番外その24:日弁連の児童ポルノ規制法改正に関する意見書について
今週も様々な動きがあったが、3月23日に日弁連が「児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」の見直し(児童ポルノの単純所持の犯罪化)に関する意見書を公表している(日弁連のリリース、意見書本文(pdf))。個人的にはネットとの関係における踏み込みの点で少し物足りないところもあるが、法律の専門家集団らしく、今後の法改正の議論をする上で非常に良い立脚点となる意見であり、様々なところで既に触れられているが、念のためここでも少し紹介しておきたいと思う。(個別の団体の意見の紹介なので、やはり番外とする。)
その趣旨は、意見書(pdf)の最初に書いてある通り、
1 現行法における児童ポルノの定義を限定かつ明確化すべきである。
2 現行法の児童ポルノの定義を限定かつ明確化したうえで,児童ポルノの単純所持を禁止すべきである。ただし,犯罪化することには,反対する。
というものである。
そして、「第1 はじめに」で去年から今までの法改正の議論の概況を紹介した上で、この意見書の「第2 児童ポルノの定義の限定かつ明確化の必要性」において、「定義の曖昧性・不明確性は,現行法上犯罪とされている犯罪類型においても問題となる。現行法は,処罰規定が漠然不明確ゆえに違憲無効の疑いを免れないことから,後述のような単純所持の犯罪化の問題とは切り離して,ただちに改正が必要である」とされ、さらに、民主党案(第162回参照)の定義についても、「『殊更に』『児童の性器等(注:性器,肛門又は乳首をいう。)が』『強調されている児童の姿態』も『児童性行為等姿態描写物』に含むとされているところ,『強調されている』というのがどういう状態を含むのか,必ずしも客観的に明確とは言えない。すなわち,例えば,乳首を花びらで隠した場合,それは,隠されており『露出』していないとして,児童性行為等姿態描写物に該らないということになるのか,逆に『強調されて』いるということになるのか,見る者によって相当に受け止め方は異なり得る。したがって,民主党案であっても,曖昧性は残っており,結局,捜査機関の恣意を十分に排除できないと言わざるを得ない」と批判しているのは非常に大きい。(赤字強調は私が付けたもの。以下同じ。)
この意見書の児童ポルノの定義に対して、
3 したがって,児童ポルノの定義は,客観的で明確であり,範囲も限定的なものとしなければならない。
定義の明確化と限定の要点は,以下のとおりである。
① 児童ポルノを規制することにより守るべき法益は,被写体となる児童の人権ないし権利(身体的自由,精神的自由,性的自由,性的自己決定権,プライバシー権,名誉権,成長発達権等)であって,善良な風俗ではない。
したがって,児童ポルノの定義は,この法益を守るために必要十分なものでなければならない。この観点からは,児童ポルノの定義に見る側の主観的要件を入れることは適当ではない。
② 芸術的価値があるものや学術研究目的・報道目的で収集した資料は,児童ポルノの定義から明示的に外すべきである。
③ 自分の子どもの乳幼児時代の裸体や水着を着ている姿態が児童ポルノに含まれると解釈される余地のない定義にすべきである。
という明確化・厳格化を求める部分についてほとんど付け加えることはない。
次の「第3 単純所持の犯罪化には反対」において、
1 児童ポルノの単純所持を犯罪化することについては,反対である。
その理由は,単純所持を犯罪化することによって得られる利益より,犯罪化に伴う弊害の方が大きく,単純所持の犯罪化の立法事実が欠けると考えられるからである。すなわち,憲法上の要請である比例原則からして,単純所持の犯罪化は,行き過ぎであると考える。
としていることももっともである。立法事実に欠ける理由として、現行の児童ポルノ規制法で、既に児童ポルノを特定又は少数者に提供する目的での保管(所持)、不特定多数者に提供する目的での保管(所持)まで処罰されていることから、単純所持罪がさらに処罰することになるのは、ファイル共有ソフトの利用やウィルスの感染によって,他のユーザーに児童ポルノデータが、本人の知らないところでインターネットに流出した場合といったかなり特殊な場合となるが、処罰すべきは、その画像の元となる写真を撮影した者であり、それを頒布した者であって,そうでなければ,児童ポルノの根絶には結びつかないことをあげているが、これも妥当なことだと思う。
