第241回:スペインの私的複製録音録画補償金制度を欧州著作権指令に照らして違法とした欧州司法裁判所の判決
日本でも裁判にまで発展しているが、欧州でも私的録音録画補償金に関する争いは各国で止むことなく続いている。細かな動向まで紹介していると切りがなくなるので最近はあまり取り上げていなかったが、この10月21日に、スペインの裁判所からの私的複製補償金に関する質問に対する回答を示す欧州司法裁判所の判決が出された(abc.esの記事(スペイン語)、publico.esの記事(スペイン語)、arstechnica.comの記事参照)。これにより私的複製の制限と補償金の問題は欧州全域にわたり再燃するものと予想され、この判決は欧州における私的複製問題に関する今後の動向を見る上で極めて重要なものと思うので、ここでその内容を紹介しておきたいと思う。
その判決文(スペイン語)にも書かれている通り、この裁判は、欧州における補償金裁判のお決まりのパターンでスペインの音楽著作権団体がCD-RやDVD-Rなどを販売していた会社に補償金の支払いを求めて訴えというものである。第1審の商事裁判所では販売会社が負けたが、控訴審であるバルセロナ高裁は、私的複製補償金と欧州著作権指令の関係について欧州司法裁判所に以下のような質問を投げていた。(以下、翻訳は全て拙訳。翻訳には基本的にスペイン語の原文を用いつつ、適宜他の言語も参照している。なお、各国語の判決文は、欧州司法裁判所のHPで読むことができる。また、
1.欧州著作権指令2001/29第5条第2項(b)の「公正な補償」の概念は、複製権に対する私的複製の例外の導入によって影響を受ける知的財産権の権利者の「公正な補償」の権利のために適切と考えられる徴収制度を選択する加盟国の権能を超え、その調和を意味しているのか?
2.各加盟国によって公正な補償を決定するために用いられている制度がどのようなものであるにせよ、それは、私的複製の権利制限によって影響を受け、この公正な補償の債権者となる知的財産権の権利者と、その支払いについて直接又は間接の義務を負う者という、関係者間の正当なバランスを守らなければならないのか?そして、このバランスが公正な補償の合理化によってもたらされるものだとして、それは私的複製の権利制限によってもたらされる害を軽減するか?
3.加盟国がデジタル複製機器及び媒体に補償金を課す制度を採用している場合に、そのデジタル複製機器及び媒体が私的複製に使われ、他の用途に使われないということが想定可能な場合にのみ賦課の適用が正当化されるというように、この(私的複製の公正な補償の)賦課は、欧州著作権指令2001/29第5条第2項(b)の追求する目的とこの規定の内容により、私的複製の権利制限の利益を受ける複製を実現するというこれらの機器及び媒体の想定される用途に必ず結びつけられていなければならないか?
4.加盟国が私的複製「補償金」制度を採用している場合に、明らかに私的複製以外の目的のためにデジタル複製機器及び媒体を入手した就業者又は企業にも無差別にこの「補償金」を適用することは、「公正な補償」の概念と一致するか?
5.あらゆる形式のデジタル複製機器及び媒体に私的複製補償金を賦課しているスペインが採用している制度は、公正な補償とそれを正当化する私的複製の権利制限の間に適切な対応がないため、経済的補償を正当化する権利制限の存在しない様々な状況まで広く拡大してそれが適用されることとなるために、欧州著作権指令2001/29に違反するか?
