第296回:インターネット利用と著作権侵害に関するドイツのいくつかの判例(子供の著作権侵害における親の責任、無線LAN所有者の責任他)
前回も書いた通り、ドイツでは大量の著作権侵害警告が出されているので関連する判例も多い。ダウンロード違法化・犯罪化の先駆けであるドイツの話は日本でも起こり得ることとして注意しておいた方が良いにもかかわらず、判例に至ってはほとんど紹介されることがないので、ここでついでにいくつか参考になりそうな最近の判例について紹介しておきたいと思う。インターネットと著作権の問題は常に動きがある話であり、ここで取り上げた判例もごく一部に過ぎないということをあらかじめ断っておく。
(1)親の責任は子供の完全なインターネット監視を必要とするものではないとするドイツ最高裁の判決
去年の2012年11月15日にドイツ最高裁は、「Morpheus」事件判決(ドイツ最高裁のリリースも参照)で、子供の著作権侵害における親の責任についての判断を示している。
この判決文についている要約には以下のように書かれている。
Eltern genugen ihrer Aufsichtspflicht uber ein normal entwickeltes 13-jahriges Kind, das ihre grundlegenden Gebote und Verbote befolgt, regelmasig bereits dadurch, dass sie das Kind uber die Rechtswidrigkeit einer Teilnahme an Internettauschborsen belehren und ihm eine Teilnahme daran verbieten. Eine Verpflichtung der Eltern, die Nutzung des Internets durch das Kind zu uberwachen, den Computer des Kindes zu uberprufen oder dem Kind den Zugang zum Internet (teilweise) zu versperren, besteht grundsatzlich nicht. Zu derartigen Massnahmen sind Eltern erst verpflichtet, wenn sie konkrete Anhaltspunkte dafur haben, dass das Kind dem Verbot zuwiderhandelt.
親は普通に成長した13歳の子供に対して十分に監督の義務を果たし、子供はその基本的な指示と禁止に従い、既に原則通り、インターネットファイル共有の利用における権利侵害について学んでおり、その利用を禁止されている。子供によるインターネットの利用を監視し、子供のコンピュータを点検し、又は子供のインターネットアクセスを(部分的に)フィルタリングするようなことは原則として親の義務を構成しない。子供が禁止に対して違反すると具体的に考えられる場合に始めて親はそのような手段についての義務を負う。
リリースや判決本文に書かれている通り、この最高裁判決は、高裁までの判決で親は子供のインターネット利用を強力に監視する義務があり損害賠償責任を負うとしていたのを覆したものである。著作権侵害のリスクが多少なりともあるからと言って子供のインターネット利用の完全な監視を親の義務とし、さもなくば子供の行為について損害賠償責任を負うとするのは行き過ぎであり、その意味でこの判決は妥当なものだろう。
日本でも突然家に著作権侵害をしているから数十万払えという警告が来たらどうするだろうかということを考えて見ると良いのではないだろうか。そこで子供が違法ファイル共有をしていたと分かったらどうだろうか。日本なら親が謝って金を支払ってしまうことが多いかも知れないが、子供のしたことについて親が法的にどこまで責任を負うかという問題は単純ではない。今のところ日本での適用例はないが、ダウンロード違法化・犯罪化について著作権団体と警察が本気で運用したら、多く子供まで裁判に巻き込まれ、親の責任が問われることになるのは間違いない。その場合、本当に争うのであればドイツの様に最高裁まで行かなければならないことになるが、前の著作権法改正はそうした点でも全く褒められたものではないと私は考えている。
また、最高裁のものではないが、同趣旨のものとして、2013年3月22日にはフランクフルト高裁で夫は妻のインターネット利用について監視する義務はないとする決定も出ている。同じく著作権侵害リスクのために、夫は妻の、あるいは妻は夫のインターネット利用について監視しなければならないとされたのでは堪ったものではないだろう。
(2)他人によって無断使用された場合の著作権侵害について無線LANの所有者が全責任を負うことはないとするドイツ最高裁の判決
上であげた判例中でも引用されているものだが、3年ほど前の2010年5月12日に、同じくドイツ最高裁は、「Sommer unseres Lebens」事件判決(ドイツ最高裁のリリースも参照)で、無線LAN接続についてインターネットアクセスの所有者が全責任を負うことはないとの判断も示している。
その要約を同じく訳出すると以下のようになる。
a) Den Inhaber eines Internetanschlusses, von dem aus ein urheberrechtlich geschutztes Werk ohne Zustimmung des Berechtigten offentlich zuganglich gemacht worden ist, trifft eine sekundare Darlegungslast, wenn er geltend macht, nicht er, sondern ein Dritter habe die Rechtsverletzung begangen.
