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2012年8月20日 (月)

第281回:森ゆうこ議員・はたともこ議員提出の違法ダウンロード刑事罰化に関する質問主意書への政府回答の転載

 この8月2日に国民の生活が第一の森ゆうこ議員・はたともこ議員が参議院で提出した違法ダウンロード刑事罰化(ダウンロード犯罪化)に関する質問主意書pdf版)に対する政府答弁書(pdf)が8月10日付で返って来ている。

 どのような法律であれ成立して終わりということはなく、成立した後も濫用されないよう地道に運用を監視して行くこと、必要な見直しを求めて行くことが重要であり、政局迷走の中でこのような質問主意書を提出して下さった両議員と関係者の皆様には心から感謝したい。

 政府の答弁書はほとんど回答になっていないが、回答になっていないことから見えて来ることもあるので、ここで質問主意書と答弁書の回答を一問一答形式に直して転載して行きたいと思う。

 まず、質問主意書の前文は以下の通りである。ダウンロード犯罪化に関する問題意識としてこれ以上追加することはないだろう。

今国会成立の著作権法の一部を改正する法律における違法ダウンロード刑事罰化に関する質問主意書

 今国会で内閣が提出した「著作権法の一部を改正する法律案」について、衆議院文部科学委員会で自由民主党と公明党の議員から所謂「違法ダウンロードの刑事罰化」(以下「本法律修正部分」という。)を含む修正案が提出され、同法案は修正議決の後、六月二十日に参議院で可決、成立した。
 本質問主意書の提出者・参議院議員森ゆうこは、今回の「著作権法の一部を改正する法律案」の内閣提出部分について、文部科学副大臣(当時)として法案の立法作業を行った者であるが、議員提出の本法律修正部分については強く反対し、六月二十日の参議院本会議では法案に反対した。
 本質問主意書の提出者・参議院議員はたともこは、本法律修正部分については強い危惧を持ちつつも、民主党参議院国会対策副委員長(文教科学委員会担当)(当時)として党議決定に従い、本会議において賛成した。
 私たちは本法律修正部分について、その正当性、背景となる立法事実、日本国憲法に定められた罪刑法定主義のほか、可罰的違法性、青少年への重大な悪影響、国会審議の形骸化、業界団体の利益に偏った議論、立法過程のデュープロセスの軽視等、重大な数々の疑問を持っている。
 よって、本法律修正部分について、一般社団法人インターネットユーザー協会、文筆家・音楽制作者高橋健太郎氏、情報学者・国際日本文化研究センター教授山田奨治氏の協力を得て協議し、それを踏まえて、ここに質問主意書を提出することとした。
 本法律修正部分については、参議院文教科学委員会での附帯決議にあるように、「著作権法の運用に当たっては、犯罪構成要件に該当しない者が不当な不利益を被らないようにすることが肝要であり、とりわけ第百十九条第三項の規定の運用に当たっては、警察の捜査権の濫用やインターネットを利用した行為の不当な制限につながらないよう配慮すること」が、政府及び関係者には求められている。
 私たちは、今回の質問主意書提出を機に、政府及び関係者に対し、参議院での附帯決議の趣旨を実現することを強く求めるとともに、今後とも施行状況等を勘案して、検討を加え、必要な見直しを行うよう引き続き努力していく決意である。
 本質問主意書は小・中・高生など未成年の青少年にとっても重大な内容となるものであるから、項目ごとにできるだけ分かりやすく、具体的にかつ平易な文章で答弁されたい。

 以下、質問とその回答に移る。まず、「一 参議院文教科学委員会での附帯決議について」では「参議院文教科学委員会では、本法律修正部分に関し、以下の三点について、政府及び関係者に特段の配慮を求める附帯決議が行われた。」として、著作権法改正案の附帯決議(pdf)についての質問がされているが、その回答は以下のようになっている。

 「違法なインターネット配信等による音楽・映像を違法と知りながら録音・録画することの防止の重要性に対する理解を深めるための啓発等の措置を講ずるに当たって、国及び地方公共団体は、有償著作物等を公衆に提供し、又は提示する事業者と連携協力を図り、より効果的な方法により啓発等を進めること。」
 この附帯決議について、政府はどのような目標を持って、具体的にどのような措置をいつまでに行う方針か、明らかにされたい。

