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2012年5月13日 (日)

第269回:台湾の合理使用(一般フェアユース条項)に関する判例

 ダウンロード犯罪化の行方も不安で仕方がないが、およそ一通り調べたので、ここで、今後の参考のために台湾のフェアユースに関する話をまとめて書いておきたいと思う。

 このブログでも何度か言及している通り、台湾(中華民国)は決して多いとは言えない一般フェアユース条項導入国の1つである。例えば、この2012年2月に公開されている台湾経済部知的財産局の「著作権合理使用の研究期末報告書(pdf)」の第6ページに以下のように書かれている通り、台湾では、民国81年に、各権利制限条項の判断基準として導入したものを、民国87年に一般フェアユース条項とする改正がなされているのである。(以下、翻訳は全て拙訳。)

 民国81年の修正著作権法第65条の規定は、アメリカ著作権法第107条の立法例を参考にして作られたものであるが、アメリカの当該条項のフェアユースは一般規定であり、独立のフェアユース条項であったのに対し、民国81年の旧法は単に第44条から第63条の補充規定であって、現代社会の著作権利用の形態の複雑で変化の激しい状況に対応できるものではなかった。そのため、民国85年より、内政部著作権委員会は著作権法第65条の修正案の検討に着手し、元の条項に「その他合理使用の条件」を追加するとし、86年の立法員内政及び辺政、教育、司法三委員会の併案審査において、蕭雄林弁護士の意見も考慮して、著作権法第65条第1項に、「著作物の合理使用は、著作権侵害を構成しない」という文言を加える決定をした。行政院提出のものは第2項に移され、このようにして現行著作権法第65条第1項及び第2項の条文の基本構成が作られた。
 その立法理由は以下のようなものである:「一、民国81年旧法の第65条の修正。二、合理使用の法律効果、旧法の規定の不十分を考え、アメリカの著作権法第107条の立法例を参考にして、第1項の様に修正する。三、旧法は著作財産権の制限(学理上言われている所の合理使用)に関して、単に第44条から第63条の規定の範囲に限られ、第65条は第44条から第63条の規定における著作物の利用の可否を判断する際の判断基準であった。しかし、著作権の利用態様は日に日に複雑となり、旧法第44条から第63条の規定の合理使用範囲は既に明らかに柔軟性を欠いており、実際上のニーズに応えられるものではなくなっていた。四、合理使用の範囲を拡大する事で、新法は本条を修正して包括規定とするものであり、利用の態様に則し、第44条から第63条の規定に当て嵌まらない場合に使われる。ただし、その利用の程度が第44条から第63条の規定の状況と類似しているかあるいはさらに少なく、本条に規定されている所の判断基準から判断して合理的とされるものが合理使用に該当する。

 ここで、包括的な権利制限の一般制限条項、いわゆるフェアユースに該当する、台湾著作権法(台湾政府の条文ページ参照)の第65条を見ておくと、以下のようになっている。(この訳については、著作権情報センターの台湾著作権法の翻訳も参照した。)

第65条(合理使用)
 著作物の合理使用は、著作財産権の侵害を構成しない。

 著作物の利用が第44条から第63条(訳注:権利制限の個別規定)あるいはその他合理使用の条件に合致するかどうかは、一切の状況を考慮し、以下の注意事項を判断基準とする:
 商業目的あるいは非営利教育目的を含む、利用の目的および性質。
 著作物の性質。
 利用の質、量及びその著作物全体に占める割合。
 利用結果の著作物の潜在的な市場と現在の価値に与える影響。

 著作権者団体と利用者団体の間で著作物の合理使用の範囲について協議が成立した場合、前項の判断の参考とすることができる。

 前項の協議において、著作権主務官庁の意見を聞くことができる。

 このような包括的な一般条項が入ったのが民国87年であり、西暦でいうと1998年に当たるので、実に10年以上の法運用がなされて来ていることになる。台湾ではこの条項に関する判例もかなり出されているが、何故か日本では不思議なほど紹介されていないので、日本との比較、インターネット等との関係から特に私が興味深いと思ったものをここでピックアップしてみる。(台湾政府が公開している判決データベースで私が探したものなので、漏れがあるかも知れないことをあらかじめお断りしておく。また、民国95年と少し前のものになるが、台湾の知的財産局が出している著作物の合理使用判例紹介(自己解凍exe)なども参考になる。)

