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2010年4月 9日 (金)

第221回:知財本部で了承された知的財産推進計画2010骨子案

 他のことを先に書いていたので少し遅れてしまったが、この3月30日に知的財産戦略本部会合(議事次第議事録参照)が開かれ、知財計画2010骨子案(pdf)概要(pdf))が了承された。相変わらず要領を得ないお役所ペーパーだが、役所における検討の様子を見ることのできる資料ではあるので、今回はこの資料について取り上げる。

 繰り返しの多い資料なので、この骨子案 (pdf)の「1.目的」と「2.3本柱と目標」は飛ばすが、「3.重点施策」の「(2)コンテンツ強化を核とした成長戦略の推進」には、以下のような項目が並んでいる。

  • コンテンツの海外展開、海外流通経路の確保、海外への情報発信を支援すべく、官民共同ファンドの早急な形成や支援措置を講じるほか、税制面での支援の在り方を検討する。(短期・中期)
  • 地上波日本ドラマ禁止、ゲーム機販売規制といった、諸外国におけるコンテンツ規制の撤廃を強く働きかけ、実現する。(中期)
  • コンテンツ版COEの形成支援、デジタル教科書を始めとする情報通信技術の教育への活用、制作機会の創出推進、一流のクリエーターの小中学校への派遣やコミュニケーション教育活動の推進を通じ、人材育成と海外からの人材集積の基盤を形成する。(短期・中期)
  • モバイル放送、デジタルサイネージをはじめとする新たなメディアを整備し、デジタルコンテンツ・サービスの開発・提供を活発化するため、デジタル化に対応した通信・放送の総合的な法体系を速やかに整備するとともに、ホワイトスペースの活用をはじめとした電波の有効利用のための方策を2010年度中に策定する。(短期)
  • デジタル化・ネットワーク化に対応した著作権制度上の課題(保護期間、補償金制度の在り方を含む)について総合的な検討を行い、検討の結果、措置を講じることが可能なものから順次実施しつつ、2012年までに結論を得る。(中期)
  • インターネット上の著作権侵害コンテンツ対策のため、プロバイダによる侵害対策措置の実施を促す仕組みの導入やアクセスコントロール回避規制の強化を内容とする改革案を2010年度中に策定する。(短期)
  • 「コンテンツ特区」を設け、特定区域において新しい技術やサービスを試行できる環境を整備し、先駆的なコンテンツの創造、国際的なコンテンツ製作の誘致を促進する国際的な場を創出する。(短期)

 また、「3.重点施策」の「(3)知的財産の産業横断的な強化策」の中で、海賊版対策条約(ACTA)について、以下のように書かれている。

  • 模倣品・海賊版による被害を減少すべく、2010年中に模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)の交渉を妥結し、締結後に加盟国を拡大するとともに、侵害発生国・地域の政府に対し、模倣品・海賊版対策の強化を働きかけ、世界大に保護の輪を広げる。(短期・中期)

 ここで、諸外国のコンテンツ規制の撤廃を働きかけることも確かに重要だろうが、それ以上に今の日本文化のことを本当に真剣に考えるなら、都の動き番外その22参照)などに露骨に表れているような日本国内での児童ポルノを理由とした訳の分からないコンテンツ規制の圧力を排除することの方がさらに重要だろう。また、ファンドだの特区だのといったなじみの官僚文字が並ぶが、自由な創作活動を本当に全国区で支え守るのが先だろう、この基本インフラが無ければ何をやっても無意味である。(ただ、これ以上この問題に関係官庁が増えても良いことはないので、児童ポルノ規制問題について知財計画に書いてもらいたいとは全く思わないが。)

 DRM回避規制については、「5.詳細施策」で、

34 アクセスコントロール回避規制の強化(短期)
製品開発や研究開発の萎縮を招かないよう適切な除外規定を整備しつつ、著作物を保護するアクセスコントロールの一定の回避行為に関する規制を導入するとともに、アクセスコントロール回避機器について、対象行為の拡大(製造及び回避サービスの提供)、対象機器の拡大(「のみ」要件の緩和)、刑事罰化及びこれらを踏まえた水際規制の導入によって規制を強化する。
このため、法技術的観点を踏まえた具体的な制度改革案を2010年度中にまとめる。
(文部科学省、経済産業省、財務省)

さらに露骨に規制を強化すると知財本部は書いているが、このようなDRM回避規制強化のニーズが私にはいまだにさっぱり分からない。細かな話は繰り返しになるので省略するが、インターネット上の著作権侵害コンテンツ対策に関するワーキンググループなどでメーカー団体(JEITA)やインターネットユーザー協会(MIAU)から出されていた懸念は完全に無視された格好である。

