第80回:主要各国の違法コピー対策のまとめ
今週の木曜、4月3日に、私的録音録画小委員会の今年度の第1回が開催される。議題に「私的録音録画に関する海外の動向について」という項目があるが、今までの文化庁のセオリーだと、恐らく各国の違法コピー対策として権利者団体に都合の良い情報だけを垂れ流すだろうと思われるので、他の情報も含めてここに私なりの違法コピー対策に関する国際動向のまとめをしておきたいと思う。
(1)ダウンロードを明確に違法化した国
私の確認できた限りで、ダウンロードを明確に違法化した国はドイツしかない(第13回参照)。
(文化庁の前年度の私的録音録画小委員会の中間整理では、スペインもダウンロードの違法化を行っているかのような書き方がされていたが、今私に確認できているスペイン著作権法の条文では、その31条で集団的あるいは営利の利用でなければ私的複製が可能であるとされ、第40条の2で著作者の正当な利益を害さず、著作物の通常の利用も害しない場合に限ると限定されているというものであり、第16回で取り上げたフランスと同じく、ダウンロードを明確に違法化しているとは言い難い。これなら、第28回のおまけに書いたように、スペインのインターネット警察のボスが無料のダウンロードは犯罪ではないと言ったのも無理はない。各国著作権法紹介は途中でいろいろ挟まったために、ベルギーの途中で止まっているが、さらに詳しく調べた上で、スペイン、イタリアなどの私的複製規定の紹介も順次きちんとやりたいと思っている。とにかく文化庁の報告する国際動向は全く信用ならないので、同じくダウンロード違法化をしたと書かれているスウェーデンやフィンランドも怪しい。言語的なハードルは高いが、これらの国についても実際の条文を見てみなくてはならないだろう。)
しかし、ドイツにしても、この2008年1月からこのダウンロード違法化の実運用が始まっている訳だが、この違法化によって何か実効性があがったという話は全く聞かない。かえって、この3月11日にドイツの憲法裁判所で、インターネットの通信ログの開示は、殺人やテロ、汚職などの重大な刑事事件において公的機関に認められるだけであるという判決が出された以上、もはやドイツにおいてこのダウンロード違法化条文の実効性はあがりようはないだろう。(以前、「P2Pとかその辺のお話」の記事へリンクを張ったが、参考に、さらに、ドイツ語のheise onlineの記事、ドイツの憲法裁判所のプレスリリース、判決文へのリンクもここに張っておく。)
今後、ドイツのダウンロード違法化の実運用が本当にどこへ向かうのかはまだよく分からないが、この憲法裁判所の判決を受けて、第13回や第56回のついでに少し紹介したように、権利者団体の訴えが裁判所あるいは刑事当局によって落とされるという動きが加速するのではないかというのが私の読みである。(万単位で刑事告訴がなされているという事態は異常としか言いようがない。)
(2)著作権検閲機関を創設することによって、ダウンロードユーザーのアクセス禁止を法制化しようとしている国
この著作権検閲機関型の違法コピー対策も、本気で導入しようと取り組んでいる国はフランスしかない(第29回、第30回参照)。
私自身は、この対策も法律とすること自体難しく、本当に著作権検閲機関ができたとしても実運用は不可能ではないかと思っているが、このフランスの違法コピー対策については、第60回で取り上げたように、イギリスやオーストラリアくらいは興味を示している。ただ、イギリスについては、フランスほど案が具体的になっている様子はなく、オーストラリアに至っては、大臣が興味があるという発言をしただけで、その後の話を聞かない。(なお、オーストラリアの記事については「P2Pとかその辺のお話」で紹介されているので、興味のある方はリンク先をご覧頂きたい。)
(3)その他
その他の国々については、無論ファイル共有サイトや有体複製物の販売などに対する取り締まりはされているが、特段目立った政策的な動きはない。恐らく、ヨーロッパを中心として、ほとんどの国は、このドイツのダウンロード違法化と、フランスの著作権検閲機関型の違法コピー対策導入の取り組みの様子を見ているところなのではないかと私は思う。
(ついでに紹介しておくと、導入されることはまずもってないと思うが、アメリカでは、音楽税が話題になっている(TechCrunchの記事1、記事2参照)。以前少し話題になって叩かれ、そのまま1年以上放置されていた音楽税の話(TechCrnchの記事3参照)を、いまさら持ち出す時点で、アメリカの音楽会社のセンスを疑うが、これは要するにインターネット補償金であり、このような著作権補償金の最大の問題点は、常に「税」として要求される点である。どこまで著作物が自由に使えるのかを不明確にしたまま、選択の余地なくユーザーに税方式の補償金が押しつけられるというのでは、全くお話にならない。ただ、著作物の自由利用の範囲を明示した上で、ユーザーへオプションとして提供されるビジネス的な補償金の可能性は常にない訳ではない。流通コントロールによる非競争ビジネスのみを是としてきた著作権業界から、積極的にそのような提案がなされることはないだろうが。)
フランスのtemps reelsの記事にうまくまとめられているが、違法コピーに対するヨーロッパの主要判決としては、上であげた3月11日のドイツの憲法裁判所の判決の他、P2Pユーザーの個人情報のインターネットサービスプロバイダーから著作権団体に対する情報開示は認められないという2008年1月のEU裁判所の判決(ITmediaの記事、EurActivの記事参照)もあり、誰がファイル共有サービスを使っているかを確かめるため、IPアドレスやサービスにおけるユーザー名などを民間団体が収集することは違法だとする、イタリアのプライバシー保護機関の3月13日の決定もある(イタリア語のPunto Informaticoの記事参照)。
さらに、イタリアでは、2007年1月に営利目的でないダウンロードを合法とする最高裁判決が出された(IBTimesの記事)後、第56回のついでに紹介したように、非営利の場合に限り、研究・教育を目的として、音質を下げた音楽データをインターネットに無償で自由に公開して良いとするような法改正もなされている。
今回は、大体今まで取り上げてきたことをまとめただけのエントリではあるが、こうしてみると、知財保護強化に傾きがちのヨーロッパを中心に見たとしても、もはや知財保護強化だけが国際動向だなどと言える状況にはなく、行きすぎた著作権保護に対する逆風が世界的に吹き始めているのは間違いないだろう。守られるべき基本的権利は知財権・著作権のみではないのだ。
とにかく日本での検討は、文化庁で検討され続けるだろうダウンロード違法化問題といい、第73回で取り上げた、違法アップロード者に対するアクセス禁止措置という客観性の担保が極めて難しいインターネットサービスプロバイダーの自主規制の話といい、常に本当の国際動向の上っ面を横滑りして行くようなデタラメな検討ばかりである。これらのような全国民に関わる重要問題について、真剣に国際動向を調べずに、あるいは自分たちに都合の良いこと以外は隠して推し進めようとする文化庁などの姿勢は本当に許し難い。
この第1回の私的録音録画小委員会から、知財政策に関して疾風怒濤・狂乱の1年がまた始まる。これからも著作権の国際動向について私は地道に追いかけて行きたいと思っているが、このようなエントリが少しでも誰かの参考になっていれば幸いである。
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