⇒一の1について
 御指摘の附帯決議については、文部科学省として、広く国民が「違法なインターネット配信等による音楽・映像を違法と知りながら録音・録画することの防止の重要性」に対する理解を深め、著作物の適正な利用が図られることを目標に、これまで「違法ダウンロードの刑事罰化についてのQ&A」及び「平成二十四年通常国会 著作権法改正等について」を文化庁ホームページに掲載したほか、平成二十四年七月に、各都道府県教育委員会等に対して事務連絡を発出し、各学校の授業等において「違法ダウンロードの刑事罰化に係るQ&A」を活用することを依頼している。今後は、関係団体が作成した啓発用パンフレットの活用を学校等に促すなど、関係団体との連携協力を図りつつ、「違法なインターネット配信等による音楽・映像を違法と知りながら録音・録画することの防止の重要性」についての啓発等に努めてまいりたい。

 「有償著作物等を公衆に提供し、又は提示する事業者は、インターネット利用者が違法なインターネット配信等から音楽・映像を違法と知りながら録音・録画することを防止するための措置を講ずるように努めること。」
 この附帯決議について、政府は関係者に対し、どのように対処する方針か、具体的かつ詳細に明らかにされたい。

⇒一の2について
 御指摘の附帯決議の内容については、関係団体に対して「著作権法の一部を改正する法律について(通知)」 (平成二十四年六月二十七日付け二十四庁房第九十一号文部科学副大臣通知)を発出する等によりその周知を図つてきたところであり、今後は、関係者の取組状況を把握した上で、必要に応じ、適切な措置を講じてまいりたい。

 「著作権法の運用に当たっては、犯罪構成要件に該当しない者が不当な不利益を被らないようにすることが肝要であり、とりわけ第百十九条第三項の規定の運用に当たっては、警察の捜査権の濫用やインターネットを利用した行為の不当な制限につながらないよう配慮すること。」
 この附帯決議に対して、政府はどのような措置を行う方針か、具体的かつ詳細に示されたい。

⇒一の3について
 警察庁において、都道府県警察に対して通達を発出する等して、御指摘の附帯決議の内容、著作権法の一部を改正する法律(平成二十四年法律第四十三号)による改正後の著作権法(以下「新法」という。)第百十九条第三項の規定の趣旨等について周知する予定である。

 ダウンロード犯罪化は10月1日に施行される訳だが、この政府回答によれば、担当省庁である文化庁はほとんど違法ダウンロードの刑事罰化についてのQ&A及び平成24年通常国会 著作権法改正等についてのホームページでの公開及び身内の教育委員会・関係団体への事務連絡・通知以上のことをする気がないと知れる。ダウンロード違法化の周知率を考えても、これだけで施行までに十分な周知ができるとは到底思えない。そもそも、このQ&A自体何ら法的に拘束力を持つものではなく内容的にほとんど無意味と言っていいものだが、このQ&Aは専門家にとっても良く分からず、著作権に詳しくない人なら読んでもさらに混乱するだけだろう。

 また、これとは全く別に警察は警察で勝手に通達を出すつもりと知れるが、この一の3の回答で文化庁のQ&Aに関する言及がないところを見ると、恐らく警察庁の通達と文化庁のQ&Aはリンクしないのだろう(この意味でも文化庁のQ&Aの存在価値はないに等しい)。大体、ダウンロード犯罪化の趣旨は国会審議でロクに明らかにされていないので、警察庁で通達をすると言っても条文そのものの提示と通り一遍の形式的な説明しかできないに違いない。違法ダウンロード罪についても各都道府県警察で相当対応に差が出て来ることが予想されるが、中には相当アグレッシブな法解釈をする都道府県警察も出てくるのではないかとかなり心配である。

 次に、「二 文化庁の改正法Q&Aについて」の質問とその回答は以下のようになっている。

 文化庁のホームページに掲載されている「平成二十四年通常国会著作権法改正等について」中の「改正法Q&A」問七-二~問七-八では、犯罪構成要件に該当するかどうかの判断基準例が示されているが、実際の運用において、条文を恣意的に判断し、当該Q&Aに示した見解と齟齬をきたすことはないか。警察庁や検察庁も含め、政府の統一見解を示されたい。

⇒二の1について
 犯罪の成否は、法と証拠に基づき、個別の事案ごとに適切に判断されるべき事柄であると考えている。

2 特に、改正法Q&A問七-八において、「関係者である権利者団体は、仮に告訴を行うのであれば、事前に然るべき警告を行うなどの配慮が求められると考えられます」と文化庁は回答している。
 この回答内容の実効性はどのように担保されるのか。政府としての見解を示されたい。

⇒二の2について
 新法第百二十三条第一項の告訴を行う前に警告を行うかどうかは権利者の判断によるものであるが、政府としては、今後とも、御指摘の「改正法Q&A問七-八」の内容について、権利者団体を含め、広く国民への周知を図つてまいりたい。