長くなるので前置きは飛ばすとして、この質問に対して欧州司法裁判所の判決で示されている判断を訳出すると以下のようになる。(細かなことが気になるようであれば、欧州の著作権指令における私的複製補償金関連規定については第11回を、スペインの私的複製補償金関連規定については第156回をそれぞれお読み頂ければと思う。)
(前略:第1の質問について、この欧州著作権指令は各国の国内法を参照するものでなく、その解釈は欧州司法裁判所の権限内である等。)
第2の質問
(38)第2の質問によって、スペイン法廷は、本質的に、関係者間で守られるべき「正しいバランス」とは、私的複製の例外の採用の結果としてもたらされる害を基準として計算されるということを意味しているかと聞いている。また、影響を受ける著作者以外に、この「正しいバランス」が守られるべき関係者は誰かということが問われている。
(39)まず、公正な補償の計算についての著作者が受ける害の基準に関しては、欧州著作権指令2001/29序文の段落35と38を考慮すると、この公正な補償とは、その許可なくなされるその著作物の利用に対し「適正に」著作者を補償するものであることは明らかである。この公正な補償の量を決めるためには、「有用な基準」として、「最小の・・・害」は支払いの義務を発生させないけれども、問題の複製が著作者に「与えるだろう」害が考慮される。したがって、私的複製の例外は、「受けた害によって権利者を補償する」制度を含み得る。
(40)このような規定から、公正な補償の概念と量が、許可なく行われる私的利用目的での著作物の複製によってもたらされる害と結びついていることは明らかである。この観点から、公正な補償は、著作者の受ける害に対する代償であると考えられなくてはならない。
(41)さらに、欧州著作権指令2001/29の序文の段落35と38に現れている「補償」という語は、特定の補償制度を導入するというEUの立法者の意図を反映しており、その採用は、権利者に対する害の発生に始まり、この害が補償の義務を発生させる。
(42)ここから、公正な補償は、私的複製の例外の導入により著作権者に対してもたらされる害を基準として必ず計算されなければならないことが導かれる。
(43)第2に、欧州著作権指令2001/29の序文の段落31は、「正しいバランス」に関係する者について、この公正な補償を受ける権利者の利益と、著作物の利用者の利益の間で「正しいバランス」が取られなければならないということを想定している。
(44)そして、その個人の権限でなされる自然人の複製の実行は、問題の著作物の著作権者に害を与え得るものと考えられる。
(45)したがって、誰が複製権の排他的所有者に害をなすかというと、その私的利用のために、権利者の事前許諾を求めることなく著作物の複製を実行した者である。つまり、原則として、この者が、権利者への補償の支払いにより、このような複製からもたらされる害を補償する者である。
(46)上記のことから出発するが、私的利用者を特定し、この者によってもたらされる害について権利者に対する支払い義務を負わせることには現実的には困難性があり、欧州著作権指令2001/29序文の段落35の最終文に書かれているように、各々の私的利用からもたらされる害は個々には最小のものであり得、つまり、支払い義務を発生させないものであり得ることも考慮に入れ、加盟国は、公正な補償の課金のために、関係する私人ではなく、デジタル複製機器及び媒体を所有し、その権限により、法的に又は実質的に、私人にこの機器を入手可能とするか、複製サービスとともに提供する者に課される「私的複製補償金制度」を導入することができる。この制度において、このように機器を所有する者が、私的複製補償金を支払う。
(47)第3に、このようなタイプの制度においては、一見、著作物の利用者は公正な補償の支払い義務を負わず、著作権指令2001/29序文の段落31を考えた時に求められていることと反する。
(48)しかしながら、まず、この義務を負う者の行為、つまり、私的利用者に複製機器及び媒体を入手可能とすること又は複製サービスとともにこれらを提供することは、自然人が私的複製を行うために必要な前提条件となっていることが考えられなくてはならない。また、このような支払い義務を負う者が、この私的複製補償金を、複製機器及び媒体の入手価格又は提供される複製サービスの価格に転嫁することを止めるものはない。このような状況において、複製機器及び媒体を入手した者又は複製サービスの利用者は、実際、公正な補償の「間接的な債務者」と考えられる。
