« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月30日 (金)

第98回:文化審議会という茶番

 私的録音録画小委員会が延期される(internet watchの記事ITmediaの記事参照)とともに、28日にメーカー(JEITA)から私的録音補償金問題に関するアンケート(ITproの記事internet watchの記事ITmediaの記事アンケート結果1結果2参照)が発表され、この29日には権利者団体による会見も開かれ(時事通信のネット記事internet watchの記事ITmediaの記事ITproの記事ascii.jpの記事AV watchの記事参照)、総務省のデジタルコンテンツ委員会で、ダビング10の開始の延期が報告される(AV watchの記事日経TechOnの記事参照)という状態で、コピーワンスと私的録音録画補償金の問題は、完全な泥仕合と化しつつある。

 もはや収拾は全くつきそうにないが、どう考えても、この火種を点けたのは、文化庁のデタラメな審議会運営である。上でリンクを張った記事によると、文化庁は、私的録音録画小委員会の延期の理由について、補償金問題について、メーカー側の委員から回答が得られそうにないためと説明したらしいが、第92回でもリンクを張ったITmediaの記事などによると、前回の私的録音録画小委員会で、メーカーなどの疑問に応えられる説明を次回(5月29日)の会合までに用意するよう主査に求められていたのは文化庁の方だったはずである。直前の回での主査からの要請すら無視し、消費者も無視し、恫喝してもメーカーがイエスと言わないからと審議会の開催を勝手に伸ばすなど、文化庁の恣意的な議事運営はとどまるところを知らない。決裂するなら決裂するで、その場を作らなければならないにも関わらず、自分たちの案にイエスと言う場だけを与えて、ノーと言う場を与えないとは不公平も甚だしい。

 また、権利者団体も権利者団体である。会見で、権利者側が譲歩をしたと言っているようだが何が譲歩なのだかさっぱり分からない。そもそも不当だった民間規制のコピーワンスについて、利便性の向上に全くつながらない程度にごくわずか緩和するとして、しかもその緩和にかかるコストはメーカーと消費者に押しつけたあげく、譲歩したとは片腹痛い

 新たに機器が追加されれば、補償金は拡大されるのだ、元々不当に得ていた補償金額が減ったからと言って、納得の行く理由も示さないまま、全く性質の異なる機器への追加課金を要求するのは不当以外の何物でもない。被害妄想もいい加減にしてもらいたい。第92回で書いたように、iPodやHDDレコーダーへの課金を正当化するに足る理由は今もって何一つ示されていない。権利者の思い込みに過ぎない架空の経済的不利益に基づいて、補償金が拡大されることなどあってはならないことである。

 あくまで、補償金制度は、私的録音録画によって生じる権利者への経済的不利益を補償するものであって、メーカーなどの利益を不当に権利者に還元するものではない。権利者団体の完全にトチ狂った主張に酌むべきところは何一つない。メーカーだけを叩けば何とかなると踏んでいるのかも知れないが、もはやそんなことでごまかされる消費者はいない。この情報化時代に、消費者パッシングのメーカーバッシングなど通用する余地はない。

(権利者団体が、ダビング10とコピーワンスの混乱について全責任をメーカーに押しつけようとしているが、これもお門違いも良いところだろう。そもそも、コピーワンスは、完全に不当な民間規制である上、総務省は、補償金はおろか、B-CAS・コピーワンスという民間規制に対する緩和の権限すら持ち合わせていない。自分たちの好きなように答申を解釈して、メーカーだけが悪いとするのはあまりにも虫が良すぎる話である。)

 メーカーも、この時期にこのようなアンケートを公表したのは、もはや妥協の余地はないとする宣戦布告だろう。これで退路は断たれた。メーカーはメーカーとして極めて正しいことを主張しているのであり、中途半端な妥協だけは絶対にしてもらいたくない。これでメーカーが中途半端な妥協をしようとするなら、私はメーカーも軽蔑する。

 このブログではさんざん繰り返してきたことだが、文化庁と権利者団体が、今まで必死になってごまかし続けてきた著作権に関する嘘はもはや誰の目にも明らかになりつつある。ほぼコストフリーでのコミュニケーション・コンテンツ流通を可能とするインターネットの登場によって、かえって明らかになったことは、複製という、文化すなわちコミュニケーションの根幹をなす行為の全てに許諾権や対価を及ぼすことは、文化と経済の発展に対して計り知れない弊害をもたらすということである。インターネット登場以前まで問題が顕在化していなかったからと言って、人工的な権利である著作権を絶対視することなどあってはならない。常に「複製=対価」であってはならないし、ましてや、「私的複製=補償金」では絶対にあり得ないと私は断言する

 全面戦争の火蓋が切って落とされることによって、コピーワンスと補償金問題の解決の目はさしあたり完全に消え去った。文化審議会が、消費者を無視して、メーカーを恫喝して、権利者団体のために金を巻き上げる場に過ぎないのなら、もう1回もこのような茶番劇など開いてもらいたくはない。権利者団体に片寄り、公平な議事運営も全く期待できない文化審議会で著作権の法改正を議論すること自体、今の著作権法による弊害を助長することにしかつながっていない。行政の諮問機関である文化審議会の決定を経て著作権法の改正がなされなければならないということもない。どうせ延期するのなら、もうダウンロード違法化も含めて全て白紙に戻して、私的録音録画小委員会など完全に無期延期にしてもらいたいと私は心から思う。開催するのなら、後1回だけ開いて、私的録音録画問題についての結論は出ないとする結論をまとめてもらいたい。これ以上の開催は単なる税金と社会的コストのムダである。日本の著作権法制に100年の禍根を残すことになるだけの中途半端かつ不合理な妥協こそ最も唾棄すべきものである。文化審議会がどうあろうと、B-CASとコピーワンスという不当規制が完全に排除されるのは時間の問題であると、いくら時間がかかろうと真の解決は自ずともたらされるものと私は信じている。

 ドイツの状況も参考に紹介しておくが、第15回で書いたように、補償金制度の合理化を図ろうと、DRMと機器・媒体の価格を考慮して、徴収団体と機器媒体のメーカー団体が、互いに補償金について交渉して補償金額を決めなくてはならないとする形に、今年から制度を変えたところ、ドイツも、最近明らかになった徴収団体の法外な要求金額に騒然となっている(IT-Businessの記事tom's hardwareの記事idealo.deの記事golem.deの記事chip.deの記事heise onlineの記事)。これらの記事によると、DRMを考慮するといった曖昧な法律の規定は全て無視して、ドイツの徴収団体は、容量1GBあたり1ユーロ以上、160GBのiPodで200ユーロ近い額の補償金額を要求して来たようである。例えドイツだろうが、日本円に直してiPodが3万円以上も値上げされる(従前のiPodへの課金は日本円に直して400円くらいだった)ことには、メーカーも消費者も到底耐えられないだろう。これからメーカー団体と協議が始まるようだが、ドイツでも問答無用でもめるに違いない。ドイツでは、補償金制度を合理化しようと法改正をして、かえって料率上げが要求されるという本末転倒なことが起こっている。これほど全世界のメーカーと消費者から絶大な不人気を博している制度もない。世界中見渡しても、私的録音録画補償金の対象と料率に関する客観的な基準はどこにもないのだ、ドイツを他山の石として、日本では絶対にここで踏みとどまらなくてはならない。ここが正念場である。

(5月30日夜の追記:JEITAのHPで、文化庁案と権利者団体側の主張を真っ向から否定する私的録音録画補償金問題に係るJEITAの見解が公開されているので、リンクを張っておく。これで宣戦布告のセレモニーは完了した。

 5月29日には、知財本部で、第3回の知財規制緩和調査会も開かれていた(internet watchの記事知財情報局の記事)。この調査会でもコンテンツ流通というキーワードが出てきているところが不安ではあるが、インターネットの登場によって新たに生まれた公正利用の類型に対する権利制限については、是非、知財計画に明記した上で、法改正まで持って行ってもらいたいと思う。繰り返しておくが、第78回で書いたように、著作権問題の本質は、ネットにおける既存コンテンツの正規流通が進まないことにあるのではなく、インターネットの登場によって新たに出てきた著作物の公正利用の類型に、今の著作権法が全く対応できておらず、この公正利用まで萎縮させ、文化と産業の発展を阻害していることにある。コンテンツ流通という言葉に踊らされるとロクなことはない。できることなら、この調査会では、コンテンツ流通に関する議題を外してもらいたいと思うくらいである。

 これはネット規制の話になるが、新聞業界も、ネット規制法に反対するとの意見書を提出したようである(時事通信の記事新聞協会のプレス記事意見書本文)。ようやく大手メディアも腰をあげたようだが、このネット規制の問題はそれくらいに重い。この話もまだまだこれからである。

 最後に、特許庁から、「イノベーションと知財政策に関する研究会」の政策提言及び報告書(原案)に対するパブリックコメントの募集がかかっているので、これもリンクを張っておく。著作権に比べると地味とは言え、第95回でも触れように、特許なども重要であることに変わりはない。特許政策に意見を言いたいという方は、是非パブコメを出すことをお勧めする。)

(5月31日の追記:JEITAの新会長の会見に関するITmediaの記事もあったのでリンクを張っておく。メーカーは利用者を代弁しているとJEITAの新会長は言ったようだが、メーカーと利用者の主張が完全に一致している訳ではないことは注意しておく必要がある。)

(6月1日の追記:ネット関連大手5社がネット規制法案への反対声明を再び表明したとのニュースもあった(時事通信のネット記事日経のネット記事毎日のネット記事)。

 また、第93回で紹介した前回のものと大きな違いはないが、知財本部のHPにアップされていたので、第3回の知財規制緩和調査会の資料の中から、念のため、「デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について<検討経過報告>」にリンクを張っておく。)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月27日 (火)

第97回:ドイツの知財法改正(プロバイダー責任制限・コスト付加型の情報開示手続の整備)

 第88回でも触れたが、この5月23日に、ドイツで、知財法改正案が連邦参議院も通過して成立したとのニュースがあった(heise onlineの記事Computer Betrugの記事luebeck onlineの記事dradioの記事参照)ので、今回はこの法改正についてもう少し詳しく紹介しておく。

 上のドイツ語の記事にも紹介されているが、改正法案のポイントは、要するに、

  • 権利者は侵害者にまず警告を行い、示談による解決のチャンスを与える。
  • 非商用規模の権利侵害への警告で要求できる弁護士費用の上限は100ユーロ。
  • 通信データの開示は裁判所が決定。開示請求費用は権利者が負担。

ということである。さらに、著作権法の改正部分から、対応する条文も訳しておくと、

§ 97a Abmahnung
(1) Der Verletzte soll den Verletzer vor Einleitung eines gerichtlichen Verfahrens auf Unterlassung abmahnen und ihm Gelegenheit geben, den Streit durch Abgabe einer mit einer angemessenen Vertragsstrafe bewehrten Unterlassungsverpflichtung beizulegen. Soweit die Abmahnung berechtigt ist, kann der Ersatz der erforderlichen Aufwendungen verlangt werden.

(2) Der Ersatz der erforderlichen Aufwendungen fur die Inanspruchnahme anwaltlicher Dienstleistungen fur die erstmalige Abmahnung beschrankt sich in einfach gelagerten Fallen mit einer nur unerheblichen Rechtsverletzung auserhalb des geschaftlichen Verkehrs auf 100 Euro.
...

§ 101 Anspruch auf Auskunft
...
(9) Kann die Auskunft nur unter Verwendung von Verkehrsdaten (§ 3 Nr. 30 des Telekommunikationsgesetzes) erteilt werden, ist fur ihre Erteilung eine vorherige richterliche Anordnung uber die Zulassigkeit der Verwendung der Verkehrsdaten erforderlich, die von dem Verletzten zu beantragen ist. Fur den Erlass dieser Anordnung ist das Landgericht, in dessen Bezirk der zur Auskunft Verpflichtete seinen Wohnsitz, seinen Sitz oder eine Niederlassung hat, ohne Rucksicht auf den Streitwert ausschlieslich zustandig. Die Entscheidung trifft die Zivilkammer. Fur das Verfahren gelten die Vorschriften des Gesetzes uber die Angelegenheiten der freiwilligen Gerichtsbarkeit mit Ausnahme des § 28 Abs. 2 und 3 entsprechend. Die Kosten der richterlichen Anordnung tragt der Verletzte. Gegen die Entscheidung des Landgerichts ist die sofortige Beschwerde zum Oberlandesgericht statthaft. Sie kann nur darauf gestutzt werden, dass die Entscheidung auf einer Verletzung des Rechts beruht. Die Entscheidung des Oberlandesgerichts ist unanfechtbar. Die Vorschriften zum Schutz personenbezogener Daten bleiben im Ubrigen unberuhrt.
...

