第205回:知的財産戦略本部会合の資料と特許制度研究会の報告書
前回少し書いた通り、これ以上無意味な知財計画など作ること無く、その役割を終えた知財本部は速やかに廃止してもらいたいものと個人的には思っているが、知財本部でこの12月8日に本部会合が開かれ、残念ながら、知財本部は存続するものと、また来年も知財計画が作られるものとされたようであり、特許庁からも、その特許制度研究会で同じく12月8日にまとめられた報告書が公表されている。今後の日本政府の動きを考える上でこれらの資料は非常に重要と思うので、今回は、これらの話を取り上げておきたいと思う。
(1)知的財産戦略本部会合(第24回・12月8日)の資料
議事次第に並んでいる資料は、役所のものであるか有識者と称する人々のものであるかを問わず、例の如くほとんど全て何を言いたいのか良く分からないものばかりだが、その中に、「知的財産戦略について(pdf)」という知的財産戦略推進事務局が作った資料がある。
相変わらず要領を得ない前置きの総論についても突っ込みたいところが無い訳ではないが、特に、最後の7ページ目で「知的財産を巡る喫緊の課題(ネット上の著作権侵害)」として、
・インターネット上であらゆる種類の著作権侵害コンテンツが氾濫
全世界において日本のあらゆるコンテンツが無料で視聴・使用できる状態に!
(中略)
・2010年中の妥結を目指してACTA(模倣品・海賊版拡散防止条約)交渉が進む中、世界各国で様々な対策を実施
(例)フランス 侵害を3回繰り返した悪質なユーザーに対し、インターネットへの接続を強制的に遮断する措置を導入(いわゆる「スリーストライク制」)ACTA交渉を推進してきた日本が、他の先進諸国に大きく遅れてしまうおそれ!
・ネット配信ビジネスが飛躍する大きなチャンスを喪失する可能性
世界をリードする抜本的な対策を早急に講じるとともに、2010年中にACTA交渉を妥結することが必要
音楽の分野ではiTunes(アップル)がシェアを占めるものの、その他の分野では未だ大きな勢力は台頭しておらず、日本の企業にもチャンスがある。
→成長の大きな阻害要因を解決することで、世界的なビジネスモデルが出現!
と(赤字強調は私が付けたもの)、知財事務局が、あたかもフランスの非道な3ストライクポリシーがより進んだ政策であるかの如き印象操作を行い、ぬけぬけと模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)にこのような非道な政策を取り込もうとし、ポリシーロンダリングを図って来ていることは決して見過ごせない。
このような資料を見る限り、第198回でACTAについて書いたことや第203回に載せたパブコメで指摘した懸念はやはり妥当なものだったと言わざるを得ない。
この資料で、ネットにおける著作権侵害・ビジネスと3ストライクポリシーとACTAが三段噺のように書かれているが、その論理的飛躍は指摘するまでもないだろう。フランスやイギリスの迷走・混乱のことを持ち出すまでも無く、導入されたとしたら情報の自由に関する個人の基本的な権利の侵害が発生する恐れが極めて高いストライクポリシーなど、国内で導入されるべきでないのは無論のこと、条約化されることなどとんでもないものである。本当にそのようなことが日本の主導で世界的に導入された日には、出現し得たかも知れないビジネスの芽までその混乱により国内から摘み取られたあげく、引き起こされる世界的混乱の最大の戦犯として日本が世界的に糾弾されることになるのは目に見えている。
議事録はまだ公開されていないので、具体的にどのような議論がなされたかは不明だが、首相以下今の内閣の大臣を見渡しても、こうした本当に重要な論点についてまともに議論できる人間は皆無であり、ほとんど何の議論もされずにスルーされたのではないかと私は思っている。残念ながら、今の日本の立法府・行政府・司法府の役人・議員のレベルの低さを見る限り、こうして事務局の役人がデタラメな資料を作り、こうした公式会合で、本当の問題点のことなどカケラも理解しない大臣なり政治家の承認を取った形にして、危険な規制強化の既成事実化を図って行くという危険な動きが止まることは当分ないだろう。
