第120回:アメリカで成立した知財改正法(PRO-IP法)
前回の追記で少し書いたが、残念ながら、アメリカで知財法の改正が大統領の署名を得て成立してしまったので、今回は、このアメリカの法改正について突っ込みを入れておきたいと思う。(前回、WIREDの記事とPC MAGAZINEの記事へリンクを張ったが、さらに日本語の参考記事として、CNETの記事、AFPの記事、IP NEXTの記事に、英語の参考記事として、ホワイトハウスのプレスリリースへのリンクを張っておく。)
一番のトンデモ改正事項であった司法省(国家)に民事訴訟提起権を与えるという事項こそ削除されたものの、この改正法で創設される知財エンフォースメントコーディネーターが何をしてくるか得体の知れないところがあるのも確かに事実である。
このPRO-IP法(正式名称は、"Prioritizing Resources and Organization for Intellectual Property Act"、直訳すれば、「知財のためのリソース・組織強化法」になるが、単なる語呂合わせで決めた名前だろう。原文はアメリカ著作権局のpdfファイルやアメリカ議会図書館の改正法案ページなど参照。現行のアメリカ著作権法の条文も著作権局のHPで見られる。)の章立ては以下の通りである。
第1章 民事知財法の強化
第2章 刑事知財法の強化
第3章 知財侵害に対する連邦の取り組みの調整と戦略的プランニング
第4章 司法省強化プログラム
第5章 その他
第1章では、民事事件において、著作権侵害品だけではなく、製造販売の記録なども押収できるとすること(改正法の第102条:著作権法の第503(a)条の改正)や、商標法の法定賠償額を倍額に引き上げること(第104条:商標法の第53(c)の改正。なお、去年最もトンデモ視されていた、著作権法における法定賠償額の計算方法の変更は入っていない。)、著作権侵害品の輸入だけではなく輸出も侵害とすること(第105条:著作権法第6章の改正)などが書かれている。
また、第2章では、刑事事件における没収などについて、知財(商標・著作権)侵害品と侵害品を製造するための道具・デバイス・装置について可能と今まで割と限定的な書き方がされていたものを、侵害品と侵害品の製造・取引に使われるあらゆる物品などと漠然とした書き方に変え、侵害によって故意に人の死を引き起こした場合は終身刑まで可能とする(第202~206条:刑法における財産権侵害規定の改正)などの改正を加えている。知財侵害で故意に人の死を引き起こすなどという現実的にあり得るとも思えないケースを想定して最高刑を終身刑とすることもどうかと思うが、特に改正法の第206条の、以下のような、没収物件の規定の曖昧さは、刑事事件や行政事件において、ユーザーやネット事業者にとって相当致命的な運用を招く恐れがあるように私は思う。(アメリカのことなので、最終的には裁判で何らかのセーフハーバーが作られることと思うが、それまでかなりの運用の混乱が生じるのではないだろうか。)
(1) PROPERTY SUBJECT TO FORFEITURE.-The following property is subject to forfeiture to the United States Government:
(A) Any article, the making or trafficking of which is, prohibited under section 506 of title 17, or section 2318, 2319, 2319A, 2319B, or 2320, or chapter 90, of this title.
(B) Any property used, or intended to be used, in any manner or part to commit or facilitate the commission of an offense referred to in subparagraph (A).
(C) Any property constituting or derived from any proceeds obtained directly or indirectly as a result of the commission of an offense referred to in subparagraph (A).(1)没収対象財産-次の財産は合衆国政府の没収の対象となる:
(A)この章(訳注:刑法)の第2318条、2319条、2319A条、2320条あるいは第90章、又は、第17章(訳注:著作権法)の第506条で禁止されている、あらゆる物品、及び、その製造あるいは取引をするあらゆる物品。
(B)どんな形あるいは部分であれ、、小段落(A)に記載されている犯罪行為をなすか、これを容易とすることに、使用されたか、使用されることを目的としたあらゆる財産。
(C)小段落(A)に記載されている犯罪行為の結果として、直接的であれ間接的であれ得られた利益を構成するか、そこから派生した財産。
第3章には、知財エンフォースメントコーディネーターなどについて規定されているのだが、その第301条の規定に、
SEC. 301. INTELLECTUAL PROPERTY ENFORCEMENT COORDINATOR.
