第271回:欧米主要国におけるダウンロード違法化・犯罪化を巡る現状
この6月8日に衆議院文部科学委員会で内閣提出の著作権法改正案(内容については第266回参照)の主旨説明が再度行われ、来週(定例日とすると最も早くて6月13日(水)だろうか)には採決が見込まれている(internet watchの記事も参照)目下この内閣提出の著作権法改正案に対し自公がダウンロード犯罪化のための修正提案を行うことはまず間違いない情勢で、与党の民主党がこれにどう対応するのか私も本当に不安である。
このダウンロード犯罪化問題について、先日MIAUあるいは津田大介氏が業界団体の議員向けロビー資料を入手し公開してくれた(MIAUのツイートあるいは津田大介氏のツイート参照)。既に海外の法制がどうとか言う次元の問題ではなくなっている気もしているが、この資料の海外の法制に関する記載には到底看過し難い歪んだ理解が多々見られるので、ここでざっと欧米主要国におけるダウンロード違法化・犯罪を巡る状況をまとめて書いておきたいと思う。
(1)アメリカ
まずアメリカについてだが、単なるダウンロードがフェアユースや表現の自由などとの関係でどう考えられるかが判例まで含めて明確になっている訳ではなく、アメリカは明確なダウンロード違法化・犯罪化国とは言えない。
アメリカのような判例法の国で、僅かな条文だけを取り上げてどうこう言うのは間違いの元でしかないが、念のため説明しておくと、確かにアメリカの著作権法(アメリカ著作権局の条文ページ参照)に以下のような刑事罰に関する条文がある。(以下、翻訳は全て拙訳。なお、著作権法情報センターの翻訳も参照した。)
第506条 著作権侵害罪
(a)著作権侵害罪
(1)総則−以下の場合に、故意に著作権を侵害した者は、アメリカ合衆国法典第18編第2319条の規定に従い処罰される:
(A)私的な経済的利益を得ること、あるいは商業的利得を得ることを目的として著作権を侵害した場合;
(B)180日間に、著作物の1つ以上のコピー又は録音レコード(合計で1000ドル以上の市価を有する場合に限る)を、電気的手段による場合も含め、複製あるいは頒布し、著作権を侵害した場合;又は
(C)そのような者がその著作物が商業的頒布されるためにあると知っているかそうと知っているに違いない時に、商業的頒布のために作成された著作物をコンピュータネットワーク上で公衆送信可能とすることで著作権を侵害した場合。(2)証拠−本条の目的において、著作物の複製又は頒布それ自体は故意の著作権侵害を立証するに足らない。
(後略)
(なお、対応するアメリカ刑法第2319条(アメリカ政府印刷局の条文ページ参照)から量刑を見ると、この第506条(1)(A)の場合について、通常は1年以下の懲役又は罰金であり、これが合計2500ドル以上の市価を有する10個以上のコピー又は録音レコードの複製又は頒布による侵害の場合になると5年以下の禁固又は罰金(重い再犯の場合は10年以下)となっており、この第506条(1)(B)の場合について、やはり通常は1年以下の懲役又は罰金で、これが合計2500ドル以上の市価を有する10個以上のコピー又は録音レコードの複製又は頒布による侵害の場合になると3年以下の禁固又は罰金(重い再犯の場合は6年以下)となっている。)
大体、この条文は1997年の電子窃盗対策法(アメリカ著作権局の解説ページ参照)により導入されたものだが、導入以来10年以上経ちながら、単なるダウンロードに対する刑事訴追例が1件もないという状況が、このような立法の持つ意味と効果を良く表しているだろう(なお、単なるダウンロードを訴えたケースは民事でもないはずである)。ダウンロード犯罪化がどうこう言う以前に、アメリカでは違法ファイル共有に対する大量訴訟の時点で全く上手く行っていないというのが正しい現状認識だろうが、本当にこの条文に基づいて単なるダウンロードを訴追した場合、フェアユースや表現の自由、故意性や証拠による立証の観点から極めて重大な問題を生じさせるに違いない。ついでに言っておくと、このアメリカの著作権侵害に関する刑事規定において小売価格によるクライテリアや立証に関する規定が存在していることも忘れてはいけないだろう。
(2)イギリス
イギリスについては、著作権法にダウンロードを明確に違法・犯罪とする条文は存在しておらず、またこれを違法・犯罪とする判例も存在していない。
業界団体のロビー資料にはイギリスでダウンロードが違法化されていると書かれているのは、イギリス著作権法(イギリス政府の条文ページ、著作権情報センターの翻訳も参照)の私的複製に関する権利制限の範囲が非常に狭いため、条文上ダウンロードが入らないように見えるということを言っているのだろうが、これも明確な判例が存在している訳ではなく、やはり判例法の国であるイギリスでダウンロードが明確に違法化されているというのも正しい理解とは言い難い。