これからも地道にパブコメなどは出し続けるつもりだが、今の流れのまま締結されたら、日本が最大の戦犯とされるに違いないにもかかわらず、日本での反応がいまいち鈍いのは本当に残念である。
また、この知財本部会合には、日本の知財学界の重鎮である元東大教授の中山信弘氏も「知的財産戦略本部の使命(pdf)」という資料を提出している。しょうも無い資料が並ぶ中で、これだけは非常に簡にして要を得た資料なので、興味のある方は是非リンク先の全文を読んで頂ければと思うが、この資料の、
1.成長戦略の必要性
(中略)
・しかし現在の知的財産制度は、基本的には、20世紀にはうまく機能した制度であるかもしれないが、デジタル技術を中心とした21世紀の制度として妥当であるのか、という点の再検討が喫緊の課題である。その意味から、この知的財産戦略本部を、官庁間の連絡役ではなく、その名の通り、成長戦略の一環として、戦略的に利用してゆくことが必要であると考える。2.成長戦略の一例(コンテンツ・ビジネス)
(中略)
・リーマンショック以降の経済危機も大きな要因ではあるが、日本では、新たなことに挑戦するマインドは失せ、起業精神は衰え、ベンチャー企業の上場は壊滅状態にあり、一億総潔癖症候群に陥り、塹壕戦状態に陥っている。コンテンツ・ビジネスに関しては、まさに敵が箱根を越えているのに小田原城に立て籠もっているような感がある。日本には、アメリカのベンチャー企業に対抗する企業が現れないのには種々の理由が考えられ、多彩な施策が必要となる。・知的財産制度だけではそれらを解決する切り札にはなりえないが、知的財産の側面から見れば、たとえば新たなネット・ビジネスを立ち上げようとすると、著作権法に抵触する場合が多く、著作権法が新たなネット・ビジネスの足を引っ張っていることは否定できない。まず最低限、産業・文化の発展の阻害要因を取り除き、次いで知的財産制度本来の目的である産業・文化の発展の道具となるべく、改革を急ぐべきである。
・詳細にわたるが、一例を挙げるならば、著作権法におけるフェアユース規定の導入、著作物の流通促進のための諸規定の充実、著作権の保護期間延長の阻止、等を検討すべきである。これらを通じ、コンテンツの流通・利用の促進を図り、早急に著作権者と利用者のウインウインの関係を構築することが肝要である。
という提言は、真に傾聴するに値する極めて明快なものである(赤字強調はやはり私が付けたもの)。省庁間の連絡役に堕している知財本部に関することも含め、昨今の迷走し続ける日本の著作権政策・知財政策に対する中山氏の臍を噛む思いが伝わって来る。具体的に会合でどのような議論が行われたかは不明だが、日本の知財学界の重鎮のこれほど明快な提言すら何の反響も呼び得ないなら、それこそ知財本部に存在価値など何一つ無い。
(2)特許制度研究会の報告書(12月8日)
特許制度はかなり堅牢にできており、放っておいてもまずもって問題は無いので、特許の話は大体後回しになっているが、特許庁も、研究会を作ってほぼ法改正のための法改正の検討をしているという点では日本の役所の例に洩れない。
日経の記事にあるように、さらに来年、経済産業省の産業構造審議会で検討をすると見え、即座に法改正をするという話ではないが、この特許制度研究会の報告書「特許制度に関する論点整理について(pdf)」の検討項目から、来年特許法の改正についてどのような検討が行われるかが分かるので、順番に検討項目と研究会の意見という結論らしき部分だけここに順にあげておきたいと思う。
7ページ以降の「特許の活用促進」では、以下の5つの項目があげられている。
Ⅰ.登録対抗制度の見直し:
実務上、登録が困難であること、特許権の取引に当たってはデュー・デリジェンスが実施されていること等を踏まえ、現行の民法の一般原則との関係に留意しつつ、当然対抗制度について検討を進めてはどうか。
Ⅱ.新たな独占的ライセンス制度の在り方:
登録を効力発生要件としない新たな独占的ライセンス制度を整備し、登録を備えない独占的ライセンシーについても、無権原の実施者に対する差止請求は可能とすることについて検討を進めてはどうか。また、新たな独占的ライセンス制度では、登録・開示事項を最小限にした上で、登録を備えた独占的ライセンシーは、対抗関係に立つ第三者に対する差止請求も可能とすることについて検討を進めてはどうか。
Ⅲ.特許出願段階からの早期活用:
出願後の特許を受ける権利に係る権利変動の登録・公示制度について検討を進めてはどうか。その場合、特許を受ける権利に係る権利変動の効力及び登録は、特許権にも引き継がれる(職権登録される)とすることについて検討を進めてはどうか。また、特許を受ける権利を目的とする質権の解禁について検討を進めてはどうか。
Ⅳ.実施許諾用意制度(ライセンス・オブ・ライト制度)の導入:
制度導入については賛否が分かれたこと、制度の特許活用促進効果の見込みや詳細設計についての懸念も示されたことを踏まえ、特許権の活用の実態を見定め、制度の詳細設計に関する検討を深めつつ、制度の導入の是非について引き続き検討を行うべきではないか。
22ページ以降の「多様な主体による利用に適したユーザーフレンドリーな制度の実現」では、以下の6つの項目が並んでいる。
Ⅰ.特許法条約(PLT)との整合に向けた方式的要件の緩和:
PLTの主要項目のうち優先度の高いものについては、実現した場合の問題点等も考慮しながら、早期の実現に向けて検討を進めてはどうか。
Ⅱ.仮出願制度の導入:
大学における仮出願の必要性を支持する意見がある一方、仮出願として独立した制度を創設することについては懸念が示された。したがって、仮出願に対するニーズについては、何らかの対応が必要としても、独立した制度の導入ではなく、既存の制度とPLT準拠の出願要件の緩和との組み合わせによる実現として検討を進めてはどうか。
Ⅲ.新規性喪失の例外規定における学術団体及び博覧会指定制度の廃止:
学術団体及び博覧会指定制度については、廃止すべきとの意見が多かったため、廃止する方向で検討を進めてはどうか。
Ⅳ.審査着手時期の多段階化:
遅い権利化のニーズにこたえる制度の導入については、賛否両論があるため、引き続き検討を行うべきではないか。
Ⅴ.公衆審査制度の拡充:
特許付与前の公開の義務化及び特許付与後に権利の有効性を争う簡易な手段の導入については、双方とも賛否両論があった。したがって、公衆審査制度の拡充については、出願公開前に特許査定される案件の件数の増加状況を見極めつつ、過去の改正経緯も踏まえ、引き続き検討を行うべきではないか。
Ⅵ.冒認出願に関する救済措置の整備:
真の権利者自らの出願の有無を問わずに、特許付与の前後を通じた権利の移転請求(名義の変更)を特許法上認めることについて検討を進めてはどうか。
33ページ以降の「特許関係紛争の効率的・適正な解決に向けた制度整備」で並んでいる項目は、以下の6つである。
Ⅰ.侵害訴訟の判決確定後の無効審判等による再審の取扱い:
確定した侵害訴訟が無効審判の確定審決に基づき再審となることを防止すべきとの意見が多かった。一方で、無効の遡及効を重視する公益的な側面と、「紛争の蒸し返し」の防止を重視する紛争解決手続上の側面のいずれを強調するかという価値判断に基づいて議論すべき、問題となるような事例はまれにしか生じないものであることも考慮すべき等の意見があったことを踏まえ、各制度案の具体的な効果、実務上の問題点等を精査しつつ、検討を進めてはどうか。
Ⅱ.特許の有効性判断についての「ダブルトラック」の在り方:
特許の有効性判断が2つのルートで行われ得ることについては、紛争処理における侵害訴訟と無効審判の役割についての考え方等により多様な意見が出された。したがって、「ダブルトラック」の在り方については、両者の機能及び役割分担を整理した上で、各種の制度案の具体的な効果、実務上の問題点等を精査しつつ、引き続き検討を行うべきではないか。
Ⅲ.裁判所における技術的争点に関する的確な判断を支える制度整備:
技術的争点に関する裁判官の判断を支援する体制を強化すべきとの意見が多かったため、技術的争点の判断を支援するための具体策について、引き続き検討を行うべきではないか。ただし、技術的争点の判断に必要な情報が適切に裁判官に提供されていれば、必ずしも裁判官が理系のバックグラウンドを有しているかどうかは技術的争点の判断に影響しないとの意見が多かった。
Ⅳ.無効審判ルートの在り方:
無効審判ルートの在り方については多様な指摘がなされた。無効審判ルートの在り方については、迅速・効率的な紛争解決、無効審判当事者の公平性、制度利用者の手続保障等の視点から、各制度案の具体的な効果、実務上の問題点等を精査しつつ、引き続き検討を行うべきではないか。
Ⅴ.無効審判の確定審決の第三者効:
特許法第167条の制度改正については賛否両論があるため、引き続き検討を行うべきではないか。
Ⅵ.審決・訂正の部分確定/訂正の許否判断の在り方:
審決の確定及び訂正の許否判断を請求項単位で行うことに賛成する意見が多かった一方、ユーザーにとっての分かりやすさについての懸念や国際的な制度調和についての指摘があったことから、各制度案の具体的な効果、実務上の問題点等を精査しつつ、検討を進めてはどうか。
53ページ以降の「特許保護の適切なバランスの在り方」で並んでいるのは、以下の5つの項目である。
Ⅰ.特許の保護対象:
特許の保護対象については、現行のままで問題ないとの意見が多く、早急に見直すべきとの意見は出なかったため、法改正の必要はないと考えるのが適当ではないか。
Ⅱ.職務発明制度:
現状では、改正法が適用される事件が発生していないため、再度の法改正は難しいことや、改正について賛否両論があったことから、新法の運用状況を見守りつつ慎重に検討を行うべきではないか。
Ⅲ.差止請求権の在り方:
差止請求権を制限する何らかの規定を特許法に設けることについては賛否両論があった。したがって、差止請求権の制限の在り方については、引き続き検討を行うべきではないか。
Ⅳ.裁定実施権制度の在り方:
現行の裁定実施権制度が機能していないことを理由に制度改正を検討する余地があるとの指摘があったものの、裁定制度の対象は安易に拡大すべきではないとの意見や、裁判所を判断主体とすることについての課題を指摘する意見もあった。したがって、裁定実施権制度の在り方については引き続き慎重に検討を行うべきではないか。
Ⅴ.特許権の効力の例外範囲(「試験又は研究」の例外範囲)の在り方:
「試験又は研究」の範囲の明確化又は拡大については賛否両論があっため、「試験又は研究」の範囲についての司法解釈の蓄積を注視しつつ、慎重に検討を行うべきではないか。
いちいち突っ込んで行くと切りが無く、ほぼ制度ユーザーにしか関係のない話なので、ここで細かな突っ込みをすることはしないが、この報告書で出されている方向性にかかわらず、これらの検討項目は全てニーズ不明か法的整理の非常に厄介なものばかりであり、引き続き検討としても後1年かそこらでおいそれと結論が出せるとは思えないものばかりである。(あり得るとしたら、確かに日経の記事にあるように冒認出願に関する救済措置の整備くらいだろうか。)
恐らく来年の産業構造審議会の検討でさらにふるいにかけられるだろうが、特許についても、本当のニーズを不明確にしたまま、現状の制度でそれなりに担保されている法的安定性をないがしろにして法改正のための法改正がなされることがないことを私は願っている。
次回は、また海外著作権動向の話をするつもりである。
(12月15日夜の追記:今日の違法P2P違法ファイル共有ユーザー一斉取り締まりに関する権利者団体の記者会見で、日本の権利者団体も3ストライクを求めると明確に打ち出した(internet watchの記事、ITproの記事、AV watchの記事参照)。3ストライクポリシーに関しては、上でも書いたように、権利者団体と癒着している文化庁・日本政府によってポリシーロンダリングが狙われる可能性が高く、海賊版条約(ACTA)の議論は本当に要注意である。)
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