 ここでも、ダウンロード犯罪化条項の実際の運用について、政府全体としては犯罪の成否は法と証拠に基づき個別の事案ごとに判断されるとだけの回答であり、文化庁のQ&Aは警察庁や検察庁にとっては何の意味も持たないものと知れる。また、条文上何ら担保されていないので当たり前と言えば当たり前だが、政府回答通り、告訴を行う前に警告を行うかどうかは権利者次第であり、場合によっては事前の警告なくいきなり告訴されることもあり得るだろう。

 最後に、「三 本法律修正部分の立法経緯と運用等について」の質問とその回答は以下のようになっている。

 本年六月十九日の参議院文教科学委員会において、神本美恵子文部科学大臣政務官は、平成二十一年著作権法改正で違法ダウンロードが刑事罰化されなかった理由について「一つは、個々人の違法ダウンロード自体は軽微であること、二つ目に、家庭内で行われる行為についての規制の実効性の確保が困難であることなどから、刑事罰の対象とされなかった」と答弁した。
 ①「個々人の違法ダウンロード自体は軽微である」とは、具体的にどの程度までの数量のダウンロード行為を言っているのか。軽微と判断できる一人あたりのダウンロードの数量を示されたい。また、②三年後の現在、一人あたりの違法ダウンロードの数量に変化はあるか、政府の把握するところを示されたい。さらに、③「家庭内で行われる行為についての規制の実効性の確保が困難である」とはどういうことか、具体的かつ詳細に示されたい。加えて、④三年後の現在、その「困難である」との状況に変化はあるか、政府の把握するところを示されたい。最後に、⑤前述の二つの理由以外に、刑事罰化されなかった理由があれば、具体的に示されたい。以上五点について政府の見解を求める。

⇒三の1の①及び②にづいて
 御指摘の「個々人の違法ダウンロード自体は軽微である」とは、具体的な数量を念頭においているものではなく、また、御指摘の「一人あたりの違法ダウンロードの数量」については把握していない。

三の1の③及び④について
 御指摘の「家庭内で行われる行為についての規制の実効性の確保が困難である」とは、家庭内で行われる違法行為を把握し、摘発することは、通常困難であることが多いということであり、また、お尋ねの「「困難である」との状況に変化はあるか」については把握していない。

三の1の⑤について
 御指摘の二つの理由以外に特段の理由はない。

 ①無料放送番組、広告付きあるいはプロモーション用などで無料配布されている音楽・映像は、今回の改正法上の有償著作物とされるのか。また、②当初は有償でなくとも、後のCD販売に合わせて同じコンテンツが有償で提供されるように変化した場合、その後は有償著作物に変化すると解釈するのか。③有償著作物に変化するなら、無償の時点で違法アップロードされた著作物のダウンロードは、どの時点から刑事罰対象に変化するのか。④有償となった後に違法アップロードされた著作物のみが、刑事罰を負う違法ダウンロードの対象となるのか。以上四点について政府の見解を求める。

⇒三の2の①について
 御指摘の「無料放送番組、広告付きあるいはプロモーション用などで無料配布されている音楽・映像」の具体的な内容が必ずしも明らかではないが、当該音楽・映像が新法第百十九条第三項に規定する「有償で公衆に提供され、又は提示されているもの」ではない場合には、同項に規定する「有償著作物等」には該当しないものと考える。

三の2の②から④までについて
 新法第三十条第一項に定める私的使用の目的をもつて新法第百十九条第三項に規定する「著作権又は著作隣接権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権又は著作隣接権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画」を行つた時点で、当該録音又は録画の対象となる著作物又は実演等が同項に規定する「有償著作物等」に該当する場合であつて、自らその事実を知りながら当該録音又は録画を行つて著作権又は著作隣接権を侵害したときは、刑事罰の対象になるものと考える。

 ①有償で公衆に提供・提示されていたとしても、現在にあっては、有償での入手あるいは聴取の方法がない場合(例えば古いレコードなど)は、今回の改正法上の有償著作物とされるのか。②対象とされる場合、過去の文化遺産である音源を研究等のために入手する手段もなくなってしまうが、それは文化研究や文化振興上、好ましいと言えるか。以上二点について、政府の見解を求める。

⇒三の3について
 御指摘の「有償で公衆に提供・提示されていたとしても、現在にあつては、有償での人手あるいは聴取の方法がない場合(例えば古いレコードなど)」の具体的な内容が必ずしも明らかではないが、新法第百十九条第三項に規定する「有償で公衆に提供され、又は提示されているもの」ではない場合には、同項に規定する「有償著作物等」には該当しないものと考える。

