第309回:閣議決定された知財関連法改正案(著作権法、商標法、意匠法、特許法他)
先週ほとんど全ての知財関連法の改正案が閣議決定された(文科省の法律案と経産省のリリース参照)。内容はおおよそ予想通りであり、また他でも様々な解説が書かれるのではないかと思うが、今回は全ての知財関連法についてかなりの大改正となっており、ここでも念のため実際の条文案がどうなったかということをざっと見ておきたいと思う。
(1)著作権改正法案(現行出版権の拡大による電子出版のカバー)
まず、第306回でも書いた通り、一番揉めていた著作権法は、案の定以下のように現行出版権を拡大して電子出版をカバーするのに近い形にされた。(文科省の新旧対照条文案(pdf)と概要(pdf)参照。)
(出版権の設定)
第七十九条 第二十一条又は第二十三条第一項に規定する権利を有する者(以下この章において「複製権等保有者」という。)は、その著作物について、文書若しくは図画として出版すること(電子計算機を用いてその映像面に文書又は図画として表示されるようにする方式により記録媒体に記録し、当該記録媒体に記録された当該著作物の複製物により頒布することを含む。次条第二項及び第八十一条第一号において「出版行為」という。)又は当該方式により記録媒体に記録された当該著作物の複製物を用いて公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあつては送信可能化を含む。以下この章において同じ。)を行うこと(次条第二項及び第八十一条第二号において「公衆送信行為」という。)を引き受ける者に対し、出版権を設定することができる。
(第2項略)(出版権の内容)
第八十条 出版権者は、設定行為で定めるところにより、その出版権の目的である著作物について、次に掲げる権利の全部又は一部を専有する。
一 頒布の目的をもつて、原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法により文書又は図画として複製する権利(原作のまま前条第一項に規定する方式により記録媒体に記録された電磁的記録として複製する権利を含む。)
二 原作のまま前条第一項に規定する方式により記録媒体に記録された当該著作物の複製物を用いて公衆送信を行う権利
(第2項以下略)
したがって、条文上、出版社の要望通り、出版権の設定登録は紙と電子の一体設定がデフォルトルールに近くなっているように読めるが、義務と消滅請求について、
(出版の義務)
第八十一条 出版権者は、次の各号に掲げる区分に応じ、その出版権の目的である著作物につき当該各号に定める義務を負う。ただし、設定行為に別段の定めがある場合は、この限りでない。
一 前条第一項第一号に掲げる権利に係る出版権者(次条において「第一号出版権者」という。) 次に掲げる義務
イ 複製権等保有者からその著作物を複製するために必要な原稿その他の原品若しくはこれに相当する物の引渡し又はその著作物に係る電磁的記録の提供を受けた日から六月以内に当該著作物について出版行為を行う義務
ロ 当該著作物について慣行に従い継続して出版行為を行う義務
二 前条第一項第二号に掲げる権利に係る出版権者(次条第一項第二号において「第二号出版権者」という。) 次に掲げる義務
イ 複製権等保有者からその著作物について公衆送信を行うために必要な原稿その他の原品若しくはこれに相当する物の引渡し又はその著作物に係る電磁的記録の提供を受けた日から六月以内に当該著作物について公衆送信行為を行う義務
ロ 当該著作物について慣行に従い継続して公衆送信行為を行う義務(出版権の消滅の請求)
第八十四条 出版権者が第八十一条第一号(イに係る部分に限る。)又は第二号(イに係る部分に限る。)の義務に違反したときは、複製権等保有者は、出版権者に通知してそれぞれ第八十条第一項第一号又は第二号に掲げる権利に係る出版権を消滅させることができる。
2 出版権者が第八十一条第一号(ロに係る部分に限る。)又は第二号(ロに係る部分に限る。)の義務に違反した場合において、複製権等保有者が三月以上の期間を定めてその履行を催告したにもかかわらず、その期間内にその履行がされないときは、複製権等保有者は、出版権者に通知してそれぞれ第八十条第一項第一号又は第二号に掲げる権利に係る出版権を消滅させることができる。
という形で、出版の義務と消滅請求が紙の出版(複製)と電子出版(公衆送信)で別々にされているので、実際のところ、(既存のものも含め)出版権設定契約において著作者が十分注意して契約内容を確認する必要こそあるだろうが、全体としてそこまで大きな問題がある訳ではなく、かなり無難なところに落ち着いたのではないかと思える。
ここで、上の法改正案について今まで通り表を作っておくと以下のようになるだろう。(なお、分かりにくくなると思ったので赤字で強調していないが、電子媒体による頒布が紙の出版の方に分類された点も地味ながら法改正点として注意しておいた方が良い点である。また、表でつづめて書いた部分だが、念のため書いておくと、条文上、電子書籍に相当するのは、電子計算機を用いてその映像面に文書又は図画として表示されるようにする方式により記録媒体に記録された著作物の複製物となる。つまり、新出版権の対象となるデータはどんなものでも良い訳ではなく、基本的にディスプレイ上で文章や絵として人が読んだり見たりする形の電子データのみということになるのだろう。)
(2)商標法改正案(音などの新しい商標の保護の導入他)
著作権法以外の知財法も今回は大改正であり、特に商標法と意匠法の改正はそれぞれ画期的な内容を含んでいる(経産省の新旧対照条文案(pdf)と概要(pdf)参照)。まず、商標法では新しい商標の保護が導入されるとのことだったが、法改正案の定義条項は、
(定義等)
第二条 この法律で「商標」とは、人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。
となっており、確かに音などの商標の保護がうたわれている。政令改正についても今後良く見て行く必要があるだろうが、音の商標の導入に合わせて、
