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2012年5月30日 (水)

第270回:知財計画2012の文章の確認

 この5月29日に、知的財産戦略本部で本部会合が開かれ、知的財産推進計画2012が決定された(知財本部会合議事次第・配布資料首相官邸HPITproの記事など参照)。相変わらず何の意味があるのだか良く分からない検討項目集に過ぎないが、知財計画は政府内での知財関連施策の検討状況を確認するには便利な資料なので、念のため今年も一通り気になる部分の文章の確認をしておきたいと思う。

 知的財産推進計画2012(pdf)で、自分たちだけに都合の良い情勢認識や特許関連の地道な施策や予算のしょうもないバラマキ関係の施策を全部飛ばして、個人的に興味のある法改正・制度改正絡みの項目だけ追って行くと、まず、第11ページに、以下のような意匠や商標の保護対象の拡大に関する検討の項目がある。

・意匠の保護対象の拡大に向けた検討の促進
3Dデジタルデザインを含む意匠の保護対象の拡大について検討し、速やかに結論を得る。(短期) (経済産業省)

・商標の保護対象の拡大に向けた検討の加速
音や動きを含む新たな商標への保護対象拡大についての検討結果を踏まえて、適切な法的措置の在り方について成案を得る。(短期) (経済産業省)

 この部分は去年の記載(第252回参照)とほぼ同じであり、画面デザインへの意匠の保護対象拡大(産業構造審議会知的財産政策部会意匠制度小委員会2月29日の配布資料なども参照)や音への商標の保護対象拡大について特許庁で拡大の結論ありきで検討が進められると見え、引き続きこれらの検討には要注意である。(制度改正関係ということでは、合わせてこの1つ前にある「意匠の国際登録に関するヘーグ協定加入に向けた取組の推進」にも気をつけておいても良いかも知れない。)

 また、同ページには、以下のような海賊版対策条約(ACTA)に関する記載もある。

・知財制度の整備・運用改善の働きかけの強化
ブランドの価値を国際的に保護するため、ACTA(偽造品の取引の防止に関する協定)の早期締結・発効に向けて準備を進めるとともに、アジアを始めとする諸外国に対し、ACTAへの参加拡大を促す。(短期・中期)(外務省、経済産業省、文部科学省、総務省、法務省、財務省)

 最近は多少新聞記事にもなっているのでACTAに対する反感・反対が欧州を中心に広がっていることについて官僚や政治家が全く知らないということもないだろうが、知財計画を見る限り、このような海外動向は完全に無視してあくまでACTAについて推進を決め込むつもりと知れる。(今年の知財計画にTPP協定に関する明確な言及はないが、言うまでもなく合わせて注意が必要だろう。)

 ずっと飛ばして、著作権法関係では、第27〜29ページに、以下のような項目がばらばらと載っている。

・社会経済の変化に柔軟に対応した著作権制度の整備
デジタル化・ネットワーク化の進展に機敏に対応するとともに、知的財産の保護・活用に関する国際的な交渉の状況を踏まえつつ、著作権保護期間の延長、間接侵害に係る差止請求範囲の明確化、私的録音録画補償金制度の見直しを含め、著作権制度上の課題について検討を行い、必要な措置を講じる。(短期・中期)(文部科学省)

・IT防災・オープンガバメント推進に向けた著作権処理上の課題の整理・検討
情報通信技術を活用した防災ライフラインの構築やオープンガバメント推進の観点から、公共に資するデータの活用促進を図るため、IT戦略本部における防災ライフラインやオープンガバメント構想の検討状況を踏まえ、国際条約で要請されている著作物の通常の利用の確保や著作者の正当な利益の保護に配慮した上で、公共に資するデータの活用に関する著作権処理上の課題について整理・検討する。(短期)(内閣官房)

・インターネット上のコンテンツ侵害対策と正規配信の総合的推進
コンテンツ侵害対策を強化するため、CODA(一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構)を始めとする取組を通じて、侵害発生国におけるエンフォースメントの一層の強化や、海外サーバ上の侵害コンテンツの迅速な削除を進める。(短期・中期)(経済産業省、総務省、文部科学省)
著作権侵害発生国において、インターネット上のコンテンツ侵害対策と正規配信の普及促進を一体的に行うCODAを始めとするマッチングの取組を支援する。(短期・中期)(経済産業省)
コンテンツ侵害への対応の強化に資する著作権保護や違法コンテンツ流通防止に向けた普及啓発活動を行うため、官民のアウトリーチ活動を積極的に推進する。(短期・中期)(文部科学省)
2011 年に実施したプロバイダ責任制限法の検証結果に基づく省令改正やガイドライン改訂の内容について、関係者への周知を図るとともに、これらの取組後のコンテンツ侵害の状況を注視することを含め、インターネットサービスプロバイダ(ISP)や権利者団体によるコンテンツ侵害対策に関する継続的な取組を進める。(短期・中期)(総務省)

・電子書籍の本格的な市場形成
電子書籍の流通促進と出版物に係る権利侵害への対応を図るため、「出版者への権利付与」に関し、電子書籍市場に与える影響や法制面における課題について検証・検討し、必要な措置を実施する。(短期)(文部科学省)

・コンテンツのアーカイブ化とその活用促進
国立国会図書館のデジタル化資料について、公立図書館などへの配信のための著作権制度上の措置を行うとともに、家庭などへの配信に向けた著作権処理の促進に当たり、デジタル化資料の管理・流通において課題となる事項の整理などを行うための事業を実施し、所要の措置を講ずる。(短期)(文部科学省)

・クラウド型サービスのための環境整備
クラウド型サービスの環境整備については、スマートフォンやタブレット端末といった複数の情報端末での同一コンテンツの利用が進んでいることも踏まえ、新ビジネス・新市場の創出の観点を含め、著作権制度上の私的複製や間接侵害の範囲の明確化とも関連した法的リスクの解消を含む課題の整理・検討を行い、必要な措置を実施する。(短期)(文部科学省、総務省)

 ここで最も注意すべきは、出版社への隣接権付与について検討すると知財計画に明記されたことだろう。担当は文部科学省とあるので文化庁で実質的な検討が行われるのだろうが、とにかく文化庁は毎回毎回権利者団体におもねってロクでもない結論を出して来るのでこれは本当にタチが悪い。(出版社への版面権付与について知財計画2003知財計画2004に書かれていたことがあったので、この項目はある意味復活と言えるのかも知れない。)

 また、文化庁でずっと検討が続けられている扱いなのだろう著作権保護期間の延長や、間接侵害に係る差止請求範囲の明確化、私的録音録画補償金制度の見直しに関する検討の項目が復活したことも注意しておくべきだろう(これらの事項の知財計画2010における記載については第230回参照)。文化庁における検討に大きな変化があったとは見えず、これらの記載には検討の方向性も出ていないが、項目が復活したということは何かしらの圧力があったことを意味しており、これを受けてまた無茶な検討が行われないとも限らないのである。

 パロディの取り扱いの検討に関する明確な記載は今年の知財計画からはなくなった。知財計画2012工程表(pdf)まで見ると、著作権制度の整備の項目について「パロディについては、2011年度に実施した調査研究の結果を踏まえ、必要な措置を実施」と書かれており、文化庁はどうもパロディの検討についてそそくさと幕引きをすることを狙っているようである。クラウドに関する記載は残ったが、文化庁はこれも同じような幕引きを狙うのだろうか。

 国会図書館による配信のための権利制限を導入しようとしていること自体は高く評価したいと思うが、今回の内閣提出の著作権法改正案で一般フェアユース条項が影も形もなくなったことまで見た上で(第266回参照)、「知的財産推進計画2011」の実施状況(pdf)の中で、一般フェアユース条項導入について、「2011年1月に開催された文化審議会著作権分科会において取りまとめられた権利制限の一般規定の導入に関する報告書を踏まえ、速やかに法制化に向けて取り組んだ」、「著作権分科会報告書を踏まえ、速やかに法制化に向けて取り組む」と書いて、勝手に評価を「○」としているのはデタラメな自画自賛もここに極まれりというものだろう。この記載は去年の知財計画2011(pdf)中の知財計画2010の実施状況の記載から変更がないと言えばなく、文章的に嘘でもないのだが、法改正案の公開を受けても、この記載を変えていないことそのものが知財本部・事務局の無意味さと頭の悪さを如実に表している。

 また、これも去年とほぼ同様だが、第34ページには、

・地理的表示保護制度の導入
我が国の高品質な農林水産物・食品に係る地理的表示(GI)の保護制度を導入し、ブランドイメージを保護するとともに、輸出促進を図る。(短期・中期)(農林水産省、経済産業省、財務省)

という地理的表示保護制度導入に関する項目が載っており、第36ページには、

・コンテンツや食に関する諸外国の規制緩和・撤廃
二国間や多国間の協議・交渉において、映画・放送番組といったコンテンツや食に関する規制を文化・産業面での大きな参入障壁として捉え、協議・交渉全体の中で、規制の緩和・撤廃を優先度の高い課題として取り上げ、強力に働きかける。(短期・中期)(外務省、経済産業省、総務省、文部科学省、農林水産省)

という諸外国における規制緩和に関する項目がそれぞれ残っている。この後者の外国における規制緩和の働きかけで成果があればまだ何かしら評価もできるだろうが、この部分について各省庁が何をどうしているのかさっぱり見えない。さらに言えば、去年も書いた通り、それ以前の問題として、まず国内での児童ポルノや青少年を理由とした訳の分からない規制強化の動きを止めることの方が先決だろうが、どうにも国内でも実質的に表現弾圧・情報統制の強化の動きばかり見られるのが本当に残念である。

 ざっと見たところ、出版社への隣接権付与の項目を除けば、今年の知財計画は去年までと大差ないというのが私の印象である。正直このような計画の作成に何の意味があるのかほとんど分からないことに変わりはない。各省庁における様々な検討の状況を考えると他にも懸念事項は多く、国会議員や政党による検討まで含めて考えると、ダウンロード犯罪化の問題やTPP問題など本当に重い政策課題が山積みの状態で、この程度で済んだのがある意味僥倖なのかも知れないが、このような無意味な計画の公表を僥倖と思わなければならなくなっている現状そのものを私は非常に情けないことと思っている。全体的に見て、やはり今年の知財計画にも国としての戦略はないに等しく、日本における知財政策の迷走はまだまだ続くことだろう。

(2012年5月30日の追記:最初言及し忘れていたので、保護期間延長の検討等に関する記載についてコメントする段落を1つ追加した。)

(2012年5月31日の追記:誤記を修正し、いくつかリンクを追加して多少文章を整えた。)

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