 著作物のダウンロードに際し、違法・合法を区別することが法律のプロでも困難である場合が存在する。①違法・合法を明確に区別することがほぼあらゆる者にとって実質不可能な中で、私的違法ダウンロード行為を処罰化することに罪刑法定主義上の問題はないのか。②刑罰法規に求められる明確性の原則は担保されているのか。以上二点について政府の見解を求める。

⇒三の4について
 政府としては、新法第百十九条第三項の規定について、刑罰法規としての内容は明確であり、罪刑法定主義に反するものではないと考えている。

 前記1の参議院文教科学委員会において、水落敏栄委員の「警告なく処罰されるのではないか」、「事前の警告もなくすぐに処罰するというのは問題ではないか」という懸念の質問に対して、修正案提出者である河村建夫衆議院議員は「親告罪でもございますから、権利者団体は告訴を行うに当たってはやっぱり事前に御指摘のようなしかるべき警告を発するということは、こういうことは当然なければならない、そのように私は考えます」と答弁した。この河村建夫議員の見解を踏まえて、岸博幸参考人及び津田大介参考人も言及したフランス及び韓国における「スリーストライク制」について、本法律修正部分の運用に当たって、我が国に導入する考えはあるのか、政府の見解を示されたい。

⇒三の5について
 御指摘の「フランス及び韓国における「スリーストライク制」」の導入については、政府としては、現時点において予定していないが、諸外国の状況等を踏まえつつ、今後、必要に応じ、その可否を含めて検討してまいりたい。

 違法ダウンロードを未然に防ぐ努力をすべきであるが、まず何よりも違法アップロード対策を強化すべきである。今後の具体的な違法アップロード対策について、政府の見解を示されたい。

⇒三の6について
 お尋ねの「違法アップロード対策」については、政府としては、今後とも、違法アップロードが行われないよう、国民への普及啓発等の充実を図るとともに、違法アップロードに対する取締りや海外における違法アップロードについての関係団体を通じた対策を行ってまいりたい。

 本法律修正部分による委縮効果で、かえってレコード産業等の衰退につながるという指摘がある。インターネット利用の委縮効果を防ぐために、具体的にどのような対策をとるのか、政府の見解を示されたい。

⇒三の7について
 政府としては、御指摘の「インターネット利用の委縮効果」が生じないよう、新法第百十九条第三項の趣旨等について、今後とも「違法ダウンロードの刑事罰化についてのQ&A」について広く国民に対して周知するなど、インターネット、広報誌その他の媒体の活用、「著作権セミナー」その他の講習会や研修会の開催等を通じた広報啓発活動を行うとともに、関係団体による広報啓発活動を支援してまいりたい。

 三の1に対する政府回答は、政府としてダウンロード犯罪化を是とするに足る立法事実の変化を全く認識していないと認めているに等しい。次には、では何故政府与党としてこのような法改正に賛成したのかということが当然問われてしかるべきだろう。そのような質問を投げたところで、また人を小馬鹿にした回答が返って来るだけかも知れないが。

 三の2〜3に対する政府回答で、実際に回答を作ったのだろう文化庁や警察庁の担当は、「無料放送番組、広告付きあるいはプロモーション用などで無料配布されている音楽・映像」や「有償で公衆に提供・提示されていたとしても、現在にあつては、有償での人手あるいは聴取の方法がない場合(例えば古いレコードなど)」について当然何を意味しているのか理解していただろうと思うが、勝手に「具体的な内容が必ずしも明らかではない」と言い、政府としては「有償で公衆に提供され、又は提示されているもの」である「有償著作物等」について条文以上の解釈を示す気はないようである。したがって、文化庁のQ&Aの内容も全くあてにならず、「有償著作物等」のクライテリアも極めて不明確なままであると言わざるを得ない。(大体、この質問で不明確だったら、個別具体的な著作物名をあげて該当するかどうかを聞くしかないと思うが、そうしたら政府は何と回答するのだろうか。)

 また、三の4に対する政府回答で、ダウンロード犯罪化条項は、刑罰法規としての内容は明確であり、罪刑法定主義に反するものではないと政府は答えているが、何ら根拠は示していない。法改正を許した立場からするとそうとしか答えられないだろうが、根拠なくそう言われたところで、そもそもの条文の不明確性に加え執行における問題もあり、ダウンロード犯罪化条項には刑罰法規としての不明確性の問題・罪刑法定主義上の問題が明らかにあるという私の考えは変わりはしない。(これは最後裁判で争わなければならないことである。)

