第67回:スイス著作権法の私的複製関連規定の改正
前回は現行法の話をした訳だが、2007年10月5日に可決されたスイスの改正法案(フランス語、ドイツ語)は、私的複製関連部分の条文を以下のように改めている。(翻訳は拙訳。ドイツ語版も参照したが、基本的にフランス語から訳した。赤字強調が追加部分。)
Art. 19
2 La personne qui est autorisee a effectuer des reproductions pour son usage prive peut aussi, sous reserve de l'al. 3, en charger un tiers; sont egalement considerees comme des tiers au sens du present alinea les bibliotheques, les autres institutions publiques et les entreprises qui mettent a la disposition de leurs utilisateurs un appareil pour la confection de copies.3 Ne sont pas autorises en dehors du cercle de personnes etroitement liees au sens de l'al. 1, let. a:
3bis Les reproductions confectionnees lors de la consultation a la demande d'oeuvres mises a disposition licitement ne sont soumises ni aux restrictions prevues par le present article, ni aux droits a remuneration vises a l'art. 20.
Art. 20
3 Les producteurs et importateurs de cassettes vierges et autres supports propres a l'enregistrement d'oeuvres sont tenus de verser une remuneration a l'auteur pour l'utilisation de l'oeuvre au sens de l'art. 19.第19条(第1項はそのまま)
第2項 私的使用のための作品の複製を許されている者は、第3項の場合を除き、第3者にその複製を任せることができる。その利用者に、コピーの作製のための機器を提供している図書館、他の公共機関及び企業も、この条項の第3者と解される。第3項 以下のことは、第1項aに規定されているところの緊密に結びついた人間のサークル外では許されない:
(abcdはそのまま)第3の2項 合法にアクセス可能とされた作品を求める際になされる複製は、本条に規定されている制限に服するものではなく、第20項に規定されている補償金請求権も与えない。
第20条
第3項 ブランクカセット並びに他の作品の複製に適した媒体の製造者及び輸入者は、第19条に規定されている作品の利用のために、補償金を支払わなくてはならない。
ここで、ダウンロード違法化はスイスの今次著作権法改正で入っていないということをもう一度強調しておくが、この部分の改正でやはり注目すべきは、第19条第3の2項の追加と第20条第3項の変更である。条文から考えて、第19条第3の2項はいわゆる2重取りの解消に合法ダウンロードを私的複製の権利制限の対象外とすることを目的としたものであろう。また、第20条第3項は、「録音録画媒体」という専門性の限定がかかっていたものを、一般的に「媒体」と書き直しているので、これは、CDやDVDといった専用媒体を超えて、単なるメモリやHDDと言った本当の汎用媒体(さらに、MP3プレーヤーと同じく、媒体としてPCなどの汎用機器への課金も著作権団体は求めてくるだろう)にまで課金したいという権利者団体の思惑を反映しているのに違いない。(元の条文は、前回の記事をご覧頂きたい。)
確かに、スイスの著作権法では、著作権管理仲裁委員会がまず補償金の対象や料率を決めることになっているので、このように改正したからといって直ちに課金対象が拡大される訳ではないが、このように重大な改正をこっそり紛れ込ませるやり口は非常に姑息である。スイスのユーザー・消費者・国民が、DRM回避規制にかまけてこのことに気づいていなかったとしたら、実に不幸なこととしか言いようがない。(なお、DRM回避規制は、WIPO著作権条約批准のための改正(フランス語、ドイツ語)の方に入っている。かなり簡単に書いてしまっているが、スイスのDRM回避規制の話は第34回をご覧頂きたい。)
このように法律が改正された以上、その実運用が始まった時点で、遅かれ早かれスイス政府に補償金拡大の請願が出されて、また大いにもめることになるのではないかというのが私の予想である。日本の文化庁への提出パブコメ(第20回参照)でも書いたように、そもそも、合法ダウンロードの私的複製の権利制限範囲からの除外も疑問符をつけざるを得ないが、補償金の範囲と額を決める合理的な基準がどこにもない以上、スイスのような理念のみの除外条文も問題をややこしくこそすれ、補償金問題の解決に本質的に役に立つことはないだろう。スイス国民は媒体の専用性という補償金問題に関する折角のセーフハーバーをみすみす失っただけである。
もうすぐ、日本でも次の私的録音録画小委員会で検討が始まることだろうが、スイスのこのような改正は他山の石である。補償金の範囲と額を決める合理的な基準がどこにもない以上、録音録画機器・媒体の専用性・分離性などのキャップは、ユーザー・消費者・国民にとって、権利者団体の野放図な補償金拡大要求を食い止めるために絶対必要なものである。このキャップが外れた途端、権利者団体が、既得権益を拡大しようとどこまでもその要求をエスカレートさせて来るだろうことは想像に難くない。「これ以上補償金拡大を要求しない」などという、法律の世界では何の意味もない口約束にも騙されてはいけない。法律に対抗できるのは常に法律だけである。日本の現行著作権法の規定を曖昧なものに変え、余計な社会的混乱を惹起してまで補償金を拡大しなければならないとするに足る根拠は、今までのところ全く明確に示されていないと私は考えている。
他にも、スイスの著作権法には、そのインターフェースに関する情報を得るために、プログラムコードの解読をすることが明文で認められていたり(第21条(フランス語))とか、特許公報が明文で保護される作品から除かれていたり(第5条(フランス語))とか、いろいろ面白いところがあるのだが、この手の話をし出すとまた長くなるので、他の部分については後日何かの話のついでに紹介できればと思う。
なお、何かの参考になるかも知れないので、スイスの著作権管理仲裁委員会のHPに載っている、スイスでのいわゆるiPodへの(媒体としての)課金を決定した、2006年1月の録音録画機器内のメモリあるいはハードディスクのようなデジタル媒体への補償金に関する決定(ドイツ語)へのリンクを張っておく。そもそも、2002年12月のMP3機器内の媒体への補償金に関する決定(ドイツ語)で、MP3機器は課金対象外とされていたものを、上の2006年の決定をざっと読んだところでは、その後、権利者団体から再請願が出され、消費者団体・ユーザーグループ等は拡大に反対したが、法律と政治力を盾に委員会で課金が決定と、お決まりのコースをたどったようである。
最後に、海外の著作権関連のニュースの紹介もしておくと、欧州の実演家の権利の保護期間延長問題に対して、延長に反対する署名運動を、電子フロンティア財団(EFF)などが始めている(PCINpactの記事(フランス語)、heise onlineの記事(ドイツ語))。(どうやら、日本からの署名も受け付けているようなので、興味がある方はリンク先をご覧頂ければと思う。)
また、文化庁のHPに、今期第1回の過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会の開催案内(開催は3月14日)と、法制問題小委員会の開催案内(3月18日)の案内が載っていたので、念のためにリンクを張っておく。私的録音録画小委員会も恐らく同じくらいに第1回が開催されることになるのだろう。今年も、混迷する著作権法の検討から目は離せない。
ヨーロッパの国々を中心に、しばらく外国著作権法紹介のシリーズを続けたいと思っているが、次回は、また少し寄り道をして、規制一般の話を書こうかと思っている。
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