第97a条 警告
第1項 侵害を受けた者は、不作為に関する裁判手続の開始前に、侵害者に警告を行い、適切な示談金により賠償責任を果たす契約で争いを解決する機会を与えなくてはならない。

第2項 最初の警告のために利用される弁護士サービスにかかった費用の請求は、簡単なケースで、商用規模ではない些細な権利侵害については、100ユーロをその上限とする。
(中略)

第101条 情報開示請求
(中略)
第9項 通信データ(通信法の第3条第30項で定められている)の利用について情報開示が認められ得る、ただし、これが認められるためには、前もって、通信データの利用が、被害を受けた者によって求められ、これを許可する裁判所の命令が必要である。この命令の発令については、被害額によらず、情報開示の義務を負う者の本住所、本社あるいは支店がある地区の地方裁判所が排他的に管轄権を有する。民事部が決定を出す。その手続には、第28条第2項と第3項の例外も含め、裁判法の規則が適用される。裁判所の命令の費用は被害を受けた者が負担する。地裁の決定に対しては、ただちに高等裁判所へ控訴することが許される。しかし、それは、地方裁判所の決定に法律違反が含まれている場合にのみ、そのことに基づいてなされ得るものである。高等裁判所の決定に対して異議を唱えることはできない。個人情報保護に関する規則が、その他の点で、影響を受けることはない。
(後略)

(訳注:ドイツの通信法の第3条第30項で、通信データは、通信事業者の提出によって、収集・処理・利用されることになるデータと定義されている。裁判法の第28条第2項と第3項では、上告の例外を定めている。)

となる。

 このドイツの法改正の背景事情は、第88回でも書いたが、この2008年1月からこのダウンロード違法化の実運用が始まったにもかかわらず、3月11日にドイツの憲法裁判所で、インターネットの通信ログの開示は、殺人やテロ、汚職などの重大な刑事事件において公的機関に認められるだけであるという判決が出され、刑事告訴によってIPアドレスからユーザーを突き止め、それから民事訴訟で損害賠償請求を行うということがほぼ不可能となったため、このような民事でのプロバイダー責任制限・コスト付加型の情報開示手続をあわてて整備せざるを得なくなったというお粗末なものである。(このような情報開示手続がドイツで今になって始めて作られたということは、ドイツ語の記事にも書かれている。)

 今までのデタラメな法制で刑事告訴の乱発を招いたことから、今回の法改正では、さしものドイツも、情報開示請求の費用を権利者負担とし、最初の警告書で要求できる弁護士費用を100ユーロに制限するなど、それなりにユーザー保護も考えたようである。刑事告訴の道は閉ざされたし、裁判所に情報開示命令を出してもらうのにもそれなりのコストがかかるだろう。100ユーロまでしか手続費用をユーザーに請求できないというのでは、悪質なケースを除き、普通にネットを使っているだけの単なるダウンロードユーザーまで警告や告訴に巻き込まれるということはおよそ無くなるに違いない。(実際どうなるかは、実運用の開始まで待たないと分からないが。)

 文化庁はいつもドイツでダウンロードが違法化されたことだけを強調するのだが、他の情報も含めて考えれば、どこをどう見ても、インターネット時代の知財法の検討において、ドイツは全く手本にならないどころか、率先して悪例を示してくれている反面教師としか思われない。著作権法だけを見て、権利者の保護強化を図れば良かった古き良き時代はもはや終わったのである。インターネット時代の著作権法では、通信の秘密など他の基本的な権利とのバランスが常に考慮されなくてはならないのだ。著作権戦争に終わりは見えないが、日本がドイツの二の轍を踏まないことを私は切に願っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月25日 (日)

第96回:ネット規制法と児童ポルノ規制強化法の自民党案と民主党案の比較

 青少年ネット規制法の自民党案が明らかになったという報道があった(時事通信のネット記事読売のネット記事1記事2スポーツニッポンのネット記事毎日のネット記事参照)。

 自民党案は、報道だけでは詳細が良く分からないのだが、これで、ネット規制法と児童ポルノ規制強化法に関して、与野党の案が揃ったことになると思われるので、参考のために、分かる限りで比較してみたいと思う。(私には各種報道以上の情報ソースがないが、崎山伸夫氏のブログで最近の自民党案についてより細かく分析されているので、一読をお勧めする。)

(1)ネット規制法
 ネットに原案をきちんと載せている(民主党のHP原案)ので、民主党の方が印象が良いと言えば良いが、両党とも思考回路はそれほど変わらないので、当初の議論からするとかなりトーンダウンしているとはいえ、どちらの案でも、このままではかなり危険な規制となるだろうと私は踏んでいる。分かる限りでポイントを比較してみると、以下のようになるだろうか。

<有害情報の定義>
自民党:なし(恐らく例示はあるのではないか。)
民主党:例示あり

<携帯電話フィルタリング義務化>
自民党:あり(親によって解除可能)
民主党:あり(親によって解除可能)

<PCメーカーのフィルタリングソフトプリインストール義務化>
自民党:不明
民主党:あり

<インターネットサービスプロバイダー(ISP)のフィルタリングソフト提供義務化>
自民党:不明
民主党:あり

<フィルタリングソフト開発事業者>
自民党:技術支援(恐らく)
民主党:支援(財政支援含む)+利用者の選択に応じてきめ細かく設定でき、不必要な閲覧制限ができるだけ少なくするソフトを開発する努力義務

<フィルタリング基本計画>
自民党:あり
民主党:なし

<フィルタリング閣僚会議>
自民党:あり
民主党:なし

<サイト管理者とISPの義務>
自民党:不明
民主党:有害情報があると知ったとき、子どもにより有害情報の閲覧がされないようにする措置を講ずる努力義務

<民間の第3者機関>
自民党:有害サイト認定機関を政府が登録・指定・財政支援
民主党:有害情報通報機関、フィルタリング性能指針作成機関などへの支援(財政支援含む)

<罰則>
自民党:なし
民主党:なし

<ネット教育推進>
自民党:不明
民主党:あり

 両党とも、罰則を無くして、フィルタリングを中心に据えてきているあたりで、かなりのトーンダウンを感じるが、総務省の携帯フィルタリング義務化要請で混乱に次ぐ混乱が引き起こされている(今もなお実施は延期されている)ことも忘れ、平然と法案に義務化を組み込んでいるあたりで、不信感しか覚えない。大臣要請によってもたらされた今の混乱状態で、フィルタリング義務化を法律化することは、さらに混乱に拍車をかけるだけだろう。自民党案の基本計画や閣僚会議も予算のムダとしか思えないが、携帯電話の混乱を見る限り、民主党案の携帯電話以外のフィルタリングソフト提供義務化もかなりの混乱をもたらすのではないかと思われる。

 民主党案で、例示とは言え「著しく・・・する」といった表現で有害情報が定義可能と考えられているのも頭が痛い。罰則がないとしても、このような有害情報があると通知されたときのサイト管理者・ISPの対応はかなり難しく、努力義務を盾に、警察などの息がかかった民間の通報団体が事実上のネット検閲団体と化し、表現に対するかなりの萎縮効果が発生しかねない

 自民党案のように、政府が有害サイト認定機関を登録・指定・財政支援するなら、完全に半官のネット検閲センターが出来ることになる。このような登録検閲センターが天下り先となることは間違いないだろうし、自民党案ではネット表現における政府の関与は極めて強いものとなることは疑いない。フィルタリングとの関係も法律に書き込むことで利権を作るつもりかも知れないが、情報の有害性の判断は常に相対的なものであり、政府のお墨付きを得た天下り機関が一方的に特定のサイトを有害と決めつけることなど到底許されることではない

 情報の有害性の判断は常に相対的にしかなし得ないものであるから、本当の犯罪行為を除けば、本来、情報発信者と、情報によって被害を受けたと考える者、情報発信の場を提供している者の3者の間の調停に国が関与する余地はない。既に、各種インターネット関連法があり、プロバイダー責任制限法もある。これ以上に何が必要なのかが私には常に分からないのだ。これらの法律が使いにくいというなら、その法律を改正するべき話であって、青少年保護にかこつけて特別法を作る話ではない。法規制のための法規制など、私は全くして欲しいと思わない。

(2)児童ポルノ規制強化法
 ネット規制法に比べると、児童ポルノ規制強化法の論点は割と単純だが、刑罰をともなうだけにその影響は極めて大きい。与党案(47NEWSの記事参照)と民主党案(朝日のネット記事参照)を、分かる限りで比べてみると、以下のようになる。

<単純所持規制>
与党:あり(自己の性的好奇心を満たす目的で児童ポルノを所持・保管)
民主党:あり(みだりに収集)

<有償購入規制>
与党:なし(ただし、単純所持規制でカバーされるものと思われる)
民主党:あり

<ISPの協力・努力義務>
与党:あり
民主党:恐らくなし

<定義の厳格化>
与党:なし
民主党:「他人が児童の性器などを触る行為または児童が他人の性器などを触る行為に係る児童の姿態」との現行規定を「性器などをことさらに強調するなどして示す」ものに改め、「衣服の全部または一部を着けない児童の姿態」という規定をあいまいだとして削除

<創作物規制・インターネットブロッキング措置のための調査>
与党:あり
民主党:恐らくなし

 各党の単純所持規制へのこだわりは非常にタチが悪い。情報の単純所持は完全に個人に閉じる行為なので、「性的好奇心を満たす目的」かどうかなどは、証明も反証もできない要件であり、児童ポルノウィルスや電子メール、サイト管理などにおける問題も含め、国民視点で考えたとき、このような要件は全く冤罪防止とならない。民主党案の「みだりに収集」も同じであり、その収集行為が「みだりに」なされたものかどうかは、誰にも証明も反証もできないものである。

(ただ、定義の厳格化を行おうとしている点では、民主党案は高く評価したい。このように範囲を限定した上で、有償購入までを規制するというのなら、まだ理解できるのだが、「みだりに収集」することを規制対象としていることは全くいただけない。「収集」とすることで規制強化前に所持していたものについては規制の対象外となるのかも知れないが、ネットの特性を考えると、やはり収集規制も、単純所持規制と同じく危険なものと言わざるを得ない。)

 両法とも、民主党の方がマシと言えばマシだが、比較の問題だろう。与野党とも、規制のコスト・メリットをまじめに考えているとはあまり思えない。自民党も、民主党も、その思考回路はあまり変わらず、放っておくと必ず規制強化の方へ行くと思われるので、非常に厄介である。各党に意見を送るなど、私も地道に反対を続けて行く。

(2009年7月1日の追記:このエントリは去年の5月25日時点での情報で書いたものであり、今現在の与野党の児童ポルノ規制法の改正案については、それぞれ、番外その14第162回を参照頂ければと思う。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月23日 (金)

番外その12:ユーザーから見た放送・音楽業界のビジネスモデルに対する疑問

 今回は、番外として、少し毛色を変えて、一ネットユーザーから見た、放送と音楽のビジネスモデルに対する疑問を思いつくままに書き並べてみる。ただ、別に疑問を抱いているからと言って、そのビジネスモデルそのものをどうこうしろというつもりは私にはあまりない。私が問題だと思っているのは、最近の政官が、特定業界と結託して、ビジネスの話と法規制の話をごっちゃにし、規制強化による不当な利権拡大を目論んでいることだけである。

(1)放送
 テレビを漫然と見ている分には単純と思えなくもないのだが、放送のビジネスモデルは、今となっては時代遅れの規制に蝕まれているのではないかというのは、私の本質的な疑問の一つである。

 総務省の放送制度に関する資料(似たような資料を総務省は沢山作っているので、どれでも良かったのだが、これは「携帯端末向けマルチメディア放送サービス等の在り方に関する懇談会」のものである。)を見ても、山ほどの規制の中でビジネスが組み立てられており、さらに、電波放送に関しては総務省から放送局免許を受けることが絶対必要なので、放送業界は、事実上新規参入があり得ないというすごい状態にある。

 しかし、例えば、映像を撮って編集し、動画サイトなりを利用してブログに埋め込む程度のことは個人レベルでも簡単にできるし、このように誰でも世界に向けて放送ライクの映像配信ができるようになっている今の状態で、放送について今の山のような規制を維持する意味は本当に疑わしい。放送規制については、その免許の付与方法や、放送内容に対する規制、マスメディア集中排除原則、県域免許、最近総務省での流用が明るみに出た(朝日のネット記事参照)電波利用料の問題まで疑問が尽きることはない。

 マスメディア集中排除原則なども電波法で特別に定めていることからして疑問であり、最近緩和された(産経のネット記事参照)とは言え、もう全て独禁法にまかせても良いのではないかという気すらする。県域免許や事業参入規制をしたままの、このような緩和の意味もいまいち良く分からないが、護送船団方式の中、破綻寸前の地方局を救うためのセーフティネットくらいにはなるのだろうか。

