第197回:EU通信ディレクティブ妥協案
既に「P2Pとかその辺のお話」で取り上げられているので、リンク先をご覧頂ければ十分とは思うが、フランスの最初の3ストライク法案を否定したEUの通信ディレクティブについて、新たな妥協案について合意されたということが話題になっており、ストライクポリシーを巡るEUレベルのせめぎ合いについては重要だと思うので、ここでも取り上げることにする。(また、このことは、cnetの記事やITproの記事にもなっている。)
この合意を伝えるEUのリリースでは、合意案の主要な改正点として、
1. A right of European consumers to change, in 1 working day, fixed or mobile operator while keeping their old phone number.
2. Better consumer information.
3. Protecting citizens' rights relating to internet access by a new internet freedom provision.
4. New guarantees for an open and more "neutral" net.
5. Consumer protection against personal data breaches and spam.
6. Better access to emergency services, 112.
7. National telecoms regulators will gain greater independence.
8. A new European Telecoms Authority that will help ensure fair competition and more consistency of regulation on the telecoms markets.
9. A new Commission say on the competition remedies for the telecoms markets.
10. Functional separation as a means to overcome competition problems.
11. Accelerating broadband access for all Europeans.
12. Encouraging competition and investment in next generation access networks.
1.昔の電話番号を保持したまま固定あるいは携帯電話事業者を、1週間で変える、欧州消費者の権利。
2.消費者へのより良い情報開示。
3.新たなインターネットの自由の規定によるインターネットアクセスに関する市民の権利の保護。
4.オープンでより「中立的な」ネットの新たな保証。
5.個人情報流出とスパムに対する消費者保護。
6.緊急サービス112へのよりよいアクセス。
7.各国の通信規制当局はより独立性を得る。
8.新たな欧州通信当局による、通信市場における公平な競争とよりよい調和の促進。
9.通信市場における競争の改善について、委員会が発言できるようになる。
10.競争の問題を克服する手段としての機能的分離。
11.全ての欧州市民に対するブロードバンドアクセス提供の加速。
12.次世代のアクセスネットワークにおける競争と投資の促進。
という項目が並んでいる。他の部分についても言いたいことが無い訳ではないのだが、ここでは、最大の論争の種となっている3.のインターネットの自由の規定に関する項目の部分だけ訳出しておきたいと思う。
3. Protecting citizens' rights relating to internet access by a new internet freedom provision (full text: see Annex 1): Following the strong request of the European Parliament, and after long negotiations on this point, the new telecoms rules now explicitly state that any measures taken by Member States regarding access to or use of services and applications through telecoms networks must respect the fundamental rights and freedoms of citizens, as they are guaranteed by the European Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms and in general principles of EU law. Such measures must also be appropriate, proportionate and necessary within a democratic society. In particular, they must respect the presumption of innocence and the right to privacy. With regard to any measures of Member States taken on their Internet access (e.g. to fight child pornography or other illegal activities), citizens in the EU are entitled to a prior fair and impartial procedure, including the right to be heard, and they have a right to an effective and timely judicial review.
Commissioner Reding said on this matter: "The new internet freedom provision represents a great victory for the rights and freedoms of European citizens. The debate between Parliament and Council has also clearly shown that we need find new, more modern and more effective ways in Europe to protect intellectual property and artistic creation. The promotion of legal offers, including across borders, should become a priority for policy-makers. 'Three-strikes-laws', which could cut off Internet access without a prior fair and impartial procedure or without effective and timely judicial review, will certainly not become part of European law."