また、「単純所持を犯罪化したからといって,児童ポルノの根絶に大きな効果をもたらすかというと,そのような効果が上がる可能性については何ら合理的な説明がなされていない。それにもかかわらず,これを犯罪化することによる弊害は後述のとおり,無視できないほど大きいものと言わざるを得ない」とし、弊害として、「単純所持を犯罪化することにより,単純所持罪が他の重大な犯罪の捜査に利用されるといういわゆる別件逮捕が行われる可能性が高まるなど,捜査権の濫用が懸念される」、「わが国では捜査の可視化さえ実現しておらず,自白偏重主義も根強い中で,そのような別件逮捕勾留が行われて,虚偽の『自白』を強いられるという事態も否定し難いところである」、「捜査機関が,怪しそうだと目をつけた通行人に職務質問と所持品検査を行い,所持しているパソコンに保存されているデータ中に児童ポルノ画像が発見されれば,それが自分が知らない間に取得されたデータであったとしても(例えば,他の人がそのパソコンを利用して児童ポルノ画像をダウンロードしたとしても),ただちに現行犯逮捕されるという事態になりかねない」、「自分が知らない間に,第三者が自分のパソコンを使用して児童ポルノサイトを閲覧し,児童ポルノ画像のキャッシュ(一時的な記憶)がパソコンに残っていることを本人は全く知らないというような場合に,本人の意図しない所持だと証明できるかは極めて疑問である」と、捜査権の濫用の懸念をあげているが、最近の様々なひどい冤罪事件を見るにつけ、これももっともな懸念と言わざるを得ない。ここで、民主党案の有償・反復取得罪について、「『有償』『反復』の解釈いかんによっては,広範な処罰が可能となってしまい,曖昧さはぬぐいきれない」と、その問題点が指摘されていることも大きい。
ここまでは、ほとんど文句のつけようがないので(できれば民主党案の「姿態を取らせ」の要件を抜いた製造罪の問題についても触れて欲しかったと個人的には思うが(第162回参照))、「第4 単純所持の禁止を明記すること」で、その前とは著しい論理の矛盾を示しながら、罰則なしの児童ポルノの単純所持規制を求めていることは、本当に残念と言わざるを得ない。
例えば、その理由として、「特にわが国の社会の中には,児童ポルノを所持すること自体は許されるという風潮が一部あることは否定できず,わが国がインターネット等を通じて児童ポルノの主要な発信国となっている背景には,このような児童ポルノの所持についての社会の風潮・認識が存在すると思われる」としているが、この主張には全く根拠がない。規制のためのみに規制強化を目論む印象操作プロパガンダ以外で、このような風潮があるだとか児童ポルノの主要な発信国になっているということは私は聞いたことがない。
また、「児童ポルノの所持に関しても,社会の認識を変えるために,法律の明文で,その違法性を宣言してこれを禁止することは,子どもの人権侵害行為を根絶する観点から必要なことであり,有益なことである」として、児童虐待防止法やDV防止法など実際の複数の人の間の行為にかかる規制法のみを例としてあげ、罰則なしの規制に効果があるとしているが、これは必ずしも情報と1人のみによる行為を対象とする場合には当てはまらない。このことは、著作権におけるダウンロード違法化問題を考えても分かることである(ダウンロード違法化についても真の評価のためにはまだ時間がかかるが、評価が固まるのは時間の問題だろう)。
