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2009年6月26日 (金)

第180回:知財計画2009の文章の確認

 この6月24日に、2009年度版の知財計画(pdf)概要(pdf)主な取組例(pdf)意見募集結果概要(pdf)個人からの意見(pdf)団体からの意見(pdf)、知財本部のHP、6月24日の本部会合の議事次第も参照)が決定された。相変わらず何の意味があるのか良く分からない項目が沢山並んでいるが、政府内の感触を掴む重要な資料には違いないので、パブコメ(第158回参照)で指摘した箇所が、今年の計画でどう変わったかをまとめて書いておきたいと思う。(何を検討するのかいまいち良く分からないが、本部会合の資料(pdf)によると、去年の知財規制緩和調査会の替わりに、今年8月から「コンテンツ等ソフトパワーの強化に関する専門調査会」という名前の検討会を作るらしい。)

 今年の計画は、何故か書き方が変わっているため読みにくいが、今までの計画に比べると、かなりの項目が落とされている。一番非道極まるダウンロード違法化についても、法案が通ってしまったため、項目としては消えた。この点については、結局知財本部もパブコメの無視を決め込み、所詮同じ穴のムジナであることを露呈している。(なお、去年の知財計画の内容については、第103回参照。)

 それでも気になるところを見て行くと、まず、インターネットと著作権に関する問題については、第59ページ以下の「(7)デジタル・ネット時代に対応した知財制度等を整備する」に、

①権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)を導入する(再掲)
 著作権法における権利者の利益を不当に害しない一定の範囲内で公正な利用を包括的に許容し得る権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)の導入に向け、ベルヌ条約等の規定を踏まえ、規定振り等について検討を行い、2009年度中に結論を得て、早急に措置を講ずる。
(文部科学省)

②著作権法上のいわゆる「間接侵害」を明確化する
 著作権法上のいわゆる「間接侵害」に関し、行為主体の考え方を始め差止請求の範囲を明確にすること等について早急に検討を行い、2009年度中に一定の結論を得る。
(文部科学省)

③利用と保護のバランスに留意しつつ適正な国内制度を整備する
ⅰ)著作物の保護期間の延長や戦時加算の取扱いなど保護期間の在り方について、保護と利用のバランスに留意した検討を行い、2009年度中に一定の結論を得る。
(文部科学省)
(中略)

④契約ルール等の確立により、デジタルコンテンツの流通を促進する
(中略)
ⅳ)放送コンテンツ等のデジタルコンテンツの権利処理の進捗状況等を踏まえ、流通促進について多角的観点から適宜法的対応の検討を行う。
(内閣官房、総務省、文部科学省)

⑤クリエーターへの対価の還元を適切に行うための環境を整備する
 情報のデジタル化によって劣化のない高品質な複製が可能となる中、ユーザーの利便性に配慮しつつ、クリエーターへの対価の還元が適切に行われるための環境について制度面・契約面の両方の観点から検討を行い、2009年度中に一定の結論を得る。
(総務省、文部科学省、経済産業省)

⑥インターネット上でのユーザーの自由な創作・発表を促進する
 ユーザーの自由な創作・発表を促進するための自主的な取組を支援するとともに、複数の者が創作に寄与するコンテンツの権利の取扱い等について検討を行い2009年度中に一定の結論を得る。
(総務省、文部科学省)

といった項目が書かれている。(なお、重点施策に入っていたり、複数の分類にまたがるものとして繰り返して書かれている項目も間々あり、計画自体が非常に読みにくいものとなっている。後ろの方の施策一覧の方から項目の重複を排除して引用して行くつもりだが、例えば、フェアユースについてなど、第3ページ、第22ページ、第42ページ、第59と繰り返し同じ記載が出てくる。いつものことだが、役所の報告書は、嫌がらせかと思うほど分かりにくく、読みにくい。)

