第140回:各種知財政策に関する動向(特許の存続期間の例外・審査基準・新しいタイプの商標・営業秘密・医療関係発明・知財本部基本方針パブコメ)
著作権以外の知的財産権の話はいつも後回しになってしまうが、第53回や第95回などに続き、ここで特許などに関する動向の話をまとめて書いておきたいと思う。
特許庁のHPに載っている特許関連の審議会の構造図で、各検討会の名前と日付を見れば、最近特許等に関して大体どんな検討が動いているか分かるだろう。
順に取り上げて行きたいと思うが、まず、特許の存続期間の例外の対象範囲の問題について、産業構造審議会・知的財産政策部会・特許制度小委員会・特許権の存続期間の延長制度検討ワーキング・グループが作られ、この10月30日から検討が始まっている。
期間延長というと、つい、あの度し難い著作権の保護期間延長問題を思い起こしてしまうが、特許については、特許の保護期間の延長というより、特許の存続期間の例外の対象範囲の問題と言った方が良いものである。要するに、特許法には、医薬や農薬など、認可まで長期間の審査が必要な分野においては、特許期間中であるにもかかわらず、認可を受けるまで実施できず、特許権の恩恵を受けられないということがあるために、特に法律上の認可制のためにやむを得ず特許の実施ができなかった期間分だけ、しかも5年という上限つきで申請による延長を例外的に認める制度があるのだが、この例外的な延長申請制度の対象になるものがさらにあるかどうかということを検討しようとしているのである。カルタヘナ法やDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)の説明はマニアックに過ぎるので省くが、もし興味があれば、10月30日に開催された第1回検討会の資料を読んでみることをお勧めしておく。
審査基準の話もマニアックかつ制度ユーザーにしか関係ない話なので、ここでその内容についてまで踏み込むことはしないが、特許の審査基準について、特許制度小委員会・審査基準専門委員会での検討がこの11月5日から始まり、意匠の審査基準について、意匠制度小委員会・意匠審査基準ワーキンググループでの検討が行われている。
商標制度小委員会・新しいタイプの商標に関する検討ワーキンググループでは、輪郭のない色彩、動画、ホログラム、音、位置、香り・におい、触感、味、トレードドレスなどを商標として認めるべきか否かということを検討している。11月28日の第4回検討会の論点整理はいまいち要領を得ないが、香り・におい、触感、味、トレードドレスについては保護対象外として、輪郭のない色彩、動画、ホログラム、音、位置は追加する方向で検討を続けようとしているようである。しかし、権利範囲の特定が困難であり、必ずしも出所表示として需要者に認識されていないのは、色や音などについても同様だろう。商標権は場合によってはかなり凶悪な権利と化すので、この動きは注意しておいた方が良いと私は感じている。
また、営業秘密の保護強化について、技術情報の保護等の在り方に関する小委員会(第4回(9月12日):議事要旨、配付資料、第5回(9月30日):議事要旨、配布資料、第6回(10月28日):配付資料)で、引き続き検討が行われている。刑事訴訟手続きにおける営業秘密の保護などは、憲法第37条や第82条に定められている裁判の公開原則に違背しない限りでやれるようならやれば良いと思うが、資料を読む限りでは、相変わらず、一般的な不正目的での営業秘密情報の取得そのものに刑事罰をかけるだとか、バカげたことをまだ経産省は考えているようである。ここでは何度も繰り返していることだが、情報のアクセス・取得等について主観的な目的要件のみで民事・刑事の罰を課すことは、どこをどうやっても恣意的な運用しか招きようがない危険なことなのであり、第107回でも書いたように、そのことは営業秘密であったとしても変わりはない。正当なアクセス権を有しない場合のアクセスや情報の開示等については既に規制の対象となっているので、経産省は規制をさらに広げようとしているのだろうが、このように、恣意的なものとしかなりようのない、曖昧かつ主観的な目的要件で情報の取得に刑事罰を導入することは、かえって企業の正当な営業活動を萎縮させるだけだろう。
知財本部では、知的財産による競争力強化専門調査会の下に先端医療特許検討委員会という検討会が作られ、医療関係発明の検討がこの11月25日から始まった。同時に、海外では特許対象となるものの、現時点では我が国において特許対象とならない発明であって、今後特許対象とすることを検討すべきと考えられる発明の具体的事例を教えて欲しいというパブコメが12月18日〆切で行われている。(日経BP知財Awarenessの記事も参照。)
