番外その13:欠陥放送規格ダビング10
ダビング10の開始日時が7月4日の午前4時と確定したというニュースが流れている(AV watchの記事、朝日新聞の記事参照)。権利者団体側が、補償金問題を切り離すという条件つきで譲歩したので開始と決まったようである。補償金問題を棚上げにして実施できるようであれば、ダビング10を実施してもらっても構わないのだが、このダビング10については書き足りないところもあるので、この機会に番外としてもう少しだけ書いておきたいと思う。
第18回にも書いたような、ユーザーから見たときの機器の動作のわかりにくさという点だけではなく、このダビング10規格は、放送規格として非常にトリッキーに作られており、反対側から見てもテクニカルに危ういのではないかと私は危惧している。
ダビング10の仕組みは、増田和夫氏の記事(日経トレンディの記事1、記事2参照)に詳しいが、要するに、今の無料地上放送のコピーワンス信号を全てダビング10信号に読み替え、有料放送に新たにコピーワンスを示す信号を新たに付加するという方式で、放送局とメーカーはダビング10を実現しようとしているのだ。
恐らく、放送局とメーカーのコスト負担の問題から、このような変則的な信号運用をすることになったのだろうと思うが、この場合、ある時間を境に同じ信号に対して異なる動作を機器にさせないといけないため、ダビング10への動作切り替えタイマーを放送波でセットすることが必須となる。そのためのファームウェアアップデート放送波が送出されている時に、完全に電源コードが抜かれ、録画機が起動不能となっていたりしたら、アップデートはなされないだろうし、メーカー・機種毎に、このアップデート放送波の送出時間が違うことも混乱の種となるだろう切り替えタイマーに機器内の時計を使っている場合、その時計をきちんとセットしていないとやはりまともに動作しないに違いない。メーカーも、ダビング10タイマーを機器に組み込んでいても、コピーワンスへ戻す機能は組み込んでいないだろうから、一旦ダビング10を開始した後に問題が起きて、元のコピーワンスに戻そうとしても、ほぼ不可能である。メーカーに頑張ってもらうしかない話だが、店頭在庫のダビング10セットをどうするかということもあるだろう。
妥協の産物であり仕方ないと言ってしまえばそれまでだが、このような規格は技術的にはほぼ欠陥規格と言っても差し支えない。技術と事情に詳しいユーザーは対応もできるし、まだ納得も行くだろうが、本当の一般ユーザーに、ダビング10対応のためにユーザー側でしなければならない作業や、メーカー・機種によっても対応時期が違うといったアンバランスがどこまで理解・納得されるかはなはだ心許ない。このような運用はユーザーフレンドリーとは言い難く、実施時に、かなりの混乱が生じるだろう。
この6月24日に、権利者団体は、このダビング10譲歩で自分たちこそ消費者重視だと、メーカーを非難する記者会見を開いたようである(AV watchの記事、internet watchの記事、ITmediaの記事参照)。メーカーもメーカーだが、闇雲に自らの主張を繰り返し、役所を使って圧力をかけてきていたのは権利者団体も全く一緒であり、これはどっちもどっちだろう。大した利便性の向上もなく、社会的にそれほど大きなインパクトがあるとも思えないダビング10の実施を、コストの多くをメーカーと消費者に押しつけた上で認めて大きな譲歩をしたと言われても、消費者としては鼻白む思いがするだけである。
ただ、ダビング10が本当のゴールでないという点だけは、私も全く同意する。総務省の情報通信審議会のデジタルコンテンツ委員会や、その上の情報政策部会などでも、消費者代表から、B-CASや補償金などに対するそもそもの疑問が提起されており(AV watchの記事、ITmediaの記事参照)、地上デジタル放送のDRM・著作権に関する問題は、ダビング10程度の弥縫策でどうにかなる問題ではないことが、どこの場でも明らかになりつつある。
ダビング10に関しては、実施してみなければ本当にどのような問題が発生するか、消費者・ユーザーが全体としてどう反応するかということは分からないが、補償金問題などを棚上げにして実施できるのであれば、混乱を最小限に抑えるよう、メーカーなどには周知と消費者対応をしっかりやってもらいたいと思う。何にせよ、私的録音録画補償金問題やB-CAS問題などの本当の大問題は全て棚上げ・先送りにされたのだ、先は長い。私は一ブロガーに過ぎないが、この問題については何年かかろうと追いかけつづけるつもりである。
最後に、世界の著作権関連ニュースの紹介もしておくと、EUの著作権保護期間延長に関する検討も今特に大きく動いている様子はないが、欧州法学界の錚々たるメンバーが延長反対の意見をEUに送ったとのニュース(gulliの記事(ドイツ語))があった。
また、どこまで真面目に考えているのかは分からないが、インターネットサービスプロバイダーに著作権侵害を監視させる規制をEUが考えているとする記事(techradar)もある。欧州が独仏政府を中心に著作権検閲をやりたがっているのはネットを見ていても伝わってくるのだが、著作権はそこまで強い権利ではないし、あってもならない。随時紹介して行きたいと思っているが、このようなEUの知財保護強化の動きは気をつけておく必要があるだろう。
次回は、ネットユーザーを公的機関が監視・違法な著作物をやりとりしているユーザーに警告メールを送信・3度の違反でユーザーのネット切断を行うという、いわゆる3ストライクアウト法案が、先週フランスで閣議決定されたというニュースがあった(rue89の記事、Le Pointの記事、ZDnetの記事参照)ので、この動きについて紹介できればと思っている。
(6月29日の追記:匿名希望N様からのコメントを受け、上の文章に少し手を入れた。)
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コメント
デジコン委の傍聴をしているメーカー関係者です。ダビング10の技術に関して誤解がおありなようなのでコメントします。
> ダビング10への動作切り替えを放送波でセットすることが必須となる。
これは違います。一般の放送局は切り替えに関して一切,何もしません。録画機が切り替え期日と同時に,同じ信号に対する動作を自動的に切り替えるだけです。地デジ放送にはもともと正確な時刻情報が多重されており,機器はその時刻情報を使って切り替えます。だから時刻が機器によって狂うことはありません。そのタイミングで電源が切れていても,その後,電源が入ったときに期日以降であると判断すれば,ダビング10動作をするようになります。
放送局の例外はWOWOWなどの有料放送で,彼らは新しく「コピーワンス」信号を付け加えて放送する必要があります。ただし,この信号は新たに規定で付け加えられたモノで,非対応機(従来機)が受信しても何も起こりません。ですからおそらくWOWOWらは,既に新コピーワンス信号を付け加えた形に切り替えて放送を始めていると思います。
だから問題ないと言うわけではありません。
現状の「ダビング10」対応機は,対応機能を(ソフトウエア的に)殺す形で販売されています。これはダビング10の実施期日がごく最近まで決まらなかったからです。期日さえ事前に決まっていれば,時刻情報を使って「機能が目覚める」ようにできたのですが,決まっていなかったので各メーカーは,出荷後に「期日以降に機能を目覚めさせる」ファームウエアを機器に送付する形を取らざるを得ませんでした。
切り替えファームウエアは,NHK教育テレビの放送休止時間(夜中)を使って機器に送られる仕組み(「放送波ダウンロード」と関係者は呼びます)です。この仕組みはすべての地デジ機器に組み込まれています。ご存じの通り,ダビング10の実施決定は急転直下で,実施までの準備期間が取れなかったため,メーカー各社は対応に苦慮しており,切り替えファームウエアの配布(ダウンロード送信)が始まるのは,早いメーカーでも7月4日前後になりそうという話です。
ファームウエアによる切り替えという仕組みが介在するため,おっしゃるような混乱が切り替え前後に起こる可能性はあります。メーカー各社は対応準備に追われていますが,期日までに「十分」と言える準備ができるかどうかは分かりません。
参考(要登録)
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/WORD/20080620/153552/
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080425/151079/
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080422/150828/
ついでに。
これは傍聴している立場からの憶測ですが,高橋委員は「消費者」の立場で参加していますが,実際は総務省の意向を代弁する形での発言が多いように思います。
彼女から「B-CASや補償金などに対するそもそもの疑問が提起」されているのは,来期の審議で「法的エンフォースメント」を導入してスクランブル放送を止める結論を出すという狙いが総務省にあるのだろうと,我々は理解しています。すんなり決まるとも思えませんが。
投稿: 匿名希望N | 2008年6月28日 (土) 09時19分
匿名希望N様
コメントありがとうございます。
ダビング10については、各メーカーさんがどのような実装をしているのかがユーザーからは見えにくく、不正確な書き方をしてしまい申し訳ありませんでした。
実施するとなった以上、ダビング10の混乱をどこまで押さえられるかは、各メーカーさんの対応次第だと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。余計な混乱は少ないに越したことはありません。
また、消費者代表委員の真意や総務省の意向については、私には何とも言えませんが、私自身は、技術的エンフォースメントであれ法的エンフォースメントであれ、全国民をユーザーとする無料の地上放送におけるコピー制御は、最後社会コスト的に維持仕切れないと、ダビング10もまたゴールでは有り得ないと思っています。
B-CASを主体とする技術的エンフォースメントを支持していると思われるメーカーさんには申し訳ありませんが、全国民をユーザーとする無料の地上放送に対しては、最後、ノンスクランブル・コピーフリーしか解はないと私は確信しています。
投稿: 兎園 | 2008年6月29日 (日) 00時24分