 フェアユースについては、導入するというかなり強い記載のまま残った。2009年度中に結論を得るとされているが、フェアユースの導入は本当に法改正が成立されるまで全く油断はできないだろう。保護期間延長の検討についても2009年度中と先延ばしの記載になっており、文化庁としては相変わらずあくどく先延ばしを狙っていると読める。著作権の間接侵害についての検討の記載も引き延ばしの形で残されている。

 ダビング10+ブルーレイ課金という妥協がまやかしにせよ成立した所為か、今年の知財計画からは、私的録音録画補償金問題とコピーワンス・ダビング10問題に関する記載は消えた。私的複製問題の本質が理解されたのかどうか良く分からないのは残念だが、このような著作権の本質に関わる大問題は当分はどうにもならないと判断されたのだろうか。ただし、知財計画で書かれていないからと言って、文化庁での補償金問題の検討・総務省での地デジ問題の検討が止まるものでも無く、上の項目でも対価の還元に関する制度面の検討の話が出ていることには注意が必要である。引き続き、文化庁や総務省の動向には目を光らせておかなくてはならないだろう。

 コンテンツの流通促進法制の記載も残っている。かなり押さえ気味の記載になっているところを見ると、コンテンツ流通はビジネスマターであって政策マターではないことが政府の政策担当者にも多少は分かって来たのかも知れないが、記載が残ったところを見ても、本当に理解されているとは思えない。今年も、コンテンツ流通というキーワードによる政策検討の迷走は続くのだろう。

 また、新しく、ユーザーの自由な創作・発表を促進するための自主的な取組を支援するという視点のもとに、複数の者が創作に寄与するコンテンツの権利の取扱い等について検討をするという記載が入ったことも注目しておいて損は無いのではないかと思う。権利者が複数いる場合の権利処理の問題は非常に厄介だが、インターネット上における創作の問題を考えたとき、その整理はかなり重要である。

 次に、インターネット上の海賊版対策については、第61ページ以下の「(8)インターネット上の著作権侵害コンテンツ対策を強化する」に、

①著作権侵害コンテンツを排除するための取組を強化する(再掲)
ⅰ)被害実態等を踏まえ、コンテンツの技術的な制限手段の回避に対する規制の在り方やプロバイダの責任の在り方等法的保護の在り方、権利者が民事的措置をより迅速かつ容易にとることができるようにするための方策等、ネット上の違法コンテンツ対策の在り方について検討を行い、2009年度中に結論を得る。
(内閣官房、総務省、文部科学省、経済産業省)
(中略)

ⅲ)Winny等のファイル共有ソフトを用いて著作権を侵害してファイル等を送信していた者に対し、警告メールを送付するなど電気通信事業者と権利者団体が連携した侵害行為を排除する仕組みづくりを支援する。
(警察庁、総務省、文部科学省)
(後略)

といった項目が書かれている。何を検討するつもりか分からないが、今年度にはやはりDRM回避規制の検討がされるようである。技術的な保護手段では無く、技術的な制限手段と書かれているところを見ると、不正競争防止法の改正を検討するのだろうか。プロバイダー責任制限法についてもやはり検討されるようである。具体的に検討される内容は良く分からないが、この項目に権利者のことしか書きこまれていないことを見ても、パブコメで指摘したような、事業者のセーフハーバーの重要性や技術による著作権検閲の危険性があまり理解されていないようなのは残念である。また、ネット切断までは踏み込んでいないが、相変わらず警察庁も、警告による変形ストライクポリシーの導入を狙っていると見える。とにかく、この手の規制に関する検討は放っておくと必ず危険な規制強化に流れるので、引き続き経産省・総務省・警察庁などの各規制官庁の動きには注意しておかないといけないだろう。

 模倣品・海賊版対策条約についても、第44ページに、

①模倣品・海賊版拡散防止条約(仮称)の早期妥結を目指す
 関係国による正式な交渉が開始された模倣品・海賊版拡散防止条約(仮称)について、交渉の2010年中の妥結を目指し、より一層国際的な関心を高めるとともに、関係国・地域との協議において、方針や見解を迅速かつ明確に示し議論をリードし、関係省庁が一体となって取組を加速する。
(警察庁、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省)