 プロバイダーの責任については、さらに「5.詳細施策」で、

35 プロバイダによる侵害対策措置の促進(短期・中期)
プロバイダと権利者が協働し、インターネット上の侵害コンテンツに対する新たな対策措置(例えば、警告メールの転送や技術的手段を用いた検知)を図る実効的な仕組みを2010年度中に構築する。併せて、現行のプロバイダ責任制限法の検証を図った上で、実効性を担保するための制度改正の必要性について検討し、2010年度中に結論を得る。さらに、それらの取組の進捗状況を踏まえて、必要な措置を講じる。
(総務省)

と書かれている。インターネット上の侵害コンテンツに対する新たな対策措置として具体的にどこまで考えられているのかが良く分からないが、権利者団体の要望を考えても、ストライクポリシーの検討も含まれる恐れがあると考えておいた方が良いだろう。ここでもインターネットプロバイダ協会やMIAUなどが示していた懸念は全く反映されていない

 DRM回避規制とストライクポリシーの検討と合わせ要注意の海賊版対策条約(ACTA)についても、相変わらずその内容の詳細をふせたまま、妥結目標年だけを書くという人をバカにしているとしか思えない内容となっている。今の日本政府の国家戦略の無さを示す惨憺たる例の1つだが、具体的な内容に関する交渉戦略もなく、条約の妥結のみを目標にするなど愚かにもほどがある話である。今までリークされた文書などを考えても(前回第219回第218回など参照)、今のまま無定見に交渉を続けたのでは一方的に国益を損なう結果になるのは目に見えている。ここでも手段と目的の愚かしい顛倒が起こっている。

 さらに、著作権保護期間についても今後も検討を進めると言及され、ここでも国民の意見が踏みにじられようとしていることも問題だが、当事者間で裁判にまでなっている私的録音録画補償金問題についてまで明確に言及されていることには唖然とする。この補償金裁判は当然控訴・上告が予定されるので、決着するまで最低でも5年以上はかかるだろうが、裁判にまでなっている中で行政で両当事者を読んで今後の話を検討することなどあり得ないだろう。文化庁がどうするつもりなのか皆目見当もつかないが(今日から今年第1回目の基本問題小委員会が開催されていたはずである(開催案内参照))、このペーパーから見る限り、知財本部・事務局の政策決定レベルにいる連中はよほど頭が悪いのだとしか思えない。

 なお、詳細施策中に出てきている項目も、例によっておよそ役所が絡むべきとは思われないビジネス的な実証実験の類が多く並んでいる。上であげたもの以外で特に著作権法制に関わるものとしては、

19 二次創作の権利処理ルールの明確化(中期)
二次創作(パロディ含む)やネット上の共同創作の権利処理ルールを明確化する。
(文部科学省、経済産業省、総務省)

という項目があるが、特区だのファンドだのといったバラマキ利権の話が重点項目となっていながら、この極めて重要なパロディに関する検討が重点項目となっていないあたり、知財本部の文化・著作権政策に関する見識の無さを良く表している。(骨子案には、特許に関する話もいろいろと含まれているが、制度ユーザーにしか関係のない話が多いので、関心のある方は直接資料に当たって頂ければと思う。)

 このような資料から見る限り、何のために広くパブコメを募集し、会議を公開で開き、関係者の話を聞いているかを知財本部も全く理解していない。知財本部・事務局も、日本の役所の例に洩れず、国民の意見も、有識者の懸念も、関係者のコンセンサスもどうでも良く、ただ危険な規制強化の結論を最後ごり押しできれば良いのだろうとしか見えない。5月策定予定らしい今年の知財計画もかなりロクでもない項目が並ぶ可能性が高いと覚悟しておく必要があるだろうが、このようなやり方を続ける限り、今の行政・政治に対する不信はさらに高まり続けるだけのことだろう。

(なお、企画委員会の設置について(案)概要(pdf)という資料によると、知財本部に副大臣級会合の企画委員会と幹事会とその下に専門家からなるタスクフォースが作られるらしいが、既存の専門調査会をどうするのか、今後の検討がどう行われるのか良く分からない。)

 最後に一緒に紹介しておくと、cnetの記事になっている通り、一般フェアユース条項の導入の検討が文化庁の法制問題小委員会で続けられている(3月30日の法制問題小委員会の議事次第参照)。狭い骨抜き案になるだろうが、フェアユース導入に関するパブコメもじきにかけられると思うので、文化庁の動きも注意しておく必要がある。

 また、イギリスでは、第206回で取り上げたデジタル経済法が多少の修正を加え下院で可決された(ip-watch.orgの記事telegraph.co.ukの記事zdnet.co.ukの記事cnetの記事参照)。イギリスも反対の声を無視して実質ネット検閲に踏み込もうとしているが、隣のフランスのことを考えても、このイギリス版ストライクアウト法であるデジタル経済法も混乱しか引き起こさないことだろう。