イギリスについては、第261回で紹介したように、私的複製の範囲を広げようとする動きがあるくらいであり、イギリスについて言及しながらこのような権利制限の拡充の動きを無視するのは不公正のそしりを免れないだろう。
また、第222回で紹介したように、イギリス版ストライク法であるデジタル経済法の話もあるが、これもなお揉め続けており、いまだに実施されていない。(bbc.co.ukの記事参照。)
(3)ドイツ
ドイツが、世界で唯一ダウンロード違法化・犯罪化を明確に行いかつそれをエンフォースしようとした国であるということは間違っていない。
しかし、このブログでずっと書いてきているように(第13回、第97回、第255回など参照)、ドイツは、2007年に、ダウンロード違法化・犯罪化を世界に先駆けて行ったものの、刑事訴訟の乱発を招き、裁判所・警察・検察ともに到底捌ききれない状態に落ち入ったため、2008年に再度法改正を行い、民事的な警告を義務づけ、要求できる警告費用も限定したが、やはり情報開示請求と警告状送付が乱発され、あまり状況は改善せず、今なお消費者団体やユーザーから大反発を招いているという状態にあり、かつダウンロード違法化・犯罪化のお陰でCDの売り上げが伸びたなどということもない(「P2Pとかその辺のお話@はてな」のブログ記事も参照)。大体、ドイツのダウンロード違法化・犯罪化が上手く行っていたら、各地方議会で選挙がある度に海賊党が躍進するといったことがある訳がないだろう(例えば最近のノルトライン・ヴェストファーレン州議会選挙の結果についてrp-online.deの記事など参照)。
(4)フランス
フランスは3ストライクポリシーの主導国であり、ダウンロード違法化・犯罪化の文脈で持ち出すことは適切ではない。
ただし、念のために書いておくと、フランスの知的財産法(フランス政府の条文ページ参照)が、2011年12月19日にフランス上下院を通過した法改正(正式名称は、「私的複製補償金に関する法改正案」)により、以下のように、権利制限条項において私的複製のソースを合法ソースに限定する改正がされているのはその通りである。(下線部が追加部分。この最新の法改正は反映されていないが、著作権情報センターの翻訳も参照した。)
第122−5条 公開された著作物について、著作権者は以下のことを禁止できない:
(中略)
第2項 複製を行う者の私的利用に厳密に当てられ、集団的な利用を目的としない、合法ソースからなされる複製又はコピー、ただし、オリジナルの著作物と同じ目的のための利用を意図した美術の著作物のコピー、第122−6−1条第2項に規定されている条件でなされたバックアップコピー以外のプログラムのコピー並びに電子的なデータベースのコピー又は複製を除く。;
(後略)第221−3条 本編の権利者(訳注:隣接権者)は以下のことを禁止できない:
(中略)
第2項 複製を行う者の私的利用に厳密に当てられ、集団的な利用を目的としない、合法ソースからなされる複製;
(後略)
しかし、まずこの法改正は、私的複製補償金に関する合理化の観点から出て来たものであり、ダウンロード違法化・犯罪化を直接的な目的としていないことに注意しておく必要がある。つまり、この法改正は、第105回で紹介した、私的複製補償金は合法の私的複製に対する補償に限られるとする2008年7月のフランス行政裁判所(コンセイユ・デタ)の判決や、第241回で紹介した、欧州指令における私的複製補償金規定の解釈を示した欧州司法裁判所の判決を受けたものであり、フランス議会の法改正ページ中の法改正の検討をざっと見ても、フランス議会の審議では、この条項と私的複製補償金との関係こそ議論されているものの、このような私的複製の範囲の限定と民事訴訟・刑事訴追との関係はほとんど何も議論されていないのである。大体、国としてネット上での海賊版対策についてはストライクポリシーで行くという決定をしている中で、条文のこの部分だけを取り上げてダウンロード違法化・犯罪化であるとあげつらうのはかなり難があるだろう。
(今回は補償金問題に関してはひとまずおくが、フランスでも2008年の判決から法改正に至るまでに3年以上の歳月を要しているということが洋の東西で変わらない補償金問題の難しさを良く示しているだろう。この法改正の詳細については必要であればまた別途紹介しても良いが、一言だけ書いておくとフランスにおける補償金問題はこの法改正後もなお全く落ち着いていない。)
業界団体の資料では、過去2009年以降フランスでアップロードとダウンロードを一体で訴追したケースがあるということを述べている。しかし、まずアップロードとダウンロードを同時に行うP2Pを用いた違法ファイル共有の場合と単なるダウンロードの場合を混同するのは決して適切でなく、さらに、この間にはストライクポリシーの導入もあり、上の法改正が大統領の署名を受けて成立したのが2011年12月20日のことであることも考えると、2011年4月までの判例を持ち出してあたかもダウンロード違法化・犯罪化が昔からフランスでなされており、その訴追事例もあるかの如き印象操作をしているのは悪質極まりない。フランスについても、単なるダウンロードを訴追したケースは1件もなく、ネット上での海賊版対策はストライクポリシーを主としており、その効果はなお不明であると言う方が正しいだろう。