と書かれている。具体的な内容についての記載の無いまま、2010年という条約の妥結目標が付け加えられた。プライバシーや情報アクセスの権利を尊重するという記載が入らなかったのは残念であり、すぐに妥結されるものとは到底思えないが、この模倣品・海賊版対策条約については、税関において個人のPCや携帯デバイスの内容をチェック可能とすることや、インターネットで著作権検閲を行う機関を創設することといった、個人の基本的な権利をないがしろにする危険な条項の検討がされる恐れもあり、引き続き注意しておくに越したことはない

 情報通信法、通信・放送融合法制については、第51ページで、

③新しいメディアを活用した新規サービスの創出を促進する
ⅰ)通信・放送を融合・連携させた新しいサービスの創出を促進し得る法制度の在り方について検討を行い、2010年を目途に結論を得る。
(総務省)

と書かれている。この項目で、表現の自由や通信の秘密の尊重と言ったことが書き込まれなかったのは残念だが、無事、著作隣接権に関する記載は削除された。(総務省はここを足がかりに広汎なネット規制を作るということをあきらめたようだが(internet watchの記事参照)、完全に安心はできないので、総務省へのパブコメはまた出すつもりである。)

 音の商標についても、第29ページで、

⑦動き、音等の新商標の導入を検討する
 商標制度の国際的な制度調和の観点から、産業界のニーズも踏まえて、現行商標法で保護の対象とされていない動き、音等を保護対象とすることについて検討を行い、2009年度中に結論を得る。
(経済産業省)

とされており、引き続き注意しておいた方が良いだろう。

 その他、去年までの知財計画に散見された一般的なネット・情報・表現規制に関する項目は、知財とは関係ないということがさすがに分かったのか、今年の知財計画からは完全に消えた。そのため、全体的に見れば、去年と比べてかなりマシな計画になっているが、比較の問題に過ぎず、今までが酷すぎただけの話だろう。他の地道な取り組みに関する項目を一々取り上げることはしないが、地道な話は、無意味な寄せ集めの検討項目事典をわざわざ作らずとも、各省庁毎にきちんと進めてもらえれば良いだけの話である。かなりマシになったとは言え、この計画を通して読んでも、やはり知財本部の役割はもはや終わっているという印象しか受けないが、残念ながら存続する限り、知財本部の検討について今後も私は追いかけて行くつもりである。

 少しだけ、著作権関係のニュースも一緒に紹介しておくが、まず、スペインでは、著作権団体が「違法ダウンロードユーザーを犯罪者とすることは望まない」とストライクポリシーに関するロビー活動をあきらめたようであり(digitalmediawireの記事参照)、P2Pによる違法ファイル共有自体の問題は残るだろうが、スペインにおけるストライクポリシーの採用はほぼ消えたと思って良いだろう。

 また、韓国では、刑事告訴されていた若者の著作権違反ユーザーを1万人以上、不起訴処分にしたようである(朝鮮日報の記事参照)。韓国ではダウンロードの明確な違法化をしていないので、違法P2Pファイル共有ユーザーをダウンロードユーザーとしているのだと思うが、すぐ隣の韓国でも著作権規制の強化は、普通の若者を犯罪者とし、そこから示談金を得ようとする意図的な告訴の濫発を招き、社会的混乱を招くだけの結果に終わっている。

 最後に書いておくが、今日、児童ポルノ規制法改正法案の審議が、衆議院法務委員会(国会中継)で始まる。社民党の保坂議員がそのブログ記事でいみじくも述べているように、表現・情報規制問題において、日本の明日を占う上で、今日はとても重要な1日となるだろう。日本の未来のために、与党案も民主党案も可決されることがないことを心の底から祈っている。

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