 次回は、このイギリスのデジタル経済法の修正点について書きたいとも思っているが、表現の自由の話を先にするかも知れない。

(2010年4月9日の追記:内容は変えていないが、上の文章に少し手を入れた。また、書いた通り今後の知財本部の検討がどう行われるのかは良く分からないが、その開催案内によると、(こちらの調査会ではコンテンツ・著作権関連は議論されないと思うが、)来週4月12日に第6回の知的財産による競争力強化・国際標準化専門調査会が開かれるようである。)

(2010年4月12日の追記:内容は変えていないが、上の文章に少し手を入れた。また、不正競争防止法について前回の法改正が何故必要だったのかいまだに良く分からないが、経産省から改訂版営業秘密管理指針が公表されているので、念のためそのリリースにリンクを張っておく。

 また、総務省からは、「利用者視点を踏まえたICT サービスに係る諸問題に関する研究会」第二次提言(案)(pdf)に対するパブコメが5月10日〆切でかけられている(総務省のリリース参照)。日本版携帯著作権グリーン・ダム計画を含む前の第一次提言案もひどかったが(第183回参照)、internet watchの記事でも書かれている通り、今回もSNSサービスのメッセージ機能・メールの検閲を行えるようにしようと相当無理のある内容になっており、このパブコメも出さざるを得ないと思っている。)

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コメント

ハッキリ言ってDRMに関してはバカを通り越して
狂信的ですらありますね。

一言、連中に浴びせたい。
「違法アップ物がノープロテクトで、金を払って入手した
正規物がDRM保護とは人を馬鹿にして余りある」

投稿: 迷い人 | 2010年4月12日 (月) 23時50分

表現規制について少しだけ考えてみる(仮)さんより
http://otakurevolution.blog17.fc2.com/blog-entry-879.html
転載開始
利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」第二次提言(案)に対する意見募集
締め切りは平成22年5月10日(月)午後5時必着(郵送の場合は、同日付けの消印有効)

リンク先の右下にメアドがある。
ものすごく見にくいんだが、ナメてるとしか思えない。

情報くれたTonarinototoroさんの書き込みをコピペ。
これは表現規制というよりネットのプライバシーなどの問題ですが。

メールの内容を解析?
オンライン傍受技術
日本で解禁か

http://www.kinyobi.co.jp/backnum/antenna/antenna_kiji.php?no=1067

インターネットの中立性をめぐって世界中で激しい議論をまき起こしているオンライン傍受技術が、日本では解禁となる可能性がでてきた。
これはDPI(ディープ・パケット・インスペクション)と呼ばれる技術で、プロバイダー(インターネット接続業者)が通信回線に専用機器をとりつけ、誰がどんなキーワードで検索をかけたか、どのサイトにいつアクセスしたかといったオンライン上の全行動を詳細に解析する。
そうした情報をもとに利用者の興味対象や嗜好を分析して広告を配信するもので、米国のPhorm社が提供している。
二〇〇八年には、英国でプロバイダーとDPIを共同実施すると公表したところ、国内外から激しく批判され中断。
欧州委員会が英国政府に訴訟手続きをとる事態に発展した。
米国でも商用化が試みられたが、下院で違法との疑問が呈され撤退。
カナダではサービス開始前にもかかわらず政府関係機関がネット上にコーナーを設けて問題点を指摘している。
まさに悪評だらけの技術なのだが日本では幾つかのプロバイダーが「広告分野への新規参入を可能とする画期的な技術」として検討をしている。
こうした動きに応えて総務省は「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」第二次提言(案)を作成し、五月一〇日までパブリックコメントを募集している。
提言(案)には「(DPIは)利用者の同意がなければ通信の秘密を侵害する」とあるがプロバイダーが負うべき説明詳細の記述はない。
パブコメの結果次第では、今回の提言(案)の公表が解禁への端緒となりかねない危うさがある。
コピペ終了。

送る意見としては以下のようにシンプルでいいのでは?。

・DPIの導入には断固反対だ。
・明らかに「プライバシーの侵害」になる。
・企業の利益よりも「個人のプライバシー」の方が遥かに大切。
・「通信の秘密」にも違反している。
・「憲法」を尊重し削除すべき。
・米国ですら違法としている。
プライバシー完全無視で正気とは思えんけど。
総務省の連中はアホなのか?。

まったく次々とやらかしてくれる。
児ポ法に関しても国政で動きがあったとか。

正直、やる事多くて頭が回らない・・・。
転載終了

まるで、戦時下のようです。

投稿: yoi | 2010年4月19日 (月) 23時38分

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