(それにしても、このマスメディア集中排除原則の緩和は、「放送局に係る表現の自由享有基準」という電波法の下位省令で決まっているのだが、さらに別省令「放送局に係る表現の自由享有基準の認定放送持株会社の子会社に関する特例を定める省令」を追加して、持ち株会社について特例を作るというトリッキーなことをしている。このようにわざと法令をややこしくすることの意味もよく分からない。)

 また、地上放送の収入が広告に大きく依存していることも、ビジネスモデルの歪みを大きくしているだろう。日本の広告費は毎年電通が発表している(Markezineの記事電通の発表資料)が、2兆円をわずかに割ったとは言え、今でもテレビは最大の広告媒体であり、無料の地上放送局のビジネスモデルは、この2兆円を新規参入がない中でいかに山分けするかというところに尽きている。

 個人的な実感としては、もはやネット利用時間の方がテレビの視聴時間より長くなりつつあるのではないかという気がするのだが、ネット広告は全体で6000億円とユーザーの利用実態の変化がまだ十分に反映されていない。そのため、放送局にしてみれば、コンテンツをテレビだけで流して視聴率を稼いだ方が絶対得なはずであり、今現在、ネットに自らコンテンツを流すインセンティブが放送局に働くはずはない。放送番組の2次利用が進まないのに著作権処理が良く言い訳に使われるが、そんなところに本当の理由はないだろう。

 この状況下で、役所で無理矢理放送番組のネット利用ビジネスを推進しようと政策検討をしていることからして理解できないのだが、地デジ移行のことなどを考えても、今後さらにテレビ離れが進むと考えられる中で、ネット利用に異常なほど消極的と見える放送局の態度も理解に苦しむ。ネット広告はこのまま伸びて行くだろうし、放送局は自分で自分の首を絞めているような気がしてならないのだ。

 放送に関しては、NHK問題も疑問だらけである。総務省でBS-NHKのスクランブル化を提案している(毎日のネット記事参照)ようだが、今でこそ多少下火になっているものの、NHK問題もこの程度のことで片付く話とは到底思われない。地上放送のデジタル移行でテレビ離れが進んだらなおさらだろう。ワンセグ携帯だけでテレビを受信する層が増えたりした日には、目も当てられない状態になると思うのだが。

 また、総務省のデジタルコンテンツ委員会の議事録を読んでいても、地上デジタル放送のコピー制御に関して、放送局がその正当化理由に持ち出すリッチコンテンツがどうとか、HD画質がどうとか言う理屈も常に理解出来ない。ほぼ2次利用が考えられないニュースなども含めて番組は全てリッチコンテンツで厳格なコピー制御が必要というのは良く分からないし、画質に関しても、そこまで消費者を信用できないなら、地上デジタル放送でも、どうしてもHD画質での流出を防ぎたいコンテンツについては、コピーフリーとされているアナログと同様にSD画質で番組を流してもらっても私は一向に構わない。SDにHDは流せないが、HDにSDは流せるのだ。

(大体、メディアの主流がSD画質のDVDである中で、無理矢理期限を切って無料放送のHD化を進めていることも、ビジネスモデルの歪みを助長しているように思う。)

 いくらネットや録画機器が今の放送のビジネスモデルに邪魔だからと言って、これらへの規制強化を図っても、インターネットはおろか、録画機器すら無かった頃の本当の放送黄金時代には絶対戻れないだろう。

(2)音楽
 技術の進展によって増えた私的録音録画によって権利者は莫大な経済的不利益を被っているという主張を、文化庁の私的録音録画小委員会で、延々権利者団体代表は繰り返している訳だが、そうは言っても、JASRACの徴収料が全体として今年増収に転じている(ITmediaの記事JASRACの定例記者会見資料参照)ことを思うと、このような主張は実に嘘くさく思えて仕方がない。(逆に不利益が全くないということも証明できないので、本当にこの問題は厄介なのだが。)

 レコード協会の統計を見ると、さらに良く分かるが、音楽業界の中でCD(レコード)の売り上げだけを見れば確かに減っている。しかし、ほぼ音楽著作権を独占しているJASRACの増収の内訳を見てみれば、これは、CDからダウンロード販売などへの移行という、ネット時代にあって、極当たり前のビジネスモデルの転換が起こっているに過ぎないとほぼ分かる。このようなCDの売り上げ減は、私的録音録画問題・著作権問題とは性質を異にするものとしか思えないのだ。

 実演家の収入がどうなっているのかは良く分からないが、彼らも著作隣接権者とは言え、レコード会社のような流通事業者ではないので、やはり収益が大きく減っているということはないのではないかと思う。減っているとしても、私的録音録画の影響より、各利用形態における料率の設定ミスなどの要因の方が遥かに大きいに違いない。

 また、かなり通常のダウンロード販売が増えたとは言え、音楽配信がかなり携帯の着メロと着うたに依存しているのも日本の特徴的なところだろう。世界的にはDRMフリーのダウンロード販売がほぼ潮流となりつつある中、日本の音楽業界が、携帯への配信とDRMにかなりこだわっているのもどうかと思う点である。

 さらに、レンタルCDと私的録音補償金との関係もいまだに釈然としない。私的録音のための料金が暗黙の内に含まれていないとしたら、あのレンタルCDの料金・料率は何なのかという疑問は常にぬぐえない。

 音楽CDについては、多少の変動はあるものの、大体アルバムで3000円といった価格が維持されているのも不思議と言えば不思議な点である。CDを一生懸命作っている方には悪いが、他のコンテンツと比べて、はっきり言ってこの値段では、もはや娯楽としてコストパフォーマンスが良いとは言い難い。業界のビジネスモデルはなかなか変わり難いだろうし、再販制の所為かも知れないが、もう少し価格に弾力性があっても良いのではないかと思う。

 様々な規制が入り乱れている上、情報という無体物を扱い、これを保護する著作権は無形式無登録で発生し、その財産権に関しては完全に契約自由という状態では、コンテンツは、種類毎に、その特性を色濃く反映したビジネスモデルができて当たり前である。それが不可逆の環境変化によってさらに歪んだからといって、その歪みをいくら法律に押しつけようとしたところで、絶対無理が来る。法律は最後の調整手段であり、しかも万能のツールではない。消費者・国民はバカではないのだ。ビジネスの話は最後ビジネスでしか解決されようがないというひどく単純なことを、政官業の3者が皆分かっているようで分かっていないということが、一番不思議でならないことである。

 最後に、ニュースの紹介もしておくと、民主党が、有害サイト対策法と、児童ポルノ改正法の対案骨子をまとめたようである(internet watchの記事朝日のネット記事)。今の児童ポルノの定義の厳格化を行うとしているところは評価できるのだが、「みだりに収集」するなどの行為が処罰の対象というのは実に曖昧であり、やはり与党案と同様の問題を抱えている。有害サイト対策についても、自民党案よりは弱めだが、やはり「著しく・・・する」といった曖昧な表現で情報の有害性が定義できると思っている点は手を焼きそうである。そもそも有害サイト規制などは、その立法の必要性から問われるべきだと思うのだが、今の政官で法規制そのものが目的化しているのは本当にいかがなものかと思う。もう少し考えて、私は民主党にも意見を送るつもりである。

 次回は、他でも結構書かれている話だが、上でも少し書いた再販制のことについて私なりにまとめてみようかと思っている。

(5月23日夜の追記:内容は変えていないが、少し誤記などを直して文章を整えた。他の種類のコンテンツ業界についても調べて何かしら書いてみたいと思っているが、その種類毎に業界のカラーはかなり違うように思う。放送と音楽だけでも全く性質が異なるので、これらも本当なら分けた方が良かったと後で気づいた。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月19日 (月)

第95回:特許政策に関する動向あるいはiPS細胞狂想曲

 著作権問題はインターネットの登場によって壮絶な利権闘争のルツボと化したが、特許システム自体はかなり堅牢に出来ており、第56回でも少し書いた通り、特許権が、無体物である情報そのものではなく、基本的に有体物への情報の利用を規制することで知的財産の保護を図っているところにとどまり、特定業界を対象としない業規制法であり(権利が及ぶのは基本的に業としての権利の実施に限られる)、業規制法であることから権利の発生と利用にそれぞれそれなりのコストがかかったとしても、市場の中にコストとしてビルドインすることが可能であるため、インターネットによる影響を著作権のようにモロに受けていない。

 そのため、特許問題はつい後回しにしてしまっているのだが、特許制度は、知財のもう一つの柱であり、決してなおざりにして良いものではない。(特許がいまいち利権にならない所為か、特許庁は、文化庁と比べるとはるかに真面目なので、放っておいてもそれほど問題がないということもあるが。)

(1)特許法改正
 まずは、この4月11日に特許法改正法案が成立しているので、念のため、その紹介からして行く。
 特許庁の概要説明資料特許庁HPより)の通り、主な改正点は以下の5点である。

  • 通常実施権等登録制度の見直し(特許の出願段階におけるライセンスを保護するための登録制度を創設、特許権・実用新案権に係る通常実施権の登録事項のうち、秘匿の要望が強い登録事項の開示を一定の利害関係人に限定)
  • 不服審判請求期間の見直し(拒絶査定不服審判請求期間を30日から3月に拡大)
  • 優先権書類の電子的交換の対象国の拡大
  • 特許・商標関係料金の引き下げ(中小企業等の負担感の強い特許料や商標設定登録料の重点的引き下げ)
  • 料金納付の口座振替制度の導入

 全て制度ユーザーに関する話ばかりで一般ユーザーには関係ないので、これ以上の説明はしないが、制度ユーザーの利便性を考慮した改正ばかりであり、この法改正に損はないだろう。

 この特許法改正はテクニカルな改正であり、もう成立しているものであるが、最近、京大・山中教授の新型万能細胞(iPS細胞)作りで画期的な成功を収めたという報道(読売のネット記事参照)がされてから、技術関連の政策動向もかなり騒がしくなっている。このiPS細胞に関する特許が、京大の山中教授と、独バイエル社の間の先願競争になっている(知財情報局の記事日経のネット記事参照)ことからも分かるように、このiPS細胞に関する話は、特許問題・知財問題としてもクローズアップされており、これと絡む形で、知財本部や特許庁で行われている知財政策・特許政策の検討の紹介をさらにしておきたいと思う。

(知財政策だけではなく、総合科学技術会議と経済財政諮問会議の検討で、科学技術予算に緊急予算をつけたり(日経のネット記事参照)、山中教授の新型万能細胞を民間企業にも研究用に配布したりする方針を決めたり、政府が製薬業界や有識者などと開いた「革新的創薬等のための官民対話」で、先端医療開発特区の創設を決めたり(日経のネット記事参照)、厚生労働省は厚生労働省で、万能細胞の臨床研究に対する指針を作ろうとしていたり(朝日のネット記事参照)と、いつものことながら後出しで騒ぎ過ぎのような気もしなくはないが、画期的な研究に対する地道な支援はこれはこれで重要なことなので、是非、訳の分からない省益に惑わされることなく、政府には地道な支援を行ってもらいたいと思う。)

(2)医療方法に関する特許の問題
 特に、この4月9日の知財本部の有識者会合(議事要旨)で、委員から「iPS細胞を中心とした医療に関する問題についても、我が国の産業の発展の規制になってしまう可能性もあるので、早急に検討すべき」といった発言があり、総合科学技術会議の知的財産戦略専門調査会4月17日の資料「知的財産戦略について(案)」で、「iPS細胞関連技術を含めた先端医療分野における適切な知的財産保護のあり方について、直ちに検討を開始し、早急に結論を得る」(第7ページ)とされていることから見ても、特許の根本的なところに関わる議論として、医療方法に関する特許をどうするかという問題が今年再燃しそうである

 医療方法特許を認めても良いのではないかという議論は常にあるが、医療は産業ではなく、医療方法の特許は、特許法の根本条文の一つである第29条第1項の「産業上利用することができる発明」に当たらないという運用がなされているため、また、人の命に関わる医療に関するだけに、医療方法の特許の問題は非常に厄介である。(なお、いまいち納得感はないが、医薬や医療機器は産業であり、物の発明としては特許可能であるとされている。念のため、このことを解説している審査基準該当章へのリンクを張っておく。)

 この問題に関する過去の検討経緯は、去年10月の「知的財産による競争力強化専門調査会」の「ライフサイエンス分野プロジェクトチーム調査検討報告書」の第15~20ページに丁寧にまとめられているが、2002年から2003年の産業構造審議会・知的財産政策部会・特許制度小委員会医療行為ワーキンググループと、2003年から2004年に知財本部の医療関連行為の特許保護の在り方に関する専門調査会との検討を受け、最終的には合理的な範囲で特許の対象を広げるところに落ちている。要するに当時は、人間を手術、治療又は診断する方法の発明は特許付与の対象外とする原則を維持しつつ、人間に由来するものを原料又は材料として医薬品又は医療機器(培養皮膚シートや人工骨など)を製造する方法や、医療機器の作動方法、複数の医薬の組合せや投与間隔・投与量等の治療の態様で特定される医薬発明も物の発明として特許可能であるとしたところで終わっているのである。(これらは、既に特許の審査基準の改定で対応されている。)

