番外その10:地上放送のデジタル移行の経緯
今回は変則的だが、いくつか大きなニュースがあったので、その紹介から。
まず、JASRACが公正取引委員会の立ち入り検査を受けたというニュースがあった(日経のネット記事、朝日のネット記事、読売のネット記事)。今このときに公取の手が入るとは正直意外だったが、確かに、他社・他団体からの楽曲を使っても、びた一文まからない包括許諾契約というのも変なものである。公正透明な契約がなされるよう、業界慣行が是正されるのをここは素直に期待したい。
また、MIAUなど12の団体と個人、think-filtering.com、マイクロソフト・ヤフー・DeNAなどネット大手5社から、それぞれ多少ニュアンスは違うが、青少年ネット規制法に関する反対声明が出された(ITmediaの記事1、記事2、internet watchの記事)。錚々たるメンバーからこのように反対が続々と出されたのは非常に心強い。
さて、地上放送のデジタル移行の理由については、池田信夫氏の地上デジタル放送FAQやデジタルテレビ放送のWikiにも書かれているが、要するに、日本のアナログハイビジョンを見てこれに脅威を感じたアメリカがこの規格の排除のためにデジタル化を決めたので、これにさらに対抗して、日本が遅れをとるわけには行かないと総務省(当時は郵政省)が地上放送のデジタル化をごり押ししたという事情のようである。
他にも、いろいろなところで書かれており、これ以上書く必要はあまりないかも知れないが、検索してリンクを辿るのは結構面倒なので、当時の検討会の議事要旨などでネット上で残っているものを、今回は、一通り辿って行きたいと思う。
調べて行くと、最初に地上放送のデジタル化の方針が打ち出されたのは、1995年3月の郵政省の「マルチメディア時代における放送の在り方に関する懇談会」報告書のようであり、このとき、導入目標は漠然と2000年代前半とされていた。その後、1996年5月の電気通信審議会答申「高度情報通信社会構築に向けた情報通信高度化目標及び推進方策-西暦2000年までの情報通信高度化中期計画-」でも同じ目標をなぞっている。(下の「地上デジタル放送懇談会」の第2回の参考資料による。)
これが1997年3月に発表された取組みでは、突然地上デジタル放送の開始時期目標が2000年以前と前倒しされ、移行のための地上デジタル放送検討会も開催するとしている。(途中に何があったか良く分からないが、1997年6月の電気通信審議会の答申「情報通信21世紀ビジョン」の資料などからも、1996年に英米が地上放送のデジタル化のための法整備をやっていることが分かるので、このことを知った郵政省がアメリカに負けるなとばかりに何も考えずに前倒しを決めたのではないかと思われる。)
この検討会は「地上デジタル放送懇談会」として、1997年6月2日から第1回が開始され、第2回(7月16日)、第3回(9月22日)、第4回(11月5日)、第5回(11月19日)、第6回(12月19日)、第7回(1998年2月20日)、第8回(3月4日)、第9回(4月22日)、第10回(5月28日)、第11回(6月17日)、中間報告(6月17日、概要)、第12回(9月11日)と12回に渡り検討がなされ、報告(10月16日)、報告書(10月26日)と報告書が出され、ここで事実上地上放送のデジタル完全移行の方針が完全に固まっている。
この検討の中で、例えば、第4回でアンテナなどの問題が既に指摘されており、第12回の議事要旨に資料としてついている意見募集の結果概要の中には、国民にはデジタル化によるデメリットもあるがメリットも非常に多いと知らすべきとする意見も載っているが、最終報告書では、事前に良く周知しておけば買い換えてくれるのではないかとしているだけである。具体的に消費者側でどれだけのコストがかかるのかなどの試算もない。この検討会でユーザー・消費者に対する具体的なデメリット対策が検討されていたとは到底言えず、今の迷走はこのとき既に約束されていたと言って良い。
また、この報告書には、10年間で212兆円の経済波及効果、約711万人の雇用創出などとどこから出てきたのかよく分からない数字が書かれているが、今にしても思えばデタラメも良いところである。基本的に大したメリットのない地上放送のデジタル移行にかかるコストを消費者に一方的に押し付けようとしても、そうは問屋がおろさないということは、今までの混乱・迷走によっても明確に示されていることである。(それに引き替え、放送事業者のコストに関しては約9300億円というやたらに具体的な数字が記載され、行政として金融・税制上の支援をすると書くなど、放送事業者に対しては甘く、どう考えてもユーザー・消費者・国民を舐めているとしか思えない。ちなみに、この優遇措置は1999年に法制化されている。)