特に、ダウンロード違法化後、著作権団体(日本レコード協会)が、日本版著作権グリーン・ダム計画を推し進めようとしていること(第203回の知財本部提出パブコメ参照)や便乗詐欺が発生していること(「P2Pとかその辺のお話@はてな」の関連エントリ1、エントリ2、エントリ3参照)などを考えても、また、児童ポルノサイトブロッキングに関する最近の動きを考えても、このような情報の単純所持規制は、罰則のありなしにかかわらず、詐欺・脅迫のために利用されたり、一般的かつ網羅的なネット検閲のための理由として政府あるいは政府と癒着した団体によって濫用される懸念がある。意見書の最後で「児童ポルノの『取得』という外部的な行為と離れて,個人がいかなる情報を所持するかどうかは,個人の内心にも通じる私的領域に属するものである。そのような私的領域に対して違法の宣言をすることや公的権力の介入を認めることは,極めて慎重でなければならない」とまで書いているのに、詐欺・脅迫に用いられることやネット検閲の理由として濫用される懸念も含め、日弁連が罰則なしの単純所持規制についてきちんとした法的検討を加えず、これを根拠なく是としたことは非常に残念である。(情報の取得行為自体、他人が絡む行為ではなく、個人の私的領域に属し、また表現の自由に含まれる情報アクセス権とも関係するより深い考察を要する論点であると私は考えているが、この点はここではひとまずおく。)
法改正の問題は常に単純ではない。合憲性と、立法事実の有無、規制の弊害はそれぞれ全てきちんと検討が加えられなければならない点である。第215回で書いたように罰則なしの情報の単純所持規制がただちに違憲であると言えるとは私も考えていないが、それと法改正を是とするに足る立法事実があるかどうかはまた別問題であり、さらに導入されるべきか否かは、規制のメリット・デメリットも考慮の上で決められなければならない。今のところ、罰則なしの児童ポルノの単純所持規制についてこれを是とするに足る立法事実は全くなく、詐欺・脅迫に用いられることや一般的かつ網羅的なネット検閲の理由として濫用される懸念も含めて考えるとかえってデメリットの方が大きく、罰則なしであったとしても児童ポルノの単純所持規制は導入されるべきでないと私は考えている。
罰則なしでギリギリとは言え単純所持規制について妥協を見せることは危険ではないかと思うが、それでも全体としてしっかりとした法的な見地から慎重姿勢を明確に示しているこの意見書は、今後の児童ポルノ規制法改正の議論においてきちんと尊重され、今後はここから、さらに罰則なしの単純所持規制の問題についての検討が深められることを期待したいものである。
しかし、内閣府の男女共同参画会議の、前田雅英首都大学東京教授や後藤啓二ECPAT顧問弁護士といったお馴染みの面々が居並ぶ女性に対する暴力に関する専門調査会(委員名簿参照)が、「女性に対するあらゆる暴力の根絶」について(pdf)と称する3月18日付けのペーパーで、「インターネット上の児童ポルノ画像の流通・閲覧防止対策等、児童ポルノの根絶に向けた総合的な対策を検討・推進するとともに、併せて児童ポルノ法の見直し(単純所持罪の新設、写真・映像と同程度に写実的な漫画・コンピュータグラフィックスによるものの規制等)について検討する」、「あらゆる形態のメディアにおける女性に対する性・暴力表現が、重大な人権侵害であり、男女共同参画社会の形成を阻害する許されない行為であることを社会に認識させる」、「性・暴力表現が人々の心理・行動に与える影響についての調査方法を検討する」、「ブロッキングの開発と普及促進等インターネット上の児童ポルノ画像の流通・閲覧防止対策を推進する」、「メディア産業の性・暴力表現の規制に係る自主的取組の促進、DVDやビデオ、パソコンゲーム等バーチャルな分野における性・暴力表現の規制を含めた対策の在り方を検討する」とやはり何の根拠もなく一般的かつ網羅的なネット検閲・表現規制を唱えていることなどを考えても、規制のためのみに規制を推進している連中は、法律の専門家の意見すら無視しようとして来るだろうと容易く想定される。(いつも同じ片寄ったメンバーで審議会を構成し何の根拠もなく危険な規制強化を唱えれば唱えるほど、このようなやり方を繰り返せば繰り返すほど、行政・立法・司法に対する市民の信頼を、引いては法改正プロセス、法律自体に対する信頼を著しく損なうことになり、法の規範力はどんどん失われて行く。規制のためのみに規制を推進している連中は分かっていないのだろうが、これは本当に危険なことである。)
