第116回:EU議会によるフランスの3ストライク法案の否定
「P2Pとかその辺の話」で既に紹介されているので、リンク先の記事を読んでいただければ十分かとも思うが、EU議会とフランスの3ストライク法案の関係の話は、念のため、ここでも触れておきたいと思う。
EU議会のプレスリリースに、この9月24日にEU議会を通過した通信に関するディレクティブ改正案の概要が載っているが、これによると、この改正案は、エマージェンシーコールの番号や機器などの制約条件などをより消費者に知らしめること、契約の最長期間は2年とし、1年後からはキャンセルができるようにすること、通信機器の技術仕様が域内貿易における制約とならないようにすること、プライバシーも含め情報保護に関する法制の域内統一を一層図ること、深刻な場合は自身の個人情報に対する侵害について知らされること、ユーザーには著作権侵害などの非合法行為に関する情報が知らされることなど様々な修正事項が含まれているようである。
欧州における通信規制ということでは、これらの事項はかなり重要なことばかりなのだが、それはさておき、フランスの3ストライク法案との関係では、通過した改正案の内の一つの中に、
Amendment 138
Proposal for a directive amending act
Article 1 - point 8 - point e a (new)
Directive 2002/21/EC Article 8 - paragraph 4 - point ga (new)(ea) In paragraph 4, point (ga) is added:
"(ga) applying the principle that no restriction may be imposed on the fundamental rights and freedoms of end-users without a prior ruling of the judicial authorities, notably in accordance with Article 11 of the Charter of Fundamental Rights of the European Union on freedom of expression and information, save when public security is threatened, in which case the ruling may be subsequent.修正138(2002/21/EC第8条第4段落への新規追加)
”(ga)判決が事後のものとなるであろう、公共の安全が脅かされる場合を除き、特に、表現と情報の自由に関する欧州連合憲章第11条に従い、司法当局の事前の判決なくしてエンドユーザーの基本的な権利及び自由に対してはいかなる制限も課され得ないという原則を適用すること。”
という修正項目が入ったことが、決定的な意味を持っている。ディレクティブ自体山ほどあって非常に分かりにくいのだが、これは電気通信ネットワークとサービスの共通の枠組みに関するディレクティブの第8条の最後に追加される新規項目である。
(なお、欧州連合憲章第11条は、
ARTICLE 11 FREEDOM OF EXPRESSION AND INFORMATION
1. Everyone has the right to freedom of expression. This right shall include freedom to hold opinions and to receive and impart information and ideas without interference by public authority and regardless of frontiers.
2. The freedom and pluralism of the media shall be respected.第11条 表現と情報の自由
1.あらゆる者は表現の自由に関する権利を有する。この権利は、公権力の干渉を受けず、国境に関わりなく、意見を持つ自由、情報を受け、伝える自由を含む。
2.メディアの自由と多様性も尊重される。
というものである。日本でも情報の自由は表現の自由の中にほぼ包含されているものと私は理解しているが、欧州では、EU憲章レベルで、情報の自由が表現の自由と一緒に明記されているということは大きい。)
まだ、EU議会の可決が行われただけで、さらにディレクティブとして成立するためにはEU理事会を通過する必要があるが、議会で573対74の圧倒的多数によって可決されたこともあり、上の1文を理由にEU理事会がEU議会へ改正案差し戻しの判断をするとも考えがたい。結局、情報の自由に関する制限に関しては行政判断ではなく司法判断を必須とする上の1文がディレクティブ改正案に挿入されたおかげで、第104回などで紹介した、フランスの3ストライク法案のような、行政機関創設型の著作権検閲・ネット切断は欧州ではほぼ完全に息の根を止められたと見て良いだろう。フランスは、裁判所における司法判断を活用する形に大幅に修正をしてくるかも知れないが、それはもはや完全に別物の法案に違いない。(今のEU理事会議長国はフランスであるため、フランスがこのディレクティブ改正案にひどい難癖をつけてきたり、ディレクティブを解釈で無視してきたりする可能性はなきにしもあらずだが。)