ただし、この1998年の報告書では、アナログ放送の終了時期として2010年を目安としながらも、受信機の普及世帯率として85%以上、放送地域カバー率100%という条件に沿って見直すとしていたので、この時点では、完全に期限を切ることは考えられていなかった。しかし、何故2011年7月24日という日付けでこれが切られるようになったのかという背景になると、極めて不透明である。
上の報告書の後、郵政省は、さらに1999年9月から「地上デジタル放送に関する共同検討委員会」なる検討会で、アナ・アナ変換対策(予定の周波数帯を使っているアナログ放送局の周波数帯をどけて、地上デジタル放送のための周波数帯を空けること。1000億とか2000億とか莫大な費用がかかる)費用の問題を検討し、2000年4月にはこれを国費でまかなうべきという結論(日経BPの記事)を出した。
この地上デジタル放送に関する共同検討委員会の時点でも、アナログ放送の終了を計画的に実施とするくらいで、ここでも厳格に期限を切ることは考えていなかったように見えるが、池田信夫氏のFAQに書かれていることなどによると、結局、このアナ・アナ変換費用を国費でまかなうという方針がガンになったようであり、この方針を押し通そうとする総務省と、民放の私有財産である中継局に国費を投入することは認められないとする財務省との、国民の目に全く見えないやりとりの中で、改正電波法の施行日から10年後(2011年7月24日)をアナログ停波の日とすることと引き換えに、アナ・アナ変換費用に国費を投入するという形で、当時の総務省・財務省間で理解不能のディールが成立したということのようである。日経BPの記事によると、2001年2月の閣議決定前の時点で10年という期限が切られることが確定していたようなので、これは有識者会議も、国会審議も関係ない、完全な官庁間ディールであると思われる。(少なくとも私には、今もって、アナログ停波の期限を切ることで、何故民間事業者への国費投入が認められるのかさっぱり理解できない。いまさら言っても始まらないが、本来なら、どんな条件であれ、このとき国費投入は認められるべきではなかったろう。)
完全に期限を切らずに、デジタル化をニーズに従って進め、85%なり何なり適当なところまでデジタル受信機の普及が進んだところでアナログを停波するということにしておけば、まだ混乱は少なかったものと思われるのだが、このような経緯を見て行くと、訳の分からないメンツだのプライドだの利権だのを優先し、さらに国民より放送局の顔色ばかりをうかがい、今の迷走の原因を作ったのは、完全に総務省なりの役所であるとしか言いようがない。
そろそろ、このようなプライドと利権のみによる政策の迷走は終わりにするときだろう。ごまかしをさらにごまかそうとしても、墓穴を掘るだけである。後3年少ししかないのだ、電波法を再改正して、アナログ停波の条件を書き直すことは絶対に必要になるであろうし、早ければ早いほど傷は浅くて済む。
なお、この後の経緯についても興味があれば、第86回のB-CAS導入経緯や番外その5の地上デジタル放送年表もご覧頂ければと思う。
次回は審議会システムの話か、ニュージーランドの著作権法・ドイツの知財法改正の動きとその内容の紹介のどちらか、早く書けた方がら載せていくつもりである。
(4月27日の追記:アナ・アナ変換対策費用と何故電波法改正が関係あるかというと、この対策費用のために総務省が持ってきた財源の電波利用料は、電波法の第103条の2で用途がばっちり決まっているために、電波法を改正しない限り新しい用途に使うことができないからである(今の電波法の「特定周波数変更対策業務」がこれに当たる)。外からは良く分からないが、これも税金の1種なので、このような用途の追加については相当財務省との間でもめたに違いない。電波利用料のHPの歳出と歳入状況を見ると、結局、このような電波法改正が通ってしまったおかげで、携帯電話にかけられる税金(年額420円)が半分近くを占める電波利用料財源(平成18年度で660億円)の3分の一近くの200億円近くが民間放送局の中継局に投入されているという、要するに、携帯電話税で民間放送局のアナ・アナ変換対策費用がまかなわれているという異常な事態が今年に至るも続いていることが分かる。(無論放送局も電波利用料を払っている(放送局毎の電波利用料については河野太郎衆議院議員のブログで公開されている)が、全部で30億程度に過ぎない。)この電波利用料という名の携帯電話税は、携帯電話の料金の中にこっそり入っているのだと思うが、その料率の算定基準も含め不透明極まるものである。とにかく電波に関しても、調べれば調べるほど不透明かつ不当で許し難いことがボロボロ出てくる。)
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