なお、フランスにおける3ストライク法の対象は主としてP2Pにおける違法ファイル共有だが、到底上手く行っているとは言い難く、その対象をストリーミングや直接ダウンロードに対して広げようとする法改正の目論見も頓挫し、大統領選で主導者であったサルコジ氏が落選しオランド氏が当選した結果、フランスで3ストライク法そのものについて見直しの機運が高まっていることも見逃せない。(chizai.nikkeibp.co.jpの記事も参照。)
(5)オランダ・スイス
オランダ・スイスについては、ダウンロードを合法化したというより、ダウンロード違法化の動きが止まったという方が正しい。
スイスでダウンロード違法化が止まった要因の一つとして確かにスイスにおいては音楽市場の規模が小さく外国の著作物のシェアが高いこともあげられるだろうが、第260回で紹介したスイス政府の報告書にはっきり書かれているように、それだけが要因ではない。スイス政府は、ダウンロード違法化・犯罪化のような法改正にはプライバシーや訴追の限界の問題があること、このような抑圧的手段では効果が見込まれないこと、現行法で対処可能であることなどを正しく認識してこのような判断に至っているのである。
オランダにおけるダウンロード違法化の動きもかなり複雑でかつ幸いにも止まった話なのであまり紹介して来なかったが、TorrentFreakの記事にも書かれているように、オランダ議会も、市場規模がどうこう言うより、ダウンロード違法化・犯罪化のようなやり方が自由でオープンなインターネットに反すること、プライバシーや表現の自由の観点から問題があること、告発・訴訟の乱発・濫用の懸念があることなどを正しく認識してダウンロード違法化・犯罪化をしないと決定している。(オランダに関することについて必要であればもう少し詳しく紹介しても良い。)
スイスやオランダでダウンロード違法化・犯罪化の動きが止まったことについて、市場の規模やシェアの話だけを要因として強調するのも極めて悪質な印象操作であると言わざるを得ない。
最後に、上で書いたことを表にまとめておくと、以下のようになるだろうか。
ダウンロード違法化・犯罪化のような動きについて国内外問わずずっとフォローして来ているが、海外でもこのような立法が成功した例は一つもないという状況には何ら変わりはない。(第256回参照。さらにさかのぼってダウンロード違法化問題当時に第40回で書いたことからでもあまり変わっていない。)唯一明確にダウンロード違法化・犯罪化を行ったドイツはその混乱から来る反動が今なお続いており、反面教師としての参考にしかならないだろうし、かえってオランダやスイスのようにプライバシーや表現の自由の観点からの懸念や効果に対する疑問からダウンロード違法化・犯罪化を明確に否定する国も出て来ているくらいなのである。
自公による修正提案が今国会でどのように扱われるか実に不安だが、例えダウンロード犯罪化が提案されたとしても、不透明極まる与野党談合によることなく特に慎重に審議し、長期に渡り禍根を残すに違いない有害無益なものとして否決されることを私は切に願っている。
(6月11日の追記:誤記を修正するとともに、フランスにおける権利制限規定の翻訳を増やし、一覧表を追加した。共産党の宮本たけし議員の6月10日の日記ページによると、民自公での与野党談合により実質審議なしでダウンロード犯罪化を通そうとしているようだが、宮本たけし議員の言う通り引き続き与野党の議員に対する働きかけは続けて行くべきだろう。)
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コメント
インターネットの世界も複雑化してきましたからね。
今後の動向に注目です。
投稿: 人脈★吉田けい | 2012年6月29日 (金) 21時58分
いつも貴重な情報を有り難うございます。
実は模様替え後、画面をまぶしく感じるようになりました。
真っ白な背景が増えたような気がします。
投稿: 愛読者 | 2012年7月20日 (金) 17時17分
愛読者様
コメントありがとうございます。
最近は背景が白いサイトを結構見かける気がして白くしてみたのですが、白っぽすぎても読みにくいかと私も思いましたので、ひとまず元と同じような感じに少し背景色をつけてみました。
レイアウトやデザインについてはもう少し試行錯誤を繰り返したいと思っています。なるべく読みやすい形にしたいと思っていますので、もしまた何かありましたらお知らせ下さい。
投稿: 兎園 | 2012年7月21日 (土) 01時13分