第126回:ダウンロード違法化問題の現状
文化庁などへのパブコメのための個人的なメモに近く、特に目新しいことは含まれていないが、今後の参考に、特にダウンロード違法化問題に関する現状のまとめを書いておきたいと思う。
見えないところで何が行われているかまでは分からないが、目に見える限りでは、9月19日の第9回の法制問題小委員会の中間整理案(11月10日を〆切としてパブコメにかかっている。第119回参照)で、
第2節 私的使用目的の複製の見直しについて
(中略)
3 検討結果
以上のように、本小委員会としては、私的録音録画小委員会の検討の成果を踏まえることを基本としつつも、この課題が、理論的には録音・録画に限定される問題ではないことを踏まえ、録音・録画以外の著作物の私的複製について、それと同様の取扱いとすべきかどうかを主として検討してきた。この点に関しては、プログラムの著作物(特にゲームプログラム)について関係者からの要望が強く寄せられており、現在のところ、違法複製物からの複製の実態が相当量にのぼっていることが報告されている状況にある。その他の分野の著作物については、現在のところ大きな要望は寄せられていない。
一方、私的録音録画小委員会における検討は、私的録音録画補償金制度の見直しを主たる検討事項としている中で行われてきた経緯があり、私的複製の範囲の見直し以外の検討事項も含めた同小委員会全体の取りまとめが行われていないことから、これらの検討事項間の関係をどのように考えていくのか、同小委員会の検討の方向性も踏まえるべきものと考えられる。
プログラムの著作物等の他の著作物の取扱いについては、このような周辺状況も勘案しながら、また利用者に混乱を生じさせないとの観点にも配意して、場合によっては、検討の熟度に応じて段階的に最終的な取扱いを判断していくことも視野に入れつつ検討を行っていくことが適当と考える。
と書かれた後、10月20日の私的録音録画小委員会(第4回)で、
第2章 著作権法第30条の範囲の見直し
第1節 中間整理の概要
第2節 違法録音録画物,違法配信からの私的録音録画
中間整理以降の意見募集の結果と,中間整理後に行われた利用者の懸念への対応策の集中的検討を踏まえ,対応策をまとめる。第3節 適法配信事業者から入手した著作物等の録音録画物からの私的録音録画
中間整理以降の論点整理の内容等を踏まえ,対応策をまとめる。第3章 今後の進め方
今年度の本小委員会での検討結果を総括し,私的録音録画問題の解決に向けての対応方法等をまとめる。
という内容の報告書骨子案に基づいて、第119回の追記に書いたように、ダウンロード違法化を行うという方針を確認したところというのが現在の状態である。
保護期間延長とiPod課金という、天下り先の権利者団体の収入が多少増すことがあるかも知れないが全体として文化的にも経済的にもマイナスにしかなりようがない、有害無益な保護強化策が様々な事情で流れたために、文化庁としては、保護強化策の選択肢として唯一残されたダウンロード違法化に賭けて来たのだろう。
骨子案には、集中検討を行うなどと調子の良いことを書いているが、ダウンロード違法化の内容自体は、違法な録音録画物を情を知ってダウンロードする行為を私的複製の権利制限から外すということで、去年から何も変わっておらず、恐らく変えようもない(去年から、刑事罰はつかず、録音録画に限るということだった。プログラムが入るかどうかという点は新しい論点だが。)。このような既定路線ありきの中でいくら集中的に検討しようが、大騒動時のパブコメで示された利用者の懸念・不信感はほとんど払拭されないどころか、さらに増すだけのことだろう。
去年の中間整理に対して、自分のパブコメで書いたダウンロード違法化問題に関する問題点(第20回参照)と、文化庁に提出された他のパブコメに書かれた懸念(第44回参照)から気になったものを合わせ、私なりに箇条書きにまとめると、
- そもそも著作権という私法が私的領域に踏み込むこと自体がおかしい。
- 家庭内の複製行為を取り締まることはほとんどできず、このような法改正には実効性がない。
- 通常の録音録画物について違法合法を区別することはできない。
- 特に、インターネット利用では、キャッシュとして自動的になされるコピーがあるなど、違法合法を外形的に区別できないため、ダウンロードが違法と言われても一般ユーザーにはどうしたら良いのかさっぱり分からず、このような法改正は社会的混乱しかもたらさない。
- 情を知ってという条件も、司法判断でどう倒されるか分からず、場合によってはインターネットへのアクセスそのものに影響を及ぼし兼ねないこのような法改正は極めて危険である。
- そもそも違法流通は送信可能化権による対応が可能である上、この送信可能化権との関係でダウンロードによる損害額がどう算定されるのかもよく分からない。
- パロディの著作物のダウンロードについて、ごく普通のユーザーにまでリスクを負わせるのはおかしい。
- 研究など公正利用として認められるべき目的の私的複製まで影響を受ける。
となる(もし興味があれば、キャッシュの問題について第42回、知る権利について第75回もご覧頂ければと思う。)。
このうち、3の違法合法の区別については、法制小委員会の報告書でプログラムのダウンロード違法化の検討のところで、
② 利用者保護について
前述のとおり、私的録音録画小委員会では、第30条の改正を行う際には、利用者保護対策を措置すべきとしており、その中では、
・権利者が許諾したコンテンツを扱うサイト等に関する情報の提供、警告・執行方法の手順に関する周知、相談窓口の設置など
・適法マークの推進
といった対応を権利者が行うこととされている。
これについては、録音・録画の分野においては、例えば、社団法人日本レコード協会が、適法な音楽配信事業者であることを識別するための「エルマーク」を導入するとともに、エルマーク配布先である当該事業者に関する情報をHPに掲載し、利用者への情報提供に努めるなど、その取組が進められている。