また、フランスの各種記事(le mondeのネット記事、generation ntの記事、leJDD.frの記事、ZDnetの記事、ギュイ・ボノ氏のサイトの記事)によると、この修正は、第83回で紹介したレポートに名を冠しているギュイ・ボノ氏が中心となって入れたようであるが、それにしても、この第83回で紹介したレポートの内容といい、今回のディレクティブ改正案に対するタイムリーな修正といい、ギュイ・ボノ氏の手腕は大したものである。ボノ氏のこのような活躍には心からの拍手を送りたいと思う。
最後に、少し間が空いてしまったが、国内外の最近の動向の紹介もしておきたいと思う。
まず、文化庁の文化審議会では、著作権の保護期間延長問題を先送りにした上で、権利制限を中心に法改正を行うべきとする報告書をまとめるようである(47newsの記事、internet watchの記事1、記事2参照)。本当に非常にタチの悪い話を全て先送りにして、権利制限を中心にするようなら、突っ込みどころは少なくなるだろうが、決して油断はできない。またパブコメにかかったところで中間整理の内容について取り上げるつもりである。
知財本部では、日本版フェアユースの議論が続いている(ITproの記事参照)。先行きは不透明だが、この議論も法改正に向けて地道に続けてもらいたいものと思う。
また、総務省の情報通信審議会では、B-CAS見直しの議論が続けられている(AV watchの記事参照)。この問題の本質もなかなか理解されないが、B-CAS問題というこの時限爆弾はいつか総務省の上でいつか破裂することになるだろう。
アメリカでは、上院委員会を通過した知財エンフォース法に対して、9月23日には、司法省が反対意見の表明をしたものの、知財エンフォースコーディネータを作るといった変な修正を入れて上院は法案を通したようである(cnetの記事、computerworldの記事、PC MAGAZINEの記事参照)。やはり記事によると、下院は下院で別の法案を通しているそうであり、上院の奇妙な法案がそう簡単に通るとも思えず、当分揉めるだけ揉めることになるのだろう。
アメリカでは、著作物を送信可能な状態にしただけでは必ずしも著作権侵害を構成しないとする判断が地裁で示されたり(cnetの記事参照)と、P2P関連訴訟でも当分混迷が続きそうである。
次回は、アメリカにおけるフェアユースの話か、選挙に向けた話を書こうと思っている。
(9月30日の追記:修正が入ったのかどうか良く分からないが、wired visionの記事やnetwork worldの記事によると、残念ながら、上で書いた知財エンフォースメント法は下院も通過し、この日曜日に大統領に送られていたようである。司法省・ブッシュ政権が明示的に反対していることもあり、この法案に関しては、大統領が拒否権を行使するかどうか要注目である。また、この法案が成立した場合は、ここでもその内容の紹介をしたいと思う。
なお、いわゆる孤児作品法(Orphan Works Act)が上院を通過したとするpdnの記事もあったので、念のためリンクを張っておく。)
(9月31日の追記:アメリカの知財エンフォースメント法については、さらに日本語版のcomputer worldの記事にもなっていた。)
(10月7日の追記:コメント欄に何故か書き込めないので、ここで匿名希望様のコメントへのコメントを。
「おっしゃる通り、抵触するでしょう。フランス国内でも批判されていますが、フランスでも、行政の権限が強く、一部の政治力の強い団体の声が反映され易いといった事情から、閣議決定までされたものと思います。ただ、まだ法律が成立した訳ではありませんし、EU議会の決定を受けて、法案成立のハードルはかなり高くなったものと思います。例え成立したとしても、裁判になった場合、表現の自由などとの関係から、法案そのものの是非が問われるでしょう。
ただ、確かにフランスの3ストライク法案はバランスを失していると思いますが、表現の自由や通信の秘密といった基本的な権利も無制限ではなく、他の権利とのバランスが取られなくてはならないものであるということもまたご承知おき下さい。
表現の自由については、また別途エントリーを立てて書きたいと思っているところです。」)
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コメント
フランスの3ストライク法案については、ネット切断が議論になっていますが、そもそも違法ダウンロードユーザを監視・特定する行為は表現の自由や通信の秘密に反しないのでしょうか。
投稿: 匿名希望 | 2008年10月 7日 (火) 19時16分