3.新たなインターネットの自由の規定によるインターネットアクセスに関する市民の権利の保護(全文については付記1参照):EU議会の強い要請に従い、この点について長い交渉を経て、新たな通信規制には、通信ネットワークを通じたサービスとアプリケーションへのアクセスあるいはその利用に関して加盟国が取るどのような手段も、欧州人権条約とEU法の基本原則によって保障されているところの、市民の基本的な権利と自由を尊重しなければならないということが明示的に記載されることとなった。このような措置は、民主的な社会において、特に適切で必要なものである。特に、加盟国は、推定無罪の原則とプライバシーの権利を尊重しなければならない。インターネットアクセスに関して加盟国が取る手段(例えば、児童ポルノあるいは他の違法行為に対して取るもの)に関して、EU市民は、聴取される権利も含め、事前の公正で公平な手続きを受ける権利を有し、有効かつ時宜を得た司法審理を受ける権利も有する。
委員のレディングはこの点について次のように言った:「新たなインターネットの自由の規定は、欧州市民の権利と自由に関する重要な勝利を示すものである。議会と理事会の間の論争から、ヨーロッパにおいて知的財産権と芸術的創造を保護する、新しく、より現代的でより効果的な方法を我々が見つけたことは明らかである。越境取引を含む、合法提供の促進こそ、政策立案者の優先事項とされるべきである。事前の公平で公正な手続き、あるいは、有効かつ時宜を得た司法審査を伴わずに、インターネットアクセスの遮断を可能とする『3ストライク法』は、まずもって欧州法の一部とはならないだろう。」
また、付記1に書かれている、インターネットの自由に関する規定の現時点の案は以下のようなものである。(なお、この訳については「P2Pとかその辺のお話」の訳も参照した。)
The new Internet Freedom Provision
Article 1(3)a of the new Framework Directive"Measures taken by Member States regarding end-users' access to or use of services and applications through electronic communications networks shall respect the fundamental rights and freedoms of natural persons, as guaranteed by the European Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms and general principles of Community law.
Any of these measures regarding end-users' access to or use of services and applications through electronic communications networks liable to restrict those fundamental rights or freedoms may only be imposed if they are appropriate, proportionate and necessary within a democratic society, and their implementation shall be subject to adequate procedural safeguards in conformity with the European Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms and general principles of Community law, including effective judicial protection and due process. Accordingly, these measures may only be taken with due respect for the principle of presumption of innocence and the right to privacy. A prior fair and impartial procedure shall be guaranteed, including the right to be heard of the person or persons concerned, subject to the need for appropriate conditions and procedural arrangements in duly substantiated cases of urgency in conformity with the European Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms. The right to an effective and timely judicial review shall be guaranteed."
インターネットの自由に関する新規定
新フレームワーク指令第1条第3項a「電気通信ネットワークを通じたサービスとアプリケーションへのエンドユーザーのアクセスとその利用に関して加盟国が取るどのような手段も、欧州人権条約とEU法の基本原則で保障されている通り、自然人の基本的な権利と自由を尊重しなければならない。
エンドユーザーの基本的な権利あるいは自由を制約しかねない、電気通信ネットワークを通じたサービスとアプリケーションへのアクセスとその利用に関して加盟国が取るどのような手段も、それらが民主的社会において特に適切で必要なものである場合においてのみ、課され得るものであり、その手段の実施は、欧州人権条約とEU法の基本原則に則り、有効な司法手続きと正当な法に従う手続きを含む、適切な手続きの保障に適うものでなければならない。すなわち、これらの手段は、推定無罪の原理とプライバシーの権利を十分に尊重して取られなければならない。エンドユーザーあるいはその関係者の聴取される権利も含め、欧州人権条約に従い、十分立証された緊急のケースにおいて、適切な条件と手続きの方式を必須とする、事前の公正で公平な手続きが保障される。有効かつ時宜を得た司法審査を受ける権利も保障される。」