とあたかも利用者保護の取組が進んでいるかのような印象操作が行われているが、日本レコード協会の権利者団体の適法マークは実質無意味である上、自らが作製した著作物を離れてサイトそのものを違法と著作権者団体が認定することは、明らかに権利の乱用であり、到底認められるべきことではない。(突っ込むのもバカバカしいのだが、録画(映像)はどうなっているのか良く分からないし、エルマークもあくまで日本レコード協会所属のレコード会社と、その音楽配信サイトが何らかのライセンスを結んでいることを示すものに過ぎないので、どこまで行っても、エルマークのありなしはそのサイトのコンテンツが著作権法上適法に提供されたものか、違法に提供されたものかを示すクライテリアたり得ない。)
7や8のパロディや研究目的の私的複製などについては、一般フェアユース条項で救われる部分も出てくるのではないかと思っていたが、ThinkCのシンポジウムで知財本部の委員も務めている中山信弘先生が次の通常国会での成立は難しいと発言しており、これもあやしくなって来ている。(ITmediaの記事やinternet watchの記事参照。やはり記事によると、元著作権課長の甲野氏が「権利を侵害するかしないかは刑事罰がかかるかかからないかの問題でもあり、厳密に条文を書こうとすると大変な手間。『公正な』という概念で刑事罰の問題を解決できるのか。実現のためにはいろいろな壁がある」と発言したらしい。これが典型的な役人の考え方だと思うが、親告罪であることが多少セーフハーバーになっているとはいえ、かえって、アニメ画像一枚でも捕まり得るという現状の刑事罰リスクからも、フェアユースは必要なものと私は考える。)
ただ、今現在検討されている機器利用時の複製に対する権利制限で、4のキャッシュの問題は少しは緩和されることになるだろう。ただし、これも、法制問題小委員会の報告書で、ブラウザキャッシュに対する権利制限の適用について、「ブラウザキャッシュの例では、一般に行われている視聴方法でブラウザによりオンラインの著作物等を視聴している限りにおいては、その際に生じる蓄積物(ブラウザキャッシュ)を作成する行為は、本要件に該当すると考えられるが、例えば、ユーザーが設定を変更して、ブラウザで予定されている範囲を超えて視聴等を行うことを意図して蓄積する場合や、蓄積後に他のアプリケーションを用いて視聴等を行うなどしてこの蓄積物をいわば独立した複製物として視聴に供するような場合には、本要件には該当しないものと考えられる(ただし、このような場合であっても、私的使用目的の場合(第30条)など、他の権利制限規定の対象となる場合はありうる)。」と書かれているものの、条文に書かれる話でもなく、この適用自体かなり曖昧であり、この権利制限とダウンロード違法化が一緒にされた場合、その後に、権利者団体がいわゆる動画投稿サイトの単なる視聴ユーザーにまで難癖をつけに来る可能性があることには注意しておいた方が良い。
詳しくは第40回や第80回で書いたことや、他のエントリなどをご覧頂ければと思うが、ダウンロード違法化が国際潮流になっているなどということは今もってない。ダウンロード違法化をした上でエンフォースを試みたただ一つの国であるドイツでは、エンフォースに失敗し、その実効性は何らあがっていないし、フランスでは、条文に3ステップテストを入れただけでダウンロードについてまだ最高裁の結論が出ていないところで、3ストライクアウト法案という特殊な取組を押し進めようとしている(ecransの記事などによると、この法案はネット切断を残したまま上院を通り、次は下院での審議へと移るようである。)。判例法の国アメリカでも、P2P訴訟が猖獗を極め、何ら出口は見えていない。イギリスはイギリスで、ネット切断型の対策をプロバイダにやらせようとしていたりとバラバラである。欧米の動向も、この点に関しては混乱するだけ混乱しており、反面教師にしかならない。
結局、フェアユース導入の情勢の微妙さも考慮に入れると、今のところ、ブラウザキャッシュがわずかに権利制限の対象となりそうなことを除き、去年から状況にほとんど変化はないのであり、ダウンロード違法化の合理的な根拠はほとんど全くと言って良いほど何もないのである。これから先は、文化庁と天下り先の著作権団体の政治力次第のところもあるが、これほど不合理な法改正を最後までごり押しするのは非常に困難ではないかと私は見ている。
私的録音録画小委員会ではパブコメを募集しないようなので、私としては、多少変則的な形とはなるが、まずは上の法制問題小委員会へのパブコメで、他の論点と一緒に、ダウンロード違法化問題についても上のような問題点を指摘し、ダウンロード違法化反対の意見を提出したいと思っている。
(11月5日夜の追記:なお、上の法制問題小委員会の中間整理には、研究のための権利制限についても記載されているが、今のところ追加されそうなのは情報解析のためのみとあまりにも狭く、この問題ではほとんど考慮に入れるに値しない。無論、情報解析研究のための権利制限が重要でないということではないので、念のため。)
(11月6日の追記:また、第121回のついでに紹介した、検索エンジンを合法とするスペイン地裁の判決を含む記事として、フランスのjuriscom.netの記事(判決文へのリンク(スペイン語))があったので、念のためにここにリンクを張っておく。)
(11月8日の追記:上では1行で済ませてしまったが、フランスの3ストライクアウト法案の上院通過について、「P2Pとかその辺の話」で詳細な記事の紹介がされているので、興味のある方は是非リンク先をご覧頂ければと思う。)
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