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2009年5月 8日 (金)

番外その17:Googleブック検索和解案と一般フェアユース条項の無関係

 極めて不可解なことに、グーグルのブック検索和解を持ち出してフェアユース条項の弊害を唱える権利者団体代表が存在している。個別の事件はあまり取り上げないようにしているのだが、どれほど意味不明の言動でもそれなりの人物がそれなりの場で言うとどこかしらに影響して来ないとも限らないので、念のため、今回は、番外として、グーグルブック検索の話を取り上げたいと思う。(例えば、3月25日の著作権分科会議事録(pdf)参照。)

 グーグルブック検索は、要するに図書館の蔵書なりをグーグルが自らスキャンしてサーバーにアップロードし全文検索を可能としているものであり、検索のみ可能とする場合や出版社・権利者と契約済みの場合、著作権切れの書籍は良いとして、当たり前の話だが、アメリカでも、営利企業がまだ保護期間が過ぎていない著作物の、かなりの部分なり全文なりを勝手に公衆に入手可能とすることにフェアユースが認められる余地は全く無い。だからこそ、使用料を支払う和解に至っているのであり、フェアユースの余地が少しでもあれば、グーグルのことなので最後まで争ったことだろう。(フェアユースの要件については、第117回参照。絶版書籍でも公衆に入手可能とする必要性が認められる場合や孤児作品のケースについては微妙だが、孤児作品について立法による対応も検討されているくらいで、判例が完全に確立している訳でも無く、最後、非常に面倒なケースバイケースの判断が必要となるだろう。)

 アメリカ著作権法のプロバイダーのセーフハーバー規定(著作権情報センターの翻訳の第512条参照)も、プロバイダー以外の第3者・ユーザーの送信・指示による蓄積についてはノーティスアンドテイクダウンで免責しているものの、ブック検索のようにサービス・プロバイダーが自ら行っている場合についてまで免責されることは無論無い。

 グーグルのHPに和解案の説明詳細説明ページ契約案本文(pdf))があるが、結局、今回の和解により、絶版書籍等の一部のページを表示したり、書籍全体へのアクセスを購入したりできるようになるのは、アメリカのユーザーだけと、訴訟の結果、この話は、アメリカ国内における出版関係者とグーグルの間のライセンス契約の問題に落とされたというだけの話である。

 後は当事者間で好きにしてもらえば良いという話であり、グーグルブック検索の和解契約案で追加される絶版書籍等について、ひとからげにフェアユース規定の対象となったり、グーグルの行為についてプロバイダーの免責規定により免責されたりすることは、アメリカでも無く、日本の一般フェアユース導入の議論でこの話を持ち出すことは全くのナンセンスであるということさえ言えれば、私としては十分なのだが、以下少し蛇足として、何故、この話がここまで騒がれているのか、法的にどこに問題があるのかという話も続けて書いておこう。

 完全にアメリカ国内で閉じる出版関係者とグーグルの間のライセンス契約の話であれば、ここまで騒がれなかったと思うが、アメリカの奇妙な集団代表訴訟(class action)の仕組みと珍妙なベルヌ条約の解釈によって、アメリカ国内におけるこの和解契約に参加するかしないかという選択を一方的に迫られることになった各国の権利者(団体)が大騒ぎをしているというのが、今の現状である。

 アメリカの集団代表訴訟については、そのWikiにも書かれている通り、民事手続き連邦規則第23アメリカ訴訟手続法の第1332条(d)第117章「集団代表訴訟」に規定されているが、便利なところもあるものの、様々な問題を抱えており、この制度自体必ずしも褒められたものでは無い。

 訴訟の直接参加者がある特定の集団を代表しており、集団代表訴訟と認められれば、その訴訟の結果は、直接参加者のみでなく、特定の集団に属する者全体に及び得、直接参加者以外も結果の通知を受けて何もしなければ和解あるいは判決を認めたものとして法的に拘束される(オプトアウト方式で良い)という非常に奇妙な仕組みになっているのである。

 しかし、大量の他国の権利者を巻き込む場合に、本当にアメリカの権利者のみで集団代表訴訟として成立しているのかという問題がそもそもあるだろうし、さらに、集団代表訴訟の和解の拘束性について、デフォルトではオプトアウトで連絡すれば良いことになっているが、ここまで大量の他国の権利者に対する、このようなオプトアウトが本当に法的に有効なのかという点も問題となり得るだろう。当然、そのような和解について知らなかったというケースも大量に発生することとなるが、この場合にどうなるかということも明確でない。(判例上(アメリカの最高裁判決参照)、判決に拘束されるか否かはオプトアウトで連絡すれば良いことになっているが、他国の権利者を大量に巻き込む場合にまでそのまま適用することはできないのではないかと思う。)