法律的な議論としては興味深い点がいくつかあるが、実務上無意味な法律論を離れて、具体的に保護すべき新たな対象があるかと考えると、11月25日に開催された第1回の資料中の制度の国際比較資料を見ても、日本で新たに保護すべき対象があるとは個人的には思えない。恐らく、特許関連では、この医関係療発明に関する話が今年から来年にかけての最大のトピックになるだろうが、医療やバイオ技術は生命倫理に関する話であり、軽々しく保護範囲を広げてはならないものだろう。(なお、欧州特許庁でも、ついこの11月25日にES細胞に関する特許出願の拒絶が完全に確定している(欧州特許庁のリリース、IP NEXTの記事参照)。医療・バイオ関係の発明の議論は、文化によって異なる生命倫理と直結する非常に厄介な問題である。)
さらに、知財本部からは、「知的財産戦略に関する政策レビュー及び第3期基本方針の策定に関する意見募集」というパブコメもかかっている。第3期(平成21年度~平成25年度)向け基本方針について、
全体
I 知的財産の創造
II 知的財産の保護
II-1 知的財産の適切な保護
II-2 模倣品・海賊版対策の強化(コンテンツを除く)
III 知的財産の活用
III-1 知的財産の戦略的活用
III-2 国際標準化活動の強化
III-3 中小・ベンチャー企業への支援
III-4 知的財産を活用した地域の振興
IV コンテンツをいかした文化創造国家づくり
IV-1 コンテンツの創造・流通の促進
IV-2 コンテンツの海賊版対策
IV-3 日本ブランド(食・地域・ファッション)の振興
V 知的財産人材の育成と国民意識の向上
その他
という示されている項目に沿い、意見を出せば良いもの(個人用意見提出フォーム、団体用)なので、私も出すつもりだが、今後の知財政策について物申したいことがある方は、是非出すことをお勧めしておく。
最後に少し最近のニュースもしておきたいと思うが、「第(3)世界」事件においてレンタルサーバー管理者は、略式起訴で50万円の罰金を支払うことが命じられ、即日罰金が支払われた(時事通信のネット記事、産経のネット記事、朝日のネット記事参照)。略式起訴で微妙な額の罰金の支払いに落とし込む検察のやり口は実に姑息としか言いようがない。やはり刑事罰まで含め、サーバー管理者のセーフハーバーはきちんと作られるべきだろう。
また、フランスの3ストライク法案については、この11月27日に開催されたEU理事会において、フランス政府の多数派工作が功を奏し、残念ながら、通信ディレクティブ案から、フランスの著作権検閲機関型の違法コピー対策を否定する修正条項138が取り除かれた。その結果、来年のこの修正条項のEU議会における再審議の前、年初に、フランス下院(上院は既に通過済)で法案の審議が行われるだろうということで、息の根を止められたかに見えた3ストライク法案はしぶとく息をつなぎ、情勢はかなり微妙なものとなっている。ただし、この修正条項138はEU議会で88%の多数でもって可決されたものであり、EU議会の議員やEU委員会は、フランス政府の姑息な政治戦術に反発を強めており、フランス国内でも、権利者団体と消費者団体が賛成反対でまっぷたつに割れ、それぞれ大キャンペーンを張り、激しくロビー合戦を繰り広げており、賛成派が多少盛り返したとは言え、混沌とした状態の中、法案が可決されるかどうかは全く予断を許さない。この3ストライク法案については、次の山になるだろう、来年初頭のフランス下院での法案審議に要注目である。(generation-nt.comの記事1、記事2、le Pointのネット記事、silicon.frの記事、numeramaの記事、la Tribuneのネット記事、EU議員ギュイ・ボノ氏のブログ記事参照。)
(12月5日夜の追記:憲法第37条(刑事裁判の公開原則を定めている)の条文番号を書き漏らしていたので、追加した。
また、新たなタイプの商標の保護の検討について読売のネット記事があり、刑事訴訟手続きにおける営業秘密の保護強化について法務省が反対しているとする産経のネット記事があったので、念のためリンクを張っておく。ICTSDの記事によると、WIPOレベルでの著作権の権利制限と例外に関する検討も続いているようである。)
(12月6日の追記:さらにマニアックな話になるが、特許関係では、特許微生物寄託制度に関する検討委員会という名前の検討会も今年動いているので、念のためにリンクを張っておく。)
(12月13日の追記:「P2Pとかその辺の話」でも上で少し触れたフランスの3ストライク法案の動向に関する記事の紹介をされているので、興味のある方はリンク先もご覧頂ければと思う。)
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