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2010年10月12日 (火)

第240回:10月2日時点の海賊版対策条約(ACTA)条文案と国内におけるDRM回避規制強化の検討

 翻訳はおろか、今度は概要や報道発表すらついておらず、およそ人をバカにしているとしか思えないが、模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)の10月2日時点の条文案(pdf)が、日本政府から正式に公開されたので、今回は、日本との国内法との関係で特に問題となるそのDRM回避規制関連部分について取り上げる。(同じくユーザ・消費者から見て気になる部分として、プライバシー保護、少量品、法定賠償やプロバイダー責任制限関連部分もあるが、これらの部分は8月時点のリーク条文案とほとんど変わりはないので、特に気になるようであれば、前々回のエントリをお読み頂ければと思う。)

 海賊版対策条約(ACTA)でDRM回避規制を規定する第2.18条中の第5項から第8項までは、10月2日時点の条文案では以下のような形になっている。(MIAUの訳を参照した。)

5. Each Party shall provide adequate legal protection and effective legal remedies against the circumvention of effective technological measures that are used by authors, performers or producers of phonograms in connection with the exercise of their rights in, and that restrict acts in respect of, their works, performances, and phonograms, which are not authorized by the authors, the performers or the producers of phonograms concerned or permitted by law.

6. In order to provide such adequate legal protection and effective legal remedies, each Party shall provide protection at least against:
(a) to the extent provided by its law:
(i) the unauthorized circumvention of an effective technological measure carried out knowingly or with reasonable grounds to know; and
(ii) the offering to the public by marketing of a device or product, including computer programs, or a service, as a means of circumventing an effective technological measure; and

(b) the manufacture, importation, or distribution of a device or product, including computer programs, or provision of a service that:
(i) is primarily designed or produced for the purpose of circumventing an effective technological measure; or
(ii) has only a limited commercially significant purpose other than circumventing an effective technological measure.
...

8. In providing adequate legal protection and effective legal remedies pursuant to paragraphs 5 and 7, each Party may adopt or maintain appropriate limitations or exceptions to measures implementing paragraphs 5, 6 and 7. Further, the obligations in paragraphs 5, 6 and 7 are without prejudice to the rights, limitations, exceptions, or defenses to copyright or related rights infringement under a Party's law.

第5項 その権利の行使に関係する形で著作権者、実演家又はレコード製作者によって用いられ、その著作物、実演及び録音に関して、著作権者、実演家又はレコード製作者によって許可されていないか、法律によって認められていない行為を制限する、有効な技術的手段の回避に対して適切な法的保護と有効な法的救済を規定しなければならない。

第6項 そのような適切な法的保護と有効な法的救済を提供するため、各締約国は、少なくとも以下の行為に対する保護を規定しなければならない:
(a)その国内法により規定される限りにおいて:
(ⅰ)故意に又はそうと知る合理的な理由がある場合になされる、有効な技術的手段の不正な回避;そして
(ⅱ)有効な技術的手段を回避する手段としての、コンピュータ・プログラムを含め、機器若しくは製品又はサービスの市場における公衆への提供の申し出;そして

(b)コンピュータ・プログラムを含め、以下の機器又は製品の製造、輸入又は頒布、又は以下のサービスの提供:
(ⅰ)主として有効な技術的手段を回避する目的で設計若しくは製造されているもの;又は
(ⅱ)有効な技術的手段を回避する以外には限定的な商業的目的しか持たないもの。

(中略:第7項は、著作権管理情報に関する規定。)

第8項 第5項及び第7項に書かれている適切な保護及び効果的な法的救済を規定するに際し、各締約国は、第5項、第6項及び第7項に書かれている措置の実施において適切な制限又は例外を採用又は維持できる。さらに、第5項、第6項及び第7項の義務が、締約国の国内法における、権利、制限、例外、又は著作権若しくは著作隣接権侵害に対する抗弁に影響を与えることはない。

 ここで、条文上の記載が単に有効な技術的手段とされて明文のアクセスコントロールへの言及がなくなり、アメリカの初期提案の形のようにアクセスコントロール回避そのものの規制が完全な義務とされなかったことは不幸中の幸いだが、日本政府の勝手なアメリカへの譲歩により、DRM回避装置とプログラムの製造、DRM回避サービスの提供までの規制が必要とされているままなのは非常に痛い。