 最近のお役所の例にもれず、以前拡充した以上に具体的に何が特許の対象として何が必要なのかというところを置き去りに、キーワードに踊らされている時点で不安なのだが、知財本部や特許庁で今後どのような検討をするにせよ、少なくとも医者がその治療方法は権利者の許諾がないと実施できませんと言い、人が死ぬことになるような変な結論を出さないことを私は祈っている。(知財本部や特許庁は文化庁ほどデタラメなまとめをするとは思えないので、大丈夫だと思うが。)

 今の多重検討のオンパレードをまずどうにかして欲しいと思うのだが、さらに、特許政策としては、特許庁がイノベーションと知財政策に関する研究会(6月とりまとめ予定らしい)で検討している各種施策もあるので、恐らく制度ユーザーしか興味は持っていないと思うが、とりまとめの方向(案)という概要資料から、ニュースなどにもなっているものを、ここに少し拾っておこう。

(3)スーパー早期審査
 日経のネット記事にもなっているが、特許庁は、通常の特許審査(2年半くらいで審査)と、早期審査(2~3ヶ月で審査)に加え、さらに2週間~1ヶ月程度で審査をするルートを作るつもりらしい。法改正の話ではなく特許庁の運用の話で、制度ユーザーに選択肢が増えるだけのことなので、大いにやってもらって構わないと思うが、ただ、常に審査が早い方が得かというとそんなこともないということは、制度を使う側としては、知っておいた方が良いかも知れない。

 制度ユーザーなら知っている話なので、蛇足に近いが、通常なら出願書類は、出願されてから1年半程度は非公開とされる(特許法第64条)が、早めに特許になると権利行使が即座に出来るメリットが発生すると同時に、その特許公報によって出願の内容が通常より早く他人に明らかになってしまうというデメリットも発生する。その得失は微妙だが、基本特許だけではなく、非公開期間中に多くの関連出願を出し、関連する特許も含めて沢山特許を押さえておいた方が、権利行使がやりやすいということもあるに違いないので、制度利用時には気をつけておいた方が良いだろう。

 パイオニア発明をするほどの方がこのブログを読んでいるとも思えないが、もし読んでおられたら、単に用意された制度を使うのではなく、特許の早期審査にはこのような得失もあることを考えて、戦略的に制度を利用することを私はお勧めする。(それにしても、特許庁は知財のプロの派遣などもしてくれるらしい(フジサンケイビジネスアイの記事参照)。)

(4)コミュニティ・パテント・レビュー
 これも法改正の話ではないと思うが、特許庁は、企業や大学、研究機関など外部の第三者からの情報提供を求める簡易ウェブサイトを立ち上げたりもするらしい(日刊工業新聞のネット記事参照)。

 試み自体は面白いと思うが、実際、どれくらい効果が上がるかはサイトの設計次第としか言いようがない。企業や大学、研究機関などにアクセスを限ったのでは、本当に自由な情報提供がされるとも思えないので、どうせ作るのであれば、広く一般にも公開し、匿名の掲示板ほどとまでは行かないかも知れないが、通常のSNS程度の簡易な認証で誰でも特許の評価や情報提供ができるようにしてもらいたいものである。

 さて、特許の話はこれくらいにして、最後に、知財政策・情報政策の最近のニュースの紹介もしておこう。

 まず、MIAUでダビング10と私的録音録画補償金に関するアンケートが始まったので、紹介しておく。本当のユーザー指向のアンケートというのはこの分野においてなされていないので、結構面白い結果が出るかも知れない。

 あとから気づいた記事だが、総務省のデジタルコンテンツ委員会で、ダビング10の議論に加えて、B-CASに替わる法的エンフォースメントを権利者が求めたという日経TechOnの記事もあったので、ここにリンクを張っておく。このことについては前々回に書いた通りだが、全国民をユーザーとする無料の地上放送で、技術的なものだろうが、法的なものだろうが、何らかのコピー制御のエンフォースが可能と思っている時点でおかしいということに早く皆気づいた方が良い。

 先週5月17日の文化庁の過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会では、権利者不明の場合の利用円滑化の議論が中心になったようである(ITproの記事参照)。(このことについても書きたいことはあるのだが、それはまた別の機会に。)

 また、規制議論があらゆるところに飛び火するのはどうにかしてもらいたいと思うが、教育再生懇談会という教育問題に関する有識者会議が、また別途「小中学生に携帯電話を持たせるな」という意味不明の提言をまとめようとしている(朝日のネット記事日経のネット記事毎日のネット記事毎日のネット記事2時事通信のネット記事産経のネット記事参照)。規制強化の波の一つとは思うが、記事によると、山谷えり子首相補佐官自ら、記者会見で、この提言について「『携帯を持たせない』といっても強制できるわけではない」と発言するという訳の分からなさである。首相の子どもには携帯を持たせなくて良いのではないかとの発言も、子どもたちのコミュニケーションの現状からかけ離れており、首相がこの程度の認識しか持っていない時点で、携帯電話絡みの規制議論の混乱は今後もますますひどくなることが予想される。

 さらに、児童ポルノ法に関しても相変わらずひどい状態が続いている。その法改正案骨子(47newsの記事1記事2参照)によると、この16日の会合でもやはり大筋に変更はなく、「自己の性的好奇心を満たす目的で児童ポルノを所持・保管した者は、1年以下の懲役か100万円以下の罰金に処する」ことに与党チームはこだわっているようである。繰り返しになるが、完全に個人に閉じる情報の所持が「自己の性的好奇心を満たす目的」だったかどうかなど、誰にも反証も証明もできない要件であり、この情報の単純所持規制の問題は決してこのような要件限定の問題ではない。これも息の長い反対運動になるだろう。

 特許に関しては国際動向や個別の論点などさらに詳しく書きたいこともあるのだが、それは別の機会に譲るとして、次回からは、またコンテンツ関連の話を書いて行きたいと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月16日 (金)

番外その11:「日本の奇怪な審議会(有識者会議)システム(第89回)」についての津田大介氏のコメント

 音楽・ITジャーナリストMIAUの代表幹事の一人、文化審議会委員と今八面六臂の大活躍を見せておられる津田大介氏が、そのtwitterでこのブログの第89回で書いたことにコメントをして下さっている。

 読んで頂けていただけでも有り難いのだが、これらの一連のコメントは、審議会内部に委員として参加しておられた方からの貴重なコメントとして、非常に興味深いものであり、文化審議会の今の実態を示すものとして、是非多くの人に読んでもらいたいと思うので、ここにも転載させて頂きたいと思う。(津田様、転載の快諾ありがとうございます。)

  • 「さらば!財務省」に、審議会とはどのような場であるか箇条書きで書いてある。http://tinyurl.com/5qwjrr 02:22 AM May 14, 2008 from web
  • 「役所と反対の意見を持つ者はなるべく始めから外す」「審議会が開かれる前にあらかじめ説明を行い、委員の発言を思惑通りに誘導する」「役所に都合の悪い論点は議論のためのペーパーからわざと落とす」「委員自らまとめてきたペーパーは、役所に都合の良いように書き直す」 02:23 AM May 14, 2008 from web
  • 「反対意見を持つ委員が来られない日に審議会をわざと設定する」「意に反する結論が出そうになると、「結論が出なかった」として結論そのものを潰す」「人数を水増しして一人あたりの発言時間を少なくし、委員が実質的なことを何も言えないようにする」 02:24 AM May 14, 2008 from web
  • 「結論がまとまらなければ、座長一任という形にして、役所が結論をまとめる」「結論を出したくないときは、議題をわざと沢山上げて、議論をかき回す」 これらに加えて 02:25 AM May 14, 2008 from web
  • 「自分たちに都合の良いように情報をリークして、マスコミに報道させ、既成事実として政策を誘導する」「新任大臣にはあらかじめ発言してはいけないことを説明して、役所の意図とは異なる発言をしないようにさせる」ということを操作するのが官僚の一般的審議会の手口だということだ。 02:26 AM May 14, 2008 from web
  • さて、2つの審議会に2年間参加した自分の感覚で(比較的冷静な立場で)この11項目を今の私的録音録画小委員会にあてはめて考えてみると…… 02:29 AM May 14, 2008 from web
  • 「役所と反対の意見を持つ者はなるべく始めから外す」←若干権利者寄りが多いものの全体のバランスは気を遣って選んでいる印象。ただ、単に権利者側のステークホルダーが多くて結果的にそれが権利者の声を大きくしている面はある。ITに強い消費者・利用者が絶対数として少なかったのは問題かも。 02:33 AM May 14, 2008 from web
  • 「審議会が開かれる前にあらかじめ説明を行い、委員の発言を思惑通りに誘導する」←誘導するか(できたか)どうかはともかく、とにかく議論の方向を文化庁がリードするため、審議の前に事前説明で調整するということは頻繁にあった。「あー、こういうのが“調整”なのね」と思った。 02:34 AM May 14, 2008 from web
  • 「役所に都合の悪い論点は議論のためのペーパーからわざと落とす」←DL違法化のパブコメは典型的な話かも。パブコメ報告のときの審議会で反対意見が紹介されただけで、それ以降文化庁のペーパーには、その論点は入っていない。消費者側・メーカー側の補償金廃止論についても同様。 02:37 AM May 14, 2008 from web
  • 「委員自らまとめてきたペーパーは、役所に都合の良いように書き直す」←これについては、私的録音録画小委員会では見られなかった。委員が提出した意見書はそのまま出されたのではないかと思う(少なくとも俺が出したものはそのまま提出されている)。 02:38 AM May 14, 2008 from web
  • 「反対意見を持つ委員が来られない日に審議会をわざと設定する」←これは意図的にそうしたかどうかはわからないが、1年目、2年目の早い時期に消費者団体の人が欠席することは何度かあった。 02:40 AM May 14, 2008 from web
  • 「意に反する結論が出そうになると、「結論が出なかった」として結論そのものを潰す」←これは、私的録音録画小委員会が招集されるきっかけとなった2005年の法制小委員会がそうなんだと思う。録音録画小委は概ね権利者側が望むような方向で進んでいるので、結論がどうなるのかはわからない。 02:42 AM May 14, 2008 from web
  • 「人数を水増しして一人あたりの発言時間を少なくし、委員が実質的なことを何も言えないようにする」←私的録音録画小委員会は委員の数もそこまで多くないし、学者先生は基本的にあまり発言しないので、これについてはあてはまらない。 02:43 AM May 14, 2008 from web
  • 「結論がまとまらなければ、座長一任という形にして、役所が結論をまとめる」←これはまさにそう。DL違法化にしても中間整理についても、現在の方向性についても委員会の席上ではまったく意見がまとまらないので、大きな流れとしては座長一任という形で進んでいる。 02:45 AM May 14, 2008 from web
  • 「結論を出したくないときは、議題をわざと沢山上げて、議論をかき回す」←私的録音録画小委員会は、結論をなるべく早く出すべく招集された委員会なので、これについては見られない。 02:45 AM May 14, 2008 from web
  • 「自分たちに都合の良いように情報をリークして、マスコミに報道させ、既成事実として政策を誘導する」←これについては何とも。朝日の先走り報道については記者の勇み足も多々見られる。リークしてるかしてないかは微妙。私的録音録画小委員会の話でいえば文化庁は勇み足報道で迷惑してるかも。 02:47 AM May 14, 2008 from web
  • 「新任大臣にはあらかじめ発言してはいけないことを説明して、役所の意図とは異なる発言をしないようにさせる」←これもわからない。が、著作権行政の問題で文部科学大臣がなんか発言・コミットしたというのは、ここ数年記憶がない。 02:48 AM May 14, 2008 from web
  • まぁなんというか、せっかくインフラも安くなってきたのだから、ああいう審議会は全部ストリーミング中継とかして、議事録も委員の確認いらない速記録でいいからすぐ公開して話題がホットなうちにみんなが参照できるようにすればいいと思いました。 02:56 AM May 14, 2008 from web
  • いろいろ話を聞く限りにおいても、文化庁というのは他の省庁よりも審議会のプロセスを重要視してできるだけ公正な方向でやろうとしている印象がある。が、それもあくまで相対的な話という批判もあるし、審議会システムそのものがおかしいのだ、という観点で話をすれば単に「誤差」の範囲なのかもね。 03:02 AM May 14, 2008 from web