 三の5〜7に対する政府回答で、今後について政府は回答しているが、やはり今まで以上の周知活動をするつもりはないと見える。また、今のところ導入予定はないとしているが、政府として今後3ストライクアウトポリシーの導入を検討することもあり得るとしている点も重要だろう。

 要するに、政府としては、法改正に立法事実はないと認め、周知や濫用防止について今以上のことはせず、明確な統一解釈を示すこともなく、10月1日から始まるだろう警察・検察・権利者団体による恣意的な運用を多少なりとも統制する気は全くない上、今後さらなる規制強化の検討もあり得ると言っているのである。はっきり言ってこのような内閣の答弁書を見て私はさらに疑問と懸念が増えただけである。

 海賊版対策条約(ACTA)の衆議院審議も心配だが、ダウンロード犯罪化についてももはや10月1日の施行まで後1月と10日くらいしかない訳で、この体たらくでは、ロクな周知もされないまま、今後さらに混乱に拍車がかかって行くに違いない。すぐにどうこうできる話ではないが、政局の迷走もとどまるところを知らず、残念ながら今後も非常に辛い状況が続くのだろう。

(2012年8月20日夜の追記:少し文章を整えた。)

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2012年8月 5日 (日)

第280回:海賊版対策条約(ACTA)に関するQ&A

 海賊版対策条約(ACTA)の問題点については既に山田奨治氏(twitter)のブログ記事やてんたま氏(twitter)のブログ記事があるのでリンク先をお読み頂ければ十分だと思うが、この8月3日にACTAが参議院本会議で賛成217反対9で可決され衆議院に送られたということもあり、ネットを見ていると根拠のない憶測や不正確な理解に基づく意見も散見されるので、前回に続き、ここでも念のため今まで書いて来たことをまとめてQ&A形式で書いておきたいと思う。(ただし、ACTAに関しては今まで散々書いてきているので、今回もあまり目新しいことは書いていない。なお、前回も書いた通り、私は「海賊版対策条約」という略称を使っているが、ACTA(Anti-Counterfeiting Trade Agreement)は、初期の政府の検討では「模倣品・海賊版拡散防止条約」と称されており、最終的に公表された政府訳では「偽造品の取引の防止に関する協定」とされている。)

Q1:ACTAってそもそもどこから来たの?

⇒2005年にグレンイーグルス・サミットで日本の小泉首相(当時)が模倣品・海賊版防止のために法的な枠組みを作る必要性を言い出したのがACTAの発端となっています。当時の自公政権の大臣連や官僚たちが実際のところ何を考えていたのか良く分かりませんが、当時海外での日本製品の模倣品・海賊版が問題となっていたことを受け、ほとんど勢いだけで中身をロクに考えずに言い出したのではないかと私は見ています。(ACTAに関する一連の経緯については、第279回参照。)

Q2:ACTAには何が書かれているの?

⇒外務省のHPで公表されているACTAの最終条文(pdf)を見ると、以下のような章立てになっています。

第一章 冒頭の規定及び一般的定義
 第一節 冒頭の規定
 第二節 一般的定義
第二章 知的財産権に関する執行のための法的枠組み
 第一節 一般的義務
 第二節 民事上の執行
 第三節 国境措置
 第四節 刑事上の執行
 第五節 デジタル環境における知的財産権に関する執行
第三章 執行実務
第四章 国際協力
第五章 制度上の措置
第六章 最終規定

詳しい内容については下で書いて行きますが、章立てを見ても分かるように、ACTAは特に新たに知財権を作ろうとするものなく、主として知財権の行使・執行に関するものだということは議論する上で常に念頭に置いておく必要があります。

Q3:ACTAが対象としている知的財産権は商標権と著作権だけなの?

⇒2012年7月31日の参議院外交防衛委員会で八木外務省経済局長が特許権は基本的にACTAの対象外と答えています(参議院審議中継や山田奨治氏の参議院審議に関するブログ記事参照)。ここで、確かに第1章第2節と第13条の注でそれぞれ書かれている通り、第1章第2節の「民事上の執行」について「締約国は、特許及び開示されていない情報の保護についてはこの節の規定の適用範囲から除外することができ」、第3節の「国境措置」について「締約国は、特許及び開示されていない情報の保護がこの節の規定の適用を受けない」のはその通りで、 第4節の「刑事上の執行」と第5節の「デジタル環境における知的財産権に関する執行」では著作権と商標権が対象となるとほとんどの条項で明記しているので、「基本的に」対象とならないと言えなくもないですが、一般的に「知的財産」と書かれている他の部分の条項では特許権も基本的に対象となっていると考えるべきで、ACTAが特許を対象としていないという理解は正しくないでしょう。ACTAとジェネリック医薬品との関係は下で詳しく書きますが、基本的に特許権を対象としていないというより、ACTAは日本国内の特許法に影響しないと言う方が正確です。(これは、ACTA第5条(h)で「知的財産」とは、TRIPS協定(特許庁HPの翻訳参照)第2部第1節から第7節までの全ての種類の知的財産をいうとされている通りです。また、細かな話になりますが、注の書き方で第2節について特許権等を「除外することができる」とされ、第3節について特許権等は「適用を受けない」とされている条文上の差異は重要で、第3節に選択の余地はありませんが、第2節は選択可能なのでここで特許権を除外するかどうかで条約の適用範囲が変わって来ることになります。日本の国内法に大きな影響を与える点ではありませんが、日本政府が第2節で完全に特許権等を除外するとしているのかどうかはなお不鮮明です。)

