第94回:B-CASと独禁法、ダビング10の泥沼の果て
合意されたのだかされていないのだかよく分からないまま進んでいた時点で、ある程度予想されたことではあったのだが、先日(5月13日)、総務省の情報通信審議会の「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」でダビング10問題が議論され、事実上延期されることが決定された(AV watchの記事、ITproの記事、マイコミジャーナルの記事参照)。
不当に厳しいコピー制限の1種としか思われないダビング10に全く期待していないユーザーの一人として、ダビング10など永遠に延期にしてもらっても一向に構わないと思っているくらいだが、そもそも、既得権益となっている民間規制の排除に対して全関係者が拒否権を持っている状態で議論を行ったところで、何も決まらないのは当たり前の話である。
相変わらずバカの一つ覚えのように、総務省は関係者間で合意をと言っているようだが、このコピーワンス・ダビング10・B-CAS問題において本当に必要とされていることは、公共の利益に反する不当な既得権益・利権・民間規制の排除であって、関係者間の合意ではない。今の体たらくでは、このことが理解され、問題が本当に解決されるまでまだかなり時間がかかるものと思われるが、この問題における最後のピースとして、今回は、B-CASと独禁法の関係について書いておきたいと思う。
想像するに、B-CASシステムの搭載を必須とする今の放送・録画機器市場への新規参入には、電波産業会(ARIB)なりメーカー団体(JEITA)なりの天下り団体に参加してテラ銭を払って技術情報を手に入れ、国内大手放送局と大手メーカー十数社のみで設立・運営されているB-CAS社という得体の知れない会社とB-CASカード発行のための契約を結び、地上デジタル放送機器関連の特許を牛耳る国内大手メーカーと特許ライセンス契約を結ぶという手間が必要になるものと思われる。これだけのコストに加えて、B-CASというそれなりに複雑な暗号システムの開発・製造にもかなりの初期投資をしなくてはいけないという状況では、行政も含めた日本の複雑怪奇な規格決定プロセスに元から精通し、初期投資もタイミング良く済ませている国内大手メーカーに正規に張り合うことは始めから難しいだろう。
(特許料に関しては、パテントプールができた(AV watchの記事参照)ことで多少透明感・合理性が出たとは言え、それ以外の理解不能の追加参入コストを支払ってまで正規に参入しようとする中小・海外メーカーがどれほどあるだろうか。特に、一ユーザーには知り得べくもないことだが、内実大手放送局と大手メーカーに牛耳られているB-CAS社と他メーカーが結ぶ契約において、不当な参入制限条項がないかというのは気になるところである。コピー制限つきのPC用単体デジタルチューナーすら最近に至るまで長くARIB規格で認められていなかった(AV watchの記事参照)のもどうかと思われる。なお、B-CASの問題点については、そのWikiにも詳しい。)
とにかく不透明極まるので、具体的な参入コストの算定は不可能に近いが、日本の国内市場において、国内大手メーカー以外の安価なテレビ・録画機器がほとんど出回っていないことを考えても、この参入コストは意外なほど高くついているに違いなく、B-CASは事実上の参入規制・非関税障壁として見事に機能していると思われる。(ITproの記事でフリーオの原価は3000~3500円とされていたことから推しても、B-CASのような無意味な規制さえなければ、それなりに技術力のある海外・中小メーカー製の安価なチューナー・録画機器が早期に市場に出回っていたことだろうし、今の地デジ問題の様相も少しは変わっていたろう。)
さらに、B-CASによってエンフォースされているコピーワンス規制(実現されたらダビング10規制でも同じである)は、正規の機器における録画の利便性を不当に下げることで、無料放送コンテンツの2次利用物の価格を不当につり上げるものとしても機能しており、ここが、放送局と権利者の既得権益となっている。(ダビング10は、本質的な利便性の向上がない上、発生する追加の開発コストが機器に上乗せされるだけなので、この問題をさらにややこしくするだけである。暗号化はするがコピーは自由のEPNなら、消費者の利便性は向上するかも知れないが、結局B-CASという機器市場での競争阻害要因が取り除かれないため、やはり弊害は残る。なお、今のところ私にはその余力はないが、この分野においてミクロ経済分析をやってみるのも面白いだろう。)
特に、独占禁止法(正式名称は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」)の第2条第5項で、
この法律において「私的独占」とは、事業者が、単独に、又は他の事業者と結合し、若しくは通謀し、その他いかなる方法をもつてするかを問わず、他の事業者の事業活動を排除し、又は支配することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。
と定義されている私的独占は当然事業者がしてはならないこととされている(第3条)ものであり、さらに事業者団体レベルでも、第8条第1項の第1号や第3号で、「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」や「一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限すること」はしてはならないとされているのである。