第89回の箇条書きは、高橋洋一氏の「さらば財務省!」の第93~97ページの「官僚たちの高等テクニック」に書かれていた内容と、第234~240ページの「渡辺行革大臣に渡らなかったべからず集」~「大臣と異なる方針を新聞にリークする役人」に書かれていた内容を、私なりにつづめてまとめたものなので、高橋氏の著作でこの通り箇条書きにされている訳ではないことを、念のためここでお断りしておく。うっかりしていたが、タイトルも「さらば!財務省」ではなく、「さらば財務省!」が正しかった、元の記事も今直したが、ここでお詫び申し上げる。)

 インターネットで透明性がいくらでも高められるこのご時世に、高橋洋一氏の著作に取り上げられている、経済財政諮問会議や公務員改革のような超巨大利権が絡む検討から文化審議会に至るまで、官庁毎にカラーの違いはあるにせよ、子供だましのテクニックで国民をごまかしてどうするのかというのは、私もつくづく感じるところである。これも透明性をより高めて行けば変わると思うが、即効薬もなく、現状このような子供だましのテクニックがかなり有効なのも事実なので、今の審議会システムについては本当に頭が痛い。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月15日 (木)

第94回:B-CASと独禁法、ダビング10の泥沼の果て

 合意されたのだかされていないのだかよく分からないまま進んでいた時点で、ある程度予想されたことではあったのだが、先日(5月13日)、総務省の情報通信審議会の「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」でダビング10問題が議論され、事実上延期されることが決定された(AV watchの記事ITproの記事マイコミジャーナルの記事参照)。

 不当に厳しいコピー制限の1種としか思われないダビング10に全く期待していないユーザーの一人として、ダビング10など永遠に延期にしてもらっても一向に構わないと思っているくらいだが、そもそも、既得権益となっている民間規制の排除に対して全関係者が拒否権を持っている状態で議論を行ったところで、何も決まらないのは当たり前の話である。

 相変わらずバカの一つ覚えのように、総務省は関係者間で合意をと言っているようだが、このコピーワンス・ダビング10・B-CAS問題において本当に必要とされていることは、公共の利益に反する不当な既得権益・利権・民間規制の排除であって、関係者間の合意ではない。今の体たらくでは、このことが理解され、問題が本当に解決されるまでまだかなり時間がかかるものと思われるが、この問題における最後のピースとして、今回は、B-CASと独禁法の関係について書いておきたいと思う。

 想像するに、B-CASシステムの搭載を必須とする今の放送・録画機器市場への新規参入には、電波産業会(ARIB)なりメーカー団体(JEITA)なりの天下り団体に参加してテラ銭を払って技術情報を手に入れ、国内大手放送局と大手メーカー十数社のみで設立・運営されているB-CAS社という得体の知れない会社とB-CASカード発行のための契約を結び、地上デジタル放送機器関連の特許を牛耳る国内大手メーカーと特許ライセンス契約を結ぶという手間が必要になるものと思われる。これだけのコストに加えて、B-CASというそれなりに複雑な暗号システムの開発・製造にもかなりの初期投資をしなくてはいけないという状況では、行政も含めた日本の複雑怪奇な規格決定プロセスに元から精通し、初期投資もタイミング良く済ませている国内大手メーカーに正規に張り合うことは始めから難しいだろう。

(特許料に関しては、パテントプールができた(AV watchの記事参照)ことで多少透明感・合理性が出たとは言え、それ以外の理解不能の追加参入コストを支払ってまで正規に参入しようとする中小・海外メーカーがどれほどあるだろうか。特に、一ユーザーには知り得べくもないことだが、内実大手放送局と大手メーカーに牛耳られているB-CAS社と他メーカーが結ぶ契約において、不当な参入制限条項がないかというのは気になるところである。コピー制限つきのPC用単体デジタルチューナーすら最近に至るまで長くARIB規格で認められていなかった(AV watchの記事参照)のもどうかと思われる。なお、B-CASの問題点については、そのWikiにも詳しい。)

 とにかく不透明極まるので、具体的な参入コストの算定は不可能に近いが、日本の国内市場において、国内大手メーカー以外の安価なテレビ・録画機器がほとんど出回っていないことを考えても、この参入コストは意外なほど高くついているに違いなく、B-CASは事実上の参入規制・非関税障壁として見事に機能していると思われる。(ITproの記事でフリーオの原価は3000~3500円とされていたことから推しても、B-CASのような無意味な規制さえなければ、それなりに技術力のある海外・中小メーカー製の安価なチューナー・録画機器が早期に市場に出回っていたことだろうし、今の地デジ問題の様相も少しは変わっていたろう。)

 さらに、B-CASによってエンフォースされているコピーワンス規制(実現されたらダビング10規制でも同じである)は、正規の機器における録画の利便性を不当に下げることで、無料放送コンテンツの2次利用物の価格を不当につり上げるものとしても機能しており、ここが、放送局と権利者の既得権益となっている。(ダビング10は、本質的な利便性の向上がない上、発生する追加の開発コストが機器に上乗せされるだけなので、この問題をさらにややこしくするだけである。暗号化はするがコピーは自由のEPNなら、消費者の利便性は向上するかも知れないが、結局B-CASという機器市場での競争阻害要因が取り除かれないため、やはり弊害は残る。なお、今のところ私にはその余力はないが、この分野においてミクロ経済分析をやってみるのも面白いだろう。)

 特に、独占禁止法(正式名称は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」)の第2条第5項で、

この法律において「私的独占」とは、事業者が、単独に、又は他の事業者と結合し、若しくは通謀し、その他いかなる方法をもつてするかを問わず、他の事業者の事業活動を排除し、又は支配することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。

と定義されている私的独占は当然事業者がしてはならないこととされている(第3条)ものであり、さらに事業者団体レベルでも、第8条第1項の第1号や第3号で、「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」や「一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限すること」はしてはならないとされているのである。

 第86回のB-CAS導入経緯で書いた通り、B-CASは、完全に少数の大手放送局と大手メーカーの共謀によって、あまねく視聴されることを目的としている無料の地上放送の公益性を無視して、機器に対する不当な参入規制・コンテンツの不当な値段のつり上げのために導入されたものであり、これはほとんど条文そのままの行為で、どう考えても独禁法上真っ黒としか考えられない。放送局やメーカーがどういう言い逃れでこれを白と考えているのか理解に苦しむほどである。無論、既存の大手メーカー同士・放送局同士の競争は多少はあるだろうが、大手同士の馴れ合いの箱庭競争など、需要者の利益を不当に害する民間規制を正当化するものたり得ないのは無論のこと、放送局やARIBへの天下り利権確保に走った総務省も同じ穴のムジナとして同罪だというだけのことで、総務省の審議会や省令改正によるバックアップも何ら免罪符にならない

 私的独占をバックアップした行政機関を罰する規定が独禁法にないのは残念でならないが、事業者に対しては、公正取引委員会は、第7条の2第2項で規定されている通り、私的独占に対して事業者に課徴金を課すことが可能であり、事業者団体についても、第8条の2で規定されている通り、問題行為の差し止めから、団体の解散という非常に厳しい命令まで出すことが可能である。先日JASRACに公取が立ち入り検査をしたが、ここにも公取の仕事はあるに違いない。本当に問題だったのは、メーカーなのか、放送局なのか、ARIBなどの規格団体なのか、総務省などの役所なのか良く分からないが、皆同じ穴のムジナなので、どこでも叩けばホコリは出てくるだろう。

 B-CASカード利用不正録画機器フリーオの登場によって表向きの名目であるコピー制限のエンフォースすら疑わしくなり、実は権利者・放送局の既得権益たり得なかったものであることが判明しつつあるB-CAS(コピーワンス・ダビング10)に、国としてしがみつき続けるのは、既に国民に見放されつつある地デジの沈没を加速するだけだろう。

 今の状態では、私も、一消費者・一ユーザー・一国民として、地デジを見放すという選択肢以外取りようがないが、国の政策としてそれで良いのかという疑問は尽きない。総務省にせよ、文化庁にせよ、国として何を軸に判断しなければならないかの基準すら示さないまま、ただひたすら自分たちの利権さえ拡大できれば良いとばかりに、自分たちも含め各関係者の既得権益を全て隠蔽したまま、国民不在の議論を審議会で続ける役所の姿勢にも、不信感がつのるだけである。

 文化庁がトチ狂った補償金拡大案で、この地上デジタル放送に関するコピー制限問題をさらに撹乱している訳だが、B-CAS(コピーワンス・ダビング10)という不当規制に加えて、物理的にタイムシフト視聴しか用途が考えられないHDDレコーダーにまで理解不能の狂った論理で不当に補償金の対象とされるという最低最悪の未来を、中途半端な妥協で招くことに対しては、私も、一ユーザー・一消費者・一国民として断固反対する。

(このような規制緩和により、正規の録画機器が多く出回れば、かえって不正コピー自体は減ると思われるので、無料の地上放送をノンスクランブル・コピーフリーにすることが、必ずしも権利者の不利益につながるとは思えないのだが、確かに、このインターネット時代には、違法コピー対策などのために権利者に不当な負担(経済的不利益とイコールではない)が生じているかも知れない。だが、このインターネット時代において著作権のエンフォースに必然的にともなう過大な負担を社会的にどうするかという問題は、機器や媒体に課される補償金を不当に拡大することによって解決されるものではないし、解決されて良い話でもない。なお、私的録音録画補償金に関する話はさんざん他のエントリでも書いてきたので、ここでこれ以上繰り返すことはしないが、ノルウェーのように税金で権利者への補償をしている国があることや、日本で、コンテンツ振興と称して権利者団体他にばらまかれている税金も一種の補償金と考えられることなどは、補償金に関する議論において、もっと注目されても良いと私は考えている。)

 法的にもコスト的にも、どんな形であれ(総務省が天下り先となる機器の認定機関を作る案を出したことも昔あったが、これは、天下りコストがさらに今の機器に上乗せされ、しかもフリーオ対策には全くならないという最低の愚策である)、全国民をユーザーとする無料地上放送に対するコピー制限は維持しきれるものではない。このようなバカげたコピー制限に関する過ちを二度と繰り返さないため、無料の地上放送についてはスクランブルもコピー制御もかけないこととする逆規制を放送法(情報通信法)に入れるべきだとすら私は思っているのだ。 その不当性から見て、無料の地上放送におけるB-CASとこれに基づくコピー制御の排除は時間の問題だろう。いつ到達することになるかは全く読めないが、この無料の地上放送におけるノンスクランブル・コピーフリーの実現こそ、この問題における本当のラスト1マイルである。

 ついでに、直接ユーザーに絡む話ではないが、経済産業省が、企業や大学が大量破壊兵器などの製造につながる恐れのある技術情報の国外持ち出し規制を強化することを考えているという日経のネット記事があったので紹介しておく。重要情報をフロッピーディスクや紙で持ち出したり、電子メールなどで国外に提供したりする場合は、企業などに国に許可を取るよう義務付ける方針らしい。しかし、電源開発(株)への外資ファンドの20%への株買い増しを止めた経産省の対応を見ても、どうにも、今の役所は、個別のビジネスの話と、本当の国益・安全保障の話を混同しているとしか思われず、このような情報規制も重要技術に関する定見もないままに闇雲に導入され、誰にも守れない規制としてムダに官製不況を招くのではないかという懸念を私は強く感じている。

 次回は、ここら辺で少し特許関連の話をまとめて書いておこうかと考えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月13日 (火)

第93回:知財本部・知財規制緩和調査会の資料の紹介

 知財本部のHPに、先週の金曜日(5月9日)に開催された2回目のデジタル・ネット時代における知財制度専門調査会の資料がアップされているので、今回は、その内容の紹介をする。(なお、最初の報道で使われていた分かりやすい仮称の方をタイトルには使ったが、正式名称はこの通り。)

 先週は、文化庁が極めて頭の悪いiPod課金提案を文化審議会でした所為か、こちらの検討に関することが、ネットも含めほとんど報道されていないのが残念でならないが、この調査会で検討している知財の規制緩和は、これからのインターネット時代・情報化社会において本当に重要なものである。

 その資料「デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について」において、以下のような問題点をあげているのは、ほぼ今の状況における著作権法の問題を正しくとらえていると言って良い。

  1. 単一の利用方法を前提としており、ワンソース・マルチユースに対応していない。
  2. デジタル・ネット上の豊かな情報を活かした新しい利用方法に対応していない。
  3. 技術的過程に付随する行為の取扱いが明確ではない。
  4. 投稿サイトやブログなどで他人の創作物を相互に利用し合いながら創作するケースなどの新しい創作形態への対応が明確ではない。
  5. 新たな技術やビジネスモデルの出現に際して、柔軟に対応しうる規定がなく、新たな動きが萎縮しがちである。
  6. ネット上の違法な利用に対する対策が不十分である。

