第267回:去年の韓国の著作権法改正とフェアユース
日本では実際の法改正案でフェアユースが跡形もなくなってしまったという話のついでに、すぐ隣の国である割には何故かあまり紹介されない韓国での著作権法改正の話をしておきたいと思う。
去年、韓国では、欧韓FTA及び米韓FTAの妥結を受けて、それぞれに対応する形で2回著作権法の改正をしているが、まず話の前提として、欧韓FTAに含まれている主な著作権関連事項をあげておくと、
- 著作権の保護期間延長(50年→70年)
- DRM回避規制(アクセスコントロール回避規制も含む)
- インターネットサービスプロバイダー(ISP)の責任の制限
- 権利管理情報の除去・改変規制
となり、また、米韓FTAに含まれている主な著作権関連事項としては、
- 著作権及び著作隣接権(放送を除く)の保護期間延長(50年→70年)
- DRM回避規制(アクセスコントロール回避規制も含む)
- 非親告罪化
- 法定賠償制度の導入
- ISPの責任の制限(ノーティスアンドテイクダウンを含む)
- 権利管理情報の除去・改変規制
があげられるだろうか。(FTA全体について言えば他にも重い条項がいくつもあるが、ここではひとまずおく。)
これらのFTAの締結のために、去年韓国では2回著作権法改正をやっている訳だが、1つは2011年6月23日に国会で可決、6月30日に公布されており、もう1つは11月22日に可決、12月2日に公布されている。(余談だが、最初の改正案を審議・可決した、6月13日の文化体育観光放送通信委員会議事録(pdf)、6月23日の本会議議事録(pdf)、次の改正案を審議・可決した、11月22日の本会議議事録(pdf)を順に読むと、日本と同じく、国会でほとんど実質的な審議がされておらず、韓国の政府・与党が相当のごり押しで法案を通していることが分かる。)
韓国議会の立法統合知識管理システムページや韓国国家法令情報センターのHPなどで改正条文を確かめることができるが(議案情報1、議案情報2、現在の条文など参照)、2回分を合わせ、この法改正は大体以下のような内容を含むものとなっている。
- 著作権及び著作隣接権(放送を除く)の保護期間延長(50年→70年)
- DRM回避規制の導入(アクセスコントロール回避規制も含む。例外あり)
- 法定損害賠償制度の導入
- ISPの責任制限条項の修正(欧米との間のFTAに合わせた形への修正)
- 権利管理情報の除去・改変規制
- フェアユースの導入
- 一時的複製の例外の導入
この法改正に含まれている内容はほとんど欧米との間のFTAに由来するものだが、FTAの条文に直接由来しない法改正事項としてフェアユースなどの権利制限の拡充も同時に行っているのである。(なお、韓国は以前に営利目的での又は常習的な著作権侵害の場合についての非親告罪化をやってしまっているので、この2011年の改正では公訴に関する第140条についてはほぼテクニカルな修正を入れているだけである。)
特に、ここで日本にとっても参考になるだろう韓国のフェアユースの条文を訳出しておくと、以下のようになっている。
第35条の3(著作物の公正な利用)
第1項 第23条から第35条の2まで、第101条の3から第101条の5までの場合の他、著作物の通常の利用を妨げず、著作者の正当な利益を不当に害さない場合には、報道・批評・教育・研究等のために著作物を利用することができる。第2項 著作物の利用行為が第1項に該当するかどうか判断するときは、次の各号の事項を考慮しなければならない。
第1号 営利性や非営利性など、利用の目的および性質
第2号 著作物の種類と用途
第3号 利用される部分が著作物全体に占める割合とその重要性
第4号 著作物の利用が、その著作物の現在の市場又は価値若しくは潜在的な市場又は価値に及ぼす影響
この韓国のフェアユース条文は、アメリカの条文とベルヌ条約の3ステップテストを組み合わせる形で作っており、読めば分かると思うが、かなり適用範囲の広いものとなっている。国会審議では説明があまり十分ではないのだが、韓国文化体育観光省の説明資料(pdf)も読むと、限定列挙では限界があるので包括的な権利制限規定が必要としており、韓国も権利生制限の一般条項・フェアユースの必要性について正しく認識して、このような権利制限を入れたものと知れる。また、韓国におけるフェアユース規定の導入の背景としては、この法改正もそうだが、以前導入された変形ストライクポリシーなどの行き過ぎた権利保護強化の所為もあるだろう。(韓国のフェアユース導入の背景については、早稲田大学の張睿暎氏のコラム、文化庁の「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究報告書」別冊(pdf)、日経パソコンの趙章恩氏のコラムも参考になる。)
