第110回:著作物再販制度の謎
再販制度については、wikiにも詳しいので、そちらを見て頂いても構わないが、大分前に予告してそれ切りになっていたので、今回は、著作物再販制度の話をしておきたいと思う。
著作物の再販問題は別に喫緊の課題という訳ではないが、著作権問題を追いかけていると、必ずぶつかる問題の一つである。普段あまり気にとめていないかも知れないが、他の商品と比較して、文化的・経済的に、本や雑誌、新聞、CDなどが定価販売とされて良いかというと、これは自明の帰結ではない。
このような再販売価格拘束は、通常は販売業者間の競争を阻害するものとして、独占禁止法(「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」)の不公正な取引方法に該当するものとして、公正取引委員会告示で、以下のように指定され、原則禁止されている。
第12項 自己の供給する商品を購入する相手方に、正当な理由がないのに、次の各号のいずれかに掲げる拘束の条件をつけて、当該商品を供給すること。
一 相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること。
二 相手方の販売する当該商品を購入する事業者の当該商品の販売価格を定めて相手方をして当該事業者にこれを維持させることその他相手方をして当該事業者の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束させること。
しかし、著作物については、独禁法第23条第4項で、以下のように例外的に不公正な取引方法に該当しないものとされ、
第23条第4項 著作物を発行する事業者又はその発行する物を販売する事業者が、その物の販売の相手方たる事業者とその物の再販売価格を決定し、これを維持するためにする正当な行為についても、第一項と同様とする。
さらに、この条文の中の「著作物」とは、立法当時想定されていたものとして、書籍、雑誌、新聞、レコード盤、音楽用テープ、音楽用CDの6品目に限定されるという解釈・運用が定着しているというややこしい状態にある。(音楽用テープとCDについては、レコードを代替するものとして、後に解釈上追加されたものらしいが、その後の解釈による追加はないようである。)
この著作物再販制については、毎年の知財計画(2008では第94ページ)に、
④弾力的な価格設定など事業者による柔軟なビジネス展開を奨励する
消費者利益の向上を図る観点から、事業者による書籍・雑誌・音楽用CD等における非再販品の発行流通の拡大及び価格設定の多様化に向けた取組を奨励し、その実績を公表する。
(公正取引委員会、文部科学省、経済産業省)
とくらいの記載であっさりと書かれ、公正取引委員会で、著作物再販に関する協議会(平成20年度の議事録、資料1「書籍・雑誌の流通・取引慣行の現状」、資料2「新聞の流通・取引慣行の現状」、資料3「音楽用CD等の流通・取引慣行の現状」、補助資料)が毎年開催されているくらいのところで、今は落ち着いている。
今のところはこのくらいで良いのかも知れないが、書籍や新聞、音楽CDについてのみ定価販売を不公正なものでないとする根拠は考えて行くと非常に薄弱である。
教科書などに書かれている、この再販の例外規定の趣旨は、
- 戦前からの書籍の定価販売の慣行の存在
- 不当廉売等の不当競争からの中小の小売りの保護・新聞の個別配達網の維持
- 多様な書籍・雑誌・新聞・音楽CD等の著作物の発行の確保
などだが、無論、慣行の存在は独禁法上の例外を定める正当化理由にはならず、不当廉売等の不当競争は一般的に独禁法上違反とされるものであるから、特に再販制を認めることまでして業界を保護する必要はなく、再販制を例外的に認めることで著作物の多様性が確保されるという理由ももはや眉唾ものである。再販の例外規定を適用されないDVDやソフトで多様性が確保されていない様子もなく、wikiでも国毎の再販制の状況がまとめられているが、再販制を廃止した国で、文化的な混乱が生じたという話も聞かないのである。(この話でフランスやイタリアにおける制度廃止時の混乱と制度の再導入が引き合いに出されることも良くあるのだが、これらの国においては、法改正時に商慣行のスムースな移行を度外視した硬直的な法運用がなされたことによって混乱が生じたに過ぎず、これらは日本における再販の例外規定存続の理由とはならない。)
再販制は、販売業者間の競争・消費者による選択を阻害し、その分の利益を販売業者から流通業者、製造業者までで分配するという、消費者が一方的に損をするシステムに他ならず、それは著作物であったとしても違いはない。確かに、著作物の流通・発行コストにそれなりの投資を必要としていたときは、この非競争利益が多少なりとも発行される著作物の底上げ・多様化に役立っていたということがあったかも知れない。しかし、インターネットで非常にローコストで文化・著作物の多様性を確保できるようになった今となっては、この著作物における再販制の許容による非競争利益は有体物による既存の情報流通を必要以上に保護するものとして、既存の著作権関連業をインターネットから必要以上に乖離させるものとして機能してしまっているのではないかと私は思う。
情報そのものを取引する場合や国際取引の場合は多少注意が必要だが、一旦有体物に定着された著作物の取引については、基本的に他の物と同じように取引されて問題が発生するとは考えがたく、この独禁法の第23条第4項はもう役割を終えたものとしてじきに廃止されて良いものと私は思う。ただ、再販制の許容によって保護されている各業界にはその歪みが蓄積しており、急に廃止すると確かに混乱すると思われるので、その緩和のための地道な政策も必要となるだろうが。(公取も含め、このような地道な政策ができる官庁が存在していないということもこの問題を本当に厄介なものとしている。)