また、internet watchの記事になっているが、警察の息のかかった半官検閲センターであるインターネット・ホットラインセンターを運営し、総務省と経産省が所管する財団法人のインターネット協会が事務局をやっている児童ポルノ流通防止協議会は、児童ポルノ掲載アドレスリスト作成管理団体運用ガイドライン案(実質ネット検閲ガイドライン案。第211回参照)を多少修正し、ブロッキングと通信の秘密の関係についてさらに議論が必要とする報告書をまとめたようである。マイクロソフト社の楠正憲氏がそのtwitterで教えて下さっている通り、総務省系の安心ネットづくり促進協議会でも、ブロッキングと通信の秘密の関係の検討が続けられているようであり、内閣府の児童ポルノ排除対策ワーキングチームでも検討が行われると考えられ、ネット検閲としかなりようのないブロッキングについても、先送りとされたものの、非常に危うい状態は続くだろう。(なお、検索エンジンも寡占状態のためグーグルとヤフーが談合するだけで甚大な影響が出るのであり、アドレスリストの検索結果への反映についても安易に実行されるべきではない。)
児童ポルノ規制について多少なりとも合理的かつ論理的な議論がなされることを期待したいと常々思っているが、残念ながら、今後も厳しい状態が続くのは間違いない。この問題についても気を緩めることは全くできない。
最後に一緒に触れておくと、今週、知財本部では、この3月23日に第5回コンテンツ強化専門調査会(議事次第参照)が、3月24日に第5回インターネット上の著作権侵害コンテンツ対策に関するワーキンググループ(議事次第参照)が、3月26日に第5回知的財産による競争力強化・国際標準化専門調査会(議事次第参照)が開催された。特に、インターネット上の著作権侵害コンテンツ対策に関するワーキンググループでは、立法事実も、関係者のコンセンサスも、国際動向も全て無視され、ほぼ役人(事務局)の片寄った作文で危険な規制強化のみがあがっている中間とりまとめ案(pdf)が了承されたようである。
日本政府は相変わらず全く信用できないが、laquadrature.netの記事の通り、2010年1月18日バージョンの海賊版対策条約案(ACTA)の全文がリークされたので、次回は、まだ取り上げていない部分について翻訳紹介を行いたいと思っている。(主要国が透明性向上について揉めている間に海賊版対策条約案全文がリークされるなど、海賊版対策条約の議論自体完全に各国民をバカにした形で進んでいる状況を端的に示している。)
(2010年3月29日の追記:既に「チラシの裏(3周目)」や「表現規制について少しだけ考えてみる(仮)」で取り上げられているので、リンク先をご覧頂ければ十分と思うが、大阪府が、東京都青少年健全育成条例改正案(番外その22参照)のメチャクチャな定義で、青少年性的視覚描写物、青少年を性的対象として扱う図書類等の実態調査を行うと公表した(大阪府のリリース、添付資料1青少年を性的対象として扱う図書類の実態把握・分析について(pdf)、添付資料2「青少年健全育成条例」における性的表現の規制状況(pdf)、3月25日の大阪府部長会議の概要参照)。今の都条例改正案の曖昧な定義でまともな調査ができる訳がないので、これも規制強化の結論ありきの出来レース調査になる可能性が高い。どこの地方の調査・検討であれ他にも必ず影響して来るので、大阪府の動きも要注意である。)
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コメント
「風潮を正す」云々は社会法益であって、本来個人法益保護が目的の児童ポルノ法でそれはやっちゃダメでしょう。
なんというか、無理に単純所持規制を肯定しようとしておかしくなってますよね。
肯定するための理由が「風潮を正す」ぐらいしかないのでは、むしろ規制反対派に有利なだけですよ。
投稿: taffy | 2010年3月27日 (土) 11時12分
こんな法律通しちゃだめだ
投稿: | 2010年4月22日 (木) 16時36分
こんな法律は言語道断ですね いかに自民党や公明党が漫画やアニメやゲームがお嫌いか一目瞭然。民主党の案も曖昧ですが自公案に比べればまだマシですが、自公がゴネて民主党がすり寄る可能性もありますし
投稿: 名無し | 2011年8月17日 (水) 12時42分