 文化庁なり経産省なり外務省なりが国民にどこまでこの条約交渉を用いたポリシーロンダリングを隠すつもりか知らないが、今文化庁と経産省で進んでいるDRM回避規制の強化の検討で、ある程度このACTAの条文案に沿った内容の規制強化案が出されて来るのは間違いないだろう。(現行法との比較で考えた時の分析がメチャクチャなのでその点では全くお話にならないが、どこかの官庁の官僚が出所と思われる文化庁のDRM回避規制強化の検討に関する先日の産経の記事で言及されている規制強化の内容が、このACTAの条文案とピタリと符号しているのは決して偶然ではないに違いない。)

 そもそもこのような国益を無視したポリシーロンダリング自体全く気にくわない上、重複検討もいい加減にしてくれと思うが、今までの知財本部の検討や、現行の法規制とACTA条文案の比較を考えると、文化庁や経産省の検討で俎上にあがる論点は大体以下の5点になると予想される。(現行の法規制については、第36回参照。)

  1. アクセスコントロール回避自体を規制するかどうか。
  2. 「のみ」、「専ら」などの現行法の機能の限定を改めるか。
  3. DRM回避装置とプログラムの製造規制をどうするか。
  4. DRM回避サービスの規制をどうするか。
  5. 刑事罰の範囲をどうするか。

 1のアクセスコントロール回避自体の規制まで、この機会に乗じて権利者団体は狙ってくるだろうが、ACTAの現在の条文案においてすらこのような規制を必須とすることは落とされたのであり、さらに、何度も書いている通り、著作権法によるせよ不正競争防止法によるせよ、このようなアクセスコントロール回避自体の規制には、そのそもそもの法目的から来る無理が存在している。過去のDRM回避規制導入の検討経緯については第45回で取り上げているが、個人的なアクセスコントロール回避まで規制することは、不正競争防止法ではその公正な競争の確保・取引秩序の維持という目的をはるかに超える異常規制となるだろうし、著作権法はそもそも情報アクセスそのものを規制するための法律ではないのである。

 2について、現行のDRM回避機能「のみ」を有する機器、DRM回避を「専ら」その機能とする機器といった条文の限定を、ACTA条文案のように改めることも検討されるのではないかと思うが、これも実務的に意味があるかどうか甚だ疑わしい。現行法の規定でも、マジコン等は違法と解釈されているのであり(番外その15参照)、現時点でいたずらに条文を変えることはかえって法的な不安定性を増すだけのことになるのではないかと私は思っている。

 3のDRM回避機器・プログラムの製造規制も、著作権法によるにせよ不正競争防止法によるにせよ、特に企業や大学等における研究・開発との関係で極めて大きな問題を孕む。不正競争防止法の場合、第19条第1項第7号として試験・研究に対する適用除外が定められており、この適用除外を拡大することも考えられるだろうが、著作権法にはそのような例外はなく、例によって文化庁と権利者団体は全力で一般的な例外の導入に抵抗しながらデタラメな規制強化をごり押ししようとすると容易く予想されるので非常に危ない形で検討が進められるだろう。また、当たり前の話だが、試験・研究を例外とすれば多少の問題の緩和になるにしても、それで問題の全てが片付くということはない。そして、ここでも、何故製造行為を規制する必要があるのかということを少し考えてみれば、その立法事実たる根拠はACTAのポリシーロンダリングを除けば極めて薄弱であることに誰でも気づくことだろう。(大体、DRMの開発自体を萎縮させることに対して、権利者団体・ゲーム業界も全く利益は見出せないはずだが、省庁の検討に出て来るような、規制ありきで壊れたレコードのように同じことを繰り返すロビイストにはその程度の見識を求めることすら難しいだろう。情けない話だが。)

 4のDRM回避サービス規制も非常に危うい。どうせ政府や権利者団体は何も考えていないのだろうが、今の著作権法か不正競争防止法の規制に単純にサービスの提供という語を加えて広汎に規制をかけてしまうと、本来正当なものとして認められなければならない情報アクセス・複製を確保するためにすらDRM回避手段を合法的に入手することがほとんど不可能になる可能性が高い。図書館における資料保存や教育と、障害者等のためなど一般的な公益目的でのDRM回避は不可能ではないが、その手段を合法的に入手することができないという状況は誰でもバカバカしさの極みだと思うことだろう。また、サービスの提供という語自体かなり範囲は広く、直接的なサービスの提供だけではなく、間接的なサービスの提供まで含まれるとなるとその範囲が途方もなく広がることになるだろう。(「業として公衆からの求めに応じて技術的保護手段の回避を行った者」は刑罰の対象となるとされている現行の著作権法第120条の2第2項でサービスの提供の規制を読み込むことが可能かも知れないが、政府が現時点でどのような案を考えているかはよく分からない。この規定にしても、「業として公衆から」とい う語を「他人から」と変えることが考えられているとしたら、ほぼ同じことである。)