日本も韓国くらいの形で権利制限の一般条項が入ればまだ様々な類型のすくいようもあったろうが、日本では足かけ5年以上もフェアユースについて検討しているものの、韓国にも完全に先を越され、前回も書いたように、今の日本の法改正案が、パロディやクラウド型サービスはおろかリバースエンジニアリングの問題にも対応できない狭い個別規定の形に落とされてしまったのは残念極まるとしか言いようがない。
ただし、韓国でフェアユースが導入された背景には、上でも書いたように行き過ぎた権利保護強化の所為もあると考えられ、韓国のFTA自体の評価はここではおくが、フェアユースこそ入ったものの、あまりにも多くの権利保護強化を含むこの韓国の著作権法改正は私としては全く評価できないものである。韓国でもこの法改正の運用はこれからであり、完全な評価はできないが、既存の変形ストライクポリシーに加え、保護期間延長や法定賠償制度の導入、欧米型のDRM回避規制の導入などによる負の影響も今後じりじりと出て来るだろうし、その中で、フェアユースについて韓国の司法がどのような判断を示して行くのかも注目して行く必要があるだろう。例によって他国の話をそのまま取り入れるべきなどと言うつもりは全くないが、韓国の動向もメリット・デメリットの両面で参考になるところがあるに違いないのである。
米韓FTAのことを持ち出すまでもなく、今後TPP交渉などでアメリカがロクでもない著作権法の強化をごり押ししようとして来るだろうことは目に見えており、また、アメリカが絶対フェアユースを他国に輸出しようとしないことも明らかで、どうにも日本は韓国以上に著作権法について悲惨な状況になるのではないかという不安を拭いきれずにいるが、韓国の話を他山の石として、日本政府には各種の国際交渉で不合理な要求は不合理なものとして毅然としてはね除けもらいたいと私は常に願っている。
さて、最後に、日本音楽事業者協会の尾木徹会長がダウンロード犯罪化を求めることを明言したという日刊スポーツの記事が、あたかも米韓独でダウンロードの犯罪化がされしかも効果が上がっていると言わんばかりの陋劣な印象操作をやっているので、念のためにここでも突っ込んでおく。韓国についてだが、以前ダウンロード違法化法案を閣議決定したことがあるようだが(internet watchの記事参照)、去年の法改正でもダウンロード違法化は入っていない。韓国はダウンロードをまだ違法化していないし、無論犯罪化もしていないのである。以前twitterで書いたが、韓国で鳴り物入りで導入された変形ストライクポリシーのような対策も目立った効果を上げている訳ではなく、音楽産業の売り上げの伸びも法改正前後で有意な差が出ているということはない(私の一連のツイートについては、「表現規制について少しだけ考えてみる(仮)」でまとめて下さっているので、リンク先を参照頂ければと思う)。また、アメリカも明確な形でのダウンロード違法化・犯罪化をしていないし、単なるダウンロードについて著作権侵害で摘発されたケースはアメリカでも皆無である。ドイツについては何度かこのブログでも取り上げているが、第255回などでも書いているように、ダウンロード違法化・犯罪化以降、訴訟の乱発により混乱したあげく、訴訟の中心を刑事から民事に切り替える法改正をしたものの、やはり情報開示請求と警告状送付が万単位で乱発され、あまり状況は改善せず、消費者団体やネットユーザーから反発を招き、消費者保護のためのさらなる法改正が検討されているという極めてお粗末な現状にある。世界の著作権動向をそれなりに見ているつもりだが、単純にダウンロード違法化・犯罪化やストライクポリシーで音楽・レコード業界(音楽業界≠レコード業界であることにも注意)が持ち直したなどという話は私の知る限り全く見かけない。いつものことは言え、この手の消費者をあまりにもバカにした単純なプロパガンダには私は激しい憤りを覚える。
次回もついでとして、中国の話を書ければと思っている。
(2012年3月29日の追記:内容は変えていないが、少し文章に手を入れた。)
(2012年3月29日夜の追記:内容は変えていないが、少し文章に手を入れた。)
(2012年4月3日の追記:日刊スポーツの記事への突っ込みとして私は各国それぞれ数行で済ませてしまったが、「P2Pとかその辺のお話@はてな」で「違法ダウンロード刑事罰化:日刊スポーツが音事協のプロパガンダを垂れ流してる件」、「違法DL刑事罰化:韓国レコード市場は規制強化のお陰で回復したのか」として米独韓の著作権とレコード市場を巡る情勢に関する詳細な解説エントリを書いて下さっているので、関心のある方は是非リンク先をご覧頂ければと思う。)
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