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2010年2月22日 (月)

第216回:リークされた模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)のインターネット関連部分

 オタワ大教授のマイケル・ガイスト氏がそのブログ記事で、海賊版対策条約(ACTA)のインターネット関連部分の条文がリークされたという話を書いている。この話は極めて重要と思っているので、今回はこの話を先に取り上げる。このリークされた部分(リーク文書へのリンク)に書かれているのは、以下のような条文である。(翻訳は例の如く拙訳。)

Article 2.17: Enforcement procedures in the digital environment

1. Each Party shall ensure that enforcement procedures, to the  extent set forth in the civil and criminal enforcement sections of this Agreement, are available under its law so as to permit effective action against an act of, trademark, copyright or related rights infringement which takes place by means of the Internet, including expeditious remedies to prevent infringement and remedies which constitute a deterrent to further infringement.

2. Without prejudice to the rights, limitations, exceptions or defenses to copyright or related rights infringement available under its law, including with respect to the issue of exhaustion of rights, each Party confirms that civil remedies, as well as limitations, exceptions, or defenses with respect to the application of such remedies, are available in its legal system in
cases of third party liability for copyright and related rights infringement.

3. Each Party recognize that some persons use the services of third parties, including online service providers, for engaging in copyright or related rights infringement. Each Party also recognizes that legal uncertainty with respect to application of intellectual property rights, limitations, exceptions, and defenses in the digital environment may present barriers to the economic growth of, and opportunities in, electronic commerce. Accordingly, in order to facilitate the continued development of an industry engaged in providing information services online while also ensuring that measures take adequate and effective action against copyright or related rights infringement are available and reasonable, each Party shall:
(a) provide limitations on the scope of civil remedies available against an online service provider for infringing activities that occur by:
(I) automatic technical processes and
(II) the actions of the provider's users that are not directed or initiated by that provider when the provider does not select the material, and
(III) the provider referring or linking users to an online location when, in cases of subparagraphs (II) and (III), the provider does not have actual knowledge of the infringement and is not aware of the facts or circumstances from which infringing activity is apparent; and

(b) condition the applicantion of the provisions of subparagraph (a) on meeting the following requirements:
(I) an online service provider adopting and reasonably implementing a policy to address the unauthorized storage or transmission of materials protected by copyright or related rights except that no Party may condition the limitations in
subparagraph (a) on the online service provider's monitoring its services or affirmatively seeking facts indicating that infringing activity is occurring; and
(II) an online service provider expeditiously removing or disabling access to material or activity, upon receipt of legally sufficient notice of alleged infringement, and in the absence of a legally sufficient response from the relevant subscriber of the online service provider indicating that the notice was the result of a mistake or misidentification. except that the provisions of (II) shall not be applied to the extent that the online service provider is acting solely as a conduit for transmissions through its system or network.

4. In implementing Article 11 of the WIPO Copyright Treaty and Article 18 of the WIPO Performances and Phonograms Treaty regarding adequate legal protection and effective legal remedies against the circumvention of effective technological measures that are used by authors, performers or producers of phonograms in connection with the exercise of their rights and that restrict unauthorized acts in respect of their works, performances, and phonograms, each Party shall provide civil remedies, as well as criminal penalties in appropriate cases of willful conduct that apply to:
(a) the unauthorized circumvention of an effective technological measure that controls access to a protected work, performance, or phonogram; and
(b) the manufacture, importation, or circulation of a technology, service, device, product, component, or part thereof, that is: marketed or primarily designed or produced for the purpose of circumventing an effective technological measure; or that has only a limited commercially significant purpose or use other than circumventing an effective technological measure.

5. Each Party shall provide that a violation of a measure implementing paragraph (4) is a separate civil or criminal offense, independent of any infringement of copyright or related rights. Further, each Party may adopt exceptions and limitations to measures implementing subparagraph (4) so long as they do not significantly impair the adequacy of legal protection of those measures or the effectiveness of legal remedies for violations of those measures.

6. In implementing Article 12 of the WIPO Copyright Treaty and Article 19 of the WIPO Performances and Phonograms Treaty on providing adequate and effective legal remedies to protect rights management information, each Party shall provide for civil remedies, as well as criminal penalties in appropriate cases of willful conduct, that apply to any person performing any
of the following acts knowing that it will induce, enable, facilitate, or conceal an infringement of any copyright or related right:
(a) to remove or alter any rights management information without authority; and
(b) to distribute, import for distribution, broadcast, communicate, or make available to the public, copies of the works, performances, or phonograms, knowing that rights management information has been removed or altered without authority.

7. Each Party may adopt appropriate limitations or exceptions to the requirements of subparagraphs (a) and (b) of paragraph (6).