 ネット上の違法な利用に対する対策として、文化庁がバカ丸出しでごり押しすることを目論んだ(恐らく今も目論んでいる)ダウンロード違法化も書かれておらず、基本的には民間における各種対策の支援と、公正利用のための権利制限を設けるための法改正を出口にするなど、この資料は、細かなところで物足りないところはあるが、最近の日本政府から出された知財政策・著作権政策関連のものとしては、格段に公正で出来が良い。(文化庁がただひたすらひどすぎるだけなのだが。)

 一般的なフェアユース規定の導入などはまだ賛否両論あろうが、特に、上の資料の中に含まれているものの中でも、さらに「早急に対応すべき課題について」で、早急に対応すべきとされている、

  1. 検索サービスの適法化
  2. 通信過程における一時的蓄積の法的位置付けの明確化
  3. 研究開発における著作物の利用の円滑化
  4. コンピュータ・プログラムのリバース・エンジニアリングの適法化

の4点は、権利者の利益を害さず、著作物の通常の利用も害しない、公正利用の類型としてほぼ考えて良いものばかりで、今すぐに法改正してもらっても全く困らないどころか、是非法改正してもらいたいものばかりである。これらは、諸外国でも既に法改正などによって認められているものばかりであり、このような技術の進展によって新たに生まれた公正利用の類型に対して今まで権利制限が無かったことだけでも、日本の文化政策がいかに世界に遅れていたか分かろうというものである。自身と癒着した著作権関係団体の利益を最大化することだけを考え、全く権利者の害にならないにもかかわらず、今まで、このような全国民を裨益する権利制限すらさぼってきた文化庁の罪は極めて重い。(なお、もし各国の権利制限規定について興味があれば、是非過去のエントリもご覧頂きたい。)

 報道などがなく、検討会で各委員から、どのような発言がなされたのか分からないのは残念だが、この資料を見る限り、この知財本部の規制緩和の検討は地道に進んでいるようであり、知財計画2008にも反映されるだろう。規制緩和の初志を改正法案の成立まで貫徹してもらわなければ何の意味もないが、著作権関係団体に法改正でにらみを効かせ天下り利権を保持・拡大しようとする文化庁が、下心丸出しで提案する、ダウンロード違法化やiPod課金のようなバカげた利権・既得権益拡大のみを発生させる著作権法改悪案など全て吹き飛ばして、次回の著作権法改正においては、政府には是非、この資料であげられているような本当の規制緩和のみの、著作物の公正な利用のための権利制限の追加のみの法改正をやってもらいたいというのが、私の一国民としての切なる願いである。もはや文化の敵と化した文化庁が抵抗勢力となり、猿も騙せないような論理で子どものようにだだをこねるかも知れないが、このような知財の規制緩和は、文化的にも経済的にも全国民を裨益するものとなると私は確信している。

 なお、第1回(4月24日)の議事録も同時に公開されているので、一緒にリンクを張っておく。この議事録もなかなか面白いのだが、その中でも、日本一の知財法学者と名高い中山信弘先生の発言はここに引用しておきたい。著作権法がビジネスの阻害要因となっており国益を阻害していると、著作権は人工的な権利であって時代によって調整機能が変わってくると、日本の著作権法関係者の条約観はおかしいのではないかと、知財法の泰斗が発言していることは重い。文化庁などで自身の利権確保のためのごまかしに良く使われる、ベルヌ条約に関する意味不明の解釈論や、複製権を絶対不可侵のものとする理解不能の著作権神授説などは本当に日本政府のあらゆる検討から根こそぎにしてもらいたいと私は思う。特定省庁・特定団体の利権のために、国益が損なわれることなど本来あってはならないことなのだから。(なお、以下は抜粋なので、他の発言も含め、中山先生の発言の全文は是非リンク先からご確認頂ければと思う。)

○中山会長 司会が言っていいかどうかわかりませんけれども、私が見るところでは、著作権法というのはかなりビジネスロー化していると思います。難しいのは、完全にビジネスローだと言ってしまえば話は簡単で、それなりにやりようはあるのですけれども、従来型の創作形態、従来型の利用形態・流通形態も健在である、つまり両者が混在しているというところが問題を複雑化していると思います。
 しかしながら、ビジネス化しているというこの状況を無視することはできないと思っております。つまり、著作権法があるからこのビジネスはやってはいけないという、そういうものが余りに多いと、これは日本の国益に反する。

(中略)

 憲法とか自然権とか言い出しても、大きな意味はないと思います。私は著作権というのは非常に人工的な権利であって、時代時代によって調整機能が変わってくる。インターネットがある時代とない時代では全然違う、では今はどうかということを議論してもらえればよろしいのではないかというふうに思います。

(中略)

 それから、もう1点だけ言いたいのは、条約についてです。著作権法の改正をしようとすると、すぐに条約という問題に絡んできます。ベルヌ条約というのは実体的な規定をたくさん持っていますから、条約に違反することはできないので、これは非常に大きな問題だろうと思います。
 私は国際法の専門家ではないのでよくはわかりませんけれども、どうも日本の著作権法の関係者の条約観というものはちょっとおかしいのではないかという気持ちはしております。つまり、条約というものと国内法というものを同じような方法論で解釈しているのではないかと思います。日本は憲法でもって条約優位、つまり法律より条約が無条件で優位になっています。あまりこのような国はないんではないかと思うんですけれども、とにかくそういう憲法があるので、そのせいかもしれませんけれども、しかし、条約は国内法とは全然枠組みが違う、なぜならばエンフォースメントが違うからだと思っております。著作権問題はWTOのTRIPS協定に入っているわけですけれども、ではWTOを各国が一体どのような態度で臨んでいるのか、つまりどの程度真剣に守る気があるのか、という問題になってくるわけです。
 日本で言えば、WTOでいえば、例えば、ウイスキーと焼酎では商品が異なるので税率が違うのは条約違反ではないと主張しましたが、負けたわけです。それからすれば、ビールと発泡酒で税率に差を設けることなどはWTO上は真っ黒(違反)ですね。しかし、世界じゅうのどこの国も文句を言わない、文句がなければ何の問題もない。文句を言ってきたら、それでWTOのパネルで争って負ければアピールすればよい、さらにそこで争って負けたら、始めて料率を変えればいいし、あるいはもっとひどいことを言えば、負けたって制裁を受ける覚悟でそのとおりで通してしまえばいい。アメリカのバード修正条項などはまさにその例ですね。あまり好ましいこととは思えませんが、制裁よりもその法律が国益にかなうとすれば、あえて制裁を選ぶという道もありうる。わが国も、ILOの勧告などは真剣に守る気はないようですね。条約といっても、すべての条約のすべての条項につき、同じであるとはいえませんが、条約とはそういうものだと思うんですけれども、どうもこれを国内法と同じように絶対化して理解をしているように思えます。

(後略)

 次回は、またB-CAS関連についてか、あるいは、この知財本部資料であげられている著作物の公正利用の類型の細かな論点について書いてみたいと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008年5月 9日 (金)

第92回:文化庁からただよう腐臭

 今日、文化庁の文化審議会・私的録音録画小委員会で、私的録音録画問題についての検討がされた(ITmediaの記事1記事2internet watchの記事日経TechOnの記事マイコミジャーナルの記事Phile webの記事ITproの記事cnetの記事参照)。

 ITmediaの記事に文化庁の資料がそのまま転載されているが、この資料ときたら、もはや消費者・ユーザー軽視どころではなく、消費者・ユーザー無視の極みとしか言いようのないひどいものである。1消費者・1ユーザーとして、この資料に対する憤りは尽きないし、このブログでさんざん繰り返してきたことを繰り返すのもどうかと思うが、これには最低限でも次のような怒りの疑問・意見をぶつけざるを得ない。

  • もはやペーパーに「消費者」の語すら全然出てこないが、いつから補償金制度は権利者団体の思い込みでしかない架空の不利益にもとづいて勝手に拡大されるものとなったのか
  • 中間整理の良いとこ取りを文化庁は勝手にやっているが、去年のこの中間整理に対する厖大なパブコメはどこに行ったのか。ダウンロード違法化問題ほどではないにせよ、決して少なくない数のパブコメが補償金制度そのものに対して強い不信感を示していたのである。
  • iPodや純粋なHDDレコーダーのような、そもそも物理的に家庭内・個人に閉じる利用しか考えられない機器に対して補償金を課す理由に納得性が全くない
  • 対象機器・媒体の範囲・料率についても、評価機関の意見を聞いてやはり文化庁が決定するとしているが、天下り利権の保持・拡大のことしか考えていない腐り切った文化庁による範囲・料率の勝手な決定など全く信用できない

 さらに、コピーワンスなら補償金がいらないということも文化庁は示しているが、複製が1個だけに限定されるような場合にはもはや補償金がいらないということであれば、純粋なHDDレコーダーなど本当に物理的に1個しか複製が作れないのだから、課金されるいわれは全くないだろう。これが、DVDレコーダーとの一体型レコーダーなら、既にDVDレコーダーとして課金されており、DVDも媒体として課金されているのである。これだけでも、このペーパーが課金のための課金を言っているに過ぎないことが分かるのだ。文化庁の役人の低劣ぶりと来たら全くお話にならない。

 いくらお題目のところに見てくれの良さそうなことを並べたところで、煎じ詰めれば、このペーパーの言っていることは、単に天下り先の著作権関係団体に好きに使える小遣いをもっとあげたいから、消費者から広く選択の余地なく金を巻き上げたいというものでしかない。このような天下り団体の既得権益を拡大したいがために作られた案に騙される国民などもはやいない。

 委員会が紛糾したのも当然であり、その場で、試案に対して、メーカー団体の代表から、縮小と言っているのに、判断基準が不明確で、制度が拡大することになる懸念が表明され、消費者・ユーザー代表から、音楽CDと無料放送のみが対象なら、従来の機器についても料率は下げる方向で見直されなくてはならない、補償金がどのようなプロセスを経て誰の手に渡っているのかが現状では見えず、きちんとした情報公開をしない限り対象機器を増やすといった話は消費者の理解が得られないという批判が出たのも、当たり前の話である。

 全く委員会での指摘の通り、補償金の用途・分配については不透明なままであり、資料の軽薄さを見ても文化庁が消費者の批判を真摯に受け止めているとは全く思えない。文化審議会でも、以前の平成17年の第5回法制問題小委員会で、私的録音補償金の分配の流れ私的録画補償金分配の流れという資料が公開されたきり、真面目にこの論点について取り組んだ形跡がない。

 これらの資料からだけでも、各権利者団体がそれぞれ5%から20%の高額の分配手数料を取っていることが分かるのだが、このような高額の手数料は額面通りに分配コストに使われているとは到底受け取りがたい。キャッシュで入ってくるものに管理手数料がかかる訳もない。著作物としての利用率が高いものほど複製されているという近似でほぼ各権利者への利用料分配に一定の率で上乗せするくらいしか分配のやり方はないと思うが、それなら近似式・分配の計算式を立てるだけの話で、このコンピュータ全盛のご時世にさほど余計なコストがかかる訳もない。要するに、このような高額の「手数料」はそのままほぼ団体の純利益・不労所得になっているとしか、分配そのものも不透明なのは無論だが、ここにもピンハネのからくりが存在しているとしか思われない。補償金数十億円マイナス20%の共通目的事業金に対する5~20%なので、団体全部で数億くらいになるだろうか。政治力だけで偉くなった団体のボスと天下り役人で山分けするには十分な原資だろう

 また、共通目的事業に関する論点についても、ほとんど真面目に取り上げられていないが、私的録音補償金管理協会(SARAH)のHP一覧や、私的録画補償金管理協会(SARVH)の資料を見ても、制度の周知広報のようなものを除けば、何故共通目的と言えるのか良く分からない個別の著作権関係団体のイベントや調査への支出も多く、この用途も極めて不透明と言わざるを得ない。

 さらに言えば、やはり文化庁所管の著作権情報センター(CRIC:給料をもらっているかどうかなど不明だが、第81回で取り上げた衆議院調査によると天下りの非常勤理事が1人いる)に、SARAH、SARVHの共通目的事業の事業の多く(平成18年度のCRICの収支計算書によると、共通目的基金受託事業で約2億円、共通目的基金の助成事業で約3000万円と、合わせて共通目的事業全体の3分の一近くになる。さらに言えばCRICの事業収入総額の半額以上をこの委託事業が占めるのもどうかと思われる点である。)が委託され、そこで実施されているというのも不透明性をさらに高めている。両補償金管理協会が自主事業と委託事業を何で分けているのかは良く分からず、これは、事実上、天下り団体に手数料という名の上前を2重か3重にピンハネさせるための不透明な事業の迂回実施としか思われないのである。(前回、あるものを使わないのは損なので有り難く使わせてもらったが、外国著作権法の翻訳なども、別にこのような不透明な資金でやることはないだろう。)