Q4:ACTAによってインターネットの監視が強化されるの?

⇒ACTAの交渉過程でストライクポリシーなどが議論された形跡がありますが(当ブログのACTA関連記事参照)、最終的にインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)の責任について残されたのは、以下のような第27条第4項です。

第二十七条 デジタル環境における執行
 締約国は、自国の法令に従い、商標権又は著作権若しくは関連する権利が侵害されていることについて権利者が法的に十分な主張を提起し、かつ、これらの権利の保護又は行使のために侵害に使用されたと申し立てられたアカウントを保有する者を特定することができる十分な情報が求められている場合において、オンライン・サービス・プロバイダに対し当該情報を当該権利者に速やかに開示するよう命ずる権限を自国の権限のある当局に付与することができる。このような手続は、電子商取引を含む正当な活動の新たな障害となることを回避し、かつ、表現の自由、公正な手続、プライバシーその他の基本原則が当該締約国の法令に従って維持されるような態様で実施される。

この条項は基本的に情報開示の可能性について書かれているだけで、今のところ日本の現行プロバイダー責任制限法に関してプロバイダーの責任を不当に増やす形での強化を求めているものとは読めません。ただし、表現の自由云々は一般的な記載に過ぎず、ストライクポリシーなどの非道なネット検閲を禁止するとまでは読めないため、今後このような条項を踏み台にしてさらなる権利者団体などがさらなる規制強化の検討を求めてくることは十分あり得るでしょうし、ダウンロード犯罪化との関係でこのような条項が微妙な問題を引き起こす可能性もあり、批准された場合、即座にどうこうということはないでしょうが、残念ながら今後も様々なネット規制強化の検討について十分な注視が必要となって来るでしょう。

Q5:ACTAとダウンロード犯罪化(違法ダウンロード刑事罰化)は関係あるの?

⇒ダウンロード犯罪化に関する国会審議を見ても分かるように(第277回参照)、ACTAによってダウンロード犯罪化がなされたというような直接的な関係はありません。ただし、ダウンロード犯罪化とACTAの関係については精査が必要で、上であげた第27条第4項との関係もそうですが、以下のような刑事犯罪を定める第23条第1項との関係にも注意が必要です。

第二十三条 刑事犯罪
 各締約国は、刑事上の手続及び刑罰であって、少なくとも故意により商業的規模で行われる商標の不正使用並びに著作権及び関連する権利を侵害する複製について適用されるものを定める。この節の規定の適用上、商業的規模で行われる行為には、少なくとも直接又は間接に経済上又は商業上の利益を得るための商業活動として行われる行為を含む。

ダウンロード犯罪化(10月1日施行予定)によって日本は非商業的規模と言って良いだろう著作物の私的なダウンロード(録音録画に限るが)まで犯罪化し、ACTAを完全に超える規制をやってしまっていることになるため、ACTAのレベルでどうこう言うのはある意味難しいのですが、この条項の「商業的規模」の定義は曖昧で、私的な著作物のダウンロードの犯罪化をそのまま求めるものではないにしても、著作権を侵害する複製についてどこまで犯罪化することが必要とされるかという点で、批准された場合、このACTAの条文がネックとなり今後のダウンロード犯罪化条項に関する議論で単純に元に戻すことが難しくなって来ることもあり得るのではないかと私は考えています。

Q6:ACTAと著作権の保護期間延長やパロディ規制、非親告罪化は関係あるの?