 5の刑事罰の範囲については、ACTAの今の条文案とは全く関係ないが、普段の振る舞いから考えて、この点でも文化庁や経産省、権利者団体は便乗して範囲の拡大を狙って来ることだろう。立法事実や過去の法改正の経緯を完全に無視して、不正競争防止法で刑事罰を導入する話が出て来たり、私的にコピーコントロールを回避して複製する行為の規制(著作権法第30条第1項第2号)に刑事罰を課すべきだといったバカげた話が出て来る恐れもあり、決して油断はできない。

 本当にミニマムでACTAの現在の条文案のDRM回避規制を国内法に導入することを考えると、他の点を全て条約と現行法の条文解釈の問題に落として、一般的な試験研究目的の適用除外も一緒に拡大する形で不正競争防止法にDRM回避機器の製造規制を刑事罰の導入なしで入れるという形になると思うが、そのようなある程度無難なところに今の検討が落ち着くとは考え難い。いつものように権利者団体と官僚たちは、この条約交渉に便乗して、これを最大限に利用して可能な限りの規制強化・既得権益拡大を狙って来るだろうし、縦割りと政治力のせめぎ合いの中、ねじれにねじれることが予想されるこのDRM回避規制の検討がどこにどう落ち着くのかは甚だ読み辛い。この検討はどこをどうやっても斜め上の方向に行き、前回紹介したようなアメリカのDMCAを巡るロクでもない混乱を、全部でないにしても、無理矢理輸入させられることになるのではないかという強い懸念を私は抱いている。

 大体、海賊版条約(ACTA)はその全体を見渡しても日本にとっての批准のメリットが私には全く見えない。ほとんど各国政府の役人のメンツ保持のためにやっつけで作ったとしか見えないメリットのない条約の妥結・署名・批准のための検討など、国民の情報アクセスに対する不当な規制としかなりようのないDRM回避のさらなる規制強化の検討など即刻止めるべきであるとパブコメで私は書くつもりである。

(10月14日の追記:内容は変えていないが、少し文章を整えた。)

(10月14日夜の追記:各者の主張は大体予想通りだが、9月30日に開催された技術的制限手段に係る規制の在り方に関する小委員会の第1回の配布資料議事要旨)が経産省HPで公開されているので、ここにリンクを追加しておく。その開催案内によるとこの小委員会の次回開催は10月19日の予定である。

 DRM回避規制については、非常にややこしい現行の法規制がどうなっているかということをまず理解してから話をしないと必ず頓珍漢なことになるが、経産省の参考資料の参考資料我が国における「技術的手段」に係る規制の概要(pdf)の下のような表が一目で見ようとするには良いかも知れない。

Drm_table

 いずれにせよ分かりにくいことに違いはないのだが、人によっては文化庁の平成18年の文化審議会・著作権分科会報告書(pdf)の下のような図の方が見やすいと思う方もいるかも知れないので、一緒に引用しておく。

Drm_table2

 普通DRM回避規制と聞いて端的に思い浮かぶのは、いわゆるDVDリッピングとマジコンのことだと思うが、今の法規制でも、主としてアクセスコントロールと考えられる DVDのDRM(CSS)の回避専用プログラム(DeCSSなど)の販売や提供は不正競争防止法で既に違法(ただし刑事罰はなし)とされ、アクセスコントロールと同時にコピーコントロールも行っているゲーム機のDRM回避のためのほぼ専用機器であるマジコンの販売や提供はまず間違いなく著作権法と不正競争法の両方で違法とされ、著作権法では刑事罰の対象ともなり得るだろうという、既に十分以上に規制がかかっている状態にあるということをまず押さえておかないと、この話は大体訳が分からなくなる。(さらに、いろいろと解釈の問題があるので、この問題は本当にややこしい。現行の法規制のさらに細かな点については、第36回などをお読み頂ければと思う。)

また、フランスの3ストライク法の現状について、マイコミジャーナルが非常に良くまとまった記事を書いてくれているので、ここで一緒にリンクを張っておく。)

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コメント

ACTAを欧州議会が承認。賛成331反対294棄権11。 Parliament approves once-secret ACTA copyright treaty http://bit.ly/grtWGO

投稿: myfairuse | 2010年11月27日 (土) 23時23分

myfairuse様

コメント・情報ありがとうございます。欧州議会の承認といい、ACTA周りもあまり思わしくなく、私も気がかりです。

投稿: 兎園 | 2010年11月30日 (火) 01時54分

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