 無論、文化庁と権利者団体が、補償金の意味を、私的録音録画によって権利者にもたらされる経済的な不利益の補償から関係者間の利益分配へと必死にすり替えようとしていることも腹立たしいことこの上ない(知的財産はノーリスクハイリターン、座っているだけで儲かる打ち出の小槌ではない)のだが、このような利権団体と天下り役人による補償金の不透明な利権分配にも私は腐敗臭を否応なく感じるのだ。このように不透明・不公正な補償金の分配に憤りを感じない消費者・ユーザー・国民など一人もいないに違いない

 御用学者は御用学者で文化庁案を懸命に擁護しているようだが、文化庁案で補償金が拡大されたら拡大されただけ、それは必ず利権団体の既得権益となるので、縮小されようがない。このような不労所得を増やすための既得権益の拡大など、経済のためはおろか、文化のためにも絶対ならないと私は断言できる。諸外国の例を見ても、DRMを考慮するといった曖昧な規定は、消費者・ユーザー・国民のためのセーフハーバーとならず、何の役にも立たない。縮小というのなら、今の時点で範囲・料率の両方の面ではっきりと縮小すべきであるし、最低限現状のまま拡大しないようにすることは必須である。まだ、文化庁が案を示しただけだが、この補償金問題はこのような腐臭を放つ案で片付く問題ではないし、片付けてもならない。御用学者と利権団体代表の群れの中では本当に大変なことと思うが、消費者・ユーザー代表の各委員には是非最後までその主張を貫き通してもらいたい、その主張に私は心からエールを送る。

 なお、今日(5月9日)の午後には、知財本部の知財規制緩和調査会の第2回、来週の火曜(5月13日)には、総務省のデジタルコンテンツ委員会と知財政策関連の検討会が続くが、これらも要注目である。

 本当は、アメリカなどで話題になっている孤児作品法案の話などもしたかったのだが、それはまたどこかで別途紹介することにしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 7日 (水)

第91回:中国・韓国・台湾・インド・ベトナムの私的複製関連規定

 中国・韓国・台湾・インド・ベトナムなどのアジアの国々の著作権法に関しては、文化庁所管の著作権情報センターのHPにも、かなり最近のバージョンの著作権法の翻訳(大体2006年以降のもの)が載っているにもかかわらず、これらのアジアの国々の規定を、文化庁が私的録音録画問題の検討において紹介したことは一度もない。

 紹介しないのは、これらの国々では、私的複製が認められているにもかかわらず、私的録音録画補償金制度が存在しないため、これらの国々も混ぜると、彼らの言うところの補償金の国際動向に関する主張が破綻するからか、日本の官庁にありがちなパターンで、脊髄反射的に欧米偏重をしているからかとしか思われないが、どちらにせよ、文化庁の知能レベルの低さにはほとほと呆れるばかりである。だが、折角各国の著作権法の翻訳を著作権情報センターのHPに載せてくれているので、今回は、そこから分かるアジア各国の私的複製関連規定を紹介して行きたいと思う。(以下の私的複製に関する規定は、著作権情報センターのHPの翻訳からの引用である。)

(1)中国
 中国の著作権法(翻訳原文)で、権利制限は、その第22条と第23条に規定されている。

 あまり充実しているとは言い難いものの、引用や教育、点字といった良くある権利制限と並び、私的複製についても、第22条(1)として、「個人の学習、研究または鑑賞のために他人の既に公表された著作物を使用すること」は権利制限の対象とされている。「個人の」という限定がかかっているのは狭く感じるが、「鑑賞」目的でも良いとされているので、学習や研究目的のみとしているほど狭い訳でもない。また、このような規定があるからと言って、私的録音録画補償金制度は中国に存在していないし、補償金制度の導入を検討しているという話も聞かない。

(2)韓国
 韓国の著作権法(翻訳原文(現行条文))にはかなり改正が入っているようなので、もし翻訳が可能なら、改正事項の紹介などもしたいと思うが、私的複製に関しては、その第27条(現行条文では第30条にずれたようだが、内容は変わっていない)で、「公表された著作物を、営利を目的としないで個人的に利用する場合、又は家庭及びこれに準ずる限定された範囲内において利用する場合は、その利用者はその複製をすることができる。但し、一般公衆の使用に供するために設置された複写機器による複製については、この限りでない。」と、日本と似た形で規定されている。

 特に、韓国では、DRM回避をともなう複製を私的複製でないとしていない(DRM回避機器規制は入っているようである)上、私的録音録画補償金制度もない。また、補償金制度を導入する検討がなされているという話も聞かない。そのために韓国がベルヌ条約違反だと非難されているということもない。

 また、韓国については、著作権法保護期間を伸ばしたり、著作権フィルタリングの懈怠を処罰するような法制を考えているという報道もあった(LAITの記事マイコミジャーナルの記事参照)が、その後どうなっているのかは良く分からない。(上の現行条文を見た限りでは、保護期間延長はまだ入っていないようである。)

 なお、韓国は、日本のように著作権法でコンピュータプログラムを保護するのではなく、コンピュータプログラムのために特別に保護法を作っているという点も特徴的である。(このようにすると、保護期間延長によってプログラムの保護期間まで伸びるという理不尽がなくなるなどの利点が確かにあるだろう。)

(3)台湾
 台湾の著作権法(翻訳原文)も、その簡潔さにおいて中国に近いような気もするが、権利制限に関しては、中国より充実しており、私的複製に関しても、第51条で「既に公表された著作物は、個人または家庭内の非営利目的として、かつ、合理的な範囲内において、図書館および公衆の使用に供される機器以外の機器を利用して複製することができる。」と家庭内の複製まで含めて明らかに私的複製の権利制限内に含めている。私的録音録画補償金制度もない。

 また、台湾の著作権法は権利制限の限定列挙という形を取りながらも、第65条に合理的利用の一般規定があり、利用の目的及び性質、著作物の性質、利用される部分の実質と量、比率、市場及び著作物の価値に対する影響を特に基準として、一般的に合理的利用は著作財産権の侵害を構成しないとしているのは注目に値する。これは、ほぼアメリカのフェアユース条件を書いていると思うが、限定列挙型の権利制限を取り、かつ、このような一般規定をおいている国はすぐ隣にもあるのだ。

 なお、台湾でも著作権法にプロバイダーの責任制限を導入しようとする動きがあるよう(台湾知的財産局のHP参照)だが、これが今どういう状態になっているのかは良く分からない。

(4)インド
 インドの著作権法(翻訳原文(英語))では、第52条で著作権侵害とならない行為を列挙しており、フェアディーリングの中に、「研究を含む私的使用」があげられている。

 ここで、フェアディーリングの1種とされていることから見ても、インドはイギリス著作権法の影響を受けているのだと思われ、また、「研究を含む」としていることからしても、研究のみではないと考えられるが、私的使用という語でどこまでの範囲が含まれるのかは良く分からない。無論、インドにも私的録音録画補償金制度はない。

(5)ベトナム
 ベトナムの著作権法(知的財産権法)(翻訳原文(英語))の規定ぶりも変わっており、知的財産法の第32条の、無許諾無償の複製が認められる場合の中に、引用などと並んで「個人の学術研究を目的として、複製を作成すること」(著作権情報センターの翻訳では「のみ」とか「自ら」とか余計な限定がついていたので、原文を見て外した。)もあげられているのである。この規定を見る限り、許されるのは個人の研究目的のみと、ベトナムは私的複製について特に厳しい。ただ、同じく、ベトナムにも私的録音録画補償金制度は存在していない。

 これだけでは何とも言えないが、これらの国々を見ると、何故か共産主義国・社会主義国の方が、全体的に著作権法の規定が簡単で、私的複製について厳しいように見える。だが、何にせよ、どこの国を見たところで私的複製を全く認めていない国はない上に、国際的に見て私的複製と補償金が必ずセットになっているということはないのである。文化庁の言う国際動向など、自分たちに都合の良い国だけを取り上げたデタラメに過ぎない。明日の私的録音録画でもまた、権利者団体と癒着し、骨の髄まで腐り切った文化庁はデタラメを言いつってくることだろうが、所管団体の著作権情報センターでアジア各国の著作権法の翻訳研究をやっている時点でもはや自己矛盾をきたしているだろう、国民を舐めるのもいい加減にしてもらいたい。

 最後に、本来目次に書くことではなかったので、昨日の「目次3」に書いたことをそのままここに転載しておく。

 最近の私的録音録画補償金問題に関する朝日のネット記事で書かれていることに関する突っ込みを入れておきたい。この記事によると、5月8日の私的録音録画小委員会で、相変わらず、権利者団体と癒着した文化庁は、携帯音楽プレーヤーとハードディスク内蔵型録画機器を課金対象にするべきというペーパーを作り、権利者団体がダビング10の拒否という秘策で揺さぶりをかけるらしいが、文化庁も権利者団体もこんな適当な詐欺が今の時代に通用すると思っている時点でバカまる出しである。iPod課金とダビング10の間には関係がないし、コピーワンスにせよ、ダビング10にせよ、実質的に全国民に転嫁されるコストで不当に厳しいコピー制限を課している機器に、さらに補償金まで賦課しようとするのは不当の上塗りである。iPodや純粋なHDDレコーダーにしても技術の進展も踏まえて、なおその課金を正当化するに足る理屈は未だに何一つ示されていない。間違っているのは、いかなる場合でも「複製=対価」の等式が成立するという文化庁と権利者団体の歪み切った観念の方である。一ユーザー・一消費者・一国民として言わせてもらうが、私的録音録画問題に関する限り、妥協の余地など一切ない。私の見る限りユーザー・消費者からほとんど全くと言って良いほど期待されていないダビング10の拒否などいくらしてもらっても構わないが、そもそも不当だったものについて権利者団体が何かしらの権利を持っていると主張することからして間違っている。そんなことを持ち出すなら、そもそもの諸悪の根源たるB-CASの排除から、検討してもらいたいと思う。このような記事を読む限り、相変わらず、補償金問題に関しては、合理的な話し合いの余地などなさそうである。

 なお、アメリカでも著作権保護促進法が下院を通過したらしいというニュース(IPNextの記事法改正案参照)があったので、アメリカのことなのでどうなるか分からないが、一緒に紹介しておく。また、このようなアメリカの動きについても、何か参考になる点があれば、また別途紹介したいと思う。

 他のネタと一緒にするかも知れないが、恐らく、次回は、この文化庁の私的録音録画小委員会での検討のフォローになるのではないかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月 6日 (火)

目次3

 単なる目次のエントリその3である。(次回は、著作権法の話の続きを書くか、情報規制・表現規制の話をするかと今考えているところである。特許の話も近いうちにまとめて書きたいと思っており、書くことが尽きる気は全くしないが、かわり映えがしないのはご容赦頂きたい。読んで下さっている方に心からの感謝を。)

 きちんとしたエントリを書くのはもうしばらく時間がかかると思うので、ここで少しだけ最近の私的録音録画補償金問題に関する朝日のネット記事で書かれていることに関する突っ込みを入れておきたい。この記事によると、5月8日の私的録音録画小委員会で、相変わらず、権利者団体と癒着した文化庁は、携帯音楽プレーヤーとハードディスク内蔵型録画機器を課金対象にするべきというペーパーを作り、権利者団体がダビング10の拒否という秘策で揺さぶりをかけるらしいが、文化庁も権利者団体もこんな適当な詐欺が今の時代に通用すると思っている時点でバカまる出しである。iPod課金とダビング10の間には関係がないし、コピーワンスにせよ、ダビング10にせよ、実質的に全国民に転嫁されるコストで不当に厳しいコピー制限を課している機器に、さらに補償金まで賦課しようとするのは不当の上塗りである。iPodや純粋なHDDレコーダーにしても技術の進展も踏まえて、なおその課金を正当化するに足る理屈は未だに何一つ示されていない。間違っているのは、いかなる場合でも「複製=対価」の等式が成立するという文化庁と権利者団体の歪み切った観念の方である。一ユーザー・一消費者・一国民として言わせてもらうが、私的録音録画問題に関する限り、妥協の余地など一切ない。私の見る限りユーザー・消費者からほとんど全くと言って良いほど期待されていないダビング10の拒否などいくらしてもらっても構わないが、そもそも不当だったものについて権利者団体が何かしらの権利を持っていると主張することからして間違っている。そんなことを持ち出すなら、そもそもの諸悪の根源たるB-CASの排除から、検討してもらいたいと思う。このような記事を読む限り、相変わらず、補償金問題に関しては、合理的な話し合いの余地などなさそうである。

第61回:カナダ、フランス、欧州連合(EU)における私的複製(私的録音録画)補償金問題関係の動き(2008年2月15日)