 それ以前に、他国の権利者を巻き込む理由として、ベルヌ条約が何故か引き合いに出されているが、ベルヌ条約の第5条(3)に「この条約によつて保護される著作物の著作者がその著作物の本国の国民でない場合にも、その著作者は、その著作物の本国において内国著作者と同一の権利を享有する。」(著作権情報センターの翻訳から引用)と書かれているものの、別に同盟他国の権利者まで自国の和解に巻き込まなければならないとする条項は無い。アメリカ国内の全権利者が対象となるからと言って、自分たちのデフォルト、和解契約への参加のみを一方的に権利と見るのは、アメリカらしいデタラメな条約解釈と適用である。この点についても、アメリカ国内の裁判なりで条約問題を提起することができるだろう。(オプトアウトでライセンス契約をあらゆる権利者に強要すること自体、同じ第5条の(2)で規定されている無方式主義に反しているのではないかと私は思う。)

(この問題について、司法省が独禁法の観点から調査をしているというニュースもあった(ITmediaの記事1記事2参照)が、独禁法上の問題も確かにあるだろう。)

 何にせよ、アメリカは訴訟国家なので、日本で騒いでいても何にもならない。このブログをプロの著作権関係者が読んでいるとはあまり思わないが、本当にこの和解案を問題視するのであれば、和解に反対の立場で本訴訟に参加するなり、別訴訟を起こすなりして、アメリカで徹底的に争ってもらいたいものと思う。(グーグルブック検索和解のFAQにも書かれているように、まだ和解は完全に成立していない。関係権利者であれば、オプトアウト以外にも、そもそも和解に対して異議を申し立てるという選択肢もある。集団代表訴訟の和解の成立には裁判官の承認が必要であり、その前に開かれる、異議を検討する公正公聴会に出席を希望することもできるはずである。)

 この問題において責めるべきは、アメリカの奇妙な集団代表訴訟制度と珍妙なベルヌ条約の解釈であって、フェアユース条項では無い。5月12日には今期最初の法制問題小委員会が予定されており(開催案内参照)、今後、一般フェアユース条項の導入の議論が本格化して行くものと思うが、法学者ばかりが並んでいる法制小委員会ではさすがに、権利者団体代表の法律と条約自体に対する無理解を露呈した主張がまともに取り上げられることは無いものと願っている。

 さて、最後に少しだけ、知財関係のニュースも紹介しておくと、フランスで3ストライク法案が揉める中、EU議会が、3ストライクポリシー否定条項を元通り復活させて、この5月6日に通信ディレクティブ案を再び通した。(ZDNetの記事ecransの記事参照。ストライクポリシー否定条項については第116回参照。)EU議会とフランス政府の間のストライクポリシーを巡る争いもまだ続いている。

 「P2Pとかその辺の話」で紹介されているので、リンク先をご覧頂ければと思うが、台湾もダウンロード違法化こそしていないものの、ネット切断型の違法コピー対策を含む著作権法改正案を通した。スウェーデン、韓国、台湾の各国の改正著作権法の内容については、時間がかかるかも知れないが、順次紹介したいと思っているところである。

 また、特許制度ユーザーにしか関係ない話だが、「先端医療分野における特許保護の在り方について(案)(pdf)」(参考資料(pdf))に関する意見募集が、5月17日〆切でかかっていたので、念のためリンクを張っておく。

(5月8日夜の追記:ブルーレイ課金について、施行令よりさらに下のレベルの施行規則について5月10日〆切でパブコメにかかっていたので(文化庁のHP電子政府の該当ページ知財情報局の記事参照。)、これも念のためにリンクを張っておく。将来に禍根を残す形でブルーレイ課金が5月22日から行われるだろうことは残念だと思っているが、この施行規則自体は技術的要件を定めているだけであり、一般ユーザーからどうこう言う話ではあまり無い。

 また、今日、非常に残念ながら、ダウンロード違法化を含む著作権法改正法案が衆議院の文部科学委員会を通過したようである(国会審議中継参照)。次回は、この委員会審議のことを書くつもりだが、法案の修正も無く、解散総選挙もどうなるか分からず、ダウンロード違法化問題も、法案の可決に関してはいよいよ後が無くなって来ている。)

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