(49)したがって、この制度は、債務者に私的複製補償金の費用を私的利用者に転嫁することを可能とするものであり、そのため、この私的利用者が私的複製補償金を負担すると考えられるものであるから、著作者と著作物の利用者の間の「正しいバランス」と合致するものと考えられる。
(50)このような考察から、第2の質問に対する回答は、欧州著作権指令の第5条第2項(b)は、関係者間で守られるべき「正しいバランス」とは、私的複製の例外の導入の結果として著作物にもたらされる害を基準として必ず計算されなければならないという意味に解釈される。デジタル複製機器を所有し、そのことに基づいて、法的に又は実質的に、これらの機器を私的利用者に入手可能とするか又は複製サービスとともに提供する者が、この者がこのような支払いの実負担を私的利用者に転嫁できる限りにおいて、公正な補償の債務者となるとすることは、「正しいバランス」と合致する。
第3と第4の質問
(51)第3と第4の質問によって、これらは一緒に検討されることが適切であるが、スペイン法廷は、本質的に、欧州著作権指令2001/29の第5条第2項(b)の下で、デジタル複製機器及び媒体に関する公正な補償の支払いに当てられる補償金の適用と、私的複製を行うという想定される用途の間との間に結びつきが必要とされるかを聞いている。同時に、特に明らかに私的複製以外の目的に当てられる複製機器及び媒体に関して、無差別に私的複製補償金を適用することは、欧州著作権指令2001/29に合致するかということが問われている。
(52)まず、公正な補償の支払いの制度は、この判決の段落46と48に書いたように、問題の複製機器及び媒体が私的複製のために使われ得、結果として、著作権者に害を与えるだろう場合にのみ、「正しいバランス」の要件に合致することに注意しなければならない。すなわち、このような要件の考慮から、デジタル複製機器及び媒体に関して、私的複製補償金の適用とこれらの機器等の私的複製のための利用の間には必ず結びつきがなければならない。
(53)したがって、スペイン法廷がはっきりと言及しているような、明らかに私的複製以外の目的のために自然人以外の者によって入手された対象も含め、あらゆるタイプのデジタル機器及び媒体に対する私的複製補償金の無差別な適用は、欧州著作権指令2001/29の第5条第2項(b)に合致しないこととなる。
(54)一方、問題の機器がその私的利用目的のために自然人に入手可能とされた場合に、実際にそれを用いて私的複製が行われたかということや、その結果として実際に著作権者に害をもたらしたかということが何かの形で確認されることは必要とされない。
(55)実際、この自然人はこのような入手の全体的利益を受けると想定され、つまり、複製を含め、この機器の有する機能を十分に利用すると考えられるのである。
(56)ここから、このような機器等が複製を行う機能を有しているというだけでは、私的複製補償金の適用を正当化するに足らず、この機器等が私的利用者である自然人に入手可能とされることが常に必要である。
(57)この解釈は、欧州著作権指令2001/29の序文の段落35の趣旨にも支持されている。これは、公正な補償の量を決定するための有用な基準として、単に「害」ではなく、与えている「だろう」害と書いている。著作者に対してもたらされる害の潜在的性質は、私的複製の実際の実行を必要とすることはないが、複製を可能とする機器等を自然人に入手可能とするという必要な前提条件の充足にかかっている。
(58)さらに、当裁判所は、著作権法について、ホテルがテレビ信号を得られるようにしたが実際に旅客に対して実際に著作物へのアクセスを提供したのではない時に、ホテルの旅客がテレビ媒体で放送著作物を見たという事件では、最終利用者の単なる可能性の多寡が考慮されるべきと判断している。
(59)上記の考察を踏まえて、第3と第4の質問に回答すると、欧州著作権指令2001/29の第5条第5項(b)は、デジタル複製機器及び媒体について公正な補償の支払いに当てられる補償金の適用と、その想定される私的複製を行うという用途の間には、結びつきが必要である。よって、特に私的利用者に入手可能とされず、明らかに私的複製以外の用途に当てられるデジタル複製機器及び媒体に関する、私的複製補償金の無差別な適用は、欧州著作権指令2001/29に合致しないということになる。
第5の質問