(a) INTELLECTUAL PROPERTY ENFORCEMENT COORDINATOR.-
The President shall appoint, by and with the advice and consent of the Senate, an Intellectual Property Enforcement Coordinator (in this title referred to as the "IPEC") to serve within the Executive Office of the President. As an exercise of the rulemaking power of the Senate, any nomination of the IPEC submitted to the Senate for confirmation, and referred to a committee, shall be referred to the Committee on the Judiciary.(b) DUTIES OF IPEC.-
(1) IN GENERAL.-The IPEC shall-
(A) chair the interagency intellectual property enforcement advisory committee established under subsection (b)(3)(A);
(B) coordinate the development of the Joint Strategic Plan against counterfeiting and infringement by the advisory committee under section 303;
(C) assist, at the request of the departments and agencies listed in subsection (b)(3)(A), in the implementation of the Joint Strategic Plan;
(D) facilitate the issuance of policy guidance to departments and agencies on basic issues of policy and interpretation, to the extent necessary to assure the coordination of intellectual property enforcement policy and consistency with other law;
(E) report to the President and report to Congress, to the extent consistent with law, regarding domestic and international intellectual property enforcement programs;
(F) report to Congress, as provided in section 304, on the implementation of the Joint Strategic Plan, and make recommendations, if any and as appropriate, to Congress for improvements in Federal intellectual property laws and enforcement efforts; and
(G) carry out such other functions as the President may direct.第301条 知財エンフォースメントコーディネーター
(a)知財エンフォースメントコーディネーター
大統領は、上院の助言と可決を受け、知財エンフォースメントコーディネーター(以下、「IPEC」と略す)を大統領府に任命する。上院の規則制定権に従い、IPECの指名は全て、可決のために上院に送られ、委員会に付託されるが、付託先は司法委員会である。(b)IPECの責務-
(1)一般的に、IPECは、
(A)段落(b)(3)(A)に規定される省庁横断知財エンフォースメント諮問委員会の委員長を務め;
(B)第303条の規定の下で諮問委員会によって作成される侵害対策戦略総合計画の作成を調整し;
(C)段落(b)(3)(A)で列挙されている省庁の求めに応じて、戦略総合計画の実施を支援し;
(D)知財エンフォースメント政策を調整し、他の法律と一致させるために必要な限度で、省庁の基本的な政策・解釈事項に対する政策的ガイダンスの発行に助言をし;
(E)法律に規定された範囲で、国内外の知財エンフォースメントプログラムに関する報告を、大統領と議会に対して行い;
(F)第304条に規定されているように、総合戦略計画の実施について、議会へ報告し、適切なときに、合衆国における財法とエンフォースメント努力に関する改善について提案を行う。
とあるように、権利の直接エンフォースこそ含まれていないものの、その権限はかなり漠とした形で書かれており、選ばれた人間の政治力次第ではかなりのことが出来ると思われる。特に、議会に直接報告・提言をできる権限は大きいだろう。(なお、この第301条の第(2)段落では、IPECは権利の直接エンフォースをしないことが、第(3)段落では、諮問委員会は知財関連の各省庁から代表が選ばれて構成されることが書かれている。)
第303条で規定されている総合戦略計画の内容も、知財のエンフォースにおける構造的欠陥を指摘することなど、知財の保護強化のことしか頭になく、このようなコーディネーターや計画の創設は、アメリカを知財のさらなる保護強化へと闇雲に邁進させることにしか、今のアメリカにおける著作権戦争の混乱をなおさら助長することにしかつながらないのではないかというのが私の予想である。(日本の知財本部も保護強化を図ることしかほぼ考えて来なかったことを考え合わせて見ると良い。公正利用の権利制限などの知財規制の緩和が、日本政府内でそれなりの具体性とともに検討され出したのはごく最近になってからのことである。)
どんな盾にも両面はあるので、知財の行き過ぎた保護強化に伴い生じている問題があるということもまた忘れてはいけない重要な点なのだが、アメリカでも、この認識は政治レベルにまでなかなか浸透しないと見えるのは非常に残念である。
アメリカ国内だけでやっててくれる分だけなら好きにやっててもらっても良いのだが、国際的な知財エンフォースメントも含めて計画を作り、報告をするとされている点は特に気味が良くない。人によっては日本に対する知財保護強化の圧力が強まることも十分以上に考えられる。きちんとした合理的な判断が出来る人物がこのポストに選ばれることを私は祈っているが、アメリカの政策動向は引き続き要注意である。
(なお、第4章では、知財エンフォースのために各州へ助成金が出されることや、FBIの人員が増強されることなどが規定されている。)
さて、去年から今年の夏にかけて大騒ぎとなった青少年ネット規制法の政省令案がパブコメ(総務省のプレスリリース、電子政府の該当ページ、internet watchの記事参照)にかかっているので、次回はこの話を。
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