第2.17条 デジタル環境におけるエンフォースメント手続き

第1項 各加盟国は、インターネットを用いることで発生する、商標権、著作権あるいは著作隣接権権利侵害行為に対する効果的な措置を取ることを可能とするよう、侵害を抑止する迅速な救済措置、さらなる侵害を防止する救済措置を含め、本条約の民事的・刑事的エンフォースメントの章に書かれている限りのエンフォースメント手続きを国内法で担保しなければならない。

第2項 権利の消尽に関する事項を含め、その国内法で担保されている著作権あるいは著作隣接権に対する権利、権利制限、例外あるいは抗弁にかかわらず、各加盟国は、著作権と著作隣接権に関する第3者責任(訳注:間接侵害)のケースにおける民事的救済措置、並びにその救済措置の適用に関する制限、例外あるいは抗弁の担保をその法体系中でしなければならない。

第3項 各加盟国は、オンライン・サービス・プロバイダー(訳注:インターネット・サービス・プロバイダーという語を言い換えているが、恐らくインターネット以外の通信も含むと言いたいのだろう)を著作権あるいは著作隣接権の侵害のために用いる者がいることを認める。各加盟国はまた、デジタル環境における知的財産権、権利制限、例外と抗弁の適用に関する法的不明確性が、電子取引の経済的成長とその機会の障害となっているだろうことも認める。したがって、オンラインの情報サービス産業の持続的発展を促進し、著作権あるいは著作隣接権侵害に対する適切で効果的な措置を合理的な形で担保するため、各加盟国は、以下のことを行わなければならない:
(a)次のことによって発生する侵害行為について、オンライン・サービス・プロバイダーに対して使用可能な民事救済措置の範囲についてその責任制限を行うこと:
(Ⅰ)技術的な自動プロセス、及び
(Ⅱ)プロバイダーがそのデータを選別しない場合の、プロバイダーによって管理・開始されたものではないプロバイダーのユーザーの行為、及び
(Ⅲ)小段落(Ⅱ)と(Ⅲ)のケースで、プロバイダーが、侵害を実際に知らず、その事実あるいは侵害行為が見られる状況に気づいていなかった場合に、オンラインのある場所をユーザーに参照させる、あるいは、その場所とユーザーを接続すること;そして、

(b)(a)の規定の適用は、以下の要件を満たす場合とすること:
(Ⅰ)オンライン・サービス・プロバイダーが、著作権あるいは著作隣接権によって保護される物の不正蓄積あるいは不正送信に対する対策(原注:このような対策の例として、適切な状況において、サービス・プロバイダーのシステムあるいはネットワークにおける繰り返しの侵害者のアカウント・契約の停止がある。)を採用し、合理的に実施する場合。ただし、この(a)の責任制限において、いかなる加盟国も、オンライン・サービス・プロバイダーがそのサービスを監視すること、あるいは、侵害行為が生じていることを示す事実を積極的に探すことを条件とすることはできない;及び
(Ⅱ)オンライン・サービス・プロバイダーが、侵害の疑いの法的に十分なノーティスの受け取りに基づいて、そのノーティスの内容あるいは宛先が間違いであることを述べるオンライン・サービス・プロバイダーのユーザーからの返答がない場合に、その物へのアクセスあるいは行為を、迅速に止めるか取り除く場合。ただし、オンライン・サービス・プロバイダーがそのシステムあるいはネットワークを通じて単に伝送者として振る舞っている場合には、この(Ⅱ)の規定は適用されない。

第4項 その権利の行使に関係する形で著作権者、実演家あるいはレコード製作者によって用いられ、その著作物、実演あるいは録音に関する不正行為を制限する、有効な技術的保護手段の回避に対する適切な法的保護と法的救済措置に関する、WIPO著作権条約の第11条とWIPO実演・レコード条約の第18条を取り入れ、加盟国は、適切な意図的行動のケースにおける民事的救済措置と刑事的救済措置を規定する。この手段は、次のことに適用される。
(a)著作物、実演あるいは録音へのアクセスをコントロールする有効な技術手段の不正な回避;及び
(b)つまり、主として有効な技術的保護手段を回避する目的で販売されるか、主としてその目的のために設計されている、あるいは、有効な技術的保護手段を回避する以外に重要な商業的目的を持たない、技術、サービス、機器、製品、部品あるいはその一部をなす物の製造、輸入あるいは流通。

第5項 第4項に書かれている手段を破ることが、著作権あるいは著作隣接権侵害とは独立に、別々の民事あるいは刑事上の侵害行為となることを、各加盟国は規定しなければならない。さらに、第4項に書かれている手段について、この手段の適切な法的保護ありうはこの手段を破ることに対する法的救済措置の有効性を大きく損なうものでない限りにおいて、各加盟国は、第4項に書かれていいる手段について制限あるいは例外を採用することができる。

第6項 権利管理情報の保護のための適切で効果的な法的救済措置の規定に関する、WIPO著作権条約の第12条とWIPO実演・レコード条約の第19条を国内法に取り入れ、加盟国は、適切な意図的行動のケースにおける民事的救済措置と刑事的救済措置を規定する。この手段は、それが著作権あるいは著作隣接権侵害に寄与するか、それを可能とするか、助長するか、隠すだろうことを知りながら、次の行為を行う者に適用される:
(a)不正な権利管理情報の除去あるいは改変;及び
(b)その権利管理情報が不正に除去されているか改変されていることを知りながら、著作物、実演あるいは録音の複製物の頒布、頒布のための輸入、放送、送信あるいは公衆送信可能化。