(60)第5の質問により、スペイン法廷は、本質的に、あらゆるタイプのデジタル複製機器及び媒体に私的複製補償金を、その用途とは無関係に無差別に課している、スペインによって採用されている制度が、欧州著作権指令2001/29と合致するものであるかどうかを聞いている。
(61)この点で、不履行による上訴の場合を除き、各国法とEU法の間の整合性について当裁判所が判断することはできない。それは、この場合、質問の付託によって、このEU法について必要な範囲と解釈を得た後、各国裁判所の権限に属する(C-347/87の判決文の段落16参照)。
(62)したがって、スペイン法廷が、最初の4つの質問について回答に照らして、スペインの私的複製補償金制度と欧州著作権指令2001/29の間の整合性を判断するべきである。
よって、当裁判所が第5の質問に答える必要はない。
(中略:費用について)
これらの理由に基づき、当裁判所(第3部)は、以下の通り判決する:
1.欧州著作権指令2001/21の第5条第2項(b)の「公正な補償」の概念は、EU法独自の概念であり、EU法によって、特にこの指令によって課される制限内で、この公正な補償の形式、課金及び徴収の様式、並びに金額を決める加盟国の権能を超え、私的複製の権利制限を採用している全ての加盟国で統一的に解釈されるべきものである。
2.欧州著作権指令2001/21の第5条第2項(b)は、関係者間で守られるべき「正しいバランス」とは、私的複製の例外の導入の結果として著作権者にもたらされる害を基準として公正な補償が必ず計算されなければならないという意味に解釈されなければならない。デジタル機器及び媒体を所有し、そのことに基づいて、法的に又は実質的に、その機器を私的利用者に入手可能とするか又は複製サービスとともに提供する者がこの公正な補償に資金を出す責任を有するとすることは、この者がこのような課金の実負担を私的利用者に転嫁することができる限りにおいて、この「正しいバランス」の要件に合致する。
3.欧州著作権指令2001/21の第5条第2項(b)は、公正な補償に当てられる、デジタル複製機器及び媒体に関する補償金の適用は、その機器等の私的複製という想定される用途と結びついていなければならないという意味に解釈されなければならない。したがって、特に、私的利用者に入手不可能で私的複製以外の用途に明らかに当てられるようなデジタル複製機器及び媒体に関する、私的複製補償金の無差別な適用は、欧州著作権指令2001/21に合致しない。
欧州ではこの判決について相も変わらず利権団体の様々なポジショントークが交錯しているが、本当に重要なことは、この判決で、欧州司法裁判所が、(1)私的複製補償金制度はEU法の対象であること、(2)私的複製補償金の実負担者は消費者であること、(3)補償金の適用範囲は私的複製という用途と結びついていなければならず、その範囲には自ずと制限があるべきこと、(4)補償金の額は私的複製が権利者に与える害から計算されなければならないことを明確にしたということである。
ほとんど全て自明のことと言って良いが、これらの点を欧州司法裁判所が明確にした意味は大きい。これらのことを全て無視して権利者団体の野放図な要求に従って各国政府がデタラメに課金の範囲と額を拡大し続けて来たことが、欧州各国における補償金制度に関する今のバカげた混乱を招いたといって差し支えないのである。結果としてここで欧州司法裁判所のこのような介入を招いたことは、ほとんど権利者団体の自業自得と言って良い。
日本の裁判に影響することはないだろうが、この欧州司法裁判所の判決は、今も連綿と続いている欧州各国の私的録音録画補償金を巡る法廷内外の争いに確実に影響するだろう。この判決は補償金について具体的にどのような範囲と額が適切であるのかまでを示すものではなく、欧州委員会の合理化の検討の再開により、この判決の解釈を巡り、また必要となる法改正の検討で、欧州では今後も相当長期にわたり泥沼の闘争が繰り広げられることだろう。またいくつもの裁判事件が欧州司法裁判所と各国裁判所の間で行ったり来たりを繰り返すのではないかとも思う。
課金の対象範囲と額のデタラメな拡大により今まで混乱を招くだけ招いて来た欧州各国の私的複製補償金制度の問題は、この判決で再び炎上するに違いなく、その混乱がいつどのように収まるのかはちょっと見当もつかない。最後に今一度繰り返しておくが、私的録音録画補償金制度に関する限り、欧州は単なる反面教師でしかない。
(2010年10月27日夜の追記:いくつか誤記等を修正した。)
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