第86回のB-CAS導入経緯で書いた通り、B-CASは、完全に少数の大手放送局と大手メーカーの共謀によって、あまねく視聴されることを目的としている無料の地上放送の公益性を無視して、機器に対する不当な参入規制・コンテンツの不当な値段のつり上げのために導入されたものであり、これはほとんど条文そのままの行為で、どう考えても独禁法上真っ黒としか考えられない。放送局やメーカーがどういう言い逃れでこれを白と考えているのか理解に苦しむほどである。無論、既存の大手メーカー同士・放送局同士の競争は多少はあるだろうが、大手同士の馴れ合いの箱庭競争など、需要者の利益を不当に害する民間規制を正当化するものたり得ないのは無論のこと、放送局やARIBへの天下り利権確保に走った総務省も同じ穴のムジナとして同罪だというだけのことで、総務省の審議会や省令改正によるバックアップも何ら免罪符にならない。
私的独占をバックアップした行政機関を罰する規定が独禁法にないのは残念でならないが、事業者に対しては、公正取引委員会は、第7条の2第2項で規定されている通り、私的独占に対して事業者に課徴金を課すことが可能であり、事業者団体についても、第8条の2で規定されている通り、問題行為の差し止めから、団体の解散という非常に厳しい命令まで出すことが可能である。先日JASRACに公取が立ち入り検査をしたが、ここにも公取の仕事はあるに違いない。本当に問題だったのは、メーカーなのか、放送局なのか、ARIBなどの規格団体なのか、総務省などの役所なのか良く分からないが、皆同じ穴のムジナなので、どこでも叩けばホコリは出てくるだろう。
B-CASカード利用不正録画機器フリーオの登場によって表向きの名目であるコピー制限のエンフォースすら疑わしくなり、実は権利者・放送局の既得権益たり得なかったものであることが判明しつつあるB-CAS(コピーワンス・ダビング10)に、国としてしがみつき続けるのは、既に国民に見放されつつある地デジの沈没を加速するだけだろう。
今の状態では、私も、一消費者・一ユーザー・一国民として、地デジを見放すという選択肢以外取りようがないが、国の政策としてそれで良いのかという疑問は尽きない。総務省にせよ、文化庁にせよ、国として何を軸に判断しなければならないかの基準すら示さないまま、ただひたすら自分たちの利権さえ拡大できれば良いとばかりに、自分たちも含め各関係者の既得権益を全て隠蔽したまま、国民不在の議論を審議会で続ける役所の姿勢にも、不信感がつのるだけである。
文化庁がトチ狂った補償金拡大案で、この地上デジタル放送に関するコピー制限問題をさらに撹乱している訳だが、B-CAS(コピーワンス・ダビング10)という不当規制に加えて、物理的にタイムシフト視聴しか用途が考えられないHDDレコーダーにまで理解不能の狂った論理で不当に補償金の対象とされるという最低最悪の未来を、中途半端な妥協で招くことに対しては、私も、一ユーザー・一消費者・一国民として断固反対する。
(このような規制緩和により、正規の録画機器が多く出回れば、かえって不正コピー自体は減ると思われるので、無料の地上放送をノンスクランブル・コピーフリーにすることが、必ずしも権利者の不利益につながるとは思えないのだが、確かに、このインターネット時代には、違法コピー対策などのために権利者に不当な負担(経済的不利益とイコールではない)が生じているかも知れない。だが、このインターネット時代において著作権のエンフォースに必然的にともなう過大な負担を社会的にどうするかという問題は、機器や媒体に課される補償金を不当に拡大することによって解決されるものではないし、解決されて良い話でもない。なお、私的録音録画補償金に関する話はさんざん他のエントリでも書いてきたので、ここでこれ以上繰り返すことはしないが、ノルウェーのように税金で権利者への補償をしている国があることや、日本で、コンテンツ振興と称して権利者団体他にばらまかれている税金も一種の補償金と考えられることなどは、補償金に関する議論において、もっと注目されても良いと私は考えている。)
法的にもコスト的にも、どんな形であれ(総務省が天下り先となる機器の認定機関を作る案を出したことも昔あったが、これは、天下りコストがさらに今の機器に上乗せされ、しかもフリーオ対策には全くならないという最低の愚策である)、全国民をユーザーとする無料地上放送に対するコピー制限は維持しきれるものではない。このようなバカげたコピー制限に関する過ちを二度と繰り返さないため、無料の地上放送についてはスクランブルもコピー制御もかけないこととする逆規制を放送法(情報通信法)に入れるべきだとすら私は思っているのだ。 その不当性から見て、無料の地上放送におけるB-CASとこれに基づくコピー制御の排除は時間の問題だろう。いつ到達することになるかは全く読めないが、この無料の地上放送におけるノンスクランブル・コピーフリーの実現こそ、この問題における本当のラスト1マイルである。
ついでに、直接ユーザーに絡む話ではないが、経済産業省が、企業や大学が大量破壊兵器などの製造につながる恐れのある技術情報の国外持ち出し規制を強化することを考えているという日経のネット記事があったので紹介しておく。重要情報をフロッピーディスクや紙で持ち出したり、電子メールなどで国外に提供したりする場合は、企業などに国に許可を取るよう義務付ける方針らしい。しかし、電源開発(株)への外資ファンドの20%への株買い増しを止めた経産省の対応を見ても、どうにも、今の役所は、個別のビジネスの話と、本当の国益・安全保障の話を混同しているとしか思われず、このような情報規制も重要技術に関する定見もないままに闇雲に導入され、誰にも守れない規制としてムダに官製不況を招くのではないかという懸念を私は強く感じている。
次回は、ここら辺で少し特許関連の話をまとめて書いておこうかと考えている。
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