⇒ACTAには著作権の保護期間延長やパロディ規制に関する規定はありません。ACTAも全体的に知的財産権の保護強化の傾向を助長することから全く影響がないとまでは言い切れませんが、これらについては基本的に関係ないと考えておいて良いかと思います。これらの問題についてであれば、TPP交渉や文化庁における文化審議会・著作権分科会・法制問題小委員会・パロディワーキングチームの検討の方が遥かに影響して来るように思います。

また、非親告罪化については、第26条に、

第二十六条 職権による刑事上の執行
 各締約国は、第二十三条(刑事犯罪)1から4までに定める刑事犯罪であって自国が刑事上の手続及び刑罰を定めるものに関し、適当な場合には、自国の権限のある当局が捜査を開始し、又は法的措置をとるために職権により行動することができることについて定める。

と書かれていますが、ここは、「適当な場合には」という文言の解釈で、ACTAからは著作権の非親告罪化は求められないと理解できるようです(参議院審議中継や山田奨治氏の参議院審議に関するブログ記事参照)。ただし、この条項の文言にも曖昧なところはあり、批准された場合、その運用に注意して行く必要があるでしょう。

Q7:ACTAで日本法との関係で特に問題となるところは?

⇒上で書いたいくつかの点も気になりますが、他に日本法との関係で特に問題があると私が考えているのは、以下の第9条第3項、第14条第1項、第2項及び第27条第6項です。

第九条 損害賠償
 各締約国は、少なくとも著作物、レコード及び実演を保護する著作権又は関連する権利の侵害並びに商標の不正使用について、次の一又は二以上の事項を定める制度を設け、又は維持する。
(a) 法定の損害賠償
(b) 侵害によって引き起こされた損害について権利者を補償するために十分な損害賠償の額を決定するための推定
 (c) 少なくとも著作権については、追加の損害賠償

第十四条 小型貨物及び手荷物
 各締約国は、小型貨物で送られる商業的な性質の物品をこの節の規定の適用対象に含める。

 締約国は、旅行者の手荷物に含まれる少量の非商業的な性質の物品については、この節の規定の適用から除外することができる。

第二十七条 デジタル環境における執行
 各締約国は、5に規定する適当な法的保護及び効果的な法的救済について定めるため、少なくとも次のことについて定める。
(a) 自国の法令の範囲内で次の行為から保護すること。
(ⅰ) 効果的な技術的手段の許諾されていない回避行為であって、そのような行為であることを知りながら、又は知ることができる合理的な理由を有しながら行われるもの
(ⅱ) 効果的な技術的手段を回避する手段としての装置若しくは製品(コンピュータ・プログラムを含む。)又はサービスを販売して公衆に提供する行為
(b) 次の要件を満たす装置若しくは製品(コンピュータ・プログラムを含む。)を製造し、輸入し、若しくは頒布する行為又は次の要件を満たすサービスを提供する行為から保護すること。
(ⅰ) 主として効果的な技術的手段を回避するために設計され、又は生産されていること。
(ⅱ) 効果的な技術的手段を回避すること以外の商業上の重要な目的が限られていること。

必須とされている訳ではありませんが、第9条で日本法に存在しない法定賠償に関する記載がある点は今後の日本における各種の検討において微妙な影響を与えて行くことがあり得るでしょうし、第14条で旅行者の手荷物の少量物品の検査をきちんと日本政府が除外しようとしているかどうか明確でなく、旅行者のiPodの中までチェックしようとするような規制強化の検討が今後されるようなことがないようきちんと見て行く必要があるでしょう。

また、DRM回避規制の部分については、実のところACTAを背景とする規制強化を含む不正競争防止法と著作権法の改正が既に成立してしまっていますが(第279回第266回参照)、これらの改正にはACTA以外に何ら納得の行く根拠・背景があったとは思われず、この部分こそが日本法との関係で考えた時のACTA最大の問題点だと私は考えています。詳しいことは過去の記事を読んで頂ければと思いますが、これらの法改正には私はなお反対で、元に戻す以上の規制緩和が必要だと考えていますし、このような明らかなポリシーロンダリングがあったからこそ私はACTAに反対しています。

Q8:表現の自由やプライバシーの尊重などが条文に書かれているが?

⇒上でも書きましたが、表現の自由やプライバシーの尊重などに関する記載は一般的なものに過ぎず、ストライクポリシーなどの非道なネット検閲を禁止するとまでは読めず、ACTAはこれらの基本的な権利に対する保障が不十分であると言わざるを得ません。

Q9:ACTAとジェネリック医薬品との関係は?