b) Der Inhaber eines WLAN-Anschlusses, der es unterlasst, die im Kaufzeitpunkt des WLAN-Routers marktublichen Sicherungen ihrem Zweck entsprechend anzuwenden, haftet als Storer auf Unterlassung, wenn Dritte diesen Anschluss missbrauchlich nutzen, um urheberrechtlich geschutzte Musiktitel in Internettauschborsen einzustellen.
a)著作物を権利者の許諾なくアクセス可能とするのに使われたインターネットアクセスの所有者は、自身ではなく第三者が権利侵害を行ったと主張する場合、付随的な説明責任を負う。
b)第三者が音楽著作物をファイル共有に流すためにそのアクセスを濫用した場合、無線LANルータの購入時に市場で一般に入手可能なセキュリティを自身のために適用することを怠っていた無線LANの所有者は、不作為に関して妨害者として責任を負う。
また、この判決のリリースにも以下のように書かれている。
Der Beklagte haftet deshalb nach den Rechtsgrundsatzen der sog. Storerhaftung auf Unterlassung und auf Erstattung der Abmahnkosten ... Diese Haftung besteht schon nach der ersten uber seinen WLAN-Anschluss begangenen Urheberrechtsverletzung. Hingegen ist der Beklagte nicht zum Schadensersatz verpflichtet. Eine Haftung als Tater einer Urheberrechtsverletzung hat der Bundesgerichtshof verneint, weil nicht der Beklagte den fraglichen Musiktitel im Internet zuganglich gemacht hat. Eine Haftung als Gehilfe bei der fremden Urheberrechtsverletzung hatte Vorsatz vorausgesetzt, an dem es im Streitfall fehlte.
したがって、被告はいわゆる不作為に関する妨害者責任と警告費用の補償に関する責任を負う(中略)この責任はその無線LAN接続を通じて著作権侵害が最初に行われたときから存在する。それに対して被告は損害賠償の義務を負わない。被告が問題の音楽をインターネットでアクセス可能とした訳ではなく、著作権侵害の直接侵害者としての責任をドイツ最高裁は否定する。他人の著作権侵害の幇助者としての責任は故意を前提としており、本件ではそれは欠けている。
これも当たり前と言えば当たり前で、無線LANの所有者に暗号化を施す責任くらいは負わせられるかも知れないが、それ以上の責任を負わせるのは酷というものだろう。日本ではまだこのような事件はないように思うが、やはり日本でも起こり得る話であって、ダウンロードが違法化・犯罪化された今となっては無線LANの取り扱いにも十分注意する必要があるのは間違いない。(最近ではさすがにセキュリティをかけずに剥き出しで無線LANを使っているのはあまり見かけない気もするが、この注意は第282回にも書いた。)
無線LANについてということでは、2013年6月に、フランクフルト行政裁から、セキュリティとして機器ごとにつけられている出荷時のパスワードからの変更までは必要ないとするような判決も出されている。(Richter Sume法律事務所HPの判決文(pdf))参照。)
どこまでセキュリティを確保すれば免責されるのかということは必ずしも一概に決められるものでもないだろうが、極めて高いレベルのセキュリティを広く一般にまで求めるのは酷に過ぎるというものだろう。
(3)著作権侵害事件における弁護士費用を制限するハンブルク行政裁の判決
また、ちょっとトリッキーなものだが、ハンブルクの行政裁判所で、前回紹介した法改正も考慮して弁護士費用を制限する決定が出されている。
その決定(ドイツ中央消費者団体連合HPの決定文(pdf)参照)からポイントとなる部分を抜粋すると、以下のようになるだろう。
Das Gericht weist dje Klagerseite darauf hin, dass es den angenommenen Gegenstandsstreitwert, nach dem Uber§97 a Abs.1 S.2 UrhG Ersatz fur die Anwaltskosten verlangt werden kann, nicht fur angemessen halt. Als Gegenstandswert der streitgegenstandlichen Verletzungshandlung halt das Gericht gemass §3 ZPO vielmehr einen Betrag in Hohe von 1.000 EUR fur sachgerecht. §97 a Abs.1 S.2 UrhG bestimmt, dass man -soweit die Abmahnung berechtigt war - Ersatz der erforderlichen Aufwendungen verlangen kann. Die Umstande sowie das Ausmass der Verletzungshandlung erfordern vorliegend keine hoheren Gegenstandswert, da der Beklagte das File-Sharing offenkundig privat betrieben hat. Bei der Frage der Bemessung einer "angemessenen" Gegenstandshohe fur die anwaltliehe Tatigkeit kann nach Dafurhalten des Gerichtes das am 28. Juni 2013 beschlossene Gesetz u.a. zur Anderung des Urheberrechtsgesetzes nicht ausser Acht gelassen werden(BT-Drucksache 17/13057). ... Diese Zielsetzung des Gesetzgebers muss nach Ansicht des Gerichtes bereits zum jetzigen Zeitpunkt Beachtung finden. ... Vor diesem Hintergrund rat das Gericht der Klagerin dazu, ihre Klage insoweit zuruckzunehmen, wie der unter Ziffer 2) geltend gemachte Betrag die nach Ansicht des Gerichtes auf Basis eines Gegenstandswertes von EUR 1.000 zu berechnenden Rechtsanwaltskosten ubersteigt.