「P2Pとかその辺の話」にも書かれているように、この合意案がフランスのいわゆる3ストライク法を否定するものであるかどうかは意見が錯綜しているのだが、努力の跡は見られるものの、残念ながら、この合意案はあくまで妥協の産物であり、フランスの今の3ストライク法第2案を明確に否定する形とはなっていない。(フランスの今の3ストライク法第2案の問題点については第191回と第195回参照。なお、リリースによると、レディング情報社会・メディア担当欧州委員が、いわゆる「3ストライク法」について述べているようだが、これも一般的な話であり、特にフランスの今の3ストライク法第2案を念頭においた発言ではないだろう。)
第116回で取り上げた以前の修正138条と比較しても、一見、規定の充実が図られ、後退していないようにも見えるが、この新条項は、「事前の公正で公平な手続き」(「司法」の語を含まない)と「有効かつ時宜を得た司法審査を受ける権利」についてわざと曖昧に書かれており、略式手続きだが、一応司法手続き利用型に変更された今のフランスの3ストライク法第2案はおろか、以前の完全に行政機関内のみでネット切断が完結し得る第1案すら否定しているかどうか怪しい完全に玉虫色の規定となっているのである。(第178回で取り上げたように、この第1案は、フランスの憲法裁判所によって完全に否定されているのだが。)
恐らく、EU議会に新しく入った海賊党の議員も含め、情報の自由の重要性を理解しているEU議員は、フランスの今の3ストライク法第2案を否定するべく努力したことだろうが、EUの構造的な問題もあり、フランスとの政治力のせめぎ合いでこのような玉虫色の妥協案で合意せざるを得なくなったのだろう。(情報と法規制に関する話はまず問題点の理解からして難しいのだが、その理解さえきちんとできていれば、今のフランスの3ストライク法第2案を否定するのはそれほど難しくない。以前の修正138条に「対審を必要とする通常の手続きによる」という語を追加して、「対審を必要とする通常の手続きによる司法当局の事前の判決なくしてエンドユーザーの基本的な権利及び自由に対してはいかなる制限も課され得ない」とするだけである。)
現時点ではまだ合意したという段階に過ぎず、本当に指令として成立するためには、今後6週間以内に予定されているEU議会とEU理事会の本会議において可決される必要がある。合意として公表されており、今の条項を見ても、これ以上のどんでん返しは考えにくいのだが、このレベルであったとしても、フランスの3ストライク法第2案の施行や他の国の検討に対するプレッシャーにはなるだろう。(また、これは指令なので、各国でその規定を国内法に組み入れる必要があるが、予定通り可決された場合、この期限は2011年5月までとなるようである。)
しかし、何より重要なことは、インターネットへのアクセスは基本的な権利として位置づけられ、ネットにおける行き過ぎた著作権規制・情報規制は情報に関する基本的な権利を侵害するものとなるということが、欧州では、政策決定のレベルにおいても明確に認識されて来ているということである。また、このリリースにおいて、インターネットアクセスに対して国が取る手段の例として、児童ポルノ規制が明示的に挙げられていることも注目に値する。児童ポルノ規制に関する問題は、西洋諸国を支配するキリスト教道徳を直撃する問題だけに、著作権規制以上に厄介なのだが、問題の本質に対する理解が全く進んでいないということも無い。その行き過ぎた規制によって既に西洋諸国は混乱を来しており、相当時間がかかるかも知れないが、そのブロッキングや単純所持規制を含む児童ポルノ規制が情報に関する基本的な権利を侵害するものとなるという理解は、欧州においても次第に浸透して行くことになるだろう。(ただし、ストライクポリシーを明確に否定する形になっていないのと同様、プレッシャーにはなり得るだろうが、この新条項はサイトブロッキングを明確に否定する形にはなっていない。なお、フランスで騒がれた著作権規制としてのストライクポリシーと、ドイツで騒がれた児童ポルノ規制としてのサイトブロッキングについては、それなりに欧州でも理解が進んでいると思うが、それ以前の、著作権規制としてのダウンロード違法化と、児童ポルノ規制としての情報の単純所持規制の非人道性に関する理解は、残念ながら、世界的に見てもまだ不十分である。)
情報と法規制に関する問題の理解は常に難しく、どこの国においてもこの手の話は一朝一夕に進むものではないが、例え少しずつだとしても、行き過ぎた規制に対する反動としてだとしても、世界的に確実に問題の理解が進んでいるということもまた事実である。この理解は今後も進んで行くと、情報に関する自由をその最大の基礎とする民主主義国家においては、情報に関する非人道的な規制は長い目で見れば確実に排除されて行くと私は常に確信している。
(2009年10月9日夜の追記:今日のinternet watchの記事でリンクが張られていたので気づいたが、EU議会によるリリースもあったので、そのリンクをここに追加しておく。このエントリで引用したリリースはEU委員会によるものである。)
(2009年10月10日夜の追記:私的録画補償金管理協会(SARVH)がアナログチューナー非搭載DVD録画機に対する補償金の支払いを求めて東芝を提訴したとのニュースがあった(internet watchの記事、AV watchの記事、ITproの記事、Phile webの記事参照)。裁判がどうなるかはどうにも分からないが、どう転んでも、私的録音録画補償金問題はこれでほぼ詰みの状態となる。相変わらずの消費者無視をまずどうにかしてもらいたいと思うが、今度の裁判で制度のそもそもの意義が問い直されることになるだろうと私は期待している。
また、来年の3月末で地デジ専用B−CASカードの登録制度を廃止するとB−CAS社が発表している(ITmediaの記事、AV watchの記事参照)。この問題についてもこれで終わりではないが、無料の地上デジタル放送のB−CASシステムは実質これで完全にエンフォース不能となり死ぬことが確定した。)
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