第7項 各加盟国は、第6項の小段落(a)と(b)の要件について適切な制限あるいは例外を採用することができる。

 このリーク文書の真贋はやはり不明だが、偽物にしてはできすぎており、海賊版対策条約の交渉中で何らかの形で使われたものではないかと私は思っている。またいつの時点のものかも不明だが、条文の具体性から見てかなり最近のものではないかと思う。

 条文として曖昧なところもまだあるが、この条約は、ストライクポリシーについて、特にプロバイダーの責任制限のための条件として第3項(b)で露骨に例として言及されていることからも分かるように、およそ現状で想定していた通り、第3者責任(間接侵害)を規定し、その免責規定としてユーザーのネット切断をプロバイダーに強制するという形で3ストライクポリシーの実質的導入を図るものであると知れる。(各国政府は、これは強制ではないとする下らない言い訳を考えているのだろうが、間接侵害規定で脅してプロバイダーにユーザーのネット切断を課すのは強制に等しい。プロバイダーによるサービス監視を条件とすることはできない等のただし書きも、このようなストライクポリシーの強制に対しては意味を持たない。また、同じ条項で、ノーティス・アンド・テイクダウン手続きについても言及されているが、これも露骨にアメリカよりの形となっており、注意が必要である。)

 前回も書いた通り、このように間接侵害を規定してその免責規定としてインターネット・サービス・プロバイダーに個人のネット切断を強制するパターンを取るにせよ、このようなストライクポリシーは、通常の司法手続きを省いて一方的にネット切断という個人に極めて大きな影響を与える罰を与え、表現の自由に含まれる個人の知る権利、情報アクセスの権利を不当に抑制することになるのであり、新たな検閲の類型として、表現の自由に対する重大な侵害をもたらすものとして絶対に導入されてはならないものである。

 DRM回避規制についても、機器などを超えて、DRM回避技術・サービス自体まで対象とし、やはり「流通」("circulation")という曖昧かつ姑息な言葉が使われていることなどを見ても、この条文では、今の日本のDRM回避規制の大幅な強化、個人の情報アクセスまで危険なものとする法改正が必要となる可能性が高い。さらに、このような条文では、通常の企業のDRM技術・暗号技術の開発にすらリスクを発生させ、技術の発展に甚大な萎縮効果が発生させることになるだろう。(例外・制限を定められるともされているが、技術の発展が考えられる中で将来まで見越して適切な例外・制限を設けることが不可能であることは、著作権法上の権利制限に関する議論を見れば分かることである。)

 知財本部で今まさに、インターネット上の著作権侵害対策と称して、DRM回避規制について、プロバイダーの間接責任とストライクポリシーについて議論されているが(「インターネット上の著作権侵害コンテンツ対策に関するワーキンググループ」の第1回(2月16日)議事次第第2回(2月22日)議事次第heatwave_p2p氏作成のtogetter1togetter2にまとめられているhimagine_no9氏のtwitter中継参照。ITproの記事も参照)、このような政府の規制強化の検討の背景にこの条約があることは明らかである。

 日本政府もこの条約に関する詳細について今なお公表していないが、ガイスト教授がそのブログ記事で書いているように、次回の海賊版対策条約についての次回国際会合はニュージーランドで4月12日から16日の日程に開催される予定であり、このタイミングで、国民の基本的な権利をないがしろにする検討が知財本部で全力で進められているのは、第198回で書いたように、ポリシーロンダリングで日本政府代表が国際会合の場でロクでもない口約束をして帰って来ていることの結果なのだろう。知財本部のワーキンググループの3月3日にさらにヒアリングと検討を行い、3月15日に中間とりまとめ案を出すという(予備日として3月24日も設けられている。第2回資料中にある今後のスケジュールについて(pdf)参照)、超ハイペース検討のあからさまなタイミングを見ても、恐らく、この検討会で最終的に出て来る案は、このリークされた条文に書かれていることをほぼそのままなぞり、実質的にストライクポリシーを導入するとするものになるのではないかという強い危惧を私は抱いている。しかし、このような国民の基本的な権利を完全にないがしろにするポリシーは絶対に導入されるべきではなく、今の状態でこのような危険な条約は妥結されないに越したことはないという私の考えに変わりはない。

 また、こちらはどこまで問題になるか分からないが、知財本部から、このワーキンググループの親調査会にあたる「コンテンツ強化専門調査会」の第3回(3月1日)開催案内と、「知的財産による競争力強化・国際標準化専門調査会」の第2回(2月26日)開催案内が公開されているので、一緒にリンクを張っておく。

 次回もこの続きで、やはり海賊版対策条約に絡む知財本部の検討の話を取り上げたいと思っている。

(2010年2月23日の追記:「P2Pとかその辺の話」で元のガイスト教授のブログ記事を翻訳紹介されているので、関心のある方は是非リンク先もご覧頂ければと思う。)

(2010年3月3日の追記:1ヶ所誤記を訂正した(「経時」→「刑事」)。)

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