当裁判所は、著作権法第97条第1項第2文に基づいて求められる弁護士費用の根拠となるその推定訴額は適切なものではないと原告側に指摘する。当裁判所は、本件の著作権侵害行為の訴額は民事訴訟法第3条に基づき1000ユーロの額が適切であると認める。著作権法第97条第1項第2文は、-警告が正当なものである限りにおいて-必要となった費用の補償を求めることができると定めている。被告がファイル共有を私的に用いていたことが明らかな本件の状況並びに規模では、より高い訴額は求められない。弁護士活動についての「適切な」訴額の評価の問題は、当裁判所の考えでは、2013年6月28日に決まった法律、つまり著作権法の改正を見逃すことはできない。(中略)その立法の目的は、当裁判所の見るところでは、現時点でも注意しなければならないものである。(中略)このような理由から、2)で主張された額は、当裁判所の考えるところ、1000ユーロの訴額に基づいて支払われるべき額を超えており、当裁判所は、原告がその訴えを取り下げることを求める。
この判決も未施行の法律によって現行法を解釈するという点でかなりトリッキーなものだが、このように弁護士費用を制限する判決が既に出されていることは注目してしかるべきだろう。今後このような判決が続くようであれば、ドイツにおける著作権侵害警告に関する流れも少しは変わって来るに違いない。
引き比べてみるに、日本でも文化庁や権利者団体を中心に間接侵害や幇助のような形でどんどん第三者へと責任を広げて行こうとする目論見が見られるのだが、何でもかんでも第三者に責任を負わせれば良いというものではない。そのような動きはインターネット利用をいたずらに不安定にするだけであり、この点に関して本当に必要なのは拡大解釈が可能な曖昧な形での間接侵害の立法化などではなく、一定のセーフハーバーだろうと私は常に考えている。間接侵害・幇助のような問題に関して多くを司法による判断に委ねるというのも一つの考え方ではあると思うが、ドイツのように著作権保護強化のためにデタラメな法改正を繰り返し、無意味に訴訟を増やして司法判断でどうにか一定の解決を図って行くというのが良いやり方とは私には到底思えない。
判例を読むときにはその国の法律とそれを取り巻く事情といったことも含めて良く調べることが必要であるということを、外国の法律について何かを言おうとするなら、条文だけを見て動向をとやかく言うのは非常に危うく、常にその運用まで含めて見て行かなければならないということをここにもう一度注意として繰り返して書いておく。
最後に合わせて書いておくと、twitterでメモした、文章は児童ポルノに該当しないとするドイツ最高裁の判例については、うぐいすリボンのHPで訳されているので、関心のある方は是非リンク先をご覧頂ければと思う。
| 固定リンク
« 第295回:ドイツにおける著作権侵害警告濫用抑止・利用者保護のため弁護士費用を制限する再度の著作権法改正他 | トップページ | 第297回:文化庁・著作権分科会・出版関連小委員会中間まとめ(電子出版権創設提言)に対するパブコメ募集(10月27日〆切) »
「著作権国際動向(ドイツ)」カテゴリの記事
- 第484回:パロディやパスティーシュのための権利制限について欧州司法裁に再び質問を付託する2023年9月14日のドイツ最高裁の決定(2023.10.01)
- 第478回:サイトブロッキングは最後の手段であり他の手を尽くした後でなければ認められないとする2022年10月13日のドイツ最高裁の判決(2023.05.28)
- 第468回:ドイツ最高裁のプラットフォーム運営者の責任に関する2022年6月2日の判決(2022.11.06)
- 第459回:新欧州著作権指令のアップロードフィルタは表現の自由と合致するものであるべきとする欧州司法裁判所の判決他(2022.05.15)
- 第443回:ドイツのインターネットサービスプロバイダー著作権責任法と拡大集中ライセンス(2021.08.09)
コメント