第107回:経産省「技術情報等の適正な管理の在り方に関する研究会」報告書
前回少し記事を紹介した、この7月末に公開された経産省の報告書(概要)については、パブコメもなく、半ば秘密のように議論が行われていたことからしてどうかと思うが、それはおいておくとしても、本文と言い、概要と言い、国民を誤魔化すためにそうしているとしか思えない分かりにくさである。
自分たち公務員への規制強化やガイドラインの当たり障りのない変更などはさておき、知財に関する重要な法改正・政策事項を抜き出してみると以下のようになるだろうか。
・アクセス権を与えられた技術情報等への、不正な目的で行われるアクセス行為の規制:
「企業の従業員等の信頼に基づいて正当に営業秘密として管理された技術情報等へのアクセスを認められた者が、図利加害目的等の不正な目的をもって、複製が禁じられたそれらの複製を行う場合、又は、アクセス権があっても、不正な目的をもって行われる、大量データのダウンロード等の正当な理由のないアクセス行為等については、そのような行為それ自体を刑事罰の対象とすることについて検討すべき」(p.33、なおp.76にも同等の記載がある。)
・外国政府を利する目的で行われる技術情報等への取得行為の規制:
「現行の法体系では、外国政府を利する目的で行われる技術情報等の窃盗・領得・複製の作製等が、必ずしも処罰されないが、これは我が国の産業競争力のみならず、安全保障の観点からも重大な問題を提起することから、こうした行為を規制の対象とするための法的枠組みの創設についても検討すべき」(p.34)
・国費研究成果の国内優先実施規定の導入:
「我が国のバイドール制度においても、国内優先実施を規定すること等により、国費研究成果の海外への流出を防止し、我が国が適切に研究成果を享受できるような方策を検討すべき」(p.46)
・第一国出願制度の導入:
「我が国において、後述する秘密特許制度が導入されることになった場合に、日本国内における企業の研究活動への影響に配慮しつつ、第一国出願制度の導入について検討すべき」(p.47)
・秘密特許制度の導入:
「我が国においても、秘密保護法制の一環として秘密特許制度の導入を検討すべき」(p.63)
大体「検討すべき」と弱めに書かれているところからして、このまま法改正がなされるとも思えないのだが、知財政策的にはかなり重いことが含まれているので、見過ごす訳にもいかない。
特に、相当トリッキーな理屈で、正当にアクセス権を有する情報への不正な目的でのアクセスを規制しようとしているようだが、この規制自体おかしいことを経産省はどこまで理解しているのだろうか。上で引用した部分の例だけを取ってみても、複製が禁じられたデータの複製をしたら、その時点で不正アクセス・契約違反・信義則違反であろうし、仕事に必要な以上のデータのダウンロードについてもシステム・契約で出来ないようにしておけば良いだけの話である。
報告書で、情報の性質についても考察を加えた上で、「ポテンシャルとしての財産性」という不思議な造語をひねり出し、有体物の財産権に寄った形で、情報の取得のみによる法益侵害性を肯定しようとしているが、これもまた役所の身勝手な「まず規制ありき」の理屈だろう。情報は有体物とは違い、自然に占有が発生するものではなく、正当なアクセス権を有している場合に、情報の取得の時点で目的を判断することには無理がある上、その情報は他者へ開示されない限り損害を発生させ得ないのである。
正当なアクセス権を有しない場合のアクセスや情報の開示等については既に規制の対象となっているので、経産省は規制をさらに広げようとしているのだろうが、このように曖昧な、主観的とならざるを得ない目的要件で刑事罰を導入することは、かえって企業の正当な営業活動を萎縮させるだけだろう。
秘密特許制度も割とあっさり書かれているが、特許制度上はかなり大きな変更である。他人の技術と権利について公開され皆に知られる形になっていることで特許制度は安定性を保っているので、どのような特許を秘密とするのかの定義次第だとは思うが、誰にも分からない形で保護される特許が有ったら普通の企業は困るだろう。
(なお、外為法についても、「『居住者・非居住者』間の規制では捉えることのできない外国籍居住者による安全保障上の機微技術の国外への持ち出し等についても、新たに『ボーダー規制』として捕捉する手法について検討すべき」、「日本及び世界の安全保障上ゆるがせにできない外為法違反事案が増加していることにかんがみ、貨物・技術双方の罰則強化について検討すべき」と規制強化を唱えていたり、研究者の倫理についても述べていたりと、この報告書は盛り沢山の内容なので、知財関連だけでなく、このようなことに興味を持っている方も、読んでおかれることをお勧めする。)
特にパブコメにかかっている訳でもないようなので、これ以上言うこともないが、この報告書は、やはり経産省も、「まず規制ありき」で、情報の性質を歪めて理解する利権官庁の一つであることを示している。
文化庁や総務省と並んで、経産省も、私的複製問題やB-CAS問題の検討を始めるらしいとのITproの記事もあったが、今回の報告書などを読むにつけ、これらの問題についても、経産省にもあまり期待はできないだろうというのが私の正直な予想である。これらの問題については、既に収拾がつかなくなっているが、経産省の参入でさらに混迷を深めることになるのではないだろうか。
次回は、選挙法とネットの関係の話を書きたいと思っている。
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コメント
有害規制絡みでPTAが動き出したようです。
なんでも書店を有害図書の扱い方で三ツ星~一ツ星に階級分けするとか。
秋田県のPTA連合会によって、「有害図書」の販売そのものを審査対象とする基準が浮上
http://ameblo.jp/hiryoyasyohyou/entry-10122993005.html
青少年を有害情報から守る店運動 「スギッチ花まる本屋さん」運動について
http://www.pref.akita.lg.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1214788649264&SiteID=0
投稿: taffy | 2008年8月11日 (月) 02時07分