各業界の状況については、上でリンクを張った公取の資料に詳しいが、これらの資料によると、書籍については、取次の約3割が委託配本取引、約5割が注文品取引(商品の補充のため又は読者からの注文に応じて書店等が取次に注文を行う買い切り扱いの取引)、雑誌は約9割が委託,約1割が注文であると言われているらしい。さらに、委託配本では、書店等の希望とは必ずしも関係なく、出版社による指定又は書店等の入金率、売上実績等に基づいた配本パターンに従い、書籍・雑誌を取次が書店等に配本すると、注文品取引は、返品不可の買切扱いであるにもかかわらず返品が広く行われているとも書かれており、ここ10年近く本の返品率が40%近くで高止まりし、雑誌の返本率も30%を超えて高止まりしていることを見ても、書籍業界では、再販価格維持を含む特殊な契約と返本制に頼り切った馴れ合いの非効率な取引がまかり通っていることが見て取れる。(委託配本に書店の希望があまり通らない状況の中、注文品取引が本来の意味を超えたバッファとして機能しているのだろう。契約と商慣行を詳しく調べてみないと良くは分からないし、公取の資料に堂々と書かれているので何とも言い難いのだが、再販制がどうこう言う以前に、このような馴れ合いのいい加減な取引自体、不公正な取引として独禁法違反のような気が私にはしている。)
音楽CDについては、やはり上でリンクを張った資料によると、発売ら一定期間(6ヶ月)経過後に再販売価格維持の対象から外される時限再販の音楽用CDの出荷数量割合が2007年12月時点で、邦楽盤でアルバム:81%、シングル:93%、洋楽盤で、アルバム:98%、シングル:100%となっているそうである。ただ、同じ資料中でも突っ込まれているように、確かにその割に値引きが広く行われていないようにも思う。発売後6ヶ月経ったCDがどれくらい売れるのかということもあるのだろうが、CDはずっと定価販売と考える消費者の誤解に便乗して定価販売を続けているレコード屋も多いのではないか。CDとDVDのセット商品が非再販扱いであるにもかかわらず、その販売点数が増えている点からも、再販制と著作物の多様性の確保は実はあまり関係ないことが見て取れるのも興味深い。(なお、この資料には還流防止措置に関しても突っ込みがある。また、確証はないのだが、次世代音楽メディアは再販の例外規定の対象外と考えられているらしく、その所為でSACDやDVD-Audioの普及が阻害されているという話もある。個人的にはSACDやDVD-Audioの普及が進んでいないのは様々な要因が絡んでいて、独禁法の問題ではあまりない気がしているのだが、本当なら、要因の一つになっているのかも知れない。)
新聞は、特殊指定(wiki参照)の問題が絡むだけにさらに厄介である。新聞に関しては、再販制の消極的な許容を超えて、地域・相手による値引きをすることが積極的に不公正な取引に該当するとして公取の指定を受けているのである。しかし、インターネットも含め他の情報通信手段が充実している今の状況において、新聞のみをユニバーサルサービスとしてさらに特別に保護する意味はないだろう。大体新聞業界がこの問題が取り沙汰される度に必死になって廃止反対の大キャンペーンを張るところからして、この特殊指定が新聞社にかなりの不当利得を与えていることがうかがい知れるのである。
著作物再販の例外規定にせよ、新聞の特殊指定にせよ、既存のマスコミが必死で守っている業界保護法制の一種なので、おそらく当分は無くならないものと思うが、別に法改正や運用変更を待たずとも、インターネットとの競争によって、今となっては物による流通のみが文化を担っている訳ではないということを否応なく理解させられ、業界再編を余儀なくされて行くことになるだろう。いい加減、著作権業界は文化と言えば何でも誤魔化せると思うのは止めた方が良い。再販制に守られている3業界が全て斜陽化しているのは決して偶然ではないと私は思っているのである。
あまり大した記事はないのだが、最後に少し、ここ最近の著作権関係の記事の紹介もしておきたい。まず、ダウンロード違法化で刑事訴訟の乱発を招いたドイツでは、ノルトライン・ヴェストファーレン州の検事が、jetzt.deのインタビュー記事(ecransのフランス語の記事にもなっている。)で、非商業的規模のダウンローダーは全て訴追しない方針にしたと答えている。そのクライテリアは3000ユーロらしい(音楽は1曲1ユーロ、映画は1つ15ユーロと勘定するらしい)。この基準自体良く分からないし、またこれでどれくらい訴追から落とされるのかも分からないが、この州だけで著作権法違反で訴えられた者の数がこの上半期で25000人に上るというのではどうしようもない、これらのファイル共有ユーザーのダウンロードファイル数を数えるだけでも一苦労だろう。これだけの数の人間が訴えられる時点で何かがおかしいと思わなくてはならない。(「P2Pとかその辺の話」でも類似記事を紹介されているので、この話に興味がある方は是非リンク先もご覧頂ければと思う。)
カナダでも、引き続き、オタワ大のGeist教授を中心に、ユーザー側の著作権改正に対する批判運動がさらに高まっているとするCanadian Pressの記事もあったので、一緒に紹介しておく。カナダでは、DRM回避規制の方が中心の問題になっているようだが、オンラインにおける運動は政府が無視できないレベルに達しており、ダウンロード違法化の問題も含め、著作権法の改正がすんなり通るということはないだろう。
また、英国で著作権侵害の罰金引き上げを検討しているというニュースもあった(IP NEXTの記事、英国知的財産庁のレポート)。このレポートを読むとオプションとして書かれているだけなので、まだ検討中といったところのようであるが、政府の肝いりで作成されたものにしては、保護期間延長反対や補償金制度を導入しないままでの私的複製の範囲の拡大を明確に唱えているなど非常にリベラルな2006年12月のGowersレポート(資料HP)の中から最も当たり障りのない罰金に関する部分だけを取り上げてオプションを検討している点は実に物足りない。英国政府には、Gowersレポートのリベラルな部分こそ特に早急に取り入れてもらいたいのだが。
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