第二条
3 この法律で標章について「使用」とは、次に掲げる行為をいう。
(略)
九 音の標章にあつては、前各号に掲げるもののほか、商品の譲渡若しくは引渡し又は役務の提供のために音の標章を発する行為
十 前各号に掲げるもののほか、政令で定める行為4 前項において、商品その他の物に標章を付することには、次の各号に掲げる各標章については、それぞれ当該各号に掲げることが含まれるものとする。
一 文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合の標章 商品若しくは商品の包装、役務の提供の用に供する物又は商品若しくは役務に関する広告を標章の形状とすること。
二 音の標章 商品、役務の提供の用に供する物又は商品若しくは役務に関する広告に記録媒体が取り付けられている場合(商品、役務の提供の用に供する物又は商品若しくは役務に関する広告自体が記録媒体である場合を含む。)において、当該記録媒体に標章を記録すること。
というように、商品の販売やサービスの提供のために音を使うことや広告のために録音することが商標の使用行為に入って来ることも注意しておくべきだろう。
詳細は省略するが、概要に書かれている通り、今回の商標法改正案には、商工会、商工会議所及びNPO法人を地域団体商標制度の登録主体に追加することも含まれている。
(3)意匠法改正案(国際意匠出願協定への加盟)
また、ここでは以下のような関連部分の冒頭の引用だけに留めておくが、意匠法改正案には意匠の国際登録に関するハーグ協定への加盟のための条文が一揃い入っている。制度ユーザーにしか関係なく、意匠制度があまり一般的に馴染みがない所為かあまり騒がれていないようにも思えるが、これは条約加盟にともなう非常に大きな話である。
第六章の二 ジュネーブ改正協定に基づく特例
第一節 国際登録出願
(国際登録出願)
第六十条の三 日本国民又は日本国内に住所若しくは居所(法人にあつては、営業所)を有する外国人は、特許庁長官に意匠の国際登録に関するハーグ協定のジュネーブ改正協定(以下「ジュネーブ改正協定」という。)第一条(vii)に規定する国際出願(以下「国際出願」という。)をすることができる。この場合において、経済産業省令で定める要件に該当するときは、二人以上が共同して国際出願をすることができる。
2 前項の規定による国際出願(以下「国際登録出願」という。)をしようとする者は、経済産業省令で定めるところにより外国語で作成した願書及び必要な物件を提出しなければならない。
(以下略)
(4)特許法改正案(異議申立て制度の復活)
特許法改正案も、以下に同じく冒頭だけ引用しておくが、今の無効審判制度に加えて、異議申立て制度という形で特許権付与後の権利確認プロセスを複線的に入れるという大きな改正を含んでいる。
第五章 特許異議の申立て
(特許異議の申立て)
第百十三条 何人も、特許掲載公報の発行の日から六月以内に限り、特許庁長官に、特許が次の各号のいずれかに該当することを理由として特許異議の申立てをすることができる。この場合において、二以上の請求項に係る特許については、請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。
(以下略)
細かなところまで突っ込む気はさらさらないが、過去の条文と比べてみると、2003年法改正で廃止された過去の異議申立て制度との違いは、テクニカルな点を除き、以前は口頭審理もあり得るとしていたのを今回は書面審査のみとした点くらいであり、今回の法改正案の内容は実質過去の制度の復活と言って良い。この過去の制度との関係で特許庁の整理にはいまいち良く分からないところもあるが、これは制度ユーザにとって選択肢が増える話であり別に悪いことではない。
また、やはり説明は省略するが、その概要に書かれている通り、今回の特許法等の改正案には手続期間に関する救済措置の拡充や弁理士法の改正なども含まれている。
これで今年国会で審議されそうな知財関連法はほぼ出そろったのではないかと思っているが、さらに新規立法として地理的表示保護法案も予定されているはずなので、その内容についても公開され次第取り上げたいと思っている。
(2014年3月19日夜の追記:誤記の修正、2003年法改正資料へのリンクの追加と合わせて、(1)の最後の括弧内に電子書籍相当条文に関する説明を追加した。)
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コメント
はたして、知的財産制度は社会を豊かにするのだろうか?
アイデアで何か道は開けないか、と「知財総合支援窓口」という所へ相談に行った。
弁理士、曰く、
「知的財産の法律というものは創意工夫を促して社会を豊かにするためにあるのではありません。
お金を積んで、他人の創意工夫を妨害するために使うものなのです。
自社の製品の改良を他人にやらせない、そういう目的のために100万円単位のお金を使うのです。
たいてい、一つの商品には複数の特許が含まれています。
それらの特許地雷の一つでも踏んでしまった他社の新商品はこの世から葬り去られるのです。
A社とB社の商品の良い所取りのような商品は決して発売されないのです。」
そうか、そんなものだったのか・・・。
道理で、どの会社にメールしても、木で鼻をくくったような返事しか来なかったわけだ。
そもそも、情報というものは関係、ネットワークとして存在する。
知的財産制度は、そこに関所を設けて、関税を徴収する。
現在の制度は、特に、知的財産を更なる知的財産を組み立てるための部品として
再利用を促す観点が大きく欠けていると思う。
だから、知的財産には一物一価というものがない。
創作者は、自分の保有する知的財産を無料で利用して改良できるが、
第三者が、改良しようとすると、無限大の利用料が請求される。
十分な理論的根拠もなく、市場競争経済の例外であるべき知的財産が、
経済の主役にとって代ろうとしている。
投稿: 星野 泰弘 | 2014年3月21日 (金) 05時12分