第62回:財産権と人格権の混同と保護期間延長問題(2008年2月19日)

第63回:欧州での私的複製補償金改革検討の参考資料の概要(2008年2月21日)

第64回:インターネットはライフラインか。(2008年2月25日)

第65回:インターネット上での商標権の使用とエルマーク(2008年2月28日)

第66回:スイス著作権法の私的複製関連規定(2008年3月 4日)

第67回:スイス著作権法の私的複製関連規定の改正(2008年3月 5日)

第68回:情報に対する法規制の不可能性(2008年3月 9日)

第69回:ベルギー著作権法の私的複製関連規定(2008年3月11日)

第70回:児童ポルノの単純所持規制、アニメ・漫画・ゲームへの規制対象拡大への反対(2008年3月12日)

第71回:知的財産推進計画に対する意見募集の開始(2008年3月14日)

第72回:知財本部における「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会(仮称)」設置の決定(2008年3月14日)

第73回:日本のプロバイダー業界の違法コピー対策(2008年3月16日)

第74回:世界知的所有権機関(WIPO)における世界レベルでの権利制限に関する検討の提案(2008年3月17日)

第75回:「表現の自由」と「知る権利」(2008年3月21日)

第76回:「表現の自由」とポルノグラフィ(2008年3月25日)

第77回:知財本部パブコメ準備メモ(2008年3月27日)

第78回:コンテンツ流通と著作物の公正利用(2008年3月29日)

第79回:知財本部提出パブコメ(2008年3月31日)

第80回:主要各国の違法コピー対策のまとめ(2008年4月 2日)

第81回:天下りという腐敗の元(2008年4月 6日)

第82回:ネット規制法に対する反対(2008年4月 9日)

第83回:EU議会におけるボノ氏の文化産業レポートの採決(2008年4月10日)

第84回:ベルギー著作権法の私的複製補償金関連規定(2008年4月11日)

第85回:イタリア著作権法の私的複製関連規定(2008年4月15日)

第86回:無料地上デジタル放送へのB-CASシステム導入経緯(2008年4月17日)

第87回:イタリア著作権法の私的録音録画補償金関連規定(2008年4月22日)

第88回:ニュージーランドとドイツの知財法改正案(2008年4月27日)

第89回:日本の奇怪な審議会(有識者会議)システム(2008年4月29日)

第90回:国会法と議員立法、この日本の不透明な立法システム(2008年5月 3日)

≪番外目次3≫
番外その7:コンテンツ制作と競争政策(2008年3月 1日)

番外その8:旧態依然たる総務省に切れる財界(2008年3月20日)

番外その9:身近な知財問題3題(mixi規約改定騒動、初音ミク騒動、ウィルス作成者別件逮捕事件)(2008年3月21日)

番外その10:地上放送のデジタル移行の経緯(2008年4月24日)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月 3日 (土)

第90回:国会法と議員立法、この日本の不透明な立法システム

 今ネット関連で話題になっているものとして、児童ポルノ法の規制強化と、青少年ネット規制法があるが、これらは内閣から提出されるものではなく、議員立法という形で提出することができないかと政党の議員レベルで検討されているものである。

 ニュースから様々な動きを見ていても、一体何が内閣立法とされ、何が議員立法とされるのかの基準はよく分からない。何となく各官庁・議員の利権と慣習で決まっているだけではないかと思われるが、このように立法に複数のルートがあることも、日本の政策決定・立法システムを極めて不明朗かつ曖昧なものとしている。本当にどうにかしてもらいたいと思うが、内閣立法だろうが、議員立法だろうが、国会で可決されなければ法律とならないのは無論のことなので、今回は、国会関係の法律・ルールの紹介をしておきたい。

 国会は憲法の第4章で定められているるが、細かな国会の運営は、国会法や、衆議院規則参議院規則などに従って行われているが、この立法プロセスも不透明極まるものである。

 まず、法案提出については、国会法の第56条で、

第56条  議員が議案を発議するには、衆議院においては議員二十人以上、参議院においては議員十人以上の賛成を要する。但し、予算を伴う法律案を発議するには、衆議院においては議員五十人以上、参議院においては議員二十人以上の賛成を要する。

とされている通り、法律上、法案提出にはまず、提出者1名に加えて、衆議院で議員20~50人の賛成が、参議院で議員10~20人の賛成が必要とされている。

 しかし、何故か慣習上、法案提出には党の機関承認が必要とされ、かつ最高裁でも、この機関承認は問題ないとされているので、各党の上層部が所属議員の法案提出に対して事実上の拒否権を持っているというのが、実情のようである。(政策空間のネット記事参照。確かにこんな慣習も無くした方が良い。)

 さらに、西川伸一氏の好著「新内閣法制局」によると、法案提出には、議院法制局(衆議院と参議院のそれぞれにある)の審査も通すことが必要とされるようである。やはり同書によると、法制局は、与野党の議員の適当な要望を聞いて、既存の法制と適合するように具体的な条文を作ったりするといったことにも関わるそうである。

 要するに、各党内と各党間、国会事務局内の極めて不透明な立案プロセスを経て、党として法案を出しても良いと承認されてから始めて法案は国会に提出されることになるので、どうやっても、ここで各党には国民の目の届かないことを良いことに利権を作り、後の審議はなるべく省略しようとするバイアスがはたらくことになる

 その後は、国会法の同じ第56条の第2項以下で、

第56条
第2項  議案が発議又は提出されたときは、議長は、これを適当の委員会に付託し、その審査を経て会議に付する。但し、特に緊急を要するものは、発議者又は提出者の要求に基き、議院の議決で委員会の審査を省略することができる。
第3項 委員会において、議院の会議に付するを要しないと決定した議案は、これを会議に付さない。但し、委員会の決定の日から休会中の期間を除いて七日以内に議員二十人以上の要求があるものは、これを会議に付さなければならない。
第4項 前項但書の要求がないときは、その議案は廃案となる。
第5項 前二項の規定は、他の議院から送付された議案については、これを適用しない。

と規定されているように、議院の委員会へ法案が回される。(ここで、国会法第56条の2の議案の本会議における趣旨説明要求を逆手に取ってこの付託を妨害するという工作がされることもあるようである。)

 この第3項と4項で書かれているように、この委員会で本会議に付する必要がないとされた法案は廃案となるのだが、別にここで議論することが必要とされている訳ではないので、与野党で結託して、法案を通すとされたら議論もなくそのまま法案が通るのである。(この委員会は、国会法の第40条以下と、衆議院規則・参議院規則の第7章に、各省庁に対応する形の、内閣委員会、総務委員会等々という形で設けられている常任委員会と、特別に設けられる特別委員会とがある。国会法の第45条で規定されているように、委員はその比率に応じて各会派の議員に割り当てられている。内閣提出の法案も、大体各委員会に付託される。児童ポルノ法や青少年ネット規制法は、「青少年問題に関する特別委員会」が担当している。)

 この委員会の審議で本会議に法案が付されるべきとなれば、委員会からその旨が報告され、本会議での審議に移る。そして、本会議で賛成多数で可決されればもう一方の議院に法案は回され、そこで同じことが繰り返されて可決されれば、法律は成立ということになる。

 また、法案提出に関しては、国会法の第50条の2で

第50条の2  委員会は、その所管に属する事項に関し、法律案を提出することができる。
第2項 前項の法律案については、委員長をもつて提出者とする。

とも規定されているので、委員会からの法案提出という形が取られることもあるようである。与野党の間で調整が済んでおり、与野党一致となるのが明らかな法案が、この委員会提出法案とされるらしいが、何が議員提出の法案とされ、何がこの委員会提出法案とされるのかの基準も良く分からない。このこともまた立法プロセスの不透明度を高めている。

 行政の審議会システムも不透明だが、この国会の立法システムも非常に不透明なものと言わざるを得ない。要するに、各党の議員・ボス間の非公式な協議・裏取引で事前に合意さえ作ってしまえば、委員会だろうが、本会議だろうが、実質的な審議をほとんどせずに法案を通せるようになっているのである。国民の声が届きにくいのも無理はない。もはや、このような政治家だけで好きに利権を作れるシステムが容認される時代ではない。

 今の政治家が、完全に政治利権にたかる寄生虫と化していることは、ガソリン増税法可決のゴタゴタを見ていても明らかであり、このような立法システムの透明度そのものをあげるよう、私は求めていかなくてはならないと感じている。何せ立法を握っている者たちを相手に求めるのであるから、時間がかかるかも知れないが、立法のための1票は国民の手の中にあるのだ、最後不可能ではないと私は信じている。

 そのため、今の国会法の第51条で、

第51条 委員会は、一般的関心及び目的を有する重要な案件について、公聴会を開き、真に利害関係を有する者又は学識経験者等から意見を聴くことができる。
第2項 総予算及び重要な歳入法案については、前項の公聴会を開かなければならない。但し、すでに公聴会を開いた案件と同一の内容のものについては、この限りでない。

と委員会は基本的に公聴会を開くことができるとされているのを改めて、全ての法案について公聴会を開かなくてはならないとしてはどうかと私は考えている。誰から話を聞くかの決定は委員長なりがすることになるだろうが、公聴会には誰でも手をあげられ、かつ、その応募者と決定者の両方のリストを公表することでかなり透明度があがるに違いない。また、公聴会を省略することを許すにしても、その場合はパブリックコメントの募集とそれを踏まえた審議と結果の公表を義務づけるべきだろう。委員会の審議を省略して、直接本会議にかける場合も、同様に必ず公聴会を開かなくてはならないとした方が良いと私は思う。

 また、第52条で、委員会については、基本的に議員と委員長の許可を得たものしか傍聴が許されないとされているが、これも誰でも傍聴できるようにしてもらいたいと私は思う。よほどのことがない限り、審議はオープンした方が良いに決まっている。

 統制されない権力は必ず腐敗する。必要なのは、権力による統制ではなく、権力の統制である。事実上各党の密室談合で法律が決まるような今の国会のシステムは腐敗の温床にしかなっていないのだ。個別の法案についての議論も極めて重要だが、今の立法システムの透明化こそ真に必要なことであると、その透明化のための国会法改正を次期選挙の争点の一つにしてもらいたいと私は考えている。

 最後に、児童ポルノ法と青少年ネット規制法についても書いておくと、まだ、法案提出に至っていないようだが、規制強化派の非常識と狂気は想像を絶しており、デタラメかつ危険な情勢が続いている。

 児童ポルノ法に関しては、与党チームの会合では、単純所持規制に、サイトのブロッキングまで追加するという気違い染みた案を取りまとめてきた(読売のネット記事1記事2東京新聞のネット記事日経のネット記事参照)。繰り返すが、罰則は「性的好奇心を満たす目的」で所持している場合に限定すると言っても、ダウンロード違法化問題と同じく、情報の所持は個人的な行為なので、このような目的はエスパーでもない限り証明も反証もできないものであり、このような限定で法律の運用が可能だと思っている時点で狂っている。ブロッキングも警察なりの恣意的な認定により、全国民がアクセスできなくなるサイトを発生させるなど、絶対にやってはならないことであり、このような案が出てくること自体私には空恐ろしいことと思われる。これが検閲に当たらないとしたら、何が検閲に当たるのか。児童ポルノ法に関しては、既に、提供・販売、提供・販売目的での所持が禁止されているのであるから、今の法律の地道なエンフォースこそ必要なのであって、危険な規制強化・情報統制など絶対にされてはならないことである。(特に、国会の4月10日の青少年特別委員会で児童ポルノに関するシーファー発言のデタラメを突いた吉田議員には、私も心からの拍手を送りたいと思う。)

 青少年ネット規制法に関しても、番外その10の頭で少し紹介したが、大どころの反対が出そろったとは言え、何せ政治家は無意味にプライドだけは高い生き物なので、与野党内・国会周辺での理屈を超えた訳の分からない攻防はまだまだ続くだろう。総務省に近いと思われる自民党の総務部会で、携帯電話でのフィルタリング義務化を柱とする案をまとめた(日経のネット記事参照)り、他の報道(リンク切れなのでリンクは張らないが)によると、内閣部会で高市議員のプロジェクトチーム案の劣化版をまとめたり、国会の青少年特別委員会で参考人を呼んだり(委員会ニュース参照)と、デタラメな状況にあり、当分目が離せる状況にない。

 ここまで政府・各党がデタラメかつ不合理なことをやってくるとなると、私も、一国民・一ネットユーザーとして、解散総選挙を期待する他ない。内閣の支持率は20%を切ったが、今のまま行けば、10%を割ってもおかしくはない。別に情報政策に限らず、今の政府・与党に期待できることはもはや何一つない。解散総選挙は早ければ早いほど良い。即刻、サミット前にも解散してもらいたいと思う。国民の期待を裏切る政府・政党などいらないのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »