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2008年5月30日 (金)

第98回:文化審議会という茶番

 私的録音録画小委員会が延期される(internet watchの記事ITmediaの記事参照)とともに、28日にメーカー(JEITA)から私的録音補償金問題に関するアンケート(ITproの記事internet watchの記事ITmediaの記事アンケート結果1結果2参照)が発表され、この29日には権利者団体による会見も開かれ(時事通信のネット記事internet watchの記事ITmediaの記事ITproの記事ascii.jpの記事AV watchの記事参照)、総務省のデジタルコンテンツ委員会で、ダビング10の開始の延期が報告される(AV watchの記事日経TechOnの記事参照)という状態で、コピーワンスと私的録音録画補償金の問題は、完全な泥仕合と化しつつある。

 もはや収拾は全くつきそうにないが、どう考えても、この火種を点けたのは、文化庁のデタラメな審議会運営である。上でリンクを張った記事によると、文化庁は、私的録音録画小委員会の延期の理由について、補償金問題について、メーカー側の委員から回答が得られそうにないためと説明したらしいが、第92回でもリンクを張ったITmediaの記事などによると、前回の私的録音録画小委員会で、メーカーなどの疑問に応えられる説明を次回(5月29日)の会合までに用意するよう主査に求められていたのは文化庁の方だったはずである。直前の回での主査からの要請すら無視し、消費者も無視し、恫喝してもメーカーがイエスと言わないからと審議会の開催を勝手に伸ばすなど、文化庁の恣意的な議事運営はとどまるところを知らない。決裂するなら決裂するで、その場を作らなければならないにも関わらず、自分たちの案にイエスと言う場だけを与えて、ノーと言う場を与えないとは不公平も甚だしい。

 また、権利者団体も権利者団体である。会見で、権利者側が譲歩をしたと言っているようだが何が譲歩なのだかさっぱり分からない。そもそも不当だった民間規制のコピーワンスについて、利便性の向上に全くつながらない程度にごくわずか緩和するとして、しかもその緩和にかかるコストはメーカーと消費者に押しつけたあげく、譲歩したとは片腹痛い

 新たに機器が追加されれば、補償金は拡大されるのだ、元々不当に得ていた補償金額が減ったからと言って、納得の行く理由も示さないまま、全く性質の異なる機器への追加課金を要求するのは不当以外の何物でもない。被害妄想もいい加減にしてもらいたい。第92回で書いたように、iPodやHDDレコーダーへの課金を正当化するに足る理由は今もって何一つ示されていない。権利者の思い込みに過ぎない架空の経済的不利益に基づいて、補償金が拡大されることなどあってはならないことである。

 あくまで、補償金制度は、私的録音録画によって生じる権利者への経済的不利益を補償するものであって、メーカーなどの利益を不当に権利者に還元するものではない。権利者団体の完全にトチ狂った主張に酌むべきところは何一つない。メーカーだけを叩けば何とかなると踏んでいるのかも知れないが、もはやそんなことでごまかされる消費者はいない。この情報化時代に、消費者パッシングのメーカーバッシングなど通用する余地はない。

(権利者団体が、ダビング10とコピーワンスの混乱について全責任をメーカーに押しつけようとしているが、これもお門違いも良いところだろう。そもそも、コピーワンスは、完全に不当な民間規制である上、総務省は、補償金はおろか、B-CAS・コピーワンスという民間規制に対する緩和の権限すら持ち合わせていない。自分たちの好きなように答申を解釈して、メーカーだけが悪いとするのはあまりにも虫が良すぎる話である。)

 メーカーも、この時期にこのようなアンケートを公表したのは、もはや妥協の余地はないとする宣戦布告だろう。これで退路は断たれた。メーカーはメーカーとして極めて正しいことを主張しているのであり、中途半端な妥協だけは絶対にしてもらいたくない。これでメーカーが中途半端な妥協をしようとするなら、私はメーカーも軽蔑する。

 このブログではさんざん繰り返してきたことだが、文化庁と権利者団体が、今まで必死になってごまかし続けてきた著作権に関する嘘はもはや誰の目にも明らかになりつつある。ほぼコストフリーでのコミュニケーション・コンテンツ流通を可能とするインターネットの登場によって、かえって明らかになったことは、複製という、文化すなわちコミュニケーションの根幹をなす行為の全てに許諾権や対価を及ぼすことは、文化と経済の発展に対して計り知れない弊害をもたらすということである。インターネット登場以前まで問題が顕在化していなかったからと言って、人工的な権利である著作権を絶対視することなどあってはならない。常に「複製=対価」であってはならないし、ましてや、「私的複製=補償金」では絶対にあり得ないと私は断言する

 全面戦争の火蓋が切って落とされることによって、コピーワンスと補償金問題の解決の目はさしあたり完全に消え去った。文化審議会が、消費者を無視して、メーカーを恫喝して、権利者団体のために金を巻き上げる場に過ぎないのなら、もう1回もこのような茶番劇など開いてもらいたくはない。権利者団体に片寄り、公平な議事運営も全く期待できない文化審議会で著作権の法改正を議論すること自体、今の著作権法による弊害を助長することにしかつながっていない。行政の諮問機関である文化審議会の決定を経て著作権法の改正がなされなければならないということもない。どうせ延期するのなら、もうダウンロード違法化も含めて全て白紙に戻して、私的録音録画小委員会など完全に無期延期にしてもらいたいと私は心から思う。開催するのなら、後1回だけ開いて、私的録音録画問題についての結論は出ないとする結論をまとめてもらいたい。これ以上の開催は単なる税金と社会的コストのムダである。日本の著作権法制に100年の禍根を残すことになるだけの中途半端かつ不合理な妥協こそ最も唾棄すべきものである。文化審議会がどうあろうと、B-CASとコピーワンスという不当規制が完全に排除されるのは時間の問題であると、いくら時間がかかろうと真の解決は自ずともたらされるものと私は信じている。

 ドイツの状況も参考に紹介しておくが、第15回で書いたように、補償金制度の合理化を図ろうと、DRMと機器・媒体の価格を考慮して、徴収団体と機器媒体のメーカー団体が、互いに補償金について交渉して補償金額を決めなくてはならないとする形に、今年から制度を変えたところ、ドイツも、最近明らかになった徴収団体の法外な要求金額に騒然となっている(IT-Businessの記事tom's hardwareの記事idealo.deの記事golem.deの記事chip.deの記事heise onlineの記事)。これらの記事によると、DRMを考慮するといった曖昧な法律の規定は全て無視して、ドイツの徴収団体は、容量1GBあたり1ユーロ以上、160GBのiPodで200ユーロ近い額の補償金額を要求して来たようである。例えドイツだろうが、日本円に直してiPodが3万円以上も値上げされる(従前のiPodへの課金は日本円に直して400円くらいだった)ことには、メーカーも消費者も到底耐えられないだろう。これからメーカー団体と協議が始まるようだが、ドイツでも問答無用でもめるに違いない。ドイツでは、補償金制度を合理化しようと法改正をして、かえって料率上げが要求されるという本末転倒なことが起こっている。これほど全世界のメーカーと消費者から絶大な不人気を博している制度もない。世界中見渡しても、私的録音録画補償金の対象と料率に関する客観的な基準はどこにもないのだ、ドイツを他山の石として、日本では絶対にここで踏みとどまらなくてはならない。ここが正念場である。

(5月30日夜の追記:JEITAのHPで、文化庁案と権利者団体側の主張を真っ向から否定する私的録音録画補償金問題に係るJEITAの見解が公開されているので、リンクを張っておく。これで宣戦布告のセレモニーは完了した。

 5月29日には、知財本部で、第3回の知財規制緩和調査会も開かれていた(internet watchの記事知財情報局の記事)。この調査会でもコンテンツ流通というキーワードが出てきているところが不安ではあるが、インターネットの登場によって新たに生まれた公正利用の類型に対する権利制限については、是非、知財計画に明記した上で、法改正まで持って行ってもらいたいと思う。繰り返しておくが、第78回で書いたように、著作権問題の本質は、ネットにおける既存コンテンツの正規流通が進まないことにあるのではなく、インターネットの登場によって新たに出てきた著作物の公正利用の類型に、今の著作権法が全く対応できておらず、この公正利用まで萎縮させ、文化と産業の発展を阻害していることにある。コンテンツ流通という言葉に踊らされるとロクなことはない。できることなら、この調査会では、コンテンツ流通に関する議題を外してもらいたいと思うくらいである。

 これはネット規制の話になるが、新聞業界も、ネット規制法に反対するとの意見書を提出したようである(時事通信の記事新聞協会のプレス記事意見書本文)。ようやく大手メディアも腰をあげたようだが、このネット規制の問題はそれくらいに重い。この話もまだまだこれからである。

 最後に、特許庁から、「イノベーションと知財政策に関する研究会」の政策提言及び報告書(原案)に対するパブリックコメントの募集がかかっているので、これもリンクを張っておく。著作権に比べると地味とは言え、第95回でも触れように、特許なども重要であることに変わりはない。特許政策に意見を言いたいという方は、是非パブコメを出すことをお勧めする。)

(5月31日の追記:JEITAの新会長の会見に関するITmediaの記事もあったのでリンクを張っておく。メーカーは利用者を代弁しているとJEITAの新会長は言ったようだが、メーカーと利用者の主張が完全に一致している訳ではないことは注意しておく必要がある。)

(6月1日の追記:ネット関連大手5社がネット規制法案への反対声明を再び表明したとのニュースもあった(時事通信のネット記事日経のネット記事毎日のネット記事)。

 また、第93回で紹介した前回のものと大きな違いはないが、知財本部のHPにアップされていたので、第3回の知財規制緩和調査会の資料の中から、念のため、「デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について<検討経過報告>」にリンクを張っておく。)

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