 まず、フェアユースに該当し合法であるとされた類型には、以下のようなものがある。

  • 同じ有効成分を有する薬の説明書の利用(最高法院民事裁定民国97年度台上字第948号)
  • 水晶の性質等に関する記載の重複の少ない形での利用(最高法院刑事判決民国97年度台上字第3121号)
  • ゲーム攻略本中でのゲーム画面・データ・説明書等の利用(高等法院台中分院刑事判決民国96年度上訴字第2208号/高雄地方法院刑事判決民国93年度自更字第2号)
  • 大学のホームページ上の教材への少数の写真のサンプルとしての使用(高等法院民事判決民国95年度智上字第32号/智恵財産法院民事判決民国98年度民著訴字第5号)
  • 講義に使われる論文の学生向けの低廉少数でのコピーの作成(智恵財産法院刑事判決民国99年度刑智上易字第61号)
  • 権利者の商品の宣伝販売のためのカタログ・商品写真のウェブサイトへの掲載(高等法院刑事判決民国92年度上易字第2505号/智恵財産法院民事判決民国100年度民著上字第7号)
  • 個人ブログ等の非営利サイトでの写真・図等の少数の利用(高等法院民事判決民国97年度智上字第8号/智恵財産法院民事判決民国98年度民著訴字第15号/智恵財産法院民事判決民国98年度民著訴字第45号)
  • 私的利用のためにフリーで公開されているバーコード読取ソフトの植物園内での観覧補助のための利用(智恵財産法院刑事判決民国99年度刑智上易字第6号)
  • 非営利目的でのプログラムの練習用の少数の複製(板橋地方法院民事判決民国94年度重智字第12号)
  • 映像・音楽の短い一部のサンプル的利用(高等法院刑事判決民国94年度上訴字第3304号/高等法院刑事判決民国95年度上更(一)字第645号)
  • クライアントからの要求に基づく施工会社による設計会社の設計図の修正と少数の複製(士林地方法院民事判決民国95年度智字第27号)
  • 市の観光協会の看板への写真の利用(智恵財産法院民事判決民国97年度民著上易字第4号)
  • 選挙宣伝における批評的利用(台北地方法院民事判決民国97年度智字第16号)

 これに対し、フェアユースに該当せず違法であるとされた類型には、以下のようなものがある。

  • 大学の講義内容・資料等のそのままのブログへのアップロード(知恵財産法院民国99年度刑智上易字第117号)
  • 除虫会社の営業用ウェブサイトでの昆虫図鑑の写真の利用(智恵財産法院民事判決民国98年度民著訴字第2号)
  • 防塵寝具の営業用ウェブサイトでのダニ・ほこりの顕微鏡写真の利用(智恵財産法院民事判決民国100年度民著訴字第30号・第31号)
  • 6人程度の人数によるP2P音楽ファイル共有(智恵財産法院刑事判決98年度刑智上更(一)字第16号)
  • ブログでの出所を明らかにしない写真の剽窃的利用(智恵財産法院民事判決民国98年度民著訴字第44号)

 フェアユースとして認められた類型は、日本でも引用などによりどうにか認められそうなものもなくはないが、やはり微妙なものが多く、今の日本の権利制限条項に照らして完全に合法と言えるものは少ない。台湾でも著作権法で違法とするのは常識的に考えてどうかと思えるものを基本的にすくっているのである。また、完全な営利目的での勝手な利用など基本的に誰が見てもダメだろうと思えるものを合法としているということもない。全体的に見て、台湾では一般フェアユース条項について裁判所で比較的合理的な判断がなされていると言って良いだろう。これに対し、一般フェアユース条項の導入で、台湾で勝手な居直り侵害が増えているといったことや、その運用で大きな混乱が生じているといった話はあまり聞かない。一般フェアユース条項の導入に関する権利者団体のこのような懸念は、正直私には理解できないものである。

 なお、上の報告書で他の権利制限条項に関する改正案が提案されていることからも分かるように、別に一般条項があったからといって、権利制限の個別条項の追加・明確化の必要性がなくなる訳でもない。どのような法律でも全て判例に全て任せることができる訳もなく、時代に合わせて法改正が必要になるのは当然のことである。その意味で私はフェアユース万能論にも与しないが、権利者団体と文化庁が結託して各権利制限条項を狭く非常に使いづらいものとしてしまうという日本の悲惨な現状を見る限り、一般フェアユース条項は必要であると言い続けざるを得ないと思っている。

 また、台湾で刑法に関する判例が混じっていることからも分かるように、一般フェアユース条項の導入には、著作権法を使った別件逮捕的なあるいは難癖のような訴追を緩和する意味もあると言って良いだろう。さすがにそんなことで逮捕しなくても良いと思えるようなケースにおいて、著作権を使った逮捕・訴追を野放しにしておいて良いはずがないのである。

 今回は台湾の個別の権利制限の話は省くが、上で訳した第65条を読めば分かる通り、他の個別の権利制限条項についても同じ判断基準が適用されることになっているのも大きい。このような形と比較すると、日本では、個別規定のそれぞれに別の判断基準が適用されるため、さらに柔軟性が欠け、見劣りするものとなっていると言わざるを得ない。

 他の国の制度をそのまま持ってくれば良いなどというバカげたことを言うつもりもないが、一般フェアユース条項に関する限り、日本も台湾並に合理使用的な個別条項の判断基準を全て一般的に緩和し、加えて一般条項を作るくらいのことをしても良いのではないかと思っている。台湾の状況を見るにつけ、今回の日本の著作権法改正案に権利制限の一般条項が入らず、今後も当分入りそうにないことが私は返す返すも残念でならない。

(2012年5月15日の追記:少し誤記等を修正した。)

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: 公務員の職務経歴書 | 2012年5月14日 (月) 16時30分

興味だけは一応あるけど、知識のない自分にはどんなルールが正しいのか判断できないですが、
台湾がこういう法律でやっていて大きな問題は起きてないとか、ドイツでちょっと困ったことになってるとか外国のことを紹介してもらえることで、
わからないなりに自分の考えを持とうとするときの参考になります。

投稿: | 2012年5月14日 (月) 23時49分

コメントありがとうございます。何かの参考になっているようであれば幸いです。

投稿: 兎園 | 2012年5月15日 (火) 23時16分

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