非について引き続き検討することが適当である。
訴え提起後の証拠収集手続については、現行の書類提出命令を発令しやすくするよう、具体的態様の明示義務が十分に明示されなかった場合に同命令が発令されやすくする方策や、同命令と秘密保持命令を組み合わせて発令できるようにすることについて、それぞれ具体的に検討を進めることが適当である。
また、訴え提起後に中立的な第三者が被疑侵害者に対して査察を行う制度(提訴後査察)について、具体的に検討を進めることが適当である。
さらに、第三者の専門家や代理人にのみ書類開示を想定した制度の是非について、引き続き検討することが適当である。
法改正時期などはまだ良く分からないが、この記載を読む限り、査察制度の導入や書類提出命令の容易化について検討がさらに進められそうである。
次の「第2.損害賠償額」について、その方向性は第30〜31ページに以下のように書かれている。
現行特許法第102条の規定に関する課題に関して、1項及び2項における推定覆滅事由等(非寄与に該当する理由)の立証責任の負担者や範囲について、特許法の規定や特許権の特質を踏まえた適切な運用が行われることを期待しつつ、立証責任の負担者を明確にするための立法上の措置の可能性については、引き続き検討することが適当である。
3項に関して、通常の実施料相当額を上回る損害額の算定がより容易にできるようにするための考慮要素の明確化について、具体的に検討を進めることが適当である。併せて、最低保障額としての通常の実施料相当額の認定の基礎として活用できるようにするため、通常の実施料のデータベース等の作成について、その可否を含め具体的に検討を進めることが適当である。弁護士費用を含む知的財産訴訟に必要な費用については、権利者が実態に基づき弁護士費用等を請求して、それが認容されるという適切な運用が行われることを期待しつつ、その基礎として活用できるようにするため、知的財産訴訟に必要な費用のデータベース等の作成について、その可否を含め具体的に検討を進めることが適当である。
また、知的財産、特に特許権の領域において、不当利得返還請求の特例として、侵害者が得た利益の吐き出しをさせ、特にその利益を権利者に引き渡すことについて、それを正当化する根拠、要件などをどのように考え得るか、引き続き検討することが適当である。
実施料データベースはさておき、この記載によると、通常の実施料相当額を上回る額の算定の容易化のための考慮要素の明確化の検討がさらに進められるようだが、このような検討は実際にはかなり難しいのではないかと思える。
「第3.権利の安定性」の方向性は、その第41〜42ページに以下のように書かれている。
無効審判及び無効の抗弁の在り方の見直しに関して、確認的な明らか要件の是非等や、訂正審判請求等を要件としない訂正の再抗弁について具体的に検討を進めることが適当である。また、無効の抗弁に対する対抗策としての訂正審判等の要件緩和等の是非等について、具体的に検討を進めることが適当である。
併せて、侵害訴訟における技術的専門性を更に高める観点から、裁判所における更なる技術的専門性の向上や裁判所と特許庁との連携強化について、引き続き検討することが適当である。また、専門官庁によるレビュー機会の拡大として、侵害訴訟における求意見や権利の逐次安定化を図るための有効性確認手続について、具体的に検討を進めることが適当である。さらに、特許庁における審査の質の向上のためのこれまでの取組を更に進めるとともに、補正及び分割の要件等の緩和についても、引き続き検討することが適当である。
これもどこまで意味があるのか分からないが、特許庁への求意見制度の導入や訂正の再抗弁の要件緩和、確認的な明らか要件の導入の検討が進められるようである。
「第4.差止請求権」についての方向性は、第45ページに、
差止請求権については、標準必須特許やPAEの場合においても、当面、法改正により一律に制限することは行わず、個々の事案に応じて対応することが適当であり、権利の濫用法理や競争法による対応のいずれの場合においても、技術標準化や産業の発達に与える影響、国際的な観点等も踏まえ、特許権を保有する者と当該特許権に係る技術を利用する者のバランスを考量して対応することが求められると考えられる。
なお、標準必須特許やPAE等を巡る状況については、今後、社会の変化や判例の蓄積等によって変動があり得ることや権利濫用などの一般法理による対応が困難となる場合も考えられることから、その状況については引き続き注視していくことが適当である。
と書かれ、想定通りではあるが、ここだけは差止請求権の制限は難しいという結論ではっきり書かれている。
これらの報告書の内容を読む限り、次の知財計画2016で著作権法などの知財法の改正について何か大きな方向性が示されるということはなく、ほぼ継続検討という形で書かれるのではないかと私には思える。特に柔軟性のある権利制限規定についてはそれなりに踏み込んだ記載が見られるだろうとも思うが、例によってあまり期待は持てず、残念ながら今年も、引き続きなされるだろうリーチサイトやサイトブロッキングに関する検討が最も要注意というお粗末な内容の計画が出されるのではないかと私は予想している。
(2016年4月19日夜の追記:1カ所誤記を直した(「人口知能」→「人工知能」)。)
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