⇒ジェネリック医薬品(特許権切れの後発医薬品)の問題は複雑です。確かにACTAに直接的にジェネリック医薬品のことを規定する条文はなく、批准によって直接的に日本の特許法が改正され、国内でのジェネリック医薬品の流通が阻害されるということはないでしょう。ただし、第2章第2節の「民事上の執行」で特許権等を除外せずに批准する国もあり得ることを考えると、例えば、第5節第27条第1項の

第二十七条 デジタル環境における執行
1 各締約国は、第二節(民事上の執行)及び前節(刑事上の執行)に定める範囲内の執行の手続によりデジタル環境において生ずる知的財産権の侵害行為に対し効果的な措置(侵害を防止するための迅速な救済措置及び追加の侵害を抑止するための救済措置を含む。)がとられることを可能にするため、当該手続を自国の法令において確保する。

という規定との関係で、ジェネリック医薬品の国境を超えたネット取引を考えた時に、本当にACTAが完全に関係ないと言い切れるかどうか微妙なところがあります。(あまりに微妙なところなので、今の国会審議のレベルで果たしてここまで議論できるかどうか甚だ疑問ですが。)

Q10:欧州議会ではなぜACTAが否決されたの?ACTAについて世界的に批判されているところは?

⇒詳しくは前の記事(第278回参照)をお読み頂ければと思いますが、欧州議会は主として、

  • ACTAの交渉が極めて不透明に行われ広く国民的な議論が全くなされて来なかったこと
  • 結果として、ACTAの条文が曖昧となっており、表現の自由やプライバシー、個人情報保護の権利などを害するような各国法制をもたらす危険があること
  • 特に、非商業的規模の個人による著作権侵害に対する刑事訴追や、ISPなどによる通信の監視・ISPの著作権警察化をもたらす危険性が高いこと

を問題としてACTAを否決しています。世界的にACTAに対する批判が渦巻いているのも、同じく、検討過程が極めて不透明だったこと、政府のポリシーロンダリングにより著作権保護強化を言い訳に各種のネット規制の強化が正当化される懸念が強いことが原因です。

Q11:欧州議会否決後のACTAを巡る世界の情勢は?

⇒参議院の審議で日本政府(玄葉外務大臣)は6か国の批准でACTAは発効すると苦し紛れの言い訳をしていますが、欧州で特に危険だとして否決されたACTAをわざわざ好きこのんで批准するような国は少ないでしょうし、もはやこの6か国の批准すら覚束ないのではないかと私は踏んでいます。実質この欧州議会の否決でACTAは世界的には死んだも同然ではないかと思います。(実際のところあまり直接的な関係はないのですが、主導国である日本がこのタイミングでダウンロード犯罪化をやったことも世界的にACTAの危険性を印象づけることに一役買うと見て間違いないでしょう。)

Q12:それでも、日本の製品やコンテンツの模倣品や海賊版が出回っている国で批准されれば日本にとって意味があるのでは?

⇒模倣品や海賊版が多い国として良く持ち出される国はまず中国ですが、中国は交渉に始めから入っておらず、署名する気配すらありません。ACTAに関しては日本は当初から完全にデタラメな外交的間違いを繰り返しており、中国に限らず模倣品や海賊版で特に問題となっている国の巻き込みに今後も成功するとは到底思えません。

Q13:日本において今急いでACTAを批准する意味は?

⇒上で書いたように、欧州議会の否決を受けてACTAは世界的には実質死んだに等しく、日本が今急いでACTAを批准する意味は何もありません。危険な条約を主導し自分たちだけで勝手に国内法の改正までして批准したが結局他の国はただの1つもついて来なかったという国際的汚名だけが未来永劫残るという最低最悪の結果に終わることも十分に考えられます。

Q14:日本として考えた時のACTAの問題点は?

⇒上で書いたことの繰り返しになりますが、日本として考えた時のACTAの問題点は、

  • ACTAの交渉が極めて不透明に行われ広く国民的な議論が全くなされて来なかったこと
  • そのような不透明な条約交渉を通じたポリシーロンダリングによってACTA以外に何ら納得の行く根拠のないDRM回避規制の強化が不正競争防止法と著作権法のそれぞれの改正によって行われこと
  • DRM回避規制の強化含め今までの非道な数々の規制強化を既成事実化しかねないこと
  • ACTAの曖昧な条文を踏み台にして今後さらなる非道な規制強化の検討が行われる恐れがあること
  • 外交的にも完全に失敗しており、ACTA批准について日本にとっての国家戦略上の理由が完全に欠如していること

になるのではないかと思います。参議院の審議でもこのような問題点についてほとんど顧みられることなく、ほとんど出来レースの審議がなされており(参議院審議中継や山田奨治氏の参議院審議に関するブログ記事参照)、次は衆議院に移りますが、今の国政の状況を考えると今後の審議も政局に振り回される恐れが強く非常に不安です。

(2012年8月5日の追記:1箇所誤記を改めた。)

(2012年8月6日の追記:1箇所誤記を改め、少し文章を整えた。)

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