第262回:2011年の落ち穂拾い
今年も最後に、あまり書く機会のなかった特許の話などを中心に少し落ち穂拾いをしておきたいと思う。
今年、東日本大震災後のドサクサ紛れにDRM回避規制の強化を含む不正競争防止法改正案やウィルス関連罪を含む刑法改正案が国会を通されたのは残念だったが、この不正競争防止法改正と同時に特許法の改正も国会を通っている。
この特許法の改正は、去年12月のパブコメに対応するもので(第245回参照)、特許庁のHPや経産省のHPに解説が載っているが、主に以下のような項目を含んでいる。
- ライセンスの登録をしなくても第三者に対抗できることとする、当然対抗制度の導入
- 冒認出願時に真の発明者が特許権を自らに返還請求できる救済制度の導入
- 発明者により公表された場合であれば、公表態様を問わず、発明が公になった後でも特許権を取得し得ることとする、発明の新規性喪失の例外規定の見直し
- 審決取消訴訟提起後の訂正審判の請求の禁止
- 特許権侵害訴訟の判決確定後に特許の無効審決が確定した場合の再審の制限
- 請求項ごとに特許権の有効性を判断する、審決の確定の範囲に関する規定の整備
- 無効審判の確定審決の第三者効の廃止
- 出願書類の翻訳文提出や特許料等追納の期間徒過に対する救済要件の緩和
- 商標権消滅後1年間の登録排除規定の廃止
- 各種料金の引き下げ・減免制度の拡充
制度ユーザーにしか関係ない話なので、法的な問題点も含め細かな説明をここですることはしないが、来年4月1日を施行日とする(特許庁のリリース参照)、この法改正は実務的には非常に重要である。
特許法に関しては、今年、他にも、出願審査請求料の値下げ(特許庁のリリース参照)、特許庁の運用を否定する最高裁判決を受けた、特許権の存続期間の延長に関する審査基準の変更などもされている(特許庁のリリース参照)。
また、他の法律に関して言えば、特許庁の産業構造審議会知的財産政策部会の意匠制度小委員会が、この12月20日に検討を再開している。その配付資料の意匠制度の見直し項目(pdf)によれば、ヘーグ協定ジュネーブアクト加盟に向けた対応、3Dデジタルデザインを含む保護対象の拡大、図面提出要件の緩和及び多様化、複数意匠一出願制度・複数物品指定制度の導入、新規性喪失の例外規定の見直しなどが今後検討されて行くようだが、中でも、コンピュータディスプレイ上のアイコンなどの単なる画像まで不必要に意匠法の保護対象にしかねない、画面(2次元)デザインに関する保護対象の拡大に関する検討は要注意である。
商標制度小委員会はまだ動き出していないようだが、音の商標の導入に関する検討を再開するという報道もあったので、意匠・商標に関する検討を中心に来年は特許庁の動きも気をつけておいた方が良いだろう。
相変わらず迷走しているが、今年も、文化庁では、文化審議会著作権分科会の法制問題小委員会、国際小委員会、電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議が開催されている。文化庁の検討は今のところ迷走しているだけでどうにもなっていないが、来年はダウンロード犯罪化法案やTPPの検討も本格化するだろうし、保護期間延長問題などで合わせて文化庁が何を仕掛けて来るかは大いに注意して行かなければならない。著作権法に関しては、今現在どうなっているのか良く分からない日本版骨抜きフェアユースの行方なども気になる点である。
マニアックな話だが、農林水産省の農業資材審議会の種苗分科会では、種苗法上の重要な形質の見直しなどが検討されている(12月22日の第11回配布資料参照)。
また、知財本部では、コンテンツ強化専門調査会と知的財産による競争力強化・国際標準化専門調査会が開催されており、関係府省からのヒアリングなどが行われているので、関心のある方はリンク先をご覧頂ければと思う。個人的には知財本部の存在意義自体もうないのではないかと思っているが、例年通り1月か2月に来年の知財計画のためのパブコメが募集されるようであれば今年も出すつもりでいる。
表現規制問題に目を向ければ、やはり今年は、実質検閲に他ならない児童ポルノサイトブロッキングが自主規制と称しながら警察主導で導入されるなど(インターネットコンテンツセーフティ協会のHP参照)、問題点を全て無視する形で、大阪府で子どもの性的虐待の記録という概念を勝手に作った上でその所持等を規制する青少年健全育成条例(大阪府のHP参照)が通され、京都府で児童ポルノ単純所持規制条例(正式名称は、「児童ポルノの規制等に関する条例」)が通されるなど、およそロクでもない年だった。この7月に全面施行された都条例問題まだまだ尾を引くことだろうし(担当部長と課長が倉田潤氏と櫻井美香氏から樋口眞人氏と黒川浩一氏に変わる中(やはり警察庁からの出向者であることに変わりはないが)、東京都の当局もまだ実際の運用を考えあぐねていると見えるが)、その他細かな規制強化の動きは枚挙にいとまがなく、当分児童ポルノ規制・青少年条例関係の動きを中心に辛い日々が続きそうだが、問題の本質は次第に広まって来ていると思うし、表現規制問題についてもまだまだこれからである。
来年改正が検討されそうな法律はちょっと考えるだけで、著作権法(ダウンロード犯罪化法案)、児童ポルノ規制法、不正アクセス禁止法、環太平洋経済連携協定(TPP)と極めて重いものが並んでいる。来年もハードな年になるのは間違いなく、到底良い年をと言う気にはならないが、政官業に巣くう全ての利権屋と非人道的な規制強化派に悪い年を。そして、このつたないブログを読んで下さっている全ての人に心からの感謝を。
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